誰にも言えない

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 48 C

参加人数:6人

サポート参加人数:6人

冒険期間:02月13日〜02月17日

リプレイ公開日:2006年02月21日

●オープニング

「よろず世間の難問奇問を見事解決してくださると評判の“ぎるど”とか申す口入屋は、こちらさまで?」

 ‥‥うっわー‥、なーんか誤解されてねー?

 まぁ、大筋では間違っちゃいない。
 間違ってはいないのだが、この評判を好意と釈るか、含みと悟るか‥は、意見の分かれるところだ。
 複雑な胸中をもちろん面に顕すことなく、番台の手代は訪れた客を迎える。
 お仕着せではない着物の趣味や鷹揚な風格を見れば、どこぞの旦那様であるようにも思えるが‥‥人当たりの良さそうな笑みを作ることがごく自然身に付いた様子などは、意外に侮れない人物であるかもしれない。
「実は内々に運んでいただきたい議がございます故、こうしてお願いに参上した次第。――首尾よく運んでいただいた暁には、もちろん、それなりのお礼はご用意させていただきます」
 先刻の口上は、ここへ繋がっているようだ。
 なにやらこそばゆい言い回しに神妙な表情を繕ったまま、手代はつと立ち上がり来訪者を奥へと促す。――外聞を憚る依頼者のために誂えられた特別な座敷にて仔細を伺い、再び番台へと戻った手代の表情は、何やら笑みを含んで苦しげなものだった。

■□

 江戸の郊外、飛鳥山の麓に小さな薬師堂がある。
 こちらで戴く膏薬は万病に効くと専らの評判‥‥特に肩や腰の痛みには、覿面のご利益があるのだとか。
「この薬師堂に出向いて祈祷を受け、下される御札と膏薬をこちらへ持ち帰っていただきたいのだそうです」
 実に簡単な仕事だ。
 わざわざ“ぎるど”に依頼を持ち込まずとも。などと、貧乏くさいことを想ってしまうのだけれど。
「‥‥それが‥‥くれぐれも内密にコトを運んでいただきたいのだとか」
 祈祷を受ける者の名を記したらしい漆塗りの文箱をちらりと視線で撫で、手代は何ともいえない顔をする。
「名代の御仁より聞いたところによりますと‥‥」
 依頼人には、長年、コトあるごとに競い合う好敵手とも呼べる相手が居るのだそうだ。
 先日、どちらがより壮健かという話題に話が及び、相手には負けるまいと張り切った依頼人は周囲が止めるのも聞かず自ら店の棚卸に参加したのだという。
 本人はまだまだ若いつもりでも。つもりは、つもり。寄る年波はしっかり彼にも訪れていた。
「案の定、重いものを持ち上げた途端、こう‥‥ぐき‥っと‥‥やってしまったのだそうですが‥‥」
 要するに、ぎっくり腰――こほん、軽い肉離れですよ、ええ――になってしまったわけだが、何しろ意地っ張りの上、相手への見栄もある。
 今更、堂々と湯治場通いをするワケにもいかず、苦肉の策で思いついたのがこの薬師堂への願掛けだった。
「とにかく、“壁に耳アリ、障子に目アリ”と申します。万事に抜け目のない紀伊国屋さんのことですから、どこに内通者が潜んでいるかわかりません。――皆様も心して仕事に当たってくださいまし」
 何しろ“ぎるど”の信用問題も掛かってしまった。
 ジロリと皆を見回した手代を前に、なんだか微妙な気持ちになってしまった‥‥かも、しれない。

●今回の参加者

 ea0980 リオーレ・アズィーズ(38歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2387 エステラ・ナルセス(37歳・♀・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 eb0084 柳 花蓮(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294)/ ルーティ・フィルファニア(ea0340)/ セリア・アストライア(ea0364)/ エルネスト・ナルセス(ea6004)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ 鬼切 七十郎(eb3773

●リプレイ本文

 時は、如月――
 奇しくも月道の向こうでは、恋人たちが愛を語り合う日を翌日に控えたその日。
 お江戸は旅の出発点、日本橋にピーチフルの花が開いた。
「旦那様、行ってきますわね」
 少しばかり鼻にかかったお砂糖よりも甘い声でシナを作ったエステラ・ナルセス(ea2387)は、愛しい旦那様ことエルネスト・ナルセスと愛を語らう。
「‥‥くれぐれも、出かけている間にフラリと何処かに行ってしまわないでくださいね」
 しっかりと抱き合って、

 チュv

 どよ‥っ。
 橋のたもとに集まった人々の間に動揺が走る。
 愛し合うふたりなら当然の行為も場所によりけり。月道の向こうなら、微笑ましく映る光景も、ここは慎みを以って美徳となす国。
(‥‥は、破廉恥な‥っ!!)
(目を合わせちゃいけませんっ)
 ざわざわと人垣の間を漣のように広がったざわめきの因に気づいたのは、柳花蓮(eb0084)くらいだろうか。
 物見遊山を装った団体の面々にとってはごく当たり前の日常茶飯。
 あら、いいわね。なんて、心の声が聞こえてきそうだ。
「賑やかになりそうだな」
 3人寄れば喧しいなんて喩えられる女性ばかりが総勢6名。
目的を同じくする仲間の顔ぶれを見回して、リフィーティア・レリス(ea4927)は思わず苦笑を落とす。
「いってらっしゃい」
 旅立つ友への餞にルーティ・フィルファニアが差し出したのは『家内安全のお札』。依頼人への贈り物だが、都合により託されたアレーナ・オレアリス(eb3532)の帰宅を待ってのことになりそうだ。
「薬師堂のコト、色々聞かせてくださいね」
 お土産を期待しています。
 そう声をかけるフィーネ・オレアリスは、旅立つ女たちが外国の女優なのだとそれとなく周囲に聞かせている。
 ――そう言われて見回せば、
「姐さん。道中、お気をつけなすって」
 かちかちと火打ち石を叩く、鬼切七十朗の切り火で送り出されるネフィリム・フィルス(eb3503)に、ヴィグ・カノスの見送りを受けるリオーレ・アズィーズ(ea0980)も。皆、目立って他とは異なる雰囲気を持つ者ばかりだ。

■□

 そんな美の女神たちを物陰から睨めつける不穏な視線。

「‥‥ふぅむ、なかなか考えたな‥」
 侮り難し、××屋。
 だが、
 まるっきり手掛かりがないワケでもない。
 本人たちは上手くやっているつもりだろうが‥‥何しろ、彼らは目立つのだ。
 月道が拓かれて、未だ間もない。
 そう。見送りにきたあの男たち(ヴィグとエルネスト)が、揃って同じ大きさの文箱を5つ買い求めたことは判っている。――十分、気を付けたつもりだろうが、まだまだ江戸市中でも外国人は珍しいのだ。何処へ言っても足がつく。
 彼らが“ぎるど”という口入屋に出入りする“冒険者”とか呼ばれる“椋鳥”であることも既に調べが付いているのだ。
 聞けば、飛鳥山の薬師へ物見遊山に向かうのだとか。――見送りの女(フィーネ)がそう吹聴しているのだから間違いない。
 掴みは上場、あとは確固たる物証が手に入れば‥‥。


●峠の茶店
 日本橋から街道沿いに半日ばかり。
 とりとめのない話に花を咲かせて登りきった坂の上に水茶屋が一軒。――ちょうど疲れを感じる頃合を見計らったようなロケーションに、何やら感心してしまう。
 が、これは待ち受ける罠というよりは、長年にわたって培われた経験の勝利。韋駄天の草履やセブンリーグブーツといった便利な道具を使わずに歩けば、この辺りで一服したくなるようにできているのだ。
「お客さん、ご大層な荷物だけれど‥‥どちらへ?」
 目を丸くしたお茶汲み娘に、冒険者たちは何となく顔を見合わせて苦笑する。
 落ち着き先を決めないまま大量の荷物を抱えこんでいる者が多いのか、リフィーティアを除いて、何やら揃って荷物が重い。花蓮とリオーレに至っては、歩くのも一苦労。――物見遊山の小旅行というより、家財道具一式担いでの逃避行と行った方がなにやらしっくり落ち着くような。
「最近、なんだか騒がしいモンねぇ」
 暖かい飴湯でほっとひと息落とした花蓮に、非毛氈を掛けた床几に腰掛け足をぶらぶらさせながら団子を頬張っていた羽根妖精が訳知り顔で離しかけてきた。
「アタシも江戸を離れるつもり。――通訳を生業にしているから、何処に行っても食いっ逸れはないし☆」
 無口で無表情を通す花蓮の無言にもお構いなし。――元々、底抜けに明るい種族であるから演じているのか、地なのかも判り難い。
 人見知りの激しい子供を演じて通すつもりの花蓮だったが、小さな羽根妖精を相手に人見知りは流石に不自然‥‥それ以前に、いくら外見が幼く見えても、大荷物を抱えて旅をしているアタリ、ただの子供には見えない気がするのだけれど(悩)。
 今回の仲間は異国の旅人ばかりだもの。日本語に明るくないフリをしていれば、やり過ごせるかも。なんて、安易な油断は大敵。

■□

 報告、報告☆
 やっぱり怪しいですよ。
 だって、日本語ちゃんと聞こえてるのに、理解らないフリしてるんですよう。
 どうして判るのかって? ――だって、話しかける言葉に、視線が迷わないんだもの。アタシは専門家だから判るんです。
 それから、それから。お茶屋さんがあるのに、しっかりお饅頭持参ですって。それもね、同じお弁当箱に入ってるの〜☆
 え、お弁当箱じゃない?
 でも、こー四角くて細長い‥‥
 とにかく、怪しいです。ただの旅人じゃないですよー☆


●宿場町の夜は更けて
 ひと足ごとに重くなる荷物に歯をくいしばり、どうにか目的の宿場にたどり着く。
 ずいぶん遅くなってしまったのだけれども、宿の好意か、日頃の行いの賜物か。相部屋でよければ止めてくれるとのこと。
 ここでもそこはかとなく謀の気配を感じてしまうのは、きっとリオーレの思い込みではないはずだ。
 異国の、それも美人揃いの一座の逗留ともなれば、好奇心と珍しさが手に手を取って。是非、一席なんて甘い誘いも。
 祖国とジャパン。両国の親善を紡ぐ草の根交流だと思えば、無碍にもできず。――また、見せることを生業する者もいれば、技を披露するコトには吝かでない。
 リフィーティアが披露したジプシーの踊りに、白薔薇のアレーナ(?)の華麗なポージングと白薔薇の吹雪。――前者は文句なしに集まった者たちの感嘆を誘い、後者はその迫力にて場を圧倒する。
 場が盛り上がればもちろん進む酒の肴に、ちらちらと胸の奥で燻る疑問もうっかり口を滑って表に出たり‥‥。
「紀伊国屋といえば大店だけど。そのライバルって、もしかして‥‥越後屋の親父?!」
 ネフィリムの口から飛び出したお大尽の高名に、居合わせた旅烏たちの間にため息が満ちる。
 今は、しがない行商だけれども。
 いずれは越後屋、紀伊国屋のような大店に。商いの道を志すものなら、誰しも夢見る繁栄の道。
「‥‥でも、お嬢さんはまだまだ事情通ではないようだ」
「おや、違うのかい?」
 お酒は口を滑らかにするというけれど。
 首を傾げたネフィリムに、相手は意味ありげに笑みを深めた。
「越後屋さんと言えば、江戸一番の大棚だ。他にも、白木屋、大丸屋、松坂屋‥‥押しもおされぬ大店揃いだが、紀伊国屋さんの好敵手といやぁ――」
「‥‥と、言えば?」
「‥‥‥‥Zzzzz‥」
 勝ったのは、酔いか!? 睡魔か?!

 いっぱい歩いてすっかり固くなった足を盥にはった湯に浸して揉みながら、エステラは吐息を落とした。
「薬師堂までは後どれくらいあるのでしょう?」
 目的は依頼人の腰痛快癒だが、この分では、エステラ自身の疲れた足の浮腫みの分も併せて祈願してもらわなければいけないかもしれない。
 ぽろりと落ちたため息に、暖めた湯を運んできた下働きの娘が可笑しそうに口元を弛ませた。
「異人さんも、お薬師様にご祈祷なさるだか?」
「‥‥わたくしは、ジャパンのお寺や、お堂に、興味があります」
 できるだけ、棒読みの日本語になるように気をつけながら。多少かみ合っていなくても、その方がよりらしくなるだろう。

■□

 ‥うむむむ‥‥
 さすがは茂左衛門の見込んだ手錬、というべきか。
 なかなかコレといった手掛かりは残さない。――ご丁寧に形を揃えた文箱をふたつほど拝借したが、中身は饅頭と、キラキラ光る紅玉のかけら。
 饅頭はともかく、紅玉とは粋な趣向だ。 
 が、物取りと思われるのも、こちらの沽券にかかわる。明け方までには戻しておかなければ――


●薬師堂
 宴の翌朝は、なかなか起床が辛いもの。
 今日も1日、歩き続けなければいけないとわかっていれば尚のこと。――せめて馬でもいれば、と思うのだけれど。
 荷を担がせるには、幼くて。何だかよく判らないモノまで含めて、今はまだ繋いで歩くことで満足しなければいけないようだ。
 半日かけて街道を歩き、ようやくたどり着いた薬師堂は期待していたほどの盛況な寺社ではないようで。
 境内には古びた本堂と社務所がひとつきり。
 対応に出た僧侶に預かった文箱を渡す‥‥前に、待ったを掛ける者がいた。
「失礼ですが、確認を」
 そう断って花蓮は慈悲深き弥勒に祈りを奉げる。

 ――汝、疑うなかれ

 神の教えは耳に心地よいけれど、人が良すぎる?
 対象が現在進行形で考えている心の表層だけを読み取るリードシンキングでは、人物確認には不向きかも。花蓮は念には念を入れてリヴィールエネミーの巻物も広げて確かめる。――大量に持ち込まれた巻物の中から本命を探し出すのは、かなり根気のいる作業であった。
 多少、不快に思われたかもしれないが幸い僧侶が青白く輝いて見えることはなく。文箱を預けて、近くの旅籠にこの日の宿を定めて、帰りまでの日程を確かめる。
 目晦ましの文箱は、今のところ功を奏しているようだ。――詰めたお饅頭を食べてしまったものや、いつの間にか戻されていたモノもあったけれども。


●誰にも言えない‥
 だって知らないんだもの。
 知っていたなら、うっかりポロリだったのか。それとも、しっかりお口を閉じて何事もなく任務を遂行していたのか。
 お喋り好きだと思われがちな女の子だってやる時はやるのだ。
 紀伊国屋の息がかかった刺客(と思われる通りすがりの旅人たち)は、アレーナが情熱的な瞳で見つめ、ネフィリムが酒を進めて酔い潰し、エステラとリオーレがのらりくらりと煙にまく。
 リオーレは、話の全てが紀伊国屋さんの狂言ではないかと、こっそり疑ってみたりもしたのだけれど。――秘密はお札と膏薬に姿を変えて、文箱の中に。
 思えば、リオーレが大切に抱く文箱は、彼女たちにとっても謎めく箱だ。依頼人の名は証拠を掴もうと躍起になっている紀伊国屋以上に、雲の中の存在かもしれない
「はい。確かに」
 無事に帰りついた冒険者たちから約束どおりに文箱を受け取った“ぎるど”の手代はにっこりと笑みを作った。
「いやはや。見事なお働き。我々も鼻が高うございます」
 あちらの御前さまもざぞやお喜びでございましょう。なんて、思わせぶりに言われれば、やっぱり知りたいと思うのが人情で。
「やっぱり教えてもらえないのかい?」
 ネフィリムの言葉に、手代ははんなりと笑みを浮かべる。
「知りたいですか?」
 知って、黙っているのは辛いものですよ。
 なんて思わせぶりにいわれては、気にはなるけど聞かない方が‥‥でも、ああ、やっぱり‥‥。
 平和な葛藤を抱えた冒険者たちの前で、支払いを終えた手代はぱたりと音を立てて大福帳を閉じた。
「此度のことで、江戸の好事家方の巷談で“ぎるど”信頼の置ける取引相手となりましょう。こちらの旦那さまとはまたいずれお近づきになることもございましょう」
 なにしろ、互いに譲れぬ好敵手がいるのだから。
 今度は、紀伊国屋が依頼の主となるかもしれない。――いずれにしても、物好きなお金持ちの道楽の片棒である可能性は高いのだけれど。
 済ました顔で手代は付け足す。
 先行きを思いやりこっそり吐息を落とすか、コレからが楽しみだと胸躍らせるかは皆様次第ということで。