【上州征伐】−初霜−
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月04日〜12月09日
リプレイ公開日:2006年12月13日
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●オープニング
このままでは、年も越せない。
誰もがそれに気付いていた。
ひたひたと日を追って満ちていく冬の気配に、音もなく不安が降り積もる。
ただ、口にしないだけだ。
昨年の暮頃から吹きはじめた戦さの風は、田植えの季節になっても吹き止まなかった。
国境にほど近い平太の村に侍がやってくるようになったのは、二国の雲行きが怪しくなって程なくのことである。
新田の兵であったり、源徳の侍であったりと。背負う旗印は時によって違ったが、いずれに与する者たちも、その行いに大差はない。砦を築くと人足を徴用し、或いは、兵糧だと嘯いて禾倉を押し開いて蓄えを持っていく。
尤もらしい大義名分を振りかざして村人たちの抗議を抑え込むあたりは、夜盗よりも質が悪い。
誰かがそうボヤいていた。
人手を取られ、そうでなくても少ない実りを掠め取られては、村の生活が成り立たない。――平太が暮らすこの村だけでなく、この辺り一帯の村々は皆、じりじりと追い詰められている。
■□
「あまり大きな声では言えないのですけどねぇ‥‥」
大福帳を開いた《ぎるど》の手代は、周囲を憚るように声を潜めた。高い天井の下には、冒険者と手代の他に人影はなかったのだけれども。
「少しばかりワケありの荷なのでございますよ」
日本橋は通町に店を構える上州屋は、その名の通り、上州から江戸へと登った主人の喜輔が一代で材をなした店である。
二十年近くも前に離れたきりの故郷ではあるが縁を切ったワケでもなく、季節の便りなどを交わす相手がいないでもない。その細い縁を頼りにもたらされた便りには、世間で大々的に報じられている戦さの裏側‥‥荒廃に苦しむ土地の者たちの声が記されていた。
「備えると言っても、兵士の食い扶持は現地調達が基本です。――大軍の通った街道筋の百姓の中には、冬を越せずに飢え死にする者もおりましょう」
華々しい戦勝ばかりに目を奪われるが、それが戦さの現実である。
とはいえ、聞いてしまった以上、素知らぬ顔もできぬのが人情というもので。
「‥‥いくら上州屋さんでも、あちらの窮状を一手に救えるほどの身代はございません」
頼る側も、そのくらいの分別つくというものだ。
ならば、と。思いついた代案の出処が、人情なのか親心なのか。
「せめて、子供だけでも。‥と、いうコトなのでございましょうかね」
上州屋の呼びかけに賛同したのか、使い勝手の良い丁稚を探していたのかはともかくとして。江戸に店を構える商家が数件、奉公先として子供たちの身柄を引き受けることを承諾したのだという。――無論、遊んで暮らせるワケではないが、少なくとも身の安全と寝食の心配はしなくていい。しっかり学べば読み・書き・そろばんだけでなく、手に職をつけることも出来るはずだ。
受け皿は、万全。
あとは‥‥
「皆様には、上州まで子供たちを迎えに行って頂きたいのです」
折りしも、上州征伐の最中である。
頼れる人手は戦さに駆り出され、かといって、子供たちだけで江戸へ出てくるのはまず不可能だ。――敗残兵や落ち武者狩りだけでなく、死者の遺品を漁る盗賊、死肉に惹かれて現われる妖怪の類も跋扈して、街道筋は危険極まりない無法地帯と化している。
「皆様だけが便りです」
何卒、よろしく。
深々と頭を下げられては、中々、イヤとは言えないものだ。
●リプレイ本文
胸が痞える。
白く優しい心に落ちた染みにも似た密やかな疼きは、宿場をひとつ越える毎に重く深く胸を抉り、件の村に到着する頃には赤い血を滲ませていた。
戦禍に晒された街道筋は荒廃が進み、宿場町はどこも以前のような活気がない。皆、固く引き戸を閉ざし、低く身を縮めるようにして見えざる暗雲が晴れるのを待っている。
街道に出ると事態は更に深刻で。土地を追われ、家を取り上げられて路頭に迷った百姓たちが行く場所もなく座り込んでいるのを何度も見かけた。
「現地調達ですか‥‥都合のいい‥‥」
なんて身勝手で、利己的な解決策なのだろう。
土地を耕して得られる物には、限りがあるのだ。どれだけ金を積もうと(実際は代価など支払われていないのだけれども)、その許容を超えるものは得られない。
そんなことにも気づかないのだろうか。
忸怩たる鬱積を吐き出した城山瑚月(eb3736)の呟きに、牧杜理緒(eb5532)もただジリジリと鳩尾を灼く行き場のない怒りに拳を握り締めた。
「犠牲はいつも普通の人。戦争に正義がない証拠よね」
皆が正義を口にするけど。
そう。いったい何が正しくて、どこが間違っているのか。ただ漠然と、この状況は間違っていると思うだけだ。
刈萱菫(eb5761)をはじめ、クリス・タリカーナ(eb5699)や御子神亨(eb9420)も。皆、小さな村の困窮を聞き、助けになればと何がしかの糧を持ち寄っていた。――だが、救われぬ手が多すぎて‥。
彼らには《ぎるど》を介して請け負った仕事があり、引き受けた以上、それを最優先に考えなければいけない義務がある。 先を思えば、今、此処で足を止めることはできない。頭ではそれを理解していても、心情はまた別物だ。成せることを遥かに凌駕する成せぬことへの無力感が、心優しき者たちの善意を傷つける。 上州の子供たちと関わりになれる依頼だ、と。
出掛けには機嫌よく、調子っ外れの節回しで自作の旋律を口ずさんでいた朝日奈龍姫(eb8832)の鼻歌も、何時頃からか止んでいた。
●
野獣や魔物は火を恐れるが、人は火を恐れない。
野宿の暖に焚き火が不可欠な季節柄。煌々と夜陰を照らす暖かな光は、賊に旅人の位置を報せる仇花となることを、城山は改めて思い知る。
往路はともかく、復路は子供を連れての道中となるからムリはできない。不寝番の菫共々、不穏を察して耳を立てた愛犬の姿に、城山は苦い笑みを零した。
これは、幸いと言うべきだろうか。
「‥‥まあ、避けて通れないだろうと思っていましたから‥」
気遣うような城山の視線に、菫は口許に幽かな笑みを浮かべる。
往路にて情勢を確認し、想定される危険は可能な限り排しておこうというのが彼らの一致した見解であった。
こちらでは、戦争をしているのだけれども。
それでも子供たちの目から戦いを遠ざけたいと願うのは、子供を手放す親‥‥そして、今度の依頼を持ち込んだ上州屋と同じ。
●
―――ヒュュ‥ゥ‥ッ!
詠唱と共に突き出された掌に宿った風精の力は、淡く輝く緑の軌跡を描いて戦場を駆け抜ける。刹那、
白味を帯びた晩秋の野に、鮮やかな朱が散った。
クリスの放った形無き真空の刃に切り裂かれる仲間の姿に怯んだ漢に生じた一瞬の隙を見逃さず、地を蹴ってその懐に飛び込んだ理緒は賊の喉元に龍叱爪の一撃を叩き込む。軟らかい骨の砕ける鈍い衝撃が、腕を伝って背筋に痺れにも似た震えを走らせた。
「あんたらみたいなのがいるからっ!」
不快感を振り払うように、吼える。
これまでずっと堪えていた激昂がようやく見つけた出口へと向かって一気に迸り、次々と怒りを誘発させた。
「殺し合いは、あんたらだけでやってなさいっ!!」
龍の飛翔する姿を顕しているという理緒の軽やかな身のこなしを視界の端に、御子神はくるりと手の中で太刀を回して己に向かって踏み出された軸足の脛を打つ。掬い上げるような軌道を描いて翻った切っ先が、冬陽に淡い光を映した。
「‥‥轡をしっかり抑えていてね」
平穏ならざる事態に身を固くする草食の生き物を安心させようと身体を寄せる龍姫に、槍を構えた菫が言葉を掛ける。
夜盗の目当ては、馬の積荷だ。混乱に浮き足立ってこの場から逸れれば、別の賊や獣、魔物に襲われぬとも限らない。――守るべき対象からなるべく離れず、他の者の守りを抜けてきた者にだけ集中する。実際に子供を側に置いたときのおさらいをしているのだと思えば、この経験も次への糧になるだろうか。
どこからか吹きこむ夜風の冷たさに負けるまいと毅然と顎を上げ、菫は焚き火の炎に照らされて、どこか幻想的な影を躍らせる闇を見つめた。
妖怪も、死者も、人の道を外れた者も。皆、地獄の業火の如く、焼き尽くしてくれよう。心安んじられる平穏だけが、この地に残るように。
修羅と名づけられた得物の冷ややかな重みを掌に感じながら、それだけを強く胸に刻みつける。
「頼みましたよ、修羅の槍」
クリスの詠唱に応えた風精の淡い光が、季節外れの蛍火となって重い暗闇にふうわりとほのかに揺れた。
●
切ない笑顔もあるのだと思う。
冒険者たちの到着を、村人たちは心から歓迎し安堵を浮かべていたけれども。――それでも、彼らの到着は家族の別離と同義であったから。
「誰一人怪我もすることなく江戸まで送って差し上げます。心配しないでください」
まっすぐに視線を合わせてそう言ったクリスの真摯な姿勢に、村の長老はよろしくお願いしますと深く頭をさげた。
用意してきた綿入れや防寒具、道中で少し目減りした保存食も馬から下ろされ、その荷解きに村は束の間、明るさを取り戻す。
「‥‥辛いな‥」
ぼそり、と。小さく落とされた御子神の呟きに、城山はほんの僅か顎を引く。
いつの間にか、村の様子を見回ってきたらしい。印象的な表情を浮かべる目には、どこか憂鬱そうな色が宿っていた。
「子供たちはこれで救われるが、大人は不憫だ」
農民は土地に縛られる。
領主にとって、民は財産でもあった。――都合によって如何様にも軽んじられている存在だが、領民が土地を捨てて逃げ出すのを歓迎する領主はいない。
「温泉や鉱山などがあれば、他に糧を得る道も開けるだろうが‥‥」
生憎と土地を耕すことでしか得るモノのない村だ。
そして、そういう特筆するべきものの何もない。地図にも載らないような小さな村が、ほとんどなのである。悄然と肩を落とした御子神の背を軽く叩いて、城山は努めて軽い口調で言葉を紡いだ。
「‥‥何をするにせよ、この戦さが終わらなければ何もできませんよ‥」
戦さがなければ、そもそもこのようなコトにはならなかっただろう。
離す必要のない手を離さなければいけない者たちの存在にも気づかずに。‥‥或いは、気付いていて尚、大義を語って押し通す。
この矛盾に、早く気がつけばいいのに。
「でも。ホントに他人事ではありませんわ‥」
できることなら、子供は10人。そんな大家族への憧れが人一倍強いクリスにとって、一家離散は大問題だ。
「早く戦争のない‥‥すくなくとも、子供たちが危険に晒されることのない世の中になってほしいものです」
「平和の為に‥て。言いながら、争うんだから」
始末に終えない。
頬を膨らませた理緒の視線の先では、龍姫が子供たちを集めて得意の手品を披露している。ふたつに切断したはずの綱がいつの間にかひとつになったり、隠したはずのカードが他の子の袖の中に入っていたり‥‥
龍姫が手品をひとつ成功させる度に、子供たちの間から歓声がわいた。
その屈託ない声に、また、ちくりと心が痛む。
●
「旦那様の言いつけを良く聞いてしっかり働けば、可愛がってもらえるからねぇ」
「達者でなぁ」
いつまでも追いかけてくる声と、泣きながら何度も振り返る子供の手を引いて。
くれぐれもよろしくと方々で頭を下げられ。次善の策だと理解していても、己が悪人になった気がするのは何故だろう。
子供たちを隊列の中心に据えてしっかりと守りを固め、往路よりも注意深く‥‥襲撃に備えるのは勿論、子供の体調や機嫌にも気を配らなければいけない。
クリスと菫は何かにつけて優しい言葉を掛けて沈みがちになる気持ちをほぐし、龍姫も思いついた唄や手品を披露した。――夜には同じ帳で寄り添って眠るという、一見、クールな外見からは想像できないほど細やかな気遣いを示した御子神の意外な一面も好印象で。
「‥‥帰りもこうしてご一緒できれば良いですわね‥」
道の果てにうっすらと影を浮かべた江戸の喧騒を遠くに眺めて呟いた菫の言葉に、皆が其々の胸中に、その日を思い描いて微笑んだ。