深山講

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月05日〜07月12日

リプレイ公開日:2004年07月13日

●オープニング

 当たるも八卦といいますが――。
 集まった冒険者たちを見回して、番頭は軽く肩をすくめた。事務方らしい陽焼けの後が見えない細面に張り付いた、なにやら白々とした笑みから察するにまっとうな依頼ではないらしい。
「さるお店と申し上げておきましょうか」
 彼の口ぶりからすると、それなりに名の知られた店なのだろう。
「半月ほど前から、こちらのお嬢様の体調が思わしくなく寝付かれるようになったとか」
 縁談が引きも切らない評判の小町娘で、界隈では何やら明かりが消えたようだと囁かれているそうだ。
 方々に手を尽くし医者や薬師を探したが一向に良くならず、原因すらわからないとあっては、両親の心痛もいかばかりか。元々、信心に篤い商家のことであり、わざわざ遠方の神仏へも人をやって快癒の祈祷を頼んでいるという。
 それが、数日前。
 店の前に奇妙な客が立った。――10歳ばかりの、抜けるように色の白い女童であったという。赤い着物が妙に艶かしく鮮やかで、少しばかり気味の悪い子供であった。
「その童女が、ですな‥‥」
 言葉を区切り、番頭はゆっくりと一同を見回す。番頭というより、怪談を語る講釈師にでもなった方がぴたりときそうだ。
 その風変わりな少女は、相対に出た手代に奇妙な話を聞かせたという。
「その話といいますのが」
 話も佳境に入ったらしく、番頭はもっともらしく声をひそめた。
 江戸より3日ほど離れた山深い場所に、鏡のような沼がある。その沼の畔に、1本の古い山桃の木が立っており、2ヶ月ばかり前、この木に1匹の大きな猿が棲みついた。
 すいぶんな暴れ者で、枝を折る、根を掘り起こすで、山桃の木はすっかり弱ってしまったらしい。
「‥‥娘の具合が悪いのは、その山桃の木が助けを求めているせいである、と。そう申すわけでございますな」
「‥‥‥‥‥‥」
 なんとも雲を掴むような話である。沈黙を予想していたのか、番頭は鷹揚な仕草で煙管を取り出しのんびりと火口に刻みを詰めた。
「もちろん。主夫婦も頭から信じたワケではございませんでしょう。――商いは堅いのが良いと申します」
 とはいえ、可愛い娘の病であり、他に拠るすがもない。
「‥‥と、まぁ。そこら辺の事情もあって、ギルドに話が持ち込まれたという次第でございますわな」
 気休めでも人助けといったところか。
「それなりの報酬は用意させていただきます。ここはひとつ。騙されたと思って足を運んでいただけませんかな?」

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0076 殊未那 乖杜(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1369 鬼嶋 美希(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1462 アオイ・ミコ(18歳・♀・レンジャー・シフール・モンゴル王国)
 ea3055 アーク・ウイング(22歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3445 笠倉 榧(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3681 冬呼国 銀雪(33歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3741 レオーネ・アズリアエル(37歳・♀・侍・人間・エジプト)

●リプレイ本文

 山深い場所に鏡のような沼があり、
 沼の畔に1本の古い山桃の樹が生えている。
 その山桃の樹に大猿が棲みつき、悪さをするので江戸の町娘が病に倒れた。

 もとより、雲を掴むような話ではある。
 とはいえ引き受けてしまった以上、依頼は依頼。――山桃の樹に棲み付いた大猿を倒す算段をしなければならない。
 が、駆け出しの冒険者たちにとって、これはなかなか骨の折れる仕事であった。
 まず、問題の沼の場所がわからない。
「存じ上げません」
 アオイ・ミコ(ea1462)の直球勝負に、依頼を振り分けた番頭はなんとも形容しがたい表情を浮かべて首を横に振る。
「自慢じゃございませんが、わたくし。生まれてこの方、江戸の外へ出たことはございませんので‥‥」
「ええ、そんなぁ」
 落胆にくらりと貧血を起こしかけたアオイの小さな身体を横から支え、御神楽紅水(ea0009)が代わって口を開いた。
「せめて何処の山とか判らないかなぁ」
 江戸よりそれほど離れていないということは、確かなのだけど。
「その辺りに詳しい猟師さんとか紹介してもらえると助かるんだよね」
 あまりにも漠然とした‥‥というか、ギルドが伝えた情報から少しも絞り込めていないらしいアオイの要求に番頭は力なく首を振る。
 ひと口に猟師といっても、山ならどこでも手当たり次第に案内できるわけではない。日頃、足場にしている山というものがあり、その範囲で生活しているのだ。――経験や技術はたしかに何処へ出ても役立つが、地理的な情報はそこに住んでいる者にしか判らないものでもある。
 江戸市中に毛皮や獣肉を商いに来ている猟師をあたり、心当たりを訊ねた殊未那乖杜(ea0076)と冬呼国銀雪(ea3681)のふたりもその曖昧さに振り回されていた。畔に山桃の木が生えているかどうかはともかく、山中の沼は目立って珍しい景色でもない。
 日本は山の多い、そして、水の豊かな国である。
 温暖湿潤な気候のおかげで年間を通して雨が降り、また、国土の大半を占める山地より湧き出した水が流れとなって海へと注ぐ。土地によって水の良し悪しはあるけれど、完全に干上がった不毛の砂漠というものはない。
 江戸市中を巡る水路や大川へと注ぐ流れは両手の指に余るほどあり、それらを辿れば、ほぼ間違いなくどこかの山へと行き着く。――レオーネ・アズリアエル(ea3741)の生国エジプトとは、決定的に違う点だ。そして、その複雑に絡み合った糸の束から正しいひとつを引き当てるのは、もはや“神のみぞ知る”領域である。
 運を天に任せてひとつひとつを潰して行くのは、少々、乱暴すぎやしないだろうか。
「‥‥‥困りましたねぇ‥‥」
 アオイと紅水の顔を順番に眺め、番頭はつるりと尖り気味の顎を撫でた。しばし、考えこむように遠くを眺め、そして、やれやれと首を横に振る。
「仕方がありません。わたくしからもお店の方へ、もう一度、何か気づいたことはないかお尋ねしてみましょう」
 新米冒険者の後押しも、彼らの大切な仕事であった。――世の中、楽はできないようになっている。


●嘘か、真か?!
「山で大きなお猿が暴れてる〜。それをみんなで成敗し〜て。煮てさ、焼いてさ、食ってさ♪」
 アーク・ウイング(ea3055)が唄う自作の鼻歌に、捕まえた兎の皮を剥ぎながら冬呼国は小首をかしげた。
「熊肉は美味かったけど、猿というのは美味いのかな?」
 何やら期待しているらしい冬呼国の独り言に、焚き火の中に小枝を投げ入れた笠倉榧(ea3445)は、さあ、と答える。
「どうだろうな」
 榧自身は食べたことはないのだが、海を隔てた華国では猿は珍味とされているらしい。――日本では仏教の影響もあって、町では獣を喰らうことに良い顔をしない者も多く、おおっぴらに商いされているわけではないが。尤も、人里離れた山の中では、それを厭うていては生きていけぬ。必要に迫られて止むにやまれず身に付けたものであっても、冬呼国の技は非常に重宝された。
 江戸より1日ばかり街道を歩いた山の麓に、寂れた薬師堂がある。ひどく山深い場所で、土地の者でも滅多に寄り付かぬというここの薬師が善いという者があり、人をやって快癒を願う絵馬をかけさせた。それが、奇妙な少女が店先に立つ数日前のことであったと、またしても非現実的な話を伝えたのは件の番頭である。――眉唾な話だが、闇雲に当たるよりはいくらかマシだと旅支度を整えて、江戸を発った。
 山間にぽつりと寂れた薬師堂の山門から続く細い小路に分け入って、はや2日。冬呼国の狩猟の腕や山歩きに慣れた榧の存在に助けられ調子は悪くないものの、そろそろ不安が胸に影を落す頃合である。
 何もないところでも良く転ぶ貧血持ちのアオイなどは、既に泥だらけだった。荷を背負っていては歩くこともままならないので、殊未那の馬に荷を預けてはいるのだが‥‥。
 肥やしや鍬などを馬に積み込んだ紅水、大猿をおびき寄せる餌として、酒につけた杏や柿を持参したレオーネなど荷が多いのも慣れぬ山道には差し障る。
「山の兎を捕まえて〜。絞めて、毟って〜。煮てさ、焼いてさ、食ってさ♪」
 ウィングの鼻歌が夜の静寂にのんびり響いた。どうやら、煮て、焼いて、食うのが彼の定番であるらしい。――流しの楽師としては大成できるか先行きが不安だが、幸い彼は魔術師であるので、まぁ、食いっぱぐれる心配はないだろう。


●深山講
 日本古来の精霊信仰によると、神は高いところに宿るものとされている。
 高い山や大樹に人ならざる不可視の力を信じて自然を崇める風習はアオイの故郷モンゴルにも共通するものだ。山は薪や木の実、茸や獣など生きる糧を与えてくれる場所であると同時に、その懐に魔物を養い進入を拒んで人界より乖離した神聖な場所でもある。
 夏山を彩る万緑を映した水を湛える小さな沼は、確かにどこか冒しがたい神秘を湛え息づいていた。
「なるほど。ここか‥‥」
 空と周辺の山々を映す鏡のような水面を眺め、鬼嶋美希(ea1369)は感嘆を落とす。注ぐ小川も、流れ出る水路もない。ただ、そこにあるだけの沼だった。
 近づくと、どこまでも透明な澄んだ水辺に己が映る。沼を覗き込む女の顔に、銀色の鱗を煌かせた小さな魚の群れが重なった。
「わぁ、綺麗――」
「‥‥しぃ‥‥」
 見事な景勝に歓声を上げかけた紅水を制し冬呼国は、沼の一角を指さす。水に枝を差し伸べるようにたたずむ古樹があった。そして、大樹の上には――
「あれが、問題の大猿か?」
「そのようだね」
 自然と声を潜めた殊未那に、ウィングも頷く。
 身の丈は、6尺を越えるだろうか。茶褐色の長い毛に覆われた大きな猿だ。――長身の部類に入る殊未那より、まだ大きい。
 縄張りに踏み込んだ侵入者に気付いてはいるようだが、他に気がかりでもあるのだろうか。熱心に澄んだ水面を覗き込んでいる。見ようによっては、鏡に映った自分の影に魅入っているようにも思われた。
「さて、どうするかな」
 動く様子もない猿を遠目に眺め、皆の意見を求めた殊未那の周囲に集まって作戦を考える。
 煙で燻り出すものから、食べ物で誘い出す、物音で興味を惹くなど。選択肢は多いほど可能性も高くなる。

「あの猿は何をしてるのかな?」
 アオイと共に燃やせそうなものを集めていた紅水は、枯れ枝を折る手を止めて沼の方へ視線を向けた。猿は相変わらず飽きもせずに水面を眺め、時折、苛立ったように枝を揺すたり、奇声を挙げたりしているが、樹から下りる様子はない。
「あんな大きいヤツに枝の上で暴れられたら、精霊さん、困っちゃうよね」
 アオイや紅水に限らず、レオーネなども店の前に立った少女は山桃の樹の精霊だと思っているようだ。――それを確かめる術は、ないのだけれど。
 猿から見える場所に、酒に漬けた果物を置いて気を引こうとしたレオーネの目論みはどうやら外れたらしい。
 知恵のある動物は、食べ慣れぬものには警戒して手を出さない。柿や杏だけであれば、あるいは、手を出したかもしれないが‥‥酒漬けという人間にとっては美味しい色を付けたのが、敗因か。

 手筈はこうだ。
 風上にて火を起こし煙でもって大猿を燻り出す。野生の生き物であれば火には敏感に反応するだろうから、慌てて降りてきたところを皆で叩く。――山火事にならないよう、そして、一緒に煙に巻かれないよう気をつけなければ‥‥。

 こいつは何がしたいのだろう。
 大猿は、澄んだ水に映った朋輩を眺めて首をかしげた。水の向こうの相手も不思議そうに首をかしげる。
 憎らしくてたまらない。
 目の前の朋輩は常にこちらを伺っており、何を話しかけてくるでもないのにいちいちこちらの真似をする。そのくせ捕まえようと腕を伸ばすと、すばしこく逃げてしまうのだ。
 全くもって、理解らない。
 そちらばかりが気になって、彼は他のことにはあまり関心を払わなかった。――人間と呼ばれる2本足が池の畔に現われたことには気付いていたが。そのうち、逃げていくだろうとたかを括っている。
 これまでは、そうだった。彼は人間が己を恐れていることを知っており、また、自分が人間より強いということを理解している。
 さしあたっての関心は、水の裏側にいる朋輩の存在だった。敵か、味方か。何故、そこにおり、自分を監視しているのか。そればかりが気になって‥‥
 火の匂いに気が付いた時、煙は既に周囲に充満していた。
 こいつはいけない。
 他の動物と同様に彼は火を怖れていたので、彼はすぐにそこを離れることを考える。樹から滑り降り数歩走ったところで、突然、煙の中から現われた人影に切りつけられた。

 闘気魔法を付与した剣で大猿に切り付けた殊未那に続き、レオーネの短刀も獣を襲う。ワケが判らず長い腕を振り回して暴れる大猿に、紅水のウォーターボムが手傷を負わせた。
「これで終わりだっ!!」
 鍔競り合いの間合いに持ち込んでトドメを刺そうとした美希を、勢いよく振り回される太い腕が弾き飛ばす。爪に掛かった手応えに力を得て牙を剥いた大猿に、ウィンドのライトニングサンダーボルトが直撃した。
 数の暴力‥‥膂力と人智の戦いと言っておこう‥‥は、当然、人間の勝利に終わり。おそらく、大猿は最後まで何が起こったのかを理解することはできなかったに違いない。

「もう大丈夫だよ。お店のお嬢様を助けてあげてね」
 アオイと冬呼国の指示に従い、肥料を入れたり、掘り起こされた根を埋めなおしたり、余分な枝を選定したり。甲斐甲斐しく働きまわり、紅水は頼もしげに古木を見上げる。
 病気とこの樹の因果関係は、やっぱりわからないのだけれど。――それでも、不思議な少女のご託宣通り、この沼があり山桃の樹があった。
 だから、信じたいと思う。
「どうしたの?」
 アオイの問いに周囲を見回していたレオーネは、小さく笑って肩を竦めた。
「‥‥頑張ってココまできたんだもの。噂の女の子、出てきてくれないかしらねぇ」
 逢って頭を撫でるくらいは。なんて、考えるのはやっぱり彼女の嗜好のせいだろうか。レオーネの横でウィングも楽しげな声を出す。
「せっかくだから、山の恵みを頂戴して帰りましょう」
 山菜やら、果物を。
 すたすたと山に分け入る、ウィングだが山歩きはもちろん素人。――危なっかしい足取りに、冬呼国と榧は顔を見合わせて肩をすくめた。

=おわり=