水仙郷のひみつ
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 84 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月10日〜02月18日
リプレイ公開日:2006年02月19日
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●オープニング
険悪な雰囲気に、空気が淀む。
ひとりは右を。
ひとりは左を。
真ん中は、俯いて口と眉とをへの字に曲げていた。――心なしか、目に光るものが溜まっているような‥‥。
改めて眺めれば、こちらも無残。
たんこぶ、青あざ、指には包帯らしきもの。
「‥‥ケンカの仲裁なら他を当たってくれませんかね‥」
後ろだって詰まってるんだし。
きっと上目遣いに抗議の視線を送られて、ため息交じりの提案を言葉に乗せた受付係はさりげなくあさっての方向に顔を向ける。
そんな顔をされたって、彼らの様子は紛う事なき取っ組み合いのケンカの後だ。
おまけに揃ってむっつり黙り込んだまま、小半時もこの状態。――依頼を持ち込むのに機嫌の良い依頼者というのも珍しいが、用件を話してくれなくては対案の出しようもない。
どうしたものかと筆の柄で頬を掻きながら薄暗い天井を見上げた手代の前で、地の底を這うような呟きがようやくひとつ。
「‥‥負けた‥」
よほど口惜しいのか、きゅうと唇を噛んで涙を堪える。
他のふたりも何やらひどく情けない顔をして。
■□
江戸から数里。
街道をふらりと外れ、道なき道を深く分け入った山奥に“小さな隣人”‥‥パラと呼ばれる人々の暮らす村がある。
豊かな山と綺麗な水の他は何もない小さな村だ。住人ともどもあまりにも小さいものだから、地図にも載っていなかったりする。――さすがにコレではいけないと立ち上がった村人たちは様々な村興し計画(?)を経て、今では知る人ぞ知る迷所になりつつあった。
憧れの大都会・江戸とは比べるべくもない小さな村は、この時期、雪に埋れている。周囲は一面の銀世界。いっそこのまま春まで冬眠してしまえるのではないかという勢いで埋れているのだが、住民たちは熊ではないので冬眠はできない。
雪の中でも、やることはそれなりにあるのだそうだ。
この村の近く、森や小川に囲まれた場所にちょっと開けた丘がある。――春になれば一面のお花畑になるこの丘は、今の季節、一見何もないように思えるが、雪の下では“ふきのとう”がそろそろ顔を出していた。
ほろりと馨る独特の芳香と苦味をもった花の芽は、早春を告げる季節の食材としてだけでなく、調味料としても古くから愛され食されている。
村人たちにとっても、新鮮な食べ物の乏しい季節の貴重な山菜であるのだが‥‥
「この雪原は、雪ん子の遊び場でもあるのだそうです」
ようするに子供の雪女ですね。
怪訝そうな顔をした冒険者たちを前に、手代はさくっとタネを明かした。
雪女といえば、昔話にも語られる‥‥美しい女性の姿をした優しく、そして残忍な妖怪である。
人の言葉を解する数少ない妖怪でもあるのだが――
「何しろ子供ということで‥‥」
無邪気といえば聞こえは良いが、気紛れで我儘、そして子供の残虐性を併せ持つ雪女以上にやっかいな相手であるのだそうだ。
件の雪原はよほど気に入りの遊び場所であると見え、毎年、雪の季節になるとどこからともなくやってくるのだという。
「なるほど。今回の依頼はその雪ん子を何とかしろと言うのだな?」
事情を呑み込んだとばかりに頷いた冒険者に、手代は慌てて首を横に振り早とちりだと告げた。
さて。
この雪原をめぐってそれぞれ使用を主張する村人と雪ん子の間に、いつの頃からかひとつの決まりができたのである。
誰が、いつ、それを決めたのかは謎だが、双方、律儀に守り続けて●十年。
「‥‥雪合戦をするのだそうです」
言いにくそうに言葉を紡ぎ、手代は盛大に吐息を落とした。
攻め手(村人)は丘のてっぺんにひとり立つ楡の木を目指し、守り手(雪ん子)はその木を守る。――期限は、山の上に顔を出したお天道様が天頂に上りきるまで。
一見、雪ん子に有利に思えるこの取り決めだが、実はちゃんと隠し技が存在していた。
「この雪原の向こうに水仙の花が咲く小さな渓谷があるのだそうです」
雪深い山の中、この峡谷だけに花が咲く。――温泉が湧いているのだ。
暖かい水を竹の筒に通して雪原に導きいれる。
雪が消えるほどではないが、それでも雪の量はずいぶん少なくなるのだそうで、この裏技でここ数年は村人たちの勝利が続いていたものらしい。
ところが――
「‥‥村興しにかまけて、冬支度の中にこの竹筒作りを入れるのを忘れていたのだそうです‥‥」
そう言って、手代は本日2回目の吐息を落とした。
慌てて準備に取り掛かったのだが、時既に遅し、合戦前に散々な目に遭って退却を余儀なくされたのだという。
「助っ人を頼むのも十分卑怯臭いのですが――」
どうやら、あちら(雪ん子)も投げる雪玉に小石を仕込んだり、吹雪の息を吐いてみたり、同程度の次元の低さ。
「まぁ、行けば“ふきのとう”をご馳走してくれるそうですから」
たまには童心に却って雪原を走り回り、ひと足早い春の味覚を楽しんでくるのも良いかもしれない。
●リプレイ本文
ご覧ください。
灰色の空に分厚い雪雲、横殴りの雪。
マリス・メア・シュタイン(eb0888)嬢のお天気予想−ウェザーフォーノリッヂ−によりますと、もう間もなく晴れ間が覘くとのコトですが‥‥。
積雪は4尺(120cm)余。
うっかり翅翼が凍りついてしまいそうな寒さです。
皆様、こんにちは。
パラの村郊外、雪ノ原に来ています。
本年度の雪原使用権を賭けた“ふきのとう”杯、逝鬼駕津戦(←造語)。
雪ん子対村人(今回は冒険者)による熱戦の模様を、実況生中継にてお送り致します。 実況はワタクシ、ゴールド・ストーム様に雇われた通訳シフール。解説は“しもやけ”の為、欠場の村人2号(匿名希望)さん‥‥。
「よろしくね」
――こちらこそ。どうぞ宜しくお願いします。
『仕事しろヨ‥』
友人の心尽くしで派遣された通訳がいなければ意思の疎通もままならない緋翼焔(eb4012)に小突き回される通訳シフールを視界の端に、ジェームス・モンド(ea3731)は胸中に飛来した記憶を懐かしむようにその眼光をやわらげた。
「雪合戦か。子供の頃を思い出すな」
子供たちの冬場の楽しみは、イギリスもジャパンも同じであるようだ。
今でこそ貫禄たっぷりの四十男にだって、当然、つっ転がせばピーピー泣いていた可愛らしい時代があるわけで‥‥
「よし、任せておけ。これでも子供の頃は、必殺のモンドとして恐れられていたんだ」
得意げに語る様子からも、もちろん参加する気は満々である。
いくら化け物とはいえ、子供相手に大人気ない。‥‥多少、胸の辺りに思うモノがないでもないが、たまには童心に却って思いっきり駆け回るのも楽しそうだ。
●天の下、雪の上
灰色の空から絶え間なく零れ落ちる雪の紗越しに赤く滲む緋の羽根に目を細め、龍深城我斬(ea0031)はその悪い視界の向こうを眺める。
そちらの先に目指す楡の木が立っているはずなのだが、折からの雪に阻まれ生憎とその姿は見えない。
「‥‥読みが甘かった、か‥?」
雪に埋れているとは、聞いていたのだけれど。
本当に埋まっているとは思わなかった。
4尺といえば、羽根妖精2人分。――最も上背のあるモンドでも腰のあたり。龍深城、御神楽紅水(ea0009)、マリスの3人は言うに及ばず。小柄な鑪純直(ea7179)などは、うっかりすると首まで埋まってしまいそうだ。
それなりに踏み固められている村の中ならともかく、融雪工作が間に合わずほぼ放置状態で雪ん子に占拠されている雪原など‥‥踏み込んだら最後な気がする。
幸い村人から雪上歩行の必須アイテム――“かんじき”を借りることができたのだけれど、コレで龍深城の真骨頂である身軽な体捌きが万全かと言われるとかなり微妙だ。
「‥‥幼い頃は雪が降っただけではしゃいだものだが。なるほど、雪に閉ざされる処は相当な苦労があるものだな」
こちらも何処からか借りてきた藁長靴に脚半でしっかりと足を覆った鑪は、試しに数歩、雪上の感触を確かめて苦笑を浮かべる。
思った以上に、歩きにくい。
氷点下も珍しくない外気を想い着膨れた状態なら尚更のコト。
戦いの火蓋が切って落とされるその前に、やらねばならぬ課題は多そうだ。
●雪合戦
雲の切れ間から、陽射しが零れる。
連なる山嶺の頂から投げ下ろされた光は張りつめた大気を貫き、風に舞う粉雪に乱反射して雪原を白い光で満たした。
「わ、眩し‥?!」
唐突に色彩を帯びた世界に思わず手を翳したマリスの、生じた隙を狙いすましたかのように。白い礫は、綺麗な弧を描いて飛来する。
‥‥パシュ‥っ!
「ひゃぁ!! 冷たぁ〜い!!!」
礫としての威力は、ほとんど無いに等しいけれど。
上気した頬に触れて溶け落ちる雪の雫が、はっとするほど冷たくて。――身体にではなく、心理的にダメージを受けるモノであるようだ。
雪に板を付き立てた即席の防御壁に身を潜めて先を窺う。
きらきらと眩しく輝く雪原を軽やかに駆けていく小さな人影がひとつ、ふたつ。
「あれか!」
本当に子供だ、と。
驚いている間にも雪玉の攻撃は容赦なく冒険者たちの上に降り注ぎ、世界はしばし着弾した雪玉が砕け散る乾いた音に包まれた。
□■
――と、言うわけで。
唐突に始まりました、雪ん子対冒険者による注目の戦い。
序盤は雪ん子陣営が優勢に進めている模様です。
踏み固められていない雪原は、足場が悪いですからね。“かんじきや藁長靴で備えていた龍深城殿と鑪殿、飛行が可能な緋殿の他は、皆、踏み出す毎に腿まで埋まる根雪に足を取られて苦戦している様子。
さすがに吹雪から生まれると言われるだけあって、雪ん子たちの動きは軽やかです。冒険者がひとつ投げている間に、いつつもむっつも投げ返してきます。鑪殿の懸念的中といったところでしょうか。
「ずるいよね」
(‥‥‥ずるい‥?)
冒険者陣営は足元の条件も良くないこともあってか、躱すよりも木の板を盾に雪玉を避ける作戦のようです。江戸で健闘を祈って送り出してくれた滋藤柾鷹殿の発案だとか。
身を隠して攻勢をやり過ごす間に、雪玉を作ったり。相手から眼を離す余裕ができるのが利点です。なかなか考えてきましたよ。――時間が経つと板に張り付いた雪が凍って重くなるのが難点ですが‥‥。
おぉっと。まるごと猫かぶりにハリセンを構えたサイケ‥‥けほっ‥‥斬新な居出立ちの龍深城殿。ご自身も回避が身上だと豪語していただけあって、さすがです。
次々と飛来する雪玉をモノともせずハリセンを振り回して応戦中。雪玉はほとんど投げ返していませんが、着実に前進する作戦でしょう。
「がんばれー」
おや。大本命と目されているモンド殿は、防御壁ではなく左腕に装着した盾で雪玉を防いでいる模様。盾を使い慣れたイギリスの戦士ならではの発想ですね。無傷とはいきませんが、ジリジリと距離を稼いでいます。
緋殿に通訳した作戦内容によりますと。紅水嬢と鑪殿、龍深城殿が囮として戦力を分散させ、モンド殿で獲りに行く(緋殿とマリス嬢は遊撃要員ですよ)――なんでもとっておきの必殺技を用意しているのだとか。これは、結実を期待したいところです。
●仁義なき戦い
白熱した戦いは、エスカレートするのが常だけれども。
‥‥ガン‥ッ!
軽い衝撃と共に、耳に響いた雪合戦にあるまじき音にモンドは思わず眼を剥いた。
「‥って、おい。今、盾に当たった雪玉。ガン、とか言ったぞ、ガンと!」
普通、雪合戦でこんな音は立たないだろう。
どうやら、この雪合戦。パラっ子たちの“温泉引き込み融雪計画”を筆頭に、双方、隠し玉の使用が認められているらしい。――必死なのだと言ってしまえば、それまでだけれど。阿漕というか、姑息というか。
雪玉の全てに何かが仕込まれているようではないが‥‥
「‥ぃた!」
「いったーい!!」
鑪とマリス。
「あだっ!!」
そして、龍深城も不幸の雪玉を引き当ててしまったようだ。――滅多に当たらない雪玉が当たりとは、相当に運が悪い。
‥‥と。
ふいに雪ん子のひとりが何に気づいたのか顔をあげる。
視線の先には、様子を伺いながらそろそろと木の枝に巻きつけた赤いハチマキに手を伸ばす緋の姿。
すぅ、と。小さな口に吸い込まれた透明な空気が、吹雪に変わった。
ヒュウウゥ―――
身の竦むような風の音が粉雪を浚う。
人間なら踏みこたえられる程度でも、相手がシフールなら‥‥それも至近距離で喰らったら流石に拙い。小さな炎を想わせる緋の身体は、吹き飛ばされて振り出しに。
冷たいだけでも十分、昂ぶる気持ちが萎えるところに、この攻撃はかなり凶悪。これで一気に興奮が冷めてしまう。
‥‥もう、諦めて江戸に帰ってしまおうかなぁ‥。
なんて、悪魔の囁きが聞こえてきたり。
幼い2人の娘と雪遊びに興じた美しい思い出が走馬灯のように脳裏をよぎり、モンドはぶんぶんと首を振って誘惑を頭から追い払った。
「お返しに、私だって魔法ぶつけちゃうからね」
なんて紅水に叱られても、まったく悪びれる様子はない。
神皇家を加護する為に伝承される神聖な術が、子供(?)の喧嘩に。――因みに、紅水の得意とする水の精霊魔法は、雪女たちが生まれついて持っている特殊な力とほぼ同じラインナップだったりする。
「私だってスクロールが使えるんだからっ」
アースダイブは大地の露出した場所が見あたらず、効果を発揮できなかったけれど。アイスブリザードは、ストームで跳ね返せるのだ。
そう強気に胸を張りつつも、雪の化け物である雪ん子に、果たして雪・氷系の魔法が効くのかどうか――肝心なところを見落としているふたりである。
共に広範囲に効果を及ぼす魔法であるから、敵に塩を送るような結果になっては目も当てられない。
「だって、ずっこいんだものっ」
「‥‥落ち着かれよ。相手は子供だ(妖怪だけど)」
そう年下の鑪に窘められる一幕も。
□■
白熱してきましたね。
手に汗握る一進一退の攻防が続いております。
斜面が踏み固められてきたせいか攻め手(冒険者)の動きも少しよくなってきました。鑪殿の作戦通り、相手の癖を見ながらじっくり攻め上っています。
とはいえ、やはり雪上では雪ん子に1日の長がある模様。加えて、小石や氷の欠片を仕込んだ雪玉や“吹雪の息”といった規定があるなら“どうよ?”と首を傾げたくなる反則すれすれの裏技も健在ですね。
冒険者陣営も、マリス殿のストームやウィンドレスで対抗はするのですが――
何しろ相手は小さくても雪女。
さすがに子供相手にと遠慮している事もあってか、効果はあってないようなもの。魔法で巻き上げられた雪に、却って視界を邪魔されているような。
雪ん子たちに至っては、その吹雪に紛れて相手に近づき冷たい手で突き飛ばすという‥‥雪原はもはや雪合戦というより、合戦の様相を呈してきました。
□■
長引けば、不利。
雪上での運動は、予想以上に体力を消費する。
おまけに、仕込み入りの雪玉の混入比率がだんだん高くなっているような気も――怪我はなくても、痛いものは痛い(心も身体も)。
そろそろカタを付けたいところだ。
「‥‥この辺か‥」
小さく独り言ちてモンドは、予め打ち合わせた合図を送る。
合図を待っていた紅水、龍深城、鑪の3人が、目標の楡を目指して防御壁から飛び出した。――駆け出したのは、3人。守り手も、ちょうど3人。
緊張が駆け抜ける。
勝負の瞬間、
小さな朱唇から一斉に吹き出された冷たい息が粉雪を舞い上げたその空に。
掲げられた聖印が、父なる神の祝福を希う。
奇蹟の発動を示す黒い光に包まれたモンドの身体が、ぐにゃりとその輪郭を捻じ曲げた。
楡の木に向かって伸ばされた腕が、不自然に歪む。
勢い良く伸びた腕。
伸びて、伸びて、伸びて―――
枝に括りつけられた赤いハチマキを奪い取るのは一瞬だった。
そして、沈黙が帳を下ろす。
●水仙郷のひみつ
白く霞む湯気の中に、馥郁と清涼な花の香が漂う
「ぷは〜、極楽、極楽♪」
冷え切った身体に、温泉は何よりの労いだ。
予想を絶する激しい戦いであっただけに、勝利の充実感もまたひとしお。――白く濁った湯の中で存分に手足を伸ばす。
これ以上の、至福はちょっとない。
「これ、お礼のお酒とお肴」
運ばれてきたのはもちろん、採れたばかりの今年1番のフキノトウ。
龍深城の注文に応えて、定番の天ぷらと味噌和え。ちょっと冒険して胡桃でも和えて見た。
「くぅ〜、この苦味が春の味だよなぁ」
「‥‥まことに、美味であるな」
龍深城と鑪の感嘆に、モンドもなれない手つきで箸を使う。
ほろりと苦い春の味は初めての舌を驚かせるが、なんだか癖になりそうな大人の味だ。
「う、苦い‥」
思わず眉を寄せたマリスと緋にも、これはきっと思い出深い春の味。
水仙の香とフキノトウのほろ苦い香。
どちらも、皆が焦がれてやまない春の徴。――まだまだ雪深いこの地にも、しっかり春の芽は息づいている。
「沢山動いた後だから、ご飯もすごく美味しいね」
マリスの隣で温泉に足を浸しつつ、紅水も大満足の笑みを浮かべた。
しっかり温まって、お腹もいっぱいになったなら。もう一度、あの雪原へ行ってみよう。
遊び場を取られて拗ねている雪ん子たちを慰めて、仲良くなって、今度は一緒に遊ぶために。