嘘も方便

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月06日〜03月11日

リプレイ公開日:2006年03月16日

●オープニング

 噂がひとり歩きする――
 そういう言い方をしますと、あまり良い印象を持たれる方はいないでしょうが‥‥ええ、少し困った状況になっているのでございます。
 まあ、発端は他愛のないコトにございますが、巡り合せが悪かったと言うべきでしょうか。
 そりゃあ、もう。
 こうして“ぎるど”に話が持ち込まれる程度には、こじれてしまっているようですよ。なんとか丸く収まるよう、皆様のお知恵を拝借したい。つまりは、こういうコトにございますね。

 ええ、と。
 はてさて何処からお話すればよいものか‥‥
 江戸の外れは北谷の郷に花菜女と申す娘がいるのだそうです。
 これがたいそうな働き者で、気働きの効く良い娘なのだとか。気は優しくて力持ち、などといいますと、別のモノになってしまいそうなのですが‥‥なんと言いますか、このとおりの娘なのだとか。
 良い娘には違いないのですが、気性と器量は別のものでございます。
 いえいえ。決して、花菜女の容姿に問題があるというワケではないですよ。‥‥そういうワケではないのですが、取り立てて器量よしかと言われると、まぁ、十人並みとでも言いましょうか。評判が立つほどの小町娘ではございません。
 と、言いましても先述のとおり、非常に良くできた娘子ではあるわけですから、何の問題もないワケです。
 おめでたいことに、郷の若い者との縁談も決まり祝言を待つばかりとなっていたのだと聞いております。
 ところが‥で、ございますよ。
 どういう経緯かは存じませんが、この花菜女の噂がさる高貴なお方のご子息様の耳に入ったのだとか。――なんでも、源徳様直参の旗本のご縁に連なるお方だとかなんとか。とにかく、たいそう羽振りの良いお方にございます。
 言ってしまえば、玉の輿なのですが、どうにもこうにも間が悪い。
 その上、お耳に届いた噂の内容というのも、少々、眉唾なものでして。
 つまり、その‥‥なんですか‥‥
 そのやんごとなき御曹司様は、花菜女をたいそうな美女だとお聞き及びになっての器量望みだと――
 何度も誤解だと申し上げたそうなのですが、妙に頑なといいますか、意固地といいますか‥‥これまでに思い通りにならなかった事など、何ひとつなかったのでございましょうね。
 そんなわけで、端から上手く行くワケのない縁にございます。
 北谷の者としてはなんとかしてご遠慮申し上げたいのですが、なかなか難しい相手。
 どうすればあちらの機嫌を損ねずに、こちらの本懐を遂げることができるかと思案している次第。――何卒、皆様のお知恵をお借りしたいと、恥を忍んで訪ねていらしたのでございます。
 妙案、思いつかれましたでしょうか?

●今回の参加者

 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8483 望月 滴(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1540 天山 万齢(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3173 橘 木香(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

豪田 鉄心(eb4441

●リプレイ本文

 噂に惑わされて村の娘に懸想するやんごとなき御曹司の目を覚まさせる。
 但し、遺恨を残さぬように。

 さても厄介な依頼である。
 直接、命のやりとりをするような深刻さはないけれど、水に浮かべた薄氷を踏んで渡るような脆うさは同質で。‥‥踏み外して水に落ちるのが自分たちでない分、質が悪いかもしれない。
「殿方は皆、美しい方がお好きなのでしょうか‥‥」
 好きか、嫌いか。それだけを判じれば、“嫌い”と答える者は少ないだろう。
 江戸城に集う宮廷絵師たちの仕事場あたりを歩いてみれば、世の中には美男美女が氾濫しているような錯覚さえ覚えるほどだ。
 気立てが良いとか、料理が上手だとか。内面的、あるいは、実用的なあたりに魅力を感じて欲しいのだが、残念ながらこういった美徳は初見ではなかなか伝わらぬ類のものだったりする。
 その辺の事情はもちろん盛大に吐息を落とした望月滴(ea8483)も、理解しているのだけれど。
 理解しているからといって、納得できるものではない。滴が身を置く仏の道は、その内なる美徳を磨くコトこそ道理だと説いているのだから。
「‥‥まぁ。素直といえば、そうかもな‥」
 馬鹿には違いないけれど。ミもフタもない天山万齢(eb1540)の評に、大神森之介(ea6194)も苦笑を浮かべた。笑い話で済まないのは、その馬鹿が権力者であり立場を嵩に無理を強いているという点だろうか。――逆の話。例えば、美しいお姫様に恋をした若者が‥なんて話なら、応援のひとつも送ってやりたいところだが。
「‥‥あれ、なんでわたしこの依頼受けたんだっけ?」
 ヒマだったとか。「それを私に聞かれても」
 イマイチ(今一どころか、今二、今三くらい?)やる気に掛ける橘木香(eb3173)の間延びした問いに、大鳥春妃(eb3021)はいつもの癖でこめかみに手を当てた。――今の眩暈は、陽射しのせいではないだろう。
「詳細は追って話そう」
 セブンリーグブーツを使って先行したアザート・イヲ・マズナ(eb2628)に仕込みを任せ、こちらは底が抜けないよう打ち合わせは念入りに‥‥

●夢を紡ぐ
 ジャパンに於いても、ハーフエルフの存在そのものは、もちろん禁忌だ。 ただ、エルフが存在しないこの国では、差別するにも誰もその対象を知らない。と、いうのが、間抜けな実情だったりして。――ジャパン国内でハーフエルフだという理由で差別を受けたり、問題視されたりした場合。それは種族のせいではなく、単にわざわざ禁忌を吹聴して回った個人の性格に問題があったからだと思っていい。 そんなワケで、マズナのジャパンでの初仕事は、それなりに順調に進んでいた。
 異邦人の見慣れぬ容姿は確かに村人たちの視線を集めたが、問題だったのはどちらかといえば言葉の壁の方だったりする。
 それでも、簡単な日常会話が成立すれば、意思の疎通はそれほど難しいワケではない。
 本隊が到着するまでには、無事に村外れの空き家を借り受けることができた。
 閑静な竹薮に囲まれた古びた家屋は、そのままでは幽霊のひっぴきやにひきふらふらと彷徨い出てきそうな年代物だが、手を入れればなんとか使えるだろう。――あるいは、一夜の幽玄を紡ぐには、これくらいが調度良いのかもしれない。
「‥‥その鳥は隠しておきなせぇよ‥」
 御曹司さまの目に留まったら、召し上げられてしまうかも。村人のありがたい忠告に、マズナは無言で頷いた。
 1日遅れて村に到着した仲間たちの働き、協力を申し出てくれた村人たちの手もありがたく借りて。
「それでは、もういちど、おさらいしておきますね」
 穏やかに筋立てを説明する春妃の言葉に、村人たちは神妙そうに互いの顔を見合わせる。
 決して、難しいことではない。 ――村に伝わる伝説をひとつ増やすだけ。


●夢の佳人
「若君さまのお噂はかねがねお聞きしております」
 眉目秀麗、頭脳明晰、明朗活発の傑物だとか。 肴にと出された早春の幸を前に、思いつく限りの美辞麗句を並べ立てて酒を献じた天山に、馬鹿‥‥じゃない、若殿は悦に入った笑みを浮かべる。
 頭脳明晰はちと疑わしいが、御曹司殿の色白で細面の整った顔立ちは絵師である天山の目から見ても、美男子だった。いっそ役者にでもなれば、江戸の娘たちから持て囃されて本人も幸せだったかもしれない。――天山的には、美男子よりも美女が相手の方がお酒は美味しくいただけるのだが。
「‥‥あら、いいオトコ‥」
 物陰から覗いた木香の正直すぎる感想に、大神はやれやれと肩をすくめる。
「若君もキミに目をつければ、万事上手くいったのかもな」
「あ〜〜‥それ、いいかも‥‥寝て暮らせるし」
 滴、春妃が聞いたら思わず目を剥きそうな選択理由だ。
「冗談はともかく、そろそろ始めようか」
 呟いて、大神は舞台に立つ緊張を湛えて背筋を伸ばし、ゆっくりと足を踏み出す。天山が献上した舶来の銘酒“オーズレーリル”の芳醇な甘い香りに誘われたかのように、闇の中から紙燭を掲げてするりと滑り出た白い狩衣姿の人影に、御曹司は僅かに目を見開いた。
 ゆるゆると流れるような作法で一礼し、手を差し伸べる。
「‥‥媛のご用命により、お迎えに参上いたしました‥」
 暗がりに淡い銀色の光が揺れた。
 零れ落ちた月の雫を思わせる細い光はゆらゆらと寄木の床に蒼い縞を描いて世界に広がり、這い登るように包み込んだ御曹司を心地良い眠りに誘う。
「上手く行ったようですね」
 酒の力でいい具合に酩酊した者が相手では物足りない気もするけれど。月の精霊が紡ぐ銀色の光の中で、ひと仕事終えた春妃はふぅと吐息を落として肩の力を抜いた。
「これからが本番ですよ」

■□

 夢現に訪れたその場所は、天上の楽園ではなかったけれど。
 招かれた民家の佇まいはそのままに。けれども、居並ぶ者の顔ぶれはまるで異なる。
 傍らに座した滴を主賓に春妃、木香も眠気をガマンして座していた。
御曹司殿の端麗な容貌を目に止めた、村の守り神である天女が彼を宴に招いたという趣向。――御曹司殿のお顔立ちが意外に整っていたのは、本当に偶然だったのだけれども。おかげで説得力のある展開になった。
お世辞にも‥‥な、方であったなら。夢から覚めた後、馬鹿にされたと怒り出すかもしれないが、この分だとすっきり騙されてくれそうだ。
 マズナより借り受けた“魅惑の香袋”を袂に忍ばせて若君を誘惑する役を演じる滴にしても、つく嘘は少ない方が良い。
 まずは聞き役に徹すること。
 御曹司殿の趣味や興味を持っているコトをさり気なく聞き出して、話をあわせる。――座興にと舞う大神の“胡蝶”を肴に、理解っても、判らなくても。面白くても、面白くなくても。否定はせずに、曖昧に相槌を打ちながら。
 悟りを求めて仏の許を訪れる求道者の相手をするのに、どこか似ているかもしれない。
そう。御曹司殿もきっと行き着く場所を求めているのだ。――残念ながら、彼の求めているモノは、ここでは手に入らないのだけれど。
「‥‥でも、いつか」
 いつか、きっと‥‥
 宴もたけなわ。ゆるゆると翅翼をひろげる倦怠に、うつらと首を傾けた木香の眠気を合図と採って、春妃が口の中で呪文を紡ぐ。
 春妃の詠唱に応えてその力の片鱗を投げかけた月の精霊に誘われて、穏やかなまどろみが世界を包んだ。


●夢オチ?!
 目覚めて見れば、そこは最初に招かれた宴の跡。
 問われても、天山はのらりくらりとはぐらかす。
「もしかして、お殿さまは天女様に見初められたってわけかい?」
こいつはスゲェぜ。
わざとらしく手を打って大仰に驚いて見せた天山に、御曹司殿は狐につままれたような顔をした。
流石に宵っ張りで顔を合わせていた女性陣と顔を合わせるのはマズイだろうと代わって顔を揃えた大神とマズナも、天山の言葉に調子を合わせる。
「‥‥村に伝わる昔話なのですが」
 この村では、嫁を探している男が美女の夢を見るのは吉兆の女神の祝福だと言われているのだとか。
「ほう、吉兆の‥‥」
「そんなお方のお目に留まるとは流石は、お殿様だ!!」
 天山の口が滑らかなのは、昨夜の酒の残りだろうか。何しろ奮発して良い酒を振舞ったのだ。
「ただ‥‥」
 少し先を躊躇する風に、大神は言い難そうに言葉を濁す。
「ただ?」
 話につられて身を乗り出した御曹司に、春妃の書き上げた筋書きを諳んじた。
「こちらの女神は大変に悋気が強い」
 つまり、この村で嫁を取ってしまうと、途端、嫉妬に狂い凶兆となる。
「な、なんと――」
 忽ち、御曹司の顔が曇った。
 彼がこの村へやってきたのは、“花菜女”という娘を嫁にする為だったはず。
「もちろん、花菜女殿をお引き合わせしてもよろしいのですが‥‥」
 吉兆を凶兆と変じるか、
 あるいは、吉兆を得たまま身を引くか――

 選択肢は、ふたつにひとつ。
 もちろん選ぶのは御曹司の自由の筈‥‥だが、御曹司殿の吉凶は彼だけの問題ではないのが、御曹司殿が御曹司と呼ばれる所以。
 顔色を変えたのは、むしろ、随行してきた御付の者たちのようだった。
「こ、ここは一旦、引き上げまして‥‥」
 大殿様のご意見を仰がれた方がよろしいのでは。
 そんな意見が出れば、こちらの思うツボ。

 縁談がなかったことになったと、“ぎるど”に礼が届けられたのは
彼らが江戸に戻ってより、数日後のことだった。