ふるやのもり

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月12日〜07月17日

リプレイ公開日:2004年07月21日

●オープニング

「“ぎるど”ってのは、ここかね?」
 唐突に掛けられた声に、係の手代は少し目を見開いて依頼人らしき男を見上げる。紺の木綿半纏に股引、前掛の職人風の若い男だ。
 きょろきょろと物珍しげに店内を見回しながら番台に近づく。そして、徐に懐から取り出した袱紗を、ぽいと手代に投げて寄越した。重さや手触りから察するに、幾許かの金子が包まれているらしい。
 目を丸くした手代にぐいと顔を近づけ、男は辺りを憚る風に声をひそめる。
「実は頼みたいことがある」
「‥‥はあ。何でございましょう?」
 厄介な仕事じゃなければいいのだけれど。
 そんな事を考えながら大福帳を開いて筆を取り上げた手代に、男はこほんと咳払いをひとつ。依頼の内容を話し始めた。
 江戸から数里離れた男の在所に、古い寺がある。
 住職が亡くなって長らく放置されていたのだが、先日、ようやく代わりに来てくれる者が見つかった。
 それで、新しい住職が来る前に、寺を少しでも小綺麗にしておきたいのが檀家の心というものなのだが――
 なにぶん農繁期のことであり、また薮入り前の忙しさも手伝って、村人たちも思うように時間が取れない。
「ここへ願い出れば、人を都合してくれると聞いたんだがね」
 どうやら、便利屋家業か何かだと誤解されているようだ。
 まぁ、間違ってはいないのだが。
「必要なものはこっちで手配させてもらうから、身ひとつで来てくれればいい」
 昼寝は付かないが、三食と宿も用意する。とのことで、待遇は悪くない。報酬もそこそこ支払われるとあって、ギルドにとってはかなり美味しい話であった。
 依頼は早速、張り紙にしたためられて、ばばんと掲示板に張り出されたのだった。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0574 天 涼春(35歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0957 リュカ・リィズ(27歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 ea2233 不破 恭華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2841 紫上 久遠(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3445 笠倉 榧(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4361 紅月 椛(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 輝くばかりの夏色の碧落に、湧き立つ白雲。
 じりじりと容赦なく照りつける陽光、うるさいほどの蝉の声――
 忙しい檀家衆に代わって寺の補修をという、殊勝な心掛けに仏様も感心なさったのに違いない。依頼を引き受けた一行が古寺の境内に足を踏み入れたその日は、朝から快晴。絶好のお掃除日和であった。
 尻っぱしょりに襷がけで気合を入れた陣内晶(ea0648)は、刀から竹箒に握り替えた右手を高く掲げる。
「諸君! 我々の今回の任務は“古寺の修繕と清掃”である!」
「古寺は余計ですじゃ」
 陣内の発揚にぴしりとツッコミをいれたのは、米寿をとおに越えているらしいしわくちゃの梅干ばばあ。‥‥人出が足りていないというのは、どうやら真実であるようで。彼女が村の総代であるらしい。
「‥‥‥え〜と、そういう意味ではなくてぇ‥‥」
 そういう意味も、こういう意味も。平たく言えば、“ぼーさんの転住先の大掃除”。別に百戦錬磨の剛の者でなくても十分勤まるし、本来は檀家衆の仕事であった。
「堅気の衆には危険過ぎて、できないことを請け負うのが私らの仕事なんだがな‥‥」
 出るのはせいぜいネズミかヤモリ。積もった埃が相手では‥‥不破恭華(ea2233)は、ちょっぴり不満の吐息を落とす。
「何言ってるんですか。いい仕事ですよ、これは」
 人の役に立ち、命をやりとりする危険もない。その上、おあしだってもらえてしまう。こんな美味しい仕事はちょっと他には見当たらないだろう。
「僕はこんな仕事が大好きです」
 “報酬”のあたりに妙な力を込めて力説する陣内に、恭華はやれやれと肩をすくめた。


●古寺の事情
 完璧とは行かずとも、せめて訪れた者が感心するくらいには‥‥
 張り切って堂内に踏み込んだ紫上久遠(ea2841)は、いきなり床を踏み抜いた。
「ところどころ、床板が腐っておりますのでな」
 お気を付けくだされ。思い出したようにぽんと手を打った老婆に、紫上は神妙に頷いて足を引き抜く。
「‥‥他も傷んだ箇所があれば、先に教えてもらえるか?」
「ええと、確か――」
 記憶を手繰ってシワだらけの顔にさらに深いシワを刻んだ老婆から少し離れた納戸の前で、瀬戸喪(ea0443)はにこにこしながら破れた建具を指差した。
「うわぁい、埃がいっぱいです〜♪」
 ふわりと浮いて紫上らの頭より高い位置にある欄間を指でなぞったリュカ・リィズ(ea0957)は、指先についてきた白くてふわふわした綿埃に歓声をあげる。
 土間に用意された雑巾や大工道具。山積みの木材を交互に眺め、山本建一(ea3891)は、苦笑をひとつ。なかなか大仕事になりそうだ。
 ひとまず頭をつき合わせて相談し、分担を割り決める。多少なりと知識があり段取りの理解る紫上と山本が、腐った床や建具の修理。リュカは羽根妖精の利点を生かして、欄間や仏像に積もった埃を払う。広い本堂や縁側の雑巾がけは瀬戸が請け負った。
「ピカピカにしてあげますね〜。仏さまの笑顔が見えるようです〜」
 埃対策に手ぬぐいをぐるぐると身体に巻きつけた完全装備のリュカの隣で、瀬戸も絞った雑巾を手に不敵に笑う。
「この僕が引き受けたからには、そりゃあもう完璧に磨きあげて見せますよっ、ええ」
 こだわれば放り出せない粘着気質。――老婆が休憩の肴にたくあんと番茶を運んできた時も、一心不乱に床を磨く瀬戸の姿があった。
「いえ、俺はコレで」
 お茶請を断り、持参した妹手作りのおにぎりを食べる紫上。とっても用意周到だが、この季節に片道×日はちょっと危険な香りがするような気がするのだけれど。愛がこもっているので大丈夫だろう。‥‥たぶん。


●古井戸のカエル
 水屋の裏手‥‥といっても、田舎の古寺のことであるから、別院があるわけでなく、ひとつの建物なのだが‥‥にある古井戸は、墓場と共用で使用していたものらしい。
 ここ数年は住職不在でもっぱら墓参りのお清めの水を汲む程度にしか使われていないようで、崩れかけた石積みに生した苔などから察するに相当な年代ものだ。
「古井戸だけに、ふるいどー」
 腕組みしてしみじみ悦に入っている陣内をひとまず無視し、恭華と御神楽紅水(ea0009)はさっそく水抜きの準備にかかる。何か聞こえたような気がしたのは、暑さのせいに違いない。
 紅水が寺の物置から探し出してきた馬首と呼ばれる道具で井戸に栓をし、全ての水をくみ上げた。ついでに井戸の中に落ちていたゴミもさらって、仕分けする。――錆びた鉄瓶や折れた匕首などを放り込む不心得者がいたらしい。さらりと捨て置かれた陣内は、ひとり寂しく井戸端に茂った草毟りに居場所を見つける。はいほ〜、はいほ〜♪と奇妙な鼻歌を口ずさんでいるところを見ると、あまりめげていないようだ。
 目指すは感謝の言葉と、貴重な労働奉仕への心づけ。これさえあれば、大抵のことは笑顔で耐えられる陣内である。
 ひととおり水を掻い出すと身の軽い恭華が縄をつたって井戸に入り込み、内についた水垢や苔を落とし始めた。その間に、陣内と紅水とで外側を洗い、石積みの崩れたところを見よう見真似で組みなおして補修する。
「恭華さん、大丈夫ですか?」
 ひんやりとした堅穴の壁に反響し少しくぐもったように聞こえる紅水の声に、恭華はああと返事を返した。
 井戸の中は思っていたほど暗くはないが、それでも周囲を垂直に聳える壁に囲まれると何やら不安な気持ちが胸をよぎる。ふと見上げると、覗き込む紅水の向こうにぽかりと白い雲を浮かべた夏の青空が見えた。


●ウンがつく場所
 住居の基本は、まず厠から。
 ここの目配りが聞いているかどうかで、住む人の心掛けが量れてしまう。――厠の掃除と言われると、一見、罰当番のように思われがちだが、実は最重要箇所だ。
 “ぎるど”と“冒険者”の信用を一身に託された天涼春(ea0574)は、傾きかけた小屋の前で改めて気合を入れる。容赦なく照りつける夏の陽光の下、小さな掘っ立て小屋の内側はちょっとした地獄であった。
 まず、第一に蒸し暑い。
 そして、やっぱり匂う。――雪隠詰めなんて言葉があるが、こんなところへ閉じ込められたら、大抵の者はあっさり降参してしまいそうだ。
「‥‥なんの。負けませんぞ」
 これも修行の一環。逆境に耐えて尽くすのも御仏の尊い教えのひとつなのだから。表面上はあくまでも冷静に、しかし、裡に厠掃除への情熱をふつふつとたぎらせて、天は襷を強く締めなおす。
 瀬戸が運んできた雑巾のすすぎ水に神聖魔法をかけて浄化し、流そうとしたところで梅干ばばあの“待った”がかかった。
「あ〜、これこれ」
 むやみに水を流してはいけません。
 厠の汚物は流すのではなく、畑の肥料として有効活用するのである。
「そのうち、村の者が“おかわ”をいただきに参りますのでな。お坊様はお掃除の方をお願い致します」
 そういうわけで、流すのは諦め、掃いたり、拭いたり。傾きかけた小屋の修理を手がけ、さらに美観を高めようと野の花まで飾ってみた天である。おかわの引き取りの村人たちが来る前に、厠は寺で1番美しい場所になっていた。――心を込めて働く天の姿に、天竺のお釈迦様もきっと感動なさったに違いない。
「‥‥では、わっしらはこれで」
 真夏の空に香りたつ大きな桶に汲み取りを終えた頬かむりの百姓は、作業を見守る天に恭しく金子を差し出す。
「おあしはここに」
「‥‥‥おあし‥‥?」
「下肥料にございます」
 一般的に下肥料は地代には含まれない。そのまま、管理する者の収入として良いのが決まりだ。住職がいない今、天が懐にいれても誰も文句は言わないだろう。――思わず天秤を担いで去っていく百姓を拝んだ天だった。


●気が付けば‥‥
 炎天下の墓地は厠とは別の意味で地獄であった。
 小さな村の寺であるのでさほどの広さはないのだが、遮るもののない陽光が直接、降り注いでくる。――古井戸掃除の紅水が気を利かせて掻い出した水を撒いてくれたのだが、すぐに干上がってしまった。
「‥‥‥暑いな‥‥って、あんた、何やってんだい?」
 額に汗して茂った夏草を刈っていた笠倉榧(ea3445)は、くるくると蜻蛉の目を回していた紅月椛(ea4361)を見止めて肩を落とす。
「え? あら、いやだ。私ったら――」
 さっきまでは榧と仲良く肩を並べて草刈りに精を出していたのだ。椛自身も別にサボっていたわけではなく、気が付けばなんとなく蜻蛉と戯れていた次第。慌てて鎌を持ち直して仕事に戻る。
 老婆が運んでくれた冷たい麦湯とおにぎりを美味しくいただき、時折、休憩をいれながら‥‥覚悟はしていたが、地道な作業だ。
 草毟りが終わると、天が運んでくれた浄化済みの手水を使って墓石を洗う。先祖の墓は村人たちも彼岸の折など小まめに手をいれてくれているのだろう、それなりに小奇麗なので無縁仏を中心に。
 水をかけ、藁を束ねた束子で丁寧にこすって汚れを落す。墓石の傾きを直すなど、以外に几帳面な榧であった。墓石の多くはただ石を置いただけのものだが、中には戒名の刻まれたものもあり――
「これは、すばらしいな‥‥」
 優麗な筆蹟で刻まれた墓碑銘に、書道好きの心が躍る。
「ああ、それは。先代の住職様はたいそう字がお上手でして」
 ありがたいことでございます。と、拝むように手を合わせる老婆に、榧もしみじみうなずいた。納戸を捜せば、書付のひとつも出てくるかもしれない。
 椛が里山で摘んできた高野槇の緑を供えて、ひとまず完了。
「さて、他を手伝うか‥‥」
 そういえば、紫上が庭に花を植えると言っていた。榧の提案に、椛がこくりと首を頷かせた時――
「大変、大変ですぅ」
 手拭いで埃避けの頬かむりをしたリュカが、大変を連呼しながら素っ飛んできた。


●箱の中身は何ですか?
 納戸の中に、古びた葛篭がひとつ。
 見つけたのは、立て付けの悪い引き戸を直していた紫上だった。特別良いものではないが、大事に使い込まれた味のある品である。
「なんだろうな」
 葛篭の中身といえば金・銀・財宝‥‥というのは、子供向けのお伽話だとしても、中身が気になるのが人心。冒険者の性とでもいうべきだろうか。
「放っておくのも気になりますしね」
 開けて見ましょう。陣内の提案に異を唱える者はなく、老婆を呼びに行ったリュカが帰ってくるのを待ちながら、あれこれと中身を想像する。
「お寺に伝わる秘仏かもしれません」
「先代の書付だと嬉しいのだがな、私は」
「ありがたい経典ではないだろうか」
 どきどき、わくわく胸躍らせて開いた葛篭の中身は――。

「‥‥本日は、まことにありがとうございました。皆様のおかげで、気持ちよく新しい住職様をお迎えすることができます」
 紫上が植えた花壇を背に、老婆は深々と頭をさげる。
 寺の掃除も無事終わり、野良仕事を終えた村人たちも集まって、口々に感謝の言葉を述べた。労働に正当な評価が下されるのはいつだって気持ちの良いものだ。
「そうだ、ばあさん。あの葛篭の‥‥」
 口を開きかけた紫上を遮って、老婆はにこやかに首をふる。
「ああ、構いません。先代様を偲ぶお品ではありますが、私どもには不要のもの。――皆様がお使いくだされば、亡き住職様もあの世で喜ばれましょう。記念にお持ちくだされ」
 言われて、陣内と瀬戸、紫上は顔を見合わせて苦笑を零した。
 いくら、貰って構わないと言われても。
 ‥‥‥使い古された褌は‥‥ねぇ‥‥?

=おわり=