翼をください 〜シフール施療院〜

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月21日〜10月26日

リプレイ公開日:2009年10月28日

●オープニング

 シフール施療院『フルール・ド・シフール』には現在、二名の入院患者がいる。
 一人は、医師ヘンゼルの元で不治の病と必死に戦うリタ。
 そしてもう一人は、ルディ・セバスチャンの妹、リーナだ。
 リタは比較的容態が安定しており、その内向的な性格も徐々に変化を見せつつある。
 それは特に、リーナがここに来てから加速的に変わってきていた。
「きのみ」
「わっ。ありがと」
 毎日、リーナのいる『はばたきの部屋』を訪れては、何処かで集めてきた物をリーナにあげている。
 まるで、親鳥が小鳥に甲斐甲斐しく餌を与えるように。
 そのリーナは、月読草と言う草によって長らく眠りについていた事もあって、まだ歩行すらままならない。
 まして、彼女は幼少より虚弱で、飛ぶ事すら出来ないシフールだ。
 目覚めてから二週間ほど経つと言うのに、まだベッドから出る事も叶わない。
 その様子を、ルディは歯痒い心持ちで見守っていた。


 そんな、ある日の事。
「そろそろ、頃合だろう。リーナ君の治療的訓練を始めよう」
「え! 良いの!?」
 一日の診療時間を終えた施療院の診察室『望みの部屋』で、ルディはヘンゼルの宣言に小躍りして喜んだ。
 これまでは、経過を見守る必要性から、歩く訓練すら出来なかったのだ。
「もう体調的には問題ない。少しずつ、筋力を付けていって、まずは歩けるようにしよう」
「うん! それじゃ、リーナに話してくる!」
 ルディは喜び勇み、リーナのいる部屋へ飛んで行った。
「‥‥」
 その様子を微笑みながら見ていたヘンゼルの顔が、徐々に険しくなる。
 そして、その顔のまま、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。
 シフール用の小さな手紙。
 そこには、召集のお知らせが記載されていた。


 それから、更に数日後。
「いち、に、いち、に‥‥うん、そうそう!」
 リーナは、施療院で働く事になった元飛脚のワンダ、そしてルディの協力の下、歩く練習に励んでいた。
 水の中で訓練すると効果が出ると言うヘンゼルの指導の下、細長い箱の中に水を入れ、そこをゆっくり歩くと言う訓練を毎日朝と夕方に行っていた。
 リーナは、弱音を吐く事なく、毎日決められた時間以上の時間を費やし、歩行訓練を行った。
 その甲斐あって、既に自力歩行はほぼ通常通り行えつつある。
 足を負傷していた訳ではないので、適度な筋力さえつけば、後は簡単だった。
「良かった‥‥ホント、良かった」
「大げさだよ、お兄ちゃん」
 その姿に、幾度となく目頭を熱くする兄に、リーナは困ったように微笑む。
 全ては順調だった。


 そして、歩行に何の問題もなくなり、いよいよ飛行訓練を始めようと言う話が持ち上がった、ある秋の日の早朝――――
「参ったな。もう誤魔化せそうにない」
 飛脚から届けられた手紙を見たヘンゼルは、開口一番、悔しげに呟いた。
「どうしたの?」
 その様子に不安を抱いたルディが、施療院の前で恐る恐る尋ねる。
 それに対し、ヘンゼルは肩を竦ませて苦笑した。
 思いの外、深刻な話ではなさそうだ。
「どうも、この施療院は中央の医師会から注目されているようでね。一度話を聞かせろ、だとさ。殆ど脅迫だよ、これ」
 ヘンゼルが言うには――――このノルマンの医療に関する技術向上や教育を目的とした団体から、ヘンゼルが召集を掛けられたという事らしい。
 この施療院は、各自治体、教会からしっかり許可を得て運営している為、指導を受ける等の心配は要らない。
 ただ単純に、シフール専門の治療機関に偉い人達が興味を持った、という事らしい。
 それ自体は全く悪い話ではない。
 興味を持たれたのも、施療院の開院以降、評判が良好である事を受けての結果だ。
 まして、もし医師会が後押しするような事があれば、更に融資を得られる可能性だってある。
 そうなれば、ベッドの数を増やす事も出来るし、治療用具も増やせる。
 より治療環境を豊かに出来るのだ。
 しかし、ヘンゼルは全く乗り気ではなかった。
「中央の連中は、人を治す事より、お金の流れや研究に興味津々なんだよ」
 理由を吐き捨て、嘆息する。
 そう言う意味では、このシフール施療院とは対極にある存在と言えるだろう。
「とは言え、ノルマンでこう言う施設を運営していく以上、筋は通さないといけない。余り関与されないよう、邪険にされないよう、適度な関係を築く為にも、ちょっと行って来るよ」
「僕やワンダが代わりに、ってのはダメなの?」
「一応、僕が医師をしている、と言う事も注目の理由の一つなんだ」
 ヘンゼルは、飄々とした性格の割に、余り自分を誇らない。
 若干困り顔でそう唱え、遠出の用意を始めた。
「と言う訳で、数日ほど留守にする。移動に時間の掛からないシフールとは言え、中央に行けばやる事も多い。4、5日間は見ておいて欲しい」
「それじゃ、その間施療院は?」
「閉院‥‥かな。他のシフールの医師に頼む訳には行かないし」
 ヘンゼルが召集を渋っていた最大の理由が、これだった。
 5日間も施療院を閉めていたら、流石に評判は落ちる。
 何より、ここを頼って訪れた患者に申し訳ない。
「どうにか、ならないかな‥‥」
 難しい問題を抱え、ルディは『はばたきの部屋』へ向かう。
 そこに、リーナはいなかった。
 暫く探すと――――この施療院の直ぐ傍にある、大きな木の下にいた。
 そしてその目は、木の実を取って回っているリタの姿に、釘付けになっている。
 その様子は、まるで空に祈りを捧げているように、ルディには映った。
 

 Chapitre 9. 〜翼をください〜

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec4988 レリアンナ・エトリゾーレ(21歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 御礼の為にフォレ教会を訪れたエルディン・アトワイト(ec0290)に、サヴァン・プラティニ司祭は歓迎の意を示していた。
「近年、我らジーザス教徒の中にも、感謝の態度を示せない、礼儀を尽くさない者が増えて来ている。貴殿のような者には是非、若者の育成に尽力して欲しいものだ」
 贈り物の聖なるロザリオを手にそう告げ、目を細める。
「いえ、私も未だ若輩者ですので」
 エルディンは苦笑しながらも、少し将来の事を思案していた。
「施療院の事は聞き及んでいる。医師不在の期間、どうするのかね?」
 そんなサヴァンの問い掛けに、エルディンは思考を切り替え、今後の予定について語った。
 冒険者達が下した決断は――――開院だった。


「終わりましたですよー」
 そのシフール施療院では、ラテリカ・ラートベル(ea1641)とヘンゼルが記憶の共有を試みていた。
 リシーブメモリーによって、治療の基本的な処置を教授して貰っていたのだ。
「これで、基礎的な処置は問題ないと思う。大事なのは兎に角、慌てない事だよ」
「ヘンゼル先生のいない間、しっかりお守りするですよ」
 顔をキュッと引き締め、ラテリカは一礼する。
 そんな姿にヘンゼルは顔を綻ばせていたが――――次の瞬間、真顔で静かに告げた。
「‥‥リタの事、宜しく頼む」


 一方、ユリゼ・ファルアート(ea3502)は、ローズマリー、ペパーミント等のハーブを熱湯入りのタライに浸し、待合室に置いていた。
 これによって、衛生状態が保たれるのだ。
「前回でお別れ‥‥って思ってたんだけど」
 一人呟きながら、苦笑する。
 とは言え、どこか心に引っかかるものがあったのも事実。
 それに、少なからず興味を抱いている事項もあった。
「リディエールさん、これ」
「助かります。本当にお借りして大丈夫でしょうか?」
 診察室『望みの部屋』にいたリディエール・アンティロープ(eb5977)は、感謝しつつ魔杖「ガンバンテイン」を受け取る。
 この杖にはレジストマジックの効力が宿っており、月読草の研究の際に使用する予定だ。
「お邪魔致しますわ」
「リディさん‥‥いや、リディ先生かな?」
 そこに、レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)とジャン・シュヴァリエ(eb8302)も合流。ジャンの腕には沢山の羊皮紙が抱かれていた。
 今回、ヘンゼルの代理医が必要となるのだが、その役割はリディエールをはじめ、複数の冒険者が担う事になった。
 ただし、代理である事は通達する予定だ。
「では、アンティロープ先生。解毒や異物誤飲等の治療マニュアル、完成致しましたわ」
「僕も、予算の編成をちょっと考えてみました。目通し、お願いします」
「拝見します」
 リディエールは書類を受け取り、暫し目を通す。
 その机の上には、既に様々な資料――――ラテリカの持ってきたアルキファルカマ、レリアンナの寄贈した写本「金匱要略方論」が積んであり、ユリゼが興味深げに開いていた。
「問題ないみたいです。お二人とも流石ですね」
「良かった。それじゃ、何かあったら呼んで下さい」
「わたくしは表に張り紙を張っておきますわ」
 リディエールのお墨付きを得た二人は、満足げに部屋を出て行った。
「精力的ね」
「お二人とも、この施療院を守りたいんですよ。一から作り上げた、とても大事な場所ですから」
 感心するユリゼに、リディエールは部屋の窓の方を眺めながら唱える。
 その縁には、まだ葉を付けた幹の残る植木鉢が置いてあった。
 その窓から、リタがパタパタと入ってくる。
 両の手に小さい木の実を抱えていた。
「あげる」
 リタはまずリディエールにその木の実を渡し、再び窓から出て行ったかと思うと、暫くして今度はユリゼに同じような実を持ってきた。
「あら‥‥ありがと」
「私もありがとうございます。後でお返しをしないといけませんね」
 ユリゼとリディエールは飛び去っていくリタの背中を眺めながら、平和な光景に暫し目を細めていた。


 その後、エルディンが帰還し、翌日早朝にヘンゼルが出発。
 ラテリカとエルディンが作った図解マニュアルも完成し、表は『シフールの専門医のヘンゼルは本日出張中』と書かれた張り紙が見える。
 いよいよ、4日間限定の『冒険者のシフール施療院』が開院した。
 まだ太陽が出て来たばかりの施療院前に、リーナ、ルディ、リタ、そしてジャン、ラテリカ、エルディンの姿がある。
「と言う訳で、飛行訓練を始めます」
 ジャンは昨日の内にまとめておいた訓練計画を手に取り、改めて宣言した。
 計画としては、半年後の飛行完遂を目処に、一月毎の六段階に分け、それぞれに目標を設定している。
 まず最初の月は体力づくりとイメージトレーニング。
 その後、毛布などの上から飛び降りたり、お湯に浮かびながら羽を動かしたり、と言った訓練を行い、徐々に実践に近付けていく予定だ。
「それじゃ、今日は散歩をしよう」
「散歩?」
 それなりに意気込んでいたのか、リーナは拍子抜けしたような表情をジャンに見せる。
「まずは、訓練に耐える体力を付ける事が大事なのですよ」
 エルディンが諭すように補足すると、リーナは納得したように頷いた。
「それでは、皆さんで一緒にお散歩に参るですよー」
 ラテリカが楽しげに先陣を切る中、三人のシフールと冒険者、そして妖精達は朝露が残る草むらを抜け、村道をゆっくりと歩いて行った。
 そして、折り返し地点となる村の広場で腰を下ろしている最中。
 リタがつーっとラテリカの所へ飛んでくる。
「リタちゃん、どかしましたか?」
「あげる」
 木の実を持ってきて、そう訴える。
 近くの木から取って来たらしい。
 リタはジャンとエルディンにも、木の実を運んでいた。
「ありがと、リタ。大事にする」
「友好の証、と言った所でしょうか。嬉しいですね」
 それぞれの笑顔で受け取った冒険者に、リタは満足げだった。
 そして、再びラテリカの所へ飛び、お願いを口にする。
「おうた、うたう?」
 そんなリタに、ラテリカは嬉しくなって、その小さい手を摘んでぶんぶんと振った。
「わかりましたですよー! ふふー、皆で一緒に歌いましょか」
「しょかしょかー♪」
 ラテリカの肩に乗る妖精クロシュも、楽しそうに諸手を挙げて賛同(?)する。
 その後、広場には暫くの間、凸凹で、それ故に楽しげな歌声が響き渡っていた。
 

 楽しい時間の次は、切迫した時間が待っている。
 現在、ノルマンは収穫祭の準備の真っ只中。
 その忙しさに比例して、怪我人や体調不良を訴える飛脚が押し寄せてきたのだ。
「本日はどうされました? 頭がボーっと? それなら‥‥」
「虫に? それでは、どのような虫だったのかを教えて貰えませんか?」
 午後から急に患者が増え、受付を担当しているユリゼとジャンは、その対応に順次追われていた。
 冒険者達が想定していた外来は、主に外傷、病気、毒、そして疲労。
 実際、この日訪れた患者は全てそう言った症状を訴えていた。
 そんな患者に対し、冒険者達の対応は非常にスムーズ。
 まず、受付の二人が症状を聞き、治療の必要がない軽度の問題ならば、その場で助言。
 その後、沢山のマニュアルを抱えたレリアンナが、症状に合った解決策と予防策を、応接室で説明する。
「虫に刺された場合、一刻も早く患部を水で洗い流す事が必要ですわ。ただし、清潔でなければいけませんわ」
 一通り説明をすると、シフール達は満足気に飛び去って行った。
 そして、何人かのシフールに説明し、一段落した時間帯。
 窓からリタが入ってくる。
 やはり、木の実を持っていた。
「あら? わたくしに‥‥?」
「あげる」
 レリアンナは掌に乗った木の実を見て、はにかみながら微笑んだ。

 要治療の場合は、外傷ならば『ラテリカ診察室』、病気等の場合は『リディエール診察室』へと通す。
『望みの部屋』を大きな布で2分割しており、それぞれに代理医を配置していた。
 外傷への処置は、男性の場合ルディが、女性の場合はワンダが行い、ラテリカは指示と患者への説明を担当。
「いたいの、いたいの、とんでけー」
 最後にラテリカがそう言って、患者を笑顔で送り出す。
 幸い、重症患者はこの日訪れず、リディエールの方にも風邪と過労が殆ど。
 そう言った患者には、まず説明を行い、その後治療の為のハーブを処方し、予防策を伝達していく。
 治療に使うハーブは、ユリゼとリディエールが話し合いで決めていた。
「このカモミールをお湯に浸して飲んで下さい。一日何回でも構いません。お腹の痛みも、少しずつ取れて行きますから、心配ありませんよ」
 医師に大事なのは、患者を安心させる事が出来る笑顔。
 リディエールもラテリカも、常に笑顔を絶やさず、患者に接していた。
 
 
 朝はリーナの訓練、日中は患者の治療に明け暮れる一方、夜には夜でやる事がある。
 月読草の実験だ。
 副作用の除去に成功した事で、現在この草は『薬草としての利用が可能かもしれない』と言う状態にある。
 また、その性質に関しての好奇心も、冒険者達の中にはあった。
「それでは、今日はイリュージョンを試すでしょか?」
「うん。ラテリカちゃん、エルディンさん、今日も宜しくね」
 ユリゼと、眼前のエルディンの首肯を確認し、ラテリカはイリュージョンを月読草へ向けて唱えた。
 実験は、冒険者自身が被検体となって行われている。
 既にスリープ、リシーブメモリ、テレパシーは実験済み。
 スリープは効果が切れるまで眠気、或いは睡眠状態が継続され、リシーブメモリは意思疎通が困難な状態の相手からも記憶を継続的に貰う事が出来た。
 テレパシーは、効果期間中永続的に思念会話が可能となった。
 尚、、被検体はジャンとエルディンとルディが交代で行っている。今日はまずエルディンが担当する事になった。
「出来ましたー。エルディンさん、まずは一口どぞ」
「はい。さて、どうなりますか」
 月魔法を読み込んだ草をちぎり、エルディンが一口含む。
 すると――――
「‥‥ほう。リディエール殿、ついに開眼しましたか」
 エルディンは感心したように何度も頷いていた。
 続いて、ジャンも一口含む。
「うわー。リディさん、全然違和感ないですよ。とっても綺麗です」
 同じく頷く。
「私も一欠頂戴‥‥あ、そう言う事。納得納得」
 ユリゼも同じ反応を示していた。
「‥‥ラテリカさん。参考までに、どのような幻覚を?」
「で、では次の実験をはじめましょか」
 リディエールがいつもの朗らかな笑顔で尋ねる中、ラテリカは冷や汗混じりに他の月読草を手に取っている。
 その様子を、レリアンナとルディは苦笑しながら眺めつつ、被検者に飲ませる水を用意していた。

 実験結果。
 イリュージョンの場合、幻覚作用が長期作用。量次第では麻酔や痛み止めにもなる。
 その他、使用した魔法は全て体内での長期作用が確認される一方、ニュートラルマジックによるキャンセルも数時間を要した。
 月魔法以外は読み込まず、レジストマジックを使用した状態で摂取した場合は、効能が若干弱まる。
 慎重を期す必要はあるが、医療への使用は可能と言う事がわかった。


 そして、4日目。
 ついに重症患者が施療院に運ばれてきた。
「風に飛ばされて、木の枝に刺さって‥‥ど、どうしよう」
 患者は飛脚の一人。連れて来たのは、偶々近くにいた人間だった。
「ユリゼさん、エルディンさんを呼んで来て」
「了解」
 重症患者は、エルディンが診る事になっている。
 待合室まで駆け付けたエルディンは、息も絶え絶えのシフールを暫し凝視し、その後急いで応接室へと運ぶ。
「うう‥‥うわあああっ!」
 負傷したシフールは錯乱状態だった。
「落ち着いて! わたくしたちにお任せを!」
 レリアンナが普段とは違う強い口調で、シフールを鎮める。
 その迫力に、シフールは苦痛の顔でしっかり頷き、冷静さを取り戻していた。
 その後、外傷担当のラテリカも交え、下した決断は、リカバーの試行。
 本来、この施療院にはない治療法であり、好ましい方法でない事は百も承知していたが――――
「命には、代えられませんわ」
「ラテリカも賛成するです」
 二人に頷き、エルディンは魔法を唱える。
 その後、直ぐに回復。シフールの身体に開いていた穴は、どうにか塞がった。
 最後に、この事は口外しないよう、シフールと連れて来た男性に約束を取り付る。
 魔法による治療の、なんと簡単な事か。
 そして、それを使用しない場合、如何に困難である事か。
「我々の感覚が麻痺している事を痛感させられますね」
 その背中を見送ったエルディンは、しみじみと語った。

 
 最終日も、施療院はかなり忙しかった。
 蜂の毒針で腕を刺されたシフールが、実に三人。近くの村で蜂の大群に襲われたらしい。
 ラテリカは別の患者を診ていたので、レリアンナが対応した。
 毒の浸透を防ぐ為、患部を下にし、安静にさせて、解毒薬を処方。
 最後に軟膏を塗る。
「明日にも腫れは引いていると思いますわ」
「ありがとうござます! ヘンゼル先生がいないって知った時は、どうなる事かと‥‥」
 患者が満足して飛んでいく姿に、レリアンナはホッと胸を撫で下ろす。
 務めは果たせたのだと、その時実感した。
 一方、風邪による外来も相変わらず多い。
「一番良いのは、タイム‥‥この草ね、これを煮出したお茶や塩水で飲む事。勿論、手洗いとうがいは毎日やる事」
 そんな患者に対し、ユリゼは定期的に説明会を行っていた。
 その間は、ジャンが一人で受付を行う。
「とっても良く効くシフール施療院特性の軟膏、お一つ如何でしょうか?」
 治療を終えたシフールに向け、ハーブや軟膏の販売も行っていた。
 また、リディエールは数日の入院が必要となったシフール達に、病院食の説明をしていた。
「体を冷やす時は夏野菜。暖める時は冬野菜。滋養にはお肉、乳製品‥‥でも、一番大事なのは好き嫌いしない事です」
 はばたきの部屋で床に伏せているシフール達は、何度も頷いていた。

 
 お昼休み。
「うわ、こりこりー」
 ワンダがリーナにマッサージを施す最中、ラテリカはリーナへファンタズムを唱えていた。
 今、寝転ぶリーナの周囲には空が広がっている。
「もうすぐ、こやって手を繋いで、飛べる日が来るですよ」
 ラテリカは、リーナとリタと手を繋ぎ、優しく呟く。
「私でも、飛べるかな」
「勿論なのですよー。頑張りましょ」
「うん。頑張る」
 ふふー、と笑い合う最中、ラテリカは隣のリタがふと手を離し、胸を抑えている姿を視界に捉えた。
「リタちゃん、どしました?」
「んー、なんでも」
 直ぐに手を繋ぎ直し、ぱたぱた羽を動かす。
 ただ、そのリタの行動にラテリカは一抹の不安を覚えていた。


 そして。
「お大事にー」
 ルディが本日最後の患者を見送ると同時に、冒険者達の忙しい5日間は無事幕を閉じた。
 しかし、その期間が過ぎても――――

 ヘンゼルは帰って来なかった。

●ピンナップ

エルディン・アトワイト(ec0290


PCパーティピンナップ
Illusted by 癸 青龍