●リプレイ本文
「えー、本日お集まりの皆様に、ご連絡です。連れているペットさんの登録がまだの方は、是非ご協力お願いします」
街の入り口で、スノーマンに扮したフィロメーラが大声で呼びかけている。
非常に多くの動物が街入りする為、予めどの動物が誰のペットなのかと言う事を登録して、迷子が出た時や粗相があった時の対処を対応を迅速に行う必要があるのだ。
それに従い、多くの冒険者達が長机の上で記載を行っている。
水妖リュドミーラとスノーマンのルカーを連れたエレェナ・ヴルーベリも、案内に従い受付に向かった。
「この羽ペンを使ってもいいのかな?」
「あ、はい。どうぞー‥‥あ」
そんな案内役のフィロメーラが、思わず動きを止める。
2人は知り合いだった。
尤も、まるごとすのーまんに身を包むフィロメーラに、エレェナが気付く筈も――――
「おや、フィロメーラ。久し振り」
あった。
「え、えっ? だだ誰の事でしょう。私は名も無きスノーマンで‥‥」
「と言っても、ルカーが懐いているしねぇ」
苦笑するエレェナの言葉通り、ルカーはフィロメーラに(・v・)な顔で近付き、首をコロコロ動かしていた。
「あ、あう〜‥‥どうしてバレたのでしょう」
「声でわかるさ。でも、ちょっとショックだな。私はまた会えて嬉しいと思っていたのに、君は嫌だったのかい?」
「そんな事‥‥でも、こんな姿を知り合いに見られるのはちょっと」
フィロメーラは前の仕事をクビになった事で、若干自嘲気味になっていたりする。
その辺りの事情はエレェナに知る由もないが、何かあった事は察し、まるごとの上から肩を抱いた。
女性ながら中世的な風貌のエレェナは、フィロメーラの男性恐怖症の克服の為、こうして会う度に積極的なスキンシップをするよう心掛けているのだ。
いつもより顔を近付け、吐息のように囁く。
「良ければ街を案内してくれないかな? 実は今日、連れが居なくてね」
この日、ルッテ街で行われる催しは主に3つ。
その先陣を切るのは、『まるごとバイキング』のミーティングだ。
まず、本日の調理担当を決め、メニューを決定し、そのメニューに必要な材料を集めてくる必要がある。
「えー、それじゃ調理担当に決まったヤツら、挨拶よろしくー」
進行役のニーナがぶしつけに告げる。
それに従い、めいめいに挨拶。
「チュプオンカミクルのククノチと言う。宜しくお願い申し上げる」
「華国出身の明王院月与だよ。よろしくね」
「桃代龍牙だ。よろしく」
「リュシエンナ・シュストと言います。よろしくね☆」
と言う訳で、この4人がバイキングのシェフに名乗り出てくれた。
「おー、こりゃ多国籍なメニューが期待出来そうだなー」
集まった面々を眺め、ニーナは満足そうにウンウンと頷いていた。
「それじゃ、食材も色々必要って事になるわね」
その傍らで、調達担当の仔神傀竜が呟く。
「‥‥恐らく。女性の身に余り過度な負担は掛けたくないのだが」
ククノチが申し訳なさそうに口元に手を寄せた。
ちなみに、傀竜は男性なのだが、周囲の誰もそう認識していない。
「俺も調達には参加する予定だ。他には誰かいないか?」
「あーい」
龍牙の言葉に挙手したのはニーナを始め、ボランティアスタッフ数名。
どうにかなりそうではあった。
「あたいは調理に集中させて貰うね。みんなが集めてきた食材、心を籠めて料理にするから」
「私は色々出たい催しがあるから、それが終わったら参戦しようって思うの。お互い、頑張ろうね!」
月与とリュシエンナが調達組と握手を交わす中――――突然、鐘が鳴った。
「お。クロスカントリーが始まるみたいだな」
ニーナの言葉に、2人の女性が反応を示す。
「えっ! それじゃ私行かないと!」
「では、後程また。皆の無事を祈っている」
リュシエンナがダッシュで酒場を出る中、ククノチは調達担当の面々に深々とお辞儀し、早足で後を追った。
「あら、もうそんな時間なのね。先に応援に行こうかしら」
傀竜も笑顔で外へ出て行く。
石畳の道を暫し歩くと、早くも並び歩くまるごとを着込んだ者達と遭遇した。
中には小さいまるごとを着たシフールの姿もある。
初めての街、初めての光景。
新鮮なばかりの視界に、傀竜の顔は思わず綻んだ。
すれ違う僧侶を横目に、キャル・パルは機嫌良くルッテの街を飛行していた。
まるごとウサギさんを着込んだその姿は、窓から街を覗く子供達の注目の的になっている。
「うさぎさーん おはよー!」
「しふしふ〜♪」
そんな子供達に笑顔で手を振る。
並行する柴犬のワルも尻尾を振っていた。
そして、ゴーレムのナルが歩く度、地面が揺れる。
「すげー!」
ゴーレムを見た事が無い子供達は大喜びだ。
その無邪気な様子も、キャルの陽気な心を更に躍らせた。
シフールは基本、明るい。
しかし、中には止むに止まれぬ状況で、困り顔になる事もある。
「あれ〜? あの子、どうしたのかな〜?」
キャルの視界に、そんなシフールの姿が目に留まった。
瞬間、視線、重なる。
すると、そのシフールは顔をパッと明るくして、キャルの元へと宙を泳いで来た。
「助かりました。ゲルマン語が話せない事をつい失念してしまいまして」
ナリル・アクトリスは言葉の通じる相手を得て、安堵感と高揚感を覚えていた。
異文化に触れようと京都からフラっとやって来た所、収穫祭の真っ只中でなにやら楽しげ。
その空気に触れるがままに飛んでいたら、途中動物の大移動に遭遇し、更に楽しそうなので追飛。
気がついたら、この街にいた。
「そうだね〜、そう言う事って良くあるよ〜☆」
シフールには珍しい事ではないので、キャルもコクコク頷いていた。
「ところで、このような猫を御存知ないでしょうか? はぐれてしまって」
ナリルは困り顔の原因をキャルに話す。
かなり目立つ猫を連れてきたのだが、途中でいなくなってしまったのだ。
「え〜☆ ジュエリーキャット連れて来たの〜?」
キャルは、つい先日自分の所にも招き入れた子とは違う宝石猫と戯れる好機に、目を輝かせる。
しかし、その為には見知らぬ街でその猫を探す必要があった。
目立つ外見とは言え、猫は猫。何処に入り込む事も出来るし、隠れる事も出来る。
「えっと〜、それじゃ探すの手伝うね♪」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
と言う訳で、シフール2人ですいーっと並行。
何となく、人の多く集まっていそうな場所を見つけ、そこへと向かった。
このルッテ街は、まるごとオールスターズ武闘大会と言う非常に大きな大会が不定期に行われている。
今回、その大会の参加者も何名か訪れていた。
「では、占ってみるデス」
ラムセス・ミンスもその1人。
ただし、本日は闘いではなく、自身の本分である占いをする為の来訪だ。
愛用のまるごとすふぃんくすさんに身を包み、ふれあい広場で机を1つ借り、シルフの柳絮、陽妖精のそれいゆと共に道具を構える。
既にすふぃんくすさんはこの街で有名と言う事もあり、あっと言う間に長蛇の列が出来た。
途中、猫の居場所などを占いつつ、ラムセスの水晶占いは沢山の喜怒哀楽を生んでいく。
「出たデス! 自分を信じて行動に移すべし、となってるデス」
「あら、お姉さまと同じ‥‥こほん。ありがとうございますわ」
占って貰いに来たレリアンナ・エトリゾーレも、何か吹っ切れたように広場を後にする。
まだ列は続いており、中には疲れて座り込む者の姿もあった。
「一旦休憩するデス。その間、踊りをお見せするデス〜」
それを察したラムセスが、柳絮、それいゆと並んで民族舞踊を披露する。
コミカルな動きも交えたその踊りに、それまで出店に並んでいた者も拍手を送っていた。
広場が大きな賑わいを見せる中――――その入り口から、沢山のまるごとさん達が入場して来た。
「で、ではっ、まるごとクロスカントリーをはじめままってええええ!?」
スターターを勤めたフィロメーラが雪崩に巻き込まれるかのように、まるごとの集団に呑み込まれていく。
地響きと共に広場から勢い良く駆けて行くもふもふな人々は、全部で32人。
「どいてどいてどいて〜〜!!」
その先陣を切るのは、まるごとたいがーさんことアーシャ・イクティノス。
これから結婚を控える身でありながら、誰よりも勢い良く飛び出し、誰よりも早く柵によって仕切られた街道コースに出て行く。
たいがーの迫力とは対照的に、アーシャは通行人を軽やかに回避しながら指定コースを突き進む。
しかし、そんなアーシャの背後には、2人の冒険者がピッタリと付いていた。
「走るのって気持ちいいよー☆」
かたつむりさん姿ながら猛スピードで追走するエラテリス・エトリゾーレ。
「にょにょにょ〜! わんこにょぱわ〜は誰にも負けないにょ〜!」
そして、わんこ伝道師兼わんこシフールの鳳令明だ。
ちなみに、シフールは他の参加者の肩の高さまでは飛行可能となっている。
その3人が先頭集団を作り、後方集団をリードする格好となった。
だが――――
「お先〜!」
その上から、女の子が一気に追い越して行く。
実は、この女の子の正体は文月太一だった。
人遁の術で女性となり、スタート時はアイドルたぬきっ娘として周囲に愛想を振りまいていたが、ここに来て蝶々娘に大変身。
ペガサスの雪花に跨るその機動力たるや圧倒的で、あっと言う間に先頭集団すら飛び越え――――
「だ、ダメですー! そこのちょうちょさん、反則〜!」
たところで、馬車に乗ってやって来た審判係も兼ねるフィロメーラが指摘。
ちなみに、エレェナが御者を買って出てくれていた。
「え? ボク蝶々だから、飛んでも良いんじゃないの?」
まるごとパピヨンに身を包んだ太一は、目をウルウルさせてアピール。
しかし審判は厳粛だった。
「かわいこぶってもダメです! 騎乗は反則です!」
「そうですか‥‥じゃ、雪花さんの事よろしくお願いします」
「引き受けるよ。フィロメーラ、今度はこっちに乗ろうか」
「え?」
結果、エレェナとフィロメーラはペガサスに乗って審判と観光を兼ねる事にあった。
「お、お空が近いーーーっ!?」
こうして、審判が空の人となったクロスカントリーは、混沌の中で進んで行った。
まるごとクロスカントリーの真っ只中、カメリア・リードはまるごとうさぎさんを着込んで周囲を見渡していた。
可愛い動物に目が無いカメリアは、放し飼いになっている羊や猫に目を輝かせ、その中の一匹の子猫と触れ合おうと試みる。
「なうーっ」
しかし、猫はそそくさと逃げ出してしまった。
「はう‥‥せめて一撫で‥‥」
カメリアはその猫を指を咥えながら名残惜しそうに見送っていた。
「わうっ」
そんなカメリアを、彼女の愛犬クォーツが慰める。
一方、愛猫のフローライトは別の猫と親交を深めていた。
「あら? フローライト、その子‥‥」
小さく喉を鳴らすその猫に、カメリアは思わず驚きの声を上げた。
額に宝石のような美しい石を携えていたからだ。
動物の知識に長けたカメリアは、直ぐにその正体に気付く。
ジュエリーキャットと呼ばれる、珍しい猫だ。
「さ、触っても大丈夫でしょうか‥‥」
おずおずと近付き、カメリアが触れようとしたその時。
「わんこにょ〜!」
突然、凄まじい速度で令明が飛び込んで来た。
「わう?」
「にょにょにょ! 良い子だにょ。目を見ればわかるにょじゃ」
令明はクォーツのふさふさの身体にめり込む勢いで抱きつく。
「そこのけそこのけアーシャが通る〜!」
「負けないよ〜☆」
「クマー」
更に、そこをアーシャとエラテリスと熊がドドドと駆け抜けて行く。
「イワンケ殿、張り切っているな」
「アンアン!」
「バウッ!」
更にその後ろを、わんこ姿のククノチとその飼い犬ノンノ、ボーダーコリーのラードルフが追う。
「わわっ、ラードルフ張り切り過ぎ!」
そして、飼い主のリュシエンナもリュリュわんことなって追い掛けていた。
クロスカントリーの参加者とそのペットのようだ。
「にょにょ! わんこの行列なにょじゃ!」
それに反応した令明も、直ぐに追い掛けていた。
「はわ‥‥賑やかですねぇ」
呆気に取られつつ、カメリアは動物とまるごとの競争に心を躍らせている。
ただ、その間にジュエリーキャットは逃げ出してしまった。
「すいません、お聞きしたい事が」
「しふしふ〜♪ 宝石の猫さん見なかったかな〜?」
2人のシフールがその猫の事をカメリアへ聞きに来たのは、そのすぐ後だった。
我先にと走る先頭集団とは対照的に、後方のクロスカントリー参加者は一様にのんびり街を走っている。
この競技には、1位を取る事が目的の者もいれば、観光目的の者もまた数多くいるようだ。
「はぁい、皆さんご機嫌麗しゅう♪」
ただ、中には楽しむだけでなく、周囲を楽しませる目的の者もいた。
アニェス・ジュイエだ。
♀のコマドリさんに身を包み、柵の外から見学している街人や、窓から眺めている子供達に手を振りながら走っている。
満面の笑顔で愛想を振りまくその姿は、芸人の鑑だ。
そんなアニェスの後方には、オオカミに扮したラルフェン・シュストの姿がある。
直ぐ後ろで走る、ラブリーなたぬきさん姿のルネ・クラインのペースに合わせ、ゆっくりと走っていた。
基本、その鋭い眼光に代表される尖った外見とは裏腹に、ラルフェンはこのような和やか極まりない空気を好んでいる。
風変わりなこの手の企画も、まるごとの感触も、すっかり馴染みのものとなっていた。
「‥‥?」
そんな中、ラルフェンは背後に妙な視線を感じた。
(もふもふ‥‥もふもふ‥‥)
ラルフェンの後ろをずっと追走していたルネは、視界にずーっと収まっていたオオカミさんの尻尾が気になって気になって仕方なかった。
本来ならば抱きつきたいところを、人目もある事から必死で我慢しているのだ。
しかし、我慢には限度がある。
無意識の内に眼前の背中に近付いていたルネの鼻先が、その尻尾のふさっとした感触を認めた瞬間――――衝動は爆発した。
「ダメーーーーーっ!!」
しかし、ルネは神聖騎士。更には作法教師。
人前で節操なき行動に出る事は、理性が許さなかった。
煩悩を断ち切る為に、絶叫しながら全力疾走。
「ルネ、急に速度を上げるな。転ぶぞ」
冷静なラルフェンの指摘も、ルネの耳には届かない。
「ゴメンねラルフェン! 私もう貴方と一緒にいられな‥‥わあわあ!」
そして案の定、ルネは石畳の隙間に躓き、転び、転がって行った。
「ふにゃ〜‥‥」
最終的に100mほど転がって、道の真ん中で目を回して倒れているルネに、ラルフェンは頭を抱えながら追いついた。
直ぐに助け起こそうとするが、改めて目にする恋人のたぬき姿に良い様のない愛嬌を見出し、暫し目を細める。
尤も、周囲の目には、待望の獲物を追い詰めた肉食獣のようにしか映っていないが――――
「うー」
ルネはルネで、いつまでも手を差し伸べない恋人に不満のようで、涙目になっている。
ラルフェンは苦笑しながら、その身体を抱き起こした。
「全く‥‥冗談なのか何なのか知らないが、無闇に不穏な事を口にするな」
「え?」
そして、たぬきに付いた砂埃を払いつつ、スッと顔を近付ける。
「俺達は何時でも一緒なんだから、な」
「だって――――」
ルネの弁明は、狼の少し乾いた唇によって塞がれた。
クロスカントリーのスタート地点であり、同時にゴール地点でもある広場では、実行委員とまるごとタイガーに身を包んだレリアンナが参加者の到着を待っていた。
尚、その広場には沢山の羊達が群れを成している。
「いやあ、助かりました。羊達が突然暴れだした時は、全員クビを覚悟しましたよ」
街中ではそう言うトラブルも起こっていたのだ。
それを諌めたのが、レリアンナだった。
「こちらこそ、要望を聞き入れて頂き、感謝していますわ」
レリアンナも礼を返す。
今回のクロスカントリー、元々はペットとの参加は許されていなかった。
しかし、参加者に同伴を希望する者が多いと知り、レリアンナは実行委員にその旨を直訴。
問題が発生した時は自分が協力すると言う条件で、快諾を得ていた。
尤も、第一希望としては、動物達のクロスカントリーを挙げていたのだが――――単独でも十分成り立ちそうなイベントとあって、改めて別の日に行う事になった。
「出来れば、わたくしもその模様を眺め‥‥こほん。あら? 先頭の方が現れたようですわ」
レリアンナが咳払いと共に、視線を街頭に移す。
そこから、先頭集団の3人がそのままの勢いで駆けて来た。
「負けません〜!」
「にょにょにょ〜!」
「わ、わわわ☆」
アーシャと令明、エラテリスが並んだまま、砂埃を上げて近付いて来る。
「まけないにょじゃ〜!」
と、ここで令明が猪突拳の要領でラストスパート!
一瞬先に出て――――
「にょ〜っ!?」
広場の入り口で止まれずに行き過ぎてしまった!
その令明の手前で、アーシャとエラテリスが同時に減速し、身体を傾けて広場へと――――
「はうっ!」
そこで、エラテリスのかたつむりの殻がアーシャを直撃!
競争相手がいなくなる中、エラテリスがトップでゴールした。
「お姉さま‥‥何と言う卑怯な」
「ちち違うよ?! ワザとじゃないよ?!」
レリアンナが呆れる中、エラテリスは複雑な表情で商品を受け取っていた。
その数時間後、同じ広場でまるごと借り物競争が開催されたのだが――――
「‥‥少ないデス」
「本当にな‥‥」
そこに現れたのは、ようやく占いの客から解放されたラムセスと、レオ・シュタイネルの2人。
後一名、参加予定の者がいたのだが、クロスカントリーの途中に行方不明になったようだ。
「んー‥‥ま、良っか。じゃ始めるぞー!」
進行役を勤めるニーナは、余り深く考えずにそう宣言した。
「柳絮さん、それいゆさん、皆で力を合わせて頑張るデス」
ラムセスは柳絮にまるごとぎんこさん、それいゆにミニミニメリーさんを着せて、まるごと三連星を結成。
役割分担をしっかりして、万全の体制で挑む。
一方、レオは武闘大会でも使用しているまるごとらいおんで戦闘モード。
「へへ、お宝探しみたいでレンジャーの血が騒ぐぜっ」
目をギラギラさせ、借り物の発表を待っていた。
この借り物競争、朝に予め借り物の候補を挙げ、本番でその中の1つを正式な借り物として発表すると言う方式を取っている。
その候補となっている項目は以下の5つ。
・現在行方不明の町長
・街中で一番の美男美女
・一番まるごとが似合ってるヤツ
・街中で一番強いヤツ
・G
もし『街中で一番強いヤツ』を探してくる事になったら、レオはその場でバトルロワイヤルを開催して、手っ取り早く自分がそれになるつもりだった。
「ちなみに、運営側の強いよーぼーで、この収穫祭は戦闘ダメだって」
「えー」
レオのテンションは急激に落ちた!
「んじゃ、借り物を発表――――」
「ちょ、ちょっと待って‥‥ぜー‥‥ぜー‥‥」
ニーナの言葉を遮って現れたのは、息を切らせてフラフラになりながら、どうにか戻って来たリュシエンナ。
クロスカントリー中、愛犬ラードルフがコースを外れて街を出て行くハプニングに合い、それを追い掛けていたのだ。
「リュリュ、大丈夫?」
「‥‥はー、はー、ん。もう大丈夫。頑張るから見ててね♪」
「無理はするなよ」
かなり疲弊しながら、リュシエンナは応援に駆けつけたルネとラルフェンに笑顔を見せ、広場へ入った。
これで、3人の参加者が揃った。
「っしゃぁ! こうなったら何でも来い!」
レオも気合を入れ直し、発表を待つ。
そして――――
「借りて来て貰うのは‥‥『一番まるごとが似合ってるヤツ』」
「私!」
1秒と経たず、リュシエンナが自己申告!
「本人はダーーーメッ!」
「ええっ!?」
そして瞬殺!
尚、判定はニーナの独断と偏見らしい。
「それなら、柳絮さんでお願いするデス」
「ダメ! だから近場で済まそうとすんな! 走れ走れ!」
ニーナにどやされ、3人は広場から飛び出した。
「ククノチー! くっそ、近くにはいないか〜」
レオは自身の恋人を探しに街中へと向かう。
一方、ラムセスは占いの時に見かけたウサギのシフールを探そうとしていたが、中々見つからない。
そして、リュシエンナは早速たぬきルネと狼ラルフェンを連れ、ニーナの傍に連れて来ていた。
「うーん、お似合いだけど身内はダメ」
「お似合い‥‥だって、ラルフェン」
「そう言う意味で言った訳じゃないと思うがな」
さりとて、ラルフェンは嬉しげにルネの頭を撫でる。
「だー! あっついから向こう行けー!」
3人はニーナに追い出されるように、広場を出て行った。
2時間後。
「こ、今度こそ間違いねぇ筈‥‥どうだ!」
疲労困憊のレオが連れてきたのは、タイガー姿のアーシャ。
ちなみにククノチは調理で大忙しだったので、気を使い声を掛けなかった。
「虎の割にらぶりーな顔だし、ダメ! 行った行った!」
「ぐあっ、マジかよ!」
レオは頭を抱えながら、何度目かも覚えていない往復を繰り返す。
ちなみに、広場には3人が連れてきた『一番まるごとが似合ってるヤツ』候補がズラっと並んでいた。
「はわ‥‥もふもふです」
その中の1人カメリアは、広場で躾中の羊をレリアンナ監修の元にもふっている。
ちなみに、今広場にはかなりのペットが集っており、傀竜の連れて来た熊の五朗丸とククノチのイワンケ、レオの梟フィリップと月与の梟、月光<灰筋雛>などと言った、同種の動物達が交流を図っている。
妖精達も、上空でクルクル回りながら大勢で親交を深めていた。
そんな中――――3人の借り物競争参加者は、街頭で同時に同じ人物に白羽の矢を立てる。
スノーマン姿のフィロメーラだ。
エレェナと街を回っているその姿に、レオ、リュシエンナ、ラムセスは一斉に目を光らせ、突進。
「そこの雪っこ! 一緒に来てくれっ!」
「お願いします!」
「友達からお願いするデス!」
そして、フィロメーラの前で手を差し出し、頭を下げた。
「へ?」
「おや、モテモテだね。フィロメーラ」
そんな突拍子もない状況にも、エレェナはとても愉快そうに微笑んでいる。
しかし、男嫌いのフィロメーラにとっては、それどころではなかった。
「きゃーっ!」
逃走。
「待てー!」
追走。
「どうしてそこまで男が苦手なんだろうね‥‥」
エレェナは、苦笑しながらその様子を見送っていた。
そして――――1時間後。
唯一の女性であるリュシエンナが見事ゲット。
栄えある勝者となった。
色々賑やかな催しが終わり――――お腹を空かせた冒険者の面々は、バイキングの待つ酒場へとその身を投じていた。
中は既に、美味しそうな匂いで充満している。
「ごくろうさま。だいぶ冷え込んできたけど、みんな温まって行ってね」
華国風麺のスープが数種類用意された月与のテーブルには、ホッカホカの肉饅頭も置かれていた。
「幸せだよ〜☆」
「はむはむ」
エラテリスが麺を豪快に啜り、アーシャがホクホク顔で肉饅頭を食べる。
その美味しそうな顔に、うさ耳&メイドドレス&エプロン姿で給仕に勤しむ月与も満足げだ。
「そこのウサギのねーちゃん! こっちにも肉饅頭くれー!」
「はーい、ちょっと待ってね」
ずっと調理していた後も、笑顔でしっかりと御奉仕。
そんな月与に酒場の男達は皆目尻を下げていた。
一方、ククノチのテーブルにはジャパンで仕入れてきた食材を使った味噌仕立ての野菜スープをはじめ、鶏肉と秋野菜のソテー、牛肉の葡萄酒煮込みなどが並んでいる。
「うまいのじゃ〜」
シフールでも食べられる大きさに切り分けており、令明は一通り食した後、犬達の分を取り始めた。
その傍らでは、レオが貪るように肉料理を食している。
「レオ殿、その‥‥どうだろうか」
「最高! いつも美味いけど、今日は格別だなっ」
「いや、そうではなく‥‥それも嬉しいのだが」
レオはククノチの意図に気付き、思わず鼻頭を掻く。
「すげぇ似合ってるよ、その青い服」
ククノチはこの日の為に、生まれて初めて洋装にその身を包んでいた。
花の髪飾りと夜空を思わせる星模様の青の上下。
普段の民族衣装姿のククノチとは、全く異なる印象だ。
「ははっ‥‥その、何だ。改めて惚れ直すなぁ」
「‥‥っ」
ククノチはトレイで顔を隠しながらも、喜びに浸っていた
そこから少し離れたテーブルでは、龍牙の用意した料理が大量に並んでいる。
月道を利用し自ら仕入れてきた料理は、サーモンのクリームパスタやスープ、そしてジャパンならではの刺身や寿司。
「美味なのデス」
「懐かしい味だなあ」
ジャパン人を父に持つラムセス、生粋のジャパン人の太一は喜んで食していた。
また、これまで動物を放し飼いにしていた為に外出禁止令が出ていた子供達もバイキングには参加しており、彼らには妖精のひいらぎが配膳を行っている。
「わー! かわいー!」
「かわいー?」
ひいらぎは首を傾げつつ、果汁ジュースを注いでいた。
また、借り物競争で優勝したリュシエンナは、かなりの疲労を引きずりつつ調理にも参加。
手伝いを終え、兄とその恋人の待つテーブルへ赴く。
「わ、これ美味しい♪」
「何? ルネ、ちょっと一口」
「うん。はいラルフェン、あーん」
和気藹々を絵に描いたような、そんな光景。
リュシエンナは料理よりも、まずそっちでお腹を満たしていた。
「でもやっぱりお腹空いた〜!」
唯一、全競技に参加した事もあり、リュシエンナは並んだ料理をどんどん平らげて行く。
「リュリュ、お疲れ様♪」
そんなリュシエンナを、ルネは後ろから抱き着いて労わっていた。
日が傾いて来た後も、酒場の熱気は一向に冷めない。
「美味しい? ふふ、良かったわねえ」
全ての食材を運び終えた傀竜は、満足げにテーブル上でまったりしながら、木霊の趙雲に肉饅頭を食べさせている。
各テーブルを回っているエラテリスは、途中フィロメーラと合流。
「今日も、女性だと思ってた人が男性だったり、男性に追いかけられたり‥‥もう嫌‥‥」
「た、大変だったね☆ きっとその内良い事あるよ☆」
冷や汗混じりに身の上話など聞いていた。
そんな中――――エレェナは1人、酒場の隅でリュートを奏でていた。
連れて来たリュドミーラは他の妖精達と遊んでおり、ルカーはフィロメーラに付いて回っている。
そんな事もあり、本分であるバードの仕事に勤しんでいたのだ。
賑やかな酒場の雰囲気を壊さないよう、比較的明るめの曲を奏で――――その途中、ある1人の女性が目に入った。
曲を終えた後、その女性に声を掛ける。
「柄じゃない格好だね、アニェス」
「ああ、来てたのエレェナ」
コマドリ姿でワインを嗜んでいたアニェスは『これ、結構暖かいのよ』と笑いながら話す。
特別親しい間柄ではない2人だが、付き合いの長さ、そして祭りの雰囲気もあってか、普段より饒舌な会話が続いた。
「おいで。一緒にやらないかい?」
だから、エレェナがそう誘うのも、ある意味必然だった。
「そーね。久し振りに一緒にやるか」
その返答に、エレェナは弦を一撫でし、軽く手首を回す。
「さっきより賑やかな曲、お願いね」
「何だ、聞いていたのかい? なら声を掛けてくれればいいのに」
「少し浸っていたかったのよ」
エルフと人間。
初めて知り合った時、2人の成長具合には大きな差があった。
しかし、今はまるで変わらない。
これからは、別の意味で変わって行く事になる。
「了解。それじゃ、始めよっか」
エレェナのリュートが、音を奏でる。
その最初の一音でアニェスはイメージを掴み、ステップを踏んだ。
軽やかなリズム。
流れるような一つ一つの所作。
次第に、雑談の声が消え、酒場は舞台へと変貌を遂げていった。
「にくきゅうぷにぷになにょじゃ〜」
「クォーツさん、フローライト、今日は楽しかったですねぇ」
徐々に空が葡萄色に染まって行く中、広場では和やか極まりない空気が漂っていた。
令明はレリアンナの愛犬レイモンドの肉球を堪能し、カメリアはたいがー姿のフローライトとクォーツとオオカミ姿のフローライトと共に、白鷲の背中で寝転んでいる。
そんな中、キャルとナリルの2人は、未だに宝石猫のアランダノを探していた。
と言っても、一日中探していた訳ではない。
シフールなので、その場その場の好奇心に身を委ね、時に羊の群れに飛び込み、時に馬の背に乗り、時に他の猫と競争し、収穫祭を満喫していた。
ついさっきまでバイキングで色々な物を食べていたので、お腹もいっぱいだ。
「見つからないね〜。どうしよっか」
「如何しましょう‥‥」
とは言え、幾らシフールでも、飼い猫が見つからないとなるとショックだ。
「あ、そっか〜☆ 動物さんのことは動物さんに聞けばいいんだ〜♪」
「え?」
突然、キャルは荷物から大きな頭巾を取り出し、それを被ってキョロキョロ辺りを見渡す。
そして、一番大きい動物の所へ向かった。
アーシャの連れて来たムーンドラゴンの子供、セライネだ。
丁度アーシャが持ってきた肉を食べている最中だった。
「しふしふ〜♪」
「ぐるる」
聞き耳頭巾の効果によって、なんとなく意思の疎通に成功。
「わかったよ〜☆」
キャルはセライネに礼を言い、ナリルの元へ戻る。
ジュエリーキャットは――――酒場の屋根にいた。
「探しましたよ、アランダノ」
「わ〜☆ きれ〜♪」
サファイアを携えたアランダノの青い石が、月の光に照らし出される。
それは、慈愛の光。
或いは一日中、その光をもってこの街を照らしていたのかもしれない。
このルッテと言う街は今日、確かに――――
数多くの慈愛で満たされていたのだから。