江戸っ子好みの道楽講 −企画編−

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:6人

冒険期間:06月23日〜06月28日

リプレイ公開日:2007年07月02日

●オープニング

 紺碧の彼方に陽炎が揺らめく。
 降り注ぐ水無月の陽光に照らされた江戸の町は、鮮やかに美しい。――陸の緑と、海の紺青、そして、町に満ちる人々の活気が他にはない彩りを織り上げて華やかなる繁栄を謳う。
 北国で育った目には聊か眩しすぎる陽射しの中、賑やかに沸く江戸の城下を眺めやり、漢は指先で着物の袷をくつろげた。

「――だが、眺めているだけというのもつまらんな‥」

 独言にはいくぶん大きい呟きを耳にして、傍らで同じように江戸を眺めていた狩衣姿の青年は描いたように形の良い眉をちらりと顰める。いつもの大言壮語だと高をくくったのか、自身もそれを感じていたのかはともかく、彼は無言であった。――尤も、それが取り付く島もないような拒絶であったところで堪えるような漢ではない。
 白々とした沈黙に耐えられなかったのは、むしろ、彼らの背後に控えていた近習たちだ。そわそわと肩を揺らして互いを窺うように視線を交わし、進み出たひとりが畏れながらと膝をつく。

「しからば、華やかなる辺りに足を向けられるのも御一興‥‥」
「それもつまらん」

 せっかくなら――
 異彩を放つ隻眼に挑むような光を湛え、漢はその口許に太い笑みを閃かせた。何かを企む不穏な笑みに、青年は呆れた風に肩をすくめる。
 その辛辣な気勢を制するように、言葉を重ねたのは漢であった。

「無論、みすみす謗られるような無粋はせん。――だが、我らの存在を彼らに知らしめるに機会にもなると思うが、如何?」
「‥‥其許にそれができると‥?」
「さて」

 氷雪を吹くような冷たい言葉に、漢は声もなく嗤う。
 近習達の背筋を濡らした汗は、慣れぬ暑さのせいばかりではないかもしれない。

■□

「江戸の皆がびっくりするような興行ってないかしら?」

 番台についた亘理青葉の一声に、《ぎるど》の手代は筆を握り締めたまま思わず天板につっぷした。
 くどいようだが、《ぎるど》は決して江戸の観光案内所ではない。

「びっくりするだけじゃなくて。できれば、皆で楽しめるようなのがいいの。思いっきり粋で派手な催しにして‥‥大丈夫、お金に糸目はつけないわ!! あ、でも」

 手間と暇は惜しまないけど、あまり時間が掛かりすぎると飽きるかも。そう言って、青葉は改心の笑みを手代に向けたのだった。

●今回の参加者

 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec2413 アペシタ(33歳・♂・侍・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ 奇天烈斎 頃助(ea7216)/ マミー・サクーラ(eb3252)/ ラスティ・セイバー(ec1132)/ 緋臣 優姫(ec3118)/ イグナート・レクトス(ec3160

●リプレイ本文

「――最初に言っておくけど‥」

 顔を揃えた甘味処で、開口一番。
 こほんと重々しい咳払いを落とした亘理青葉は、あらぬ方面に向かい宣言する。

「アタシは別に遊んでるワケじゃないわよっ!」

 先日の食べ歩き‥‥もとい、観光細見絵図に引き続き、祭好きの江戸っ子を驚倒させる派手な興行とくれば、青葉の思惑はどうであれ傍目には遊んでいるようにしか見えない。
 田之上志乃(ea3044)の無邪気かつ無慈悲な指摘に傷ついたらしい娘の自己主張に、陣内晶(ea0648)と鑪純直(ea7179)は顔を見合わせた。――どちらからとなく肩をすくめたのは感銘を受けたというより、苦笑を隠す意味が強い。
 意気込みはともかくとして、青葉の性格が陰謀や跳梁に向いているとは思えないから、誰の人事か判らぬが適材適所と見るべきだろう。

「‥ぁ? 今度ァ、伊達のお殿さまのお言いつけ? はァ、伊達のお殿さまァ派手好きなんだべなァ」

 思えば、何にしても大掛かりで大袈裟だ。
 江戸城攻略の一部始終も、源徳氏を嵌める仕掛けに念が入っている。呆れと感心の入り混じった顔つきで小首をかしげた志乃の隣で、御陰桜(eb4757)は色の違う双眸に楽しげな光を浮かべた。

「最近の江戸は盛り上がりに欠けるのよねぇ‥。楽しく盛り上げようって話なら、モチロン乗るわよ」
「ま、いろいろあったお蔭でぎすぎすしたまンまだからなぁ、江戸も。――ここらで一発盛大に楽しめるネタがほしいところだァな」

 アペシタ(ec2413)の呟きに、暮空銅鑼衛門(ea1467)も重々しく頷く。ひとりでは持ち上げられぬほどの家財を所有する身としても、若葉屋の店長代理としても、これ以上の動乱はご免蒙りたいのが正直な心情だ。
 平和が保たれ、市井に適度な刺激と活気とがあれば、為政者が誰であっても世の中は滞りなく回る。――何事もやり過ぎは禁物だけれども。自らの手でその刺激を作り出そうという試みは、それなりに名案であるように思われた。


●江戸っ子は美人がお好き?

「やっぱり盛り上がる催し物っていったら、『美人姿比べ』じゃないかしら?」 

 そう切り出した桜の言に、記録係は少し虚を突かれた顔をした。
 きっと出されるに違いないと予想していた提案ではあったのだけれど。――記録係の下馬評はともかくとして、桜の提案は集った者たちに小さくない波紋を投げたのは間違いない。

「綺麗な人や格好いい人を自薦他薦老若男女問わず集めた中から、江戸一番の美男美女を選ぶのよ♪ ――お金に糸目はつけないって言ってたから、賞金や商品もど〜んと張り込めそうよね」

 ぎくりと肩を揺らしたきり顔色の冴えない鑪とアペシタとは対照的に、暮空と陣内は嬉しげだ。殊に、志乃からすけべぇの代名詞のように目されている陣内は桜の力説に神妙な顔つきで腕を組みうんうん聞き入っている。
 祭というならば、華やかさは必須。それが、着飾った美人なら申し分ない。――陣内の指す「美人」とは女性のことであって、桜の論旨とは多少の齟齬があるのだが‥。

「目の保養に‥‥いえ、女性が参加する催しものをすることで、町の治安が保たれている証左にもなると思いますよー」
「そうねぇ」

 意外に多い賛同者に、青葉も箸の先でお碗の白玉をつつきながら思案気に思いを巡らせげいる風だ。
 主催が政宗だけならば、諸手を挙げて賛同も得られようけれど。
 江戸城には、庶民のささやかな遊び心をイマイチ理解せぬ高貴で生真面目な人もいる。

「ふむ。では、こういうのはいかがでござる?」

 そう言って、暮空は自慢のぽっけ‥‥ならぬ、懐からくるくると巻いた半紙を取り出し、皆の前でおもむろに広げてみせる。
 白い紙には、暮空らしい大らかな筆致で墨の黒も美しく――

『ご当地対抗お祭り合戦−美人姿選もあるよ−』(はい、唱和♪)

 6人分の視線を受けて、暮空はここぞとばかりに胸を張った。えへんともっともらしく咳払いをして構想を語り始める。

「現在、江戸の城主代行は伊達殿でござるが、奥州にはミーの記憶が確かならば、夏場にでかくて派手なお祭りがあったはず」
「ああ、のぶた祭だァ」

 ぴくりとこめかみのあたりを引きつらせた暮空の少しばかり肉付きの豊かな体躯には頓着なく、大きな声をあげた志乃は青葉までが怪訝そうに首を傾げたことに気づいて、ふるふると首を振った。

「いンや、のぶた‥でねェ、いのしし‥‥でもねェな――」

 それは、もしやと言いかけたアペシタの目前で、志乃はなにやら得心した風にぽんと手を打つ。

「たしか『ねぷた』っつぅただ! その『ねぷた』さお江戸でどーんとやってみるだか?」

 遡れば奥州開拓の始祖、坂之上田村麻呂の偉業に至るという由緒あるお祭りだ。
 色彩や規模の上でも、江戸の町衆を驚かせるに足るだろう。――難点は製作に時間がかかることだが、幸い今の江戸の町には奥州から入り込んだ者も多くいる。
 中には彼の祭を経験しているものもいるはずだ。彼らに手伝ってもらえば、さほど難しいことでなくなるかもしれない。

「さよう。それを江戸に輸入してきてもらうでござる。そんでもってさらに現在、新田、武田、上杉の諸将とその兵は江戸に近い位置にいるか、江戸に来易い情況にあるはずでござる。そこで、上州、甲斐、越後のお祭りをも江戸に輸入し、お互いに天下一を競い合う合戦でごさる」

 当然、江戸町民も江戸のお祭りで迎え撃つ。
 美人姿比べにも諸国の美人を集め、華の乱と洒落込めば、オチもばっちりだ。

「諸国の江戸の主が変わってから日が浅いでござる。江戸町民も諸将の兵も、お互いに慣れ親しんでもらうためのイベントとするのでござる」

 慣れ親しむ場となれば良いのだけれど。
 合戦から日も浅い今の江戸の状態で、諸将の兵を江戸に集めるというのはいかにも危うい。何しろ兵を江戸に終結させる口実になると密かに含み笑う奇天烈斎頃助は、他ならぬ暮空の知己である。――江戸の民としてこれ以上の混乱はごめんだと奏上した暮空ではあるが、友人の方はなかなか物騒な思惑の持ち主であるようだ。
 実際、源徳氏失権という利害の一致でこそ競合が成立したものの、皆さほど交流があるわけでもない国柄。特に武田と上杉、両氏の対立は諸国に語り草になっているほどであるから、奥州以外の三国を巻き込むのは政治的に少々難しいかもしれない。

「そういえば、上杉様は合戦の後、直ちに越後にお戻りになられたそうよ。‥‥毘沙門天のご啓示を受けられたとか。やっぱり、一途にお祈りすれば、仏様も応えてくれるのねぇ」

 なにやら夢見る目つきになった青葉の嘆息に、鑪は昔日の記憶を手繰る。
 江戸から遥か、果てしなき距離に隔てられた最果ての地で金色に輝く阿弥陀堂は、続く戦乱に疲弊した民の救済を願って建てられたと聞いた。――その祈りを聞き届け、百年の泰平を築いた陸奥守は、何を想い江戸へ駒を進めたのだろう。


●満腹は幸いを友として

「美人姿比べって‥なぁ」

 美人姿比べの支持のこのまま突き抜けてしまいそうな勢いにアペシタは深刻そうな吐息を落とす。
 その道に通じていないのではなく――むしろ、得意分野だ――女性にはイマイチ消極的なアペシタだった(だからと言って、男が好きというワケでは決してない。←念の為)。

「とりあえず、奥州の特徴を江戸に伝えるって流れの方が盛り上がるたぁ思う」

 黄金に、材木、珍しい動植物。
 陸奥守は京の都や、遠く華国にも通じているという。――連なる山に閉ざされた未知なる国の雅やかな噂話は、新しいモノ好きの江戸っ子がもっとも注目しているところだ。

「ンだなあ、メシ?」

 腹がくちくなれば、たいていの人間は満ち足りた気持ちになれる。斯く言うアペシタも食べることにかけてはちょっとウルサイ。

「奥州のメシと江戸のメシを使って大食い大会ってのはどーよ。それぞれ特産品を出して、代表者募って沢山食えた方が勝ちってな」

 大食らいで優劣をつけるのはともかくとして、食を通して異郷の文化に触れるのはいい考えだ。
 普段はちょっとお目にかかれない食材や味付けなどを気軽に食べ比べることができれば、きっと話のタネにはなるだろう。

「あとは‥‥そうだな。相撲大会でもやってみちゃどうだ?」

 誰がとは言わないが、まだまだ力の有り余ってそうな者も多い。
 暴れる場所を欲しがっている者に、発散できる場所を提供するのも一案だ。遺恨の残らぬよう武器を預かるにしても、ものが相撲なら文句も出るまい。

「相撲ってな基本裸一貫になってやるもンだしな。‥‥いや、オレでねえよ?」

 この、臆病者!
 何処からともなく入れられた茶々はおいとくとして――都合よく、七月七日は相撲節会でもあることだし、一考の価値はある。


●羽妖精は、空にて踊る
「町の一角に芸人や芝居の役者を集めて、演芸祭をするのも良いんじゃないですかね」

 芸と呼べる技を持つものは、冒険者の中にも多い。
 募れば、多彩な催し物が期待できるはずだ。――人が集まれば賑わいが生まれ、閉塞気味な雰囲気に張り詰めている者たちの息抜きにもなる。

「儲けが出るようでしたら、定期的にやって税金がっぽりという算段も‥‥」

 税金という単語にぴくりと太い眉を動かした暮空に、陣内は首をすくめた。そして、さりげなく話題をかえる。

「どの祭りをやるとしても、僕としてはぜひお薦めしたい出し物があるんですよ」
「ほほう?」

 陣内、イチオシの特別企画、
 その名も、『シフールの女性有志による空中ダンスショー』――手紙の配達人として江戸の市内ではすっかりお馴染みとなった羽妖精。その、種族の特性である浮遊を生かした華やかで幻想的な催しものだ。

「へえ、可愛いかも」
「ンだな。すけべぇどんにしちゃ、珍しくまっとうな意見だァ」

 桜と志乃の好感触に力を得、陣内は力強く首肯する。

「そうでしょうともっ! 可愛い衣装に着飾ったシフールの女の子達で、華麗に宙を舞ってもらったりするんですよっ!!」
「ふむ。たしかに‥‥」
「ああ。なかなか壮大だ」

 鑪とペシタもその光景をそれぞれの脳裏に描いて表情を和ませた。聊か、女性には疎いふたりも相手がシフールなら苦手意識も刺激されない。

「さぞかし素晴らしい光景が‥って、言うか。むしろ、腰布なんかちらっと――」

 げふん、と。語尾を誤魔化した空咳に、冷たい視線が6人分。
 ‥‥やはり、陣内は陣内だった‥(合掌)。


●江戸城にて
「――羽妖精の舞踊とは興味深い!」

 もたらされた報告に膝を打って笑う政宗に、顕家は形の良い眉を顰める。
 自身も優れた舞い手であるから、報告の内容というより政宗の反応が気に障ったのかもしれない。
 顕家の不興は想定のうちだ。
 悪びれもせずひとしきり大笑いした後、政宗はふと表情を改める。――切れ者と称されるだけあってこういう思考の切り替えははやい。

「どう思った?」
 
 無論、シフールの演舞についての感想を求めたわけではなく。
 同時にもたらされたいくつかの意見について、だ。

「江戸の地で知己の消息を知るのは快い。――彼の者たちも壮健でなによりだ」
「他には?」

 重ねて問われ、顕家は秀麗な顔に憂いを浮かべる。あくまでも静かな怒りの波長は、政宗の発露とは異なるものだ。側近たちにとっては、どちらも比べようなく恐ろしいものなのだけれど。

「禁を破った者がいるようだ」
「田舎者ゆえ、多少の無頼は致し方なしといったところだが――殊に、某方などは殊更こちらを挑発される」

 手出し無用の布令は遵守されるべきだが、愚弄を放置するほど奥州の者は寛大ではない。増長には正当な報いが与えられて然るべきである。
 隻眼の漢の風貌に似合わぬ涼やかな抗弁に、顕家は僅かに双眸を細めたが無言であった。それを肯定とみなし、政宗は最後のひとつを口にする。

「――それでは、いまひとつの懸案はいかがかな?」

 暮空が進言したその案に、顕家はゆるやかに首を振った。綺麗に整った顔に浮かんだ表情は、むしろ憂いに近い。

「わたしは公卿だ。武家の心は量りかねる。――源氏の嫡流と言われても、他の武士とどう違うのか‥」
「確かに微妙ではあるな。俺も田舎者故、そのあたりの機微はピンとこぬ。新田殿、あるいは、信玄公あたりなら習熟しておられるのかもしれぬが‥」

 ふむ、と。
 考え込んだ政宗に、顕家はいくらか冷たい視線を向けて席を立つ。

「都の帝さえ幼帝ゆえ治まらぬと侮る者の多いこの時期に、同じ愚を犯すのは聊か間が悪い。――そう答えるしかあるまい」
 
 部屋を辞する真っ直ぐに背筋の伸びた姿勢のよい後ろ姿を見送って、政宗はやれやれと吐息を吐いた。
確かに、彼にとっても牛若丸の存在はさほど大きなものではない。陸奥守より与えられた幾つかのカードのひとつ。
 おそらく、その程度のものだ。――それがどれほどの価値を持つのかは、今少し機を見るしかない。