まよひ蛾
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月15日〜01月20日
リプレイ公開日:2008年01月22日
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●オープニング
やぶ蚊に喰われる夢を見た。
‥‥否、あの不愉快極まりない羽音は、絶対に夢ではない。
出たのだ、昨晩。
ともすれば小雪の散らつこうかというこの時期に。季節外れのやぶ蚊がいっぴき――
■□
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あの‥」
永久に続くのではないかと思われた長い長い沈黙の後、《ぎるど》の手代はようやく意を決し差し向かいの席に腰掛けた少女と視線を合わせた。
初めて見る顔ではない。
どちらかと言えば、常連と呼んでも差し支えない部類に入る人物なのではないだろうか。――で、あるからこその奇異なのだけれども。
「こちらは、依頼の相談を承る窓口でございます。求人案内はあちらの――」
精一杯の愛想笑いを貼り付けた手代に、もう結構な時間を江戸で過ごしているはずであるのに一向に垢抜けしない田舎娘‥‥もとい、無造作に梳かして束ねたおさげと屈託のない容貌に散った雀斑の愛らしい少女――田之上志乃(ea3044)は、満面の笑みでそれに応える。
「そったなこたァ、お前ェさんに言われねェでもちゃあんと知っとるだよ。ここは《ぎるど》に依頼を出してェ時さ寄るところだべ?」
「え゛っ?!」
ちゃんと理解っていて、いったい何故‥‥
そう返しかけた手代はあるコトに気付き、今度は一気に青ざめた。
「だ、だだだだだダメですよ! ムリです、ムリっ!! いくらお困りの皆様をお助けするのが当《ぎるど》のお役目といえども、世の中には出来ることとどんなに尽力致しましても不可能なコトがございます!!! ――貴方を《お姫さま》にするなんてそんな、おおおおおお恐ろしい‥」
■□
半刻ばかり間を置いて。 書庫の隅から探し出してきた報告書の埃を吹き払い、総髪の番頭は今や依頼人へと立場を換えた田之上志乃に視線へと戻す。
「――えーと、つまり。以前、こちらの依頼の中で盗み出されたご神体を探し出したい、と。そーゆーワケで?」
「んだ」
未だ、心意を測りかねているような。どこか疑惑交じりの視線を受けて、志乃は重々しく首肯した。
一膳飯屋の床を疾風の如く横切ったご‥こほん‥こっくろーちに始まって、
箪笥の裏で干からびていたでっかい蛾とか。
竃の脇に転がっていた蟋蟀とか。
トドメに、もはや縁起を諮るまでもないやぶ蚊襲来の初夢である。
「こらァご託宣に違いねェだよ!」
‥‥え〜、そうかなぁ‥。
と、思ったけれども。さすがに番頭職を務める者、心中の葛藤は面にも顕わさず、彼は改めて報告書に目を走らせた。
「ですが、何者かに持ち去られてしまったのでございましょう?」
核心ともいうべき箇所に触れられて、日頃は暢気な笑みを湛える志乃もさすがに少し複雑な色を浮かべる。
何も知らない異国の若者によって壊された祠から持ち出された宝玉は、不幸中の幸いと言うべきか、悪人の指を掠めて何処かへ消えた。――封印の解かれた遺跡より這い出したモノの退治を優先したのは、今でも間違いではなかったと思う。
「――遺跡に封じられた蟲の方は皆様のご尽力で退治したと記されておりますし」
「だども、このまンまだら、寝覚めが悪いべ?」
「そーゆーものですかねぇ」
「んだ」
力強く首肯され、番頭はやれやれと吐息を落とした。
報告書を閉じ、傍らの大福帳を引き寄せて新しい頁を開く。――何やら徒手空拳で雲を掴むような話であるけれども。
手が挙がったからには、生暖かく見守ってやるのも江戸っ子の心意気というものか。
こめかみのあたりに痛むものを感じないでもなかったが。さりとて勢い込んだ田之上の決意を思い留まらせるだけの口上も思い浮かばず、仕事始めの真新しい依頼の中に掘り起こされた《残心》を潜り込ませたのだった。
●リプレイ本文
「うわー 志乃ちゃん、思い切ったねぇ」
御神楽紅水(ea0009)が思わず洩らした感嘆は、過去を知る者皆の心の声だったかもしれない。――何しろ依頼人である田之上志乃(ea3044)自身、先行きの見当がまるでつかないのだから。
「どうにかせにゃならねェと思っとって、こんなに経っちまったども‥‥」
そう、気がつけば2年近くが経っていた。
神剣の噂に席捲されたり、大火に見舞われたり、江戸城の住人が変ったり、流行り病に掛かったり‥‥機を逸したままずるずると2年が過ぎた。ああ、歳をとったなぁ‥なんて嘆息はこの際、脇に置いといて。
「ご託宣ァ、このまンまだらまた蟲さ出るっつぅお告げに違ぇねェ。けっぱらにゃなるめェよ!」
気合の入った志乃の言葉に紅水同様、アイリス・フリーワークス(ea0908)も、ここが女の子の友情の見せ所だと大きく頷く。
「志乃ちゃんのお願いです。一生懸命、頑張るですよ〜」
「最近の事情はサッパリなもので、力になれるかは微妙ですが、田之上さんの為‥‥というのも微妙ですなぁ」
要請に応えた者のひとりである陣内晶(ea0648)はというと、未来のお姫様のお声掛りにもモチベーションのもって行き場にイマイチ苦慮していたり。
何しろ砂礫の中から玉を探し出すような途方も無い試みだ。――とにかく足で稼ぐしかないということは、当然、女の子と仲良くする機会も少ない。ちらりと覗く襟足や袴の裾を窺う機会も楽しみも半減である。
「‥‥と、いうワケですから、くれぐれも危険な事はしちゃダメですよー」
ドサクサに紛れて紅水、アイリス、そして、七瀬水穂(ea3744)の手を其々しっかりと握って注意を促す陣内だった。――女の子としてのアイリスと志乃の境界を知りたいのだけれども。
そんな相変わらず飄々と掴み所のない男を眺める鑪純直(ea7179)の眸に宿る憂いは、決して陣内を羨んでいるワケではない。
心残りと、決して留まることのない刻の流れと。踏み出すことを躊躇う自身への葛藤と、それを軽やかに飛び越えて見せた志乃の思い切りの良さが眩しくもあり‥‥少年は今、物想いの只中にいる。
●記憶の残滓
過去から未来へ――
流れる時間の中に生きる者たちもまた、旅人であると喩える文人は多いけれども。
楽園の幻影を追いかけてこの地を訪れ夢に破れた異郷の者たちは、もう長屋に住んでいなかった。
「郷里に帰ると言っていたけど‥」
行き先を訪ねたアイリスに、差配人はいつかの記憶を探るように眸を細めた。
《楽園》でないのなら、この国にいる理由はない。――泰平より目覚め、動き始めた時代の波は、住みなれた者にすら容赦なく。あるいは、辛い記憶のせいなのだろうか。
「ええ〜、それは困りますよぅ〜。ジルさん、最後に何か言ってなかったですかね〜?」
すがるようなアイリスの視線に、差配人はポンと煙管を叩いて火鉢に灰を落とした。
引き起こした騒動も含めて良くも悪くも癖のある住人であったから、思い出すのはそれほど難しくはなかったようで。
「そういえば、ジルさんを襲った‥‥そうそうアンタたちが止めてくれたのだったね‥‥その後もこの辺りをうろついていた風だよ。流石に揉め事は起こらなかったが、こんなご時世だから長屋の者たちも気味が悪いってね」
「ほ〜ぉ。それは聞き捨てなりませんなぁ」
ふよふよと中空を漂うシフールの微風に揺れるスカートの裾を視界の端に気にかけながら、陣内が膝を乗り出す。――各々、自らの思惑で動いていても、関わりのあった場所を限定すれば嬉しい鉢合わせも増えるというもの。
「で、最後に見かけたのはいつ頃か、覚えちゃいませんかねぇ。1度、腹を割って話し合った方が良いと思うんですけどー」
敵か、味方か。それすらも明らかでないというのは、どうにも収まりが悪い。力を合わせられないまでも、せめて敵ではないと知ってもらいたいところだ。
陣内の問いに差配人は、眉間に皺を寄せてううむと唸る。
「いつだったか‥‥たしか、辻向こうで騒ぎがあって‥‥」
「辻向こうって、あっちのお稲荷さんのあたりですかぁ〜?」
このあたりの地理を思い浮かべようと努力しながら、アイリスは首をかしげた。
依頼の成功を祈願して、皆で稲荷寿司を備えて参ったのが辻向こうの稲荷の社だったような気が‥‥。今頃は、紅水が聞き込みをしているのではないだろうか。
「騒ぎというと、件の?」
水を向けた陣内に、差配人はひらひらと手を振った。
狭い場所に大勢の人が暮らしている以上、揉め事は日常茶飯で。起こる事件の全てが繋がっているワケではない。また、一見しただけではその繋がりが見えないコトだってある。
真意の見えない注意を喚起するという点で、紅水が気にかける情報提供者はその最たるものだ。――結果から紐解かなければ、意図が読めない‥では、悪戯に不安を煽るだけであるのに。
冬枯れの木立に白い吐息を落として、紅水は恨めしげに朱に塗られた鳥居を睨む。
ジルとイリスが住んでいた長屋の近くにある稲荷社をひとつひとつ巡って、周辺の人々から話を聞くのも季節柄忍耐力のいる作業であった。
先に訪ねた《ぎるど》での調査も芳しくなく。遺失した曰くモノが関わっているかもしれない依頼はひとつふたつ出ていたような気がするが、子供が関わっていたという話は聞けなかった。安定を欠く世情の皺寄せか、家や親を失った子供が潜り込んでいたりして、人々の記憶を惑わせる。
「何か探し物をしているのかい?」
「ええ、まあ。探し物というか、尋ね人というか‥‥」
差し出された温かい飴湯入った器を受け取って、紅水は苦笑を零した。――志乃はお稲荷さんだと言うけれど。
この日、何度目かの紅水の問いに、初老の飴湯売りは思案気に首を傾げる。人目をはばかる風に周囲を見回し、稲荷社の向こうに見える綺麗に整えられた生垣を指差した。
「ほら、あそこの生垣の御宅。さるお大尽の寮らしいけど。虫干の時になにやら騒動があったそうだよ」
「騒動って?」
さあ、其処までは‥と、飴湯売りは笑う。
商いに戻った行商を見送って、紅水は何ともなしに視線を先ほどの生垣へと向けた。凝った垣根の向こうは、長屋とは別世界が広がっている。――そして、その庭の片隅に置かれた小さな赤い社を見つけ、紅水は小さく考え込んだ。
●過去と現在
威勢の良い活気はそのままに。だが、日頃とは少し異なる装いで倉庫街に立つ水穂の眸に映るのは、2年前と同じ景色ではない。
港の一廓を占めていた廻船問屋は既に無く。店も、そこで働く人も‥‥尋ねれば、以前とは変っているという答えだった。
「例の大火の折にね、身代を失ったって話だよ。ほら、このあたりも随分、焼けちまったからねぇ」
「嵐で船が沈んで、積み荷が流されちまったとか――」
立て続く混乱の影響か、時間の移り変わりの性なのか‥‥人の記憶は曖昧で。どれもありそうな話だが、水穂の聞いた話とはまた違う。
報告書によれば、黒幕とされる湊屋の主は《羅刹》と呼ばれる妖しの類であったとされていた。正体を現した魔物がいつまでも同じ場所に居続けていることを期待していたワケではなかったが、いくらか的を外したのかもしれない。
それにしても‥と、思う。
「‥‥ただでさえ、大名達の覇権争い、鬼や妖狐等の妖怪、黄泉人らの暗躍があってごちゃごちゃしてるのに‥」
その上、まだ魔物の存在を臭わせられるとは――
水穂は溜息をついて、顔をしかめる。
「こっちくんなって感じなのです」
実際、妖怪と紙一重の不思議生物を連れた不心得な者まで大手を振って跋扈しているのだから。大概にしてほしいと毒吐きたくなるのは、きっと水穂ばかりではない。――尤も、そんなコトに配慮してくれるような良心的な世界なら、《ぎるど》に並ぶ依頼だってもっと牧歌的だったはず。草むしりやら、田植えの手伝をやりたい冒険者がいるかどうかは微妙だとしても。
それはともかく、廻船問屋であった以上は関わりを避けられないはずの港でも、湊屋の消息を掴む事はできなかった。番頭をはじめ手代や丁稚、人足までいたというのだから誰かひとりくらい縁を辿れそうなものだが、いっそ不自然に思われるほど忽然と。足跡はそこで途切れていた。
■□
去った者がいれば、江戸を新たな拠点とした者もいる。
赤い鳥居を連ねた社の縁日で、鑪は兼ねてより気がかりのひとつであった人物との再会を果たした。目的は協力の要請だが、なかなか会えぬ旧知との再会は純粋に嬉しい。
「う〜ん。鑪殿や田之上殿には何かと助けてもらってるし、力になりたいんだけど‥‥ちょっと難しいなぁ‥」
鑪より事情を聞き終えて、亘理青葉は湯気の立つ善哉の碗で掌を温めながら思案気に冬晴れの空を仰ぐ。
縁日とはいえ、風の通る露台は人気も疎らで。行き交う人の視線が気恥ずかしいが、他者に聞かせにくい話をするには良い場所だ。
青葉個人の助力なら、都合のつけようもある。だが、青葉の後ろにいる人物を動かすには、情況がいささか不鮮明‥‥信憑性、あるいは説得力が足りない。
「例えばね、その琥珀が失われたままじゃ江戸への脅威になるって確かな証があるなら、放って置けないじゃない?」
江戸の民を守るのは、江戸城の主を名乗る者の義務だ。とはいえ、それが一介の冒険者−陰陽師でも行者でもなく−の初夢では、いくらなんでも眉唾過ぎる。信じろと言う方が無理だ。
鑪の意中の人物に限らず、海のものとも山のものともつかぬ話に為政者たちの反応は鈍い。利に薄い話であれば尚更、敷居は高くなる。
「‥‥そうでござるか‥」
そう易々と同意を得られるとは鑪自身、思ってはいなかったのだが、やはり大なり小なり落胆はするもので。苦笑未満の吐息を落とした少年に青葉は申し訳なさそうに首をすくめ、そして、ふいと話題を変えた。
「お稲荷さんっていえば、そろそろ初午の季節よね――」
依頼の成功を祈願して、皆で稲荷社へ参ったという鑪の話を思い出したのだろう。
江戸の初午行事は、ひときわ賑やかで面白い。そんな取り止めの無い話をしながら、青葉はちらりと鑪の双眸を覗きこんだ。
「お稲荷さんの社って、ホントどこにでもあるのよ。街角だけじゃなくて、ちょっと大きな家のお庭とか‥‥ああ、そういえば‥‥どこだったか遣い走りの子供が狐憑きになったって話を最近聞いたような気がするなぁ」
幸いすぐに快癒したということで、大事には至らなかったらしいが。
体裁や信頼を重んじる大きな商家での出来事で、また騒乱のタネになってはと緘口令が敷かれたこともあって市井の噂には上らなかったという。――ひとつの糸は途切れたが、またひとつ新たな道筋が見えた気がした。
●待つ者と追う者 突然の訪問にも関わらず感謝と共に迎えられるのは、冒険者にとって最上の名誉かもしれない。
小弥太の隣で笑顔を見せた子供の姿に、志乃はほんの少し安堵する。少し背が伸びていて‥‥惨い傷跡は隠しようがないけれど‥‥元気そうだ。
「――だども、まだこの寺に住どるっつうことは、集落の方はあのまんまだか‥?」
「ああ、いえ‥」
落胆が顔に出たのだろう、小弥太は困った風に唇の端を歪める。
正しくもあり、間違いでもあり。――犠牲となった者たちを弔う為に、彼は寺に残ることを決めたのだ。経も少し読めるようになったという。
「木地師の者はまだ琥珀の行方を追っているようです。――時折、訪ねてくれますが、どこでどうしているのやら」
「そのことだども。小弥太どんでも、木地師の衆でも《ぎるど》にお数珠さ探すよう頼んでくれっと助かるだ。オラがそのまんま頼んでもええだども‥‥」
琥珀は志乃のものでなし、《ぎるど》も《冒険者》も慈善事業ではないのだからイマイチ道理が通らない。というより、依頼料だって決して安くはない‥‥冒険者への配分は無料でも、《ぎるど》の取り分はタダではないのだ。
決して豊かではない地域であるから直接的な脅威が去った今、それだけの金子を捻出できるのかどうか――
「‥‥次に木地師の者が戻ったら、相談はしてみますが‥」
小弥太の口上も、確約はできないと言いたげだ。
何とか頼みますと頭を下げつつ、志乃は内心で肩を落とした。確かな朗報は持って帰れそうにない。
●まよひが
あるはずのない場所に忽然と家が現れて、山道に迷った旅人を迎え入れる。
そんなお伽噺がどこかにあった。
素朴だが質の高さを感じさせる佇まいに、ふとそんなコトを思う。
陣内とアイリスが辿りついた騒ぎの起こった辻向こうの騒ぎ。紅水が見つけた稲荷のある家。そして、鑪が掴んだとある商家で起こった怪異の噂。
江戸に戻った志乃を待っていたのは、鬼が出るとも蛇が出るとも‥‥いっそ狐につままれるのかもしれない奇縁であった。
「奈良屋の寮で、《蓑虫茶寮》と呼ばされているそうだ」
「奈良屋つーと、あの?!」
沈着に切り出した鑪だが、予感にも似た興奮が胸の奥より沸いてくるのを自覚する。大きく眸を見開いた志乃の驚愕に満足し、水穂もぱちんと両の掌を胸の前で打ち合わせた。
「そうなのですよ! あの奈良茂の別宅なのです!!」
「お金持ちなのですよ〜」
「その上、女将も美人なのですっ!」
アイリスと陣内が唱和する。
奈良茂こと奈良屋茂左衛門は、江戸の町では広く名の知られた男だ。紀伊国屋と並ぶ豪商であり、好事家としても名を馳せている。
《蓑虫茶寮》はその奈良屋茂左衛門が金、あるいは自らの眼力と見識に拠って集めた名品珍品を趣味人仲間に自慢する場として使われているのだとか。
「それとなく確認してみたのだけど。女将の話では、先日の虫干の時にそれらしいモノを見たような気がするんだって」
気がするだけで、絶対とは言えないのだけれども。
期待に目を輝かせた冒険者たちに、寮を任されているらしい妙齢の女将は困惑気味に視線を揺らせた。
「あの時は、こちらもバタバタしておりましたものでね。――それに、今は茂左衛門様も江戸を離れております故、許しなく蔵を開けるワケにも参りません」
何がとは言わない。
商家にとって醜聞は恥であるから、問い詰めれば人当たりの良さげな女将もたちどころに態度を硬化させるだろう。――それが判ったから、冒険者たちも多くは問わなかった。
その殊勝な態度が効を奏したのかもしれない。
頭を低く頼み込んだ甲斐もあってか、女将は奈良屋が湯治より戻り次第報せてくれると約束してくれたのだった。