まわり道
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 56 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月29日〜02月05日
リプレイ公開日:2008年02月06日
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●オープニング
何事にも向き不向きというものがある。
持って生まれた天分であったり、性格的なものであったり。要因は様々だが、これと目指す方向が噛み合わないと苦労する。――尤も才能と気質の双方に恵まれ天職を得られる幸運な者は、存外に少なかったりするのだけれど。
「‥‥ある男を助けてやって欲しいのだ‥」
終業間近、じわじわと夜陰の迫る黄昏に紛れるように《ぎるど》を訪れた男は、どこか思いつめた陰鬱な口調でそう言った。
着流しに半纏というくだけた装いに窶してはいるが、見紛ごうことなきお侍‥‥それも内務めの青侍ではなく、幾度も戦場に身を置いて視線を潜り抜けてきた武芸者であることは明白で。うっかり対応を誤ろうものなら問答無用で切り捨てられそうな、ピリピリした空気に包まれている。
「こちらの氏素性は申し上げられぬ。――だが、前途有意な若者の命が掛かっている」
ぴしゃり、と。手代の詮索を拒絶して。あくまでも冷ややかな文切り調で用件を言い、男は懐から袱紗包を取り出して番台の上に乗せた。これが報酬なのだろう。ずいぶんと使い込まれた袱紗は、色褪せて所々擦り切れている。
「これから申し上げる刻と場所で、ある行商の荷が山賊に襲われる。この辺りは以前より山賊の噂の尽きぬ場所だが、此度の凶行は只の山賊ではない」
所謂、上意討ちというヤツだ。
陰謀めいた成り行きに、これまで不審を露わに男を眺めていた手代も思わず居住まいを正す。それを見止めて、男はようやく顛末を話し始めた。
■□
そもそもの始まりは、10年前に遡る。
葦原繁斗の郷里−江戸より数里離れた山間の集落で−大規模な地滑りが起こった。
秋口の夜明けには遠い未明の出来事で、村ひとつが崩れ落ちた土砂に埋まるという大惨事であったという。――この年は小規模な地震や長雨が続き、何か良くないことが起こるのではないかと気を揉んでいた人々の疑念が図らずも的中してしまったのだけれども‥‥
ただ、日増しに強くなる民の不安を危惧していた領主の対応も早かった。
有事に備えて編成していた百余の兵士を直ちに現場へと送り込み、被災地の救難に当たらせたのだ。降って湧いた災難に右往左往するだけの村人たちに比べ、日頃の訓練の賜物か息の合った行動力で献身的に働く兵士たちの姿は、まだ少年だった葦原の心にどれだけの衝撃を与えたかは想像に難くない。
大きくなったら、彼らのように人の命を救いたい!
そう強く心に誓った少年は、近隣の顔役であった父親を説き伏せてツテを頼り某藩の徴兵に応じたのだった。
「――え‥と‥‥」
それって、間違っていませんか? ‥‥その、色々と‥
おそるおそる疑念を紡いだ手代に、男は苦々しげに眉間に深い縦皺を刻む。バカなことを言うな、と怒鳴りつけはしなかった。あるいは、彼自身そう思っていたのかもしれない。
ちょっとした誤解から始まった葦原少年の喜劇を深刻な悲劇に転じたのが、所謂、天賦の才だったのだ。
能力がなければ、あるいは、胸に刻んだ志がなければ、田舎育ちの少年の心に芽吹いた夢は夢のままで終わっていたかもしれない。早々に見切りをつけて、違う道を模索することもできただろう。幸か、不幸か。彼は天より類稀なる才能を与えられていた。
才能があり、努力もする。それで、伸びないはずがない。
彼は軍を束ねていた仕官の目に止まり、取り立てられると同時に重用されるようにもなっていく。――そして、1〇年。屈指の遣い手となり、これまた時代の気運に乗じる江戸の動乱でいくつもの手柄を挙げるまでに至った時、彼はふと気がついたのだ。否、気付いてしまったというべきか。
「‥‥私のやっていることは《人助け》ではなく、《人殺し》ではないでしょうか‥?」
ある夜、上司を尋ねた葦原はそう言って、おもむろに除隊を申し出たのだった。
渋い顔で話終えた男をちらちらと上目で伺いつつ、なんとなく話の続きを予想して手代もまたあらぬ方向へ視線を彷徨わせる。
一介の兵士であったなら、あるいはそれほど問題はなかったのかもしれない。
ここでも、才能が彼の未来に影を落とした。――ただ任を解いて放免するには、彼は深く関わりすぎていた。葦原を抜きにしては成せなかった事柄もいくつかあり、また、それだけの器量を放置するのは脅威にもなりかねない。
とはいえ、かき口説いて思いとどまるような男ではなく、仮に留めることができてもモノが心情的な話であるからこれまで通りの活躍は期待できないだろう。
面倒なことになる前に消してしまえ、と。物騒な流れに傾くのに、それほど時間はかからなかった。――彼の才を妬む者たちには、格好の口実だったのかもしれない。
内々に画策と根回しとが行われ、手筈も整えられた。
誤算といえば、とかく大儀や体面を優先しがちな上層部の内にも良心を持つ者がいたことだろうか。
●リプレイ本文
空が低い。
この分だと夕暮れには本格的な雪になるだろう。
時折、思い出したように吹き降ろす山風に混じる霙に、伊勢誠一(eb9659)は外套の襟を立てて灰色の空を見上げた。山地の天気に詳しい詳しい陣天水(eb1639)ほどではなくても、このくらいの予想はできる。――それが、今後の彼らの行動にどう影響を及ぼすのかまでは測りかねたが。
寒空の下を粛々と進む輸送隊の荷車は、どこか葬列のようにも思われて‥‥。
否、紛れもなくこれは葬送の列なのだ。
少し前を歩く葦原繁斗のまっすぐに伸びた姿勢の良い背中を眺め、伊勢は小さく白い息を吐く。彼らが請け負ったのは、この葬列の弔い人となるべき男‥‥葦原‥‥を救い出すことだった。
隣を歩くエレノア・バーレン(eb5618)の言葉に応じながらも、絶えず周囲に目を配り、初めての任務に気負った様子の新兵に肩の力を抜くように言葉をかける。――常に情況を眺め分析する癖のついている伊勢の目を通しても、葦原は良い指揮官だった。
彼がいるならいかに護衛が形ばかりの雛侍の寄せ集めでも、多少の揺さぶりでは崩れないだろうとも思う。
だからこそ、と言うべきだろうか。
「‥‥一筋縄ではいかない依頼ですわ‥」
と、評したのはエレノアだったが、単純に葦原の救出だけではない結果を得る為には考慮に入れておかねばならぬ不安が幾つもあった。
どうしても葦原の存在に頼りがちになる隊士たちの目を欺くのは――彼らが経験の浅い新兵である点を割り引いても――考えるほど容易ではないだろう。襲撃者の狙いは葦原ひとりだとしても、戦いが始まってしまえば隊士たちにも類が及ぶのは確実で。
任務という形を取っている以上は、輸送の荷にも気を配らねばならぬ。室斐鷹蔵(ec2786)の危惧が的中しそうなきらいがあった。‥‥炭や練炭といった値段の割りに重く嵩張るものばかりであるのも、仕組まれた成り行きとはいえ腹立たしい。
「最終的な動機が妬みによる怨恨と言うのが悲しいですわね」
エレノアの呟きに、陣もふんと鼻を鳴らした。
天より与えられた才能を持つ者は、天賦ゆえにその才を欲して足掻く者たちの葛藤を知らない。いくら望んでも叶わぬその高みと名声を、目の前で想いの趣旨が異なるからといとも容易く投げ出されては確かに殺意も湧くというものだ。――まあ、いわゆる逆恨みというのだけれども。
「権力が無ければいざって時に人が動かせないから、紙一重だけどさ――」
人を助けるのに、必ずしも侍である必要は無い。
そのいざという時にいつでも弓を引けるよう防寒着の懐に突っ込んだ手を暖めながら、アトゥイチカプ(eb5093)もまた風花の舞う空を見上げる。
彼と室斐のふたりは、依頼人から聞き出した襲撃地点に程近い山の中で、時が来るのを待っていた。――ふたりが身を隠す岩陰よりいくらか離れた山間の窪地に、武装した草兵が伏せられていることは既に確認済みだ。
この辺りを塒にする山賊の姿をしているが、依頼人の話では実戦経験のある兵士だという。あるいは、金で雇われた冒険者の類かもしれない。――襲撃者と葦原が知己であるという心配はなさそうだ。ただ、全員がそうではなかったが、やはり何人かは室斐の嗅覚に訴える‥‥腕の立つだろうと思われる者もいた。
間違いなく乱戦になるだろう。
そのドサクサに紛れるのは、一応、筋が通ってはいるが‥‥
「でもまあ、そう悲観的になることはないと思うよ?」
難しい顔をして何やら考え込んでいる大柄な男を斜めに見上げて、アトゥイチカプはあえて気楽に肩をすくめる。 諸々の事情で細部まで話を煮詰められなかったことを、室斐はいくらか気にしているらしい。いかにも強面で無愛想な外見に反して、案外、繊細な神経の持ち主であるのだろうか。
何事もそう杓子定規には進まないのだから、あとはその場が凌げれば何とかなるような気もするのだけれど。
「‥‥寒‥っ」
山肌を滑り降りる冷たい風にふるりと身を震わせて、アトゥイチカプは分厚い雲に隠された陽を仰いだ。――雪に降り込められるより、湿り気のない乾いた風に吹かれる方が寒いように思えるのは、たぶん気のせいばかりではない。
半刻もすれば翳りがちなその日も落ちる。
そろそろ日没までに宿場に駆け込もうと旅人たちが前のめりになる頃合だ。
ゆるゆると翅翼を広げる緊張に呑まれないよう鳩尾のあたりに気合を溜めてアトゥイチカプは呼吸を整え、霞刀を手に立ち上がった室斐に倣う。
●死を賭ける
日没直前、厚い雲の隙間からちらりと射した残照が鎧に凝らした金箔を薙ぎ、いっそ鮮やかな光の華を周囲に散らした。
眩さに刹那、揺らいだ視線が明暗を分つ。
隙を突いて踏み込んだ陣の掌底に打たれた男は血泡を吹いて崩れ落ち、辛うじて立てた刀身で突き出された拳を防いだ男は折れた刃諸共、後ろへと弾き飛ばされた。掌より突き出された渾身の力は衝撃となって迸り、遮蔽物をも突き通す。――爆虎掌。陣の得意とする十二形意拳《寅》の奥義だ。
思わぬ伏兵に虚を突かれたのか躊躇を見せた男をさらに殴り飛ばして、陣はちらりと強襲を受けた隊列へと注意を向ける。
鼻先を翳めた鏑矢に驚き浮き足立った荷馬に引き摺られるように、恐慌を来たしてはいるが支えきれぬほどではない。
伊勢とエレノアの対応も迅速だった。
素早く印を結び、詠唱を完成させたエレノアの周囲に季節外れの蛍火にも似た浅い茶の仄光が集う。
コォォォォ――‥
吹き抜ける風の叫びに呼応するかのような地精の咆哮に、街道を踏み荒らす軍靴に蹴り上げられた砂礫がパシパシと小さな音を立てて地表を叩いた。
エレノアの足元から一直線に疾る《グラビティキャノン》の見えざる重力に引き寄せられて、戦場へ向け放たれた矢は次々に失速して的を違える。
「‥‥あそこ‥」
放たれた矢の軌道より射手の場所を測り、アトゥイチカプもまた背負った矢柄より抜き出した矢を弓に番えた。小柄なパラの身体に合わせて特別に軽く作られた弓は、アトゥイチカプの膂力をもって曳けば従来以上の殺傷力を発揮する。――確実に隙間を射抜くには多少の不安もあったけれども、敵の射手を牽制するには十分だ。
戦場に身を置く軽い高揚の中に意に反する苛立たしげな舌打ちを聞いて、アトゥイチカプはちらりと肩越しに後ろを窺う。
険しい眼で、戦況を見つめる室斐と視線があった。表面上こそ平時と変らぬ静かさを湛えてはいるものの、その身体の裡にジリジリと冷たい焦りを抱いていることに気付いて、アトゥイチカプはあらためて絶え間ない剣戟の響く街道へと視線を戻す。 戦況は膠着に陥りつつあった。
上段から切りつけられた白刃を躱し、相手の首元‥鎧と兜の隙間‥へ鞘を払わぬままのエペタムの刀身を叩き込む。――自らに向けられる刃を掻い潜り、伊勢もまた、想定とは少しばかり外れた展開に眉を顰めた。
予め聞かされていたとはいえ、殲滅するには多すぎる数である。その技量もまた、容易く打ち払えるものではない。手心を加えていれば、尚更だ。
混戦になればなるほど、周囲を欺き葦原の死を偽装するのが困難になる。――密やかな焦りと苛立ちの交錯する中、黄昏はいよいよ生気と死気の境界を曖昧に刻を煽った。
「‥‥チィ‥ッ! 埒があかぬわッ!!」
刀を掴み、鬼人の如き形相で戦場に踊り出た男を誰何する者はない。
敵か、味方か。
共に依頼を受けた仲間だと見知っていなければ、陣やエレノアも室斐を山賊に雇われた手練の者だと思っただろう。人心を惑わす黄昏の中、まして敵味方入り乱れての戦場だ。知らぬ顔だと、いちいち訝る者もない。
「葦原繁斗‥‥!」
大音声で呼ばわれば、それに応じ者がいる。
混沌の中心で、複数の開いてと切り結んでいた侍が、最後のひとりを切り伏せて顔を上げた。極限まで張り詰めた緊張の中で、揺るがぬ視線がぴたりと合う。――夕暮れの残光は、その輪郭すらおぼつかなくに晦ませるのに。互いの双眸に宿る眼光だけが、強く、強く脳裏に焼きついた。
「覚悟っ!!」
気合と共に、剣を抜く。
耳障りな金属音を響かせて擦り合う白刃が、切り結ぶふたりの周囲に火花を散らした。
夢想流の誇る神速の抜刀術は、並みの力量の者であれば己が斬られるまでは剣が抜かれたことにも気付かぬという‥‥だが、その切っ先を葦原は凌いで見せた。
薄皮一枚を切り裂いた剣が反されるよりも早く、葦原の剣が室斐を襲う。風花の舞う虚空に、鮮血が散った。
「――今の内に‥っ!!」
荷車に取り付こうとした男の腕を射抜いて駆け寄るアトゥイチカプの声に、伊勢の周囲で止まっていた時間が流れ出す。
今、できること。
やらなければ、ならぬのは――
即座に周囲を見回してアトゥイチカプの視線を捉え、伊勢はすぐさま心を決める。より大きな声を張り上げるのは、その場にいる者たちの注意を惹く為でもあった。
「走れっ! この場は、葦原殿にお任せするのだっ!!」
ですが、と。不安げに返された言葉を視線で制する。――彼らに与えられているのは、荷を守るコトであるはずだ。
「さあ、早く!」
真っ先に伊勢の意図を理解したエレノアが動く。呼び出した地精の力で強襲者たちの足を止め、活路を開くと自ら率いて馬を追う。後ろ髪を引かれる想いは同じだが、ここに留まっても情況は悪くなる一方なのだから。
エレノア、そして、陣に促されるようにして輸送の列は走り出した。――追いかけるべきか、否か。強襲者の中にも迷いが走る。
大きく動き出したモノを、目が追いかけるのは生き物の本能だ。
ほんの僅かに生まれた隙間のような切り取られた空間に剣戟が響き、死闘は続く。さすがにそこへ割って入ろうとする者はいない。
それを見取って、伊勢は改めて戦いへと視線を向けた。
カシャァ――‥ン
身を竦ませるような冷たい音を立てて、ぶつかり合った刃が離れる。刹那、
向けられた眼差しに、刻が止まった。
ゆっくりと途切れ途切れに動き始めた世界の中では、たった数歩のその距離がひどく遠いものに想われて。
流れるようなすり足が、冷気の淀む大地を蹴る。
ぶつかって弾きあい、火花を散らして擦り互いの刀身を滑る刃が、ゆっくりと肉を切り裂きながら身体の奥に呑み込まれてゆく様を‥‥降り始めた雪と溢れ出す血と‥‥それはまるで、鮮やかな悪夢のようだ、と。
アトゥイチカプは、ふとそんなことを思った。
●まわり道
「――お怪我の具合はいかがですか?」
「悪くはない」
エレノアの問いに、室斐は仏頂面で言葉を返す。
大判振る舞いされた薬の威力は、絶大で。傷そのものは既に癒えかけていたが、室斐の裡にはまだ忸怩たる痛みにも似たモノが渦巻いていた。
計画通りにコトが運ばないのは常であるとしても‥‥思い通りの幕引きが叶わなかったのは、己の技量不足に拠るところも大きいのだから。
純粋に剣による決着がつけられなかったコトも口惜しい。――では勝てたのかと問われば、それもまた微妙なのだけれども。
剣を交える瞬間の短いやり取りで意を汲み、想いを伝える。切り結ぶだけではない、道の深さを垣間見ることが出来たのは収穫だ。
派手に飛び散った血と互いの身体を貫いた刀影。血相を変えて駆け寄った伊勢やアトゥイチカプを押しのけてまで、崩れ落ちるように地に伏した男たちの生死を確かめようとするものはいなかった。
相打ちであると見たのだろう。
実際、お互いかなり際どいところを突いたのは間違いない。
ふと耳を澄ますと、室斐と同様に傷の手当てを終えた葦原を囲んで皆がこれからについて話をしていた。
「――既に、葦原繁斗という武士は死にました」
それは、伊勢だけではなく、冒険者たちの総意でもあった。
敵をただ蹴散らすだけではなく、わざわざ手数を裂いたのはその為でもある。――世の中には、ただ静かに身を引くだけでは収まらぬ柵もある。
「武士とは故あらば、殺し殺されるもの。斯くありたくなくば‥‥武士を捨て、安穏とした一生を送られるがいいでしょう」
武士ならぬ者たちが、皆、安穏と暮らしているワケではないのだけれど。
伊勢に続いてアトゥイチカプも、脳裏に浮かんだこれからを気さくに口にした。
「命を取らずに魂を助けたいのなら、戦場とは全く違う場所――例えば、坊さんとかそういうのが近道かもね」
極論から極論へ走っているような気がしないでもないのだが‥‥
元々、ある種の幻想から始まった道なのだから、あるいはこれもそのひとつなのかもしれない。
何気ない口調に、葦原は僅かにその口元を綻ばせた。
「生憎、経は読めぬのだが‥」
郷里に戻り、百姓でもしようかと思っているのだと彼は笑う。
本来はそうなるはずだったのだ。――その長い長い紆余曲折を想い、エレノアはふと遠い目をする。
「たいそうな遠回りでしたわね」
呆れとも感嘆とも釈れぬ呟きを聞いたのは、室斐だけだった。