●リプレイ本文
夜になって、風雨はますますその激しさを増したようだ。
「‥‥どうですか?」
闇の中で、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)の声がした。が、それはたやすく風と雨の音に飲み込まれ、数メートルと飛ばずに消えていく。
その範囲の中に、雨よけの外套を纏い、身を低くして待機する複数の人影。
「‥‥正面入口近くに2名、裏口近辺に1名‥‥これは見張りですね。他の4名は皆建物の中央付近にいます。こちらの息は規則正しいですから、寝ているか、休息しているか‥‥判断はつきかねますが、そのような状況です」
じっと前方の建物──廃教会へと目を向けていたクリフ・バーンスレイ(ea0418)が、すぐにそう返答する。ブレスセンサーの魔法で探っているのだった。到着時から交代で監視を続け、夜を待ってから全員でブレスセンサーの効果範囲ギリギリまで接近、様子を見る‥‥という行動を選択した冒険者達である。相手の首領も風の精霊魔法を使うという事なので、いざという時までは慎重な行動を、との判断だった。
「特におかしな動きは‥‥見られないようですね」
クリフ同様、僅かに明かりが漏れる建物にじっと視線を注いでいたエリス・ローエル(ea3468)も、小さく頷く。
「じゃあ、どうやらこっちに気付かれた様子はないかな‥‥油断は禁物だけど」
ユーディス・レクベル(ea0425)が、そう言い、
「討ち入る為に近づけば、嫌でも気付かれるだろう。だが‥‥」
ふと空を見上げる五百蔵蛍夜(ea3799)。
「それも構わん。なんにせよ、いいかげん雨に打たれるのも飽きた」
風雨は収まる事を知らず、降り続いている。
これと夜陰に乗じて攻める事が、冒険者達にとって利となるだろう。小高い丘の上に位置する廃教会正面には、遮蔽物となるものなど何も見受けられないのだから。
「‥‥ならば、行くか」
低く、太い声はシャルグ・ザーン(ea0827)だ。長年鍛え上げられたジャイアントの巨躯からは、既に気迫が立ち昇り始めている。
その太い腕に、細い指先がそっと触れた。
「‥‥皆様に幸運の祝福を。お怪我などなさりませんよう、お祈り申し上げます。他の方々も、私の身体に触れて下さい」
カレン・ロスト(ea4358)が、祈りの言葉を捧げつつ、皆にグッドラックの魔法をかけていく。この魔法の初級レベルは、施術者と被術者が接触していなければならない。
「いいね。美人の魔法は効きそうだ。向こうの女首領とやらも、美人だといいんだけどな」
軽く笑いながら、そんな事を口にする希龍出雲(ea3109)。
「あの‥‥変な所には触らないで下さいね」
その出雲にだけ、カレンがやや恥かしそうに呟き‥‥。
「‥‥いや、もちろんそんなつもりはないぞ」
思わず頭を掻く彼であった。
「‥‥では皆様、どうかお気をつけて」
エリスが一礼して、闇の中へと走っていく。廃教会の裏に位置する森へと移動するためだ。ユーディスとケンイチもそちらである。
「おぬしらも、無茶をするでないぞ」
シャルグが言葉を返す。
振り返り、頷くエリス。そしてそのまま闇へと消えていき‥‥数分間、残りの者達はその場で待った。
「では‥‥」
「いざ出陣、だな」
ゆらりと、暗闇の中、蛍夜と出雲が立ち上がる。
「‥‥」
無言のままに、自らにオーラパワーとオーラボディを付与するシャルグ。蛍夜もフレイムエリベイションを使用し、士気を高める。
あとは‥‥一団となって、風を巻き、疾り始めた──。
「なんだてめえら!!」
廃教会まであと30m程、とまで迫った時、さすがに向こうの見張りに気付かれた。
しかし、もちろん立ち止まるわけにはいかない。姿勢を低くし、さらに足を速める。シャルグ、蛍夜、出雲ら前衛の3人は、一斉に武器を抜き放った。
びゅっと、空気を切り裂き、何かが脇を通り過ぎていく。矢だ。入口で賊の1人が短弓を構えている。
「この風雨で、そう簡単に当たるか!」
蛍夜が吠えた。確かにその通りだろう。
弓は、間違いなくその威力、狙いを殺されていたが‥‥
──カッ!!
いきなり世界が青い光に包まれ、轟音が響き渡った。
「うぉっ!?」
物凄い衝撃を受け、蛍夜が後方に弾き飛ばされる。
「‥‥!?」
同様の威力はシャルグをも襲ったが、こちらは低くうめき、足を止めただけだった。
「これは‥‥雷撃の魔法!」
クリフが攻撃の正体を見抜く。
──ヘブンリィライトニング。
天空から雷撃を呼び、目標を攻撃する風の精霊魔法であった。しかも高速詠唱を用いて、連続で2回、放ってきたのだ。
「‥‥なるほど、貴族どもがとうとうあたしらの征伐を冒険者ギルドに依頼したのかい。だが‥‥そう簡単に行くとは思わない事だね。鼻持ちならない貴族どもはもちろん、あんた達もさ」
廃教会の入口から、そんな声。
赤い髪の女が、そこにいた。恐らくはこの賊、ブラッディ・ウインドミルの首領だろう。
年の頃は20を少々過ぎたあたりに見える。キツ目の眼差しと表情は、いかにも性格が強そうだ。
そして‥‥。
「‥‥ほう、なかなか。合格だ」
出雲がニヤリと笑う。
「大丈夫ですか!」
シャルグにカレンが駆け寄り、ただちにリカバーをかけた。蛍夜の方は先に使用済みだ。彼は立ち上がり、舌打ちしながら頭を振っていた。
「これしきは造作ない。それよりあまり前に出るでないぞ。我輩の影にいるのだ、矢も来るからな」
そう言いながら、カレンの前に立つシャルグだ。
「この野郎! 動くな!」
入口脇の四角い窓から顔を覗かせ、弓を放とうとしていた賊の1人にソニックブームを叩き込む出雲。血飛沫が飛び、内側へとそいつは大きく吹き飛ばされた。
「魔法なら、こちらだって!」
首領へと向けては、クリフがウインドスラッシュを撃ったが、呪文の詠唱が終わる直前で奥へと姿を消していた。何もない空間を真空の刃が切り裂き、手ごたえは‥‥ない。
「同じ系統の魔法だと、ある程度タイミングを正確に読まれますね‥‥たいしたものです」
思わず素直にそんな言葉を口にしたが、顔つきは険しくなった。
「今だ、突っ込むぞ!!」
蛍夜が走る。
最初に入口に飛び込んだのは、シャルグであった。
──瞬間、
ザンッ!!
空気が唸りを上げて、彼の巨体に襲いかかる。設置型罠魔法、バキュームフィールドだ。赤髪の首領が入口から後退する際、仕掛けていったらしい。
しかし‥‥。
「‥‥」
シャルグは両腕を顔の前でとっさに交差させ、目だけを庇っただけでその罠を受け止めていた。浅く切り裂かれた肌から、赤いものが数滴、石の床へとこぼれ落ちる。
「まったく‥‥ジャイアントってのは頑丈だね。いや‥‥闘気魔法で守りも固めてるだろう? でなければ、いくらなんでもインチキさ」
部屋の奥で、うんざりしたように首領が言った。
シャルグはそれにはこたえず、真正面から賊を見据えると‥‥。
「我輩はシャルグ・ザーン。我等は依頼を受けてお主等を捕縛に参った。おとなしく縛につけば良し、さもなくば相応の覚悟をしてもらおう。さて、返答はいかに?」
生真面目に名乗りを上げ、問いかける。
他の仲間達も次々に廃教会への侵入を果たし、身構えていた。
「‥‥始まった」
同じ頃、建物の裏手に位置する森の中で、ケンイチが低く呟く。
「状況は?」
ユーディスが尋ねると、やや間を置いて、
「何人かが魔法による攻撃でダメージを受けていますね。設置型罠魔法の使用も確認されました。やはり‥‥一筋縄ではいかない相手のようですよ」
そう、こたえる。テレパシーの魔法で、正面から突入したうちの1人、カレンと会話して情報を得ているのだ。
「裏口にも弓を持った者が1人、控えていますね。仲間が襲撃を受けたのが分かっているはずなのに、動こうとしません。かなり統制の取れた集団ですね‥‥」
エリスもじっと狭い裏口を見つめ、そのように判断していた。
人ひとりがなんとか通れるか、という通路の奥の暗闇に、彼女の言葉通り、弓を手にした賊の姿が確認できる。
「では、こちらも手筈通りに」
「‥‥そうね」
ケンイチが言い、ユーディスが頷く。
「愚行を繰り返す愚か者達よ。その行為を悔いる時が来たのです‥‥」
エリスは静かに、そんな言葉を口にしていた。
そして、闇と森の木々に紛れ、彼等は裏口へと接近していく。
「はっ、寝ぼけた事言ってんじゃないよ! 捕まって死ねと言われて、はいそうですかなんて誰が頷けるもんか!」
声と共に、赤髪の首領から放たれる突風。ストームの魔法であった。
2手に分かれ、両側の壁に身を寄せ、姿勢を低くしてそれに耐える一同。
荒れ狂う風が、礼拝堂に置かれていた朽ちかけの長椅子を木の葉のように飛ばしていた。
それが収まりかけてくると、剣を手にした賊が一斉に斬りかかってくる。
「なるほど、問答無用か! 望む所だ!」
真っ先に、蛍夜が立ち向かった。
振り下ろされる剣を日本刀が受け流し、返す刃で鋭い突きを放つ。
「ぐはっ!」
喉元に一刀を受け、鮮血と共に崩れ去る賊の1人。室内での戦いという事を念頭に置いた蛍夜の太刀筋は、派手な斬撃よりもむしろ正確さを追求した動きに徹している。
対して、シャルグは違う。
ロングソードを片手で軽々と扱い、反対の腕にはオーラシールドを展開、それで相手の剣を受けた身体はびくとも揺るがず、返礼に振るわれる豪剣は、防御ごと力で獲物をねじ伏せる。
援護に魔法を放とうとする女首領には、クリフがウインドスラッシュ、出雲がソニックブームを放って牽制、相殺を行い、邪魔をさせなかった。大技のヘブンリィライトニングは、屋内にいる相手に対してはほぼ無効だ。落雷を引き起こしても、人よりも先に建物に当たり、拡散、消滅してしまう。
「ええい! 舐めるな!!」
それならばと、また高速詠唱による連続魔法を発動させようとしたが‥‥。
「──うっ!?」
次の瞬間、背後の壁をすり抜けて飛んできた淡く光る矢が、彼女の背中に突き立っていた。
──その少し前。
裏手の森からムーンアローが放たれ、廃教会の壁の中へと消えていく。ケンイチがカレンとのテレパシーによる会話をもとにして女首領の特徴を伝えてもらい、その情報を込めて撃ったものだ。
「野郎っ!」
さすがに、仄かに光を放つ矢が放たれれば、見張りも気付く。
ただちに弓に矢をつがえ、撃たれたと思しき森の中へと向けた。
「甘いね!」
その反対側から、気配を殺して忍び寄っていたユーディスが突進、見張りへと斬りかかろうとしたが‥‥。
「わぁっ!?」
こちらの入口にも、罠魔法が仕掛けられていた。
紫の紫電が空間を走り、ユーディスの身体を包み込む。ライトニングトラップだ。
「馬鹿め! くたばりやがれ!」
それを見て、賊が弓をユーディスへと向けた。
「ぐ‥‥っ!」
ユーディスは、咄嗟に身体が動かない。
「うあっ!?」
しかし、その賊が苦鳴を漏らし、身体を震わせる。矢の狙いは逸れ、ユーディスの頭の僅かに上を通り過ぎていった。
「やられるのは、そっちよ!」
なんとか手を振り、手にしたダガーを投擲する。それは相手の腹に命中。賊は呻き声を上げて床に崩れた。
「‥‥罠は予想してたけど‥‥やっぱり実際にかかるとキツイね‥‥ははは‥‥」
思わず壁に手をつき、身体を支えるユーディス。
「大丈夫ですか!」
すぐにエリスが駆けつけ、リカバーをかけてくれた。
「うん。あんがとね」
やや力のない微笑を返しながら、森から出てくるケンイチにも手を振る。
矢で撃たれようとした時、彼がムーンアローの第2弾を賊に放ってくれたおかげで、彼女はなんとか無事だったのだ。
罠が仕掛けられている事は承知の上で突っ込んだようだが‥‥いささか無茶だったろう。運が悪ければ死んでいたかもしれない。
が、なにはともあれ、これで裏口も押えた事になる。
あとは‥‥逃がさないだけだ。
「姐御! 裏口も押えられたぜ!」
「ちっ‥‥意外にやる」
建物内の賊達も、すぐに状況を察知していた。
赤髪の首領も、ムーンアローを受けてはいたものの、目に見えたダメージはない。元々初級のムーンアローはそれほど威力があるわけではなかった。
「‥‥最早逃げられぬぞ。悪い事は言わん。観念するが良い」
シャルグが声をかける。
賊は首領を含めて残り3人になっていた。しかも今やその全員が手傷を負っている。勝敗は決したと言えたろう。
が‥‥。
「せめて姉御だけでも逃げてくれ」
「ああ、ここは俺達がなんとかするからよ」
「‥‥お前等‥‥」
彼等は、諦めてはいなかった。
「うぉぉぉーーー!!」
蛮刀を振りかざし、叫びと共に2人の手下がまっすぐに冒険者達へと斬りかかる。
「‥‥たく、馬鹿野郎が!!」
「‥‥」
蛍夜は吐き捨て、シャルグは何も言わずに剣を構えた。命を捨てて向かってくる相手に、手加減などできはしない。
──ドゥッ!
鋭い蛍夜の突きが賊の胸板を貫き、シャルグの重いスマッシュによる一撃が深く肩口に食い込んだ。
が、それでも彼等は倒れず、むしろそれぞれに己を斬った相手にさらに近づき、掴みかかると、
「今だ! やれーっ!!」
血を吐きながら、絶叫した。
「‥‥すまないね。お前達の事は忘れない‥‥アンタらのツラもだ!!」
最初の言葉は仲間へと向けて、そして次の言葉は冒険者達を睨んでのものだ。そして首領は、またもやストームの魔法を放つ。ただし、今度は彼女の足元に置かれていた数個の樽を巻き込んでいる。それは次々に壁に当たって壊れ、中から数匹の毒蝶、パピヨンを飛び出させた。
「っ! このっ!!」
突風で態勢が崩れた所に、毒蝶の出現。だが、蛍夜がマントの下に隠し持っていた鞭にバーニングソードを付与し、これを次々に打ち倒す。雨に濡れた陣羽織も叩きつけて床に落としていた。
さらにクリフのウインドスラッシュが唸ると、あっけなく蝶は吹き飛ばされて消えたが‥‥。
「‥‥行っちまったな」
刀を納めた出雲が、言った。顔は壁の窓‥‥単なる四角い穴を見上げている。今の隙に、リトルフライの魔法で浮いた女首領は、そこから外へと出て行ったのだ。
追うか、とは、誰も口にしなかった。おそらくは間に合うまい。そう思わせるだけの実力が、確かにあの相手にはある。
結局、冒険者達は仲間の魔法や道具で自分達の治療を行うと、嵐の中、5つの死体を伴って、その場を後にするのだった。
‥‥首領は取り逃がしたが、他の者を全て討ち取った事を報告すると、依頼主である貴族や豪商達はたいそう喜び、その遺体を腐り果てるまで街道に晒しものにしたという。
■ END ■