【華の乱】 忘れ物
|
■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:5人
冒険期間:05月06日〜05月11日
リプレイ公開日:2007年05月15日
|
●オープニング
泣き声が聞こえる。
最初は耳について仕方なかったその声も、いつの間にかさほど気にならなくなった。――この戦さが始まってからは、どこかで誰かが泣いている。
戦火に追われ着の身着のまま逃げてきた者たちは皆半ば放心状態で、神経を逆なでするような子供の泣き声にもただぼんやりと疲れた視線を向けるだけだ。
悲しく泣き叫ぶその訴えに足を止めたのは、母親でも縁者でもなく‥‥避難者の受け入れを余儀なくされて奔走する町方の顔役たちを慰問に訪れた長身の武将であった。
「――何事か‥?」
細く形の良い眉を僅かにしかめた青年の若者らしい清廉な覇気に、応対する顔役は困り顔で額の汗を拭く。それは無論、彼の落ち度ではなかったが。目の前の青年には、どこか他人の背筋を伸ばさせる‥‥狎れあいを許さない潔癖さがあった。
「それが、その‥‥河の向こうから逃げてきた百姓の子供なのですが‥‥」
唐突に始まった戦火を避ける親に手を引かれ、江戸まで逃げてきたのだけれど。――急ぐあまり、大切なものを家に忘れてきたのだという。
「大切なモノ、とは?」
「‥‥‥それが‥木彫りのネコであるとか‥」
そう説明しながら、顔役は頼りなげに語尾を濁らせた。
当の子供には大切な宝物であったのかもしれないが、今は玩具にかまけていられる余裕はない。――新田討伐への援軍を口実に江戸入りした奥州勢の突然の造反に加え、武田家、上杉勢までが源徳家に離反したのだ。
「その上、どこから湧いたものやら小鬼、犬鬼の群が徘徊しておりますそうな。――今はまだ小物ばかりでございますが、小物の後には決まって大物が出てくるものにございます」
そうでなくとも戦場となった場所へ。少なくとも、わざわざ危険を冒して戻らねばならぬほどの大事ではない。
そう口説いた顔役の弱り目に、男はなるほどと首肯する。その様子に安堵の息を吐いた顔役だったが、続く言葉にまた目を剥いた。
「――では、《ぎるど》とやらに依頼を出してはどうか。彼の者たちならば、そのような危険を冒すことを厭わぬと聞き及ぶ」
「それは、まぁ‥」
確かに、報酬次第では話を聞いてくれる者もいるにはいるが‥‥。
若い武将のいかにも育ちの良さげな優麗な容貌を恨めしげに横目で眺め、顔役は内心で深く吐息を落とす。彼の苦悩にはまったく頓着しない様子で、青年は傍らに控えていた供を軽く促した。
「《ぎるど》への支払いは、我らが請け負う。――あちらの様子も気になるところだ。殊に鬼への手当ては早いに越したことはない。目となり働いてくれる者への報酬は惜しまぬ」
毅然と言い切り、青年はちらりと幾筋もの黒煙を纏う江戸城へと目を向ける。江戸を揺るがす不穏の因はそこにあった。
「‥‥江戸の民とて心穏やかに暮らすのがよろしかろう‥」
●リプレイ本文
青空を流れる風に、凧が舞う。
少しばかり季節を外した乗り物(?)から地上を俯瞰し、剣真は気難しく吐息を落とした。
開戦より、数日。
江戸城の主が替わり、戦火は既に収束へと向かっていたが、こうして空から眺めればその傷跡は一目瞭然。――眼下に広がる剥き出しの大地は、本来なら美しい水田へと姿を変えている頃なのに。
同じく、陰守辰太郎(ec2025)の意を受けてFブルームネクストで先行した息子の陰守森写歩朗も、同じ溜息をついているのかもしれない。
焼け焦げた大地や住民が逃げ出し遺棄された村の寂れた様は、何度見ても胸が痛む。
根無し草に喩えられる冒険者の自分でさえそうなのだから、実際にそこに住んでいた者たちの心中はいかばかりか。
「‥‥奥州の者よりの依頼である事は気に入りませぬが。ともすれば掻き消される声を届けてくれた事には礼を云わねばなりますまい」
江戸に混乱を張本人が、焼け出された者たちに憐れみを施す。勝者の驕りとでも言うべき類のものだ。持って行き場のない思いを皮肉として口端に登らせた常盤水瑚(eb5852)に、陰守は低く笑う。
「今は奴らが江戸の衆を積極的に虐げる意志はないと判っただけでもありがたいと思うべきなのだろうが‥」
例え、為政者たちの思惑から出たモノであったとしても。
それで戦さに巻き込まれてしまった無辜の者たちの傷が少しでも癒されるのであれば、今は乗ったフリをするのも悪くない。――ジュリオ・エウゼン(ec2305)もまた、そんな想いを抱いて、この依頼を受けたひとりであった。
無論、目を細めて眺めれば、単なる憐れみや同情ばかりとは言い切れない要素もいくつか見え隠れする。
「まあ。ついでと言っては、子供に申し訳ないですがね」
江戸の今後の為とでも言うべきか。
神島屋七之助(eb7816)の関心は、むしろそちらに向けられていた。
あるいは、もっと単純に。――《ぎるど》より引き受けた《依頼》である、と――ジェイス・レイクフィールド(ea3783)や雲隠れ蛍(ec0972)のように、割り切って考える者たちもいる。
意識を統一する必要はなく、また、縛られることを善しとしない。
主家への忠誠をはじめ滅私奉公的な思想の枠に自らを律することを美徳とする武士や志士とは明らかに一線を引くその言動こそが、冒険者の冒険者たる由縁。御しがたしと敬遠するか、積極的に取り込むかのふたつにひとつ。――その鼎の軽重が問われるのは、いずれにせよもう少し先の話だ。
●忘れ物
忙しく采配を振るっていた世話役は、尋ねてきた冒険者たちに驚いた顔をした。
促されて依頼を出しはしたものの、本当に引き受けてもらえるとは思っていなかったのだろう。
世の中には物好きな者もいるものだ。と、奇矯に思われたかどうかはともかく。冒険者たちは事情を知る者から話を聞くことができたのだった。
「その様に泣いておっては大切な友達が戻ってきて驚きますよ?」
そう穏やかに話し掛けた常盤の隣で、神島屋も笑顔を作って持参した吉備団子の包みを差し出した。
ようやく構ってもらえたことで、子供はひとまず泣くのを止める。――ぴりぴりとささくれて張り詰めた空気に、どこかほっとした気運が避難所に広がった。
この気配にこそ、あるいは、子供を怯えさせるなにかがあったのかもしれない。
いくらか緩んだ緊張に、自らも知らず知らず肩に力を入れていたことに気づいて、常盤は小さな吐息を落とした。
「できるだけ、詳しく教えて下さいね」
依頼人には住み慣れた我が家でも、蛍にはなにしろ初めての場所だ。うっかり聞き流せば、どこで立ち往生するか判らない。
村の場所、
家屋の数に形、配置。
家具の位置。普段、玩具をしまう場所。
ひとつひとつ丁寧に聞きながら、掘り下げていく。――生憎、さして重要な拠点というワケでもないので正確な地図はなかったが、その分、時間を掛けて留意点を書きとめた。
「‥‥何しろ急な事で。着の身着のまま、慌てて飛び出してきたからねぇ。あの子の玩具までは気が回らず。――いえ、家に置いてきたこともここに来て気づいたんですよ」
言い訳するように言葉を濁した母親に、ジョイスは小さく肩をすくめる。語彙が少なく口の悪い自分では、却って怖がらせてしまうだろうと賢明に黙している彼だった。
「大丈夫。できるだけのコトはやってみますから」
略奪者の気に入るようなモノだとは思えない。
燃やされたりしていない限りは、きっと探し出せるだろう。――そう、1番恐ろしいのは火をかけられていることだ。
●戦下の村
ゆるやかな起伏の続く丘陵地帯は、古来より多くの人が集まり開墾の進んだ場所だ。
少しばかり高くなった場所から周囲を見回し、蛍は落胆の吐息を落とす。――新緑に包まれたのどかな田園風景が広がっているはずの小さな村は、呆れるほど寂れて見えた。
戦火が開かれたのは、つい先日の4月のことで。
まだひと月も経っていないはずなのに、まるで何年も訪れる人もないまま放置されているかに見える。
「‥‥ここで間違いない、の‥ですよね‥?」
「――の、はずだが‥」
少し低い位置から視線を向けられたジュリオもまた、頼りなく視線を揺らした。
村の造りや特徴は、書き留めたメモと仔細変わらぬのだけれど。イメージが想像していたものとまるで違う。
村が無事であることは先行した息子たちの言葉からもうかがい知れたが、この荒廃まではさすがに陰森も想像していなかった。
「出ましたかね?」
「さて――」
言外に鬼の存在を匂わせた神島屋の問いに、陰森は曖昧な笑みを返して断定を避ける。
何しろ近くで大きな合戦があったばかりだ。――小鬼よりも、落ち武者や盗賊の類が入り込んだ可能性も捨てられない。むしろ、人目を避けて活動する小鬼より、そちらの方が当たりであるような気さえする。
「何があったかはともかく、今のところ何かが村に留まっている気配はないようだ。首尾よく見つけられれば、もう少し周辺を当たってみよう」
神島屋の提案に、意を唱える者はいなかった。
子供の許へ宝物を持ち帰るのも目的のひとつだったが、彼らにはもうひとつ重要な任務が課せられている。
●鬼の影
住み慣れた家を離れられずに残った者を探し出すのは、ある意味、依頼人の木彫りの猫を探し出すよりも大変だった。
皆、戦火に怯え、徘徊する鬼に怯えて小さく息を潜めて暮らしている。
「――小鬼ってのは、山から来るもんだぁね」
そう言って、男はやわらかな緑を茂らせる里山を指した。
常盤の言葉を借りれば多分な狂気、災いの種であるところの小鬼・犬鬼と呼ばれる鬼は、常日頃は山に住み、小さな獣を狩って暮らしている。――人食い鬼の類を除けば、何も全ての鬼が好んで人を狩るワケではない。
それでも《災い》だとされるのは、何かの折に山から下りて、人に害を成すモノだとされているからだ。
ジョイスが見つけた小鬼らしき痕跡も、ほとんどが山へと戻っている。漠然と縄張りのようなものがあるのだと感じていたが、どうやら間違ってはいないようだ。
「この1〜2年は、源徳さまと新田さまの折り合いが悪ぅなったせいで、皆、落ち着いて田畑を耕せん」
田畑で取れぬ糧を人は山に求め、その結果、鬼との遭遇が増える。
又、山の幸で人を養えば、鬼たちの取り分が目減りするから畢竟、彼らが里に下りてくる機会も多くなったのだ。――結局、ここでも戦さの煽りで苦労を強いられるのは非戦闘民なのだとジュリオは、やるせない気分で息を吐く。
「稀にどこで盗ってきたものか、着物を着たり鍋を被ったりしているモンがいることはいるが‥‥揃いの具足をつけた小鬼の群など聞いたことがない」
男は気遣わしげにちらりと、神島屋に視線を走らせた。――大蔵南洋が彼の耳に入れた話は、確かに不穏を掻き立てる話であった。
戦さの後ならば、まだ、戦場で拾ったのだと合点も行くが。
「為にする噂ではないのか?」
「なら良いのだが」
ジョイスの言葉に、神島屋は難しい顔で否定の形に首を振る。大蔵は確かに、その眼で見たと言ったのだ。
「万を越える鬼の軍が攻めてくると江戸から逃げてきた者がいると聞いたが――」
不安げに顔をしかめた農夫に、蛍は小さく微笑んでそれを否定する。そういう噂があるのは事実だが、悪戯に悪い流布させるのもいかがなものか。――少なくとも、その噂の出所はここではない。
「音に聞こえるも姿は見えず、か。‥‥何やら雲行きが怪しくになってきたな」
「ええ」
陰守の呟きに、常盤も小さく首肯してジョイスの鞍に括りつけられた新しい荷に視線を向けた。
この地に平穏が訪れるのは、果たして何時になることか。
「あの子の許に大切な友達を届けてやれるのが、せめてもの朗報かと‥‥此程までに大事にされておるのだと知れば、其の猫も‥‥」
本当にささやかではあるが。
子供に笑顔を取り戻してやれたコトを、まず誇ろうと思う。――それが奥州の者より出た依頼であっても、子供の笑顔は本物なのだから。