●リプレイ本文
「‥‥来ましたね」
ルーラス・エルミナス(ea0282)が目を細めた。
なだらかに続く丘の向こうに砂煙が立ち、複数の馬が地を駆ける音が響いてくる。
「まったく‥‥本人達は遊びのつもりなんでしょうけど、追いかけ回される者達にとっては迷惑千万です!」
端正な横顔に、少々怒りの表情を見せて言う、ブルー・アンバー(ea2938)。
「さて、貴族のボウヤの乗馬がどの程度のものか、見せてもらうとしようか」
と、広瀬和政(ea4127)は僅かに微笑んでいた。
‥‥以上の3名が旅人に偽装し、街道に立ち止まっている。もちろん、馬に騎乗の上でだ。
やがて、丘の上に騎馬の一団が現れる。総数にして10騎余り。縦3列横3列、馬と馬の間隔をかなり狭めた密集隊形を組み、先頭にリーダーと思しき一騎の馬が突出していた。
「綺麗な隊列ですね。相手は大分馬の扱い、及びその集団戦に慣れているようだ。でなければああは行きますまい」
「‥‥おいおい、相手を誉めてどうするんだ」
素直な感想を口にしたルーラスに、和政が苦笑する。
「ですが、その通りですね。正面から突っかかっても、あれを崩すのは難しいでしょう。向こうの馬も戦闘行動によく慣れているように思えますし」
ブルーもまた、そう判断したようだ。
「なら、どうする? 向こうさん、どう見てもやる気満々だ。ありゃ立ち止まってこっちの話を聞くなんて雰囲気は皆無だぞ」
和政が2人に振り返り、問う。
「ではとりあえず、逃げた振りでもしますか」
「そうですね、それがいいでしょう。話すにしても、向こうの気勢を削いでからの方が良いでしょうし」
「‥‥まあ、そうだろうな、やっぱり」
ルーラスとブルーの台詞に、和政も小さく肩をすくめ、首肯した。
そして3人は馬首を巡らし、街道を外れて草原へと駆けていく。
‥‥ちなみに、依頼主である”荒馬王子”の親に、人数分の馬を用意してくれないかと打診していた冒険者達だったが、さすがにどこの者とも知れない冒険者に大事な財産である馬を貸す程お人好しではなかったため、彼等の馬は全て自前である。
「ほう、逃げたか」
それを見て、丘の上よりやってきた騎馬集団の先頭を走る男が低く呟いていた。彼は近頃、街道を通る者に襲い掛かり、さんざん追い回しては去っていくという男達‥‥それを率いる存在だ。顔は仮面により隠しているが、実はこの近隣を領地に持つ貴族の息子であり、彼にとっては今している行為自体、単なる暇つぶしの余興に過ぎない。
「どうしますか、王子!?」
背後を走る配下の1人が、声をかけてきた。王子、などと呼ばせてはいるが、別にそんな身分ではない。その言葉の響きが心地良いので、使っているだけである。
「決まっているだろう! 逃げる獲物は追い、蹴散らすのみだ!」
迷わずこたえて、彼は馬の腹に拍車を叩きつけた。
‥‥こんなものは、狐を狩るのと同じ事。ただ、狐などより、人の方が遥かに面白い。
退屈な貴族の生活の中で、やっと見つけた心躍る余興。
彼にとっては、この行為自体、そんな認識でしかないのだ。
何かを奪ったり、相手を殺す、というのは、流石に罪の意識があるので控えてはいるが‥‥それにしてもタチが悪いと言えよう。
と──。
「あちらからも何者かが現れました!」
「なに?」
3騎を追撃する態勢に入ってすぐ、それまで物陰にでも隠れていたのか、もう一騎、別の騎馬が現れた。
「‥‥ほう」
まっすぐに近づいてくる馬とその騎手を見て、薄く笑う”荒馬王子”。
「放っておけ。好きにさせるがいい。何かおかしな事を仕掛けてくるようなら、遠慮はいらんがな」
すぐに配下の者達にそう告げ、ただ待ち受ける。その理由は、相手が自分達よりも馬の扱いに慣れてはいなかった事。そんな事は一目で分かる。何かされても、たった一騎ならばあっさり返り討ちにできるだろう。
そんな判断と‥‥あとひとつ。
「‥‥ごきげんよう。はじめまして」
と、荒馬王子の横に並んだ馬の乗り手は、見目麗しい金髪の女性であった。涼やかな瞳に、知性と育ちの良さが伺える。
‥‥レジーナ・オーウェン(ea4665)である。
「わたくし、貴方のお噂を聞いて是非とも御一緒させて頂きたいと思って参りましたの。お仲間に加えてくださいまし」
微笑みつつ言う彼女を遠慮なく見回し、頷くと、
「いいだろう。ただ、今は取り込み中だ。すぐに済むから後ろからついて来い。終わってから話をするとしよう。ゆっくりとな」
はははは、と、高らかに笑い、荒馬王子はさらにスピードを上げた。
「‥‥」
その後姿を見送りつつ、
「さて、終わるのはどちらでしょうね‥‥」
そっと呟くレジーナ。
もちろん、その声は彼女本人にしか聞こえてはいなかった。
「‥‥さて、いよいよですかね」
向かってくる騎馬の一団を眺めつつ、クロヴィス・ガルガリン(ea0682)がのんびりと言う。
「お〜ほっほっほっほ。白馬に乗った王子様が、わたくしに会うためにこの地にやって来ますのねん♪ ああ、お待ち申し上げておりますわっ☆」
その隣では、ニミュエ・ユーノ(ea2446)が、目に星をきらめかせて何か勘違いをしていたが、クロヴィスが彼女の肩を押さえ、人差し指を口の前に当てて「し〜」とやっていたので、なんとか目立たずにいた。丁度腰くらいの高さの草が生い茂る茂みの中で、彼らはしゃがんで待機している。
「‥‥早く来てくれないものですかね。少々疲れてきました」
「お〜ほっほっほっほっほ☆」
この2人だけでなく、他の者も近くにいるのだが‥‥ユーノには誰も寄り付かず、イギリス語の分からないクロヴィスのみが、なんとか相手をしているという状態だったようだ。
そこに、まず囮となっていたルーラス、ブルー、和政が突っ込んできた。
交差しつつ、和政達とクロヴィスが目配せをする。
茂みに潜んでいる者達が、より一層姿勢を低くし、気配を殺した。
やや遅れて、飛び込んでくる騎馬の一団。
「はっ、素人が! そんな草むらに逃げたって、どうにかなると思うなよ!」
彼らは警戒する様子もなかった。待ち伏せが仕掛けられているなどとは、夢にも思っていなかったに違いない。
「今だ!!」
声を上げつつ立ち上がるクロヴィス。
草むらの中には、板を組み合わせて作った簡素な塀が寝かせてあり、それを自分と一緒に持ち上げて一気に立てた。パワフルなドワーフの面目躍如といった所だ。そんなに長い塀ではないが、相手が密集しているので、短い物でも十分に役に立つ。
「うぉっ!?」
目の前にいきなり障害物が出現し、目を見開く一団。が、相手も伊達に馬術を売り物にはしていない。
「ちぃっ!」
次々に飛び越え、あるいは直前で馬を止めてみせる。塀に引っかかって転ぶ者など皆無だ。
「ふむ、見事なものですね」
のんびりと、クロヴィスは言った。塀が役に立たなかった事などは、気にならないらしい。
‥‥まあ、それもそのはずだった。
「ですが、仕掛けはこれだけではないのですよ」
「わぁっ!」
クロヴィスの台詞に、悲鳴が重なる。
塀を飛び越えたその先にも、馬が足を取られる程の浅い落とし穴や、草と草を結んだ障害物、茂みの間に目立たぬように張ったロープ‥‥等々の罠が用意されていたのである。
これにより、バランスを崩して馬から振り落とされる者、馬と共に転ぶ者が続出した。
「貴様ァ!!」
塀の前で立ち止まった者達が、クロヴィスを見下ろして馬上で続々と剣を抜いたが‥‥。
「わたくしの胸でおねむりなさ〜ぃ♪」
綺麗な歌声が流れ‥‥不意にクロヴィスに一番近い馬が力を失い、その場に崩れる。
「だぁ〜っ!?」
当然、乗っていた者は、いきなりの事に対処ができず、地面に落ちた。それだけならまだしも、上に倒れた馬がのしかかってきて悲鳴を上げる。
「‥‥おやおや、大丈夫ですか?」
心配そうな顔でクロヴィスが覗き込んだが、ゲルマン語なのでもちろん通じない。
戦乙女の舞い降りる戦地、貴方は何を求め何を思うのか♪
力は全てを壊し、奪いゆく♪
全ては無にかえり、その身は地にかえる♪
歌声は‥‥ユーノのものだった。馬にスリープの魔法をかけたのだ。別に歌う必要はないが、彼女はバードである。様式美というやつだ。
「な、こ、こいつら!?」
その力を目の当たりにして、馬上の者達は、ようやく相手が冒険者だと気付いたらしいが、もう遅い。
ヒュン、という風を切る音と共に、閃く白刃。
「!?」
馬に乗っていた男の手綱が切断され、さらに脇腹にピタリと押し当てられる。
「‥‥降りなさい。よくもこのような事をして恥ずかしくないものですね。イギリスの貴族が皆このような事をするのなら‥‥幻滅も良い所です」
ソルティナ・スッラ(ea0368)の蒼い瞳が、静かな怒りを帯びて男を射る。
オーラエリベイションで高められた士気が、彼女の鋭くさせていた。
可能ならば鐙(あぶみ)を切ろうとも考えたのだが、馬や乗り手の脚に密着したこの馬具のベルトを正確に、しかも乗り手、馬の両者に無傷で切断するなどという芸当は、ポイントアタックのCOでもなければ不可能だったろう。
さらに、残りの者達も、ユーノのチャームで骨抜きにされたり、クロヴィスに引きずり下ろされたりして、無力化されていく。
そして‥‥。
「よーし、そこまでだ貴様等!」
堂々たる漢の声が響き、近くの岩場の上に一騎の人馬の影が現れた。愛馬の鬼禪丸(きぜんまる)に乗った瓦耀(ea0003)である。
「たとえお天道様が許したとしても、この俺がその悪事を許しゃしねえ! 覚悟するんだな! いくぞ、はぁっ!!」
気合と共に馬の腹を蹴り、一気に岩場を駆け下りようとしたが‥‥。
「うがぁぁぁぁ〜〜〜!!」
嫌がった愛馬に思いっきり振り落とされ、自分1人で岩場を上から下までどんがらごろごろごろ‥‥と転がり落ちてきた。最後にでかい岩にごすっと頭からぶつかり、ピクリとも動かなくなる。騎乗初級では‥‥さすがに人馬で岩場をかっこよく駆け下りるなんて事は無理だったようだ。
「‥‥あんな風になりたくなければ、あなた達も生まれ変わりなさい。今日が良い機会ですよ」
クロヴィスが男達に語りかけたが、やっぱりゲルマン語なので通じたかどうかは微妙であり、
「‥‥イギリスは、冒険者もこんな感じなのでしょうか‥‥」
ソルティナはこめかみのあたりを押さえていた。頭痛でも覚えたのかもしれない。
「よくもやってくれたな!!」
一方、罠を無事に突破した”荒馬王子”とその配下若干名は、なおも和政達を追っていた。
「何を言うのです。馬術に自信の有る者なら、この程度の障害は潜り抜けて当然でしょう」
ルーラスが涼しい顔で激昂する荒馬王子の言葉を受け流す。完全な挑発だ。
「ほらほらっ! その程度なんですかっ? もしそうならお笑いですね!」
ブルーもわざと速度を落し、彼等の横に回ってそんな声をかけていた。
「‥‥おいおい、よせよせ。自分の分もわきまえないような馬鹿にそんな事を言っても通じないだろう。私の国には『馬の耳に念仏』という諺がある。まさにその言葉が相応しい輩のようだからな」
落ち着いた顔でサラリと一番酷い事を口にしたのは、和政だ。
「貴様等!! 許さんぞ!! やってしまえ!!」
顔を真っ赤にして、荒馬王子が吼える。取り巻きの者達が剣に手をかけたが、それよりも冒険者達の動きの方が速かった。
「はぁっ!!」
ブルーのロングスピアが翻り、穂先とは反対側の持ち手の部分で馬上の相手を叩き落す。
和政の日本刀が空を疾り、斬撃が衝撃波となって疾走する馬の直前の地面に炸裂する。驚いた馬は急に方向を変え、暴走して乗り手の意思とは別に、どこか明後日の方向へと去っていった。
‥‥それぞれ、ブルーは相手の首筋を、和政は手綱を狙おうとも思ったのだが、双方共に疾駆する馬の上でそれをやるには、やはりポイントアタックが必要だったろう。単体の技で細かい狙いをつける事は不可能だ。
さらに、なにやら後方の馬が急にいなないて後ろ足立ちとなり、騎乗していた者を振り落としていた。
「あら、ごめんあそばせ」
と、にっこり微笑んだレジーナの手に、馬の尻尾の毛が数本握られている。どうやら背後に接近して引っこ抜いたらしい。疾走中にそんな事をされたら、どんな名馬でも驚くだろう。
そうして、荒馬王子以外の者を全て蹴散らした後、
「貴方とは、対等な形での勝負をしたかったので、仲間の方には退場していただいた。あの遠くに見える岩の所まで、本当に馬術だけの真剣勝負を挑みます」
ルーラスが剣の先を1km程先に見える岩に向け、彼に言った。
「これしきでいい気になるなよ! いいだろう、受けてやるッ!!」
荒々しい返事と共に馬の腹を蹴り、猛然と走り始める荒馬王子。
「はは、相当熱くなってるな。たいした気合だ」
後姿を見送りながら、和政がニヤリと笑う。
「そうですね。ですが、走りが無茶です。あれでは馬がへばってしまう」
ブルーは、そう判断した。
「これで負けたらかなり無様でしょうに‥‥可哀想な方ですね」
既に勝敗を見切ったレジーナが、そんな言葉を口にする。が、別に同情しているわけではなく、ニコニコ微笑んでいたりするから何気に酷い。
「さて、では最後の仕上げです。行きましょうか」
最後にルーラスが言い、4騎の騎馬が後を追った。
結果がどうなったかは‥‥言うまでもないだろう。
「‥‥向こうは大丈夫ですかねえ」
どんどん小さくなっていく仲間をみやりつつ、クロヴィスが呟く。
「あのような者達に負けるようなら、イギリスの騎士道とやらも地に落ちたと言うもの。勝ってもらわねば困ります」
と、容赦のないソルティナ。別にクロヴィスの言葉が分かったわけではないが、雰囲気を察して口にしたのだろう。
「下僕も募集いたしておりますが‥‥わたくしの下僕は可愛い子だけでしてよ! その暑苦しい無駄な筋肉‥‥存在自体が許せませんわ!!」
傍らでは、ユーノが吼えていた。
メロディーで相手を魅了したは良いが、何故か寄って来るのは筋肉マッチョだけだったりする。しかも、中には目に青痣をこしらえた耀まで混じっていた。景気良く敵味方関係なしにメロディーを放ったらしい。
‥‥そんなこんなで多少の混乱はあったものの、以降、この地に”荒馬王子”とその一党が出現する事はなくなったという話だ。
■ END ■