長らくの友
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■ショートシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月11日〜08月16日
リプレイ公開日:2004年08月17日
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●オープニング
あきらかに挙動不審の男がひとり。
しきりに周囲をうかがい、猫背の背中をいっそう丸めてこそこそと“ぎるど”の奥へと入って行った。
どうやら、依頼を持ち込んできたものらしい。
年の頃は、40かそこら。商いをする者だろうか。恰幅のよい身体を上等な仕立ての羽織に包んだ、なかなかに羽振りの良さげな男である。目鼻立ちもそれなりに整っており、大きく分ければ男前の部類に入るかもしれない。――尤も、初めて彼と顔を会わせた者は、顔の善し悪しよりもまず別のところへ目が行ってしまうだろうけれども‥‥。
■□
件の男が“ぎるど”を後にしてより、半刻余り。
そわそわと手ぐすね引いて待っていた冒険者たちの前へ、係りの手代が大福帳を持って現れた。――妙に畏まった神妙そうな顔をしているのが、何やら笑える。
「それは、さっきのハゲ頭の旦那が持ってきた依頼かい?」
書見の席に着くのを待ちかねたように誰かが発した問いに、手代の肩がぴくりと震えた。わずかに歪んだ唇の端が、笑みを堪えて奇妙な具合に引きつっている。
「‥‥‥大黒屋さんは決して‥‥」
少々、涼しげではあるが。わずかばかり残った髪をかき集めて結った小さな髷が大柄な身体にはいかにも寂しく、 憐れというか‥‥悩みのない者には、滑稽にも感じられ‥‥。中には、明日の我が身をちらりと脳裏に想い描いた者もいたかもしれない。
「大黒屋さんの髪の話はよいのです」
忘れましょう、と。こほんと咳払いして場を濁し、係りの手代は書き付けたばかりの大福帳をよいしょと広げた。
「‥‥荷を迎えに行って欲しいとの依頼にございます」
にやにや薄笑いを浮かべている冒険者を横目に睨み、手代は相変わらず蚯蚓がのたくったような達筆の書き付けを読み上げる。
「荷の中身は何だい?」
もっともな問いであったが、手代は一瞬、視線を虚に泳がせた。しばし考え、そして、あさっての方に目をむけたまま、もっともらしく理解ったしかめ面をして肩をすくめる。
「“ぎるど”には、お客様が詳らかにしたくないことは決して口外しない。“しゅひぎむ”というものがございます。――まぁ、華国より特別に取り寄せた高価な薬とでも申しあげておきましょう」
遠路はるばるそれはそれは大事に、押し頂いて運んできたらしい。
が、その大仰さが災いしてか質の良くない輩に目をつけられ、ついに江戸より2日ばかり離れた街道沿いの宿(しゅく)に閉じ込められた。
宿場町の中はお上の目もあり山賊たちもそう手荒なことはできないが、街道に足を踏み出せばおそらく――
「‥‥華国の秘伝も肝心の荷が届かねば、大黒屋さんのおぐしも痩せる一方‥‥ああ、いえいえ」
こほこほとワザとらしく咳をして口をぬぐい、手代はにこりと極上の笑みを浮かべる。
「どなたか、宿場まで隊商を迎えに行ってくださいませんでしょうか?」
●リプレイ本文
人間の悩みは、千差万別。
他の人なら思わず笑ってしまうような、くっだらない悩みでも。それを抱えている者にとっては、深刻なのだ。
そういう意味で、大黒屋の悩みは、とりあえず一般的なものだと言える。――多少情けなくても、万人に理解してもらえる類のものであったから。腹を割って話せば、10人中の9人くらいはまぁ同情してくれるだろう。内の2人は、もしかしたら同じ悩みを抱えているかもしれない。
将来に少しばかり不安のある平島仁風(ea0984)や、未確認ながら頭の後ろに現在進行形のハゲ‥‥けほっ‥‥が囁かれている丙鞘継(ea2495)などは、苦笑いの裡にこっそり同情の念すら抱いていた。
財力にモノを言わせて高い薬を調達できる大黒屋は幸せである。
女性にはイマイチ心配度の薄い悩みではあるが、“ぎるど”の係りが口を酸っぱくして「禁句」だと騒いだ賜物か。口止め料に小銭をせびろうと、せこい下心を抱いたのは山田菊之助(ea3187)ひとりであった。
●旅籠の待ち人
運ばれてきた荷物の中身が何なのか。
薄々気付いていても、口にしないのが良く出来た冒険者というもので。――時には依頼人の傷口に触れない思いやりも必要である。
確信と憶測を胸に街道沿いの宿場町に到着した冒険者たちを待っていたのは、いかにも商家の番頭然とした老境の男と、使い走りの小僧のふたり。隊商と呼ぶには、少しばかりお粗末な顔ぶれだった。共に腕っ節の方は、てんで期待できそうにない。
「‥‥あんたらふたりか?」
こちらは白いものの混じり始めてはいるが十分健在な髪に手をやり、問われた番頭は少し困った風に頭をかく。聞けば、他の者たちはしつこく付け狙う盗賊に恐れをなして逃げてしまったらしい。たったこれだけとがっくりするか、足手まといが減ったと喜ぶべきか、微妙なところだ。
「目を付けられたって、前に襲われたの? どんな人たちだった?」
御神楽紅水(ea0009)の問いに、番頭と小僧は顔を見合わせ大きく頷く。
「それはもう」
見るからに山賊といった風情の、粗野でむくつけき大男であった。――粗暴であるのはさもありなんと言った所だが‥‥。
懇々と山賊の恐ろしさを訴える番頭の言葉に、旅籠の窓から通りの様子を伺っていた不知火八雲(ea2838)は、ちょっぴり首をかしげる。通りにそって軒を連ねる旅籠の角に詰まれた油樽の影から、ちらちらとこちらの様子を伺っている男はどう見ても遊び人風の優男だ。――善人には見えないのは確かだが。
「‥‥‥あれが‥‥?」
「‥‥いや‥‥何事も‥‥油断は‥‥禁物、だ‥‥」
見た目はアレでも、案外、脱いだら凄いのかもしれない。胡乱気に双眸を細めた不知火に、とりなすように丙がぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「とりあえず、捕まえてみればわかるかな。時間も稼げると思うし」
小太刀を支えにひょいと立ち上がった紅水の動きを目で追って、番頭の横で錦に包まれた豪華な荷物を羨ましげに眺めていた平島は、窓際を陣取って通りを眺めていた不知火をちょいちょいと指で呼んだ。
「ああ、と。八雲のニィちゃんや。せっかくだから、ちょいと頼まれてくれんかね」
何やら囁いた平島の提案に無表情ながらこくりと首を頷かせ、不知火は紅水と肩を並べて表に出て行く。
「華国から取り寄せた薬かぁ。何の薬なのかな?――やっぱり養毛剤かな?」
「さあ、な」
やはり荷物の中身が気になる紅水の言葉に、不知火は曖昧に肩を竦めた。鉄の意志でしっかり自制しているのか、本当に興味がないのか‥‥その表情からは、読み取れない。
「ともかく、大事な品物みたいだから、早く届けてあげないとね」
「‥‥そうだな」
そんなことを言い合いながら旅籠を出て行く後姿を見送って、平島は大きな手でがしがしと今のところは不安のない頭をかいた。
「さて、と。こっちも準備を始めようかね」
宿場で待っていたのが2人では人数を誤魔化すことはできないが、強さを偽ることはできる。
隊商の装いというほど仰々しいものはなく、ごく普通の旅装束が一般的だ。――因みに、輸送手段は海運が主なのか、大量の荷を陸路で運ぶことは少ない。馬に乗れるのは武士以上の階級の特権で、一般の人々は足で歩く。
華国の薬は子供でも抱えて運べるくらいのものなので移動に支障はないのだが、武器を隠して行商を装うのなら少しばかり工夫が必要そうだ。
●長らくの友
「いいですか。山賊が出たら、バラバラに逃げては、いけません」
真面目な顔で心得を述べる紅月椛(ea4361)に、小僧は神妙な顔でこくりと頷く。
江戸に向かって宿場を発って半日余り。道中は至って平和であった。――もちろん、冒険者たちがつけ入る隙を与えず同行しているおかげである。
「むやみに、逃げ回らずに、一箇所で、ジッとしていてください」
その方が、助ける方も動きやすい。
月道を通った向こうの国には馬に引かせる乗物があるというが、生憎、日本には普及していないので、脱兎のように逃げるしかないのだが‥‥老人と子供の足では‥‥
なかなか思い通りには行かないものだ。
しっかりと箱を抱えて歩く初老の男を横目に眺めて、山田は溜息をひとつ。
「‥‥八雲のニィちゃんの話だと、1里ほど先に道が細くなっているところがあるそうだぜ」
襲われるとすれば、おそらくそこか。
隊商の動きを見張り仲間に繋ぎを取りに行く者を紅水と不知火のふたりで取り押さえ、番所に突き出すついでにしっかり探りも入れてきた。
最初から来ると判っていれば、さほど怖い相手でもない。丙などいつ襲われても対応できるよう、刀に魔法の力を付与して歩いている。――効果時間に限りがあるので、ばらばらと飛び出してきた人影に、少しばかりホッとした。
飛び出してきた人影は、8人ばかり。
具足や胴丸を付けている者もいるが、いずれも浪人くずれといった風情でこれといって腕の立ちそうな者はいない。――尤も、こちらも腕にしっかり覚えのあるのは平島くらいなのだが‥‥。
「なんの。高速の若旦那居合いで、ちょちょいのちょいですヨ」
抜刀した紅水の隣で、刀の柄に手をかけた山田は、数で勝る相手を前にかなりの余裕。――居合い抜きを主眼とする夢想流。神速となるかどうかは、本人の腕と相手次第といったところか。
不知火の調べでは、見た目こそおっかないが大した相手でもないので、油断しなければ大丈夫だろう。
「とりあえず、安全なところまで、走りましょう」
先刻の心得どおり逃げ出しはしなかったものの、すっかり竦みあがった番頭と丁稚のふたりを促す椛は至ってマイペースであった。
番頭が抱えた包みを狙って襲い掛かってきた山賊を不知火の手裏剣が牽制して、退路を切り開く。
「待てっ!」
追いすがる山賊の前に、2本の剣を構えた平島が身体を割り込ませた。
「貴様ぁっ!!」
白くきらめいて振り下ろされた剣を右手の脇差しで弾き返し、左に握った短刀で相手の腹を斬撃する。声にならない叫びをあげて崩れ落ちたその身体を飛び越えて、2人目が突っ込んできた。
鞘を回して腰に翳した匕首を叩くと、足絡みに蹴り倒す。
3人目が、すぐ前にいた。
―――ザァ‥ッ!!
大気を切り裂いた切っ先が鼻を翳め、ゆっくりと倒れた男の向こうに剣を構えた丙が立っていた。
「‥‥‥大丈夫‥‥か?」
「おお。助かったぜ」
一瞬だけ言葉を交わし、戦いに戻る。
紅水と山田のふたりも、山賊を相手にそれぞれ互角の戦いを展開していた。
小太刀を構え一気に間合いを詰めると、紅水は抜いた刀を横になぎ払う。放たれた白刃が気合を飲んで光になった。
鋭い刀風が八双の構えから振り下ろそうとした浪人の胴を抜いて、隣に立つ仲間の胸を斬り上げる。白々と冴えた牙を避けようと僅かに起こした男の身体を、山田の剣が切り裂いた。
どさり、どさり、と。ふたつの影が、背の高い木立の間に折り重なる。梢をすり抜けて降り注ぐ木洩れ陽が、溢れ出た鮮血をまだらに染めた。
「次、死にたい者は申し出なっ!!」
平島の放った一喝が、抜けるような青空に高く響く。――すでに、勝敗の行方は測らずとも明白だった。
■□
山賊退治の手柄を土産に次の宿(しゅく)に到着した一行を待っていたのは、椛と不知火に護られて一足早く到着していた隊商の手厚いもてなしだった。
見事な手際に感服したとのこと。酒や料理なども存分に振舞われ、ちょっとしたお大尽気分を満喫できる歓迎ぶりである。――頭の辺りが寂しいだけで、大黒屋の内証はかなり豊かであるようだ。
コネを作っておけば特だという山田の見込みは、ある意味正しい。
間違いではないのだが、髪の話を引き合いに出しての接近はかなりマズいだろう。――当の本人がいたく気にしているのだ。傷に触れるのは、よろしくない。
後頭部にある小銭大の‥‥ごにょごにょ‥‥が、気になる丙の方がいくらか話が合うような気がするのだけれど。
「あー、その何だ‥‥。俺も薄くなったら世話になるから、そん時ゃ頼むぜ」
皆が寝静まった頃を見計らい、こっそり大黒屋の番頭に耳打ちする平島の姿があったとか、なかったとか。
小耳に挟んでもいても寝たフリをして聞かなかったことにするのが、少しばかり気の効いた大人の付き合い方というものだ。
=おわり=