●リプレイ本文
「さあーみんなー! 最強プリンセスになりたいかー!!」
司会進行、と書かれたタスキをしたケンイチ・ヤマモト(ea0760)が、高らかに宣言する。
一瞬の間を置いて『おーーー!!』と響く声。
町の広場に造られたステージの上に立ち並ぶ美女、美女、美女。それらが手を上げてこたえると、ステージの周りに詰め掛けた観衆も、揃って歓声を上げていた。
この町では、年に一度、強さと美しさを兼ね揃えた美女を選ぶコンテストを開催し、1番に選ばれた美女に『最強プリンセス』の栄誉称号を贈って褒め称えるという祭りが開かれているのだ。
そして言うまでもなく、本日がその開催日というわけである。
「それでは早速一番の方! 自己アピールをどうぞー!」
ケンイチの声と共に、ステージ上の美女達の中から、すっと1人が進み出る。
色鮮やかなドレスを身にまとい、優しげな微笑をたたえているのは、水野伊堵(ea0370)であった。
とたんに会場、特に男性達から、
「うぉぉ〜か、可愛い〜!!」
「俺と結婚してくれぇ〜!!」
‥‥等々の声がかかる。
伊堵はそんな彼等に向かって手を振りつつ、一礼すると挨拶した。
「皆様始めまして。ジャパン出身の水野伊堵と申します。まだ何も知らない17歳の粗忽者ではありますが、本日は精一杯がんばりますので、どうか応援よろしくお願い致します」
ややはにかんだ微笑は純真そのもので、なんとなくキラキラしている風にも見える。
それを聞いた男性達から、また悲鳴のような歓声。
「‥‥では、歌を歌わせて頂きます。皆さん聞いてください」
彼女の言葉と共に、背後に控えた有志による楽団が演奏を始め、美声を披露する伊堵。
その歌声は確かなもので、発声も見事だ。加えて、あくまで優しい笑みを崩さず、少しだけ照れたような純粋さも醸し出している。
「おおおおお俺あんたに投票する! 絶対するっ!!」
「好きだーーー! 大好きだーーー!!」
会場から、そんな男達の声が聞こえる。
まさに、美少女アイドル誕生、というような雰囲気だったのが‥‥彼らは知らない。
──ふっ、そうだ、愚民共め、もっと私に夢中になるがいい! もっと私を崇拝するがいい!
その美少女が、純真そのものの笑顔の影で、なんかとんでもない台詞を心の中で呟いている事に。
──気が付けば貴様等の心には私が存在し、私なしでは過ごせぬようになるだろう。さあ、愚か者共、私の前にひざまづけ! 魂を捧げるがいい! 私が貴様等の王だ! 支配者だ! はーっはっはっはっはっはっは!!
ある意味‥‥彼女は酔っているようだ。が、それ以上に本気であり、やる気満々である。ちなみにやる気と言っても『殺る気』ではない。念のため。近いが違う‥‥はずだ。
「‥‥なんか、大丈夫でしょうか、あの方‥‥」
ケンイチはさすがに伊堵から発せられる怪しげなオーラに気付き、額に浮かんだ汗を拭っていた。
「はーいみなさーん。僕‥‥じゃなくて、あたしはライカ・カザミ! よろしくね〜♪」
と、ステージ上にはレイジュ・カザミ(ea0448)が現れた。違う名前を名乗っているが、ライカとは彼の姉だ。
もちろん、そう名乗るからには、立派に女装していたりする。
しかも‥‥。
「‥‥レイジュ君‥‥無駄毛の処理までしてますね‥‥」
どこか遠い声で、ケンイチが呟いた。
さらに彼は真紅の派手なドレスに赤毛のカツラを被り、完全になり切っている。声援を送ってくる男性陣に対しては、投げキッスまで贈るサービスっぷりだ。
「それじゃああたしの余興、見ていって〜!」
元気に手を上げると、レイジュは造り物の剣を複数取り出し、それを次々に放り上げる。
「はい、はい、はいっと♪」
頭上に投げては受け取り、また投げて‥‥を繰り返すその手並みは、なかなか見事なものだ。
「おおっとー! これは上手いジャグリングだー!」
ケンイチもそう実況し、会場からもおおっと声が上がる。
それを受けて、ますます調子よくジャグリングを続けようとしたレイジュだったが‥‥。
「わぁっ!?」
いきなり声を上げて派手にすっ転んだ。
どてーんとひっくり返った彼の足元には、ころころと転がるたくさんの豆がある。
果たして、誰がやったのか‥‥。
──ククク‥‥目立つ者には死を。私の前に立ち塞がる者には、不幸な最期あるのみ!
拳を握り、邪悪に微笑む美女が約一名‥‥いた。名前は伏せさせてもらおう。伊堵だなどとは口が裂けても言わない方がいい。危険だ。
後頭部をしたたかに打ち付けて白目を剥いたレイジュが、やたら筋肉質な2人組の救護班によって担架で運ばれて行く中、代わりにまた、1人の少女がしずしずと進み出てくる。
「‥‥私は村上琴音(ea3657)と申す者。出自はジャパンじゃ。今回はゆえあって此度の催しに参加させて頂いた。未だ修行中の身の上ではあるが、なにとぞよろしくお願い致し申す‥‥」
和服を着た11歳美少女の出現に、またも会場からはほぅっとため息が漏れた。
「では、失礼して‥‥我が国の茶などを点ててみたいと思う」
と、また一礼すると、ステージの隅に用意された茶の湯の席に移動した。赤い敷物が敷き詰められた宴席の上に大きな和傘が立てられ、その中央に茶席が設けられている。完全に野点の雰囲気だ。
優雅な仕草で湯を椀に注ぎ、茶筅で茶を点て始めたが‥‥。
──ぱき★
ほどなくして、乾いた音と共に椀がまっぷたつに割れてしまう。
「‥‥あ゛」
思わず目を点にする琴音だったが、何事もなかったかのように割れた椀を背後に放り投げると、
「ち‥‥茶より花の方が実は得意なのじゃ! どうか衆目の方々、見ていて下されませ!」
動揺を押し隠しつつ、手に多数の花を抱え、一気に宙へと放り投げる。
「参る! はぁっ!!」
落ちてくる花々の真下には、腰の刀に手をかけ、やや姿勢を低くして構えた琴音。その目が一瞬鋭くなり、手が閃いた。
──シュンッ!
流れる光の一筋。
鮮やかな居合から放たれた剣の軌跡が花を丁度良い所で切断し、下の花器へと落ちていく。
チン、と琴音が剣を収めると、そこには綺麗に生けられた花が姿を現していた。
客席からは感嘆のどよめきが起こり、結果に満足した琴音もほっとした笑みを見せたが‥‥。
──ぽとり。
軽い音を立てて、一輪の花が床に落ちる。
と、それが合図だったかのように、続けて全ての花がぽとぽとぽと‥‥と。
「あぁぁぁあぁぁ〜〜〜!!」
頭を抱え、琴音が叫んだ。
「くぅ‥‥こんなことでは‥‥国の両親に顔向けできぬのじゃよ‥‥ぐすっ‥‥」
涙をこらえつつ、落ちた花を再びくっつけようと試みる彼女だったが‥‥無理っぽい。
「ごきげんよう、みなさん」
そんな琴音を尻目に、また新たな出場者が前に出る。
薄いヴェールを身にまとい、露出度高めなアラビア風衣装で決めたティイ・ミタンニ(ea2475)が、小さく微笑んでお辞儀をした。
その見事なプロポーションと、悩殺的な衣装、彼女自身から立ち昇る妖艶な雰囲気に、会場の男性陣が思わずぽぉっと見入ってしまう。あたかも光に集まる羽虫のように。
「私も異国の者ゆえ、この国の勝手はいまひとつわからないのですが、皆様にご指導頂いて、一生懸命頑張りたいと思います。そう‥‥」
チラ、と、会場の男性達に流し目を送り、彼女は言った。
「‥‥できれば、素敵な殿方に、色々と教えて頂きたいですね‥‥ふふ‥‥」
色っぽく髪をかきあげ、ウィンクひとつ。
「ああ‥‥ティイちゃん‥‥」
「もう、俺、だめ‥‥」
その色気に酔い、バタバタと倒れる男性まで続出する始末だ。
「‥‥アラビア語で言ってるから、ほとんど意味が通じないはずなのに‥‥すごい破壊力ですね‥‥」
司会のケンイチも、半ば感心しつつ、そんな感想を漏らしていた。
ティイはイギリス語も話せるのだが、今はわざとアラビア語しか話せないようなフリをしている。それが彼女のエキゾチックな魅力を、ますます際立たせる要因のひとつとして作用しているようだ。
と──今度はどこからともなく、その場に美しい笛の音が聞こえてくる。
それと共にステージ上に進み出てくる、金髪で白い肌の美女‥‥。
目を静かに閉じ、横笛を吹くその姿は、幻想的な調べとあいまって、妖精か女神でも現れたのではないかと、見る者に思わせる。
「‥‥ロシア王国出身‥‥シスイ・レイヤード(ea1314)‥‥少しでも‥‥私の笛の音で‥‥皆様の心を癒せればと‥‥思います‥‥」
やがてそっと瞳を開け、蒼い双眸で会場をじっとみつめると‥‥彼女は柔らかく微笑み、名乗った。
「なんて‥‥なんて華麗な‥‥」
「素敵だ‥‥」
「俺の女神様だ‥‥」
‥‥などと、観客席の男性陣が目をキラキラさせながら両手を胸の高さに組み、祈るような目でシスイを見つめていたりする。
しかし、彼等は知らない。
シスイは、実は‥‥男なのだ!
「やれやれ‥‥あまり大勢の前での女装は‥‥恥かしいのだがな‥‥」
穢れを知らぬ極上の顔でニコニコしながら、シスイがそんな事を小声で言っていたとは、誰も予想しなかったろう。
「シスイさん、凄いな‥‥でもって、お客さんの反応も女性毎にそれぞれ違っていて面白いですね。歴史に残るような良いコンテストになりそうな気がしますよ」
苦笑しながら、ケンイチも呟いていた。
「よーし、次はあたいだーっ!!」
ステージに響く、元気な声。
1人の新たな女性が、白い歯を見せて笑いつつ、ステージ上に進み出てきた。
大柄な体躯は、間違いなくジャイアントだ。しかも鍛え上げられた無駄のない、美しいプロポーションをしている。
「モンゴル王国出身! ネイラ・ドルゴース(ea5153)だ! まずは挨拶代わりに、あたいの力をみておくれ!!」
笑顔で高らかに言うと、指をパチンと鳴らす。
すると‥‥。
「わー! 暴れ牛だー!!」
会場の片隅で、そんな声が上がった。
と同時に、んもー、といななきながら、ステージへとまっすぐに向かって来る一頭の牛。
たちまち悲鳴が上がり、客の列が左右に分かれる。
「女として生まれて20数年‥‥逞しいとか勇ましいとか言われても、可愛いとか女の子らしいとか一度も言われたことが無かったあたいに初めて回ってきたプリンセスになれるチャンスだ! 絶対一番なってやる!」
その前に、目を光らせて身構えたネイラが立ち塞がった。
「どりゃーーー!!」
気合を上げると、突っ込んできた牛の角を両手で押え、大空へと力任せに放り投げる。
「これはあたいの人生の大勝負なんだ! 牛の1頭や2頭、なんぼのもんじゃーい!!」
牛はきりもみしながら宙に舞い‥‥。
「‥‥いやーひどい目に遭ったなぁ‥‥」
鼻の頭に膏薬を貼って治療を終え、ようやく戻ってきたレイジュの頭上に‥‥落ちた。
んもーとうぎゃーという2種類の悲鳴が轟き、地面に半分めり込んで目を回してしまう1人と1頭。
「よーし次、エールの連続一気飲み、いっくぞー!!」
が、ネイラはちょっとした被害者がいた事などまるで気がつかず、用意されたテーブルの上に置かれた酒盃を次々に手に取ると、中身を豪快に飲み干していく。
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
さっきの暴れ牛の事と合わせて、その様を見た観客達は、いずれもぽかんと口を開け、彼女にただ目を向けるのみだ。
‥‥よし、皆があたいを見てる! これなら行ける! プリンセスの座はもらった!!
客の視線を好意的なものだと思いっきり勘違いしたネイラは、己の筋肉を見せつけるようなポーズを取りながら、さらに速く、さらに豪快に一気飲みを続ける。
他の面々はというと‥‥レイジュは再び救護班によって掘り起こされ、担架で退場する所だったし、琴音はまだ半泣きで落ちた花をくっつけようとしている。シスイとティイは笑顔で客達に手を振りつつ、怪しい者がいないかどうかもきちんと確認しているようだった。
残る一人は‥‥。
「‥‥ククク‥‥そうか、私の敵はお色気が武器がティイと、美貌が武器のなんちゃって女の2人だな。よかろう私のこの完璧な清純派とどちらが上か勝負だ! 私を相手にして無事に明日の朝日が拝めると思うな‥‥ククク‥‥クククククククク‥‥!!」
伊堵は‥‥なにやら全身からどんどろどろどろと黒いオーラを吹き出させつつ、目も光らせてそんな事を呟いている。呪とか怨とかいう字がとてもジャストフィットしそうな感じだ。
「‥‥なんか‥‥混沌としてきましたね‥‥」
額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、ポツリと漏らすケンイチであった。
「しかし‥‥」
ふと、真面目な顔つきになって、彼もまた会場に目をやる。
‥‥客の中には、これといって怪しい人物は見当たらないですね。となると、やはりこの後のゴブリン乱入の時が勝負でしょうか‥‥で、もって‥‥。
再び、ステージ上に視線を戻すケンイチ。
「‥‥」
並んだ美女達の中に、ヒゲもじゃドハデメイクの、どう見ても山賊の親分っぽい暑苦しいのが約1名混じっている。
「‥‥どうして参加できたのか不思議な方もいますね‥‥参加前の事前チェックとか、かなりいいかげんだったとしか思えません‥‥」
複雑な顔でそう判断する彼であった。
そして‥‥プリンセス選びは、いよいよ怒涛の後半戦に突入する。
「さぁーて! それでは皆さんお待ちかねー!! ゴブリンファイトの時間がやってまいりましたー! ゴブリンに扮する村の男達と戦って、戦って、戦い抜いて打ち倒し! 美女達はその勇気を示さねばなりません! そして勝ち残った者こそが、クイーンオブクイーン、最強プリンセスの栄冠を手に入れることができるのです!!」
ケンイチが、高らかにそう宣言した。彼の格好は、白のシャツに紫のズボン、腕には『審査員』の腕章があり、さらに片目にアイパッチ、という姿に変わっている。細かい意味は不明だ。そういう伝統なのだろう、きっと。
「それではゴブリンファイトーーーーーーッ! レディィィィィィィィィ‥‥‥‥ゴーーーーーーッ!!」
彼の声に合わせて、会場へと乱入してくるゴブリン‥‥っぽい手作りの覆面を被った村の男達。
がおー、とか、食べちゃうぞー、とか口々に言ってはいるが、無論本当に戦闘を行うわけではない。男達は女性達にわざとやられ、逃げていくだけの役割だ。
‥‥それは十分女性達も分かっているはず、だったのだが‥‥。
「クク‥‥クククク‥‥」
日本刀(以下、彼女の場合のみ”ポン刀”と呼称)をスラリと抜き、妖しく笑う美女1人。
おもむろにスカートに手をかけると、ビリビリと自ら破ってしまう。動きやすいように、という考えかららしい。美しい脚線美が遠慮なく晒されたが、そんな所に目を止める者はいなかった。
「ゴブリンに人権はないんだよ! 逃げろ逃げろ野郎ども!! 地獄を見せろこの私にィイッ!!」
「ひぃぃぃ〜〜〜!」
破壊と暴力に酔いしれ、ポン刀を振り回して男達に迫る伊堵。当然、善良な市民の皆様である男性陣は、悲鳴を上げて我先にと逃げ出していく。
「逃げるな! 私と戦え卑怯者!!」
それを、高らかに笑いながら追う彼女。もう‥‥なんというか狂戦士、バーサーカーっぽい。
そうかと思うと‥‥。
「‥‥今、虫の居所が悪いのじゃ‥‥到底加減はできぬぞ‥‥」
怒った顔の琴音も、同じく日本刀をすらりと抜き放つ。その背後には、無残にもバラバラになった花の破片‥‥どうやら、やっぱり上手くできなかったようだ。
「ゆくぞ! 覚悟するじゃ! たーっ!」
気合と共に放たれた斬撃が、男達のゴブリン仮面を次々にまっぷたつにしてしまう。仮面が落ち、素顔を晒した男達は、これまた悲鳴を上げて逃げ始めた。
「‥‥おやまあ‥‥なかなか、大変な‥‥事に‥‥なっていますね‥‥」
「でも、放っておいても大丈夫なのでは? 逆にこれで、盗賊が速めに動いてくるかもしれませんし」
伊堵と琴音の大暴れを眺めつつ、シスイとティイはそんな事を話していた。
「そうだね。あたいもちょっと今はおとなしくしていたいかな」
なんて声に振り返ると、背後にはピンクのフリフリ衣装に着替えたネイラが立っている。
「この日のために用意したとっておきの勝負ドレスなんだよ。どう?」
とか言いつつ、嬉しそうにくるんと回ってみせる彼女。
「‥‥ええと‥‥」
「微妙‥‥ああいえ、似合っていますよ、とても‥‥」
多少言葉に詰まりつつ、なんとかそう返す2人だ。
‥‥まるで少女が着るような、フリルの多いロリータ風ドレスをネイラのような筋肉質な女性が着ても、それはちょっと‥‥問題があったろう。実際今にもはちきれそうなくらいぱっつんぱっつんだ。
とはいえ‥‥。
「ああ‥‥これであたいは白馬に乗った王子様に見初められ、大恋愛の末に結ばれたりするんだ‥‥どうしよう‥‥」
などと呟きつつ、ネイラはすっかり夢見る乙女の瞳になり、頭の中でまだ見ぬ王子様とキスシーン3秒前くらいの自分の姿を想像していたりする。頬はバラ色、自分で自分の身体を抱き締めた姿は、もう完全にそっちの世界にトリップして、ひたりきってしまっているようだ。
「意外に‥‥少女趣味‥‥なのだな‥‥」
「そうですね‥‥」
とりあえず夢見る彼女に声をかける事もはばかられ、そんな感想を述べるシスイとティイである。
と──その時、
「て、てめえらおとなしくしろっ! こいつがどうなってもいいのかっ!!」
なんて、男の声が響いた。
「ふむ‥‥やはり‥‥出たか」
「思った通りですね」
シスイ、そしてティイがそちらへと振り返る。
そこには、美女の1人を捕まえ、山刀を突きつける男‥‥というか、女装をしたヒゲもじゃの姿があった。先程ケンイチが目を付けていた奴だ。周囲には、同じく剣を手にしたゴブリン覆面の男達もいる。どうやらそいつらが手下らしい。
そして、ヒゲもじゃに捕まった美女こそ、誰あろう‥‥。
「いや〜ん。怖〜い。助けてー♪」
‥‥笑顔のレイジュだった。緊迫感が殆どない。
「この女の命が惜しければ、女は皆おとなしく俺達について来やがれ! そうすりゃ俺達は身代金で大儲けだぜ!」
大声で言い、がははは、と笑うヒゲもじゃ男。
「さすが親分、やってくれるぜ!」
「かっこいいぜ、親分!」
‥‥などと周りから声がかかっている所をみると、どうやらそいつがボスのようだ。
「いいですよ。好きにして下さい」
しかし、思いっきり思いがけない言葉が投げかけられる。
「‥‥‥‥なぬ?」
口をぱかんと開けたまま、笑いを止める親分。
「え〜〜〜〜!?」
レイジュの方は、ががーんとショックを受けたようだ。
「そのコ、好きにして構いませんよ。なんでしたら、お嫁さんにするのもいいかもしれないですね。きっとお似合いの夫婦になると思います‥‥ふふ‥‥」
屈託のない笑顔で、実にあっさりとティイは言った。隣でシスイも頷いている。
「いや‥‥そんな‥‥いくらなんでもそいつはマズイぜ」
一方、ポッと頬を赤らめ、頭を掻くヒゲもじゃ親分。意外と純情なのかもしれない。
「とほほ‥‥みんな冷たい‥‥」
レイジュはがっくりと肩を落としたが、
「でもこんな事じゃ負けないっ! えーい! レイジュフラーッシュ!」
「わっ!?」
不意に叫んだかと思うと、電光石火で衣服を脱ぎ捨て、ヒゲもじゃ親分の顔に投げつける。どうやらあらかじめ脱ぎやすいように仕掛けを施していたらしい。
「お前達の悪事は、この葉っぱが全てまるっとお見通しだ! もう許さないぞっ!」
と、生まれ変わった彼の姿は‥‥葉っぱだった。正確には、葉っぱを何枚も繋ぎ合わせて作った水着風の衣装である。
「な‥‥なんて恥かしい格好してやがる。コイツ‥‥ただモンじゃねえ!」
「いえあの‥‥貴方の女装もかなりなモノだと思いますよ」
劇画調で驚くヒゲもじゃ親分の背後で、ケンイチが冷静にツッコんでいた。
「ていっ!」
「はぉぅっ!」
驚愕して隙を見せた瞬間、レイジュが素早く駆け寄り、ヒゲもじゃ親分の股間を蹴り上げる。
「ふっ、この格好に目を奪われたのが運の尽きだ! かかったな!」
得意気に言うレイジュだったが‥‥。
「悪人どもは‥‥そこかーーー!!」
「うわーーー!!」
どかーんと衝撃が駆け抜け、盗賊数人と共にレイジュまでもが吹き飛んだ。葉っぱが飛び散ったが、すぐに『倫理委員会』という腕章をした黒服達が現れて、危険な部分を先が黒い丸になった棒で隠してしまう。これなら安心だ。
「な、なんだ!」
いきなりの事に盗賊達が振り返ると、
「‥‥いい天気だな、盗賊ども‥‥会いたかったぞ‥‥」
ポン刀片手に目を光らせる伊堵が、いた。
「くくく‥‥今宵も私の妖刀『無名』が男の生き血をすすりたがっているわ‥‥血だ! お前達の血を捧げるのだぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜!!」
すっかりイッちゃった雰囲気でそう言い渡す伊堵を前にして、何人かのゴブリンマスク盗賊が腰を抜かしてその場に座り込む。立ち昇る黒いオーラ、邪悪な笑みを浮かべた顔、気のせいか背後には地獄の光景さえ見えてしまうくらいの伊堵の勢いは‥‥もう留まる所さえなく、何か突き抜けてはいけない一線を軽く突き抜けてしまった感さえある。もしかしたら全身にモザイク修正が必要かもしれない。
「な、なんの! 俺達は盗賊だ! これしきで負けるか! 行け! 目的を忘れるな!」
それでも中にはそんな声を張り上げる者もいた。足は完全に笑っていて、声も裏返っていたが。
「うおー!」
半ばヤケクソみたいな蛮声と共に、盗賊の一団が美女達へと突っ込む。無論伊堵を避けて。
しかし‥‥他の美女も並ではない。
「あれ〜‥‥御無体な〜‥‥来ないで‥‥下さい〜」
全然緊迫感のない声で言うシスイが手にした扇を振ると、たちまち突風が巻き起こり、近づく悪漢達を吹き飛ばす。ストームの魔法だ。
「さて、と‥‥」
わざと人気のない所に逃げ、追いかけてきた盗賊達へと振り返るティイ。
「さあ姉ちゃん、おとなしく俺達と来てもらおうか!」
という盗賊達の台詞にニッコリ微笑むと、
「う〜ん。残念ですね。強引な殿方も嫌いではないのですが‥‥貴方達の中には、好みのタイプがいらっしゃいませんようで‥‥」
「にゃにおぅ!」
「たとえモテなくたって、生きる権利はあるんだー!!」
「ちくしょー! 泣かせてやるー!」
彼女を捕まえようと、一斉に襲いかかる盗賊達。どうやらカチンと来たらしい。
「‥‥あら、すみません。実は可哀相な方々だったんですね‥‥」
しかし‥‥隠していた剣を取り出し、哀れみの篭った目をするティイには‥‥勝てなかったようだ。
ほどなく、その場には気絶した盗賊達が転がる事となる。
「さて‥‥あたいはどうしよう。この服が汚れるのは嫌だし‥‥やっぱり王子様が助けに来てくれるまで、おとなしくしているのがパターンかな‥‥」
と、乱戦が続く会場の片隅で、そんな悩みを抱えているネイラの姿。
「うわーっ!」
「え? なに? わっ!」
そこに、誰かにやられたらしい盗賊が1人、かなりの勢いでぶっ飛んできた。ネイラは半分想像の世界に行っていたので気が付くのが遅れ、両者はモロにぶつかってしまう。
「あいたたた‥‥って‥‥あーーー!!」
起き上がると、すぐに悲鳴を上げる彼女。
「あたい、あたいのドレスがーーー!!」
‥‥彼女のドレスの一部が、今の弾みで少々破れてしまったようだ。
「こ‥‥の‥‥」
拳を震わせ、ぶつかった相手に振り返るネイラ。
「‥‥ひ」
そいつの顔がみるみる青くなっていく。
ギン、と目を光らせ、ゴゴゴゴゴゴゴ‥‥と、怒りの闘気を全身から吹き出させる様は、もうこの世のものではありえなかった。
「なんてことしてくれんのよこの馬鹿野郎ーーーーーー!!」
──どっこーん★
凄まじいアッパーカットが、不届き者を容赦なく吹き飛ばす。
「あたいの夢を返せ〜〜〜!!」
さらに、腕をぶんぶん振り回しながら残りの盗賊達へと突っ込んでいく彼女。怒れる乙女は、もう止まらない。
「女性を襲うような不貞の輩にかける情けはないのじゃー!」
もう1人の怒れる乙女、琴音も日本刀を振り回して頑張っている。
「‥‥盗賊の皆さんは‥‥お仕置き‥‥しないと‥‥いませんね‥‥」
シスイの放ったライトニングサンダーボルトが、一気に悪人達を感電させた。中にはなんかレイジュも混じっていたようだが‥‥気のせいだろうか。
「うーん‥‥これはもう、あまり近づかない方が良さそうですね。というわけで‥‥さあ、審査員の皆さん! 審査をよろしくお願いしまーす!」
乱戦模様の会場を見渡しつつ、君子危うきに近寄らずを決め込んだケンイチが、審査員達に採点を促していた‥‥。
そして‥‥結果が出る。
「全員一致で、本年度の『最強プリンセス』は、シスイ・レイヤードさんに決定ー!」
ケンイチの声が、高らかにそれを告げる。
「はて‥‥いいのだろうか‥‥?」
王冠と派手な色彩のキラキラ毛皮コート、そして最強プリンセスと書かれたタスキを身につけたシスイが首を傾げていたが‥‥まんざらでもなさそうだ。
その背後では‥‥。
「‥‥認めない‥‥私は絶対にこんな結果は認めない‥‥コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ‥‥!!」
ますます悪魔的オーラ全開でポン刀を構える伊堵が、呪いでも篭っていそうな視線をシスイに向けていた。ちなみに彼女には『最”凶”プリンセス』という称号が審査員全員一致で贈られる事となり、そう書かれたタスキを身につけている。
「うぅぅ‥‥もう一度! もう一度機会を! でなければ最早この場で腹かっさばいて果てるしか!」
琴音は、そう審査員達に訴えていた。
「お前等! あと1回づつお仕置きだー!」
全員捕縛され、縄でひとまとめにぐるぐる巻きにされた盗賊の前で、ネイラが叫んでいる。それはもう、口から火でも吐きかねない勢いだ。
「ま、まあまあ。落ち着いて下さいな‥‥」
ティイがやんわり押し止めていたが‥‥果たして止まるだろうか。
そしてレイジュは‥‥なんかいい感じで巻き添えを色々と食ったようで、救護班の筋肉男達によって担架で運ばれ、本日何度目かの退場を余儀なくされていたようだ。
その様を見守る一般の皆様方は、口々に、
「ほら、アレが噂の‥‥」
「‥‥葉っぱ男‥‥」
「え? アレが‥‥? そう‥‥まだ若いのに、可哀相‥‥」
などと、ひそひそ話していたそうな。
かくて‥‥この日のコンテストは、いろんな意味で大盛況であり、この町にとって忘れられない歴史として刻まれたそうである。
もし興味があるのなら、貴方も是非、このコンテストに参加しては如何だろう?
次の最強プリンセスは‥‥貴方かもしれない!
■ END ■