●リプレイ本文
──夜。
「‥‥ここって最近、ゴブリンが出るんですよね‥‥ちょっと怖いですね」
暗い森の道を歩きつつ、レクス・デウス(ea1954)が呟いた。
最近この街道には、一風変わったゴブリンが出没するという。
彼はそれをなんとかするべくやってきた冒険者の1人であり。囮役だ。今の言葉も一応演技ではあるのだが‥‥それでもやっぱり、演技ではない感情も幾分混じっているように思えた。暗闇を不安そうに見回す視線や、落ち着かない様子に、そんな空気が感じられる。
「‥‥まあ、こうなったらもう、なるようになれだ。せいぜい頑張ろう」
隣を歩くマキシミリアン・バード(ea2162)も、似たような雰囲気を放っていた。
「‥‥」
やや後ろにいるガル・ネラフィネル(ea1748)も、似たようなものだ。この中では、彼だけがイギリス語を修得していないので、レクスとバードの会話に入れない。というか、理解できずにいる。
‥‥以上の3名が、問題のゴブリン達を誘い出すための囮である。いずれも10代半ばの美味しそうな獲物達‥‥と、映るに違いない。いや、そう見せねばならないのだ、それが囮の役目なのだから。森の中では、仲間達が色々と罠を仕掛けて待っている。
「何も出なければいいなぁ‥‥」
「いや、それじゃ困るだろ」
正直なレクスの言葉に、バードが即座にツッコミを入れた、そんな時‥‥。
「っ‥‥!」
喉の奥で悲鳴を押し殺して、ガルが立ち止まった。
「? どうかしたんで‥‥」
不意に止まった仲間に、前の2人が振り返り、彼らもまたピタリと体を凍りつかせる。
『ギャギャグゥエギゥ!』(訳:なかなか良さそうな子猫ちゃん達ゴブ!)
『ギュグェギィエギャ!』(訳:でも気をつけるゴブ、なんか森の中に罠があったゴブ!)
『グギャギャギグギャ!』(訳:でもってこいつら、武器を持っているゴブ! 怪しいゴブ!)
『グガガガギャギャグ!』(訳:捕まえて、いつもより離れた場所で楽しむゴブ!)
木の陰からバラバラと街道に飛び出してきたゴブリン達が、口々に騒ぎながら、あっという間に3人を囲んでしまう。無論、3人の中にゴブリンの言葉が分かる者などいなかったので、ゴブリンの彼女達が何を言っているのか、彼らにはまったく不明だ。
‥‥冒険者達のミスは、3つあった。
ひとつは、この周囲の森、及び街道周辺は、ゴブリンの彼女達が『おいしそーな獲物』を襲う場所であり、いわばテリトリーである。そこに不用意に罠など仕掛けたら、いくらゴブリン達でもさすがに気が付く。
ふたつめは、3人の男達は、囮なのにしっかり武装していた事。せめて武器を外して道具として持っていれば、一目で怪しまれる事はなかったろう。
そして3つめは‥‥。
「と、とにかく仲間の所まで戦いながら引っ張って行きましょう!」
「わかった!」
と、武器を抜きかけるレクスとバードだったが‥‥周囲を取り囲んだゴブリン達によってたちまち取り押さえられ、縄をかけられてしまう。ガルなどは、すでに口にボールギャグを噛まされており、んーんーとしか言えないような状態で担ぎ上げられていた。ゴブリン女性達は素早く、そして妙に手馴れている。
‥‥駆け出し冒険者3名に対して、警戒を強めたゴブリン10体以上では、戦闘どころか逃げる事すらままならなかったろう。残忍な相手なら、即座に切り刻まれ、殺されても文句は言えない。
と、いうわけで‥‥。
「ひ〜で〜ぶ〜!!」
囮役の男達ができたのは、あらかじめ決めていたゴブリン出現の合言葉を思いっきり叫ぶ事だけだった。
ちなみに‥‥ゴブリン達の言葉がこの場の冒険者達には分からなかったように、冒険者達の言葉も通常のゴブリンには理解できない。そういう意味では、合言葉もあまり意味がなかったと言える。
かくて‥‥ゴブリン女性達に担がれて、どこかへと運ばれる3人。
『ゴブ〜♪ ゴゴブ〜♪』(訳:大漁〜♪ こってり遊ぶゴブ〜♪)
嬉しそうなゴブリン達のゴブゴブ言う声が、次第に遠ざかっていった‥‥。
‥‥危うし! 囮役の3人は、このまま散ってしまうのか!
「‥‥2人っきり、よね」
「‥‥そうですね」
暗い森の中に、男女の小声がひっそりと流れる。
明かりを消したテントの中に、囮役の仲間からの合図を待つ、シン・バルナック(ea1450)とベルナテッド・リーベル(ea2265)の姿があった。
周囲には、他に仲間の姿はなく、もちろん夜の森の真っ只中なので、通る者など皆無だ。
聞こえてくるのは、ささやかな虫の声。
降り注ぐのは、テントの薄い生地越しに届く月と星の明かり。
「何か、お話でもしてよっか?」
「いえ、待機中ですからね。無駄話などせず、気配を殺しているべきでしょう」
「‥‥そう、ね‥‥」
真面目な返答に、思わず指先で足元をいじいじといじくりつつ、軽いため息をつくベルナテッド。
確かにその通りなのだが、せっかくの状況だし、もっとなんとか、こう、美味しい事があっても良いのではないだろうか‥‥。
などとふと考え、いろいろと『戦略』を頭の中で組み立ててみたりする。いきなり「きゃー虫ー!」とか言いながら抱きついてみたらどうだろうとか、主にそんな事だ。
「‥‥」
一方のシンの方も、妙にそわそわしたベルナテッドの態度にいまひとつ落ち着かず、いっそのこと1人で外に出て、寝袋にでも包まっていようか‥‥などと思い始めていた。
そんな時‥‥遠くから響いてくる『ひでぶ』の合言葉。
「来た!」
「‥‥そうみたいね、ちっ」
なんとなくほっとした顔で立ち上がるシン。ベルナデットは残念そうに軽く舌打ちをする。
そして、揃ってテントから飛び出していった。
「‥‥合図か」
ローブに身を包み、浅い仮眠を取っていたルキフェル・リュクス(ea0134)も、暗い森の中で即座に目を開けた。
目覚めたばかりだというのに、すぐにひとつの方向に目標を定め、低く呟く。
「思ったよりも遠いですね‥‥囮の人達、既に無事ではないかも‥‥」
ほぼ確信めいた思いを胸に、彼もまた、走り出す。
「〜♪」
切り株に座り、鼻歌交じりで星空を見上げていたルーティ・フィルファニア(ea0340)の長い耳がピクリと動いた。彼女にも合言葉が届いたのだ。
「えーと‥‥あっち、かな?」
きょろきょろ見回し、立ち上がる。
「たぶん、こっちですよね、うん」
やっぱり鼻歌交じりで、てくてく歩き出す彼女であった。
「さて‥‥というわけで到着したわけですが‥‥」
「ちょっとだけ遅かったね‥‥これは」
声のした方向に走り、囮の男性3人を発見したシンとベルナテッドが、思わず遠い声を出していた。
『ギャグァグゴガー!』(訳:今夜は祭りゴブー!)
『グガガゴガグガー!』(訳:テッテ的にやるゴブー!)
黒いボンテージ衣装に身を包んだ女ゴブリン達が、嬉々とした声を上げている。
レクスとバードはそれぞれあぐら縛り、逆エビ縛りでがんじがらめに縛られ、地面の上に転がされていた。
『グガゴガギャガガー!』(訳:もっといい声で鳴くがいいゴブー!)
『ギャガガゴゴグガー!』(訳:お楽しみはこれからだゴブー!)
とか言われて、足で踏まれたり、乗馬用の鞭でぴしぴし叩かれたりと、素敵に調教され中だ。
‥‥だが、彼らはまだ良かったかもしれない。
どうやら彼女達は人間より小柄なパラのガルの事を気に入ったようで‥‥彼は思いっきりすっ裸に剥かれ、亀甲に縛られ、足に重りをつけられた上で三角木馬に乗せられて、ローソク責めにされていた。
「‥‥なかなかに本格的ね」
とか、ベルナテッドが本気で感心しかけた程である。
3人とも口にボールギャグを噛まされているため喋る事もできず、無論身動きひとつできない。ガルに至っては白目を剥いて気絶しているようだ。気だけでなく、最早その他にも色々と失った男の顔である。
‥‥さらば、3人の勇者達よ。
「神よ‥‥時として貴方は残酷な仕打ちをなさいます‥‥」
シンが、思わず目頭を押さえて祈りを捧げる。
「こ、これはまた‥‥」
「なかなか大変な事になっていますね」
そこに、ルキフェルとルーティも現れた。ゴブリン達はお楽しみの真っ最中であり、そっちに集中しているらしく、新たな冒険者達にはまだ気が付いていない。
「‥‥!」
先に、レクスとバードが仲間の存在に気が付き、目を見開いて何かを訴えてきた。喋れないが、とにかく必死なのはひしひしと伝わってくる。
「ええ‥‥分かります。分かりますよ、貴方達の気持ちは。自分達の事は構わず、このままゴブリン達もろとも撃て、と言いたいのですね?」
「立派な覚悟です。きっとその心は、後世まで伝えられる事でしょう。後の事は私達に任せて下さい」
ルキフェルとルーティが、そう言いざま、おもむろに魔法発動の態勢に入った。
「ちょっと待って下さい。あなた達は何を‥‥」
ゲルマン語しか話せない2人の言葉が理解できず、声をかけるシン。とはいえ、なんとなく何をするのかは分かったような気がする。
「崇高なる戦士の魂に‥‥栄光あれ!」
そんな台詞と共に、情け無用で放たれる魔法攻撃。それぞれルキフェルがアイスブリザード、ルーティがグラビティーキャノンだ。吹き荒れる氷雪がゴブリンと3人の囮を分け隔てなく襲い、直線状に伸びた重力波の帯が、その効果の上にいたゴブリンと、三角木馬に乗せられていたガルを思いっきり転倒させた。
『グギャグギャー!』(訳:敵襲ゴブ! 敵襲ゴブー!)
『ガググゲゴガー!』(訳:この技は冒険者ゴブ! 逃げるゴブー!)
さすがに冒険者達の急襲に気が付いた女ゴブリン達は、戦うより逃げる事を選択したようだった。波が引くように、実にあっさりと森の中に退いていく。
‥‥が。
「甘いですね」
ふっ、とルーティが笑った。
と同時に、森の中からゴブリン達の悲鳴が響いてくる。
ルーティがあらかじめ逃げる方向を予想し、ウォールホールの魔法で、急造の落とし穴を作成していたのだ。そこに、何体かのゴブリンが見事にハマっていた。
「逃がすか!」
そして、ロングソードを抜いたシンが、まっすぐに突っ込んでいく。
『グギャギャー!』(訳:これでも食らえゴブー!)
ゴブリン達は、まだ縛られたまんまのガルを何体かで持ち上げ、放り投げてぶつけてきたが‥‥。
「舐めるな! こんなもの!!」
シンは迷わず、ミドルシールドを遠慮のない力で叩きつけ、穴の方へと弾き返した。ごきゅ、と素敵な音がして、ガルの首が変な方向に曲がる。
「‥‥では、顔でも洗って反省してもらいましょうか」
さらに、穴へと向けてルキフェルがウォーターボム。
高速で射出された水球が、穴で立ち往生していたゴブリン達と、跳ね返されて飛び込んできたガルに直撃。激しい水飛沫を上げた‥‥。
‥‥かくて、戦いが終わる。
ゴブリン達は意外に素早く、そしてしぶとく、全てが夜の森に消えていった。
「少々、奴らを甘く見ていたようですね」
「けれど、それなりにお仕置きはしましたから、少しはこたえたでしょう」
「‥‥だといいんですけどね」
そんな言葉を交わす、ルキフェルとルーティ。
「逃がしたのは心残りですが‥‥まあ、仕方ないですか」
「そうそう。それに、結構かっこよかったわよ、シン」
残念そうなシンに、ベルナテッドが微笑みかける。
他の面々はと言うと‥‥レクスとバードは、まだ縛られたまま、その辺に転がっていた。んーんー呻いているが、とりあえず放置されている。
そしてガルは‥‥ウォールホールで開けられた穴に放り込まれたものの、その魔法の効果も切れた今は、閉じた地面に挟まって、片足のみがにょっきりと墓標のように突き出た状態であった。時々ピクピク動いているので、命に別状はないのだろう‥‥‥‥たぶん。
このガルを大根のように引き抜き、他の囮役2人と一緒にベルナテッドがリカバーの魔法で回復させてしまえば、後は帰還するだけだった。
‥‥以降、この地におかしな趣味の女ゴブリン集団が出没したという話は聞かない。なので、とりあえず依頼の条件はクリアしたと言えるだろう。
またどこか他の地で、同様の事件が起こるかもしれないが‥‥その時はその時だ。
勇敢なる男性冒険者諸氏の勇気ある行動で、彼女達の行き過ぎた趣味を、今度こそ打ち砕いて欲しい。
ただし‥‥油断は禁物である。気をつけないと色々なモノを失いかねないという事を、くれぐれもお忘れずに。
■ END ■