●リプレイ本文
屋敷を見下ろす丘の上に、2つの人影があった。
なにやら思い悩む瞳をしているのは、マックス・アームストロング(ea6970)だ。
その肩を背後からぽんと叩き、葉霧幻蔵が言う。
「女人の気持ちを理解するには、相手と同じ格好をするに限るにござる」
目が、血走っていた。
「‥‥」
友よ‥‥嗚呼、友よ‥‥。
彼へと振り返り、その手を握るマックス。
熱い漢の友情であった。
かくて、漢達の想いが動き出す‥‥。
「男性にも色々魅力的なところもあると思いますが、そういったことには憧れないのですか?」
夜桜翠漣(ea1749)が、目の前の女性にふと尋ねた。
正確には、どうみても女性にしか見えない、この家の一人息子に。
鮮やかな薄いピンクのドレスに、綺麗な長い金髪はゆるくカールされて、肩口のあたりで揺れている。顔には薄化粧、アクセサリーも過度には付けず、全体的に楚々として、それでいて気品を感じさせる1人のレディ‥‥。
そんな『ご子息』殿が、翠漣の言葉に小首を傾げ、こうこたえた。
「ええと‥‥そうですね。わたくしは、そもそもあまり男性らしくありませんから」
屈託なく微笑む表情には、暗いものや悩みの色などは感じられない。
その様子に、翠漣は、
‥‥ふむ、重傷ですね。
ふと、思う。
「‥‥まあ、そうなの? それで、皆さんは、どんなタイプお男性が好みなのかしら? え、私? 私は‥‥そうねえ、多少頼りなくても、女性の気持ちを理解してくれる殿方、かな」
その場に居合わせた貴族の娘達と話しながら、サリュ・エーシア(ea3542)が、わざとご子息にも聞こえるように、そんな事を言ってみた。
しかし‥‥彼はニコニコと微笑むのみで、特に反応した様子もない。
‥‥思考も完全に女性化しているのか、あるいは単に鈍いのか‥‥。
まだちょっと判断がつかづ、サリュは女性陣との話を続ける事にした。もちろん、ご子息の言動に注意を払いつつなのは言うまでもない。
と、今度は部屋にいた侍女達の中から1人が進み出、ご子息に一礼すると、口を開いた。
「今日から此処で働く事になった狂闇沙耶と申す。ちょっと良いかの?」
‥‥狂闇沙耶(ea0734)だった。侍女という身分に身をやつし、今はこの場に加わっている。
ご子息が、なんでしょう? と、柔らかい笑みを浮かべると、沙耶もまた微笑み、
「ええと、その、女性らしい仕草や、れでぃとしてのたしなみなど、良かったら教えては頂けぬだろうか? 恥ずかしながら、どうもいまひとつ要領を得ぬというか、分からぬ事が多くてのう」
そう、告げた。
「そうですか。それはまた‥‥そのように可愛らしいのに、もったいない話ですね」
「はっはっは。これこれ、そのように言うでない。照れるではないか」
などと、朗らかに話す2人である。会話だけ聞いていると、どっちが主かわからないような感じだが、ご子息は別に気にしている様子もない。
ご子息からメイクの仕方や似合う服の選び方のレクチャーを受け、ふんふんと頷く沙耶である。
それが一段落するのを待って、再び翠漣が声をかけた。
「ああいうのは、どう思います?」
すっと指差した先では、1人の男が剣を振り、舞うような動きを見せていた。夜枝月奏(ea4319)だ。
優雅、かつ勇壮な剣舞の動きに、周囲のレディ達が熱っぽい視線を送っている。黄色い声を上げたり、あからさまな応援の態度を見せたりする者がいないのが上品ぽい。
一通りの動作を終えると、ピタリと動きを止め、やや間を置いてご子息へと振り返った。自分に話が振られた事に気付いていたようだ。見学していたレディ達から、ささやかだが気持ちの篭った拍手を受けつつ、彼の元へと歩を進める奏。
「‥‥興味がおありですか?」
「はい、初めて見させて頂きましたが、華麗なものですね」
「お教えしましょうか?」
「え‥‥?」
ふと言われて、きょとんとするご子息。
「別に私が特殊な人間だからできるということではないですよ。やる気があればあなたにもできます」
「で、ですが‥‥」
「少しずつ教えましょうか? 簡単な剣舞であれば難しくありませんし」
「‥‥うーん」
考えてはいるようだったが、やや眉を潜め、腰は引けていた。あまりその気はなさそうだ。
「女性は、強いんですよ」
と、さらにもう1人が進み出た。李明華(ea4329)である。
「心の強い人、武力の強い人、人に対する思いやりの強い人‥‥強さの種類は、人によって違いますけどね。あたしは、美しい女性は最低限の自己防衛は出来た方が良いと思います。どう思います? よろしければ、無手による護身術を教えますよ、美容にも良いですし。貴方も貴族なのですから、権力者達との争いもあるでしょう。最低限の強さがないと、家も護れないのでは?」
「え、あ、あの‥‥」
笑顔で言われ、ご子息殿は一歩下がった。
「まあ、そう無理強いするものでもないでしょう」
その様子を見て、奏がやんわり止める。
「‥‥」
明華も、それ以上の言動には及ばなかった。怯えさせても意味がない。
「ふむ‥‥」
そんな一連のやり取りを、部屋の片隅からクラム・イルト(ea5147)がじっと眺めている。彼女にも何か考えがあるようだが、今は機会を伺っているようだ。
「確かに貴方は女性らしいけど‥‥それで本当にいいの?」
じっとご子息を見つめ、サリュが問う。
「女性『らしい』のと、本当の女性は違います。中途半端な気持ちなら、やめた方がよろしいですよ」
再び、明華もそう告げる。
サリュが話していた貴族の女性陣も、前の姿の方がステキだったわ、とか、本当の自分に気付いて、と言い始めた。サリュが彼女達に事情をこっそり話し、口裏を合わせてくれるように頼んだのだ。
「そんな、わ、私は‥‥」
さすがに動揺し、視線を反らすご子息。
それを見て、クラムが薄く微笑み、すっと壁から離れると、どこかへと姿を消した。
そして‥‥入れ替わるかのように、そいつらが姿を現す。
「我輩の愛を受け取って欲しいのであ〜る!」
大音声と共に部屋の窓をスマッシュEXでぶち破って広げ、外から入ってくる何者かの人影。
破壊の轟音、巻き上がる砂塵、そして乙女達の悲鳴。
「おお! なんと美しい! 我輩ますます恋の虜囚と成り果てた! 成り果ててしまったぞ!!」
フライングブルームに跨った、ごっつい筋肉ジャイアントが叫んでいた。マックスだ。
しかも、その身に纏っているのは、穢れなき純白の衣装、白無垢の花嫁衣裳だったりする。
後ろには、たかさごやぁ〜♪ などと高らかに高歌放吟する幻蔵もいた。彼は色も鮮やかな花魁衣装だ。
‥‥突如ホウキに乗って現れた筋肉’s。
その目的はただひとつ。マックスがご子息に求婚する事、それのみだ。女装のご子息の美しさに、依頼の内容とか目的をすぽーんと忘れて盛り上がってしまったらしい。それだけでも大きな間違いだが、さらに何故か女装しているので、もっと高いレベルで間違っている。
「‥‥」
思わずご子息殿は、さぁ〜っと顔から血の気を引かせ、その場でよろめいた。何不自由なく温室育ちで今まできたご子息にとって、彼等の見た目とかはもう、理解の範疇を超えたものだったに違いない。
そのまま気を失えれば、ご子息はまだ幸運だったのだろうが‥‥そうは問屋が卸さなかった。
「はーはっはっはっは! さあ、宴の時間だ! 泣け! 喚け! だが誰も助けには来ないぞ! 偽りの姫には、白馬に乗った王子の助けなど永遠に来ぬ! 覚悟するが良いわーっ!」
黒のドレスに着替えた明華が乗馬用の鞭と荒縄を持って現れ、あっという間にご子息殿を縛り上げる。
さらに、
「むぅぅ‥‥マックス殿め、わしが女装させようと思っておったのに、自ら進んで女装してくるとは片腹痛い! こうなればこの場で決着をつけてくれようぞ! 何の決着かは、わしにもとんとわからぬがな!」
戸棚の上に仁王立ちになり、マックスに指を突きつけて宣戦を布告する少女が約1名。法衣に着替え、仮面で顔を隠していたが、それは間違いなく‥‥。
「むっ、その声は沙耶殿であるな!」
「違うぞ! わしは仮面の少女、まじかる★しすたー、さっちんじゃ!!」
「そうか、まじかる★しすたーとやら! ならば尋常に勝負! 愛のために!」
「おう! 愛のためなのじゃー!」
‥‥なんだか盛り上がり、視線がぶつかり合って火花をバチバチ散らせていた。
この2名の影であまり目立たなかったが、シーヴァス・ラーンも現れ、部屋にいた侍女とか貴族の娘さん達の手の甲に口付けして回っている。
そんなこんなで、力の限りに場は混沌としてきたが‥‥。
「‥‥」
翠漣が無言でややこしい連中の頭を片っ端からグーで殴り、奥にあらかじめ用意していた説得室まで連行していった。
「‥‥変わった人が多すぎる‥‥」
思わず目の間を揉みながら、遠い声を出す奏。
が‥‥まだ終わらない。
突然部屋の中に、金色に光る粒が広がる。
それに一瞬気を取られた瞬間、
「こっちへ!」
キース・レッド(ea3475)がご子息の手を引き、愛馬の後ろに乗せて、走り去っていくのであった。
‥‥しばらくして、屋敷を見下ろす丘の上で馬を止め、ご子息を降ろして向かい合うキース。
「仲間の非礼は詫びます。でも、全て貴方のためにした事なのです。それは理解して欲しい‥‥」
真摯な態度で頭を下げ、彼は語り始める。依頼の事、自分達がそのために来た事、両親の想い、自分の考え、等々‥‥。
「後は、君が選択すればいい。自分で考え、自分で責任を取るんだ」
「‥‥」
俯き加減で、じっと言われた事に感じ入っている様子のご子息。
「エチゴヤの悪徳商法で手に入れたティアラ、君にあげよう。ここまで君に迷惑を掛けたお詫びさ」
その頭に、キースが水晶のティアラを載せようとして‥‥。
「おおいたいたあそこだ! おおーいそこの姉ちゃん! 俺達と茶ぁ付き合ってもらおうかぁー!」
突如そんな声が響いたかと思うと、丘の下から人相の悪い男達が走ってきた。
「な、なんだあいつら?」
「‥‥!」
思わず身構えるキースと、その背後に隠れるご子息。
「‥‥ちょっと予定と狂っちゃったけど‥‥ま、いいかな」
近くには、木の影に身を潜めて呟いているサリュがいた。
近隣の町で雇ったゴロツキ達をご子息に絡ませて、男らしさを取り戻してもらう‥‥という試みだ。
‥‥かくて、さまざまな策や思惑、考えが交錯した冒険者達であったが‥‥結局の所、結果はそれ程実を結ばなかったようである。あまりにも各人の行動がバラバラであり、かつ決め手に欠けていたので、ご子息殿の漢を呼び覚ますには至らなかったようだ。
この後も、ご子息の女装は治らなかったが、時折、鏡を見ては何やら想いに耽る様子も見られるというから、少しは疑問を感じるようにはなったのかもしれない。
とはいえ、冒険者達の行動は、それだけの結果にしかならなかったのであった。
■ END ■