●リプレイ本文
昼過ぎには問題の森に到着した。
「こんにちは。僕は紫苑です。えっと、鱗粉を振りまく柄の美しい蝶々さん、どこに行けば逢えるかわかりませんか〜?」
早速、太郎丸紫苑(ea0616)が、森の入口近辺に咲いていた野生種のスミレに向かってそう問いかける。淡い土色の光に包まれた身体は、彼がグリーンワードの魔法を使用した事を示していた。
やや間を置いて、僅かな風にふわりと揺れた花が‥‥こたえる。
『‥‥森』
「えっと‥‥」
あまりにも当たり前すぎる返答に、思わず苦笑する紫苑。
何匹くらいいるか、という問いには『いっぱい』、どちらの方向に行けば蝶に逢えるか、という問いには『奥』という返事が返ってきた。それを、背後にいる仲間達にも伝えていく。
「という事は、決まった場所にいるというわけではないのかしらね‥‥」
レイナ・フォルスター(ea0396)が、ふと考える顔をして呟く。
「まあ、蝶だしな。あちこち飛び回っていても不思議ではないだろうさ。それより‥‥村の若者達、というのが、もう来ているのかどうかだ」
カナタ・ディーズエル(ea0681)が言い、紫苑がそうですね、と頷いた。早速花に聞いてみると、これも『奥』との事。重ねていつ頃来たのか、との問いには『朝』との返事だ。
「‥‥じゃあ、急いだ方がいいな。せめてどっちに行ったか目安になる方向でも聞いて、手分けして村人達を探す事を優先に‥‥って‥‥」
そう言いかけたマナウス・ドラッケン(ea0021)の言葉が途中で止まった。
軽いため息を吐きながら傍らに顔を向ける。
パチパチと火が爆ぜる音と共に漂ってくる、なにやらかぐわしい香り‥‥。
「‥‥何やってるんだ、何を?」
そう聞いた先にいるのは、マリー・エルリック(ea1402)だった。マナウスの尊敬すべき姉弟子にあたる人物だ。
マリーはゆっくりと無表情な顔をマナウスに向けると、
「‥‥ごはん」
と、言った。
ちょこんと地面に座った彼女の目の前には焚き火の炎が燃えており、その上で良い感じに焼けた野生の野豚がじゅうじゅう音を立てている。
「お肉‥‥好き。美味しい、から‥‥」
「いや、あのな‥‥」
何か言いたげなマナウスをよそに、美しい姉弟子様は黙々と肉を取り分け、花柄のファンシーな皿に盛り付けている。皿がきちんとこの場の人数分ある所を見ると、彼女はこのまま食事会になだれ込むつもりのようだ。
「おほほほ、そうですわね。お腹がすいては戦もできないと申しますし、ここはひとまずお茶会と言うのも素敵ですわ。なんでしたら、わたくしが歌を歌いましょう。ええ、そうしましょう。そうするべきですわ」
と、エルフのバード、ニミュエ・ユーノ(ea2446)は、ららら〜♪ と歌い出す。
「‥‥ええと、そんな事をしている場合なのですか?」
遠い目をしてその光景を見つめる冬花沙桜(ea3137)。
「‥‥ふむ、これがこの国の流儀なのでござろうか? いささか理解に苦しむが‥‥郷に入っては郷に従えとも言う‥‥だがしかし‥‥ううむ‥‥」
天城月夜(ea0321)も、難しい顔をしながら、なんとか展開についていこうと頭を悩ませていた。彼女はイギリス語が分からない分、ちょっと誤解も多かったかもしれない。
「ええと、どうしようか?」
紫苑が皆を見ながら困ったように首を傾げると、それを質問だと思ったのか、花が、
『しらない』
ふわりと揺れて、言った。
と──。
「‥‥残念だが、休んでいる暇はなさそうだぞ」
カナタの、声。視線は森の奥へと向けられている。
他の者達もその視線を追い‥‥見た。
「なるほど、あれがそうね‥‥」
レイナが、呟く。
森の木々の間に隠れて、ひらひらと舞う鮮やかな色彩。
彼女の持つモンスター万能の知識の中にも、確かにそれは刻まれていた。
鱗粉に毒を持つ蝶──パピヨン。
「向こうの方から出てきてくれたのであれば、話が早いですね。行きましょう」
冬花がパックパックを背中から下ろし、予備の手裏剣を取り出した。それでもう、準備は完了だ。
「‥‥」
無言でいくつかの頭が縦に振られ、次々に森へと入っていく冒険者達。
「ほら‥‥行くぞ」
「‥‥肉」
「後で食べればいいだろ。行くったら行くぞ!」
「くすん‥‥肉‥‥」
マナウスに言われ、最後に名残惜しそうに続くマリーであった。
「木々よ、すまぬでござる」
目礼をして、手頃な木の枝を折り取る月夜。
「あっちにも蝶のグループがいますね」
「なら、そちらは任せてもらおう」
紫苑がさらにもうひとつの蝶の集団を見つけ、すぐにカナタが走り出した。
「こっちはお願いね」
と、レイナもカナタの後を追う。
「はい、了解です」
頷いた後、月夜へと振り返った。
「というわけで、こっちは僕達でなんとかしましょう!」
「承知したでござる」
葉の茂る枝を一振りして、蝶達へと視線を向ける月夜。
まずは僅かな風の流れを感じ取り、大きく回りこんで風上へと移動した。
「では、援護を頼むでござるよ」
布で口と鼻を覆うと、右手に日本刀、左手に枝を手にした月夜が滑るように接近する。
「はっ!」
短い気合と共に白刃が一閃。鮮やかな一刀により、1匹の蝶の羽が根元から断たれていた。
が、その衝撃で鱗粉が宙に散り、一旦彼女は軽いステップで後退する。
「それーっ!」
そこに、狩猟セットから罠用の網を取り出した紫苑が蝶の群れの中にそれを投擲した。たちまち数匹が絡め取られ、地へと落下する。
かろうじて逃れた一匹は、月夜が手にした枝で軽く叩かれ、後を追う。
「‥‥すまぬ、墓は造る故、成仏して欲しいでござるよ」
母国の祈りの言葉を低く唱えつつ、地でもがく美しい蝶を見る彼女であった。
「右から回ってくれないか? 俺は左から行く」
「一箇所に追い込むのね?」
「そういう事だ」
紫苑達から分かれたカナタとレイナもまた、蝶の集団を追っていた。当然風上に回り、口と鼻を布で覆っている。
頷き合い、彼らはすぐに行動に移った。
集団の左右に回り、わざと姿を見せ、音を立てる。蝶をバラバラ飛び回らせず、ひとまとめにするためだ。
そうしてある程度の塊になった所で、カナタが網を投げ、それこそ一網打尽にしようしとした。
が──。
「逃げた!」
一頭の蝶が、ひらりと網の間から滑り出た。とはいえ、別に狙ってのものではなく、単なる偶然だったろう。
そしてそれは、蝶にとっては幸運などではなく、むしろ‥‥。
「大丈夫だ。そうはさせん」
木漏れ日を受けたカナタの身体が、ほんのり金色に染まった。
と、次の瞬間、一条の光が彼から放たれ、パピヨンを貫いてあっけなく炎上させる。
‥‥陽の精霊魔法、サンレーザーであった。
「お見事」
「いや‥‥蝶には少々過ぎる技だったな」
誇るでもなく、ただ静かに言うカナタだった。
「お〜っほっほっほ、人はわたくしのことを月下の乙女と呼びますわ! ふっ、蝶などこのわたくしの艶やかさに比べたら、それこそ月と泥の差がありましてよ! さあ、遠慮はいりません! やーっておしまいなさい!」
「‥‥なんだかなぁ」
高笑いするユーノに気押されつつ、また別の蝶の集団を目で追う冬花。
ユーノという女性は、もしかしたら毒の方もパピヨンより強いのではないだろうか‥‥とか頭の片隅で思ったりする彼だったが、口に出す気はなかった。蝶以外の敵を増やしてもややこしくなるだけだ。
風向きを見ながら慎重に位置を定めると、片手で印を結び、反対の手を前方にかざした。
瞬間、薄い煙が彼の体から立ち上り、ささやかな風に乗って蝶達の方に流れていく。
それに巻かれると、パピヨン達は次々に羽ばたきを止め、ふわりと地に落ちていった‥‥。
‥‥忍法、春花の術。眠りの力を秘めた香により、相手の自由を奪う術である。
「まあ‥‥わたくしの為に戦う殿方‥‥素敵ですわ。僭越ながら一曲、捧げさせていただきますわね‥‥らららら〜♪ ニワトリを〜♪ 絞め殺せ〜♪ 力のか〜ぎ〜り〜〜〜♪」
その場の全てのパピヨンを眠らせた冬花の前で、満面の笑みを浮かべたユーノが、かなり個性的な曲を歌い始めた。
「‥‥いえあの‥‥気持ちは大変ありがたいのですが‥‥」
それを耳にして、膝から下の力がどんどん抜けていく冬花だ。
もしかしたら春花の術の影響を自身も受けたかと思ったが‥‥幸い(?)そうではなかったようである。
「マリー‥‥いるんだろ? 頼むから物陰に隠れて監視するのは止めてくれ。いるんなら隣に居た方が監視しやすいだろ‥‥」
マナウスが、疲れたように背後に声をかけた。
すると、しばし間を置いて‥‥。
「‥‥よく気付きましたね‥‥見事です。でも、それだけでは‥‥私を越えた事にはなりません」
と、木の陰からマリーがそっと顔を覗かせる。
「いやあの、別に越えようとは思ってないし、ある意味越えられないのは分かってるから」
「‥‥そうですか‥‥それはそうと‥‥ひとつ、良いですか?」
「なんですか?」
「後ろに‥‥蝶がいますよ」
「‥‥ゐ?」
振り返ると‥‥確かに目の前に鮮やかな蝶──パピヨンが飛んでいる。
「ぅわっ!」
慌てて飛び下がり、手にした『武器』を構えた。先にネバネバをつけた、トリモチ棒である。ネバネバはある種の木の皮を数日間水につけた後、粘りが出るまで叩いたものだ。植物知識はダテではない。これを使って、蝶を粘りつけて捕獲するつもりだった。
‥‥が。
「‥‥危ない」
「どわぁっ!」
いきなりどげしっと背中に衝撃が走り、派手に転ぶマナウス。
「な、何をする〜〜〜!!」
すぐに上体を起こして背後に叫んだ。背には綺麗に足型がついている所を見ると、思いっきり蹴られたのだろう。
「‥‥大丈夫、あなたは死なないわ。私が‥‥治すから」
「治すなら最初から蹴るなっ!!」
無表情な姉弟子に、とにかく言ってやった。転んだ拍子にトリモチが髪にひっつき、剥がそうとすると一緒に髪まで抜けそうになるので、とても痛い。
「うぅぅううぅぅ‥‥」
「‥‥貴方に、力を‥‥」
脂汗を流しつつ髪からトリモチを引き剥がそうとするマナウスに、そっと祈りを捧げて、白の神聖魔法、グッドラックをかけるマリー。
それはもう、美しい師弟愛の光景である‥‥‥‥たぶん。
「‥‥こちらも大変なようですね」
声と同時に銀光が流れ、飛んでいたパピヨンが手裏剣によって木に縫い付けられた。木立の間から、やや疲れた顔の冬花が姿を現す。背後には、相変わらず歌を歌い続けるユーノもいた。ちなみに今歌っているのは3番の歌詞らしい。
「ふむ、大体このあたりの蝶は片付いたようだな」
と、カナタとレイナもやってきた。
「あ、皆さんここにいたんですか。ところで、村の人達って、どなたか見かけましたか?」
そんな声と共に、紫苑も現れる。月夜も一緒だ。
彼の問いには、皆それぞれに首を振る。
「‥‥早く見つけないと、いけないわよね」
レイナが言った、その時‥‥。
「はっはっは。その心配はないぞ冒険者の諸君!」
突然、野太い声が響き渡った。
全員が、当然その方向へと顔を向ける。
「君達の手並みは見せてもらったよ! いや、実に素晴らしい! 蝶ならば我々でもなんとかなるとタカをくくっていたのだが、君達の実力を見てしまうと、それは単なる思い上がりだと痛感した次第だ!」
「そこでどうだろう! 是非我々も君達の手伝いがしたいのだ!」
「体力ならば少しは自信がある! どうだろうか? 手足として我々を使ってはもらえないか! 親愛なるマイフレンド達よ!」
口々にそう言いつつムキッとポーズを取るのは‥‥鍛え上げられた肉体を腰に巻いた薄布一枚だけで包んだマッチョ達だった。顔には何故か、全員揃いの蝶の形をしたアイマスクを付けている。
「‥‥‥‥いや、気持ちはありがたいのだが‥‥」
かなりの間を置いて、ようやくカナタがそう声を出した。かなり声と表情が遠い。
「いい天気よね、今日は‥‥」
目をキラキラさせながら、木々の間から覗く青空を見上げるユーノ。完全に見なかった事にしようとしているようだ。
「肉‥‥好きだけど‥‥これは‥‥」
「‥‥もしもし?」
筋肉をじーっと無表情で見つめるマリーに不穏な空気を感じて、思わずマナウスが声をかけていた。
「め、面妖なっ! さてはこやつらも悪鬼妖怪の類かッ! ええいそこになおれ!!」
「待って下さい月夜さん! 気持ちは分かりますけど待って下さいっ!」
刀を抜きかけ、ジャパン語で叫ぶ月夜を、慌ててジャパン語で止める冬花。
「ふっ、君は中々良い身体をしているな」
「ちょっとこっちに来たまえ。友情の印に我らと同じ腰布とアイマスクをあげよう」
「ついでに身体にオイルも塗ってあげよう」
「遠慮はいらないぞ。さあ、さあさあさあ」
紫苑は何故か気に入られたらしく、思いっきり捕まって衣服を脱がされかけ、
「ちょ、ちょちょちょ待った! やめて〜〜〜!!」
とか、叫んでいる。もちろん助ける者はいない。
「‥‥探索を続けるか」
「ええ、そうね」
我関せずとばかりに、カナタとレイナはそそくさと森の中に消えていった。
「いや〜〜〜!!」
誰かの悲鳴を背中で聞きながら‥‥。
‥‥結局、冒険者達の調査と探索により、半日とかからずに、森に現れたパピヨンは姿を消す事になったという。
幼虫や卵等は発見されなかったので、どうやらどこかから群れで移動してきたのではないかと、彼らは判断したようだ。
無論、それを村の人々に報告し、安心と安全を約束する事も忘れなかったという。
一部、蝶以外のモノに精神的ダメージを受けた者もいたようだが、怪我人も出なかった。
なお、パピヨンの鱗粉や羽を持ち帰ろうとした冒険者もいたようだが、それは危ないからと他の者に止められ、断念したようである。
‥‥以後、この村にパピヨンが現れたという報告はない。
■ END ■