穴の底
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:2〜6lv
難易度:易しい
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月31日〜09月05日
リプレイ公開日:2006年09月08日
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●オープニング
里の裏手に広がる雑木林は、村人たちの生活に不可欠な場所だった。
焚き付けに使う落ち葉や枯れ枝、山菜、薬草、秋口にはアケビや栗や茸などが実り、食卓に潤いを与えてくれる。
一見、何気なく存在しているようで意外に人々の生活と深く関わっているその場所は、それでもやはり人ならざる者が入り込む、最も近い人外の地でもあった。
よく晴れた、葉月のある日。
《ぎるど》に持ち込まれた依頼も、江戸の郊外に改造沿いに2日ほど離れた小さな村から持ち込まれたものだった。
「穴がね、あいていたのです」
地面の上に。
こう、ぽっかりと。
両手を広げてぽっかりと地面に開いた穴の大きさを現した依頼人に、《ぎるど》の手代は曖昧に頷いて言わんとすることに理解をしめす。――こういうコトにうるさく突っ込んでもキリがない。
ただし、依頼の内容を記す大福帳には『ぽっかり』とは書かず、『丸い穴』とだけ書き付けた。
「誰かが落ちると危ないので、とりあえず埋め戻して置いたのですが‥‥」
いつの間か元に戻っていたのだという。
次の日も、また次の日も。流石に不気味に思い始めていた矢先、薪を集めに雑木林に入った子供たちの目の前で、事件は起こった。
「穴の側を通りかかったウサギが、穴の中に飲み込まれてしまったというのです」
「‥‥‥何にですって・・?」
聞き返した手代の前で、依頼人は恐ろしそうに頬に手を当てる。
「ですから、穴の中に‥‥」
正しくは、『穴の中にいる何か』に、だろう。要領を得ない依頼人の話をきちんと汲み取って冒険者に伝える理解のも《ぎるど》の勤めだ。
「これからの季節、山に入る機会も多くなります。何かある前に、こちらにお願いすれば何とかしていただけると、お聞きしまして――」
よろしくお願いします。
丁寧に頭を下げて《ぎるど》を後にする依頼人の背中を見送って、手代はやれやれと肩を落とした。
●リプレイ本文
穴の中で暮らすモノ――
黄桜喜八(eb5347)の持ち込んだ《謎掛け》に、ルーロ・ルロロは眉間に深い縦ジワを刻んだ。
「推測の域を出ませんが、恐らく穴を掘って生活する生き物でしょうね」
「小さい穴であれば、モグラであるとか考えられますけど‥‥」
乱雪華(eb5818)の言葉に藤野咲月(ea0708)もたおやかな仕草で小首をかしげ、その漠然たる思考の淵を覗き込む。これから対峙しなければならない《モノ》を見極める数少ない手掛かりだから、皆が其々に心をかけていた。
「ああ、でも。モグラはウサギを飲み込みはしませんし・・・・飲み込む・・と、いうと蛇あたりを考えてしまいますが」
蛇が地に潜るのは、冬の間ではなかっただろうか。
皆目、見当がつかないというワケではなく。むしろ、次々といくつも候補を思いつけてしまうあたりがこの依頼の難しいところなのかもしれない。
「兎が一瞬で吸い込まれたとなると、やっぱり肉食なんでしょうねえ」
レイル・セレイン(ea9938)の呟きに城山瑚月(eb3736)は、背負った袋の中で息づく小さな命を思う。少し息苦しいかもしれないが、袋から出さない方がお互いの為に良さそうだ。
●検分/見聞
百聞は一見に如かず。
昔の人は好く言ったものだと思う。
「‥‥なんだか、ずいぶん大きいわね‥」
村人に案内されて分け入った雑木林で、レイルは少し呆れた風に肩をすくめた。
厚く落ち葉の積もった地面にぱっくりと口を開けた深い穴は、想像していたよりもずっと大きい。
上背のある冴刃音無(ea5419)や城山の体躯をしても、潜り込むには十分で。――小柄な黄桜や磯城弥魁厳(eb5249)であれば、ふたりで手を広げても足りるかどうか。
「これじゃあ、村の人たちが不安になるのも無理ないわ」
先手を打って、《ぎるど》に届け出た依頼人の判断は正しい。レイルの言葉に、柚衛秋人(eb5106)も同意する。――何も起こっていないからこそ、正体を見極めるのが難しいのも事実だけれど。
「水の中なら、飛び込んで行くんだけどよ。地中は遠慮しとく」
地面の中は、生憎と勝手が悪い。
冗談めかした黄桜の呟きに、磯城もにやりと嘴の端に苦笑を浮かべた。
「‥‥ちょっと入って見たい気もするんだけどな‥」
地中深く、どこまでも伸びる暗い穴。
好奇心を誘われないと言えば、嘘になる。そんな気持ちが通じ合ったのか。なんとなく柚衛と顔を見合わせた冴刃は、首筋に感じた咲月の視線に慌てて首を振って芽吹いた好奇心を打ち消した。
穴の底には、今も何かが潜んでいるのだ。
村に着いてすぐに、冴刃は咲月と共に秋に染まった村を回ってウサギが呑まれる瞬間を目撃したという子供たちから話を聞いていた。
「ウサギがいたの」
野うさぎは、村人たちが食するコトを許された数少ない獣である。
と、言っても。掴まえるにはそれなりの経験と熟練が必要なので、追いかけたのは子供らしい戯れだ。
子供たちの囃し声に追われたウサギは、飛び跳ねながら穴の側を通り過ぎ‥‥
「初めはね。ウサギが躓いたのかなって、思ったの」
穴の周りに積み上げられた柔らかい土に、足を取られたように見えたのだという。
子供たちの言葉の通り、穴の周囲には穴を穿った名残の湿った土が均等に積み重なっていた。
「‥‥掘削痕は地面の中から、地上に向かってついているな」
地表に近い側面を指先でなぞり、城山はそこに残された手掛かりを読み取っていく。
地面の下から、外へ。
魔法などを使えば不可能ではないが、おそらく、人間の所業ではないだろう。――滑らかに削りとれた表面には道具や爪などの特徴的な痕跡はない。
体毛や鱗のような遺留物も見当たらないところを見ると、獣でもなさそうだ。
走りぬけようとした穴の端で、突然、均衡を崩したウサギは、子供たちの眼の前で見えない糸に引っ張られるように、口を開いた穴の中に落ちて行ったという。
「その時、何か音とか聞こえなかった?」
冴刃の問いに、子供達たちは顔を見合わせる。
眉をしかめて一生懸命に思い出そうとしているところを見ると、あるいは、記憶に残るような音を立てる生き物ではないのかもしれない。
「音は聞こえなかったけど‥‥」
穴に向かって、風が吹き込んでいるように感じた。
ウサギだけでなく、穴の周囲に散らかっていた落ち葉や土も一緒に吸い込まれていったように見えたのだから。
近づいてはいけないときつく言い含められていた子供たちは直ぐに村へと逃げ帰ったので、穴に呑まれたウサギがどうなったのかは、正確には判らないのだそうだ。
「追いかけて来なかったってことは、目や鼻は良くねえんじゃねえか?」
あるいは、日向を嫌うのか。もっと単純に、外敵を避けてのことかもしれない。
巣穴に得物を引き込んで喰らうのは、地蜘蛛や蟻地獄などの虫がやる。――得られた情報を自らの経験と知識に照らして、黄桜はソレの姿を思い浮かべた。
「けど。穴の周りに糸らしいモノは見当たらないから蜘蛛じゃねえ」
この大きな穴は、蟻地獄の巣とも少し形状が異なっているようだけれども。
ただ、思考の方向は間違っていないと思う。その証拠に彼らの連れてきた愛犬たちは最初に穴の周辺で少し匂いを嗅いだきり、ずっと件の穴を避けている。
「村の人たちにも訊ねてみたのだけど。今のところ雑木林に特に大きな異変は出ていないそうだよ」
山菜が採れなくなったり、動物の姿が少なくなったという話も聞かない。
積もった落ち葉が薄くなったような気もするが、紅葉の季節はこれからで。――また、畑に入れる腐葉土の質も前年よりも良いくらいなのだとか。
「今年は、キノコのできも良いとお聞きしました」
首尾よく依頼が解決できれば、村人たちのキノコ狩りのお手伝いをする約束をした咲月である。
思いつく限りの検分を終えた後、柚衛はおもむろに村人から借りてきた鋤で穴の周囲に盛り上げられた土を崩し初めた。
城山、冴刃に続いて、黄桜、磯城もそれに倣う。
穴を埋めても、気がつけば元通りに口を開けているのだと聞いていた。穴を作っているモノの姿を見るのなら、この方法が手っ取り早い。
●潜むモノ
‥‥ずず‥
何か重いものを引きずるような振動が地面の奥深くから、蝙蝠の術で感覚を研ぎ澄ませた磯城の耳へと危急を伝える。異変は伝わっているのだろうか、ペットたちが急にそわそわと落ち着きを失くし始めた。
気配は、すぐに地面に耳を当てた城木にも届く。地中を這いずる何かが、すぐそこにいた。
「土を噛み砕く音を確認。地上到達まで、推定であと少し――」
逸る心を落ち着けるようにゆっくりと間合いを測る磯城の声に、黄桜も戦いに備えていつでも呪文の詠唱に入れるよう印を結ぶ。雪華も首にかけた蜂比礼を両手で握り締めて、時に備えた。
「くるぞ。‥‥‥三、二、一‥‥」
磯城の言葉が終わるより一瞬早く、
埋め戻し、平らに均した地面が大きく盛り上がり、押し出されるように天辺から崩れ落ちる。
「今だ!!」
赤黒く滑りを帯びた表皮があらわになるその前に、呪文を完成させた黄桜の召還に応え土煙と術の煙幕の中から巨大な蝦蟇が姿を現す。
「よーし! ガマの助、喰っちまえ!!」
そう嗾けた黄桜の拳が、宙で止まった。
握り締めた蜂比礼を掲げようとした雪華も、いつでも使えるようにと手裏剣を構えた咲月も。地面の中から現れたソレに、思わずぽかんと魂を飛ばす。
「――って、デカッ!!?」
「うわ、何これ、デカッ! 気色悪っ!」
冒険者たちの前に姿を顕したソレは、雪華の記憶が間違いでなければ‥‥おそらく、蛭か蚯蚓ではないかと思われる生き物だった。だが、それは彼女がこれまでに目にしたソレらとは、大きさという点で全く異なるモノに思われる。
みっちりと穴を埋めた、地上に出ている部分だけで気桜が召還した10尺(約3m)の蝦蟇より既に大きい。――地面の中に隠れている部分を含めれば、軽く3丈(約9m)を越しそうだ。
「喰うのはムリか。じゃ〜、抱きつけ!」
思考を切り替えた黄桜の号に、止まった時が再び流れ始める。
うっかり集中を切らせてしまったレイルの魔法に備え、柚衛は天使の名を冠された槍の穂を払って彼女と大蚯蚓を結ぶ直線上に割り込ませた。
「彼女をやってもらうわけには、いかないのでな」
冴刃も忍者刀の鞘を払って、咲月を庇う。
彼女が蚯蚓ごときに遅れをとるとは思わないけど。それでも、愛しい女性に怪我をしてほしくないから。
ザシュ――ッ
黄桜の振るったローズホイップが唸りを上げて、蚯蚓の柔らかな皮膚を切り裂く。
身体が大きいこともあって、さほど熟練を積んでいない黄桜や磯城の攻撃でも傷を負わせるコト事態は難しくない。
ただ。その分、体力があり、当たりも強い。――雪華の降る蜂比礼の効果も、相手の大きさ故に微妙なところだ。
「何か近づくの嫌ねえ‥‥」
年若い女性なら、釣り針の先についている小さい蚯蚓を相手にするのだってお断り。冒険者を相手に手傷を負わされ、血だか体液だか判らないものにまみれて闇雲に暴れる大蚯蚓に好んで近づこうなんて、奇特な者はそういまい。
「シルムちゃん、同時に行くわよ」
レイルの言葉をちゃんと理解しているのかどうかは、怪しいけれど。期待半分でペットに呼びかけ、聖像を刻んだ指輪を天に掲げてレイルは彼女の信じる善き神に奇蹟を希う。
「コアギュレイト――!!」
指輪の先で急速に輝きを増した白い光が波動となって世界を包み、柚衛と磯城を弾き飛ばしてのたうつ巨大な生き物の動きを止めた。
動きを止めれば、後はもう――
■□
「ご苦労様にございました。お疲れになったでしょう」
村人たちの心尽くしの秋の味覚に、冒険者たちの顔にも笑顔が戻る。
「ミミズの開けた穴の中、というのを見てみたかったのだけどな」
柚衛の呟きは、冴刃の想いでもあって。ふたりは顔を見合わせて、苦笑した。
大きすぎる敵の骸を村人たちの目に触れないよう始末するには、穴に埋めてしまうのが1番の方法だったから。
「残念ですけど、それは諦めてくださいね」
優しい微笑を浮かべて慰めたけど。蚯蚓の穴に入ってみたいなんて冴刃の遊び心は、咲月にはちっとも理解らない。
「その代わり。今夜は一献つけてあげます」
にっこり、と。
艶やかに綻んだ花の笑顔に、漢たちは顔を見合わせ――
そして、誤魔化されることにした。