葡萄色の空の下で
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月29日〜11月03日
リプレイ公開日:2009年11月05日
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●オープニング
仕立て屋の忙しい時期と言うのは、大きな祭りのある少し前と決まっている。
例えば、聖夜祭の前の時期になると、毛皮を材質としたコートや煌びやかなドレスの注文が殺到。
蚤の市の際には、動きやすい軽装の需要が増える。
仕立て屋と言う仕事は、一年間の中で数回、そのような特需によってかなりの時間が忙殺されるのだ。
そして――――今。
収穫祭を目前に控え、カンター・フスク(ea5283)は疲労のピークを迎えていた。
とは言え、注文の多さはその腕に対しての評価そのものでもある。
それが例え無理難題だろうと、常軌を逸した量であろうと、カンターは黙々と仕立てを行っていた。
しかし、悩みの種が一つ。
ここ最近、その忙しさに感け、奥さんのラテリカ・ラートベル(ea1641)との交流が疎かになっていた。
それで縁が切れるほど、脆い絆ではない。
だが、それに甘えてしまうのは、男として恥ずべき事。
寝る間も惜しみ仕事に打ち込むカンターだったが、いつもその事は頭の片隅にあった。
加えて、最近では友人との交流もままならない。
ラシュディア・バルトン(ea4107)を最後に弄り倒したのは、いつの頃だったか。
ベイン・ヴァル(ea1987)と芳醇な香りの葡萄酒を飲み交わした日を回想するには、一体どれくらい遡らなくてはならないのか。
そんな事を考えている内に、カンターは仕事の合間を別の事で縫い合わせるようになっていた。
それから、幾ばくかの時が流れ――――ようやく仕事が一段落した、とある日の事。
「自分達なりの収穫祭?」
カンターはラテリカを連れ、久々に夫婦2人でシャンゼリゼを訪れた。
そこには、友人のベインとラシュディアも呼んである。
そして、その席で予てより計画していた催しについての告知を行なった。
「そう。何の柵もない場所で、何の束縛もなく、自由に秋を満喫する。そんな身内だけの収穫祭を開こうと思ってさ」
そんなカンターの言葉に、3人は直ぐ共感を覚え、参加を快諾した。
尚、既に葡萄踏みは決定事項と言う事も併せて通達する。
「葡萄踏み‥‥って確か、女の役割だったよな。ラテリカ1人でやるのか?」
その時、ラシュディアは自分なりに女性を労わる気持ちを込めて、そう問い掛けたと言う。
しかしながら、その言葉に対して、他の3人の示した表情は――――全員一律に目を丸くして「え?」と言う疑問に満ち満ちたものだった。
「あれ? 俺の記憶違いか?」
「いや、女性の役割なのは確かだが‥‥」
ベインが細い顎に手を当て、首を捻る。同時に、カンターも首を傾げていた。
「ラテリカが1人で、と言う決め付けは意味がわからないな。どうしてそうなるんだい?」
「いや、だって必然的にそうなるだろ。え? 俺は一体何を間違ってるんだ?」
混乱するラシュディアの為に、ラテリカはカンターが持ってきた荷物から、とある物を取り出す。
「えと、これを見て頂ければ、御理解頂けるですよー」
薄い布に包まれ、『ラシュディア用』と書いた小さい羊皮紙が張られたそれを受け取ったラシュディアは、布を広げた途端――――口から煙を出した。
「葡萄踏みの為の衣装さ。折角の機会だから、張り切って作ってみた。2人とも、似合うと思うな」
「えへへー。ラテリカもお揃いです」
カンターとラテリカの夫婦が揃って会心の笑顔を見せる。
その衣装と言うのは、カンターこだわりの一品だった。
敢えて具体的には言わないが、履くとヒラヒラする物も含まれている。
それをたくし上げながら、少し照れ臭げにフミフミするのが、葡萄踏みの醍醐味なのだから、当然の事であった。
「で、俺もそれを着る、と。あ〜、そりゃ用意が良いこったな」
「ようやく理解して貰えたね。良かった良かった」
「だああっ! 違う! あのな、俺はもう二度とこの手の衣装に袖は通さないって、つい先日誓ったばっかりなんだよっ!」
ラシュディアは立ち上がり、酒場全域に聞こえる大声で訴えた。
それはもう、切々と訴えた。過去の色々な出来事とか、そう言うのも含めて。
その懇願にも似た叫びに、周囲からは涙を流す者すらいた。同情の。
「そっか」
結果、カンターはそれだけを答えた。
「‥‥わかってくれたか」
「ああ。ラシュディアが女性1人に重労働を押し付ける、そんな小さい男だと言う事が良くわかったよ」
「残念だ。出来れば、そのような狭量な友を持ちたくはなかったんだがな‥‥」
そして、ベインと同時に深い溜息を吐く。
「なんで! そう! なるんだよっ! なあラテリカ、俺の言い分は間違ってないよな?」
しかし、ラテリカは目をウルウルさせていた。
「ラシュディアさん、ラテリカと葡萄踏みするの、嫌なのですか?」
「うっ‥‥いや違う、違うぞっ。葡萄を踏む事に異を唱えてるんじゃないんだ。そもそもな、男があんな衣装をだな‥‥」
「旦那様の作った服、そんなにダメなんでしょか‥‥」
「だーかーらーなー! ああもう、何て言や良いんだよ!?」
頭を抱えてテーブルに突っ伏したラシュディアを、カンターとベインはそれはもう楽しげに見つめつつ、ワインを飲み交わした。
大切な人達の喜ぶ顔。
或いは、喚く顔。
満面の笑顔。
その全てを記憶に刻む為、小さな収穫祭は着々と準備が行なわれる。
葡萄色の、この空の下で。
●リプレイ本文
思い出作りと称した今回の『こじんまり収穫祭』。
その始まりは、集合場所から目的地へ向かおうとした発起人の、こんな一言から始まる。
「あー‥‥移動用の靴、忘れた」
カンター・フスク(ea5283)は眉間を指で押さえつつ俯いた。
しかし、そんなカンターには共に支え合う存在がいる。
「それならカンター、ラテリカの後ろに乗る?」
人生の伴侶、ラテリカ・ラートベル(ea1641)の言葉に従い、カンターは荷物と共に背の後方に乗ってみた。
汗血馬アランは特に挙動を変える事もなく、落ち着いた様子を見せている。問題はなさそうだ。
「出来た奥方がいて助かったな、カンター」
「ああ。全くだ」
表情を変えずに告げるベイン・ヴァル(ea1987)に頷きつつ、カンターは目の前のラテリカをぎゅーっと抱きしめた。
「はいはいご馳走様。じゃ、先行ってるな」
その様子に当てられ、ラシュディア・バルトン(ea4107)は苦笑しながらベインと共に一足先に移動を始める。
それに続こうとするラテリカだったが、手綱を引いたその手はカンターの一回り大きい手に包まれ、止まった。
「こうして二人で馬上に居ると、あの時の事を思い出すね」
あの時――――それは、ラテリカにも直ぐに伝わる、魔法の言葉。
「‥‥覚えててくれたの?」
「忘れる訳ないさ」
カンターは苦笑しながら、重ねる手の力を少し強めた。
「中々2人で外出する機会がなくて、悪かったと思ってるよ」
「それじゃ、今日はいっぱい甘えて良い?」
ラテリカの背中越しに聞こえて来るその声は、四年前と全く変わらない。
その声が一体何度、カンターを癒して来た事か。
「勿論さ。お姫様」
そして、そう答えるカンターも、やはり四年前のまま――――ラテリカの王子様のままだった。
「えへへー」
先の言葉通り、ラテリカは顎を上げ、真後ろのカンターの胸に後頭部をすり寄せる。
夫婦水入らずの一時。
かつて白馬の上で交わした愛の誓いは、より熟成され、あの日より芳醇に香っていた。
途中休憩も挟み、移動する事5時間。
まだ陽が残る内に、一行はピュール湖へ到着した。
「着いたよ、カンター。起きてー」
その先陣を切ったアランの背上では、ラテリカを包むようにしながら、カンターが眠っている。
ハイペースで仕事を片付けたツケだった。
「んん‥‥ん、もう着いたのか。ご苦労さん、ラテリカ」
それでも直ぐ状況を把握し、カンターはラテリカの頬に労いのキスをする。
「ラテリカは暖かいな。抱いてると、ついつい眠くなったよ」
甘い言葉と共に、その背中に頭を擦り付ける。
「もー、カンターの甘えんぼさん」
「あれ、逆になっちゃったな」
幸せオーラ全開でくっ付く二人を、ラシュディアとベインが左右から挟むように見上げている。
「‥‥夫婦でいちゃつくのは準備終わってからな」
「余り無粋な事は言いたくないが、荷物を降ろさない事には始まらないぞ?」
「は、はわっ! ごめんなさいなのです!」
ラテリカが慌てて馬上から降りる様を、それはそれで楽しそうにカンターは見つめていた。
そして、恙無く準備は進む。
力仕事は主にベインが担当。
女性で小柄なラテリカやウィザードのラシュディアを尻目に、手際よくテントを張って行く。
一方、カンターは湖の水を口に含み、数度頷いていた。
結局その日は準備に追われ――――翌朝。
「おはよございます。昨日はごくろさんでしたー」
目を擦りつつ、ラテリカは愛馬アランの毛繕いを始める。
一方、カンターはベインとラシュディアが眠るテントに吉報を届けに行った。
「葡萄踏みが出来る場所が見つかったよ」
「そうか。俺は地元のワインさえ飲めれば後は何でも良いが‥‥今からやるのか?」
身嗜みを整えながら尋ねるベインに、カンターは微笑みつつ首肯する。
「それなら急いで支度をしないとな。ラシュ、早く起きろ」
「ふわ〜‥‥え、何が?」
ラシュディアは欠伸をしながら上体だけを起こした。
「時間がないんだ。ほら、着替え」
「そっか、悪いな。ちゃちゃっと着替え‥‥ん? んんん?」
そして、寝ぼけ眼で受け取った衣服を数秒視認し、ようやく覚醒。
「だああっ! 危うく自ら男の道を踏み外すとこだ!」
「チッ」
「舌打ちするなあああっ! 言ったよな俺!? 絶対着ないって!」
ラシュディアは徹底抗戦の構えを見せた。
「どうする?」
「決まってる。僕はこの日の為に、半年以上も武闘大会で鍛えて来たんだから。実力行使さ」
「随分歪んだ闘争の日々だな、オイ! 兎に角、俺はもうスカートは嫌なんだぁああああ!! 」
著しく人間的地位を下げかねない叫びと共に、ラシュディアは逃げ出した!
「そこまで嫌がられると、作った甲斐もあるってもんだねえ」
屈託なく笑い、カンターも追跡開始。
その後姿を、ベインは表情を変えず、でも何処か楽しげに眺めていた。
2時間後――――
「‥‥あの、大丈夫でしょうか。説明を始めても」
「ええ。どうぞどうぞ」
ラシュディアは何処か遠くを見ながら、心配顔の農民にそう答えていた。
当然、その衣装は隣でワクワクしながら説明を待つラテリカと殆ど同じもの。
具体的に言うと、臙脂色の長袖の下に明るい紅色のスカートを履いており、その上からピンクのふりふりエプロンを着している。
その口には薄紅色の光沢が眩しく輝いており、肌もとっても艶やかだ。
そのままでもお可愛らしいですけれど、と何度も念を押しつつ、ラテリカが施した化粧だった。
「見立て通り。よく似合ってるよ、2人とも」
最終的に湖に飛び込んだラシュディアを追いかけ、自身もずぶ濡れになったカンターも、満足げに頷く。
そんな中、葡萄踏みは始まった。
方法は簡単で、大きな桶に敷き詰めるように入れた葡萄を、綺麗に洗った足で踏み潰していき、ラグリマと呼ばれる一番絞りの果汁を得ると言うもの。
説明が終わると、早速カンターとベインは大量の葡萄を入れた桶を2人の前に運んで来た。
「ラシュディアさん、その‥‥スカートの中身だけは死守して下さいなのです」
「もじもじしながら言わないでも、わかってるさ‥‥」
桶の中に並んで足を入れた2人の共同作業が開始。
「僕のラテリカをリードするんだから、もっとしゃんとしてくれよ、ラシュディア」
「女性に恥をかかせるものではない。しっかりステップを踏め」
カンターとベインの声が飛び交う中、葡萄をモゾモゾと踏む。
「んしょ、んしょ」
踏む。
「うわ、変な感触だな‥‥」
踏む。
暫くすると、芳醇な葡萄の香りが鼻腔の奥を捻るように刺激して来た。
その甘さを肴に、ベインは地元産のハーブワインを舌の上で転がす。
「美味。荒削りな所もまた良い」
実に贅沢な瞬間だった。
その後、カンターやラテリカの妖精、ノエルとクロシュも葡萄踏みに加わる。
『んしょー♪』
ラシュディアの足元で楽しげに踏み踏み。
その様子を、ベインの背後から羨ましげに見つめる精霊アーシェに、ラテリカはおいでおいでをした。
「ヴァルさん、だめでしょか?」
「いや、構わないが‥‥着替えはどうするかな」
「ラテリカが用意するですよー」
と言う訳で、ミニメイドドレス着用。
ラシュディアのエプロンに掴まりながら、恐る恐る桶に足を入れている様は、とても微笑ましい。
「モテモテだね、ラシュディア」
「羨ましい限りだ」
「この姿を見て、本気で思ってるのか? なあ?」
視線、逸れ。
妖精や精霊に懐かれつつ、ラシュディアは地団駄を踏むように葡萄を踏み続けた。
そのリズムに合わせて、ラテリカが歌う。
1、2、3
1、2、3
お足をそろえて
ぴったん ぺったん
1、2、3
1、2、3
おててをつないで
にぎにぎ ぺったん
即興で作った『葡萄踏みの歌』が聞こえて来たのか、農家の子供達も起きて来て、我先にと桶に入る。
牧歌的な光景の中、葡萄踏みは無事遂行された。
「さて、気を取り直して食材集めにでも行こうかな」
お昼に差し掛かった所で、着替えを済ませたラシュディアはフロストウルフのニムと共に森へ。
そして数時間後、巨大な猪を担いで出て来た。
「随分と大物を見つけて来たな」
同じく食材調達の為に湖で釣りをしていたベインが思わず唸る。
実際、普通の猪の3倍くらいのサイズだ。
「ラシュディアさん、大捕物なのですよー」
「出来れば、活躍の場面を見て貰いたかったけどな。ま、良いや。カンター! これ捌けるか?」
既にラテリカが持って来ていた木の実、紫斑点のあるキノコ、顔っぽい模様のある山菜などを調理していたカンターは、ナイフと大包丁を同時にクルクル回し、ニッと笑う。
「造作もないね。煮て焼いて蒸して、毎日違うメニューで楽しんで貰うよ」
「わぁ。さすがカンター♪」
ラテリカは夫の包丁裁きに痺れていた。
普段の依頼では調理を担当する事が多いラテリカだが、カンターと一緒に居る時は、腕でも経験でも上回る夫に全て委ねている。
怪しげな食材でも全て捨てずに拾って来たのは、信頼の証だ。
「にしても、大きな猪だ。ヴァルも負けていられないね」
「ああ。俺は湖のヌシを釣り上げるとしよう」
そして実際、その1時間後には推定1メートル強の巨大肉食魚を釣り上げてきた。
楽しい時間は次々と積み重ねられて行く。
翌日、ラテリカはクロシュと共に、水辺に花の種を蒔いたり、森の株を移植したり、湖の傍で『花いっぱい運動』に勤しんでいた。
その傍で、ベインは釣り糸を垂らしながら、時折ハーブワインを口に含み、満足げに目を細める。
ラシュディアはお昼寝中。
カンターは調理器具を念入りに洗っていた。
「失礼する。そなたは確か‥‥」
そんな中、何者かが突然声を掛ける。
ラテリカと知り合いの香水調合師だった。
何でも、このピュール湖の水中花伝説をモチーフとした香水が完成し、イメージ通りかどうか確認しに来たらしい。
「これも何かの縁。持って行くが良い」
「はわ、ありがとうございますですよー」
「そこで眠っている個性的な顔の者にも差し上げよう」
ちなみに、ラシュディアの顔にはカンターが悪戯を施してあった。
こちらは口裂け女をモチーフとした顔立ちに仕上がっている。
その後、起床したラシュディアは妖精達から本気で怖がられていた。
「グルル‥‥」
勇敢なフロストウルフですら、一瞬ビクッと体を震わせ、怯えるように牙を剥いている。
「そ、そんな‥‥ニムまで俺の事を‥‥ちくしょおおおぉぉーーーーっ!?」
半泣きで大地を蹴り逃げ出したラシュディアは、その途中に落とし穴に嵌って墜落して行った。
「言い忘れていたが、このキャンプ地の周囲には罠が仕掛けてある。何時もの癖でつい、な」
「先に言っておけよぉぉぉ」
何か聞こえてくる穴に向けて、ベインは静かに謝罪の意を示したが、誰の目にも触れる事はなかった。
まさに、踏んだり蹴ったり。
そして――――最終日、夕刻。
「いただきます」
ラテリカの音頭に合わせ、全員で食前の礼。
周囲の妖精達も真似していた。
ラテリカはペット達に炙ったパンを与え、ベインはカンターの持ってきたロイヤル・ヌーヴォーを愛しげに注ぎ、ラシュディアは猪肉に豪快にかぶり付く。
カンターは残りの食材を全て調理すべく、鍋を振るっていた。
若鶏とキノコのスープ。
フィレ・ド・ペルシュ。
猪肉のステーキ 。
山菜とチーズのサラダ。
「このパン、ラテリカがいっぱいお世話になってる村で作ってるの」
「へえ。シャンゼリゼのとは少し味が違うね」
及び、ラテリカの用意したパン。
特にワインに合う炭焼きチーズパンは、ベインが率先して平らげていた。
和気藹々とした中、焚き火を囲んでの宴。
ボーダーコリーのブラーチャを膝元に寝かせながら、カンターは改めてこの収穫祭を開いて良かったと実感していた。
一生の内、自らを曝け出せる相手が何人見つけられるだろう。
そんな連中と楽しく過ごす時間を、どれだけ作れるだろう。
本当に、貴重な時間だった。
「ちょっと聞いてくれ」
改めてその事を、そして感謝の言葉を告げようとしたカンターだったが――――先に声をあげたのはラシュディアだった。
「実は、俺から皆にプレゼントがあるんだ。大した物じゃないんだけどさ、まあ、今回の記念にと思ってさ」
物自体は、珍しくない水晶のペンダント。
しかし、その水晶には『1004 10.29-11.02 ピュール湖』と丁寧に刻まれている。
そして、紐の色も、それぞれをイメージする銀、赤、茶、金色に変えていた。
「はわ‥‥」
「思い出を刻んだペンダント、か。悪くないな」
ラテリカとベインがそれぞれのペンダントを眺める中、ラシュディアはカンターへ最後の一つを手渡す。
「大げさと思うだろうけどな」
「そんな事はないよ。君と言う友人が居てくれて、本当に誇りに思う」
カンターは真っ直ぐ感謝を述べ、受け取った。
「日頃はま、バカやったりやられたりだけど、みんなと友人でいられて救われる所もあるって言うか‥‥あー、難しいな」
「十分伝わった。何よりの証だ」
ベインは破顔し、ペンダントを首に通した。
普段余り弛緩しないベインの顔は、この数日幾度となく綻んでいた。
それもまた、何よりの証。
「大事にするですよ。これも、この思い出も」
ラテリカは抱くように、水晶を両手で握る。
「あ、あはは。何か湿っぽくなっちまったな!」
照れ臭げにラシュディアは自分の分のペンダントを指で回した。
ふと――――その指から紐が離れる。
「‥‥あ?」
そして、そのペンダントはさもそれが当然であるかのように、焚き火の中に飛び込んだ。
「あ――――!」
血相を変えて炎の中に手を入れるラシュディア。
慌てて水を用意するラテリカ。
その様子を、ワイン片手に傍観するベイン。
空が徐々に葡萄色に染まる中、カンターの視界には、それぞれの『らしい』姿が映し出されてた。
思わず零れる笑顔。
そして――――
何一つ飾る事のない平和な時間と言うのは、人生の中において、ほんのちょっとの出来事に過ぎません。
それでもきっと、生ある限り覚えているのですから、それはそれでとても重要なのでしょう。
何かを引き合いに出すとすれば、例えば小さな星屑。
見えない日も沢山ありますけど、決してなくなってはいません。
培った事。
無くした物。
きっと色々あったのでしょうが、その小さな光にはそんな物は見えませんし、見えなくても構いませんよね。
ただ一言、綺麗だなあと、偶に見えるその光に唱えるだけで十分。
だから、この瞬間も同じ事なんです。
この収穫祭を催したカンター・フスクの最後の言葉も、やはりとっても単純な一言でした。
そこに、全ての幸せが詰まっています。
沢山の思い出は、一つの光となりにけり。
何年後、何十年後かにまた、いつか。
「ああ、楽しかった」
――――そう、思うのでした。