【上州騒乱】−秋風ぞ吹く−

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月05日〜11月12日

リプレイ公開日:2006年11月16日

●オープニング

 どこか不穏を漂わせた客だった。

 亘理青葉に伴われ《ぎるど》の敷居を跨いだ男は、一見、何処にでもいる中間であるように思われたのだけれども。――物静かで思慮深そうな落ち着いた物腰と同様に。風貌にも特に険しいところはなく、きっちりと正しく折り目のついた袴に佩いた大小に気付かなければ、侍であることも失念していたかもしれない。
 それなのに。
 その依頼人にはどこか気を許せぬ緊張のようなものを感じて、《ぎるど》の手代は無意識に背筋を伸ばした。

「山越えの先導を募りたい」

 上州への派兵が近い。
 彼の地にて勢いを取り戻した新田勢の討伐に、此度は源徳公御自ら采配を振るうのだとか。――噂は木枯らしに浚われて、江戸市中にも広がっている。
 関連を匂わせる依頼は、既に幾つか《ぎるど》にも持ち込まれていた。

「‥‥兼ねてよりの盟約により、我等が主も源徳様にお味方を致す所存。国許より手勢を呼び寄せる手筈を整えられた」

 盟約である。
 淡々とひと言。欠けらほどの感情もこもらぬ言葉を吹くような口調で、男は言った。――傍らに控えた青葉の表情にも特に動きがないところを見ると、この選択肢は忌避すべきものでもないらしい。
 源徳への加勢なら、江戸にとってはめでたい話だ。
 新田を相手によもや負けるとは思わぬが、うっかり手こずれば周辺諸国の侮りを招く。第2、第3の新田の決起は東国をいっそうの混乱に陥れるのは必定だから。

「‥‥とは申せ、こちらとて一枚岩ではない。我等が動くを快く思わぬ輩もおる」

 誰とは云わぬが――
 つ、と。視線をあらぬ方へと彷徨わせ、男は口許にひどく酷薄な笑みを湛えた。

「己が国ひとつ満足に治められぬを、いかにも我等の咎であらんばかりに言い囃し。挙句に、兵を出したくば人質を差し出せとは呆れた物言い。かような妄言、捨て置くのも武門の恥辱。踏み潰して行くのも容易いが‥‥」

 それでは、源徳公の面目が潰れよう。
 悪戯に戦火を煽るのは元より本位ではなく。回り廻って、奥州公の憂うところとなっては、本末転倒も甚だしい。

「その方らに相談を持ちかけたのは他でもない」

 底冷えるような眼光が薄らぎ、男の双眸には再び安穏と柔和な色が浮かんだ。
 《ぎるど》は源徳公の声掛りで作られた組織だが、そこに所属する《冒険者》とは何処にも与さず、ただ己の心を主とする者たちであるという。

「内々に上州へと抜ける道の案内を願いたい。――我等に二心があるか否か、曇りなき目でご覧じられるが宜しかろう」

 また、挑むような光が手代を見据えた。
 手の内を見せる。とは、また思い切ったコトを考える御仁がいたものだ。

「近隣の事情に明るい者が好ましいが、腕さえ確かなら何方でもよい。――ただ、あちらは平地ゆえ碌に治まっておらぬとのこと。山道ゆえ、魑魅魍魎が跋扈しているやもしれぬ」

 その露払いも頼みたい。
 そう付け加えて、男は懐から取り出した瀟洒な錦に包まれた心付を、番台の上に乗せたのだった。

●今回の参加者

 ea5897 柊 鴇輪(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6388 野乃宮 霞月(38歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

乱 雪華(eb5818

●リプレイ本文

 風が哭いていた。
 じきに、空も哭き出すだろう。
 夜の間に舞い降りた霜雪も今はまだ夜明けと共に姿を消すが、その度に大地より熱を奪い、いずれは根雪となって山野を白魔の懐に閉じ込める。
 陸奥の戦さは本格的な雪が降るまで。
 誰の言葉か。囁かれる通説も、今ならばなるほどと得心できる。
 厚く垂れ込める鈍色の雲を背景に旋回する綺羅の黒い飛影を見上げ、所所楽林檎(eb1555)は白く濁る吐息を落とした。

 ――白河侯、この藩は甚だ小、且つ瘠なり。運漕に悪し、米は多しと雖も売買不自由なり、是に於いて貧せり。−東北風談−

 柚衛秋人(eb5106)と共に紐解いたものの本に記されている通り。街道沿いに点在する山間の村は小さく、枯れゆく季節も手伝ってひどく侘しい。
 先頃は、九尾の騒動に端を発したイザコザが続き、国政も落ち着かぬと聞いていた。
 騒ぎの風評が江戸にまで届くのだから、領民にしてみれば気が休まらぬだろう。――荒廃は魔物を呼び、人の心をも荒ませていくものだ。
 目を逸らすことなく、全てを見つめようと心に決めていたけれど。自らに課した試練とはいえ、気が塞ぐ。
 強くありたいと思う。
 だが、何も感じぬ非情を得たいワケではない。
 天満の轡を取る手に力を込めて、林檎は軽く頭を振り毅然と見えるよう顎を引いた。白い髪がふうわりと揺れ、気丈な主を力付けるかのようにその肩に触れて流れる。


●臥竜の胎動
 陸の奥――
 鄙びた土地だと謂われるが、どうして退屈せぬ御尽がいるようだ。
 《ぎるど》を訪れた使者の口上を伝え聞き、柚衛は密かに笑う。それは同行する野乃宮霞月(ea6388)、鑪純直(ea7179)の様子からも伺えた。――源徳公の密使として夏先に平泉を訪れたふたりには、都合4度目の白河越となる。
 やんごとなき事情ではあるが、忙しない。

 ――都をば 霞とともに 発ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関 (能因法師)

 古の風流人が心を寄せた情緒をじっくりと愉しむ余裕は、この度も無さそうだ。 
 奥州勢の動きには、常に陰謀の匂いがついて回る。
 神剣争奪に始まって、江戸の大火、平泉への密使。そして、上州征伐への動き‥‥誰が糸を引いているのか。あるいは、何処までが思惑の上なのか。
 彼らと向き合うのは、底なしの沼を覗き込むのにも似た緊張があった。

「‥‥二心あるか、否か‥」

 その目で確かめてみろと言う。
 挑発か開き直りか。あるいは、真実、源徳の威光に与しようというのだろうか。――否、それはない。
 野乃宮の知る漢は、そんな殊勝な人物ではなかったはずだ。
 ただ‥‥
 今回は、信用しても良いのではないかと思う。信用と言ってしまっては、語弊があるような気もするが。
 ここで掌を返しても、旨味はない。と、いうのが、野乃宮の見立てであった。
 源徳公に恩を売り、見返りに何を得ようというのか。

「ご足労、誠に恐れ入りまする。この鑪純直、若輩ではござりまするが。奥州武士の心意気、しかと見極めさせていただきます故――」
「お役目、大義」

 畏まって一礼した鑪に、騎兵を率いる侍大将は重々しく顎を引いた。そして、ほんの少し目を細める。

「其許は‥‥平泉にて、1度、お目にかかったか‥‥」

 再会とも言えぬ再会であったけれども。
 それを素直に嬉しいと感じる鑪は、大人でありたいと背伸びはしても年相応に純粋だった。――騎兵の向かう先には、あの漢がいる。奥州を、江戸をも呑み込む野心を秘めた隻眼の竜が。その駒として渦巻く騒乱の中に身を置く友は、壮健だろうか。再会へと流れる一途な想いも、鑪の背中を押した。
「依頼主の事情を詮索するつもりはございませぬ。道中の確保、承りましてございます」

 仕事だと割り切って任に徹する。
 鑪とは対照的な答えを返した磯城弥魁厳(eb5249)の異形に動じることなく、侍はまた太い笑みを浮かべた。

「それは頼もしい。その言葉、誠となるか否か。お役目、しかと果たされよ。――我等とて、無用の諍いは避けて通りたいもの」

 その言葉は、どこまでが本音だろう。 盟約であるとは聞いていたが、源徳に肩入れする真意は何処にあるのか。帝の外戚、摂政という地位にはあるが、源徳は未だ覇者ではない。――関東は治まらず、京都とて混乱の最中にあった。
 奥州の思惑と政宗の野心。
 それが、同じものであるのかさえも、謎のままなのだから。

●斥侯
 犬を従えて山道を走る。
 木枯らしに葉を落とした山林は、梢をすり抜けて降り注ぐ淡い陽光に照らされて思いがけず明るい。
 柊鴇輪(ea5897)にとっては初めて走る道であったが、獣道に踏み込みさえしなければ迷う心配も無さそうだ。――か弱い娘のフリをして道を乞うた(詳しい手順は企業秘密ということで割愛させていただくが)村人の言葉どおり、踏み均された一本道である。

「‥‥寒‥っ」

 灰色の空を見上げて、身震いをひとつ。
 足元から這い登る冷気は容赦なく体温を奪い、逸る心を鈍らせる。主食は酒だという認識は如何なものだが、一杯ひっかけでもしなければやってられないというのが本音かもしれない。

「この寒さだ。熊はもう冬眠に入っとるだよ。怖ぇのはぁ、山犬だべ」

 山に潜む脅威へと話を向けた鴇輪に、土地の若者は恐ろしそうに身を震わせた。
 1匹、1匹はさほど怖い獣ではないが、山犬は群れて行動するのが常である。――銀狼、フロストウルフあたりが混じっていれば紛れもなく脅威となった。

「山のあちらさ、豚鬼が出たっつぅ話も聞いただな‥」

 山が凍てて餌が減れば、人里まで下りてくるのも自然の摂理。
 ましてこちらから魔物の領域に踏み込むのだから、襲われても文句は言えない。無論、黙って餌になってやるつもりなどなかったけれど。

「豚鬼鍋とか」
 美味しいという話を聞いたことはなかったが。
 空腹は最大の調味料である。――だ、とすれば。慢性的に空きっ腹を抱える鴇輪には何だって美味しいはずだ。
■□

 野乃宮の提案を入れ、出来うる限り街道に近い道を選んで山賊や魔物との遭遇を避けてきたが、どうしても山に分け入らねばならぬ時もある。
 月道を渡って訪れた者たちの目には、ひとつの国であるかのように見えようが、その実は、いくつもの国がひしめき互いに鎬を削っていた。――同じ言葉を話し、似通った暮らしをしているが、紛れもない異国である。
 武装した軍勢が通れば、余計な騒ぎが起きる事は判っていたから。山賊や妖怪はもちろん、人心への手当ても含めて行軍には細心の注意を払う必要があった。

「こちらの藩主殿も上州征伐に大層な兵を裂かれたと聞きました」

 政局に興味はないけれど。
 今以上に上州が荒廃するのは、歓迎できない。少し複雑な想いを抱いて報告した林檎の言葉に、侍は嘲弄にも似た笑みを吐きだした。

「さもありなん。こちらの御仁は血気に逸るお方ゆえ。‥‥しかし、敵だと公言して憚らぬ北に背を向け上州征伐とは、さても気楽な‥」

 互いに疑心と猜疑の視線を向け合う
 優勢に見える源徳とて、決して一枚岩ではないのだ。――政治の話に興味はなくても、安寧と庶民生活に直接跳ね返ってくる為政者たちの動向は無関心では過ごせぬ話題かもしれない。
●秋風ぞ吹く
 術によって強化された磯城弥の知覚が、行軍に添って走る獣の存在を感知したのは黄昏色に染まる夕暮れ間近の山道だった。
 林檎の《ディテクトライトフォース》も、命ある者の存在を報せる。

「大きさから考えて、山犬でしょうか。少し数が多いですね」「数は、およそ30余。――脇を突く所存にござりましょう」

 魔法の効果範囲を考慮に入れると、あるいはもう少し増えるかもしれない。 細い山道でのことだ。隊列は否応なく前後に長く延びる形になる。脇を衝かれて浮き足立ったところを一斉に襲い掛かるのが狩りの算段であるらしい。

「さて。いかようにしたものか」

 問われて、磯城弥と野乃宮は顔を見合わせた。
 完全に暗くなる前に手当てをしたいところだが、脚を止めれば隙が生じる。動揺を見せることなく、進むのが上策だと思われた。無論、彼らを排除しなければ、休まらないのだけれど。
「このまま、お進みくださりませ」
「ほお‥」
「我等がこの場に残って足止めとなりましょう」

 ひとたび流血の沙汰となれば血の匂いに誘われて、獣‥‥魔物の注目はそちらに集まる。残る者には危険であったが、力の差を見せ付ければ最小限の戦闘ですむはずだ。
柚衛、鑪より異論が出されることもなく、自体は速やかに動き出す。

■□

急速に深さを増す黄昏に淡い光が揺れる。
魔法の光に鎧われた鑪の袖を掠めた山犬の腹に狙い済ました一撃を叩き込み、柚衛は軽い脚捌きで背後から飛び込んできた影を躱した。
勢い余って地面に転がった獣が反転するよりも早く、白刃が煌く。

――ギャン‥ッ!!

身を竦ませる悲鳴に奥歯を噛み締め、山道を駈ける。
息遣いと足音で距離を測り、振り向きざまに刀を一線させた。肉を切り裂き、骨を砕く鈍い衝撃が腕に伝わる。生暖かい命の雫が頬に飛沫いた。どこか金臭いそれを拭う糸間もなく、次の気配へと向き直る。
林檎の詠唱より紡ぎ出された仏の奇跡は、広がる夕闇に尚、黒い光となって大気を疾り、山犬を横殴りに弾き飛ばした。ほの白い無形の縛めに絡め取られた一匹も、声さえ上げることなく急な斜面を転がり落ちていく。
神聖魔法を操る野乃宮と林檎。愛犬ヤツハシとの呼吸のあった連携を身上とした磯城弥と死角よりの支援もあってか、数の劣勢は大きな負担とはならなかった。
敵わぬ相手だと悟れば攻撃の手も鈍る。――背走よりも名誉ある死をと望むのは、ヒトだけなのかもしれない。
ふ、と。上州の情勢を想う。
新田勢の劣勢にあって尚、相容れようとせぬ強硬はどこに根ざしているのだろうか。

本当の戦場は、この山を越えた先に広がっていた。