【臥竜遊戯】 −胎動−
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:6 G 84 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月13日〜04月23日
リプレイ公開日:2006年04月21日
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●オープニング
風に混じった霙が夜を騒がせる。
地を這う風は積もった雪を巻き上げて地吹雪となり、漆黒の闇を白く塗りつぶした。
研ぎ澄まされた鋭利な冷気は無形の帳となって舘を押し包み、重く重く沈み行く。
西と東の都では、そろそろ花の陽気が気にかかる頃。その浮かれた気配にせっかちな都人はそぞろ心を惑わせ、朝に夕に、空を見上げて開花を占う。
だが――
遠く離れた北の果て。峻厳なる山々の重なりあう陸の奥にて眠る黄金が紡いだ夢にも喩えられるその国は、未だ深き冬の底にて吹きすさぶ風の慟哭に鬱々と身を潜ませていた。
「‥‥春嵐とは好く言ったもの」
今宵はずいぶんと吹き荒れる。
たったひとつ。灯した紙燭が投げかける細い光の輪の外で、男は薄く笑みを吐くように呟いた。
密やかな笑みは板敷きの床に苞を敷いただけの――舘の造りからすれば驚くほど質素な居室を包む冷たい闇をくつくつと震わせる。
「憶測が憶測を、疑惑が猜疑を呼んであちらはずいぶんな騒ぎになっている様子。根も葉もない噂話から、捨て置けぬ虚誕まで‥‥その場に立ち会えなんだのが惜しまれる‥‥」
笑みの形に歪められた口元に浮かぶ不遜の色に上座の男はゆるゆると首を振り、その空言に水を差した。手拍子で慫慂には乗らぬ。――他愛ない閑談の席で交わす言にさえ謀の根が伏せられていることを、彼は良く知っていた。
「‥‥奇禍の渦中に身を置けば、痛くもない腹を探られよう。必要なれば果断に起つことも厭わぬが、過ぎるは足元を救われる」
何事も程々がよろしかろう。
鷹揚に。しかし長久の練達さを含ませて返された言外の揶揄に、隻眼の漢は薄く笑んだ。
思うままには為らぬその答えもまた、想定の裡である。そして、彼にもこの白刃を擦り合わせるような駆け引きを愉しむ余裕があった。
「しかしながら、此度の異変。いかに彼の者が知略に長けた古狸とて、無傷では済みますまい。――やっきになって潔白を主張しておりますが、口さがない都の雀に言わせると‥」
それすらも怪しい、と。
日頃の行い。言ってしまえば、それまでだけど。
「因果というのだ、それは。我等も心して掛からねば」
「‥‥肝に銘じておきましょう」
畏まった風を装い板敷きの床に両の拳を付いた漢の姿に双眸を細め、主座の貴人は深い思惑を湛えた嘆息を胸郭より紡ぎ出す。
「とは申せ、あちらから転がり込んでくるも天の配剤。――其許が機と見るからには、勝算も立っているのであろう」
「さて、それは‥」
退屈の虫が囁くに任せ地に乱を起こしたがっているだけやもしれぬ。
唇の端に不羈を浮かべたまま漢は曖昧に哂う。
疾走する雪嵐はいっそう激しく哭をあげて闇を揺らし、押し込められた人の心より春を遠ざけた。
■□
気が付けば、世間は春一色。
早咲きから遅咲きまで、上野山内には花の名所が多い。
桜だけでなく、桃・梨・山吹・躑躅など、春の花が咲揃う。水も温んで潮干狩りや釣りに出かける者もちらほらと。
花の便りが届くと、江戸は俄かに活気付く。
「‥‥これで一息つければよろしいのですがねぇ」
依頼で埋められた大福帳を広げた《ぎるど》の手代は、澄ました顔に懸念の色を貼り付けたままもっともらしい吐息を落とした。
今年の冬は、特に厳しかったから。
大火に焼き出されて行き場を失くした上に生計も断たれ、少なくとも数万人が寒さと飢えて死んだとか‥‥。
再建は進められているものの、大きな寺社や武家の住まいといった――いわゆる、上流階級が優先されて、下町の復興は芳しくない。
最近、設立されたという人足寄場に掛かった費用も莫大だ。提唱者の懐から出ているワケでは当然ないので、その財源は復興資金と同じ。
収まらぬ上州国の争乱に加えて、トドメは京都での政変である。
既に戦さの準備が始まっているという噂もあって、そちらにも物入りな気配。――江戸城の金蔵がどの様な状態にあるのかは想像に難くない。
「金の切れ目が縁の切れ目‥‥人の心も荒みます」
人買い、国抜けが横行し、野盗化する難民も少なく無いとか。奉行所の目が光っている市中はともかく、江戸から離れた国境(くにざかい)などは無法地帯と化していた。
「国境といいましても地面に線が引いてあるわけではございませんから‥‥害は他にも及びます」
苦言が来たのだという。
言って、手代は表情を曇らせた。
「‥‥見舞いの使者が野盗に襲われたのだとか‥」
見舞いというからには、徒手ではない。名代として立てられた使者が運んでいた義捐の物資や金も奪われた。
「当然のことながら先方は大層なご立腹。――この状況を捨て置くようなら、平定の兵を出しても構わぬと」
穏やかならざる申しように、手代は空恐ろしげに肩を震わせた。
これ以上の争乱は、源徳家にとって致命傷になりかねない。――ひいては江戸の一大事である。
「自由に動けるが皆様の利点。事情を探っていただきたいのでございます」
せっかくのお花見気分に水を差すようで、大変申し訳ないのですが。
そう言って、手代は深々と頭を下げた。
●リプレイ本文
「それじゃあ、みんな、行って来るね♪」
元気よく手を振る《パラたん》ことパラーリア・ゲラー(eb2257)の明るい声に、手を挙げて応える漢が三人。
「あちらは何やら物騒だと聞いた。気を付けろ」
どこから仕入れてきたのか不穏のタネに眉を顰めた鳳令明の横で、アンリ・フィルスもしっかり胸の前で両の拳を握る。
「ガンバッテネ」
「行けるところまで送ってやれればよかったのだが‥‥」
ロック鳥を使っての送迎を提案した天城烈閃の親切な申し出は、丁重に‥‥だが、きっぱりとご辞退された。
飼い主に懐いているように見えても、歴としたモンスターである。――皆が乗りこなせるワケではなく、天城の腕もまだまだ途上。何よりも、隠密行動を第一とする調査に巨大な鳥は目立ちすぎだ。
男たちの野太い声援を背に、長旅の必需品セブンリーグ・ブーツもいっそう軽い。
●国境−くにざかい−
「――待て」
短い。だが、その場を制する力を持った鋭い言に、強く張り詰めた緊張がするりと解けた。呼吸の間合いに滑り込んできた絶妙の制止に気勢を削がれ、陸潤信(ea1170)も振り上げた拳を止める。
陸によって叩き伏せられたチンピラたちの呻きが、急に大きくなった。
その一声で諍いを治めた浪人風の男は目深に被った笠の下から陸を見、そして、倒された小者たちを眺めやる。
「なかなかの武芸者と見受けるが。‥‥弱いものイジメとは感心せぬな‥」
強い男だ。
腰の刀に手をかけるでもなく、ただ立っているだけの男に勝てる気がしない。
「‥‥ふん‥」
唇の端を吊り上げ、陸は不遜に笑う。
強がって見せる半分は演技だけれど――
「路銀を切らし掛けていてな。腕っ節で稼げる食い扶持を探しているんだ」
「なるほど?」
呟いて。男は少し考えを巡らせる素振りで、ノされたチンピラに視線を向けた。
「だが、せっかくの腕。腐らせるにはいかにも惜しい。‥‥どうせなら、世直しのために使うがよかろう」
「‥‥そんな旨い仕事がどこにある‥」
笑みの形に歪められた口元に、陸は当たりを引き当てたことを悟った。――あるいは、予想よりもはるかに大きな‥
■□
「ひとり歩きは物騒ですよ?」
街道に面した茶店の縁台に腰を下ろして休息を取っていたサラ・ディアーナ(ea0285)に声をかけてきたのは、お茶汲みの女給であった。
「‥‥物騒? ‥そういえば、野盗の類が出るのだとか‥」
その話を聞きたくて、こうして立ち寄ったのだけれども。
水を向けたサラを相手に、お茶汲み娘は愛想の良い笑みを曇らせる。
「ええ。先日も旅のお方が襲われたそうです。‥‥江戸から逃げ出してきた食い詰め者だって、噂ですけど‥」
大火に焼け出され、あるいは食い詰めて江戸を見限ったものの、生計のアテがあるわけでなく。
思い余って道を踏み外したというところか。
「‥‥そう。手っ取り早く、旅人の懐を狙うというワケね‥」
点在する村を回って村人たちの生活金物の修繕をしながら情報を集めていたクーリア・デルファ(eb2244)も、期せずしてサラと同じ答えに行き当たっていた。
「村を襲えば、さすがに役人も本腰を入れて取り締まりにかかる。その点、旅人なら‥‥」
旅の途上で儚く生を終えるのもよくある話。
加えて、江戸とは違いこの辺りには、半士半農の地侍が直接治める領地も多い。クーリアが繕いを依頼された金物の中にも、刀や槍といった農具とは縁のない武器がいくつも混じっていた。
「うっかり返り討ちに合いかねない危険を思えば、旅人を襲う方がいくらか楽だということね」
そういう小悪党が複数いるのだという。
ひとりで立ち回るものもいれば、徒党を組む者もいた。――ある程度の小金が出来れば、関所の守りに賂して他国へ逃れる。
《ぎるど》に伝えられたのが、噂ばかりであったのも頷ける。
渋るアガーテの轡を引きながら、アルバート・オズボーン(eb2284)は吐息をひとつ。隣を歩く志乃守乱雪(ea5557)を横目で伺った。
「‥‥これは‥少しばかり拙いのではないか‥?」
「‥‥‥かもしれません‥」
ふたりの後ろには難民の子供が数人。‥‥物欲しげな視線を隠そうともせずについてくる。
江戸から弾き出された難民が多く居ると聞きつけた乱雪が保存食など支援の志を大量に持ち込んだのが、ことの始まり。気前良く分け与えている内に、気が付けば噂を聞きつけた難民たちに取り囲まれていた。――これではいくら用意しても足りはしない。おまけに何処に行くにも付いて回られては、非常に動きにくいものがある。
さすがに、乱雪自身も少し調子に乗りすぎたかもしれないと後悔を始めたところだ。
●陰謀の片鱗
「あら」
ぽろ、と。
うっかり唇から零れおちた音を両手で押さえ、パラーリアは慌てて視線をそらせた。「知り合いか?」
問われた陸も返答に窮する。
共に依頼を受けた仲間だ‥とは、流石に言えない。「え〜とぉ‥‥せ、関所で会った人‥かな‥‥」
取り繕おうと言葉を濁したパラーリアを遮って、陸が大袈裟に肩をすくめた。
「そんなことより。ここは、伊賀盛光殿のお屋敷だろう?――驚いたな、源徳領の地侍が野盗に肩入れしているとは‥」
通された離れからは、夕暮れに黒く影を映した母屋の様子が伺える。来客があるのかずいぶん賑やかな様子だ。自給自足が確立した農村を治める者は、長屋住まいの市民たちよりも遥かに豊かに思える。「野盗とは聞き捨てならぬ。義賊と呼んでもらおうか」
等価を支払わずに力で他人のモノを掠めるのだから、その根本はどちらも同じだ。そう思わないでもなかったが、ここは迎合しておくのが無難だろう。
「でもぉ、江戸へ運ばれる支援の品が奪われたって話も聞いたんだけどっ?」
負けるまいと眸に力を込めたパラーリアの言及に、指導者らしき男は口だけで笑った。
「支援というが、その金が民のために使われていると思うか?」
上州を討つ準備が進められているという。
あるいは、神剣争奪の折に袂を分ったハズの他国への助力とやらに――
「復興とは名ばかりの浪費に消える金ならば、酒場で呼びかけられている復興の支度金に放り込んだ方がいっそ有意義だと思わんか?」
「‥‥それは‥‥」
違う、と。
否定できればいいのに。
●陸奥の影
「見舞いの使者が襲われたという話はご存知ですか?」
そう切り出した乱雪に、館の主はほんの少し眉を動かす。
「このまま野盗が横行すると平定の兵が出されるという話も‥‥」
「そう言われましても。我々も手を焼いておりまして」
次から次へと湧いて出る。
江戸の復興が思うように進まぬ以上は、江戸を離れる者は後を絶たない。――根本が質されないものをどうしろと?
言外にそう匂わせて、館の主は曖昧な笑みを浮かべた。
■□
「‥‥複数というのは厄介ですね」
集めた噂を整理してサラは憂いを浮かべ、そっと頬に手を当てた。
目的は金であることが多いと聞いた。
路銀の足しに。あるいは、生活の為‥‥そこまで追い詰められている者がいるのだと、胸が痛む。
「ただ、気になる点もあります」
立てられた使者は、隠密での来訪ではない。
少人数とはいえ、それなりの訓練を受けた警護の供がいたはずだ。――相当に腕の立つ。あるいは、組織立った戦い方を知っている者がいなければ‥‥。
「素人ではない者もいるってコトね」
一網打尽で一掃するのは無理みたい。と、吐息を落としたクーリアの隣で、乱雪はアルバートを相手に見解を披露する。
「京も江戸も、戦の余裕なんてありませんてば」
確かにその通りだ。
人心、財政、政情、あらゆる面において事態は非常に逼迫している。
だが。
夜の底でなお昏い山の陰を眺め、アルバートはひそかに思った。
それは、源徳家の事情であり、都合である。――裏を返して源徳を歴史の表舞台から追放しようと陰謀を張り巡らせる者から見れば、またとない好機なのではないだろうか。
上州、そして、西国との間に暗雲が漂う今、
これ以上の敵を増やすことは源徳家‥‥江戸にとって、《破滅》と同義だ。
例えば、この道の先。
白河の関を越えたその奥にある国――
峻厳なる山々と遥かな距離によって《中央》と隔てられ《陸奥》と呼ばれるこの国は、西国、東国の動乱を横目に100年の泰平を築いた。――途絶えることなく紡がれる安定が富を生み、文化を育てる。
豊かな資源と、良質の馬、風雪に耐えて大地に根ざす屈強で我慢強い民。
己が源徳に関わる者なら、
あるいは、反源徳勢力に与する者なら――
どちらであっても。
奥州を取り込もうとするはずだ。
陰謀の匂いがする。