【旋風】−つむじ風−

■ショートシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:10 G 51 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月23日〜03月01日

リプレイ公開日:2008年03月02日

●オープニング

 この冬一番の底冷えに、思わず身を竦めて晴れた夜空を見上げた翌朝――
 江戸の町はその装いを変えていた。
 何もかもが雲母の欠片を散りばめたかのように淡くやわらかな光を帯びて白々と煌く様は北緯より訪れた旅客にとってさほど珍しい現象ではなかったが、それでも城から見下ろす町の姿は圧巻で。
 久方に見る冬らしい叙情を愉しんでいた面々は、石に畳まれた庭園の小経を軽やかに踏む沓音に現実へと視線を移した。

「――来たか‥」

 お気に入りの玩具を見つけたかのように口元を綻ばせた独眼の漢に、高台へ駆け上がってきた少年もまた仔犬のように人懐っこい笑顔でそれに応える。

「おっ久しぶり〜っ♪」

 脇を固めていた近習が思わずぎょっと身構えるような気安い言葉を投げ返し、少年は最後の一歩をぴょこんと飛び越えるようにして踵を揃えた。深味のある紺青の髪が光の紗を引いた蒼天に鮮やかな光を弾く。

「谷風梶之助。お召しにより、参上いたしましたっと☆ 顕家サマも、お元気そうで‥‥って、相変わらずコワイ顔‥」

 せっかくの綺麗なお顔が台無しだよ、と。悪びれる風もなく顰めた眉間のシワを指先で撫でて見せる梶之助に、さすがの顕家も気勢を削がれて視線を揺らせた。無礼に色めく者も皆無ではなかったが、少年が放つ底抜けの明るさに皆呑まれている。
 面子がひとつ足りないよーな、と。記憶を手繰り指を折る梶之助に、政宗は笑み含んだ言葉をかけた。

「ずいぶんと遅かったではないか」
「そうかな?」
「暮れに仙台を発った者が、立春を過ぎて江戸につくとは何事か。途上で起した騒動の方が先に江戸に届いておるわ。――まったく、つむじ風だな、其許は」
「うわ、ひどいや。皆が困っているって言うから、助けてあげただけなのに‥」

 行く先々で騒動を巻き起す。
 呆れた風に評されて、梶之助はワザとらしく傷ついた風を装って胸を押さえ心外そうに唇を尖らせた。子供のようなその様に政宗は愉快気に笑い、顕家は冴えた大気に白い吐息を落とす。

「なるほど。宿場を荒らす鬼を喰ったと伝え聞いたが、こちらの鬼はいかがであった?」
「鬼は鬼だよ。どこだって同じだと思うけど?」

 思わせぶりな言い回しに、梶之助はちらりと視線をあげた。掛けられた言葉の真意を問う眸の色に、政宗はとある界隈で囁かれる噂のひとつを披露する。
 曰く、奥州の誰某に操られた鬼の軍勢が江戸を脅かさんと企んでいるらしい。
 巷を賑わす風聞に、その危険な奥州街道をひとり旅してきた少年は、ぽかんと口を開けて奥州侯に縁あるふたりの武将を交互に眺めた。

■□

「――でね、思わず爆笑しちゃったんだよ‥」

 天板に頬杖をつき、少年は悪びれずに言う。
 事情を知ぬ者にとっては笑い事なのだ、本当に。
 容易く御せぬから鬼は人を襲うのであって、意思の疎通が可能であるのならばとおに鬼と人との確執は消えているはずだ。――魔法、あるいは神の叡智を手に入れた人間がその領分を侵食しているのは事実だけれど。

「でもさ、ちょっと考え直したんだ。鬼の軍勢が江戸を襲いに来るのなら、江戸にいれば探さなくても鬼の方からこっちに来るってことだよね? 軍勢って言うくらいだから、1匹や2匹じゃないよね。うん、絶対だね」
「‥‥‥はい?」

 ずいと番台の上に身を乗り出した少年の言に、《ぎるど》の手代は営業用の笑みを口元に貼り付けたまま固まった。
 何だか確信を持っているようなのだが、どこか論点がズレていると思うのは気のせいだろうか。もし、仮に――本当に縁起でもない話だが――鬼が大挙して押し寄せてきたところで、決して熱烈歓迎にはならないはずで。むしろ、その逆。決死の覚悟で迎え撃つ算段をしなくてはいけないところだ。
 脳裏をよぎった不吉な予感にどきどきしながら、とりあえず尋ねてみる。

「‥‥鬼をお探しで?」
「うん」
「何の為に」
「当然だよ。鬼は退治するものなんだから」

 違う。否、間違ってはいない。間違ってはいないが、わざわざ探し出してまで倒さなければいけないものでもないはずだ。
 何だかこう頭の中がぐるぐるして思わず視線をあさっての方へ泳がせた手代の前で、こともなげに言い放った少年は得意げに胸を張る。

「あ、別に鬼じゃなくてもいいんだよ? お化けでも、幽霊でも悪いヤツはやっつけないとねっ☆」

 その思想こそ、凶悪だ。
 そんなことを思わないでもなかったが、とりあえずは黙っておく。ここまで極端なのはともかくとして、これに近い思想を持つ冒険者は意外に多い。――きっと郷里では少しばかり腕に自信のあった駆け出しの冒険者だ。

「それで、ここへ来ると鬼退治ができるって聞いたんだけど」

 物珍しさを隠そうともせずそわそわと《ぎるど》の中を見回す少年に、手代は盛大な吐息を落とす。
確かに、間違いではないけれどっ!!
先刻から、どうしてこうも一事が万事であるかのような解釈に至るのか。――そりゃあまあ、懇切丁寧に教えるのは《ぎるど》の仕事であると言われればそれまでだが。
 極上のおやつを前に《おあずけ》を食らった仔犬のように期待に眸をきらきらさせて彼を見つめる少年から視線をそらし‥‥ふと逸らした目線の先に重ねてあった書付に気付いて、手代はちらりとその内容と少年とを見比べる。
 それは朝一番で《ぎるど》へ持ち込まれたもので――
 江戸から北へ数日ばかり離れた山の峠に、雪狼(フロストウルフ)が現れたというものだった。
 頻繁に人が行き交う街道筋ではなく、ちゃんと迂回路もあるので危険度の割には支払われる報酬が安く、まっとうな冒険者(?)からはちょっとばかり敬遠されそうな依頼である。彼の取り分を差し引いて、皆に配分すればちょうどいいかも。――魔が差した、とは。あるいは、こういうコトを言うのかもしれない。

●今回の参加者

 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

「頼みますから、あまり困らせないでくださいよ」

 仕度を整え《ぎるど》の前に勢ぞろいした冒険者たちを一瞥するなり、記録係は頭を抱えた。
 瀬戸喪(ea0443)の二本足の蜥蜴に始まって、超美人(ea2831)の仔犬、マクファーソン・パトリシア(ea2832)の猫2匹、虎魔慶牙(ea7767)の風精龍、そして、ジークリンデ・ケリン(eb3225)の黒猫とウィングドラゴンパピー。
 冒険者達は「何が?」と小首を傾げる。いつもと変わらぬ冒険前の風景だ。

「貴方たち、今から何をしに行くかちゃんと理解していますよね?」
「雪狼と狼を退治に行くんだよっ☆」
「貴方は黙っていてくださいっ!!!」

 能天気に混ぜっ返した谷川梶之助を一蹴し、記録係はジロリと険悪な目で名うての冒険者一同を睨めつける。

「上級者(ベテラン)なんですから。もっとこー落ち着いて考えてみませんか?――相手は野生の獣なんですよ?」

 獣を追って冬山を歩き回るのに、訓練された猟犬ならばともかく。狩りのお供が蜥蜴に猫に仔犬とは、いかがなものか。
 冒険者が引き連れる魔物を怖がり忌避するのは、何も人間に限った話ではない。
 今回の依頼が狩りである事を考慮すれば、目立つペットは支障があるのは間違いない。武装した冒険者と魔獣の軍団、彼らが強そうであればあるほど、獲物は遠のくのが道理だ。
 野生動物ならなおのこと、明らかにやる気満々の彼らに寄ってくるものはいないだろう。

「そのくらい分かっているわよ。当然、退治に出かける時はこの子達はお留守番だわ」
「ああ、私の馬と子犬も付近の村で預かってもらうつもりだ」

 マクファーソンと超は地元の村人に預ける気だ。では近くに村が無かったり、預かって貰えなければどうか。百戦錬磨の冒険者ならば、不運やミスにも足元を掬われない用心が必要だろう。
 もし預かって貰えなければ、最悪の事態も在り得るし、ペットを犠牲にするかもしれない。

「‥‥‥」

 一瞬の油断が命取りになる、それを冒険者達が知らないはずは無い。
 ちょっとやそっとなら自分達の実力で跳ね返せば良いという驕りが無いとは言えない。実際、冒険に大小のミスは付き物で、歴戦の冒険者は慣れっこにもなっている。
 記録係りはペットを引き合いにして、そんな彼らの心を見透かしたのか。

「遅くなったら先行っちゃうから、急ぎなよ〜☆」
「‥‥‥‥阿呆が」

 記録係の剣幕に追い立てられるように来た道を戻る其々の背中に暢気に手を振る梶之助の隣で、白蛇丸こと氷雨雹刃(ea7901)は目深に被った三度笠の下で意地悪く吐き捨てた。


●考える事が多すぎる?!
 仕切りなおして、再出発。
 思わぬ説教と、気に入らぬ者も居たがここは大人しくペットを預けたりしていて半日遅れた。これからの頑張りで挽回するとして。とりあえずの道中は、簡単な予習と打ち合わせ。白蛇丸こと氷雨の提案で、モンスターに詳しいジークリンデから雪狼と狼についての講義を受ける。

「おぉ! 面白い奴が参加してくれたねぇ。おかげで俺もやる気が出るってもんだぜぇ」
「‥‥貴様には関係なかろうが。俺は勘を養いに来た。ただ、それだけだ」

 げらげらと品のない笑声をあげてワザとらしく見下してくる虎魔には一瞥もくれず、白蛇丸の通り名を持つ男はさして面白くもなさそうな顔で面白味のないことを言う。――そう。勘は日々鍛えないと、鈍るのだ。

「やるべきことをやるだけですから。必要以上のことをするつもりは毛ほどもありませんし。人のことは当てにせず自力で何とかしてくださいね」

 協調という単語を端っから宇宙の彼方にすっ飛ばした棘だらけの瀬戸の言葉に、梶之助はぽかんとした顔をする。言葉の意味がよく理解らないという風に瀬戸を眺め、それから少し考え込んだ。

「そっかぁ。でも、やるべきことはできるって言えるのは凄いよね。――世の中には必要なことができない者も多いって、顕家サマは言うんだよ」

 こんな顔をしてね、と。梶之助は眉を顰めて、憂い顔を作ってみせる。
 「やらない」と「できない」では意味が違うし、「やるべきコトが分らない」に至っては目も当てられない。――「判らないコトすら、判らない」なんてことになると、もうお手上げ。
 顕家サマとやらのお言葉と瀬戸の発言を重ね合わせて反芻しつつ、梶之助はようやくぐるぐると渦を巻く思考の闇に光を見い出した風に屈託ない笑みを浮かべた。

「必要なコトとそうでないコトがちゃんと判断できるなら、キミはきっと平気だね」

 随分、お気楽な子供だと思ったら、本当に思考の螺旋がどこかおかしい。――緩んでいるのか、抜け落ちているのかはともかく、そのおかしな子供は自信ありげに胸を張る。

「それに、助けてもらわなくてもボクは強いし。全然、大丈夫だよ☆」

 こういうのが居るからこそ武士の世が栄えるのか、と。職業柄、習性になりつつある聞き耳を立てながら、そんな感想を抱いた者がいたとか、いなかったとか。

「梶之助殿は面白いことを言う」
「でも、あなたの考え方って嫌いじゃないわよ。一緒に頑張りましょう!」

 超とマクファーソンはどのあたりに共感したのか、好意的。微妙にすれ違う緊張感に、ジークリンデは深い吐息を落とした。

「‥‥話を聞く気、ありますか?」
 
 ない。ワケでは、ないのだけれど。
 どうも、小難しい講義を聴くと脱線したくなる体質なのかもしれない。ともかく、雪狼と普通の狼についての知識を得て、本題‥‥狩りの話に入る。

「相手は雪狼だけじゃない。‥‥普通のも居るはずだ。全員囲まれて後手に回るようでは面倒この上ない」
「狼って群れで動くのよね。パァーと一発でやっつけられないかしら」

 白蛇丸を名乗る男の洞察と危惧に、接近戦での不利を自覚するマクファーソンは憂鬱そうに顔をしかめた。そのマクファーソンの言葉が記憶を触発したのだろうか、冒険者たちの視線がジークリンデに注がれる。
 良いモノから、悪いモノまで。様々な称号を持つ彼女は、その称号に恥じない火の精霊魔法の使い手だ。――他の者たちの顔に浮んだ表情を敢えて無視して、冷厳策士の称号を持つ男は先を続ける。

「極端な話、塒を探るなら十中八九先に勘付かれよう‥‥俺でも、な?」

 何しろ、相手は野生の獣だ。
 感知、そして機動力だけを鑑みれば、こちらが圧倒的に不利だといえる。弱い手の内を指摘した上で、策を打つ。

「ならば敢えてだ‥‥俺が奴等を群れごと一点に誘き出す。お前等は待ち構え、ケリンの術を皮切りに一網打尽としろ」
「誘い出すとは、どうやって? 何か方策でもあるのか?」
「放った忍犬が異変を察知次第、《疾走の術》で俺も出る。出喰わした普通の狼を負傷させてわざと仲間を呼ばせ、定位置まで誘導する」

 そこをジークリンデの魔法で一閃、残った敵を皆で平らげるという寸法だ。
 超の問いに応える形で示された作戦の提案に、当のジークリンデは少し困った風に自らの知識と照らし合わせて言葉を選ぶ。

「‥‥狼は仲間が負傷しても助けには来ないかと思います。野生の獣は自らが倒せるモノしか襲いませんから‥」

 そこに親離れ前の親子という絆でもあれば、また別の話だけれども。
 彼らは生きる為に獲物を襲うのであって、例えば虎魔のように強い相手との戦いを求めているワケではない。力を合わせて狩りをする智恵はあっても、手負いの仲間を助ける義侠心までは持っていなかった。
 太刀打ちできない相手に、牙は剥かない。
 野生の非情とでもいう不文律がそこにある。

「そういえば、人間でもそうだよね。――最初に1番強いヤツを倒しちゃえば、大抵、みんな逃げていくもん」

 なるほど、と。
 ぽむと手を打った梶之助の隣で、今度は虎魔が渋い顔をした。

「おいおい。てぇことは、ケリンの魔法が炸裂した時点で勝負アリってことにならねぇかぁ?」

 獣は炎を恐れるものだし、相手が吹雪の化身とされる雪狼なら尚更その傾向が強いだろう。
 瀬戸の言葉どおり毛ほども無駄に働かず高みの見物と洒落込むのを善しとするならば、これほど楽な仕事もないが‥‥。
 暴れるのを目的にやってきた虎魔には、物足りないことこの上ない。――それよりも、だ。白蛇丸自身はジークリンデの魔法に巻き込まれぬよう《微塵隠れの術》を使って逃げられるのは良いとして、共に行動する忍犬の運命は‥‥。
 冷厳策士の号は、健在だと讃えるべきか。判断に迷う所だ。

「――少し改良点があるようだな。時間はまだあるのだから、皆で何ができるか考えてみようではないか」

 こちらも軍師の賛辞を送られたこともある超の吐息で、振り出しにもどる。
 広大な山中のこと。当てもなく闇雲に探すよりは、提案の通りおびき寄せて片付ける方が、合理的であるのは間違いない。――あとは、明らかになった無理を埋めていくだけだ。


●剣と魔法は使い様
 どちらも使い方次第――
 牙を剥き襲い掛かった獣の体躯を巨大な黒剣が薙ぎ払う。
 虎魔の揮う斬魔刀は、味方や障害物の密集した場所では使いにくい難物だ。重量もあり並みの腕力では扱い兼ねるその大刀を虎魔は軽々と操り、その豪胆ぶりを見せ付ける。
 次々と襲い来る俊敏な獣の牙は容赦なく彼の身体に突き刺さり、血肉を引き裂くがその痛みさえ裡より湧き出ずる高揚の誘引として、文字通り敵を蹴散らした。
 連れてくることの叶わなかった風精龍‥‥羅翔の分も‥‥その鬱憤を晴らすかのように強く、腹の底から戦さを愉しむ。

 コォォ――‥

 《レインコントロール》にて約束された晴天に、突如、吹き荒れた雪嵐の、肌を刺す冷気と氷雪の礫にスクロールを繰るジークリンデの手が、一瞬、止まった。

「‥‥くっ」
 
 爆炎の大魔女と呼ばれるジークリンデなら雪狼を燃やし尽くせる。しかし、派手な火魔法は残る雪狼を逃がしてしまうだろう。退治には段取りが必要であり、それは今世紀最強とも言われる彼女も例外ではない。
 隙を突いて襲い掛かる獣とジークリンデの間に身体を割り込ませ、瀬戸は地獄の業火にも喩えられる槍の柄で、その牙を受け止める。

「これくらいで気を散らさないでくださいね。――ケリンさん、貴方に掛かっているんですから」
「‥‥‥‥‥」

 冷ややかな。ともすれば悪意さえ感じる瀬戸の言葉も、彼女の重要性を知っていればこその裏返し。無言の裡に礼を込め、ジークリンデは今一度、スクロールに記された碑文へと意識を向けた。敵の事は仲間に任せて、まずはこのレジストファイヤーを皆に。
 水精の存在を示す淡い光が揺れる。
 マクファーソンの指先から流れる光は、魔法の力となって超の身体を優しく包んだ。身軽さを生かし、次々に抗火の力を仲間の身体へと付与していくマクファーソンの楯となるべく、超はただ無言で猿正宗を揮う。

「今くらい楽しませてもらわねぇとなぁ!」

 げらげらと笑いながら周囲を薙ぎ払い大見得を切る虎魔の姿は、確かに一見の価値はあった。好敵手なのかもしれない(?)男の本領発揮に、白蛇丸と名乗る男は表向きそっけなく肩をすくめる。
 
「食らいねぇっ!!」
「うわぉ、と‥☆」

 視界に飛び込んできた影に反射的に叩きつけた巨大な刀を一重で躱し、流れた刀身に拳を添えてその勢いを瞬時に殺した少年は、少し瞠目して虎魔を眺めた。

「‥‥てめぇ‥」

 せっかくの楽しみを邪魔されて険悪な唸りを上げた虎魔に、梶之助はすぐに相好を崩して困った風にけろりと笑う。
 動きを止めた獲物に飛び掛った獣の首を中空で掴み取り、少年はほんの少し顎を上げて虎魔の後方を示した。

「あと残ってるのはキミだけなんだって」

 気がつけば、梶之助の身体も水精の仄青い光に包まれている。
 超に守られたマクファーソンが、ふたりの方へと駆け寄って来るのが見えた。その後方に、紅い光に包まれたジークリンデが立っている。――高速詠唱を使わずに術を織るのは、確実に敵を葬るため、術の精度を上げる為だ。

「早くしろ、時間がない」

 阿呆が。と、相変わらず憎まれ口を吐く白蛇丸も、間を置かずに気を練り始める。男を取り巻く空気が変わった。
 怒りに燃える白い獣と、その周囲で唸りを上げる黒い獣。――ゆっくりと流れ出した時間の中で、マクファーソンが差し出した白い手が強く視界に焼きつく。

「虎魔さんっ!」
「――おうっ!!」

 伸ばされる手に、虎魔もまた強く腕を突き出した。
 重なるように繋がった掌から、水精の力が流れ込み身体を満たす。注意深く微弱にコントロールされているとはいえ、ジークリンデが放つ火精に対抗する唯一の力――
 抗うことなく受け入れると同時に、爆発が起こった。
 ジークリンデを中心に膨れ上がった火玉は広範囲を呑み込み、人間が使う叡智の証を改めて知らしめた。
 ひとつ間違えれば大火傷モノの命に関わる荒業であったが‥‥水精を操るマクファーソンの技量か、魔法の特性によるものか。あるいは、事前に施された《フレイムエリベイション》の賜物であるのかも。
 炎をやり過ごした冒険者たちの独壇場となったのは、言うまでもない。

■□

「――どうなることかと思ったけどね」

 面白かったよ、と。
 暢気に笑う梶之助の報告に、江戸城の主はいささか呆れた表情で少年を眺めやる。
 自らも何度か関わり、聞き知ってもいたが。相変わらず――噂に違わずというべきか――冒険者とは不思議な者たちであるようだ。

「今度は、一緒に鬼退治をやろうって言ってくれた人もいたし。――色んな人がいて、楽しいところだね、《ぎるど》って」

 すっかり気に入った風に眸を耀かせて話す梶之助に、顕家は深い吐息を落とす。
 良くも悪くも個性的な者たちが揃った場所が、如何なる影響を与えるのか。――それはひどく気がかりな予感にも似た胸騒ぎだった。