苦悩会談 〜死の魔女〜
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月01日〜10月06日
リプレイ公開日:2009年10月08日
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●オープニング
始まりは、悲劇だった。
まだ年端も行かない娘の死と言う、恐らくこの世で考えられる最悪の事態が、引き金だった。
幸せを絵に描いたような富豪が、復讐鬼と化す。
このあり得ない変貌は、いたいけな少女を『死の魔女』へと変えた。
或いは――――死の魔女と呼ばれたその少女は、これ以上負の連鎖を繋ぎたくなかったのかもしれない。
だからこそ、復讐される事を拒み、自身は善行に没頭したのかもしれない。
長い間、同じ相手に執着していると、例え憎むべき相手であっても、そう考える事はある。
しかし、それはいけない事。
ある程度の期間を生きて、自分なりの哲学を構築させた大人は、己の行動原理を否定は出来ない。
存在基盤そのものの消滅を意味するからだ。
その、いわば『大人の意地』が原因で、戦争が起こる事もある。そしてそれは、決して珍しくない。
「‥‥」
ふと、そんな事を考え、そして瞑目する。
かつて一代で巨額の富を手に入れた富豪、マンスール・シモンは、そこまで理解していても尚、やはりその呪縛からは逃れられなかった。
自分以上にヒステリックになっている妻ロッテアーヌの存在も、要因の一つかもしれない。
しかし、それ以上に――――自分の築き上げてきたものを崩す事が、何よりも我慢ならなかった。
それほどに価値のあるものなのかと問われれば、あると答えるしかない。
マンスールにとって、シモン家を富豪と呼ばれるまでに発展させた功績は、人生の全てと言っても過言ではない、文字通り生きた証だった。
しかし、それすらも霞んでしまう一粒種を得た時――――その余りの眩しさに、様々な物が見えなくなってしまった。
本当は、わかっている。
娘を死なせたのは、自分達の所為だと。
娘を守る為と称し、家に閉じ込めるような生活を強いてしまった所為だと。
そうでなければ、空の高さなど、天井の高さなど、無理をして知る必要のないものだと自分で理解出来ただろう。
しかし、それを認める事を、マンスールもロッテアーヌも出来なかった。
責任の矛先は、召使へと向けられた。
そして今尚、その矛は収められず、錆び付いて濁った色の刃を突き付けている。
「‥‥誰か、ここへ!」
マンスールの声に、部屋の前で待機していた『今の』召使が反応し、室内へと赴いて来る。
かつての家を出たシモン夫妻は、パリの中心に家を構えた。
以前ほど巨大ではないが、館と呼べる十分な大きさの家。
ここならば、ノルマンの何処に魔女が逃げても、把握できる。
ノルマンの情報は、パリに集まるからだ。
「これより、本格的な魔女狩りを行う。賞金を倍とし、冒険者も雇う。直ぐに手配せよ!」
その発言は、同時にこれまでが本気ではなかった事を意味していた。
原因となった葛藤と逡巡は、今も尚胸に渦巻いている。
しかし、それは墓場まで持って行けば良い。
既に、その時は直ぐ傍まで近付いている。
病は治らない。そう宣告されたのは、つい先日の事だった。
マンスールは、財を延命に使うのではなく、死の魔女の捕獲に費やす事を決めた。
それは紛れもなく、負の連鎖だと知りながら。
部屋を出た召使は、直ぐに冒険者への依頼を手配した。
依頼内容は、至って単純。
『死の魔女ルファーを保護し、自分の元へ届ける事』
これは、自分の主が意図していた内容とは明らかに異なっていた。
しかし、これで良い。
両者とも、向き合うべきなのだ。
過去とも、現在とも、未来とも。
自分はもう、それは出来ない。
だから、出来るのであればそうするべきなのだと、召使は考えていた。
だが、一筋縄ではいかない。
これまで以上に賞金稼ぎが活発化する中、依頼を受けた冒険者が死の魔女を先に保護できる保証はない。
現在掴んでいる情報では、死の魔女はパリ近郊にある『テール渓谷』に身を潜めていると言う。
そこには巨大なモンスターが居るらしいので、既に殺された可能性も否定できない。
そうでなくとも、そんな怪物のいる渓谷に赴き、死の魔女を保護するのは、厄介極まりないだろう。
また、仮に保護できたとしても、それで全てが解決する訳ではない。
既に、奇麗事が通用する段階ではないのだ。
腹を割って話せば、間違いなく崩壊するだろう。全てがだ。
ならば――――会談を開くと言うのはどうだろう。
死の魔女と、マンスール・シモンの二人を、誰かの主催の元に、公的な形式の会合を持たせる。
そうする事で、感情を抑えて話し合う事が出来るかもしれない。
仕事に生きて来た人間は、こう言った環境を整えてやらなければ、中々非を認められない事を、召使は知っていた。
客観的な立場の者を仲介人として、これまでの事を公式に謝罪し、死の魔女に掛けられた賞金を取り下げる。
これで解決できるかもしれない。
問題は、その主催者だ。
この際、それも全て冒険者に任せてしまおうか――――そう召使は考えていた。
何故なら。
召使ユーリ・フルトヴェングラーは、冒険者と言う職業に就く者を全面的に信頼しているからだ。
斯くして――――依頼は提出された。
●リプレイ本文
”maintenant”
木漏れ日が儚げに揺れるその場所は、誰が罪も赦される場所。
ルファーが通された部屋は、そう言う空間の一室だった。
「さ、こちらに」
エルディン・アトワイト(ec0290)に促され、ルファーは不安げに手前の席に腰掛ける。
「大丈夫です。ここでは、危険な事は何一つ起こりません。そう言う場所なのです」
エルディンはルファーの肩に手を置き、厳かに微笑む。
それとほぼ同時に、扉が静かに開かれた。
「‥‥」
ルファーの顔が強張る中、その扉を開けたマンスールは、無表情のままエルディンに視線を移す。
その傍らには、この場所――――フォレ教会の司祭、サヴァン・プラティニが温和な表情で付き添っていた。
「それでは、会談はお二方のみで執り行うと言う事で、間違いありませんね?」
サヴァンの問いに、ルファーは戸惑いつつ、マンスールは険しい表情で、それぞれ頷く。
それを確認したサヴァンがエルディンに視線を送ると、エルディンは小さく頷き、銀の儀礼用短剣を鞘から抜いた。
「我らサヴァン・プラティニとエルディン・アトワイトの名において、本会談がいかなる者にも侵害されない、神聖なものである事をここに承認する。双方に『聖なる母』の導きがあらん事を」
ルファーとマンスールにそれぞれ剣の腹を見せ、清めの聖水をそれぞれの左手に一滴垂らした。
会談前の儀式が終わり、エルディン達は部屋を出て行く。
そこに残った二人は、その閉ざされた扉をそれぞれの高さで見つめていた。
”il y a quatre jours”
燦々と照りつける太陽は、どこまでも高く、そして何も語らない。
「チッ、つまらねえミスをしちまった」
オラース・カノーヴァ(ea3486)はそれを眺めつつ、サンワードを使用できる陽霊を置いて来た失態を呪っていた。
とは言え、ルファー探索の方法はまだ幾つもある。
「予定変更だ。悪いが、俺も同行させてくれ」
「了解です。一人でも多い方が心強いですよ」
頷いたジャン・シュヴァリエ(eb8302)は、フライングブルームの後ろにオラースを載せ、空へと舞い上がる。
その真下では、セブンリーグブーツを身に着けたエイジス・レーヴァティン(ea9907)、エイジ・シドリ(eb1875)、エルディンの三人が、高速移動で目的地を目指していた。
無論、その場所は『テール渓谷』。
死の魔女ルファーが現在身を潜めていると言う場所だ。
賞金稼ぎに先んじて彼女を探す為には、高速の移動方法が必須。
先行して飛行箒で渓谷へ向かったマート・セレスティア(ea3852)を始め、冒険者達は僅か一時間足らずでテール渓谷へと到着した。
だが、問題はここからだ。
「頼みましたよ」
「戦闘は避けろ。良いな?」
まず、エルディンとエイジがペットを使ってルファーの匂いを追う。
それに平行し、ジャンがブレスセンサーで、エイジスが目視で探索を行った。
荷物は低空飛行の箒で運び、出来るだけ目立たないよう、静かに探す。
しかし――――
「チッ‥‥おい! 早く探せ! 厄介な連中が来てるぞ!」
早くも、賞金稼ぎの集団が到着したようだ。
悪態をつきつつ、冒険者達とは離れた場所で探索を始めた。
しかし、それ以上突っかかってくる連中はいない。
ここにいる面々の評判や強さを知っているのだろう。
「良かったね。戦闘は別にいいけど、余計な殺しはしたくなかったし」
「同感だ」
エイジスとオラースが賞金稼ぎの背中を眺める中――――空を眺めていたエイジが、顔をしかめる。
その視界には、自身の飼っている鷹の、危険を知らせる合図が見えていた。
”maintenant”
危険のない場所。
そう明言されたこのフォレ教会の中で、ルファーは怯えた目でマンスールを眺めている。
一方、マンスールは眼前の元召使の顔を見た瞬間、言い様のない感情に襲われた。
そこに、自身の過去の功罪が集約していたからだ。
召使と呼ぶ者を得た功。そして、全てを背負わせた罪。
どちらが重いかは、明白だ。
『娘の魂への侮辱』
本当は、誰かにそう言って貰いたかったのかも知れない。
「‥‥お館様」
元召使が、消え入るような声で囁く。
しかし、それ以上は声にならない。
マンスールは、そう呼ばれていた当時の事を思い出した。
それは、人生で最も充実していた日々だった。
「身体は‥‥もう良いのか」
瞑目しながら、呟く。
気を使ったのではなく、会話の為の足場を作る為に。
「はい。皆さんに助けて頂いたので」
”il y a quatre jours”
「ねえちゃん、無事かい」
マートの呼びかけに、憔悴したルファーは小さく頷く。
岩場の隙間に隠れていたルファーの身体に、目立った外傷はない。
以前オーラスから貰ったシャドウクロークで、どうにかモンスターから隠れる事が出来ていたようだ。
とは言え、夜はかなり肌寒くなってきたこの季節。
常にモンスターや賞金稼ぎの気配を探知しながら、その時間を過ごして来たルファーの身体は、限界に近かった。
その首に巻かれた、汚れ解れたマフラーが、現状の過酷さを表している。
「でもねえちゃん、どうしてここに来たのさ。モンスターもいるのに」
「この渓谷には‥‥人が寄り付かないですから」
ルファーは力なく告げる。
それは最も恐ろしい敵が何なのかを示していた。
「ねえちゃん、もう少しの辛抱だ。今仲間を呼ぶね」
そんなルファーを勇気付けたくて、マートは敢えて満面の笑顔を見せる。
「ねえちゃん。何時迄も逃げ回っていては解決しないよ。そろそろ向き合って話をしようよ」
「え?」
そして、指笛を鳴らし、自身の隼を呼んだ。
”maintenant”
死の魔女と呼ばれる少女は、果たして呪縛から解き放たれるのか。
教会の外で待つジャンの懸念は、その一点に集中していた。
「この件、どうしてこんなに複雑な事になったんでしょうね」
そのジャンの呟きに、エイジは無表情で首を捻る。
教会の外壁に背を預けているエイジの腰には、一見そうとは見えないが、戦闘用の鞭が巻かれていた。
「ルファーも、そして多分マンスールって人も、同じ悲しみを抱いている筈なのに」
「それだけ、死んだ娘の存在が大きかったんだろうね」
その隣で、エイジスが瞑目し、呟く。
エイジも頷き、同調した。
「死しても尚、この世に未練を残していた娘だ。その想いの深さは、周囲の愛情の深さと比例する。そう言う事じゃないのか?」
「そう言えばエイジさん、その亡くなった娘さんの霊と面識があるんでしたね」
「‥‥」
エイジは沈黙したまま、瞼を開け頷く。
エイジスはその話を聞き、改めて持論を強固な物とした。
「肉体は滅んでも、魂が消えるわけじゃない。どう見られているか、常に考えるべきだよね。笑って貰えるように」
「ですよね。そうする為にも、上手く行ってくれると良いけど‥‥」
ジャンは上空を見上げながら、ポツリと呟いた。
”il y a quatre jours”
空からポツリと落ちてくる雨粒が、徐々に束となり、渓谷を覆う。
だが、それに気を回す余裕は、今の冒険者達にはない。
「うわっ!」
異変は、ジャンの悲鳴によって直ぐに明るみとなった。
岩場の一部が、突如動き出し、ジャンの後頭部に襲い掛かってきたのだ。
倒れ込むジャンの傍らで、その岩は徐々に別の形を成していく。
「これは‥‥スモールヒドラ!」
今度はエルディンに襲い掛かったその岩は、巨大な蛇の姿をしていた。
辛うじて回避したエルディンだが、スモールヒドラの体によってジャンと分断され、リカバーを行使する事ができない。
「これを使え!」
その状況を見据え、オラースはヒーリングポーションとリカバーポーションを放る。
大きな放物線を描いたポーションは、グリフォンのバルバラの背に乗り、ジャンの近くにいたエイジスの元へと届けられた。
「大丈夫?」
「ふぅ‥‥はい。助かりました」
幸い、大量の出血はなく、二つある最悪の状況は両方とも免れた。
ジャンはブレスセンサーで注意深く調査していたのだが、地の精霊力が強い区域では精度が極端に落ちてしまう。それが災いした。
「見るからに硬そうだが‥‥弱点はあるのか?」
ナイフを取り出しながら問うエイジに、エルディンは顎に手を当てて思案顔を作る。
その間にも、スモールヒドラは体勢を整えている。
「やはり、あの目を狙うしかないでしょうね」
どのような硬い外殻を持っていても、目は脆い。
視覚を奪う事でどれだけの効果を得られるかは不明だが、試す価値は十分にある。
「出来れば、仕留めたくはないけど‥‥そう言っていられる相手でもないみたいだね」
「一人一個、目玉を潰す。それで行くか」
「‥‥俺も頭数に入っているのか?」
エイジスとオラースが、エイジの元に集う。
雨中暴れまわるスモールヒドラの視線は、その三人に集中した。
「フォローは任せて下さい! 上に運びます!」
「余り悠長には出来ません。一気にカタを付けましょう」
ジャンとエルディンが、平行して魔法を唱える。
エルディンの高速詠唱コアギュレイトがスモールヒドラを捕らえると同時に、ジャンのトルネードが味方三人に向けて放たれた。
特に打ち合わせをしていた訳ではないが、その竜巻にオラース、エイジ、エイジスは躊躇せずに巻かれる。
そして、巻き上げられたその場所は――――巨大なスモールヒドラの頭部だった。
「不意打ち仕掛けてくる奴に遠慮はいらねえ! 全力で叩き込むぜ!」
オラースの叫び声がこだました次の瞬間。
竜巻から抜けた固まりが、硬直したスモールヒドラの三つの目に向けて拡散した。
”maintenant”
硬直したまま動かない、その男に対し――――
「だから言っておいたよね。危ないよって」
マートはクッキーをかじりながら、そう伝えた。
森に囲まれたフォレ教会の周囲には、侵入者を拒む罠が至る所に設置済みだ。
一応の警告として、進入禁止の看板まで設置していたが、それを無視した一人が落とし穴に嵌り、動けなくなっているのを見て、マートは嘆息を禁じえなかった。
賞金稼ぎにも生活はある。
だが、あのようないたいけな少女の幸せを踏みにじってまで、手に入れる価値があるのかと問われれば、マートは首を横に振るだろう。
「暫くそこで反省してた方が良いよ」
それだけ告げ、マートは別の仕掛け場所へと向かった。
”il y a quatre jours”
素早い仕掛けが功を奏し――――ルファーの保護は、円滑に行われた。
マートの隼が冒険者の元に着いたのと、スモールヒドラが崩れ落ちたのと、雨が止んだのは、ほぼ同時。
冒険者達はずぶぬれになった身体と、飛び散った岩石による掠り傷もお構いなしに、ルファーの元へと急いだ。
「栄養満点だから、直ぐ元気になるよ♪」
到着後、直ぐにルファーの衰弱を察知し、ジャンが勤めて明るく手持ちの羊乳を差し出す。
ルファーはそれを喉を鳴らしながら飲んでいた。
「美味しいです‥‥甘いんですね、羊乳」
「これ、うちのお店でも大人気なんだよ。事が済んだら、遊びに来て欲しいな」
「事が‥‥」
冒険者達は、ルファーが落ち着いた頃合を見計らって、テール渓谷から脱出した。
そして、パリの宿に匿いつつ、今後に関しての説明を行った。
自分達が依頼されたのは、単に賞金稼ぎやモンスターからルファーを守り、保護するだけでなく、マンスールとの会談に臨ませる為である事。
その会談の席は、エルディンが中心となって既に用意してある事。
ルファーは、その事実にかなり困惑を示していた。
「実は時間の都合上、マンスール殿には既に文書を送っています。貴方を教会で保護してある、そして現在の彼女の状況に対し、聖職者として看過出来ない点がある、と。前後しましたが、問題はないでしょう」
エルディンはメンタルリカバーでルファーを落ち着かせつつ、説明を終えた。
「でも‥‥私、会談なんて無理です」
それでも、ルファーは震える。
それは、自分を殺そうとした相手と対峙する恐怖なのか。
かつて主として仰いだ者への畏怖の念なのか。
「ねえちゃんはあのおっちゃんの事は嫌いかい?」
核心を突いたマートの問いに、ルファーは――――首を横に振った。
「それなら尚の事、話し合わないとね。僕らも富豪さんを脅したりはしたくないからさ」
エイジスが朗らかに告げる。
実際、この面々ならば、そうする事で賞金を取り下げさせる事も、不可能ではない。
だが、それでは負の連鎖を繋ぐだけと、エイジスは考えていた。
そして、数拍の時を経て――――
「‥‥わかりました。お言葉に甘えさせて頂きます」
数々の逡巡を越え、ルファーは決意を固めた。
「よし、良く言った! お守りだ、貸してやる」
「僕も、これを。ルファー、君は一人じゃないんだ。気負わなくても大丈夫だよ?」
オラースとジャンに幾つかのお守りを預けられ、ルファーは目を丸くする。
奪われてばかりの人生。
それが、冒険者と縁を持ち、徐々に変わって来ていた。
”maintenant”
会談はまだ続いている。
エルディンは時折テレパシーで様子を確認しつつ、隣に座る富豪の召使に語り掛けていた。
「知らないふりをしていた方が、良かったでしょうか?」
「どっちでも構わないさ。エイジだったか、彼はそうしているみたいだが」
奇縁。
全くの別件でかつて顔を合わせた者が二名、今回の依頼に噛んでいる。
ユーリは自分を覚えている者がいるとは思っていなかったが、それぞれの反応を見て、そうではない事を知った。
「いずれにせよ助かった。あの方にしても、名高い貴殿の通達だからこそ単身で赴く気になったんだろう」
「司祭としての仕事は歓迎ですよ。普段、余りそう言う事が出来ていないもので」
エルディンが目を細めて微笑んでいると――――そこに他の冒険者達も合流した。
マートが仕掛けた罠や警戒網により、近隣に敵意や人の気配はなくなっている。
「一人、気になる奴は来てないがな」
オラースが唱えるその相手は、賞金稼ぎの中で一人異彩を放っていたギーゼルベルトと言う男。
しかし、今回は渓谷にもこの近辺にも現れていない。
諦めたのか。
それとも――――
『すいません! 直ぐ、直ぐに来てください!』
突然のテレパシーが、ルファーからエルディンに届く。
『どうしました。まさか、何者かが進入したのですか?』
エルディンの中に緊張が走る。
警戒に穴はなかった筈――――
『違います! お館様が、お館様が‥‥』
しかし、その懸念とは別の事が、教会内では起きていた。
神聖なその場所に、外力は及ばない。
だが、内からの障害。
そう、病に関しては――――防ぐ手立てなどない。
『お館様が、倒れました‥‥!』
ルファーの悲痛な叫びが、エルディンに、そして冒険者一同へと広がっていった。