【華の乱】 解語の花
|
■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月11日〜05月16日
リプレイ公開日:2007年05月20日
|
●オープニング
黄昏色に染まった城下に、薄く白煙が立ち昇る。
ゆらゆらと天を目指すも上空を流れるやわらかな風に吹き散らされる幾筋もの炊煙の下に、人々の営みがあることを知ったのはさほど遠い昔のことではない。――立ち昇る炊事の煙に国の困窮を量ったという古の故事だけならば、既に知識の裡にあったけれども。
それが単なる知識ではなく、真実、己のモノとして認識したのは、ずっと後になってからのことだ。
気づかなければ、もっと気楽であっただろうと思う。ただ、知らねば良かったと後悔したこともない。
「――民草とは存外逞しいものだな」
呆れとも賞賛ともつかぬ響きを帯びた太い声に視線を向けると、いつの間に登ってきたのか異形の竜が立っていた。振り返った彼の肩越しに炊煙のたなびく城下を眺め、漢はふてぶてしく愉快げにその端正な唇の端を歪める。
江戸に混乱をもたらした張本人の、まったく悪びれぬ威風堂々たる様相に半ば呆れを込めて、彼は眼前の漢を眺めやった。
援軍と見せかけた兵を翻して江戸を攻め、その寡兵にて城を落とした上に混乱を極める情勢を鮮やかに切りまわしてみせる。疲れていないはずはないのに、例によって飄々と人を喰った笑みを湛える面には、ひとかけらの疲れも映さない。
「江戸城主の座はよほど居心地が良いと見える」
「悪くは無い」
さらりと肯き、漢は太い笑みを閃かせて肩をすくめた。挑むような、そして、それを相手に知らせるような強い光が、その隻眼に凄みを与える。
「だが、俺は欲が深くてな。この城ひとつでは、とてもとても――」
不穏な話題がいとも軽やかなものに聞こえるのは、この漢の特質だろうか。こうもあっけらかんと言い放たれては、陰に篭りようがない。平然と野心を口にする漢に苦笑を零し、彼はゆっくりと夕闇に沈もうとする江戸城下へと視線を戻した。
「大言は見事この町を御してから吐くがよろしかろう。――ひとまず掌中には収めはしたが、ここはまだ我らには敵地も同然」
何しろ源徳家の膝元であった町だ。
奉行所をはじめ、旗本、町方、源徳氏の息の掛かった者はいくらでもいる。縁はなくとも、混乱に乗じて無法を通そうとする火事場泥棒は多いのだ。
「市井に害なす者は厳罰に処すと兵等にはきつく申し渡したが。――何しろ鬼を引き連れた軍勢だとの流布もある」
例え、真相がどうであっても江戸市中の疑心暗鬼は拭えない。あるいは、それを利用して離間を図る者が表れるやもしれぬ。
全てを収めて睨みを効かせるには彼らが率いる手勢は少なく、また、疲弊していた。
「なぁに、我らがわざわざ出張るほどのことはあるまい。割り裂く余裕があるわけでなし」
すました顔で言ってのけた漢に、彼は反射的に眦をきつくする。無論、気づいてはいるのだろうが、漢は相変わらず泰然と眼下に広がる町に視線を泳がせていた。
「聞くところによると江戸の小役人共は、世間では名奉行、智恵者と讃えられる者ばかりであるとか。――にもかかわらず、江戸が治まっておらぬというのもなかなか不思議な話だが――上が変わったからといって今更、支持者を見捨てて尻を捲くるワケにもいかぬだろう」
義侠心の厚い者ほど、却って身動きが取れなくなるものであるのかもしれない。
そして、肝心の戦さの最中、江戸に舞い戻った冒険者たちの大儀もまた町への愛着だったのだから。――源徳家譜代の旗本たちの中には、利に敏い雇われ者ならでは掌返しと怨嗟を向ける者も居たが、家臣でも無い冒険者の行動を恨むは筋違いであろう。
「我こそはと江戸を想う者たちに、此度は花を持たせてやろうではないか」
まるで他人事のように言う。
ただ、それは理に叶っているようにも思われたので、彼は漢を睨む眼光をほんの少し和らげた。
「具体的には?」
「《ぎるど》を通して治安への目配りを依頼しよう。――別に、我らに協力せよとは言わぬ。江戸の町衆に安息を与えてやってほしい、と」
無論、《ぎるど》を介して相応の援助と働きかけを惜しまなければ、町は自らの力で難局を乗り切ったと誇れよう。――要は、今より悪くなりさえしなければいいのだ。
●リプレイ本文
江戸城の主が替わった。
源徳氏の禄を噛む者たちには天地鳴動に匹敵する大災であったが、その他大勢――と、書けば語弊があるような気もするけれど――直接的な関わりを持たぬ者たちにとって、それは季節の変わり目、吹く風の向きが変わった程度の小さな変化だったかもしれない。
雨露を凌げる場所と、その日の糧。そして、明日の生計を得る道が途絶えていなければ、とりあえず留まって成り行きを見守る余裕も生まれるのだろう。
万を越える鬼の軍勢が押し寄せる。
どこから発したのか流行り病のように蔓延した凶報に、始めのうちこそ戦々恐々。慄いていたものの、いっこうにその兆しは訪れず‥‥気がつけば、先日と特に代わり映えのない日常が戻っていた。――日頃、威張り散らしていた小役人たちが新しい城主の顔色をうかがって静かになった分、なにやら風通しがよくなった気さえする。
源徳公の治世でさえ、世間を騒がせる災いのタネは絶えなかったのだ。
合戦後の混乱が一段落し、開かれた国境から事物の往来が始まると、これまで風聞や江戸の守りを讃える英雄譚でしか知らされなかった北の様子が詳らかになる。
曰く、
奥州藤原氏、100年の安寧に築かれた仏国土だとか。
柱や壁、瓦の一枚に至るまでの全てが黄金で作られた寺があるとか。――あるいは、途絶えたとされていた源氏の正流が、その庇護の許に匿われていた等々。
悪しき噂が先行していた分、なにやらお伽噺のような国の有様に、人々はその関心を傾ける。とかく噂は侭ならぬものだと、賑わいを取り戻したかに見える雑踏を、聞き耳立てつつ歩くゴールド・ストームは吐息を落とした。
囁かれる噂の中に故郷を探し、田之上志乃(ea3044)もまた、複雑な思いでいつもより少しばかり浮ついた町を眺める。
「1年半前ぇにゃ一緒に褒美さくれたっつぅに‥‥何でこっただ事ンなったやら、オラにゃさっぱり分からねェ」
きっと、正確に理解している者の方が少ないに違いない。
こうも鮮やかに己の野望をひけらかされると却って何かあるのでは‥と、疑いたくなるのが人情というものだ。
江戸の主が源徳氏から伊達氏に入れ替わったところで、志乃的にはどうということはないのだけれど――むしろ、懐かしい郷の馴染みにばったり出会うコトがあるかもしれないと、密かに通すがる顔を検分しているくらいだ――やはり、江戸で出会った者たちの動向は気にかかる。
彼らも、江戸の住人なのだから。
そんな理由を呟きながら、志乃は与えられた時間のいくらかを知己の安否確認に費やしたのだった。
●江戸の風
混乱に付け込んで大事を成す者はどこにでもいる。
その最たるものが源徳氏の上杉討伐に乗じて江戸城を陥した伊達政宗であったりするのだが、そこまで行き着くと話の次元が変わるのだろうか。――城主が変わったことへの市井への直接的な影響は、意外に少ないようだった。
狼藉を働く伊達の兵を容赦なく取り押さえようと意気込んで江戸に乗り込んできた神楽聖歌(ea5062)だったが、既に奥州麾下の諸兵には江戸城下への手出し無用の厳命が下されている。
羽目を外す者は皆無でこそなかったが、聖歌が含むところへの溜飲を下げられるほど多くもなかった。――命を下した者の力を誰よりも知っているのは、従軍した彼ら自身なのだから。
この情況下で利を掠め取ろうと狙うのは、むしろ源徳氏に頭を抑えられていた江戸在来の小悪党が多い。源徳氏に反感を持っていたからと言って、伊達氏‥‥奥州勢に組み込まれるはずもなく、箍の緩んだ隙を付いて俄かに活気付いたといったところか。騒ぎに巻き込まれる町衆には、多分に迷惑な話だ。
掏りや引ったくり、強盗まがいのカツアゲなど。
数え挙げれば、キリがない。
師匠より掏りの心得を伝授された志乃の他、鷹城空魔(ea0276)も培った忍びの術を駆使して夜陰に紛れ、押し込みや辻斬りに目を光らせる。――それで未然に防ぐ事例が増えると、処罰を恐れ手控える者たちもいよう。
1人ではできることに限りもあるが、やらないよりはずっとましだ。
戦さの前後特有の、どこか張り詰めた危うさを湛える雑踏の中で瀬戸喪(ea0443)は注意深く周囲に気をめぐらせる。
そうでなくとも、生来、喧嘩っぱやいと囃させる江戸っ子のこと。ぴりぴりとささくれ立った緊張の中では、何が火種になるか判らない。
やれ、肩がぶつかった。眼が合った。と、喧嘩沙汰には鷹揚な虎魔慶牙(ea7767)も呆れるような理由で諍いが始まる。
最初のうちこそいちいち仲裁に入っていた虎魔だったが、あまりに立て続くと仕舞には理由を尋ねる気も起こらず、いきなりポカリとぞんざいに殴って黙らせるという荒業を身に付けた。――弱いもの苛めは趣味ではないが、正直、バカバカしくて付き合っていられない。
「奥州の独眼竜、今のこの地を収めるには些か器量が足りんかねぇ?」
少なくとも、源徳公の治世にはこんな低次元のイザコザはなかった。悪態をついた虎魔に、鷹城も苦笑を落とす。
「よう親仁、繁盛してるかい?」
開いている店を見つけては顔を覗かせる虎魔に、店主たちはそれぞれの表情で現状を訴えた。日が落ち、酒の入る頃合になると、ちらりちらりと本音も見えて‥‥鷹城の向けた呼び水に、男は大仰に顔をしかめて吐息を落とす。
「面白くないてのぁ、確かだぁねぇ」
誰にでも、生まれ育った土地への愛着はある。
よそ者に蹂躙されて面白いはずはない。――源徳氏の上州派兵を歓迎している間は、思いもつかないことなのだけれども。
裏切った奥州勢への恨み事もさることながら、敗走した源徳氏の不甲斐なさを憤る声も多かった。
●怨嗟の行き先
揺らがぬと信じていた巨木であったからこそ、その鼎が傾いだ衝撃は絶大で。
小さな稲荷の境内で、御陰桜(eb4757)から炊き出しの器を受け取った初老の男は大きな吐息を吐き出した。
「‥‥聞くところによれば、伊達様だけでなく武田様や上杉様まで、源徳様を見限ったと言うじゃないか」
「そうらしいわね」
人遁の術で普段よりいくらか地味に外見を装った桜は、なるべく相手を刺激せぬよう言葉づかいにも心を砕く。
治安の維持もさることながら、空腹も堪えるだろうと一連の騒ぎで手の空いた人を頼って開いた保安所は盛況だった。――こういう場所が流行るのは、本当は憂うべきなのだろうけれども。
100食分用意した保存食では足りず、今は人々がそれぞれ持ち寄った材料で切り盛りするのに任せている。
活気が出るのは良いコトだ。
自ら動く気が起きれば、立ち直るのも早いだろう。――料理の腕に自身もないので、切り盛りは彼らに任せ、神楽聖歌ともども集まった人々の相手をしつつ、情況を見守っている桜だった。
「あの上杉謙信様までが約束を違えるというのが解せませんわね」
聖歌の思案に、桜は肩をすくめる。
桜もまた、為政者の動向にそれほど興味があるわけではない。――江戸が騒がしく治安が乱れると過ごし辛い。
この分だと落ち着くのは、もう少し先のことになりそうだ。
やれやれと吐息を落とした桜の視界の片隅で、ざわりと人垣が不穏に割れる。
「家康さまが敗れた最大の要因は、身中に蟲を飼っていたからだ!」
「合戦の最中に、号令を無視して逃げ出す身勝手な者共を無闇に重用するからこのようなことになったのだ!!」
反射的に細めた視線の先に、複数の男達が立っていた。帯刀しているところを見ると武士であるらしい。源徳氏に縁のある者だろうか。
身分はさほど高くなさそうだが。――むしろ、源徳氏に縁の者に仕えて美味い汁を吸っていた者と見た方がよさそうだ。
どうやら酔っているらしいと見てとって、桜は吐息を落とす。
「性質の悪い酔っ払いって好きじゃないのよね」
人目がなければ、春花の術でさっさとけりをつけてしまうところなのだが。
一般の人々を巻き込めば、問題が大きくややこしくなる恐れがあった。――悪気はなくとも、巻き込まれた側がそう好意的に解釈してくれるとは限らない。
煽動者に焚きつけられて、集まった人々もどこか胡乱なものを見るような視線を桜と聖歌に向けはじめた。
冒険者は、源徳氏の家臣ではない。
彼らは誰の家臣でもなく、自らの良心と判断にのみ従う不羈の民である。その行動を咎めるのは筋違いなのだけれども、諭して理解りそうな相手でもなさそうだ。
逃げるのは不本意だが、その算段を考えた方がいいかもしれない。そんなことをちらりと頭の隅に思い浮かべた桜の耳に、突然、不遜な笑い声が届く。
「おいおい。いい年した侍が、女子供相手に管をまくたぁ、感心しねぇなぁ」
これ見よがしに大きな斬馬刀を背負った巨躯の男に、喧嘩を売る勇気のある者もそういない気もするが。取るに足りない小競り合いに辟易していた虎魔としては、願ってもない‥‥もとい、捨て置けない情況だ。
「なんだとっ!? きさま‥‥」
やる気満々で手具ね引いて出方を窺う虎魔の風貌にほんの一瞬、怯んだ男たちだったが、酒の勢いも手伝って多勢を頼りに帯びていた刀に手を掛ける。
無論、虎魔に喧嘩を拒む理由はない。
「この俺とやろうってのかぁ? いい度胸だ。――1人なんざ面倒臭ぇ、纏めて相手してやるぜぇ!」
実に楽しそうな虎魔の咆哮に、遠巻きに囲む人垣から悲鳴が上がった。
背後に吐息を聞いて振り返った桜は、賑やかな喧騒に呆れ半分で首を傾ける志乃の視線に肩をすくめる。
この一件が広まれば、きっと冒険者を相手に喧嘩を売ろうという無頼の輩も減るはずだ。逆恨みで、コトを構えるには相手が悪い。
――無論、凶暴性も同時に、披露してしまったような気もするけれど。