鏡餅はいかが?
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月25日〜01月01日
リプレイ公開日:2006年01月02日
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●オープニング
このくそ忙しいのに――
見おろす視線に殺気がこもっていたかもしれない。
もちろん、その程度で恐れ入って出直してくれるような相手なら、苦労はない。
例によって例の如く、彼等なりにちょっと神妙な顔つきで鎮座している。和むというか、微妙に平和な光景に無性に殴ってやりたくなった。
「お正月だし」
言われてみれば、今年も残すところあとわずか。――大火とその後に続く世情不安にお祭り気分は微塵もないが。
そろそろ年越しの準備を始めなければ。
単なる区切りではなく、新しい歳神を迎えて1年の慶を祈願するものだから、露骨に手を抜いたのでは後味もよろしくない。
特に今年は、年末にかけて凶事が重なったコトを鑑みて、来る年が幸多きものであるよう念入りに迎えてやりたいのだけれど。
小癪にも正論を吐いた小さな頭を見下ろして、手代はぎりと唇を噛む。
はっきり言って、余力が無い。
見ての通りの荒廃に、人々はその日を送るのが精一杯。
焼け出された人だけでなく、火災を免れた者たちの中にも職を失い生活の立ち行かなくなった者は多いのだ。
正月準備など、とてもじゃないが手が廻らない。
「お餅、いるよね?」
手のひらに乗る大きさは、人間には少しばかり小さいけれど。
「柿も干した」
越冬の保存食だから。
「裏白もあるよ」
山に分け入れば、幾らでも生えている。
奮発してたくさん作ったのだと口々に主張する小さな隣人たちに、手代は盛大に吐息を落とした。――行商のささやかな楽しみは、ついに村全体に伝播してしまったのかだろうか。
「‥‥品があっても先立つモノがないんですよ」
パラたちの村興しに付き合ってやる金も暇も。
怒鳴りつける力もなく番台に手を付いて身体を支えた手代を前に、小さな隣人たちは顔を見合わせる。
「うん。だから、お餅いる?」
「甘酒も作ったし」
■□
江戸から数里。
街道ををふらりと外れ、道なき道を深く分け入った山奥に“小さな隣人”‥‥パラと呼ばれる人々の暮らす村がある。
豊かな山と綺麗な水の他は何もない小さな村だ。住人ともどもあまりにも小さいものだから、地図にも載っていなかったりする。――加えて今の季節は、降り続く雪に半分埋れていたりして。
これではいけないと立ち上がった村人たちは様々な村興しを展開し、知る人ぞ知る迷所になりつつあった。
そのささやかな満足感を噛み締めて、さあこれから(村人視点)という時に。
またしても問題が起こってしまったのである。
江戸が大火に見舞われたのだ。
これは、痛い。――村興し計画存亡の危機もさることながら。“隣人”として、何かお役に立てないだろうか。
村人たちは、ない知恵をしぼって考えた。
そして、行き着いた先が、“鏡餅”なのである。
「――つまり、ですね。被災した江戸の衆が正月を迎えられるように、村人総出で鏡餅を作ったそうです。‥‥大量に」
少しばかり小さいけれど。
橙の代わりに金柑、御幣と裏白も付けて、干柿に甘酒も用意した。
「その鏡餅を被災した人々に無償で提供してくれるというんですが‥‥」
「何か問題でも?」
何やら言いにくそうに言葉を濁した係の手代に、質問者は首をかしげる。――頓珍漢な奇行が多いが、たまには気の利いたコトを思いつくと感心したのだけれど。
「いえ、ね。それが、お鏡を用意したところまでは良いのですが‥‥運ぶ手段がないのだそうです」
これが夏場の話なら、いつぞやの山葵のように籠に入れて背負って来るのだが、残念ながら季節は冬。
しかも、雪深い山奥のこと。
人と比べて上背のないパラたちには、村の外に出るのもひと苦労だ。――その上、山犬や白猿なども餌を求めて里近くまで降りてきている。
「彼らの力だけで800個の鏡餅を運ぶのは荷が勝ちすぎるので、誰かあちらまで取りに行ってはもらえませんかね? ついでに、配るのも手伝ってやっていただきたいのですが」
800個の鏡餅と聞けば多くも感じるが、被災した戸数とくらべると雀の涙ほど。――できるだけ不満のでないよう采配してやってほしい。
そして、手代はぽそりとごくごく小さな声で付け加えた。
「できれば、無償で」
●リプレイ本文
何かと慌ただしく過ぎる年の瀬を嘲笑うかのように。
琥珀玉の太陽を浮かべた蒼穹は、何処までも高く穏やかだった。
日頃の行いの賜物。あるいは、一行の裡に誰か強力な晴れ男(女)が居るのかはともかくとして、慌ただしく旅立つ者を送るには幸先の良い上天気である。
「それでは。道中、お気をつけて」
「後のコトは俺達に任せておけ」
頼もしい友の言葉に送られて“小さき隣人”の待つ小さな村へと向かう一行の胸にも、新しい年へのささやかな希望をつなぐ光明が確かに見えていた。――奇しくもこの日は、月道のあちら側‥‥ジェイド・グリーン(ea9616)とレンティス・シルハーノ(eb0370)の祖国では、聖なる御子の降誕を寿ぐ祝日として祈りと歓喜が奉げられる日でもある。
その生誕の故事に由来するという真っ赤な毛皮の服を着込んだシルハーノは、懐に抱えた子犬(アニス)を気遣いながらそれとなく周囲を見回してこっそりと吐息を落とした。
「‥‥カップルが多いな‥」
言われて見れば、そこはかとなく漂うピーチフル。
「無理をさせるかもしれませんが、頑張ってくださいね」
優しく言葉をかけながら真新しい轡に繋がれた驢馬(銀花)の鼻先を撫でる藤野咲月(ea0708)と、咲月の決意に少し不安げな視線を向ける冴刃音無(ea5419)のふたりはこれまでにも何度かパラたちの村を訪れていて、村人たちとも顔見知り。――村人たちの良いところも、破天荒さも良く知っている。
高遠弓弦(ea0822)も咲月とは従姉妹にあたり、彼女も以前に村を訪れたことがあった。そして、グリーンは弓弦から美味しい手料理をご馳走になる仲である。
なにやら複雑な人間関係。
仲良き事は、美しき哉‥‥だが、独り者には身の毒、気の毒。
「‥‥俺も江戸で新たな出会いがないもんかな‥」
遠く彼方を見上げた視線をふと地に下ろせば、愛馬・壁蔵の引き手を引いた所所楽銀杏(eb2963)と目があった。成長期前ということもあってか、一見、少年のようにも見えるけど、これでも歴とした女の子。
所所楽7姉妹(ふたりは確認済み)の末っ子にして、壁際から興味深い人を観察し【著迷人見聞記】を書き付けるのが趣味なのだとか。
「‥‥‥‥‥」
如何でしょう?
――コレ(どれ?)で、手を打っときませんか? 可愛いよ。
●気持ちだけは、いつでもいっぱい
積もった雪を掻き分けて――
たどり着いた小さな村は以前と変わらず賑やかに、そして、甲斐甲斐しく訪れた者たちを迎えてくれた。
江戸の荒廃に痛む心には、変わらぬ姿が愛しい。
涼を求めて訪れた夏よりも寒いはずのこの場所が、何故だかとても暖かく‥‥胸の底がじわりと温む。
「へえ、ここがパラの村。小さくて可愛い村だなー」
可愛いモノ好きのシルハーノは、そのこぢんまりとした佇まいに顔を綻ばせた。流石に四つ足で歩かなければいけないほど小さくはないが、うっかりしていると鴨居に額をぶつけるコトはあるかもしれない。
「はじめまして」
鏡餅のお礼と初対面の挨拶を兼ねてとびきりの笑顔で右手を差し出したグリーンは、その後、覚えたばかりの異国風の新しい挨拶を試したい村人全員と握手することになったとか。
「それにしても、凄いお餅の数ですね」
倉庫と化したお客様用の宿泊施設に積み上げられた真っ白なお餅の山に感嘆とも呆れともつかない吐息を落とした咲月に、パラっ子はえっへんと胸を張る。
「頑張ったし」
江戸のみんなが、お正月を迎えられるように。
「干し柿もあるよ」
「甘酒」
口々に尽力の成果を主張し始めた村人に苦笑しながら、冴刃は気がかりを思い出して問いに乗せた。
「ああ、そうだ。その干し柿の数と甘酒の量を教えてくれよ」
鏡餅が800個。
“ぎるど”の手代から聞かされたのはそれだけだ。――もちろん、お餅が目玉なのだろうけれど、柿や甘酒も数が集まれば軽くはない。
馬が4頭と、驢馬が2頭。
それから、冒険者たちが持てるだけ。
「皆さんも一緒に江戸でお餅を配っていただけるのでしょうか?」
来てくれるのなら、何人くらい?
その頭数次第でも可積載量はいくらか変動がありそうだ。
「ええ、と。それから、なるべく安全な道なんかも、ありましたら教えていただきたいのですけれど」
せっかく用意してくれた心づくしの縁起物なのだから、獣なんかに横取りされたくはない。
咲月の言葉に、弓弦もこくりと首肯する。
「‥‥山犬と白猿でしたっけ? 白猿というからには、やっぱり白いんですか? 雪の白さに紛れて見づらそうです」
余計に気を付けないと。
気遣わしげに眉をしかめた銀杏の隣で、ようやく握手責めから介抱されたグリーンが痺れた手を振りながら笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ。弓弦ちゃんと鏡餅は俺がしっかり守るからね」
“たぬき”違いで披露できなかった射撃の腕前(秀吉公のお墨付き)を発揮するなら今を於いて他にない。別に下心があるわけではないけれど、ポイントは稼げるところで稼いでおくのが勝利の秘訣だ。
その微笑ましいような羨ましいような光景を前に、シルハーノが微妙な気持ちを噛み締めている間にも話は進み‥‥いつもとは勝手の違う慌ただしい滞在期間が終わる頃には、なんとか馬と驢馬、そして人への積荷の配分も一応の決着をみたのだった。
春になったら、またここを訪れることができますように。
ささやかな想いをそこに残して。
●鏡餅はいかが?
霜月の大火によって焼け出された者は、一説には十万を越えるという。
4万とも5万とも言われる死者、行方不明者の数も加えると、江戸に住む約40万人の半数が何からかの被害を蒙った計算になるのだとか。
大晦日に鏡餅を配る催事を告げながら、焼け出された人々が身を寄せ合う避難所を見分して回った神月倭と時任義経は、時を重ねる毎に心痛と不安を抱えることになった。
鏡餅の数は、800個。
干柿と甘酒は輸送隊が戻らなければ正確な数字は判らないが、焼け出された者、全員に配れる量があるとは思えない。――と、いうより。それだけの数を用意するのは、まず不可能である。
(‥‥大丈夫だろうか‥?)
江戸の人々の為に、と。
手向けられたなけなしではあるが心尽くしの善意、そして、それに応えようと依頼を受けた友を想って――
ふたりは沈痛な吐息を落とした。
■□
透きとおった青空に、鏡餅を描いた白い旗が翻る。
雪で鏡餅を作れなかったのは、残念だけれど。――被災者たちが今以上に凍えずに済んだのだから良しとしよう。
村外れに立つ6本の柿木から取れた柿は、全部併せて一〇〇〇個とちょっと。
鏡餅と合わせて二〇〇〇個に少し足りない。――甘酒も少し薄味になるのを我慢してもらえは、四〇〇人分くらいはいけるはず。
空腹に耐えるのは辛い。
冴刃の内にも古い記憶があった。――農作物が思うように実らなかった年、上の兄弟たちは幼い弟のために空腹を堪えてくれたもの。
自分のために我慢している人が居るのを知っていて、満たされるのもまた辛いから。
「本当は色々、意味があるものなんだけど。ひとりでも沢山の人に回してやりたいもんな」
八〇〇個しかない鏡餅だって“鏡開き”で細かく砕いて雑煮に入れれば、八〇〇戸以上にはいきわたる。
食料として、よりも――
新しい年が明けるという希望。
そして、誰かが気遣ってくれている‥‥孤独ではないという安心感。それを感じてくれれば良いと思う。
「なかなかいい出来だと思わない?」
頑張って書いたんだよ。
と、得意げな笑みを浮かべたグリーンが広げた目印の旗に、労いの言葉をかけようと振り返った弓弦の微笑がわずかに引きつり固まった。従姉妹の変異を訝しんで、配達分を積み込む手を止めて顔を上げた咲月も、言葉に窮する。
突っ込んでいいのか、悪いのか。
「‥‥か・が・み・も・さ‥‥『さ』?」
『さ』って、何だよ。
優しいふたりの困惑を他所に、遠慮なく笑い飛ばしたのは冴刃だった。
「『かがみもち』て、書いたんだけど――え、文字の向きが逆っ?!」
日本語って難しい!
頭を抱えたグリーンの失敗も、ご愛嬌ということで。
晴れやかな蒼穹の下、笑声が弾ける。
「雪遊びができなかったのは残念だけど、遊びはそれだけじゃないもんね」
白い幟に描かれた鏡餅を見上げて銀杏は、子供らしい笑顔を浮かべた。
配達のついでに子供達に声を掛け、遊びにおいでと外に誘う。――子供達が外に出て元気に遊ぶ姿、これが1番。
遊んで、笑って。江戸の町が復興したらパラの村にも遊びにきてくれるよう、しっかりちゃっかり宣伝もして。
「何だったら人間鏡餅とかさ」
シルハーノの立派な体躯をちらりと横目に、そんな案まで飛び出して。
「あ、咲月も強制参加な!」
「弓弦ちゃんもネ!!」
――やっぱり、彼女が欲しいと思ったシルハーノだった。