●リプレイ本文
「ふはははは! アーサー王のお出ましだー!」
やたら野太い声と共に、舞台の上にそいつは現れた。
本人が言うからにはアーサー王の役なのだろうが、どうみても顔は山賊の親分である。ごつい上に髭まみれで、どうみても主役が勤まる色男とはいい難い。
‥‥場所はとある村の広場。今はそこに舞台が作られ、旅芸人の一座が劇を始めた直後であった。
アーサー王が実は美少女で、古今東西の英雄と宝を巡って争う、という、ある意味とんでもない内容の劇なのだが、肝心のアーサー王の役の風体が山賊なのだから、もう設定すら根底から破綻している。他の出演者の面々も、どうみても堅気の者とは思えないご面相だ。
「‥‥はじまりましたか」
客席の中央、やや後ろの位置で、マントを羽織った男が1人、静かに呟く。ユエリー・ラウ(ea1916)、エルフのジプシーだ。
「それにしても‥‥美しくないですね。もう、存在自体が不審ですよね。あれで『美』少女を名乗るなんて図々しいにも程がありますよ‥‥まったく」
端正な顔を少々歪めて、正直な感想を口にした。
「本物のアーサー王が知ったら、円卓の騎士全員を率いて討伐に乗り出してくるかもしれませんね」
同じく、客席で待機している、とれすいくす虎真(ea1322)が、言う。
「ですね。そうなる前に、彼らには陽の当たる場所からさっさと退場してもらいましょう」
「うん、それがいい」
ニヤリと笑うと、虎真は客席後方へと移動していった。
「ええい、おのれアーサー王め、こうなったら客席の子供を人質に取るのだー!」
舞台の上では、悪役らしいのがそんな台詞を張り上げている。
すぐに客席に向かって、手下っぽいのがばらばらと降りていったが‥‥。
乱世の中で英雄達は綺羅星の如く生まれ、歴史にその名を刻む。
あなた方は幾人の英雄を知っているのでしょうか?
これはそんな英雄達の物語‥‥♪♪
客席で1人のエルフ女性がそんな歌を歌いながら立ち上がり、前に進み出てきた。
歌声を耳にした者は、観客、盗賊の区別なく彼女へと振り返り、羨望と憧れに目を輝かせる。
‥‥ニミュエ・ユーノ(ea2446)が、『真の主役はわたくしですわ』という思いを歌に込め、メロディーの魔法として発動させた呪歌であった。
「うぉぉ、ねねね姐さん俺の太陽になってくれぇぇぇ〜!」
と‥‥見た目が髭親父な盗賊が1人、そんな叫び声を上げ、目をハートにしてユーノに迫る。どうやら一撃で惚れたらしい。
が、彼女はそちらに目をチラリとやると、おもむろに「しっしっ」とでも言いたげに邪険に手を振った。
同時にムーンアローの魔法が飛び、髭親父の頭を掠めて逆モヒカンに刈り上げる。
「ひぇぇ!」
さすがに目を剥いて立ち止まる髭親父。
「わたくしの下僕は〜♪ 10〜28歳のカワイイコでしてよ〜♪」
ニッコリ微笑んで歌い続ける彼女である。
「正義の幽霊参上! うらめしや〜」
そこに、頭から白いシーツをすっぽりかぶった虎真が走り込んできた。目の部分にはきちんと穴が開けてある。
「ふっ、そこの顔が不自由な可哀想な盗賊達、この俺が華麗にお仕置きしてあげるから、そこに一列に並びたまえ」
声と共に、どこからかスポットライトの光が客席の一角に当たり、マントを翻したユエリーの姿を浮かび上がらせた。
マントの下から現れた彼の格好は‥‥白と赤の縦縞カボチャパンツに白いタイツ。上はキンキラキンのハデハデ上着‥‥という、トランプのキングの絵柄みたいな、どこぞの間違った王侯貴族ファッションだ。手には真っ赤なバラを一本携え、白い歯をきらめかせている。
「‥‥それ、一体何の役ですか?」
「これですか? これは北欧神話のロキですよ」
虎真の問いに、振り返ってこたえるユエリー。照明の具合か、無意味なまでにキラキラしていた。
「ロキって‥‥悪戯好きの神様でしょう。英雄とは少々違うのでは?」
「はっはっは。細かい事など気にしてはいけません。好きなんですよね、こういうトリックスター的な役が」
「そうですか‥‥」
朗らかに笑われて言われては、納得するしかない。というか、虎真自身シーツオバケだし、他人の役をどうこう指摘しても、イマイチ説得力に欠ける。
というわけで‥‥。
「死に晒せボケぇ!」
「はっはっは、醜い者は滅びなさーい!」
2人揃って、ユーノの歌で半分呆けていた盗賊達をぼっこんぼっこんぶっ飛ばし始めた。
「虎真様〜ユエリー様〜華麗ですわ〜♪」
もちろんユーノも、歌で支援する。
「なんだ!? 何事だ!? てめえらしっかりしろ! 早く人質を取りやがれ!!」
客席の騒ぎを見て、思わずそう口にする偽アーサー王。盗賊としての本音がこぼれたようだ。
そして、舞台上ではその言葉を待っていた者がいた。
「‥‥ついに馬脚を現しましたね。今成敗して差し上げましょう! 小さい頃から子供劇でパピルスとか神殿の柱とかオシリス像の尻尾とかを演じ続けてきた実力を今こそ見せてあげます! とぅっ!!」
舞台の片隅にひっそり生えていた木‥‥の着ぐるみを身にまとったロソギヌス・ジブリーノレ(ea0258)が、きらーんと目を走らせて盗賊達へと走り、助走をつけてのフライングボディーアタック! 頭の上の枝先には、黒地にX字が刻まれた旗がはためいていた。
‥‥が。
「あぅ‥‥」
盗賊達の目の前であえなく失速。ぽてちん、と顔面から落下。
「うぅぅ‥‥起きれない。すみません、あの、そこの盗賊の皆さん‥‥起こしてくださいぃぃ〜〜〜」
1人では立てないらしく、そのままジタバタゴロゴロし始める1本の木。
「‥‥」
無言で偽アーサー王が顎で示すと、周りの手下達が彼女を取り囲み、踏んだり蹴ったりを開始。
「あぁぁぁ〜〜〜ごめんなさいごめんなさい! 踏まないで噛まないで枝を折らないで! 私はいたいけな木ですから〜〜〜!」
ロソギヌスの声が、悲しく響く。結局そのままさんざん好き放題された挙句、子猫みたいにつまみ上げられ、客席の中へと放り込まれた。
「あああ〜〜〜落書きとかしちゃいやーーー!!」
今度はたちまち子供が群がってきて、至る所に落書きをし始める。ある意味大人気だ。
「‥‥なんなんだ、あいつは」
「さあ‥‥」
盗賊達も、彼女のあまりのヤラレっぷりに首を捻っていた。
と──。
「残念ですが、そこまでです、偽者達よ。私が直々に裁きを下します」
打って変わって凛とした声が響き、新たな人影が舞台上に現れた。白銀の鎧に身を包み、一本の剣を盗賊達に突きつけるその勇姿。隣には同じく鎧に身を包んだ従者を1人連れている。
「なんだてめえら!」
「ふん、それはこっちの台詞や! あんた達こそこちらのお方をどなたとおもとるねん! いいか、聞いて腰抜かすなや! こちらはなぁ、かの有名な‥‥有名、な‥‥」
従者の方が主を示して名を告げようとしたが‥‥途中で止まった。主の耳に口を寄せ、そっと何かを聞く。主が苦い声で何事かを答えると、とたんにぱっと明るい笑顔になって続きを口にする。
「あー、こほん。こちらはかの有名なアーサー王であらせられるねんぞ! どや、びっくらこいたやろが! 謝るなら今のうちやで!」
胸を反らして得意そうに言う、マジボケ気味の従者だ。
‥‥主のアーサー王役はハンナ・プラトー(ea0606)、従者はクィー・メイフィールド(ea0385)である。ちなみに彼女達が今着ている鎧も、持っている武器も、舞台用のハリボテだ。
「なに言ってやがる! アーサー王が女なわきゃねえだろうが! アホ抜かせ!」
「いえあの‥‥あなた達、自分で決めた設定を自分で否定してどうするのですか‥‥」
偽アーサー王が言った台詞に思わずため息をつくハンナ。しかしすぐに表情をあらためると、
「とにかく、正義の名においてあなた達を許すわけにはいきません! おとなしく反省するならよし、さもなくば‥‥その身に罪の重さを思い知らせるのみ!」
偽物に剣の先を突きつけ、言い渡す。
「おもしれえ! やれるモンならやってみやがれお嬢ちゃんよぉー!!」
売り言葉に買い言葉、とばかりにいきり立ち、手下と共に襲いかかってくる偽アーサー。
「そうですか‥‥ならば容赦はしません!」
ハンナが剣を構え、
「ええな、ええなー♪ うちこんなチャンバラ大好きやー♪」
クィーが心底楽しそうな顔で投げナイフを取り出した。
「ふはははは!」
そのタイミングで、不意に舞台脇に置かれていたギリシャ彫刻風の裸像が笑い声を上げた。ヴェントリラキュイの魔法だ。術者はもっと多くの対象から声を出したかったらしいが、この魔法はひとつの対象しか指定できない『腹話術的な』魔法なので、それは無理である。
「貴様らの思い通りにはさせんぞ! 我が名は怪盗シャークフィン、弱きを守り悪しきを挫く信念を貫く者なり!!」
マントと仮面を身につけたアギト・ミラージュ(ea0781)も姿を現し、乱入してきた。
「‥‥うう‥‥えらい目に遭いました‥‥」
同じ頃‥‥会場からやや離れた所で、粗い息をする一本の木、ロソギヌス嬢。あっちこっちにラクガキがされ、顔にはゲジ眉とか髭とか閉じた瞼に目とかほっぺに赤いぐるぐるとか‥‥えらい姿になっている。
「ちょっと計算が狂いましたが、なんのこれしき。少し休んで態勢を整えれば、今度こそ酒場で皆に自慢できるような活躍をっ‥‥!」
と、拳を握って空を見上げた。天晴れな心意気である。
が‥‥。
「‥‥ん?」
ふと見ると、すぐ横に大きな黒い馬がいた。誰かの馬らしいが‥‥ロソギヌスを見る目が三角に吊り上がっている。
「えーと‥‥」
なんだか、嫌な予感がした。
──ぱかーん★
「あ゜ーやっぱしーーー!!」
予感は見事的中。思いっきり蹴られた彼女は、舞台上へと豪速球となって戻っていく。
「さあ、かかって来なさい悪党ど──うぎゃ」
そのまま剣を抜いて構えていたアギトに激突。一緒にごろごろ転がって多くの盗賊達を吹き飛ばした。見事なストライクだ。
「こ、こいつら仲間を平気で犠牲にしやがる! 油断できねえぞ!」
少々勘違いをした盗賊達は、一様に緊張の度合いを高める。
そして‥‥。
──ずずーん。
盗賊達の目の前に、巨大な影が降ってきた。
セットの上に潜んでいたらしいその男は、上半身が裸で、片手に巨大な石造りの戦斧を持っている。
武器は舞台用の作り物だが、鍛え上げられた鋼の肉体と見上げるばかりのジャイアントの体躯、そこから吹き出す猛々しい闘気は、紛れもなく本物である。
「■■■■□□■□□□■■ーーー!!!」
現れるやいなや、天に向かって咆哮する巨人。空気が震え、大地さえも揺れた。
漢の名は、シャルグ・ザーン(ea0827)。今はかのギリシアの英雄、ヘラクレスの役に心身ともになり切っている。1人の露西亜な少女の願いを受け、聖は‥‥宝物を入手するために参上、という設定である。細かい突っ込みは不要。大切なのはノリと勢いだ。
いきなり登場した筋肉の塊に目を丸くする盗賊達に、肉食獣のような瞳を向けると、
「□□□■■□□■■ーーー!!」
再び吼え、無造作に手にした武器を振り落とす。
──どっこーん!!
作り物の戦斧なのに、舞台にあっさりと突き立ち、引き裂き、破壊音と破片を巻き上げつつ床板を貫通、それどころか殆ど舞台全体をまっぷたつに割ってしまい、多くの盗賊達を余波で吹き飛ばした。あらかじめ舞台に何か細工していたらしいが‥‥それでもこの一撃の見た目は、恐ろしくインパクトが強かったろう。
「‥‥ば、バケモノかっ!!」
思わず偽アーサー王が腰を抜かしてその場にへたり込む。
「さあ、諦めなさい、抵抗は無駄です」
「せやせや。あんたのおかーさんは泣いてるで!」
ハンナが見下ろし、クィーはいつの間にか持ち替えた武器、ハリセンを笑顔でさすっていた。
「な、なにおぅ、まだまだ!」
それでも偽物は剣を構えようとしたが、今のシャルグの一撃の影響か、持っていた剣が根元から折れてしまっている。
「く、来るんじゃねえ! この剣はな、実は見えない剣なんだぞ!」
本当かどうかは知らないが、たぶんその言葉は口からでまかせだったに違いない。
「そうか‥‥」
一方、それを聞いてハンナは静かに頷くと、すっと腰を落し、低く構える。
「武器を持たぬ相手に手を出すのは騎士としてあるまじき行為だが、貴様がそう言うのであれば遠慮はいるまい。全力で叩かせてもらおう」
「‥‥へ?」
「ゆくぞ、我が必殺剣!!」
「わー! ちょちょちょっとマテーーー!!」
偽物は叫んだが、もちろんハンナは待たなかった。
「”舞台上にて約束された”──」(エクス──)
ハンナの体が、オーラパワーの力を受けて淡く輝く。
「”勝利の剣”ーーー!!」(カリバーーー!!)
光が流れ、剣が閃いた。
「ほんが〜〜〜〜〜〜!!」
衝撃に弾き飛ばされた偽物が、舞台から遥か遠くに弧を描いて飛んでいき‥‥あえなく退場。
「三流悪人は滅びるのが世の常なのです」
会場からそれを見送りつつ、そう呟くシーツオバケ、虎真。
「‥‥ふっ、美しさの勝利ですね」
と、ユエリーが髪をかきあげる。
2人の足元には、青い鎧の槍兵みたいなのとか、目隠しをした騎乗兵みたいなのとか、女装した魔術師みたいなのとか‥‥そんな格好の盗賊の一味がまとめて縛られていた。2人の手並みだ。全員の額に『グランドクロス参上』と書かれた紙が貼り付けられている。
「お〜ほっほっほ、わたくしのランスロットは何処かしらん〜☆」
ユーノはまだ歌っていた。お好みの相手はなかなか見つからないようである。
「悪が栄えたためしはないんやで。あっはっはっは」
ハリセン片手に、笑顔のクィー。
「■■□□■□□■ーーー!!」
「そういえばまだおぬしがいたな。よかろう、雌雄を決しようぞ。来い!」
舞台の上では、アーサー役のハンナとヘラクレス役のシャルグが最後の戦いを演じ始め、完全に主役を奪っていた。片隅にはどこかで見たような木と怪盗が白目を剥いて転がっていたが‥‥まあ、それはそれ。
冒険者達の繰り広げる舞台に、観客達は惜しみない喝采を送り、たいへんに盛り上がったとの事だ。
なお、依頼料とは別に、舞台に投げ入れられたおひねりも、多少は彼らの懐を潤したそうな。
■ END ■