祠の伝説 〜れっつ村おこし〜
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月25日〜09月30日
リプレイ公開日:2009年10月02日
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●オープニング
その村には、遺跡が現存している。
しかし長い間、その遺跡は村人の目に触れる事は無かった。
意図的に、そう仕向ける者がいたからだ。
その者の行動原理は唯一つ。
己の仕えていた、主の復活。
遺跡は、元々その者の『拠点』だった。
しかし、ある者の存在が、『拠点』を『牢獄』に変えた。
そして『牢獄』は、同時に『棺』でもある。
二重に重ねた封印は、『牢獄』と『棺』を分断した。
厄介な事に、その構造上、『棺』のみを解放する事はできない。
しかし――――『牢獄』の封印が解かれた今、遺跡は『棺』としての役割のみを全うしている。
問題は、その『棺』に眠る者を復活させる方法。
ようやく、その手掛かりが見つかった。
「久し振りだな。こうして、この遺跡の前に2人で並ぶのは」
全身を黒ずくめの男は、皮肉めいた言葉を吐く。
本来ならば、ここまで時間が掛かる筈ではなかったのだ。
「さて。既に村は再起を成した。我々の目論見は脆くも崩れさった訳だが‥‥」
「構いませんよ。今となっては」
白い布で目を覆った女性は、艶のある唇に指を当て、クスリと微笑んだ。
「祠を見つけたのですから。『再生の祠』を」
そして、遺跡へ向けて祈りを捧げる。無論、神になどではない。その対極となる者へ。
「行きましょう。『南』へ」
その日、二つの影が村から――――恋花の郷から、消えた。
「祠の伝説‥‥?」
村長ヨーゼフ・レイナの反芻に、ローゼマリー・ドールと、その護衛エルナ・リーネは、出されたお茶を飲み干し、同時に頷いた。
「以前、貴族の会合で耳にした事があります。確か‥‥このノルマンの地に、『二つの祠』と言う伝承があると」
「それは、どのような伝説なのですか? ドール夫人」
「はい。何でも、その二つの祠には、それぞれ『生』と『死』の盟約が眠っている、と」
「盟約? それはどういう意味なのですか?」
ヨーゼフの問いに、ローゼマリーは俯き、首を左右に振る。
「それ以外は何も‥‥申し訳ありません、お役に立てず」
「い、いや。こちらこそ、捲くし立ててしまい申し訳ない」
ヨーゼフは後頭部に手を当て、眼前の貴婦人に何度も頭を下げた。
一ヶ月前、幾度もこの村を手助けしてくれている冒険者達と村の子供達が見つけて来た祠。
この村からはかなり離れた場所にあったその祠を、ヨーゼフは何故か気になっていた。
村校に通っている娘のアンネマリーを迎えに来た、貴族の夫人ローゼマリーにも、つい心当たりを尋ねるくらいに。
「考え過ぎだとは思うが‥‥」
ヨーゼフは、祠の調査を依頼しようか、悩んでいた。
「実は‥‥」
そのヨーゼフの孫娘ミリィは、嘆息交じりに友人であり、仕事仲間でもあるハンナに悩みを打ち明けていた。
今、ミリィには幾つもの悩みがある。
その中の殆どは、自分自身の問題。それは自分で解決しなくてはならないと感じている為、敢えて口には出さない。
例えば――――父親の事。
例えば――――自分の事。
更には、今ミリィの手の中にある、指輪の事。
それは、この村にある代理販売店に届けられた、銀色の指輪だ。
得体が知れない物と言う事で、村長ヨーゼフの元に預けられ、現在はミリィが保管するように言われている。
何故自分が、代理販売店に流れた指輪を保管するという役割を担ったのか――――それはわからない。
ミリィは特に理由を聞いていなかった。
それより、今は重大な案件を抱えているからだ。
「アンジュが、いない?」
「うん‥‥」
ミリィは冒険者の店の一つ、馬車屋兼軽食店「アリス亭」のカウンターで頬杖を付きつつ、小さい溜息を吐いた。
「ここ数日、見かけないの。何処に行ったのかな」
何しろ、アンジュは普通の猫ではない。
この村の殆どの住人には秘密にしているが、シムルなのだ。
もしかしたら、何処か遠くへ飛んで行ったのかも知れない。
或いは、新しい飼い主でも見つけたのかもしれない。
「そっか。猫は気まぐれだもんね」
例え数ヶ月ずっと居た場所でも、ある日突然ふといなくなる可能性も、ある。
尤も、シムルがその習性を内包している保証もないが――――
「それなら、探して貰えば? 冒険者の人達に」
軽い気持ちで口にしたハンナの言葉は、その数日後、実際に正式な依頼として冒険者ギルドに提出された。
◆現在の村のデータ
●村力
902
(現在の村の総合判定値。隣の村の『リヴァーレ』を1000とする)
●村おこし進行状況
・山林地帯に『魔力を帯びた』遺跡あり。
・パリの郊外にある『ラフェクレールの森』に、月を表す紋様が彫られた祠がある
・代理販売店に、何らかの文字列が刻み込まれた銀色の指輪が届けられ、今はミリィが保管中
・パン職人学校完成。講師はリンダ・カルテッリエリ(カールの師匠、ハンナの母)が担当
・牧場に羊が到着。現在、仔馬の長距離歩行を試験中
・リヴァーレに、学校の生徒希望者が一人いるらしい
・ダンスユニット『フルール・ド・アムール』にパリの劇場から出演依頼が
・リヴァーレとの間に1日2度馬車が往復中
・冒険者の家を提供中
●人口
男212人、女154人、計366人。世帯数135。
●位置
パリから50km南
●面積
15平方km
●地目別面積
山林75%、原野12%、牧場8%、宅地3%、畑2%。海には面していない
●リプレイ本文
遺跡の前にいる獣は、獰猛な姿をしていた。
しかしながら――――パール・エスタナトレーヒ(eb5314)の眼前にいるその獣に、敵意はない。
直ぐ傍で萎縮している柴犬のトエトとボーダーコリーのレイモンドは、本能に従っているだけだろう。
梟のデルホイホイの背中の乗るパールは、遺跡の傍に立つその生物を確認し、ゆっくりと近づいて行く。
恐らく、この白い獅子は――――
「‥‥!」
背中から、何者かの気配。
パールは振り返り、その相手に視線を向けた。
――――その数刻ほど前。
「では、わたくしは郷内を回ってみますわ。学校‥‥はもう探しておられるようなので、冒険者のお店や森の中を中心に」
恋花の郷の牧場を訪れたレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)は、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)とリズ・フレイユにそう告げ、驢馬のポテンスに跨る。
探すのは無論、アンジュ。
リズによると、ミリィが見掛けなくなって以降、村人は誰もその姿を確認していないと言う。
唯の気まぐれ、ではなさそうだ。
「フレイユ様。後でお話がありますので、宜しければ時間を頂けませんでしょうか?」
ポテンスの上から、レリアンナはリズに視線を向けた。
リズが頷くと、レリアンナは微笑み、ポテンスの手綱を引く。その姿に、ジャンはピンと来た。
「羊の事かな? レリさん、羊飼いだから」
先日、この牧場に新たに羊が数頭加わったのは、既に冒険者の耳にも届いている。
そしてそれは――――
「良好な状態でした。リズ、しっかりお世話してくれてるみたいだね」
牧場の責任者であるミカエル・テルセーロ(ea1674)も当然把握しており、到着後直ぐに羊の数と状態を確認しに行っていた。
「あ、あああの、ありがとうございます!」
恐縮しているのか、或いは他に理由があるのか――――リズは顔を紅潮させて頭を下げる。
「‥‥ふっふ〜」
そんな様子を、ジャンが目を細めつつ眺めていた。
同時刻――――恋花の郷、修道院。
「こちらにもいらっしゃらないですか‥‥」
ラテリカ・ラートベル(ea1641)は修道院長に頭を下げ、アーシャ・イクティノス(eb6702)の待つ入り口へとスタスタ歩く。
その表情から、アーシャも芳しくない結果を悟った。
天使猫アンジュの捜索。
この村を訪れてから合流した二人は、その為にまず大工のフレイやパン屋のカールなど、アンジュが懐いていた村人を訪ねてみたが、ここ数日アンジュの姿を見かけた者はいなかった。
各所テレパシーで呼びかけるも、効果はない。
「天使様ですから、ここにおられる思ったですが」
目論見が中々当たらず、ラテリカはしょんぼりと項垂れていた。
「私はてっきりアンジェリカでにゃーにゃー遊んでると思ってました。だって、あの子の人形がいっぱいあるんだもの」
「はわ‥‥」
その様子を想像し、ラテリカは下げていた顔をキラキラさせながら上げる。
だが、実際にはいなかった。その事実を思い出し、また下げる。
「後は、トエトに期待するとして‥‥私達はどうしましょう」
「んと‥‥こゆ時は、あの方の知恵をお借りするですよ」
「あの方?」
顎に指を当てて首を傾けるアーシャに、ラテリカは真剣な顔でコクリと頷いた。
パールの視界に映ったその『男』は、帽子を目深に被っていた。
デティクトライフフォースに反応があった事から、デビルやアンデットの類ではないらしい。
ちなみに、遺跡の方には何の反応もなかった。
「悪いね。直ぐ済むよ」
その男は苦笑しながらパールに向けて帽子を下げ、次に獰猛な生物へと視線を向ける。
「あの壮絶な死闘‥‥君にとっては、つい先日の事なのだろうね。天使シムルよ」
そして、テレパシーではなくゲルマン語で、そう語り掛けた。
しかしその後は、肉声では何も語らず、数十秒ほどの対峙が続く。
パールは警戒しつつ、様子を見守っていた。
白獅子にも、男にも、殺気はない。ただ、男はやや失望した様子は見せていた。
「話は終わったよ。割り込み、失礼したね」
そして、踵を返す。
そんな帽子の男に、パールは微かな心当たりがあった。
それは、一年近く前の冬の記憶。
「もしかして、リヴァーレで子供に指輪を探すよう促した方ですか?」
「そんな事もあったかな。何しろ、子供は捜しものが上手だからね」
それだけを答え、男は森の中へと消えていった。
「おぉ‥‥もしかして、その獅子は‥‥」
ミカエルがその場に現れたのは、その数分後の事だった。
翌日。
「何だか元気がないみたいだけど‥‥良かったら話してみて?」
冒険者の店「アリス亭」はこの日、ジャンの悩み相談室となっていた。
相談者は、そこで働くミリィだ。
行方不明になったアンジュ。
父親と祖父、そして自分の関係。
指輪の事。
そして、自身の未来。
ジャンはその話を、ただ静かにじっと聞いていた。
「ごめんなさい。本当は、こんな事で足を運んで貰うのはいけないと思うんだけど‥‥」
「何言ってるの。水臭いよ、ミリィ」
ジャンはにっこり笑い、おどける様に肩を竦めた。
「ミリィもアンジュも、もう他人じゃないんだから。頼って‥‥甘えて欲しいな。僕達も、その方が嬉しいんだよ?」
色んな事が重なって。
ミリィはかなり参っていたのだろう。その目には、薄らと涙が浮かんでいた。
その二日後。
ラフェクレールの森の奥にある祠の前に、冒険者達は集合していた。
「ミリィ、足元に気を付けて」
更に、ジャンが箒の後ろに乗せてきたミリィも、荷物を抱えて到着。
何かのヒントになるかもと、とある冒険者が綴った精霊に関する記録を人数分持って来ていた。
「それでは、早速調査開始と行きましょう」
妙な人物も出没した事ですし――――そう続けたパールの言葉を合図に、祠の大々的な調査が始まった。
この二日間、冒険者達はそれぞれに濃密な時間を過ごして来た。
そして、ここに至るまでに、既に全員の成果に関して共有してある。
まず、パールやミカエルが見た、アンジュに関する情報だ。
遺跡の前にいたアンジュは、普段の『羽の生えた猫』の姿から、『羽の生えた獅子』へと変貌していた。
それは、シムルが持つ変身能力に他ならない。
シムルが変身するのは、自身が地上へと舞い降りた目的を果たす時。
このタイミングでアンジュが変身した理由は定かではないが、今のアンジュをそのまま村に帰す訳には行かず、ミカエルとパールは遺跡の前に一旦待機しているようアンジュへ訴えた。
そして今――――アンジュはその場所でじっとしている。
ただ、パールが目的を聞いても、答える事はなく。
この祠の調査が終わり次第、改めて全員で会いに行く予定となっている。
残るはこの祠だ。
「やっぱり、遺跡の記号とかなり近いですね」
文字やその配置を書き写した羊皮紙と祠を見比べながら、ミカエルが呟く。
確かに、全く同じと言う訳ではないが、形状の傾向は似通っていた。
一方、パールはシフールの機動力を生かし、空から祠を観察したり、周囲を回ったりして調べている。
既にデティクトライフフォースを使用し、生体反応がない事は確認済み。
アーシャの石の中の蝶にも反応はない。
「文字の検討に絞った方が良いかもしれないですねー」
他に大きな特徴も見当たらなかったので、パールはそう進言した。
文字――――と断言できないその記号、パールは精霊碑文の可能性を当初謳っていた。
しかし、精霊碑文学に造詣のあるジャンがそれを否定。基礎形状が異なるようだ。
「でも、精霊碑文のように、文字そのものが力を有している可能性はありますよね」
「そ言えば、ララディさんが仰るは、精霊さんのお力を引き出す文字は幾つかあるとの事でした」
ミカエルの言葉に、ラテリカがぽん、と掌に印を押す。
別件で月精龍ララディと接点を持っているラテリカは、月の刻印がある祠について何か知っていると考え、昨日アーシャと共に尋ねていたのだ。
先日は負傷していたララディだったが、現在は全快しており、ラテリカはまずその事に安堵していた。
「祠の事は、『伝説は本当ですが、それ以上は私の口からは‥‥』と言う事でしたね」
アーシャの呟きに、ラテリカがコクコク頷く。
月精龍にも、話せない事は結構多いらしい。
「では、調査の方向性と致しましては、文字の解読と平行して色々と試してみる‥‥と致しましょうか」
座り込んで一通り祠を眺めていたレリアンナが、スッと立ち上がる。
「了解です」
アーシャは頷いた後、水鏡の指輪を使用し、水鏡を作り出した。
――――三時間後。
「んん‥‥難しいですね」
ミカエルは終始古代魔法教本を開きっぱなしで、似たような文字を探していたが、結局見つからなかった。
一方、祠の前にも疲労感が漂っている。
この三時間、兎に角色々な事を試してみた。
清らかな聖水を掛けてみたり、天使の羽を掲げてみたり、月に関する歌を捧げてみたり。
或いは、妖精に文字や祠を触れさせてみたり、テレパシーで問い掛けてみたり、祈りの聖矢を地面に刺し、祈ってみたり。
レリアンナは特に精力的で、食べ物や花を供え、何かをはめ込める箇所がないか探し、向きを変られないか検討し、明かりを灯してみるなど、様々な試行を重ねていた。
しかし、ここまでは反応なし。既に日は暮れ、徐々に月が見え始める。辺りはすっかり暗くなっていた。
「月の紋様がある祠ですので、月が見える時間に何かあるかもしれませんわ」
「ラテリカも同じ意見なのですよー」
レリアンナとラテリカが頷き合うと同時に――――それは起こる。
「ミリィ、それ‥‥!」
最初に気がついたのは、ジャン。
ミリィが腰に下げていた袋が、薄く光っているのだ。
「え? どうして‥‥」
その袋には、祖父から持っているように指示された指輪が入っていた。
「あ! 水鏡に反応アリです!」
同時に、アーシャが驚きの声を上げる。
聖水で清められ、月明かりを浴び、魔力を得た祠に、指輪が反応を示したのだ。
ヨーゼフによると――――その指輪は、昔恋花の郷からリヴァーレに友好の印として贈られた指輪とそっくりらしい。
和平の証であり、曾祖母に贈られた結婚指輪でもあったそれと似た指輪に先祖との縁を感じ、お守り代わりにミリィに持たせたようだ。
ただ、その指輪はどうやら、唯の指輪ではなかったらしい。
袋から取り出すと、鮮やかな光を放っている。
「ミリィさん、それを嵌めて下さい!」
「そして、祈ってみて下さい」
「お祈りの体勢をお教えしますわ」
アーシャ、パール、レリアンナはほぼ同時に、インスピレーションを共有した。
祠と指輪。
その二つが指し示すもの――――それは、祈り。
ミリィは言われるがまま、草むらに両膝を付き、両手を胸の前で重ね、祈った――――
夜明け。
まだ殆どの村人は眠りについている時間。
ラテリカにパリ広場で踊った際の経験談や、劇場の評判を聞いた『フルール・ド・アムール』の面々も、決起集会と称して夜遅くまで騒いでいたようだが、全員重なるように眠っている。
そんな中、冒険者達はその時を、郊外の遺跡の前で過ごしていた。
『皆が「深沈の祠」の封印を解いたお陰で、思い出したんだ。全部』
遺跡の前に佇むアンジュは、その立派な鬣を靡かせつつ、語り出す。
アンジュはその昔、既に使命を果たしていた。
対象となるデビルは、この遺跡の奥で、機能停止状態となっている。
しかし、完全に消滅させる事は出来なかったので、万が一の事態を避ける為、自身を媒体として強力な封印を施したそうだ。
だが、デビルには部下がいた。
眷属の二人は、主の復活を望み、長い年月をかけて封印を解く事に成功する。
だが、封印が解かれても、デビルは仮死状態のまま。
そこで、眷属達は『再生の祠』を探していたらしい。
デビルを復活させるアイテムが眠っていると言う、その祠を。
「わたくしたちは、余計な事をしてしまったのでは‥‥?」
レリアンナの懸念を、アンジュが否定する。
深沈の祠は、逆に対デビルにのみ効果を発揮する地場。
正確には、その効果を発揮する道具のスイッチとなっている祠だ。
だが、デビルが遺跡の結界を無理やり解いた事で、祠の精霊力が乱れ、アンジュにも記憶障害と言う形で悪影響を与えていた。
現在は、正しい状態に戻っている。
「アンジュちゃんは、これからどするのでしょか‥‥」
ラテリカの不安げな問いに、アンジュは遠くを見つめた。
『彼らを、残党を討ちに行く』
「でしたら、私もお手伝いしますよ。この剣に賭けて」
アーシャが氷の剣を掲げる。太陽の光と重なり、その煌きは遺跡を包み込んだ。
『ありがとう。でもこれは、僕の使命だから』
アンジュの短い言葉には、天使の矜持が現れていた。
自らの身を賭してまで、この地に害を成す宿敵を封印した、悠久の決意。
アーシャはそれに触れ、静かに剣を下ろした。
「まさか、デビルの残党を討ったら、もう帰って来ないつもりでは‥‥?」
そのミカエルの問いに、アンジュは答えない。
「それはダメです。だって、アンジュはもう村の立派な一員なのですよ?」
「うん、本当にそうだよ。皆、そう思ってる」
「郷の皆さんには、シムルの使命と存在を認知して貰えるよう、私から説明しますよー」
アーシャ、ジャン、パールの言葉に――――アンジュは、小さく喉を鳴らした。
その姿は変わっても、アンジュはアンジュ。
「‥‥帰って来てくれる、ですよね」
ラテリカはそれを悟り、想いを、歌を紡いだ。
恋花の郷村歌『おかえりの郷』。
その声は、時折揺れつつ、最後まで途切れなかった。
帰る場所は、ここにある――――そう伝えたかったから。
「アンジュ様。目的を果たした折には、是非一度、ゆっくりとお話をお聞かせして欲しいですわ」
「郷の事は、任せて下さい。全部‥‥引き受けますから」
涙を溢れさせるラテリカを支えるように、その両隣でレリアンナとミカエルが微笑む。
アンジュはまた喉を鳴らし、目を細め、翼をはためかせた。
別れの時が、来たようだ。
「辛くなったら、この人形を思い出して下さい! 村の人も、村の外の人達も、皆アンジュが大好きだって言う証です!」
アーシャが叫ぶ中――――アンジュの身体は空へと吸い込まれていく。
その背中が見えなくなるまで、時間は掛からなかった。
「‥‥」
それを見送った冒険者達は、暫くその空を眺めていた。
何故なら――――
「聞こえた、よね?」
ジャンが口にした言葉に、全員が頷く。
確かに、その声は空から聞こえて来た。
聞こえる筈のない、鳴き声が。
「肯定の返事、だったんじゃないでしょうか」
ミカエルのその呟きに、アーシャは羽の生えた猫の人形を抱きしめる。
ラテリカも目を擦り、何度も頷く。
そして、皆でその声の余韻に浸っていた。
『みうーっ』