●リプレイ本文
燃え盛る加熱炉の炎を背に、ベップは1人『2つの弓』の設計図を何度も見直していた。
1つの弓の開発は、順調に進んでいる。
ただ、もう1つの武器に関しては、どうやらそう簡単には行きそうにない。
ベップは現時点で自分の元に届けられている材料の1つに、そっと手を伸ばした――――
「――――と言う訳で、大事な仲間の為に、どうしても必要なんだ」
レオ・シュタイネル(ec5382)は頭を下げ、眼前の男――――パストラルの村長の返答を待つ。
レオがこの地を訪れた理由は、ホワイトカシミヤ山羊の買い取りの為。
エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)の親戚レリアンナ・エトリゾーレに案内され、その山羊がいると言う村に赴いていた。
ホワイトカシミヤ山羊は、非常に高価な山羊と言う事もあり、村の宝物として大切に飼育されている事から、交渉相手は村長となったのだ。
「話はわかりました」
この村に強い結び付きを持つレリアンナの紹介と言う事で、話を聞いて貰うのは容易だった。
しかし――――
「ですが、あの山羊はそう簡単には手放せません。代わりに珍しい動物を頂けるのなら話は別ですが」
結局、この日の交渉はこれが結論となった。
羊をはじめとした放牧を大々的に行っているこの村にとって、このホワイトカシミヤ山羊が村にいる、と言う事自体に大きな意味がある。
等価交換が可能な物は、その山羊に匹敵する希少性の高い動物のみ。
最初から金に物を言わせる気はなかったが、レオは代替物の模索に頭を痛めつつ、村の宿へと向かった。
その材料は、巨大だった。
普通に生活する上で、この部位を目にする機会は多い。
だが、ここまで大きな『それ』となると、一般人が手に取る事はまずないだろう。
ベップは一人満足げに、その部位をそっと撫でた。
「お帰りなさい。風呂にするか? 食事か? それとも‥‥」
マルシャンス街の一角にある元不幸男の家に、雷鳴のような悲鳴がこだましたのは、その時の事。
少し前までは街の名物だったその絶叫だが、現在は殆ど聞かれる事はなくなっていた。
そんなマックスと旧知の仲である桃代龍牙(ec5385)は、つやつやした顔でここに来た理由を――――
「いや‥‥そんな事より、何故俺の留守中にこの家にあがれたのか説明してくれ」
「気にするなよ、唯の愛だ。それより食事だと言うのにペーターさんは来てないのか?」
「まて。ペーターの事より、今しれっと言った一言はどう言う事だ」
混沌とした会話の中で、龍牙は要件を終える。
ここに来た理由。それはマックスの友鳥であるホワイトイーグルの居場所を教えて貰う為だ。
『ブラン・エクレール』の異名を持つその鳥は、割とこの街を頻繁に訪れている。
案の定、マックスから聞いたとある空き地に龍牙が赴くと、その巨大な翼をわっさわっさ動かしながら、狩った獲物を食していた。
その空き地は彼のリラックスルームと化しているらしく、羽根もかなり落ちている。
ホワイトイーグルの羽、20枚。
弓の材料として必要と言われたそれは、割と簡単に見つかった。
しかし、巨大なホワイトイーグルの羽根はかなり嵩張る。
龍牙はケット・シーのやなぎに通訳をして貰い、乗せて行ってくれないかと依頼したが――――残念ながら通じる事はなく、結局自ら大きな羽根を運ぶ事となった。
柔らかなホワイトイーグルの羽根を愛でたベップは、次に別の材料に目をやった。
弓作りの過程において、ベップは2つの至福を知っている。
予め描いた設計と、実際に出来た武器が一致した時の快感。
そして、見知らぬ材料と出会う瞬間の高揚。
ベップはその1つに、暫く身を委ねていた。
黄金の月が浮かぶ水面が、歪に揺れる。
その湯に足を浸し、空を仰いでいたククノチ(ec0828)は、夜空に浮かぶ金色の龍の存在を感じていた。
ユリゼ・ファルアートのバーニングマップにより、最短経路で到着した初見の地に滞在して2日目の夜。
ようやく待望の瞬間だ。
ククノチがこの地を訪れたのは、ムーンドラゴンの鱗を頂戴する為。
懇願の為にインタプリティングリングを装着し、龍が降りるのを待つ。
暫くすると、500mほど離れた岩場へと優雅に降り立った。
ククノチを見つけて参上した訳ではないようだ。
『イワンケ殿、頼む』
キムンカムイのイワンケの背に乗り、ククノチは慎重に野生の龍へと近付く。
今回共に依頼を受けたアーシャ・イクティノス(eb6702)の飼う月龍セライネより遥かに大きなその身体に、ククノチは戦慄すら覚えた。
『お休みの所を失礼する』
返答を待つが、ムーンドラゴンは特に反応を示さず、首を動かす事もなかった。
『私はチュプオンカミクルのククノチと言う。可能であれば、話を聞いて貰えないだろうか』
『‥‥手短に済むのであれば、な』
形容しようのない音を鳴らし、そのままの体勢でムーンドラゴンは意思の疎通を許した。
しかし、決して好意的な物言いではない。
果たして、この願いは龍の逆鱗に触れる事はないのだろうか――――
同時刻。
「そうですか。色々教えて頂き、ありがとうございました」
旧知の娘に頭を下げ合ったアーシャは、その家の前で待つジャン・シュヴァリエ(eb8302)、エラテリスの2人に近寄りつつ、首を横に振った。
この集落の直ぐ近くに、バイコーンがいると言う『ブルヤールの沼地』がある。
当然、3人の目的はその角を頂戴する事だ。
しかしこのバイコーン、ノルマンでは全く目撃証言がない。
「マッパ・ムンディには、二本の角があると記されています。森にいるみたいですね」
アーシャは荷物から書物を取り出し、うーんと唸りながらパラパラ捲っている。
「精霊の事は一通り学んだんだけど、このバイコーンの事は記憶にないんだよね」
「ボクもわからないよ☆」
他国の目撃情報から、ユニコーンの仲間と思われるバイコーン。
亜種である事は間違いないが、精霊に関する書物に、その記録はない。
ジャンとエラテリスが近隣住民に目撃情報を問い合わせてみたが、結果は同じだった。
「手を拱いてても仕方ないし、取り敢えず行ってみようか?」
「そうですね。ジャン君のブレスセンサーもありますし、何とかなりますよね」
「それなら、お天気を調べておくよ☆ 1日目の事もあるしね☆」
と言う事で、それぞれの移動手段を用い、沼地へと足を運んだ。
この沼地にはアーシャが一度訪れており、ある程度地理は掴めている。
霧は森の中まで侵食しており、視界は非常に悪い。
「うー‥‥また転んじゃった」
かなり視力の良いエラテリスでも、数m先は殆ど視認出来ず、何度も転んでしまうくらいだ。
エラテリスはめげずに猫足のサンダルに履き替え、アーシャも忍び足で足音を消し、慎重に調査を始めた。
だが、ブレスセンサーが頼りと言う事で、ジャンに掛かる負担が大きく、余り長くは探せない。
そして、調査開始から3日目。
「‥‥何かいる。バルバラと同じくらいの大きさだ」
ジャンは自身をここまで運んだグリフォンの名を出し、警戒を呼びかける。
反応は100m先。一頭だけだ。
3人は頷き合い、接近を試みる事にした。
しかし、後30mと言うところまで達したその時――――
「呼吸が‥‥変わった?」
ジャンがそう認識すると同時に、3人の目の前にあった何本もの樹木が、消し飛んだ。
「よっ、生きてるか?」
パリの診療所で寝ているクッポーの元に、レオとククノチが現れたのは、依頼最終日の夕方の事。
クッポーは、アーシャから送られて来た手紙を読みながら、愛らしい笑顔を浮かべている最中だった。
「ククク。話はこの手紙で知っている」
お気に入りだったのか、自身の似顔絵が描かれたその手紙を大切そうに仕舞い、クッポーはお見舞いに訪れた2人に目を向けた。
その内の1人、ククノチとはこれが初対面となる。
「ククノチと言う。宜しく申し上げる」
「クッポーだ。ククク、貴様も中々隅に置けないな」
目が合ったクッポーのそんな言葉に、レオは思わず赤面する。
「お前‥‥そう言う事言うのな」
「少し、聞いていた話と違うようだが」
ククノチも口元を押さえ、照れていた。
初心な2人は一息吐き、その後お見舞い品をそれぞれベッドの傍の椅子に置く。
練習用のリトルボウと、中々入手困難な焼き菓子。
「ほう、深みのある甘さだ。それでいてクドくない」
クッポーは満足げに完食し、自身の荷物からマントをククノチに取り出した。
「持っていくが良い。このクッポーのサイン入りだ」
「そ、そうか。では、あり難く頂く事にしよう」
若干困惑気味のククノチに、レオは苦笑を禁じえない。
「案ずるな。貴様にもある」
その表情を、クッポーは何故か『羨ましそう』と解釈したらしく、今度はレオに自身の物を差し出す。
「え? お前、これって‥‥」
それは、クッポーが長年使っていたライトロングボウだった。
「おいおい。大事に持っておけよ」
「クックック。遠慮などしなくても良い」
特に遠慮と言う訳ではなかったのだが――――レオは色々な物を飲み込み、その弓を受け取る。
クッポーは何処か嬉しそうだった。
「で、首尾はどうだった?」
「ああ。それが‥‥」
レオは今回の成果について、クッポーへと報告した。
「お、ここにもあったぞ」
最初にエアリアルの塔を訪れた龍牙を待っていたのは、塔の至る所に落ちている切歯だった。
縄張り争いの際に折れたのか、木箱を噛んで折ったのかは定かではないが、7階以外にも結構落ちている。
ウサギの折れた歯は再び生えてくる。それが幸いしたようで、龍牙は以前訪れていた際に作成した地図を頼りに歩き回り、1日かけて20本以上集める事に成功した。
そして、翌日。
「やっぱりウサギって言ったら、人参だよね☆」
「殺さないように‥‥と。よし、こっちは準備出来た」
合流したエラテリスとレオも加え、残りの歯を得る為、3人での捕獲作戦を準備していた。
おびき出す罠としては、人参と林檎を用意。
それを大きな貝殻の上から吊るし、ウサギが来た所をガブリ、と言う仕掛けだ。
殺す気はなく、基本は気絶させて歯を切ると言う方針。
せめてものお詫びにと、沢山の人参や共食いっぽい餅も用意してある。
「あ、来たよ☆」
「しっ!」
エラテリスが慌てて口を手で塞ぐ中、体を帯電させたウサギが罠の方へ近づいて行く。
冒険者達は、壁に身を隠してその様子を眺めていた。
そして――――がっちょん、と貝殻の口が締まると同時に、その貝殻が電撃によって破壊される!
「今だ!」
レオの縄ひょうが投じられ――――ビリビリ中のウサギの後頭部に命中した。
ベップは、加熱炉に再び目を向ける。
2つの魔弓を一つにすると言うこの試みは、あと半月程で形となるだろう。
問題は、クッポーの方の弓矢だ。
今回の依頼は難しかった。
と言うのも、1日目に局地的な豪雨と暴風が到来し、冒険者達が山中で足止めを食ってしまったのだ。
だが、天候ばかりが問題ではない。
交渉の見返りの弱さ。
足の用意不足。
そして、モンスターの情報不足――――
「まさか、デビル魔法を使うとは思いませんでした」
アーシャが汗を拭い呟く間にも、バイコーンはオーラをまとい、遠距離攻撃を仕掛けて来る。
初弾こそ避けたものの、中々ペースを掴めない。
ユニコーンより遥かに高い魔法持久力に加え、デビルの魔法まで使用して来るバイコーン。
つまり――――このモンスターは分類上、デビルと言う事になる。
『我の角を欲する者、何人たりとも許すまじ』
テレパスによる、宣戦布告。
アーシャがどうにか宥めようと言葉を投げかけたが、まるで聞く耳を持たなかった。
しかし、このまま手を拱いている訳にはいかない。
ジャンは既に暗くなった周囲に危機感を覚え、アーシャとエラテリスに呼びかける。
「ライトニングサンダーボルトで援護します。この魔法なら、かなり離れた場所からでも行けますから」
「わかりました。私は角に集中します」
「ぼ、ボクも頑張ってみるよ! って、わわっ?!」
会話の途中、突然オーラの塊が襲ってくる!
しかし、そのオーラは冒険者の周囲に光る球形の結界により、霧散した。
魔弓「上弦の月」と「下弦の月」の弦を合わせる事で使用可能となる、ムーンフィールドだ。
「ふーっ、危なかったよ☆」
「好機です!」
アーシャが吼える。バイコーンは次の攻撃の為に助走を取っていたが、それも気にせず、一気に突進。
相打ち覚悟の突貫だ。
そして、バイコーンの体が弾け、アーシャと接触――――したその瞬間、氷の剣が閃く!
「!?」
しかし、角の前で剣は止まる。光のシールドによって防がれたのだ。
アーシャの顔に焦燥が滲んだその時――――直進する雷が木々の隙間を縫うように走り、バイコーンを直撃した!
「間に合った、かな」
遥か遠方で安堵の息を漏らすジャンに、アーシャはウインクで感謝を示す。
そして――――
「その角、いただきます!」
一閃。
回りながら、角が宙を舞った。
ライトニングバニーの切歯30本。
ホワイトイーグルの羽20枚。
ムーンドラゴンの鱗4枚。
そして、バイコーンの角、1本。
今回得られた成果は、以上だ。
「幸い、龍の鱗は頂けたのだが‥‥時間が掛かり過ぎてしまった」
「こっちも、羊の方は交渉失敗。ウサギは今頃、腹膨らませてるかな」
ククノチとレオは、口惜しそうにクッポーへ報告した。
全員が前半に時間をかけすぎた事もあり、ビジョンフラワーに関しては邂逅も叶わず。
バイコーンも、角を折られてからは離脱に終始し、オーラをまとった身体でジャンのトルネードにも耐え、逃げ切ったと言う。
魔法の使い方、戦局の見極め。
デビルらしい奸智と判断力を持つ、厄介なモンスターだ。
リベンジの機会を設けるならば、注意しなければならない。
一方、当のクッポーはその報告に笑顔など見せていた。
「英雄は最後に現れる。残りはこの俺が‥‥」
「止めとけって。逃げない姿勢は、まあ立派だけどな」
レオは口の両端を上げ、クッポーの頭を強く撫でる。
その様子を、ククノチは思案顔で見つめていた。
レオから幾度か聞き及んだ話と、容姿、そして声。
どちらかと言うと、歌い手や役者の方が向いているのではと、ククノチは感じていた。
「クッポー殿は何故、射手を志された?」
「弓がこの俺を必要としているからだ」
良くわからない理由だったが、ククノチは追及を避ける。
信念。それを感じたからだ。
代わりに、鞘に収めた神刀「クドネシリカ」をクッポーの額にかざす。
そして――――
「‥‥呪いを」
音もなく斬った。
「クッポー殿の個性と技術、互いに足を引かぬ様、祈っている」
ククノチの神秘的なその所作を、レオは惚けつつ、そして誇らしく思いながら、暫し眺めていた。
未来を。
或いは、その先を。