●リプレイ本文
月は更科、
名月の宵に想うのは――
「引き綱は短めに、荷を揺らさぬように気配りなされよ」
ジャパンの山道で馬を引く時の注意点などを伝授する鑪純直の言葉に耳を傾けるアルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)の愛馬ソレンゴ−見た目はぽってりと脚が短く小柄だが、がっちりと身の締まったモンゴル馬だ−の背に積まれているのは、アルンチムグの故郷の銘酒と大量の《どぶろく》。そして、市場で仕入れた宴の肴。
パラの村での観月の会。
持ち物リストの最上位に《酒》を持ってきたのは、彼だけではないようで。
御陰桜(eb4757)の旅立ちに立ち会ったゴールド・ストームも、心尽くしの手土産にと酒屋で見繕った酒を贈った。冴刃音無(ea5419)と共に慣れた旅路に赴く藤野咲月(ea0708)の支度の中にも、貴重な銘酒を忍ばせてある。――ちなみに、鹿角椛(ea6333)の懐に詰め込まれたカビの生えた餅のような物体は、とりあえず食べ物ではない。
「行ってらっしゃいませ♪ 楽しんでいらっしゃいね」
パラの村を訪れた先輩としての助言と、旅の言祝ぎを口にしたキルト・マーガッツに送り出された所所楽柳(eb2918)の馬上の荷には、《酒》の代わりに、《楽器》が積み込まれている。
「パラの村でござるかー。ちょっと‥‥やっぱり、かなり羨ましいでござるな。同族ばかりの村は珍しいと思うでござるよ」
キルトと共に柳の見送りに立った酌喇紅玉は、未だ見ぬ同胞の村に想いを馳せて羨ましげだ。――土産話を楽しみにしていると、笑顔で友を送り出す。
名月へと満ちゆく月を見上げて想う信濃路は、その遙遠さにさえ秋を感じて。
●お月見に添えるもの
同年代の朋友と楽しい旅ではあったけれども。
長旅で歩き疲れた身体には、江戸っ子好みの少し熱めの湯加減がじわじわと滲みていく。村人たちによる歓迎もそこそこに。雪とは異なる優しい銀に埋められたススキ野原を越えて、さっそくひと風呂。
女性の武器と信じて疑わない自慢の肢体を湯船に沈め、桜は手足を伸ばして満足げな吐息を落とした。
「お肌にいい泉質だといいわねぇ♪」
村人たちの言葉によると。少しとろみのある温泉の効能は、肩こりと腰痛、打ち身に捻挫。切り傷には沁みるが、雪原の融雪には最高であるらしい。
お月見もさることながら温泉気分を満喫するのが目的である桜は、日がな一日、ふやけるまで湯に浸かるつもりだ。
■□
「へえ。なかなかええ感じやねぇ」
アルンチムグが育った草原の集落とは、見た目も暮らしも異なるけれど。雄大な自然の中で助け合って暮らす人々の笑顔には、どこか懐かしさを感じる。――人間の背丈に比べれば小さく作られた規格もドワーフである彼女にはちょうどよい。
のんびりと異国情緒を愉しみながら小さな村を一周し、次は何を見ようかと首を巡らせたところへ、両腕にススキを抱えて戻った冴刃と顔を合わせた。
村の手伝いをしているようにも見えるのだけど、冴刃の後ろに群がっている子供たちのはしゃいだ様子も気に掛かる。
「何してんの?」
「ああ、これ? みんなで遊ぼうと思って。――たくさんあるから、少しくらい刈っても構わないって聞いたんだ」
ふわふわの穂を束ねて、括って、動物を作ったり、
葉っぱの芯を飛ばしたり、
昔、年上の誰かに教えてもらって覚えた遊びを、今度は冴刃が村の子供たちに伝える。こうして繋がっていくのだ。
「お月さんも綺麗だけど、やっぱ俺はこっちが好きだな」
そう言って、冴刃は出来上がった玩具で遊びはじめた子供たちの顔に浮かんだ笑顔を満足気に見回した。
玩具からお月見団子、宴会料理の味見まで。遊びも、お手伝いも、祭りの準備も、温泉も。手が足りていないところを見つけて、何にだって顔を出す。――村の全てを満喫するつもりで来たのだ。
冴刃の目のあるところでなら、咲月だって包丁を使えるかもしれない。
●湯に映える月
入れ替わり、あるいは、連れ立って。
時折、温泉にやってくる仲間たちとの裸の付き合いなんてものも――
「あぁ、混浴だって私は一向に気にしないぞ。別に見せて減るモンじゃないしな」
寧ろ、こっちにしてもいい目の保養だ、なんて。何処までが本気か判らない。いや、どちらかというと、こっちの発言のが問題であるような気がする椛と。
その桜の体型を羨ましく思うのは気のせいだ、と。遠い目をしながらぶつぶつ何やら自分に言い聞かせつつ酒を舐めている柳だって、着やせするだけで決して粗末(!)なものではない。
「男は人間の冴刃はんしかおらんのやし。うちは混浴、別に気にせんけどねぇ」
ドワーフであるアルンチムグには、冴刃もパラの村人たちも異性にすら見えないらしい。
喜ぶべきか、がっくり肩を落とした方が礼儀に適っているのか‥‥対応に、悩むところだ。
「‥‥‥混浴なのでしょうか‥‥」
「恥ずかしがることなんてなぁんもあらへん。気になるんやったら身体に布でも巻きつけたらええわ」
慎み深く躊躇う様子を見せた咲月に、ホッとしつつも‥‥ちょっと残念だなんて、いやそんな‥‥
ああ、お月見が待ち遠しい。
●月と宴と
「お元気でしたか?」
笑顔で出迎えた咲月に、思い思いの荷物を携えてやってきた隣村からの客人たちは驚いた風に目を見張り、それから破顔する。
巨人族特有の厳つい風貌も、笑顔になれば怖くはない。
先日の祭りの折に交わされていた会話。気になっていることが全くないワケではなかったけれど、今は、お月見を楽しむことだけを考えて席を勧める。
キノコと山菜の炊合わせ、里芋、山葵、栗ご飯に、収穫したばかりの蕎麦と、蕎麦粉で作ったお月見団子。――川魚、ウサギ、山鳥と一緒に並ぶ、猪は隣村から。滅多に食べられない干物や貝柱は、アルンチムグの差し入れだ。
「せっかくだしいくつか楽器をそろえてきてみたんだ、これで皆で騒いでみないか?」
食べて、飲んで、宴も酣になった頃。
持ち込んだ楽器を並べて、柳は笑顔を作る。
音を奏でるのではなく、興味本位で鳴らしてみるだけでいい。――胴に螺鈿を施した琵琶に、魔法掛りの竪琴。並べられた楽器はどれも逸品揃いだ。初めて見る楽器がどんな声で歌うのか。わくわく胸を躍らせるだけでも、きっと楽しい。
「こんな時でもないと、普段使っていない楽器が日の目を見ないし‥‥」
そう苦笑する柳の手には、愛用の鉄笛。
吹奏はもちろん、武器としても十分に使えるお気に入り。
金管らしい高く澄んだ音を鳴らした柳の笛に合わせて、冴刃も懐から横笛を取り出した。こちらは、やわらくどこか温もりのある音を響かせる。
二本の笛が奏でる旋律に、アルンチムグも三味線を爪弾いた。――弓で弾く馬頭琴とはまた違う、歯切れの良い音が重なる。
夜の静謐に満ちた華やかな調べが風を呼び、
降り注ぐ月の光に、揺れるススキが大地に銀色の漣を描いて無限に広がっていく。誰かが歌いはじめた吉備楽に唱和して、椛も口を開いて声を紡いだ。
《―――位の山の高きより、吉野の奥こそゆかしけれ‥‥》
ひらり、ひらりと。
咲月の指が転がす扇に舞い上げられて真円を描く月の待つ夜空へと吸い込まれ、銀色の雫に姿を変える。
ぽぅ‥、と。
ススキの穂先に燈ったほのかな光に、柳はわずかに眸を細めた。
季節外れの蛍の光‥‥夜露にも似た幽き輝きは、気がつけばススキ野原のそこかしこでひっそりと息づき、宴が奏でる楽に耳を傾ける。
「‥‥月の雫だ‥」
月夜と音楽を好む精霊たちは紡ぎ出される旋律に楽しげに笑い、拍子に合わせて剣にも例えられるススキの細い葉の上で飛び跳ねた。さやさやと心地の良い音を醸して揺れるススキが、また風を生む。もし、空を見上げていれば、あるいは、その風の中に赤紫の鱗に身を包んだ六翅の大蛇が飛翔する様を見ることができたかもしれない。
■□
「温泉に入りながら、お月見でしょ」
その上、音楽まで愉しむことができるなんて。
いつの間にか宴を抜け出してのんびり湯船につかりながら、桜は風が届ける楽の調べにうっとりと耳を傾ける。
いつの間にか始まったどんちゃん騒ぎを終えて、ひと汗を流しに来るであろう仲間に。さて、どんな言葉を掛けて労うべきか。
そんなコトを考えながら大きな月を見上げる桜も、いつしか耳に届く調べに合わせて覚えた歌を口ずさんでいた。