へなちょこ令嬢と不良従者
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:UMA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月08日〜06月13日
リプレイ公開日:2008年06月15日
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●オープニング
貴族の楽しみ――――それは意外と限定されていたりする。
経済面での制限はおおむね憂慮しなくて良いのだが、貴族であるが故に、どうしても行動範囲、振る舞い、そして接する人間には制限が設けられてしまう。それはどの国の貴族も同じようで、彼らは日々刺激に飢えている。
「退屈だーっ!」
そして、該当者がここにも一人。
パリから半日ほど歩いた先にある、割と栄えた町の中心にそびえる非常に大きな屋敷の、高級家具が立ち並んでいる一室にて。
「退屈だ退屈だ退屈だーっ! アンネは刺激が欲しいんだーっ!」
屋敷の一人娘、アンネマリー・ドールが束ねた髪を揺らしながら広大な自室でわめく中、その従者である男性ユーリ・フルトヴェングラーは、端正なその顔を歪ませながら、手にしたグラスをテーブルに置いた。
「うるさいな。折角の葡萄酒がまずくなるだろう」
「昼からお酒なんて飲むなーっ! この不良従者がーっ!」
「やかましい」
ユーリはつかつかと己の主の下に歩み寄る。そして――――小さな破裂音と共に、アンネマリーの顔が左右にぶれた。
「あうう‥‥なんで主のアンネが従者に往復びんた‥‥」
「愚考を是正するのが私の役目なんだ。当然の行為だろう」
イラついた口調で正当性を主張する中、扉の開く音が両者の鼓膜を揺らす。そして、数人の世話人に囲まれた、気品漂う女性が入ってくる。この家の主の夫人であり、アンネマリーの母でもある、ローゼマリー・ドールだ。
「ローゼマリー様。本日もご機嫌麗しゅう御座います」
「‥‥猫かぶりめ」
膝をついて最敬礼で迎えるユーリに不満げな呟きが漏れる中、ローゼマリーはその顔を娘に向け、朗らかに微笑んだ。
「アンネマリー。あなたももう12になります。そろそろ一人で催し事に出席しても良い頃合かと思うのです」
「は、はあ」
「そこで、これ」
ローゼマリーの言葉と同時に、女性の世話人がアンネマリーに高級羊皮紙を手渡す。英才教育を受けているアンネマリーは、字の読み書きはしっかりできるのだ。
「‥‥パーティー、ですか?」
「それも、ドレス発表会?」
覗き込むユーリの言葉に、ローゼマリーはうんうん、と頷いてみせた。
「それぞれ自慢のドレスを着て、他愛のない無駄話に花を咲かせ親睦を深める、とっても緩い社交会です。これまでは私が参加していましたが、今年からはアンネマリー、貴女が参加なさい」
「えー、やだー」
にべもない否定の言葉に、ローゼマリーの顔は絶望の音と共に硬直し、目は大きく見開かれ、次の瞬間、愕然とした面持ちのまま床に倒れた。
悲鳴と共に慌てて身体を揺する世話人の傍らで、ユーリがこっそりとアンネマリーに耳打ちする。
(刺激が欲しいんじゃなかったのか、おい)
(アンネは繊細なんだ。お披露目会なんて無理なんだ。もっとこう、ちっこい刺激がいい)
アンネマリー・ドール、12歳。
甘い両親の元で過保護に育てられたが故に、非常に精神的に脆いお嬢様だった。
今回の提案は、母親なりに心を鬼にしてのものだったのだが――――見事なまでに親心子知らずの模範例となってしまった。
「‥‥仕方ありませんね。今年も私が」
よろよろと立ち上がるローゼマリーは既に心折れている様子で、涙を拭きつつ却下の意を唱える。
しかし。
「いえ! アンネマリー様はたった今参加すると決心なさったようです!」
ユーリの突然の叫びに、母が急激に血色を良くし、逆に娘は青くなった。
「なっ‥‥」
「ああっ、信じてましたよアンネマリー。貴女はやれば出来る子なんです。では、早速支度を」
「いえ。無用です。全て本人が自分で用意すると」
グルグルパンチで抗議の意を示す主の顔を押さえ付けつつ、ユーリは爽やかな笑顔で報告した。
「母の目の届かぬ所でそこまで成長していたとは。ああ、今日は何と言う人生最良の日‥‥」
「いや、あのお母様」
「では頼みましたよ、アンネマリー。母はいつでも貴女を見守っているからねーっ」
テンションの上がったローゼマリーは語尾のあたりに地を出しつつ、スキップしながら娘の部屋を後にした。世話人も慌ててそれに続き、部屋には静寂が戻る。そんな中、アンネマリーは両手を床について絶望を表現していた。
「‥‥何と言う事になってしまったんだ」
「大変だな、貴族の令嬢と言うのは」
「大変なのはお前のせいだーっ!」
「やかましい」
ゲンコツ一閃。アンネマリーの視界は一瞬30cmほど沈んだ。
「アンネマリー様。貴女もいい加減成長しなければ、この先とても生きていけません。考えてもみてください。12にもなって夜一人で寝られない、お使いも出来ない、鏡に映る自分に3回に1回『わっ』って言って驚く、着替えの最中いつも転ぶ、猫を見かけると四つん這いになって追いかける‥‥これでは、貴女が魅力溢れるレディに成長するまで後288年はかかってしまいます」
「そ、そんなに生きれないもん」
「皮肉だボケ! いいか、これは試練だと思え。護衛も自分で手配して、指示も自分で出せ。いいな?」
「あうー、あうー」
泣きながら首を横に振る。その余りにふがいない姿に、ユーリは嘆息しながら右手で顔を追った。
「手続きはしてやるから、どんな連中を護衛にするかくらいは決めろ」
その妥協案に、アンネマリーの表情が多少緩やかになった。
「強いの。あと、見栄えが良いの」
「‥‥参加させる気か?」
と、言う訳で。
集う。
パーティー参加可能な冒険者。
●リプレイ本文
●へなちょこ令嬢、ビビる
「‥‥」
冒険者一行と合流したアンネマリーは、既に緊張の極致にいた。目や耳が四角になり、口も真一文字だ。
「待たせたな。では出発しよう」
「‥‥大丈夫なのか?」
ぷるぷると震えたままのアンネマリーを眺めながらエイジ・シドリ(eb1875)が問う。実際、既に全身の筋肉が硬直状態だった。
「問題ない。ではアンネマリー様、出発の号令を」
しかし、促された本人は緩慢に首を左右に振り、微妙に泣いていた。どうもパーティーへの参加以前に、男ばかり(人物評で確認済)のこの状況に恐怖感を抱いているようだ。
「私達は貴女の味方です。怖がらなくても大丈夫ですよ」
「冒険者を仕切るのは、将来の為の良い練習になりますぞ?」
リディエール・アンティロープ(eb5977)が屈んで微笑んで見せても、ケイ・ロードライト(ea2499)が建設的な励ましをくれても、その緊張は一向に取れる気配がない。
ドール家は、いわゆる新興貴族で、まだその家名はノルマン全土に轟くと言うほどではない。他の貴族や商人が頻繁に家を訪れると言う事も少なく、かと言って同年代の一般人と遊ぶ事もなかった為、アンネマリーは人と接する機会が少なく、当然のように人見知りだった。しかも、父とユーリ以外の男性と話す事は殆どない。緊張するなと言うのが無理な状況だ。
「仕方ないな。すまんが、男性陣の半分ほど女装してくれ。衣装はこちらで用意する」
「止むを得んな」
ユーリの言葉に、エイジはすんなりと了承の意を呈した。
「‥‥冗談のつもりだったんだが。大したプロ意識だな」
「まあ、以前‥‥いや、何でも無い」
「よくわからんが、頼もしくて良い。その意気で後二人ばかりお願いしたいものだ」
ユーリは呟きつつ、紅一点の香月七瀬(ec0152)に推薦を依頼する。彼女が真っ先に選んだのは、見た目そのままにリディエールだった。
「‥‥不本意ではありますが、御令嬢への負担が取り除けるのなら」
初めてではないですし、と言う小さな声も聞こえる中、香月が次に目を向けたのは――――
「‥‥え? 俺? 他に似合う奴いるだろ?」
エルディン・アトワイト(ec0290)の方を見ながら必死で訴えるラシュディア・バルトン(ea4107)を、香月が肘で突っつく。
「またまた。プリ(名誉の為以下割愛)ともあろうお人が何を言ってるでござるか」
「言葉はよくわからんが、いくら必死で否定しても、心の奥底で羨望と歓喜が迸っているのは手に取るようにわかる」
「な訳ないだろがぁぁぁ!」
叫びつつも渋々容認。その肩をエルディンとケイがぽんぽん、と叩く。
「私はエスコートを務めさせて頂きます。女装と言うのは、慣れている方のほうが映えるものですし」
「では、私は御者を。さすがに御者が『メイド服』を着る訳にもいかないでしょうから」
「いや俺も着ないぞそんなの!」
咆哮が空しく響く中、着替え終了。普通の貴婦人の服装だった。
「おお‥‥凄いぞ。なんか花の都って感じだ」
根本的な解決にはなっていない筈なのだが、アンネマリーの中では恐怖心より好奇心が勝ったらしく、警戒心は薄らいでいた。
そして、ようやく出発進行。
馬車は全員が乗れる大型の物を用意し、馬はケイの愛馬のガリアが選定された。
小気味良く揺られながら、馬車内では話も弾む。
「妹から聞いた話だが‥‥」
「なに、正義の味方ぱりきゅあ? 最近の都は面白い事になってるんだな」
アンネマリーが食い入るように聞き入る中、二人ほど外の風景を溜息混じりに眺めている者がいた。
「ところで」
パリの現状を憂い腕組みしていたユーリに、香月がコソっと話し掛ける。
「身分違いの恋と言うのは、いつの時代も婦女子の心をときめかすのでござるが」
「あのへなちょこの何をどう加工したら恋愛対象になる?」
「‥‥無念でござる」
そんなこんなで移動は続く。
そして、目的地まで後半分まで差し掛かった所で――――突然ガリアが停止した。
「こら急に止まるなこのヘボ馬がっ!」
アンネマリーに愛馬を罵倒されたケイが無念の表情を浮かべる中、その眼前の荒野に一人の男が立っているのを、冒険者一同は鋭い目つきで確認した。
「俺の名はジョージ。ここいらを仕切ってるモンだ。通るなら通行料払いな」
一息でまくし立て、ナイフを舐める。台詞も名前も行動も顔も、明らかに小悪党のそれだった。
「おおお追いはぎだ! どどどどうする!? お金か? お金出せば解決か!?」
「落ち着いて下さい。大丈夫ですから」
「と言うか、そのヘタレ貴族思考をまずどうにかしろ」
エルディンとユーリがアンネマリーを諌める中、傷心中のケイが大人の対応で勇気付ける。
「アンネ嬢。こう言う輩は一度弱みを見せると癖になります。毅然とした態度でお臨み下さい」
それは、この馬車の代表者として一言何かくれてやれ、と言う事だった。
アンネマリーは頷き、馬車の上からジョージを見下ろす。
そして――――吼えた。
「貴様のような下賎の者にくれてやる金などないわっ! この小物顔っ!」
が、鉄拳一閃。
「あうう‥‥何で」
「他人の身体的特徴を揶揄的表現で指摘するな」
ユーリの説教に苦笑しつつ、リディエールが微笑む。
「内容はともかく、立派な宣戦布告でした。後はお任せ下さい」
そして、馬車を降り、無法者と対峙する。エイジとラシュディアもそれに続いた。
「大人しく立ち去れば善し。さもなくば‥‥」
「ん? テメェら男か? 変態風情が偉そうに。何だそのカッコ」
瞬間、空気が凍てついた。
――――後に。
この場で起きた事について、克明に語ろうとする者はいなかったと言う。
ある者は目を伏せ、ある者は険しい顔で首を横に振ったとか。
偶然目撃していた流離の旅人マインゴスス(仮)の証言が唯一残されていたので、ここで紹介しよう。
「地獄絵図だったさ。女三人がよってたかって‥‥いや、何でもない。聞かなかった事にしてくれ。ブルブル」
‥‥とまあ、多少波風は立ったものの、無事到着。
「女装はもう良いよな?」
赤く染まった服をラシュディアが脱ごうと試みる。
「いやいや、家に着くまでがお仕事でござるから」
「遠足じゃねえって! そもそも、こんなナリでパーティーなんて出られるか」
「心配するな。替えなら持って来てある」
「‥‥」
ユーリから何事もなかったかのようにメイド服を手渡された三人は、一様に険しい顔で瞑目した。
●へなちょこ令嬢、出陣
翌日、夜。
既に会場となる屋敷の大広間には、大勢の貴族や一般人が集まっており、それぞれのドレスをお披露目している。
「さて、本番だ」
その様子を眺めつつ、会場の前で待機していた一向は、ユーリの声にそれぞれの反応を示した。
‥‥一人を除いて。
「アンネ殿、そう緊張なさらずに」
「ききき緊張なんてしてないもん」
再び顔面を角張らせ、ぷるぷる震えている。エルディンは涙目の彼女からユーリに視線を移し、指示を仰いだ。しかし、ユーリは微笑を返すのみ。それは、自分は干渉しないと言う意思の表れだった。
アンネマリーは、体裁を整える為にここにいるのではない。彼女がここにいる理由は、自身の部屋の中では決して生まれる事のない、新たな可能性を芽生えさせる為に他ならない。その為には、ユーリが手を差し伸べる訳にはいかなかった。
「アンネ殿」
冒険者一行もまた、その意義について理解していた。
ならば、すべき事は一つ。か弱き土壌に、少しの水を。
「ドレスよくお似合いですよ。立派なレディーです」
「え?」
「確かに。もし会場に国王陛下がいたならば、私達は質問攻めにあった事でしょう。あの美しい令嬢は何者だ、と」
隣に控えるエルディンとケイの言葉に、アンネマリーは顔を紅潮させる。人付き合いの殆どない彼女は、両親やドール家の召使以外からの褒め言葉に免疫がないのだ。
「ま、昨日の練習見た限り、俺よりはずっと礼儀作法は上手くできてるさ。大丈夫だよ」
「美味しい料理も沢山出るでござるし、楽しまないと損でござる」
ラシュディアと香月がそれに続いた。自信を与え、尚且つ徐々に空気を和らげる。
そして、最後はリディエールとエイジ。
「私達も楽しみますよ。貴族の集いなど、中々体験できませんし」
「この格好でなければ、もっと楽しめたんだがな‥‥」
花が咲くような笑いが起こる。アンネマリーもまた、少々ぎこちなく笑った。
「では、行きましょうか」
エルディンに手を取られ、戸惑いつつもアンネマリーは踏み出す。それが、彼らの功績そのものだった。
その動作の中、視線を一瞬ユーリに向けた。彼は何も変わらない。微笑みかけるでもなく、おどけるでもなく。いつもの彼だった。
「よし! お前達ついて来い! 目にものを見せてやるぞーっ!」
その力強いアンネマリーの号令に、会場中が入り口の方を注視した。
「‥‥ま、らしいと言えばらしい、か」
貴族令嬢の社交界デビューの第一歩としては、もしかしたら不相応な掛け声だったかもしれない。
それでも、ユーリは目を細め、穏やかに眺めていた。
その生涯を支えると心に誓った主の――――
「あ、ドレスが足に‥‥うあーっ!?」
顔面での第一歩を。
●えぴろーぐ
「‥‥とまあ、最初はアレでしたが、後は連中が(格好通り)良く尽くしてくれた事もあって、無事に終わりました」
無事に家まで送り届けられた後、ユーリは鼻の赤いアンネを連れ、既に涙で顔を濡らしているローゼマリーへ報告を行った。
「ああ、愛しのアンネマリー。良く頑張ってくれました。この調子でこれからも宜しく頼みましたよ」
「やだ」
その顔が涙の雫と共に床に落ちる。かろうじて世話人が支え、事なきを得た。
「あんな香水臭のキツイ場所になんて二度と行くもんかーっ! アンネの鼻は繊細なんだーっ!」
「刺激が欲しいんじゃなかったのか?」
「刺激臭は刺激じゃないんだーっ!」
「‥‥仕方ありませんね。では、今度は殿方ばかりの『パリ名物ダンジリ祭』に」
「もっとやだ」
何はともあれ。
ドール家の長女、アンネマリー・ドールの社交界デビューは無事終了した。