【坂東異聞】 −憑喪神−
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ
担当:津田茜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月10日〜10月15日
リプレイ公開日:2006年10月18日
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●オープニング
憑喪神という名をお聞きになったコトはございませんか?
命を持たない道具でも、長い年月が経ちますと何かしら《気》を宿すことがあるそうで。――九十九神などとも書きまして、大事に使われずに打ち捨てられた物が恨みを持って生まれた妖怪です。
家具や調度品の他に、食器や衣類、仏具、武具など。あるいは、人の想いがこもりやすい絵画や文字、文なども妖しに化けますそうな。
江戸の外れに、小さな寺がございます。
年月を経て守る人も失うなったことから、荒れるに任せている内に善からぬ者たちが入り込み‥‥後ろぐらい企みをいたす場所となっていたとか。それとなく訊ねましたところ、夜盗の隠れ家になっていたなどと胡乱な話までございました。
そうなると、ますます人の足は遠のくもの。まあ、随分、酷い有様になっていたのでしょう。
そんな荒れ放題の寺でございますから、何をしようと咎める者もございません。――中には、寺の敷地に処分に困った家財道具などを捨てて行く不心得物もいるわけです。
そうこうしている間にどういう曰くが広がったのか、傘ばかりが捨てられるようになりまして‥‥
誰が言い出したのやら、《傘寺》などと、まあ。
供養と聞けば耳辺りも良うございますが、詰まるところは、破れた傘をうっちゃっているだけのコト。恨みが宿り妖怪に変じたとしても、そう不思議な話ではありますまい。
■□
さて、
ここからが本日の用件にございます。
件の《傘寺》に住み着いた妖しを退治して頂きたいと願い出た者がいるのです。
確かに、妖怪が跋扈するというのは気持ちの良い話ではございません。――付近の住民たちは少しばかり難儀しているのは事実ですから、理には適っているのでございますよ。
ワタクシが気に致しておりますのは、そういう理屈とは別のところのお話。上手く言えないのですが、どうにも腑に落ちぬと言いましょうか、釈然といたしませんで‥‥。
江戸とはいっても田畑ばかりが広がる鄙びた辺り。
寺の再建計画が持ち上がっているでなし、無論、周辺を町屋に造り変えなんて話があるワケでもありません。
にもかかわらず、
この手の依頼としては、お足の方は破格にございます。
なんぞ善からぬ思惑があるような気がして仕方がないのでございますよ。――まぁ、気のせいであれば良いのですが‥‥。
●リプレイ本文
捨てた者が悪いのか、
恨みを呑んで取り憑いたモノが罪深いのか――
そうでなくとも人足の遠のいた廃寺に、《傘化け》の噂まで。すっかり寂れて朽ちかけた寺を眺めて、チップ・エイオータ(ea0061)は憤る。
「お寺にゴミ棄てるなんてバチ当たりだよ」
「ンだなぁ。化けて出ちまうのも仕方ねェかもしれねぇ」
誰も手を入れぬ境内は雑草が伸びるに任せた荒れ放題。枯れた薄が秋口の風に寂しく吹かれ、本堂の屋根も瓦がズレてぺんぺん草が生えている。――おまけに誰が持ち込んだものやらガラクタと化した家財道具が無造作に積み上げられていて、足を踏み入れるのさえ一苦労だ。
棄てられた傘が可哀想だと唇を尖らせたチップの義憤に、田之上志乃(ea3044)もこっくりと首肯した。
「近在の衆さ難儀しとるなら何とかせにゃならねェけんど‥‥元々、悪いなァ傘より人の方だべなァ」
「もったいない」の精神は、今や世界基準になろうというご時勢に。
はふ‥、と。やるせなく落とした吐息が、ひやりと冷たい秋風にいっそう侘しさを募らせる。
●糸引くモノ
「‥‥そりゃあもう、ずいぶん昔の話ですなぁ‥?」
十年、ひと昔と言うなれば、
これはもう、ひとつもふたつも昔を重ねた大昔の噂話に類するものだ。
日当りの良い縁台に腰掛けた老人は、訪れた闇目幻十郎(ea0548)が持ち出した話題にどこか遠くを見つめるように目を眇める。
「夜盗が住み着いていた事もあったそうですが?」
さりげなく水を向けると、
ああ、そんなこともありました。と、はんなりと微笑んで。また、眠たげに瞼をしょぼつかせる。
「あの頃はご公儀の目も、今ほど行き届いてはおりませんでな。各所で悪党が跳梁跋扈いたしておりました」
住む者の無くなった古寺に、これ幸いと潜り込んで居着いたのは、そんな悪たれ共の一派であった。自らを『花太郎』と名乗り、一時期は江戸の方々で荒稼ぎし、夜の巷にその勇名を馳せたこともあるという。――千両仕事などと囃された悪党であったのだが、捕縛された塒から金品はほとんど回収されず、『花太郎の埋蔵金』の噂は途切れることなく、江戸の各所でまことしやかに囁かれていた。
「‥‥に、しても。けっこうな日が経ちますがのぅ」
そう、懐かしく思い返すほどに月日は経っている。
来生十四郎(ea5386)がかけあった《ぎるど》の番頭も、『花太郎』の名にしみじみと吐息を落とした。
「あの頃はまだ、《ぎるど》などと気の効いたモノはありませんでしたから、奉行所もそれは手を焼かされたとか‥‥」
「気の効いたモノ」だと言えば聞こえは良いが、単に面倒事を冒険者に丸投げしているだけなのでは?
ちらりとそんなコトを思ったが、口にはださない。
「――来生様は、依頼人が寺に何かしら秘密を隠しているとお考えなので?」
再建の話があるでなし。
周辺の開発が進められているワケでもない。
確かに、《傘化け》の巣窟となっている寺を放置しておくのは風体がよくないが、大枚を叩いて退治を依頼するほど困窮もしていなかった。
「お尋ねの依頼人についてですが、それほど年を取っている風には見えませんでしたな。それに‥‥」
花太郎ほどの盗賊ならば《傘化け》の一匹や、二匹‥‥冒険者の手を借りずとも、その手で何とかできるような気がします。
あっさりと首を振った番頭に、来生は気難しげに考え込んだ。
●お化けの常識
唐傘のお化けと云えば――
「昔話さ出てくる、一本足に下駄さ履いて目ン玉ひとつで舌伸ばしたアレだべか?」
興味津々で身を乗り出した志乃に、愛猫を膝に抱えたゲレイ・メージ(ea6177)はすっかりトレードマークとなったパイプをくゆらせた。
「‥‥ジャパンの妖怪については、それほど詳しいワケではないのだが‥」
モノの本によれば、《傘化け》とは骨が折れ、破れてボロボロになった傘に取り付く妖怪であるという。
志乃が思い描いたモノほどデフォルメされてはいるワケではなかろうが、傘の柄で器用に跳び歩き、墓場や野原など人気のない場所に群れ集団で獲物に襲い掛かるのだとか‥‥
「とりあえず、明るい内に寺の敷地を建物の中を確かめて――」
棄てられた傘も集めて燃やして、供養しよう。
罠を張って追い込む手筈を整えるのも、なかなか良い考えだ。――今回はなにかと憚られる人目もないので、木人も存分に活躍の場を得られるだろう。
「物の怪の類が出るのは日が暮れてから、というのが相場ですからね」
時間は十分。闇目の声にも、どこか余裕が漂っていた。
確かに。怪談や御伽噺に語られるお化けや幽霊の類は草木も眠る丑三つ時に出なければ、イマイチ迫力に欠けるような気もするけれど。
そんな思い込みを胸に、がさがさと茂った雑草を掻き分けて境内に踏み込んだ冒険者たちが見たモノは‥‥
「何で真っ昼間から活動してるのかなぁっ?!」
「ったらこたァ、オラが知るわけねぇだ」
「あ、こら、お前たち。私を置いて行く気かっ!!?」
ボロボロの傘を威嚇するかのように広げて、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねる傘化けの群れにチップと志乃は回れ右して駆け出した。明るい内に罠を仕掛けるつもりだったのだけど、どうやらそんな余裕はくれなさそうである。
元は破れた傘なのだから、それほど強いとは思えなかったが――実際、ゲレイの知識でも最弱の妖怪だ――なにしろ数が半端でない。
動き出しの素早いチップと志乃に対し、魔法使いのお約束というべきか運動能力にはイマイチ‥‥自信のないゲージの運命やいかに‥‥。
「ぅわぁーーーーっ」
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ザ‥ン――ッ
上段から振り下ろされた霊刀「ホムラ」が赤銅の軌跡を描いて一閃、
放たれた真空の刃は、人の気配を察知して群がる魔物を渦巻く妖気ごと両断する。
出端こそ挫かれはしたものの、いざ戦いが始まれば《傘化け》ごとき何匹寄っても脅威ではない。
右手に神剣「クドネリシリカ」、左手に短刀「月露」を構えた闇目も速やかに作戦を切り替えて前線へと走り出た。来生の死角を補い、また、己の死角を消すように陣を組む。
数の上の劣勢も、練達のふたりの前では幾らの枷にもなり得なかった。
前衛が築く見えざる鉄壁を越えるモノがいなければ、チップと志乃も形勢を整えるのは容易くて。
【疾走の術】の発動で薄紅色の光を纏った志乃は、格段に増した脚力にモノを言わせて戦場となった境内を駆け回り、虫ほどの知恵しか持たぬ魔物の群れを混乱に陥れる。二匹の熊犬‥‥三太郎と権兵衛も、獲物は熊よりちょろい相手なのかもしれない。志乃に倣って傘化けを追い立てていく。
浮き足だって、ふわりと跳ねた傘の要を放たれた矢が貫いた。
ピギャ――ッ!!
断末魔の悲鳴を上げて。ぽとり、と。地に落ちた傘の残骸に、軽く造られた特別製の弓を構えたチップは心の中で小さく詫びる。
そもそもの発端は、寺に傘を棄てた人間の側にあるのだけれど。
「ふふふ。今こそ心置きなく暴れるがいい」
危ういところで串刺しを逃れたゲレイも、不敵な笑みを浮かべて取って置きのメダルを握りしめた。
「動く傘を攻撃しろ!」
―――ガオ〜〜ン‥ッ!!
不気味な起動音を発して、木人が動き出す。のんびりと修羅場を傍観していたムーンが、その声に驚いてするりとその場から逃げ出した。
●《傘寺》の秘密
草木も眠る丑三つ刻――
真円まであと1晩の望月が、夜の静寂に蒼い光を投げかける。
深い眠りについた世界の底で。
男はしきりに周囲を伺いながら、足音を忍ばせて朽ちかけた廃寺の影へと近づいた。古寺‥‥《傘寺》に住み着いた妖怪は、《ぎるど》からやってきた冒険者たちの手で一掃されたのだとか。
近隣の者たちの安堵と共に広がった噂は、今か今かと聞き耳を立てていた彼のところへも届けられ――彼は己の目論見が当たったコトに満足し、この先の栄達を確信した。
漸く見つけ出した宝の在り処が、ゴミの山ならまだしも、傘化けの巣窟になっていたコトを知った時には、どうなることかと思ったが。
傾きかけた山門から、そっと中を伺えば――
確かにあれだけ蔓延っていた魔物の姿はひとつもない。ゴミを燃やした後らしい、焦げた煙の匂いが残っているだけだ。
爪先立って門を潜れば、月明かりに影が躍る。
きょろきょろと辺りをうかがいながら本堂へ、そして、放置されたままの阿弥陀仏へと近づいた。
「なるほど。そこが、宝の隠し場所かな?」
突然、かけられた声に、男はぎょっと飛び上がる。
いつの間にか、周囲を取り囲まれていた。――十分に気をつけたつもりであったが、気配を消すコトにかけては、何倍も上であったらしい。
「何だ、てめらは?!」
粋がって声を張り上げてはみたものの。
《傘化け》も自力では捌けない小物のひとり。端から、冒険者たちの敵ではなかった。
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「‥‥なんでも悪所で知り合った爺さんが『花太郎』の財宝の隠し場所をこっそり教えてくれたのだそうだ」
一味の最後の生き残りだと名乗ったのだとか。
とはいえ、耄碌しかけた年寄りの話をマトモに取り合う者は誰もおらず。――彼ひとりが、それを覚えていたのだろう。
掴まえた小悪党から聞き出した打ち明け話に肩を竦めて、ゲレイは錆びた仏像の周囲を丹念に検分しはじめた。
「そういえば、盗賊の隠れ家だったって話もあったんだよね?」
記憶を反芻するように思考をめぐらせたチップの隣で、闇目は無造作に放り込まれた欠けた火鉢を抱えて外へと運び出す。
「住む者も管理する者も無くただ荒れ果てる、というのなら判りますが、どうしてこのように物が棄ててあるのか‥‥」
モラルの問題だと言ってしまえば、それまでだけど。
なげかわしい。と、呟いた闇目を手伝って散乱するゴミをひとつひとつ分別して片付けながら、志乃も悄然と肩を落とした。
「化けて出る気も分るだなァ‥」
棄てられたゴミたちが、せめて成仏できるよう。
綺麗に片付けて清めてやれば、寺に来てくれる住職がいるかもしれない。――妖怪を退治するだけでなく、アフターケアも万全に。
そんな心意気が天に通じたのか、どうか‥‥
罠の痕跡を調べていたチップと来生が、
巧妙に隠された手文庫の中から大量の小判とお宝を発見するのは、それから間もなくのことだった。