みんなで巨大なツリーをプロデュース!

■イベントシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:22人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月02日〜12月02日

リプレイ公開日:2009年12月10日

●オープニング

 季節は冬。
 凍て付くような寒風が吹き荒ぶ中、パリの街並みは例年に漏れず、白い雪に覆われていた。
 そんな中を、一台の馬車が颯爽と走っている。
 雪に足を取られる事なく、馬車はゆっくり移動して――――冒険者ギルドの前で止まった。
 その馬車から出てくるのは、ユーリ・フルトヴェングラーと言う男性。
 以前はとある新興貴族の従者をしており、現在はこのパリにある人気の少ない屋敷に留まっている。
 そのユーリはギルドの中に入ると、早速自身の希望を述べた。
「このパリに、巨大なモミの木を植える事は出来るか? 無論、クリスマスツリー用のだ」
 その規模にも拠る、と言う斡旋係の回答に対し、ユーリは思案顔を作る。
 そして、答えた。
「そうだな。最低10mくらいは欲しい。出来れば20m」
 その返答に、ギルド内に大きなざわめきが起こる。 
 流石に、それ程の規模の木を移植するとなると、前例がない。
 しかし、ユーリはその大きさを全く譲ろうとはしなかった。
「理由? 深い理由はない。ただ、パリの新しい名物スポットにはなるんじゃないか? 特に、この季節には打って付けだと思うが」
 モミの木は、聖夜祭の象徴。
 10m以上のその木がパリにそびえていれば、確かにかなりの有名スポットになるだろう。
「取り敢えずで良いから、募集を掛けてみてくれ。この依頼を受けてくれる冒険者がいるかどうか」
 ユーリはそれだけ言い残し、ギルドを去った。
 

●今回の参加者

ウリエル・セグンド(ea1662)/ ミカエル・テルセーロ(ea1674)/ クリス・ラインハルト(ea2004)/ ケイ・ロードライト(ea2499)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ ローガン・カーティス(eb3087)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ アンリ・フィルス(eb4667)/ フォックス・ブリッド(eb5375)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ アーシャ・イクティノス(eb6702)/ ククノチ(ec0828)/ エフェリア・シドリ(ec1862)/ クラス・アルフェス(ec3490)/ ラルフェン・シュスト(ec3546)/ ルネ・クライン(ec4004)/ エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)/ リース・フォード(ec4979)/ リュシエンナ・シュスト(ec5115)/ レオ・シュタイネル(ec5382)/ ジルベール・ダリエ(ec5609)/ ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629

●リプレイ本文

【5:30】

 まだ闇が覆い尽くすこの刻――――パリから遠く離れた山の麓に、大勢の冒険者達が集結していた。
 たった1日での、巨樹の移動。
 その為には、一刻も早い始動が必要と判断し、早朝から各自ペットを連れてここまで来たのだが――――
「流石に冷えますね」
「これも修行の一環」
 フィーネ・オレアリスがサーコートの上から自身の体を擦る一方、アンリ・フィルスは腕組みをしながら涼しい顔をしていた。
 そんな中、先頭を歩いていたヴェニー・ブリッドが山に背を向け、他の冒険者達に向けて視線を向けた。
「は〜い、ご到着。皆さんご苦労様。これから山に入るんだけど、木はどうやって決める?」
 そう。
 今回の依頼、そこが特に重要な点だ。
 このベルネージュと言う山には、かなり多くのモミの木がある。
 高さは大体10〜20m。
 その中からどの木を選ぶのかで、運搬の際の負担が大きく変わる。
「どうせならば、最も大きく高き頂に参ろうではないか」
 まず、アンリがそう主張した。
「あたしも一番大きい木を希望ね。他に意見はない?」
 ヴェニーの問いかけに、ラルフェン・シュストが挙手する。
「成長を見守って行くと言う楽しみ方もある。無理に大きさに拘らなくても良いのでは?」
「さんせーい」
 リュシエンナ・シュストも兄の意見に一票投じた。
「あ〜、そう言う考え方もアリよね。それじゃ、木に詳しい人達にも意見を聞こうかしら」
「では僭越ながら」
 今度はリース・フォードが控えめに手を挙げた。
「移植は容易な事ではない。根が太く、環境の変化に耐えられる強さも必要かな。大きいだけではなく、若い方が好ましい」
「えっと‥‥僕も一つ良いでしょうか」
 リースに続き、ミカエル・テルセーロも意見を述べる。
「グリーンワードを使って、移植を希望する木を探してみてはどうでしょうか」
「‥‥らしい主張‥‥だな」
 その隣にいたウリエル・セグンドが、無表情ながらどこか楽しげに呟く。
「んー、良いんじゃない? 木自身が望むなら、それに越した事はないと思うし」
 ユリゼ・ファルアートも賛同。
「では、木に意見を伺い、移動を希望する中で最も大きな木を、と言う選別方法を提唱する」
「私はそれで構いません」
 アンリの意見に、フィーネが白い息を吐きながら頷いた。
「ほな、それでいこか。ラヴィもええか?」
「ラヴィはジルベールさまにお任せしますわ」
 ジルベール・ダリエとラヴィサフィア・フォルミナムも首肯。
「じゃ、モミの木にインタビュウして決める、って事で決まりね?」
「では、早速行きましょう。時間が惜しいです」
 ヴェニーの確認に全員が頷いたのを確認し、防寒服を着たアーシャ・イクティノスが先陣を切って山に挑む。
「でっかいクリスマスツリーか‥‥聖夜祭が楽しみだなっ」
 恋人と始めて過ごすその夜を思い、レオ・シュタイネルもそれに続く。
 斯くして、世紀の大作戦が決行される事になった――――


【6:45】

「みなさん、おっはよーございます!」
 パリ冒険者ギルドから徒歩30分程度の場所にある空き地に、クリス・ラインハルトの元気な声が響く。
 ここは、モミの木の移植先予定地。 
 モミの木大移動が成功した暁には、この広場にその根を植える予定だ。
 また、飾り付けを行う者、暖を確保する者、そして食事を作る者も、このパリに残っている。
「おはようございます、なのです」
「エフェリアさん、今日は一緒に飾り付けですね〜。頑張りましょう」
「はい、頑張るのです。ツリー、完成したら、絵に描きたいのです」
 エフェリアとクリスが歓談する中、依頼主のユーリがそこに近付く。
「絵を描くのなら、羊皮紙を用意しよう。飾り付けの費用もこちらで持つから、好きな物を買って来てくれ」
「それは、悪いのです。自分で出すのです」
「報酬が少ない分、費用くらいは持つ。気にせず使ってくれ」
「おー、太っ腹なのです」
 クリスの拍手の最中、フォックス・ブリッドはユーリに気付き、その傍に足を運んだ。
「一月振りですね。あの可愛らしいお嬢さんは元気にしています?」
「ああ。元気に墓守している」
 肩を竦めるユーリに、フォックスは口元に指を当てて笑っていた。
 暫し歓談の後、ユーリは移植予定の空き地の中央へ足を運ぶ。
「依頼主さん、おはようございますだよ☆」
「おはようございます。この度は素敵な機会を提供頂き、ありがとうございます」
 その姿を見つけたエラテリス・エトリゾーレとクラス・アルフェスは挨拶をしながら、早速少し地面を掘っていた。
「うーん、やっぱりちょっと硬いね☆」
「移植後もそうですが、大量の水が必要ですね」
 そんな中、ユーリの隣を歩いていたケイ・ロードライトが一案を投じる。
「それならば、セーヌの流れから恵んで頂くと言うのはどうですかな?」
「おお! 早速汲みに行くよ☆」
 ケイが言い終わる前に、エラテリスは既に駆けていた。
「‥‥それに平行して、クリス殿に預かっている水妖に水の在り処を魔法で、と言おうとしたのですが」
「では、そちらは私が担当しましょう」
 苦笑しながら、クラスはスコップを置いた。


【7:28】

 今回の依頼で、何気に重要なのは『水』と『火』の確保。
 水は木の生命線だし、土を掘る際にも重宝する。
 一方、火もかなり大事だ。
 この寒空の下で活動する為には、定期的に暖を取る必要がある。
 また、皆の料理を作る上でも欠かせない。
「油はこちらで用意するから、足りなくなったら言ってくれ」
 パリの宿屋『ヴィオレ』に到着したユーリの声に、厨房で仕込みを行っていたククノチ、ルネ・クラインが揃って返事をする。
 そのユーリが宿の主に挨拶に向かう傍ら、同行して来たローガン・カーティスはククノチに視線を送った。
「料理の費用は依頼主の方が出してくれるとの事だが、これも追加して貰えないだろうか」
 そして、手持ちのお金を差し出す。
「結構な大金だが‥‥良いのだろうか?」
「構わない。暖の管理は、料理が一段落するまでは私が担当しよう」
「細かな気遣い、痛み入る。では有難く使わせて貰おう」
「え? こんなに使って良いの?」
 ルネが驚きの声をあげる中、ローガンは一礼してカウンターの方に向かった。
「わ、ローガンさん! お久し振りー!」
 宿屋の看板娘、カタリーナは驚きと喜びをこねたように、目を丸くしている。
「ご無沙汰している。今日は報告したい事があって、尋ねさせて貰ったのだが‥‥」
「あー、大丈夫。今とっても暇だし。で、何かな?」
 ローガンは、夢が叶い『旅行者』となった事をカタリーナに告げた。
 その為、この宿に立ち寄る機会はかなり少なくなる事も。
「初めてパリに来た時、多くの家や命の焼失を見た。そして、そんな中でも温かく助け合う人達を見て、この都市が好きになっていた。願わくば、その温かさを思い起こさせる鍋料理を作って欲しい。カタリーナさんなら、作れる」
「うん。ありがと。またいつか、世界中の土産話が集まった時にでも立ち寄って。とびきりの鍋料理お見舞いするから♪」
 2人は固い握手を交わし、それぞれの未来に目を細めた。


【7:51】

 山に入って2時間余り。
 陽が照るにつれ、徐々に気温は上がって来たものの、冬の山の寒さはかなり厳しい。
 そんな中でも、ミカエルはリースやヴェニー、ユリゼと協力し、木に話を伺いながら、選別を進めていた。
「仲間の元を離れるのは、嫌でしょうか?」
『はい』
 しかし、この山のモミの木は共存意識が強いのか、離れたがらない木が多かった。
 中々良い木が見つからず、時間ばかりが過ぎて行く。
 ミカエルは時折手を擦り合わせながら、心の中の焔を灯し、選別を続けた。
 風の音が軋む度、揺れる身体。
 その様子を、ウリエルは一歩引いた場所で静かに見守っていた。
 冒険者達が連れてきたペット達も、それぞれの持ち場で何処か不安げにしている。
 そして――――
『いいえ』
 そう答えるモミの木が、ついに見つかる。
 大きさは15m。
 アンリやヴェニーの希望に沿う、この山で一番大きなモミの木には及ばないが、かなりの高さの木だ。
「この樹高と幹の直径なら、樹齢7〜80年と言ったところだろう。若木とは言えないかもしれないが、老いてもいない」
「リィ兄さま、凄いですわ! 植物博士ですわ♪」
 ラヴィサフィアが手を叩いて称える中、リースの説明を聞いていたジルベールが黄金のシャベルを担ぐ。
「ほな、早速掘り起こそか。力仕事は男の花道、なんてな」
 しかし、それをユリゼが制した。
「ちょっと待って。その前に、水で地面を柔らかくするから」
「丁度良かった。後でこの毛布も濡らしてくれないかな? それで根を包めば、輸送時に乾燥せずに済む」
「ん、了解」
 リースの提案に首肯しつつ、ユリゼはクリエイトウォーターとウォーターコントロールを駆使し、木の周囲を十分に水分で満たした。
「では、いざ参らん!」
 アンリがスコップを構え、雪の溶けた地面に突き立てる。
「ラヴィ、土が掛からん所で見ときーな?」
 それを合図に、ジルベールもガシガシ掘り始める。
 木の周囲はあっと言う間に標高を下げて行った。
「この地に詳しい木こりに依頼して貰おうと思っていたけれど‥‥必要なかったみたいだね」
 苦笑しつつ、リースも続く。
「皆さん、根を傷付けないように気を付けて下さい」
 ミカエルも警鐘を鳴らしつつ、グリーンワードで根の位置を何度も確認していた。
 更に、ペット達も各々の足元を削り始める。
 そんな中、ラルフェンもユリゼやミカエルの指示を仰ぎつつ、根を傷付けないようスコップで丁寧に掘っていた。
 そして、そんな兄にリュシエンナが訝しげな視線を向ける。
 と言うのも――――いつもその傍らにいるルネが、今回は帯同していないからだ。
 リュシエンナにとって1つ年上の親友であり、兄の婚約者は、現在パリに留まっている。
「兄様、もしかして婚約早々ルネさんとケンカしちゃった?」
「何を意味のわからない事を言っている」
「だって‥‥ルネさん、パリに残るって。兄様また暫く家空けるし、それで揉めたとか?」
 そんなリュシエンナの言葉にも、ラルフェンは手を止めずに掘り続ける。
「ダメよ兄様。ルネさんは今一番不安定な時期なんだから。傍にいないと」
「余計な心配はしなくて良い」 
「はーい。それじゃ、私は体の暖まるスープでも作ろっかな」
 テントに戻るリュシエンナを、ラルフェンはこっそり横目で眺め、その姿が消えると同時に、スコップを止める。
(俺とルネがケンカ? 全く、そんな訳がないだろう)
 一笑に付し、再びスコップを――――
「あ、そこ根やで」
「‥‥!」
 突き刺そうとした瞬間、慌てて止める。
 根の僅か数cm前でピタリと止まった。
「すまん、ジル。助かった」
「えーよー」
 ニッと笑うジルベールを眺めつつ、ラルフェンは動揺している事を自覚し、左手薬指の指輪を思わず眺めた。
(そんな訳が‥‥まさか)


【8:25】

「くしょん!」
 同時刻――――宿屋『ヴィオレ』。
 料理中のルネが可愛らしいクシャミをしていた。
「ルネ殿、風邪か?」
「ううん。きっと、雪山でどっちかが噂してるんだと思うわ」
 ククノチに苦笑しつつ答え、ルネは再度包丁を動かす。
 一方、ククノチは鳥のすり身の団子と根野菜を2つの鍋の中に入れ、ジャパン風、パリ風の味付けをそれぞれ作っている。
「そうか。風邪であれば生姜が効くと思ったが」
 その中に生姜を入れ、味を整えると共に、体を温める汁物に仕上げる。
 ルネはそんなククノチの気遣いに礼を言い、適度な大きさに野菜を切り分けて行った。
 それを、挽肉にした羊肉と共に焼く。
「ところで、ルネ殿。そちらの鮭は‥‥」
「あ、これ? ホワイトスープの具にしようと思って」
「では、もし内蔵が残るようであれば、その‥‥頂きたいのだが」
 口元を手で隠しながら恥ずかしげに呟くククノチに、ルネは思わず目を丸くした。
「え? ククノチさん、内臓がお好きなの?」
「いや‥‥私ではなくイワンケ殿に食して貰おうと」
 自身の熊の名前を出し、ククノチは目を伏せる。
 熊は鮭の内臓を食べるのだ。
「ああ、あの綺麗な毛並みの? わかった、取っておくね」 
「有難う。恩に着る」
 料理班は親睦を深めつつ、和気藹々と準備を進めていた。


【10:30】

 掘って掘って、また掘って。
 約2時間、とにかく掘りまくった結果、全員の身長が周囲の地面より低くなった辺りで、根の先端が露見した。
「モミの木は、針葉樹の中でも深根性の木として知られている。それでも、広葉樹ほど深くはないと思っていたが、想像通りで助かったね」
 リースが安堵しつつ汗を拭う。
 その根はとても太く、栄養の吸収は移植後もしっかり出来そうだ。
 とは言え、モミの木の移植は簡単ではない。
「っしょっと。ちょっとキツく縛るけど、我慢してくれな」
「高い所での作業はレンジャーの腕の見せ所やね」
 慎重に周囲を削る一方、レオとジルベールがロープを複数の枝に括りつけ、大地の代わりに周囲の木で支える。
 そして――――
「うむ。ここらで良かろう」
 アンリは一つ息を吐き、スコップを置く。
 沢山のロープに支えられ、巨大モミの木はその根を完全に露見させた。
 尤も、土はしっかり付着させたまま。
 ローガンが事前にその事は伝えており、しっかり遵守されている。
 そこに、ユリゼが濡らした毛布をやはりロープで括り付け、水分を確保。
「ここからが本番ですね。グリフォンさん、頼みます」
「‥‥後は‥‥手筈通りに‥‥」
 運搬係のフィーネ、ウリエルが自身のペットを呼び、意志を伝える。
 現在、冒険者の周囲には実に20体以上のペットが待機していた。
 月竜だけでも4体。
「ごめんね。私も連れて来るつもりだったんだけど‥‥」
「気にするな。これだけいれば十分だろう」
「そやねー。いや、ほんま壮観やわ」
 済まなそうに俯くユリゼの側で、ラルフェンとジルベールが慰めつつ上空を見上げる。
 実際、一般人がもしこの光景を目にしたなら、天地創造の真っ只中と思うかもしれない。
 それくらい、雄大な光景だ。
 しかし、これくらいでなくては、今回の作戦は成功しない。
「シフールの皆さん、御到着です!」
 そして、更に強力な助っ人をアーシャが連れて来る。
 アンリが提唱し、アーシャが前日にシフール飛脚に『聖夜祭に向け、パリに新しい名所を作りたいから協力して欲しい』と呼びかけていたのだ。
 食事付きでお願いした所、シフール達も快諾してくれた。
 総勢10人の彼らの役割は、各冒険者達が用意した大凧や空飛ぶ木臼、絨毯、箒などの操手となる事。
 そしてそれらのアイテムとペット達の搭載力もって、巨大モミの木をパリまで運ぶと言うのだ。
 普通では考えられない、夢のような話。
 実際、これだけの用意があっても、推定10tとも思われるこの巨大なモミの木を運ぶ事は困難だ。
 だが、それを可能とする方法を、ヴェニーが有していた。
「準備は良い? 成功したら皆にインタビュウを敢行するから、コメント考えといてね♪」
 そんな言葉と共に、淡い緑の光がヴェニーを包み――――モミの木がフワリと浮き始めた!
 超越リトルフライ。
 その効力は、術者の200倍近い重量を誇る巨木に対しても有効だった。
『怖くないですか?』
『いいえ』
 ミカエルのグリーンワードに、モミの木は健気にもそう答える。
 そのまま少し浮かぶ程度の高度を保ちつつ、レオがロープを解き、それぞれのペットや飛行アイテムに括り付け、準備は完了。
「上手く行って下さい〜」
「モミの木さま、ふぁいとですわ!」
 アーシャが祈りを捧げ、ラヴィサフィアがぐぐっと拳を握り見守る。
 そんな中――――巨木は不安定ながら、その根の先端が地面より高い所にまで浮かび上がった。
 それに伴い、飛行部隊が総出で飛び立つ。
 ペット達は勿論、シフール達も大凧や木臼などに乗り、それぞれ宙に舞っている。
 また、フィーネ、アーシャ、リュシエンナ、レオ、ジルベール等もそれぞれの飛行アイテムで続いた。
 沢山のロープが徐々に弛みを失い、伸び切って行く。
 完全に、モミの木は浮き上がった。
「っしゃあ!」
 レオが臼の上で歓喜の雄叫びを上げる。
 その一方で、下方ではウリエルが荷馬車の準備を迅速に始めた。
 荷台を引く馬や驢馬も、多数連れて来ている。
「大丈夫?」
「心配‥‥ない。腕の見せ所‥‥だからな」
 ミカエルの声に応え、ウリエルは絶妙な位置取りで荷台を木の真下に配置させる。
「いや、その、目的地の方角を間違えないかな、って」
「‥‥指示を、頼む」
 ミカエルが苦笑しつつ頷く中、木は少しずつ高度を落とし、荷台に根が触れる。
 リトルフライで浮いているとは言え、重量自体は変わっていない。
 7〜8tもの物体を動かすには、やはりそれくらいの搭載量を有した外力、そして支える力が必要だ。
 今回、冒険者達が用いた飛行用アイテムと連れて来たペット達の搭載力の合計は、そのギリギリのライン。
 尤も、単純計算でこの搭載量だからこれだけ運べる、と言う訳でもない。
 どちらに転ぶかは、運び方次第。
「それでは皆さん、参りましょう」
 フィーネが上空から合図を送る。
 ゆっくり、でも時間までに間に合うように。
 冒険者達は、モミの木を繊細かつ大胆に移動させた。
 
 
 ――――この日。1つの奇跡がノルマンを縦断した。

 竜が。

 天馬が。

 鳥と獣の王が。

 数多の飛行する者達が。

 そして、一つの巨大なモミの木が。

 揃って空中を舞うと言う、にわかに信じがたい光景。

 その景色を見た幸運な者は、口を揃えて同じ事を言ったという。

「神様が降臨なさって、神樹を何処かへ運んでいるに違いない」と――――



【21:08】

「モミノキさん、遅いのです‥‥」
「少し心配ですな」
 パリの空き地で待つクリスとケイは、焚き木の周りで待つ他の冒険者同様、不安を募らせていた。
 既に辺りは真っ暗。
 周囲の街も徐々に音を無くして来ている。
「やはり、30kmと言う距離を1日でと言うのは、難しかったのだろうか」
 ローガンの声もやや沈みがち。
 婚約者と親友の帰りを待つルネも、不安そうに広場の外で荷馬車を待つ。
 仮に日を跨ぐ事になれば、依頼の達成とはならない。
 依頼人のユーリは気にしないと口にしているが、それでは冒険者の矜持は守られない。
 祈るような心境で、運搬部隊の帰りを待つ。
 
 そして――――

「! 音が、するのです」
 最初に、その兆候に気付いたのはエフェリア。
 視力の良いローガンが広場を出て確認しようとするが、まだ確認は出来ない。
「ライトを使ってみるよ☆」
 エラテリスがその前で、光球をかざす。
 それほど大きな光源ではないが、その光は確かに――――微かな影を捉えた。
 そして次第に、上空にはっきりと別の影が浮かぶ。
 月を遮るように、それらの影は幾つもの翼を模っていた。
「お待たせしました〜!」
 アーシャの声が、上空から聞こえる。
 その真下には、街のどの建築物より大きいモミの木があった。
 信じて待っていた冒険者達は皆手を振って、その来訪を歓迎した。
『ようこそ、パリへ!』


【22:16】

 モミの木は、その道中で傷付く事もなく、水分もしっかり確保されていた。
 間断なくユリゼやリースが気を配っていた成果と言える。
「では、まず堆肥を敷き詰めますぞ」
 帰還途中に旧聖堂へ向かい、大量の堆肥を分けて貰っていたケイが、荷台からそれを降ろし、既に掘ってあった深い穴に入れる。
 そこに根を整えた木を降ろし、湿らせた土を被せ、イワンケ等に踏み慣らして貰い、クリスの水妖が根元の水分をコントロールして、移植は完了。
 パリの広場に、15mのモミの木が聳え立った。
「寒い中、良く御出でになってくれた」
 そんなモミの木に、ククノチが一礼しながら愛おしげに摩る。
「今年のパリの聖夜祭はキミが主役だなっ」
 レオはその手に自分の手を重ねて、ニッコリ微笑んだ。
「質問〜。その『キミ』はどっちに向けてのものなのかしら?」
「え? そりゃ、えっと‥‥」
 ヴェニーの突然の取材にレオが戸惑う中、ククノチは紅潮した頬を隠すように、手を口に当て俯いていた。
 その周りでは、沢山のランタンとライトの光が設置され、飾り付けの為の灯りを点している。
「一足早いライトアップだよ☆」
 ルネとククノチが用意した夜食を美味しそうに食べながら、エラテリスも楽しげにその光景を眺める。
 魔法による天気予報では、暫く雨の心配はないとの事。
 そう言う訳で、残りの時間を使い、それぞれ食事と飾り付けを行う事にした。
「お腹すきました〜!」
 アーシャはシフール軍団を引き連れて、焚き木の近くへ赴く。
 そこでは宿屋『ヴィオレ』で作られた沢山の料理が再度温め直されていた。
「はむはむ。は〜、美味しいです」
 疲労と言う極上のスパイスも加わり、アーシャとシフール達は今日一日の疲れを癒していた。
「リュリュ、ラルフェン、お疲れ様♪」
 更に、スパイスはもう一つ。
 ルネは愛情たっぷりのゆきだるま型ケーキを手に、満面の笑顔で迎え入れる。
 一方、ラルフェンは心の底から安堵した表情を浮かべ、ルネに不思議がられていた。
 同時に妹へ呆れ気味に視線を送る。
 しかしリュシエンナは既に先の発言を忘れているのか、笑顔で首を捻っており、ラルフェンは溜息を落としつつ、ルネのケーキを受け取った。
 また、広場の隅の方では、ペット用の食料も多数用意されており、飛行部隊をはじめ、働いたペット達は食欲の赴くままに貪っている。
「( ・(ェ)・)ノ」
「彡^・∋ノ」
 なんとなく、お互い称え合っているように見えなくもない。
 動物達にも、この偉業を成し遂げた達成感はあったようで、その充実感は言葉がわからずとも見て取れる。

 ――――1日でパリへ巨大モミの木を運ぶ。

 そんな滅茶苦茶な依頼は、数多の冒険者とその相棒であるペット達によって、無事達成された。


【23:00】

 今から約15年前、ウィリアム3世率いるブランシュ騎士団の活躍もあり、ノルマンを奪還した。
 とは言え、その戦いは熾烈を極め、多くの者が命を失った。
 その中には――――ユーリの両親もいた。
 彼等が何処で眠っているのか、ユーリにも、生き別れた兄にもわからない。
 或いは、魂は未だに天に召されず、このノルマンの何処かを彷徨い続けているのかもしれない。
 もしそうなら、例え適当な場所に墓を作っても、当人達の魂はその場所を知る事も出来ず、彷徨い続けるだろう。
 それならば。
 パリの中心で華やかに彩られ、誰もがその存在を知るような、そんな世界一大きくて有名な墓標を立ててあげれば。
 きっと、何処かにいるその魂も、自分達のお墓を見つけて、安心して眠りにつく事が出来るのではないだろうか。
「‥‥」
 そんな思いを込め、ユーリはモミの木の幹に、二つの名を刻んだ。
 そして、瞑目する。
 後は――――託すのみ。
「依頼主さん、何してるのかな?」
 そんなユーリに、エラテリスが話し掛ける。
 ユーリは首を横に振り、木から離れた。
「あ、そう言えば、前に依頼主さんに似た方に会った事あるけど、依頼主さんには兄弟さんとかいるのかな?」
「‥‥いや、いない」
「そっか☆」
 返事と同時に食事を続けるエラテリスから視線を外し、ユーリはモミの木に目を移した。
 そこでは現在、飾り付けの真っ最中だ。
「大分煌びやかになりましたね」
 飛行箒に跨り宙を舞うフォックスが満足げに呟く。
 モミの木は、数多の飾り付けによって彩られている。
 クリスが持ってきた祈り紐や綿。
 クラスが用意した木製と皮製の飾り。
 ラヴィサフィアが焼いたジンジャーマンクッキー(歯形付)。
 リュシエンナがパリ居残り組に頼んで買って来て貰った、七色のリボン。
 そして、当のフォックスは、天の川を模した色とりどりの布と小物、そしてその小物にレミエラを装着させていた。
 レミエラが淡い光を放ち、木は周囲のライトやランタンに頼らずとも、その姿を映し出せるようになっている。
「皆さんの願いと想い、どうぞ宜しく受け取ってくださいです」 
 クリスは木にぺこりと一礼し、その姿を改めて目に焼き付けた。
 そして――――
「せっかくなので、大きい星とか飾ってみたいのです」
 その木を絵に描いていたエフェリアが、ポツリとそんな事を呟く。
 絵にして見た所、一番上のところが少し寂しかったのだ。
「むずかしい、でしょうか」
「木の星でええんやったら、にーちゃんが作ったるよ」
「! お願い、したいのです。私は、飾りを作るのです」
 ジルベールの快諾により、急遽星の作成が開始。
 この時点で既に日付は変わっていたが――――ジルベールは嫌な顔を一つせず、元型を作り始めた。
 

【−−:−−】

 寒風が容赦なく吹き荒ぶ中、クリスとエフェリアによってキラキラに装飾された大きな星を袋に下げたレオは、巨大モミの木をスルスルと登って行く。
「レオ殿‥‥」
 その姿を、ククノチは信頼しつつも心配そうに眺めていた。
 レミエラの光と月光が、レオの銀髪に弾かれ、星のように瞬く。
 ククノチが見守る中、その星は流れる事無く、木の一番上まで昇りつめた。
「お〜、いい眺め‥‥って言ってる場合じゃねえか」
 遥か上空から見下ろす冒険者達は、視力の良いレオでもある程度ぼやけている。
 しかし1人だけ、綺麗にその顔が見える者がいた。
 頭の中が、自動的にイメージを補正してくれるのだ。
 大好きな女の子の顔と言うものは。
「これで良いかどうか、合図してくれな〜」
 少し気恥ずかしくなり、レオは手をぶんぶん振って、そう叫んだ。
 その10分後――――巨大ツリーのてっぺんに、貝殻で装飾されたキラキラ星が設置された。
「‥‥浪漫、だな」
「良き聖夜祭に、なりますように」
 その星を眺めつつ、ウリエルとミカエルが呟く。
 新しい風。
 新しいシンボル。
 パリと言う街に思い入れを持つ二人は、静かな面持ちでそれを歓迎した。


【−−:−−】

「穴掘り道を突き進み早幾年。良い思い出が出来ましたぞ」
 はっはっはと笑いながら、ケイはユーリとワインを飲み交わす。
 その傍らでは、アンリが葉巻で一服しながら、完成したツリーの屹立する姿に目を細めていた。
 そんなツリーには、少しだが雪が積もっている。
 ジルベールがウェザーコントロールのスクロールで降らせたのだ。
「聖夜祭ムードを先取りしよー思てな」
「焦らなくても宜しいですのに。ラヴィはずっと、来年も再来年もずっとずっと、ジルベールさまの傍におりますわ」
「はは、そやな。そやけど‥‥な?」
 ジルベールの左手が、ラヴィサフィアの右手を包む。
 例えどれだけ望んでも、その手にいつまでも想いが宿っていても、血が廻り続けるとは限らない。
 ラヴィサフィアはジルベールの少し眉尻を下げた横顔を見ながら、無言でその腕に寄り添った。
 その様子を遠巻きに眺めながら、リースは一つ白い息を吐く。
(アリシア‥‥今頃何をしているだろうか)
 もし刻が許すならば、二人でこの場所へ。
 遠いイギリスの地と近い未来を想って、リースは瞑目した。
 

【−−:−−】

「綺麗‥‥」
 その反対側で、遠巻きにツリーを眺める2人。
 ルネとラルフェンは、長いマフラーを一緒に巻き、お互いの身体を寄せ合っていた。
「寒くないか? ルネ」
「ちょっとだけ。でも、もっと見ていたいから」
「そうか。なら‥‥」
 前に立つルネの頬に、ラルフェンがそっと口付ける。
「これで少しは温まるだろう」
「もう、ラルフェンってば‥‥」
 少し抗議めいた物言いも、ポーズだけ。
 実際、身体は温まった。
「来年は、4人で見に来たいわね」
「ああ。俺とルネと‥‥妹とコリルか」
 先日養女となった身内の名前とリュシエンナを加えたラルフェンに、ルネは首を振る。
「リュリュは別の人と一緒に来るんじゃない?」
「む‥‥」
 少し複雑な表情を見せつつ、ラルフェンは自身の回答を見直す。
 後一人、誰が――――
「‥‥まさか」
 背中越し、ルネのお腹に視線を送る。
「今はまだ、ね? でも、来年は‥‥」
「あ、ああ。そう言う事か。そうだな。そうなれば――――」
 最高の未来。
 それは、直ぐ傍まで来ている。
 仄かな光の群れが、それを祝福してくれているように、二人の目には映っていた。


【−−:−−】

「お疲れ様でした〜」
 長らく飲み食いしていたアーシャとシフール達は、テントの中でふーっと一息吐いている。
 アーシャにとって、パリで生活する時間はあと僅か。
 月道があるとは言え、拠点が変われば中々来る機会は多くなくなる。
 だから、一つ提案した。
 外に聳えるあのツリー、その下で愛を誓うと、生涯幸せになれると言う伝説を作ってみてはどうかと。
「ね? 楽しそうでしょう」
 そう言いつつ、心の何処かで――――毎年夫とこの場所を訪れる口実を、アーシャは作りたかったのかもしれない。
 シフールはその性格そのままに、楽しそうと連呼し、宣伝を快諾した。
 そんなシフール達が賑やかに帰って行く中、ツリーの傍では、二人の女性がそれぞれに祈りを捧げている。
 リュシエンナは、全ての人達の願いが届きますようにと。
 ユリゼは、現在関わっている全ての人々が、無事でありますようにと。
 闇夜の中、静かに祈り続けた。


 数多の世界。
 その中の一つを、木は知っていた。
 沢山の光に包まれた世界。
 沢山の願いに囲まれた場所。
 木は知っていた。
 だから、木は願った。
 祈った。
 奇跡ではなく、まして神頼みでもなく。
 
 木は――――





 a suivre...