三郎さまといっしょ−柱松神事−
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月14日〜07月24日
リプレイ公開日:2006年07月22日
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●オープニング
『――柱松神事が復活します。――』
「どう?」
「‥‥‥‥‥」
どうって訊かれても、‥‥どう‥?
期待に満ちた視線−ツッコミ待ちだったらどうしよう−を前に、番台の手代は暫し固まる。
透かしても、裏返しても。
意気揚々と突き出された紙片には、この一言しか書いていない。
「柱松神事ねぇ」
柱上に組み上げた木の上に幣束を立て――大抵の場合は其々祈願を記した複数の柱を立てておき、どの柱に最初に火が付くかで農作物や物事の吉凶を占う火祭の一種だ。
執り行う寺社によってご利益や意味合いも少しずつ異なるが、取り立てて珍しい行事ではない。
「つか。復活って、何です?」
むしろ、こっちが気になるのだけれど。
「話せば長くなるんだけどさ‥‥」
「じゃあ、話さなくていいです」
「‥‥むぅ‥」
祭を執り行う行者と僧侶の間で、ちょっとした意見の対立があったのだ。
何しろもうずっと昔の話で、対立の原因が何だったのか‥は、誰も覚えていないらしい。
「三郎さまにお願いして、いろいろ教えてもらうことになったから」
いつの間にか廃れてしまったコトも多いのだという。
時代の流れとはいえ嘆かわしいということで。――隣村の衆とも相談した結果、神事を復活させることで話が決まった。
「隣村なんてあったんですね」
「うん。後ろの山をみっつくらい越えたところらへん?」
「‥‥‥へぇ‥」
□■
街道をふらりと外れ、道なき道を深く分け入った山奥に“小さき隣人”――パラと呼ばれる人々の暮らす村がある。
豊かな山と綺麗な水の他は何もない小さな村だ。住人ともどもあまりにも小さいものだから、地図にも載っていなかったりする。
さすがにコレではいけないと立ち上がった村人たちの村興しは、遂に(山みっつ越えた)隣村を巻き込んで盲進中。
「柱松神事を復活させるので手伝って欲しいのだそうです」
と、言っても、特に難しいコトはない。
祭の準備は既に村人たちの手で進められており、物見遊山のついでに内容の充実に手を貸してほしい程度のものだ。
「験比べや名水立なんかは皆様の方が場数も踏んでいらっしゃるし、見栄えも良さそうですね」
まあ、ひとつ話の種に。
涼みついでに行ってみるのも良いかもしれない。
●リプレイ本文
世間では、
可愛い娘(←誤用)には旅をさせろと言うけれど――
でも、本当はちょっと心配。
それでも、見送るときはにっこり笑顔で懐の広さをPR‥‥いや、でも‥‥ねぇ?
櫻(驢馬)の轡を引いて怪しい百面相中のジェイド・グリーンの心中を余所に、高遠弓弦(ea0822)は育ちのよさげな顔に、こちらも暫しの別れを惜しむ憂いを浮かべた。
「暫くの間、留守にしますけどお家の事、宜しくお願い致しますね! 驢馬の櫻ちゃんの面倒も、どうか‥」
‥‥ちょっと遠出をするお母さんの気持ちってヤツ‥?
「お土産話も楽しみに♪」
その楽しい旅の思い出を共有する藤野咲月(ea0708)と冴刃音無(ea5419)のふたりは、公私共、何かとオツキアイのある間柄。
「随分見ない間に大きくなりましたね」
なんて、世間話に花を咲かせている横で――
「こうなったら、飲むわ! 飲んで全てを忘れるわっ!!」
出かける前から、荒れている人も居たり。
《依頼》を引き受けた直後の《ぎるど》で、どこかで見たことのあるよーな人とすれ違ってしまったジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)の傷心は、ミフティア・カレンズ(ea0214)の心の痛みでもあって。――こうなったら、こちらの「祭」を楽しみ倒すしかないと新たな決意に燃えている。
「祈祷際ですから、まじめにがんばらないといけませんね」
決していつもが不真面目なワケではない大宗院鳴(ea1569)の、気合の入った宣言に何故か漠然とした不安を禁じえない鑪純直(ea7179)の懸念はもうひとつ。――三郎様って、もしかして‥?
「パラの村は初めてだからちょっと楽しみ」
そう言うミーシャ(eb5202)が生まれたのも、土地は違えどパラの村。
異邦の同族がどのように暮らし、文化を育んでいるのかを実際に体験できるのは楽しみであるのと同時に勉強にもなる。
夢と期待とほんの少しの不安を胸に、江戸に暫しの別れを告げて。
目指すは夏にも雪を頂く峯を連ねる山深い郷――
●隣の村から来た人は‥
久しぶりの再会に舞い上がりすぎると、多分、いろいろカドが立つ。
隣を歩く大本命とか、江戸でお留守番中のあの人とか。――恋愛は人生を豊かにもするが、心を狭くもするものなのだ。
方々に気を使いつつも楽しい旅路の果てでちんまりと来訪者を待つ村の姿に、冴刃は自分でも気づかぬまま破顔する。
帰ってきた!
地図にも載らない小さな村に、そんな想いを抱いている者がいると知ったら、村人たちはどんな顔をするだろう。
「第二の故郷ってゆーのかな? なんてゆーか、ただ‥い‥‥ま、て‥‥」
縁日特有のどこかふわふわと浮かれた慌ただしさが漂う村の、
建物の影から現れた人影に、冴刃は思わずぎょっと目を見開いた。――咲月と弓弦。ジルベルトと鑪も言葉を失くし、何事にも動じない鳴もなにやら感じた違和感に首をかしげる。
「‥‥パラ‥の、村?」
そう聞いていたのだけれど。
初めて村を訪れたミフティアとミーシャは顔を見合わせて、それから、出迎えに現れた人影の‥‥長身の冴刃を見下ろす巨体をぽかんと見上げた。
巨人と呼ばれる人々を見るのは、決して初めてではなかったけれど。
「お前ぇさん方、なんぞ用かね?」
太い声が天地を揺るがす。巨大な体躯がいっそう大きく見えるのは、彼の頭が周囲の建物の軒より遥かに高いところにあるせいか。
まさか、道を間違えたとか?!
それとも――
とにかく落ち着け、と。自分に言い聞かせつつ、鑪は深く息を吸い込んで腹の底に力を溜める。
「ひとつお尋ねしたいのだが――」
『 あっ!!!! 』
聞き覚えのある声が響いた。
その声に呼ばれるように、わらわらと人が集まってくる。――嬉しげに手を振りながら跳ね回る小さい人と、朴訥そうな顔に少しはにかんだ笑みを浮かべた大きい人と。
初めてのどきどきと。
また、ここに戻ってきたのだという懐かしさ。
錯綜するいくつもの感情を織り交ぜて、祭が始まる。
●降臨
「わたくしは建御雷之男神様にお仕えする巫女なのですが、三郎さんはどの神様に仕えているのですか?」
習うより、慣れろとは善く言ったもので。
日頃のお努めの賜物か。意外にてきぱきと動いて神事の準備を進めながら、鳴は湧いた疑問を口にする。
「私が予測するに、国津神か、精霊信仰でしょうか」
こちらも、当たらずとも遠からず。――修験道の行者が信仰するのは、神であり仏であり、そして、世界を包む自然そのものだ。
千早と緋袴の巫女装束で立ち働く巫女姿の仲間たちを眺めながら、見物席の真ん中に陣取ったミフティアとミーシャの関心は、もっと女の子らしいもの。
「野点って お茶会でしょ? お菓子どんなのが出るんだろう」
「楽しみですよね」
心は、神事よりも後に行われる名水立てに。
験比べにて剣舞を披露する鑪も、霞刀を手にともすれば逸る気持ちを静める。――未だ姿を見せぬ彼の者は、俗世よりやってきた来訪者にどのような目を向けるのだろう。
皆が席に着くのを待ちかねたかのように。
不意に空気が張り詰めた。
祭りの空気に呼応するかのように騒ぎ立てていた鳥たちがぴたりと囀りを止め、風さえも息を殺して。――静かに、そして、ゆっくりと。限界まで引き絞った弓の弦が弾けるように、静と動が逆転する。
大気を攫って駆け抜けた巨鳥の羽ばたきにも似た疾風に、一瞬、顔を覆ったその刹那――
ふたりの烏天狗を従えたその者は、五基の柱松を組んだ広場の中央に下り立った。
褐色の肌に高い鼻梁。一本歯の高下駄に九葉の扇を携えた‥‥異邦人であるジルベルトやミフィティアにとっては馴染みのないその姿も、日本の地で育った者なら小さな子供でも知っている。
「‥‥まさか‥本当に‥?!」
疑っていたワケではないけれど。
それでも、舞い降りた伝説に震えが走った。
●柱松神事
問余何意棲碧山
笑而不問心自閑
桃花流水沓然去
別有天地非人間 『−山中問答/李白−』
朗々と歌い上げる旋律にあわせ、舞手は緩やかに動きを紡ぐ。
千早を纏い水晶剣を具現した鑪と、ライトニングアーマーを身につけた鳴がともに剣を携えて披露する剣舞に、見物人の間から感嘆の吐息がこぼれた。
俗世を離れて山中に生きる者の心を謳ったこの詩を選んだのは、もちろん、山岳信仰の守護者である三郎を揶揄したものだ。――ちらりとそちらを伺う鑪の目に、彼の者の心中を図ることはできなかったけれども。
「‥‥官那羅の笛があれば、もっと舞が映えたのに‥」
喝采を送るさざめきのなかで小さく交わされた声を咲月の耳が拾い上げたのは、並んだ席次のおかげだろう。
「‥‥れ以来、官那羅は人が嫌いになったから‥」
「‥ああ‥‥」
振り返った時にはもう人に、紛れて。
平和で優しい世界の中で交わされた言葉の断片は、全てを物語っていたワケではなかったが弾んだ心にぽつりと小さな影を落とした。
剣舞の披露が澄むと、いよいよ点火占いへと神事は進む。
柱の形に組まれた櫓には其々『五穀豊穣』、『厄除祈願』など。願いを記した幟が立てられ、そのどれに最初に火が付くかで年の吉凶を占う儀式だ。
火の付いた松明を手にしたジルベルトがしずしずと畏まって広場の中央へ進み出る。『祈願成就』の柱松には、冒険者たちの祈願も納められている。
『お友達とお父さんが仲良くお話できますように。』
『音無様がいつでも幸福であります様に。』
『傍にいる方たちが日々、楽しく穏やかに過ごせます様に。そして大事な人が絶えず笑顔でいられます様に。』
『皆の絆が、ずっと続いていきますように。』
『建御雷之男神様とお茶会をしてみたいです。どうすればよいですか?』
『どうか良縁に恵まれますように。』
心温まるもの、切実なものから意味不明なものまで。
ジルベルトの手から一斉に放たれた火は、組み上げられた柱松に着火してゆっくりと次第に激しさを増しながら燃え上がる。
立ち上がった飯綱三郎の口から紡ぎ出される呪いに煽られるかのように、広場は煙と熱気に包まれた。
●お酒と茶菓子と獅子舞と
湯を使わずに水でもって茶を点てる。
ちゃんとした茶道が楽しめるのだろうかと訝った鑪であったが、野点の準備をしたのは弓弦とミフィティア、ミーシャであったので、お手前としては上々のモノが前に並んだ。野に咲く花を摘んで飾ったりと心尽くしのもてなしも手伝って。――思いがけず美味しいお茶に、改めて水の美味しさに驚いた。
「九頭竜さまは、水の神さまだから」
昔々、九の頭と竜の尾を持った《鬼》が、この奥深い山の岩戸にて調伏された。その時から、九頭竜はこの地の守護神となったのだという。
「虫歯にも効くって」
「‥‥は‥?」
虫歯といえば、甘いモノ好きの天敵だが‥‥運ばれてきたお茶受けに、これを楽しみにやってきたミフィティアとミーシャの目は点になった。
「山葵の粕漬けと蕗の煮物、こっちはそら豆」
お菓子ではなく、お惣菜。
これではお茶受けというより、酒の肴のような気が。――そう、月道の向こうから持ち込まれる砂糖は、庶民には手の出ない高級なのだ。
「これはもう飲しかないわよねっ!? さあ、飲むわよ〜〜〜」
皆に一献づつ注いで渡す咲月の酌では追いつかず、既に手酌で飲み初めたジルベルトの宣言に賑やかな鐘の音が重なった。
小気味良く打ち鳴らされる鳴り物に合わせて、朱塗りの獅子頭が踊りながら割り込んでくる。
わあ、と。
賑やかに盛り上がった輪の中で、くるくると調子よく音頭を取る獅子に、咲月は優しい視線を向けた。
被った獅子に姿を隠されていても、愛しい人の存在は特別だから。――差し出された杯に注がれた命の水は、他よりも少しばかり多かったかもしれない。
「さあ! 飲むわ、付き合って!!」
ミフィティアと鑪の肩をがしっと抑え、ジルベルトは妖しく微笑む。
未成年者ふたりを巻き込んで強制宴会モードに突入した魔性の女が次に意識を取り戻すのは、翌日の夕暮れだったとか。