おのぼりさん、いらっしゃい☆

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月30日〜06月04日

リプレイ公開日:2007年06月07日

●オープニング

 江戸城の主人が替わった。――まさに、晴天の霹靂――
 風聞に乗って広まった鬼の噂に戦々恐々、眠れぬ夜を明かすこと数日。気がつけば、特に代わり映えもない日常の中にいた。
 強いて挙げれば、道を尋ねられるコトが増えたくらいか。
 最初のうちこそいちいち懇切丁寧に応えていたものの、度重なれば次第に億劫になってくる。こちらも暇を持て余しているワケでなし。――いい加減にしろと、ぶち切れたくなる気持ちが理解らなくもない。

「――で、ね。江戸の人たちは不親切だって、ゆーワケよ」

 思案顔で頬に手を当て小首をかしげた亘理青葉の溜息に、《ぎるど》の手代も深々と同調の吐息を落とした。
 《ぎるど》だって、暇ではない。彼だって、江戸1番の饅頭屋を思案するために番台に座っているワケではないのだから。

「お互い悪気はないのだろうけど、重なるとチョットね〜」

 江戸城の新城主がそんな瑣末事に気を揉んでいるかどうかはともかくとして。大きな確執に発展する前に、手当てをしておきたいところではある。

「それで、思いついたんだけど」

 ぱっと顔を輝かせて番台に身を乗り出した娘に、手代はほんの少し眉をしかめた。――この娘の(自称)名案は、概して禄でもないことが多い。
 手代の顔色にはまったく頓着ない様子で青葉は、その素敵な(あくまでも本人の自称)思い付きを語り始める。

「簡単な絵図を作ろうと思うの。――お寺巡りとか、お店とか、甘味処とか、誰も知らないコダワリの名所とか――目的別に幾つか用意して、宿とか店に置いてもらえば少しは役立ててもらえるんじゃないかしら?」
「‥‥‥ええ、まあ。ないよりはマシかもしれませんが‥」

 曖昧に視線を逸らした手代に、青葉は意を得たとばかりの得意げな笑顔を浮かべた。
彼国の者が、皆、彼女のようにおめでたい思考の持ち主だったなら、事態はもっと簡単だったのかもしれない。
そんな事を考えながら筆を走らせ、手代は依頼文を書き上げたのだった。

●今回の参加者

 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●リプレイ本文

 上空に渦巻く気流を捉えた翼は、江戸の空に悠然とその飛影を落とす。
 地上にあれば少々異様に見える大きな鳥も、空を見上げる者の目にはさほど気になるほどではない。
 善き神の奇蹟に依って姿を変じたジェームス・モンド(ea3731)は、常とは異なる江戸の俯瞰に、しばしの間、課せられた任を忘れた。
 生粋の江戸っ子でい、と。得意気に胸を張る者たちでも、この町を隅から隅まで歩いたことのある者は少ないのだという。――俗に「八百八町」と称されるが、これは「数え切れぬ」というニュアンスが込められているのだとか。――モンド自身、そう言われれば心許ない。
 それほどに、大きな町だ。
 江戸城を中心に穏やかな波の立つ湾へと開かれた江戸の町は、気負った目には思った以上に広く。そして、多様な風合いをその懐に秘めているようにも見えた。

「いや〜、お久しぶりです」

 さりげなく手なんか握ってみたりして。
 またお会いできて嬉しいですよ、などと。明るく、軽く、調子よく。相変わらず女の子には積極的な陣内晶(ea0648)を見上げ、田之上志乃(ea3044)はにまっと人懐っこい笑顔を作った。

「おお、すけべぇどんでねェか! ひっさしぶりだァ」
「はや? ‥‥すけべ‥なん?」
「ンだ。すけべぇどんはぺっぴんさんさ覗くの大好きだば、気ぃつけっだよ」

 何を想像したのか頬を赤らめた藤村凪(eb3310)に、もったいぶって腕組みをした志乃はうんうんと首を肯かせる。
 久方ぶりの再会にも物怖じしない元気な様子は、やはり玲瓏たる姫君というより、どこから見ても無邪気な子供だ。空気をぶった切るまっすぐな放言が陰に籠もらないのも、子供ゆえの明るさだろうか。

「はっはっはっ、それは違いますよ、田之上さん。美人に対しては綺麗なものを愛でるという芸術的感性が働くだけで、決してすけべぢゃないんですよ、藤村さん?」

 思わぬところで過去の悪行(?)を暴露され、再会の喜びとか感動が消し飛んでしまった陣内だったが、これまた慌てず騒がず極上の笑顔でさらりと応える。――ちなみに、覗くだけではなく、じっと見つめるのも大好きだ。

「さ、さよか‥‥やりすぎるとあかんけど、ほどほどやろか‥‥」

 まったく悪びれる風のない力説に人の良い凪は、釈然としないものを感じつつもうっかり丸め込まれてしまった。

「――やっぱり、吉原案内とかするのか?」

 巷で噂の河童大夫になら、ちょっと逢ってみたいかも。
 相応の興味を示した黄桜喜八(eb5347)の素朴な問いに応えたのは、青葉だった。

「え〜〜。吉原は、ちょっと拙い気がするわ。顕家様のお耳に入ったら、きっとすご〜く嫌ぁな顔をされそう‥‥そりゃあ、棟梁は喜ぶだろうケド――‥」

 真剣な面持ちで思案を巡らせ、青葉はふと向けられた視線に気づいて口を抑える。
 知られて困る類の話ではないけれど。――江戸城にて町を睥睨する面々の存在を思い浮かべて、少しだけ得をした気分になった冒険者たちだった。


●明日の芽、育つ場所
 なくては困るが、積極的に関わりになりたくない場所というものがある。
 ジェームズ・モンドと白井鈴(ea4026)のふたりに思い入れのある奉行所は、残念ながらその最たる場所かもしれない。
 力を頼んで駆け込む時は、ひとりでは解決できぬ災厄の只中にあることが前提で。出向かねばならぬ用事も持ちたくないが、連行されるのはもっとゴメンだ。――できるなら、我が身から遠く離れた世間での活躍を期待したい組織ではある。
 浜の真砂は尽きるとも―なんて、名調子に謳われるとおり一向に減らぬ‥‥むしろ、増え続ける一方の悪党と、日々、死闘を繰り広げる最前線なのだけれども。
治安など良くて当然、悪くなれば無能と詰りたくなるのが民衆の心理というものだ。
 混乱が続いている中ということもあり、人々の暮らしを影で支えている仲間たちに心の中で表敬の念を送りつつ、白井がイチオシの場所だと推したのは――

「ここが、僕が普段先生をやってる寺小屋だよ〜!」

 長屋の一郭に開かれた手習い所は、小さいけれども子供たちの紡ぎだす元気に満ち溢れる場所だった。
 一緒に学んで、一緒に遊んで、時には取っ組み合いのケンカをすることもあるけれど、子供たちはみんなここでのびのびと育っている。

「はァ〜、賑やかだべ」
「ほんまに。楽しそうやなぁ」

 同世代の子供たちの姿に志乃はくしゃりと相好を崩し、凪と青葉も感心したように白井の聖域を見回した。

「子供達と一緒になっていたずらするから、他の先生にはいっつも怒られるけど大切な場所なんだよね」

 ここが冒険者の肩書きを外した白井の落ち着ける場所は、やっぱりここだという気がする。案内する白井の顔も、心なしか大人びて誇らしげだ。
 壁に張り出された習字の力作を検分しながら陣内がちらちら気にしているのは、やっぱり膝を屈めて視線を合わせて手習いをする女の子に話かける凪の袷だったり、襟足だったり‥‥神聖なる学び舎で、この男だけは相変わらず。すけべぇの執念、斯くの如し。


●蕎麦屋のお薦め?
「――魚にはオイラもちょっとうるさいぜ」

 日本橋の魚河岸をお気に入りに挙げた白井に、黄桜はちち‥と水掻きの付いた手を振って嘴を鳴らす。
 江戸にやってきた同朋たちの為に、黄桜にできること。――河童に優しい絵図を完成させるのが彼の使命だ。

「だ、が。オイラが紹介するのは、魚じゃねぇ‥‥ずばり、蕎麦屋だ」

 そう嘯いた黄桜が一同をひき連れてやってきたのは下町、神田。
古の武将を祀った神田明神のお膝元だけあって、勇み肌で気風のいい‥‥いわゆる江戸っ子気質の者が多い。

「神田明神参堂口にある茶屋の甘酒が評判だ」

 甘酒と聞いて、志乃、凪、青葉の三人娘は心を動かされた風であったが、黄桜の目指す店は、その先。
 淡路町と須田町の境に、二軒の蕎麦屋がある。

 ひとつは、『かんだやぶへび』――
 中庭のある広い店内に、帳場の小母ちゃんが受けた注文を読み上げる‥‥歌うような節回しが名物の店だ。

「ココは、《胡瓜と若布の酢の物》が美味いっ!!」

 ぐっと拳を握り締めた黄桜の力説に、モンドと陣内はなんとなく顔を見合わせる。
 きゅうりとわかめ?――知っている単語であるのに、なにやらもの凄く不思議なものを聞いた気がするのはなぜだろう。

「蕎麦? 蕎麦は緑がかった二八だ。‥‥美味しいらしいぞ、喰いたきゃ喰え」

 取ってつけたような、そっちがむしろ本命であるような。
 気を取り直して、次の一軒――こちらは、生粉打ちで知られた名店『まつやに』。これといって目を惹くものがあるワケではないが、常連客がその空気を愉しんでいる店だ。

「ココは、《塩もみ胡瓜》が美味い!」
「‥‥塩も‥」
「塩で揉んであるんだけどよ、シャキシャキ感が損なわれてねぇのよ。美味ぇぞ。――蕎麦? そばがきは美味かったな。蕎麦も美味ぇんじゃねぇか?」

 なにやら釈然としない消化不良の一行を伴って、黄桜が最後に訪れたのは神田から外堀伝いに溜池へ、さらに南西へと足を向けた麻布十番。
 『さらし』と染め抜かれた暖簾を掲げる三軒の蕎麦屋――1番、坂の上にある店だった。

「ココの、《蕎麦味噌胡瓜》は絶品だ!!」

 力強く推挙する黄桜を前に、店の案内図に胡瓜の絵をいれるべきかどうか頭を抱えたモンドであった。姑の小言に後退一方の生え際に、いっそうの危機感を抱かせた難問かもしれない。


●おのぼりさん、いらっしゃい☆
 花も団子も愉しみたい人に――
 少し足を伸ばして寛永寺の門前、人で賑わう茶屋で一服しつつ話をまとめる。

「要点は、『簡単に』『見やすく』『判りやすい』を目指すで!」

 斯く言う凪も、江戸に下った当初は苦労した。
 江戸の町には道路標識、町名表示といったものはない。――武家も町家も表札は掲げていないから、迷ったら最後。
 聞かれる者は度重なって辟易するが、聞く者は藁にもすがる想いなのである。

「まず、な。それぞれの概略絵図をそれ専門の絵図に分類することを提案するわ。こーして、分けるとな、見やすいと思うし、その人が行きたい場所を探し易いと思うねんよ」

 世の中には面倒臭がりや、せっかちな人も多い。なるべく「簡単」に「スグ」見つけられるようにしたい。

「後な、どの絵図にも『番所』は入れるで。道に迷ったら、道教えてくれる場所やからな♪」
「ああ。それは、いい考えだな」

 番所は市中を見回る町方同心の詰め所であって、決して道案内をしてくれる場所ではないのだけれど‥。
 縁の深い奉行所を敬遠したモンドのお薦めは、花の名所。――折からの園芸ブームに沸く江戸の町には近隣の村を含めて、見所のある名所も多い。

「別々の季節の花が、1枚の絵図の上で見えるってのは、見た目にも楽しいだろ」

 腕に少しばかり自信のあるモンドは、絵図の構図や彩色にも拘りがある。
 江戸を訪れる者たちの為、と。請け負った使命に燃える凪も、甘いモノの話になるとついつい頬が緩みがちだ。

「――上野周辺ゆーたかて、お薦めの甘味処は多いから迷うわー。どないしよ♪」
「まンず、みたらしだらあっちの横丁の団子屋が美味ぇだし、餡ころだら川向こうにあるおヨネ婆っちゃの茶屋がイチバンだべ。――時々、オマケもしてくれっしな」

 志乃も身を乗り出して、しばし、甘い話で盛り上がる。
 さすがに倫理上よろしくないということで、「偶然、女湯が見える温泉細見」は却下されてしまった陣内だが、店と聞いて再び話に口をはさんだ。

「聞いた話ですが、『竹之屋』さんというお店がお薦めだそうですよ。――何でも昼間は食堂、夜は居酒屋という大衆向けのお店だそうですが‥」

 中々、料理も上手いと評判なのだとか。
 季節ごとに祭りを開催したりと、商いにも精力的だ。そのうえ、看板娘が美人揃いとくれば、陣内としても隅には置けない。

「そーいやァ、あっちのお稲荷さんの門前にゃ、三の市さ立つだよ。店ァ多いから便利だべ。だども、こっちのお宮さんの酉の市のが、安いかもしれねェ」

 言いさしてちょっと考え込むように首を傾げた志乃に、白井もああと嬉しげな声を上げる。

「飴細工のお店はいいよね。色んな形の可愛いのがあって、キラキラしてるんだよね。食べちゃうのはもったいないけど、美味しいんだよね〜」
「ンだンだ」

 三人寄れば文殊の智恵と云うけれど――
 ワイワイ、ガヤガヤ。楽しい試行錯誤の果てに、ようやくモンドが描きあげた絵図を満足げに眺める青葉の背中を指で突付いて、志乃はその耳元で絵図には載せられないとっておきをこっそり囁く。

「ここンとこのお寺さんは大ぇ事だば、覚えといた方がええ」
「お寺?」

 由緒ある秘仏でも祀られているのかと尋ねられ、志乃はふるふると首を振った。

「んにゃ、由緒だら何もねェただのボロ寺だァ。けんど、裏にそりゃァ美味ぇ実の生る柿の木さ生えとるんだべ」

 最大の発見だと胸を張り、志乃はふと周囲を見回して声を潜める。

「だども気ぃつけにゃなんねェ。権兵衛よりでけェよく吠える犬さ根元に寝とるだし、おっ様に見つかったらすぐ飛び出てくるだからな!」

 秋になったら――
 モンドをはじめ、白井と某改方の面々は柿泥棒の取り締まりにも駆り出されるかもしれない。