三郎さまが来るっ?!
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 17 C
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:03月28日〜04月07日
リプレイ公開日:2006年04月05日
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●オープニング
柿渋で染めた鈴懸衣。
輪袈裟に頭巾、手甲脚袢。金剛杖を気取った木の棒を携え、ご丁寧に御横笈まで背負って‥‥
山伏である。
「‥‥‥‥」
「見て、法螺貝」
わざわざ見せられるまでもなく。
そりゃあ、もう。他にありえないだろうというくらい、立派な偽山伏だ。
「宗旨替え(いめちぇん)ですか?」
山伏、始めてみました。――とか?
まぁ、端っから特別なこだわりを持っているようには見えなかったのだけれども。と、いうか、御神威があると聞かされれば、鰯の頭でもありがたがって拝んでしまいそうな連中ではある。
「これ、おすそわけ」
「‥‥どうも‥」
真新しい御横笈から畏まって取り出されたのは、ありがたい経文でも御馴染みの山葵でもなく、土塊のようなぱさぱさの茶色い物体‥‥土というか、砂というか‥‥どうしろと?
「三郎さまの“とっておき”」
■□
街道をふらりと外れ、道なき道を深く分け入った山奥に“小さな隣人”‥‥パラと呼ばれる人々の暮らす村がある。
豊かな山と綺麗な水の他は何もない小さな村だ。住人ともどもあまりにも小さいものだから、地図にも載っていなかったりする。――さすがにコレではいけないと立ち上がった村人たちの様々な村興し計画(?)を経て、今では知る人ぞ知る迷所になりつつあった。
「‥‥三郎様をお迎えするのだそうです」
大福帳と睨めっこしながら“ぎるど”の手代は渋面を作る。
書きつけた文字が汚くて読みづらい。と、いうのも理由のひとつかもしれないけど。
「――誰だって?」
「だから、三郎様‥‥としか書いてないんですよ。‥‥飯綱衆がどーとか‥」
つまり。
三郎様という人物が、村興しに日々奮闘している村人たちの噂を風の便りに興味を持たれた。郷土を愛し、盛り立てようという心意気や善し。誉めて遣わそうと使者を寄越し、来訪を伝えてきたのだという。
驚いたのは、村人たちだ。
あの三郎様がいらっしゃる!!!
と、いうわけで、村を挙げて熱烈歓迎の準備をしている最中だとか。
「それで、村からもお迎えの使者を立てなければという話になったそうなのですが‥‥」
源徳に抗する勢力の台頭から始まって、国抜け、人買い、戦乱に焼け出され困窮した挙句に道を誤る者など。
江戸の大火からこっち、中山道はどうにも落ち着かない。
「‥‥先日も山賊が出ましたそうで‥」
何しろ非力な村人たちだ。
このままでは三郎様にお目通りすることなく、漂泊の露となってしまう。――その上、三郎様を待ちぼうけさせたとあっては、失礼では済まされない。
「なんだ。どうってことない護衛の依頼じゃないですか。‥‥最初からそう書いてくれれば‥」
なあんだ、と。肩の力を抜いて、手代は満面の笑を浮かべて大福帳を閉じた。
どうというコトがないかどうかは、
フタを空けてみないと分からないのだけれども――
●リプレイ本文
旅の初めは、日本橋。
ほのかにやわらかな色味を刷いた早春の空に、気の早い花が舞う。
出立の朝を迎えた旅人と、それを見送る知己たちの心温まる光景に、朝一番の冴えた冷気もふわりとほどけた。
中山道は板橋宿を起点に、近江国守山宿までの六七宿、一三九里。
東海道に比べて交通量も少なく宿場の規模こそ小さいが、冒険者たちが想像するほど辺鄙な道ではなかったりする。
内陸の道ということもあって大きな河がなく、その渡りや渋滞に巻き込まれる心配のないこの道は、《女道》とも呼ばれ、古くからそれなりに利用はされていた。――もちろん、人馬には険しい難所も多いのだけれど。しかも、歩く距離は東海道よりだんぜん長い。その上、最近は山賊まで出るという。
「‥‥まあ、今回は都まで歩くというワケではありませんし‥」
甲州街道、そして、信濃路へ依頼人を送り届けるのが此度の仕事の内容だ。
神妙に頷いた一同を見回した藤野咲月の上で、笑顔は艶やかな花を開かせた。これより漂泊の人となる弟・藤野羽月(ea0348)と、その伴侶たるリラ・サファト(ea3900)の門出を見送る心には思いやりと遊び心が半分づつ。
先日、上方より戻ったばかりで席を暖める間もなく旅立つというのだ、この鴛鴦夫婦は。――そういう咲月の傍らにも、しっかり冴刃音無の姿があるのだけれど。
その冴刃は、街道の細見を記した絵図を片手にリラに、道程の詳細を語っていた。
そう。
何気なく見回してみれば、この面子。藤野を除く、5人が異国よりの来訪者である。
それなりに時間と経験を重ねた者も多く、さしあたっての支障は無いが‥‥それでも、何かあった時のコトに想いを馳せれば、不安は尽きない。
「ふふ。‥‥みんな、小さいネ」
相変わらず形だけは山伏になりきっている村人たちに羽鈴(ea8531)は、優しい視線を投げかけた。
日頃、対人関係に置いては見上げるコトの多い鈴だが、今回はなにやら嬉しい。
リラやディーネ・ノート(ea1542)も普段とは異なる視線の高さに、いつもより少しだけ心が軽くなる。――それは、優越感とかそういった類ものではなくて。冒険者としての気概とか、遣り甲斐といった前向きな気持ちにどこか似ていた。
「初めまして。有名なパラの村のみんなに会えるのを楽しみにしていたんだ。頑張るから、道中よろしくね」
無事に三郎様を迎えよう。
ライル・フォレスト(ea9027)の気合の入った挨拶に、村人たちもしっかりとその手を取って頷いた。
「よろしく〜♪」
繋いだ手をブンブンと振り回すのは、以前、冒険者たちから教えてもらった月道の向こうの国の挨拶。いつもより何割増しかで勢いがついているのは、有名という単語に気をよくした様子だ。――見た目は山伏だが、頭の中身は修験の道とは程遠い。
●旅の事情、時の翳(かげり)
山賊が横行するという道すがら。
果たして、宿場は安全なのか?
出発前に中山道を通ってきた者たちに話を聞いて回ったフィル・クラウゼン(ea5456)だけでなく、フォレスト、鈴も其々の知人に頼んで事情を聞いていた。
人が集まり自然発生的に作られた町も皆無ではないが、土地の有力者がわざわざ他の場所から人を移住させて作り上げた町も多い。
街道を往来する旅人の懐を当て込んだ商売だから、どの町も宿場内での治安の維持には特に気を配って力を入れている様子。――飯盛や湯女など間違った宿を選ばなければ、宿場の中に宿を取った方が安全であるようだ。
土地柄、山の神を信仰する風潮の篤いのか、厳しい修練を積む修験者の象徴ともいえる村人たちの山伏の姿に、人々の視線も態度も好意的‥‥詐欺だろうと想わなくもなかったが。
気にするべきは宿場よりも、むしろ外。
3泊目に入る頃には、初めての旅人たちにも道の癖も見えてくる。――1区間の距離が長く、また足の鈍る厳しい難所。
――碓氷峠。
藤野咲月と冴刃音無。そして、グラス・ラインと来生十四朗が口を揃えて刻んだ名前。
特に最近、きな臭い騒動の尽きない上州国に程近いこの場所が、おそらくは‥‥
●飯い砂
見通しが立てば、余裕もできる。
もちろん、警戒はしっかりしているけれども。
村人を中に挟んで、前衛に鈴とフォレスト、クラウゼン。一方の後衛は、方向音痴のディーネの爪先に気を付けながら、リラと藤野のふたりが殿。
リラのウェザーコントロールが効いたのか、この季節には不安定な空模様も落ち着いている。さすがにまだ春と呼ぶにはいくらか肌寒い雪の残る山道で、想いを馳せるは道の先にて彼らを待つ者。
「‥‥三郎様か。まぁ、ジャパンにきて二ヶ月程度の俺には見当もつかんな」
あっさりと思考を放棄したクラウゼンの隣で、布を頭に巻きつけて特徴のある耳を隠したフォレストは思案する。――ハーフエルフはおろかエルフの認知度さえ極端に低いジャパンでは杞憂なのだが、癖のようなものだ。
理由は皆目判らないが、胸騒ぎがする。知識を総動員して考えているのだけれど、残念ながらジャパンに来て日の浅いフォレストには思い当たる名前はない。
「三郎様ですか‥‥先日、京都で太郎様という方にお会いしました」
太郎という名を持った御仁をつきとめる。
そんな少し風変わりな依頼だった。
探し当てたその人は、ずいぶんな老人であるくせに驚くほど精強で‥‥そして‥‥
駿馬の轡を引きながらそっと視線を上げたリラの視線の先には、ディーネと話すパラの村人たち。――山伏の姿をしていたのだ。ひそやかに息づき始めた春に誘われたかのように現れたその人も。
「三郎様ってどのような人ネ? 面白い人?」
戦闘には不向きな可憐な女性を装った鈴が好奇心と一緒に唇に乗せた問いに、村人は首をかしげる。
「そうかも」
「‥‥面白い‥?」
聞きとがめた藤野は、その眉間に軽く皺を寄せた。
「年の為に聞いておきたいネ。村にとって三郎さまはどのような立場なのかナ〜」
もう一歩踏み込んで。
重ねられた鈴からの問いに、村人たちは顔を見合わせる。
「――偉い人?」
「恩人っぽい」
以前(ほんの100年ほど前)、ちょっとした立場と意見の相違によって村人と雪ん子の間が険悪になったことがあった。
その時に、双方の間に立って仲裁したのが、三郎様であったのだという。
「あ、でも。代替わりしたって聞いた。この前‥‥」
どうやら三郎様は襲名制(?)であるらしい。
■□
「そういえば、三郎様の《とっておき》って何なのでしょうか?」
付き合いの深い証言者たちは、食べ物ではないかと言っていたけど。 峠越えに備えて道の端で一休み。
保存食を広げたリラがふと記憶から引き上げた言葉に、一瞬、皆の手が止まった。
「食べたいの?」「え? いえ‥‥そういうワケでは‥‥」
たまーに《当たり》がある。とも、聞いていた。
是非v
と、面白半分に奨められたのは、藤野だったのだけれども。
ありがたそうに横御笈から取り出されたのは、《ぎるど》の手代も見た茶色の物体。
砂のような、泥のような。
おにぎりのように握られている感じは、焦げた麦飯に見えなくも無い。「食べられる砂」
「‥‥‥‥‥」
いくつかの沈黙と、奇妙な緊張。
告げられたソレ。存在に驚いた者、そして――
「‥‥食べられる砂、飯い砂か‥」
「羽月さん?」
夫の不審に表情を曇らせたリラをディーネが制する。
不穏が近づいていた。
●降り臨みし者
鋭い指笛が凍りついた刻を切り裂く。
虚空に舞い上がる力強い羽ばたきと共に疾り出した刻の中で。ふた振りの刀《月桂樹の木剣》と《エスキスエルウィンの牙》を構えたフォレストは流れるような足の運びで間合いを詰め、頭上の鳥に気を取れた男に肉薄する。
その頬を掠めるように、ほのかに蒼い閃光が走った。中空より湧き出した奔流が、戦う龍と化して駆け抜けた鈴の残像に重なり冷たい飛沫を上げて迸る。
「‥‥げぇ‥っ!!」
「が‥っ!!!」
「ぎゃっ!!」
突き出された木剣が正確に喉を衝かれ、あるいは、鈍器と貸した水塊の直撃を受けて、野盗は握り締めていた得物を落として乾いた道に転がった。
少しでも呼吸を外せば、フォレストをも巻き込みかねない間合いでの魔法の詠唱。躊躇わぬ勇気と判断力を試されるソレを成功させて、ディーネの表情に笑みが生まれた。
急所を狙い、最小限の動きと木剣の打擲を繰り出し一撃で山賊を叩き臥せるか、気絶させる。――悪人といえども悪戯に傷つけるのは本位ではなく、また、急ぐ旅だ。
正確さを要求される難しい戦い方だが、フォレストの信念でもある。
そして、クラウゼンもまた。
数人の山賊を相手に獅子奮迅の二刀流。
突き出された剣を左手に掲げた軍配で受け流し、生まれた隙に会心の一撃を叩きつける。右腕1本で思うまま日本刀を操る豪腕は、鍛え上げられた筋肉の賜物だろうか。
平素は穏やかに花を愛でるその人も、今だけは鋏みを剣に持ち替えて――
上州争乱の落ち武者崩れなのかもしれない。
決して弱くはない敵を相手に一歩も引かず、むしろ、気勢で押し返す。
鈴とリラ、ディーネもまた。小柄な彼女たちよりもまだ小さな《隣人》を守る盾となることを決めたのだから。
「‥‥く‥っ、こんなはずでは‥‥っ!!」
不意を突くハズが先手を取られた。
歯噛みして、頭目は血走った目で道の隅っこに蹲った小さな影を守るように立ち塞がった手練を睨む。
数では優勢にあったはず。だが、気が付けば立っているのは、半分も残っていなかった。
「ひ、退け」
言われるまでも無い。
敗北を意識するとあっさりと腰が砕ける。数秒前の獰猛さはどこにもなく、躓き、足をもつれさせて逃げ出そうとする彼らを視界に剣を下ろした。
逃げる者は追わない。
刹那――
叩きつけるような突風が大気を揺るがせ、疾け抜けた。
腰に力をいれ飛ばされぬよう踏ん張っていてもなお空に攫われるような慟哭に、山全体が激しく鳴動し大地を唸らせる。
目を開けていられない。衝撃にも似た波動が消えうせ、震える手足がまだ自分のものであることを確かめて‥‥ようやく開かれた瞼の向こうに見たものは‥‥
「ただ狼藉を繰り返すだけの愚か者を捨て置くは、武門の名に傷がつこう」
捕らえたならば、奉行所に突き出すのが筋。
風の中から姿を現した男は、淡々とそう言った。――京都で逢った彼の者と比べれば、ずいぶん若い。
まだ、子供と言っても過言ではない姿形をしているが、表情や雰囲気は子供のそれとはまったく異なる。否、人ですらありえなかった。
「‥‥それは‥‥」
先を急ぐ旅だから。
つい、と持ち上げられた手が、口を開きかけたフォレストを制する。
その手には、九葉の羽団扇が握られていた。彼が彼であることの証し。
強い。
打ち消すほどに強くなる念を噛み締めてクロウゼンは、深く息を吐き出した。
ただそこに立っているだけの存在に圧倒される。
「理を乱す者を引き立てる暇も与えぬほど狭量とあっては、飯綱行者の威光も大したことはない」
「そういう意味では――」
ない。
その声もまた途中で途切れた。
「食べられる砂‥‥」
ずっと心のどこかに支えていた言葉。
―――飯い砂―
いいずな、
―――いいづな‥‥
「飯綱の‥‥」
藤野の口からぽつりと落ちた小さな言葉を拾うことができたのは、寄り添うように傍らに立ったリラだけだった。
北信濃の奥深く。
連なる山に閉ざされた神と鬼の住む邦に、飯砂の採れる山があるという。
飯綱の三郎
彼の者は、そう呼ばれていた。