急変、そして決断 〜シフール施療院〜
|
■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 93 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月07日〜12月14日
リプレイ公開日:2009年12月12日
|
●オープニング
パリの郊外にそびえる、巨大な屋敷。
ノルマン医師会館と呼ばれるその建物に、シフール医師リュック・ソルヴェーグは単身で侵入していた。
そして、屋敷内を静かに滑空し、目的の部屋――――地下を目指す。
階段は直ぐに見つかり、そこを降りて暫く滑空すると、その場所に辿り着いた。
そこは――――壁の代わりに鉄格子に囲まれた、異様な部屋。
鉄格子の奥には、稀有な動物が異形の姿で何種類も飼われている。
そして、その中の一つの『牢獄』に――――目的の人物が、いた。
「ヘンゼル!」
リュックはその鉄格子の前まで全力で飛ぶ。
鉄格子は通常の物よりかなり鉄柵の隙間が小さく、シフールでもすり抜けられない。
その奥に、ヘンゼルの姿があった。
しかし、ヘンゼルは眼前にいるリュックに視線を合わせない。
何処を見ているのかも、わからない。
まるで、薬漬け――――
「私の実験室に何か用かね、リュック医師」
リュックの背中に、しわがれた声が掛けられる。
高齢の人間であり、この部屋の主。
イブ・ブラッド。
ノルマン医師会の会長だ。
「イヴ会長。貴方の噂はかねがね耳に入っていました。しかし、まさかこのような‥‥」
「勘違いして貰っては困る。彼にはただ、月読草の群生地と使い方を聞いていただけだ」
「その為に‥‥薬を‥‥」
リュックは歯軋りを抑えず、イヴに視線を送る。
噂には聞いていた。
目の前の権力者が、シフール施療院に興味を持っていると。
しかしそれは、シフール専門の医療に対しての興味ではなく、別の物にあると。
「とある人物が教えてくれたのだ。かのような草があると。しかし、使い方がどうもわからない。だから、知っている者を探し、見つけたから話を聞く為に呼んだ。実にごく普通の、ありふれた行動じゃないか」
「これの何処が普通だ! ふざけるな!」
リュックの激昂も、イヴはまるで微風のように受け流す。
「こう見えても、医師の端くれでな。薬を使う事は、何ら珍しい事じゃない。フフ‥‥ハハハハハ!」
自分の言葉が余程おかしかったのか、笑みを零す。
「しかし、残念ながら結局その状態になっても口を割ってくれなかったよ。折角、あの草を使って色々な事が出来そうだと夢見ていたのだがね。永続的に病気の進行を遅らせるとか、精神的負担を恒久的に和らげるとか」
イヴは特に残念そうな表情は作らずに呟く。
「もうまともな言語を構成する力もなさそうだし、彼を連れて帰りたいのなら、好きにしたまえ」
「外道が‥‥医師会はここまで腐っていたか」
リュックは震える身体を抑え、イヴが鉄格子の鍵を取り出す様を睨み付けていた。
そして、重い扉は開く。
「ヘンゼル!」
リュックが飛び寄る。
しかし、ヘンゼルには反応が無い。
視線を宙に放ったまま涎を垂らし、時折首だけを動かしていた。
「さあ! 早くそのゴミを回収してくれたまえ! フハハハハハハハ――――」
イヴの高笑いをリュックは強引に無視し、ヘンゼルの肩を抱いて飛び立つ。
笑い声は、地下全体にまで響き渡っていた。
Chapitre 10. 〜急変、そして決断〜
窓から飛び出し、暫く飛行した後――――リュックは力なく最寄の木の根元に着地し、ヘンゼルを座らせた。
ヘンゼルが医師会館に捕らわれていると言う噂を聞いたのは、つい翌日の事。
もっと前の段階の噂の時点で、警告の手紙は出していた。
それが逆効果だったのかもしれない。
リュックは、ヘンゼルの性格を良く知っている。
恐らく――――自分が出向く事で、施療院への影響を最小限に抑えたのだ。
もしヘンゼルが残り続ければ、施療院にイヴの使いが派遣されたかもしれない。
『多少』強引な手を使ってでも、月読草について聞き出そうとしたかもしれない。
それを回避する為に――――
「‥‥お前はバカだ。一人で背負い込む事はなかった筈なのに」
リュックは顔を覆い、項垂れる。
ただ、無念だった。
「バカは酷いな。これでも結構、色々考えての事だったんだ」
「だからと言って! むざむざ薬漬けにされに行くなんて‥‥え?」
リュックは、思わず叫んだ言葉の矛盾に直ぐには気付かず、暫し声を失った。
薬漬けにされている者が、今何と言った?
「でも、君が来てくれたのは幸いだったね。首尾よく棄てられるにしても、あと数日は待たなくてはならなかっただろう」
「‥‥! ‥‥!? ‥‥!」
リュックが唖然とした中で見るヘンゼルは――――いつものヘンゼルだった。
「‥‥演技だったのか?」
「最悪、ああ言う事をされる可能性を考慮して、投与されそうな薬の中和剤を予め用意しておいた。あの世代の老人が使う薬は大体想像が付く」
ヘンゼルは平然と言ってのけるが、それが如何に恐ろしい賭けである事か。
リュックは全身の力が抜けていくのを自覚しながら、呆れ気味に笑った。
「大したタマだよ。君は」
「僕には守るものがある。まだこんな所じゃ立ち止まれないのさ」
そう宣言し、ヘンゼルは羽を動かした。
そう。
彼にはまだ、守るものがある。
守るものが――――
「先生‥‥」
ヘンゼルが帰還した施療院には、数多くの入院患者がいた。
しっかりと処置はされているし、薬草の処方も問題はない。
この短期間で、ルディとワンダは多くのことを学び、そして実践していたのだ。
しかし、そんな二人の顔に、充足感は欠片も見当たらなかった。
あるのは、焦燥感と絶望感。
そして――――過酷な現実。
「リタ‥‥?」
個室のベッドに横たわっているリタに、ヘンゼルは言葉を失う。
ヘンゼルがこの施療院を離れる直前の姿とは、まるで違っていた。
苦悶の表情。
蒼褪めた唇。
「三日前からずっと、こうなんだ‥‥何を処方しても、全然利かなくて」
ルディは涙を浮かべながら、ヘンゼルに自身が処方した薬草を告げる。
それには、何ら問題はなかった。
「君達は何一つ悪くない。どうか、お願いだから責任を感じないで欲しい」
ヘンゼルはそう告げると、静かにリタの触診を始めた。
そして、10分後――――
「‥‥ただ、その時が来た。それだけの事なんだ」
或いは自分に言い聞かせるように、そう呟く。
そう。
初めから――――治す手段はなかったのだ。
「どう言う‥‥事?」
ワンダが胸を押さえながら訊ねる。
ヘンゼルは、リタの病気について詳しく語った。
現在の医学ではどうしようもない病気。
リタの身体は、既に崩壊が始まっていた。
病気の進行は止まらない。
活動している限りは――――
「僕は、逃げたかったのかもしれない。この現実を、この目で見たくなかったのかも知れない」
ヘンゼルは、自分以外誰もわからないであろうその心情を吐露し、首を振る。
しかし、戻って来た。
守るものを最後まで見届ける為に。
最期まで、守り続ける為に。
だから。
「ルディ。冒険者ギルドへ言ってくれ。この子と関与した冒険者を呼んで欲しい」
「ど、どうしてだよ。どうしてそんな必要があるのさ」
ルディは唇を震わせながら、ヘンゼルに盾突く。
不幸な事に、ルディの理解力は低くない。
察してしまった。
「見届けて欲しいんだ。そして、少しでも覚えていて欲しいんだ」
だから――――聞きたくなかった。
「この子が生きた証を」
でも、現実はどこまでも過酷で。
ルディには、ヘンゼルのその言葉に頷く以外、選択肢はなかった。
●リプレイ本文
「‥‥では、どうしても聞き入れて貰えないと?」
ジャン・シュヴァリエ(eb8302)の言葉は、普段の明るさも、暖かさも一切排除し、応接室に虚しく響き渡った。
「バードギルドの噂は、相当な影響力があります。まして、世界的な知名度を持ったバードがそれを流せば‥‥」
「ジャン君と言ったね」
イヴ・ブラッドは笑う。
その笑みに、ジャンは努めて冷静さを保つ一方、内心焦りを覚えていた。
「仮に、仮にだよ。心無い医師がいて、その医師の悪い噂が世界中の市民に広まったとしよう。しかし、それが何だと言うのかね?」
「‥‥」
ジャンは魔法探偵の称号を持つ。常に相手の発言を頭の中で咀嚼し、その成分を探る術を持っている。
だから、イヴの発言の真意は容易に読めた。
初めからこの男は、一般市民など相手にしていない、する必要がないと考えている事を。
「どうやら、これ以上の進展は望めそうにないですね。今日のところは失礼します」
「おや、そうかね。では馬車を手配しよう」
「結構です。馬を連れて来ていますから」
ジャンは、棘を隠しきれない、或いは隠したくない自分に心中で苦笑しながら、席を立った。
「ところでジャン君。君は医学の発展における必要悪について、考えた事はあるかね」
「犠牲‥‥ですか」
「そうだ。それなしに、医学は発展しない。我々は常に、そのジレンマと戦っているのだよ」
イヴの言葉は、正しい史実に基づいた発言だった。
だからこそ、ジャンは笑う。
笑わずにはいられなかった。
「良くわかりました。貴方と言う人が、とても良く」
それを口にする医者は、最早医者ではないのだから。
「いつか、また来ます。今度はもっと大きなお土産を持って」
ジャンは強くも弱くもない、普段通りの力で扉を閉めた。
パリ郊外の森林の中に佇む『フォレ教会』の礼拝堂にある、聖なる母の像。
エルディン・アトワイト(ec0290)はそれに祈りを捧げ、返答を待っていた。
二日前。
エルディンはジャンと共にここを訪れ、月読草の管理をこのフォレ教会に託したいと懇願した。
しかし――――医師会の権力者が強硬な手段を用いてでも入手しようとしたその薬草を、白の教会が秘密裏に管理しているとなれば、有事の際に衝突は避けられない。
教会と医師会は、必ずしも同じ志ではないのだ。
その為、サヴァンは即答せず、エルディンとリディエール・アンティロープ(eb5977)の寄付金を断った。
そして、今日。
二日の猶予を得て、出した結論をサヴァンは告げた。
「教会ではなく、私個人で預かると言うのであれば、引き受けよう」
神職である以上、そこに個はない。
万が一、月読草を管理していた事が露見しても、それは個人がしていた事で教会とは何の関係もない――――そんな話が普通は通用する筈もない。
そこで、サヴァンはこう考えた。
自身が密かに出資している孤児院。
その孤児院で管理しておけば、教会と切り離す口実になる。
表の顔は教会の司祭。
しかし、その実は孤児達に稀有な薬草を管理させている、強欲な老人。
そう言う『シナリオ』ならば。
無論、サヴァンが負うリスクは計り知れない。
教会の力で、と考えていたエルディンにとって、その申し出は難しいものだった。
だが、これ以上の方法も今はない。
「‥‥サヴァン殿。今回ほど、貴方に御迷惑をお掛けした事はありません。私はどうやって償えば良いのか」
「償う必要など何もない。君は常に、私が救いを求める者に何をすべきか、何が出来るか、その道標を提供してくれているのだから」
それが、白の教会全体にとって不都合であったとしても。
エルディンはそんなサヴァンに、頭を下げずにはいられなかった。
そしてその夜――――
「‥‥エリクシールか」
エルディンの紹介で施療院を訪れた国乃木めい(ec0669)の説明に、ヘンゼルは険しい顔を作り、何かを思案していた。
「私が2年ほど前に携わった依頼で、その存在が確認された妖精達の薬草酒です」
「ユリゼさんからも資料を預かっています」
リディエールは手垢の付いたその資料を、疲労の見える顔で手渡す。
どのような病でも治すとされる伝説の薬、エリクシール。
しかし、実在が確認されたその薬は、既に消費されてしまった。
作り方も、詳しくは判明していない。
よって――――
「これからこの薬を作るのは‥‥不可能だね」
ヘンゼルの言葉に、めいとリディエールは失望を隠せず、共に小さな溜息を吐いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何でそんな簡単に決め付けるのさ」
重い空気の中、ヘンゼルにルディが突っ掛かる。
「全ての材料を集めて、研究し、成果物を完成させるまで‥‥リタの命が、もたない」
「っ‥‥!」
ヘンゼルの説明は何処か達観していた。
それが、ルディの神経を逆撫でする。
「ルディさん、ヘンゼル先生の意見は尤もです。怒ってはいけませんよ」
「でもっ! 折角、用意して貰ったのに、そんな‥‥風に言わなくたって」
「ありがとうございます、ルディさん」
ルディは目を潤ませ、俯く。
「リタちゃんの所へ案内して貰えますか?」
めいはそんなルディの後を追い、ヘンゼルに一礼して部屋を後にした。
扉の閉まる音と共に、診察室に影が差す。
「先生が誰より、リタちゃんと一緒にいたのですから。彼もわかっていますよ」
リディエールの言葉に、ヘンゼルは暫し目を伏せた。
残された時間は、徐々に現実に蝕まれて行く。
「何か‥‥何か一つでも、手掛かりになる事があれば‥‥」
リディエールも、焦燥を隠せずにいた。
「失礼します‥‥まあ」
めいがルディと共にリタのいる個室に入ると、そこは聖夜祭用の飾りで彩られていた。
「国乃木様、この度は御協力賜り、とても感謝致しておりますわ」
その飾り付けを行っているレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)が恭しく一礼し、めいも頭を下げる。
そんな中、ラテリカ・ラートベル(ea1641)と、エルディンが連れて来たルファーと言う少女は、ベッドで眠るリタの傍で、草を煎じていた。
「それが、月読草でしょうか?」
「あ、そです。えと‥‥こんにちはです」
憔悴し切った顔で、ラテリカはめいに挨拶した。
ここ数日、ラテリカはジャンと協力してバードギルドでの情報集めを行いつつ、リディエールやヘンゼルと共に月読草の効果をリタに試している。
しかし――――イリュージョンによる幻影効果も、鎮痛効果以上の成果は得られなかった。
それでも、痛みで殆ど眠れていなかったリタがこうして眠れているのは、その効果に拠る所が大きい。
「イリュージョンは‥‥もう試されたのですね」
ラテリカと意見交換しためいは、リタの傍に赴き、その寝顔を見つめる。
「あの、ラテリカ、森の精霊さんにそのお薬の事、聞いて来るですね」
居ても立ってもいられなく。
ラテリカは『とまりぎの部屋』を静かに後にした。
その後、暫く沈黙が続き――――
「国乃木様、数日後になりますが、私達でささやかなパーティーを開く予定なのですわ。良かったら御一緒に如何かしら?」
レリアンナは、静かにそう告げた。
依頼開始から6日目の夜。
「それでは、ヘンゼル先生の無事を祝って。乾杯」
リタの体調が安定していたその日、施療院の『とまりぎの部屋』で、パーティーは行われた。
この施療院の看板を模した大きなケーキやチーズ、パンなどが、机に並ぶ。
「リタ様は羊乳を飲まれますかしら?」
発案者のレリアンナは積極的に参加者をもてなし、また、お土産に冒険者分の植木鉢を用意していた。
パーティーには彼等の他、ルディやその妹リーナ、そしてルファーも参加している。
「すいません。私がメロディを使えれば‥‥」
「気になさる事はありません。パーティーの席ですから、笑って笑って」
「そうだよ、ルファー。今日は楽しんで行ってよ。ほら、ラッテさんのお手製クッキーもあるよ?」
一人元気のないルファーを、エルディンとジャンが励ます。
月魔法の使い手として招かれたものの、成果を挙げられなかった事を嘆いているようだ。
そしてそれは――――冒険者達の心情と一致していた。
「それでは、次はアインシュタイン様とルディ様に一芸を披露して貰いますわ」
まるごとメリーを着ながら、明るく勤めるレリアンナもまた――――その思いをひた隠し、必死に席を盛り上げていた。
リタに楽しい時間をあげる為に。
「そうだね。それじゃ、見習いの時代に取得した秘儀『寝たふり』を初披露しよう」
ヘンゼルもまた、それに倣い、普段は見せない明るい顔を見せていた。
めいも、桜根湯を使ってリタに懸命にマッサージを施す。
シフールなので、使うのはごく少量。
懸命に、優しく。
その後、皆で歌を歌った。
エルディンが、耳をピコピコ動かしながら。
ラテリカの頭の上で、クロシュも歌う。
リタは、それを見ていた。
じっと。
じっと――――
一生懸命、皆の笑顔を見ていた。
涙を流して、見ていた。
そして。
楽しい時間は――――終わった。
「無力だよね‥‥冒険者なんて言っても」
薄っすらと明かりに照らされた食堂で、ジャンが自嘲気味に呟く。
その隣で、エルディンも険しい顔のまま、壁に背を付けていた。
人体実験を促したと思われる暗躍者の情報を元に捜索した場所は、全て空振り。
医師会会長への弾圧も、時間が掛かる。
エリクシールも、見つからなかった。
手は尽くしても出来ない事ばかりだ。
リタの病気も、その中の一つなのだろうか。
ヘンゼルですら、どうしようもなく――――
「‥‥」
何か。
リディエールは、何かに引っ掛かりを覚え、思考を巻き戻した。
さっき、彼は何を――――
「!」
リディエールは自身の長い薬草師としての経験の中から一つの可能性をすくい上げ、ラテリカの方を見る。
ラテリカは――――悲しい顔をしながら、俯くように頷いた。
「‥‥そうですね。そうですよね」
リディエールは苦笑するように悟る。
そう。
気付かない筈がない。
ラテリカは、その可能性を最初から知っていた。
何故なら、それはこの場にいる者で唯一、彼女しか出来ない事だったからだ。
あらゆる可能性を模索する中に、それが出て来ない筈がなかった。
――――月読草にスリープを読み込ませる事による、半永久的な休眠。
眠っている間、病気の進行は大幅に減速する。
それだけの猶予が得られるのだ。
しかしそれは、根本的な治療ではない。
もし治療法が見つからなければ、最期の時間を眠りの中で迎える事になる。
ラテリカはここ数日、眠れない程悩んでいた。
そして、その方法を聞いた他の冒険者達も、その是非の答えを出す術を持たなかった。
「それしかもう、方法は‥‥ありません」
だから、リディエールがそう告げる。
この場で最も医学に精通した、彼の役割だった。
「わかり‥‥ましたです。ヘンゼル先生に、ラテリカから説明する‥‥です」
「待って、ラッテさん。僕達も行くよ」
「お二人の決定は、わたくしたち全員で決めた事ですわ」
ジャンとレリアンナが、ラテリカの肩に手を置く。
エルディンも、めいも、頷いた。
それが――――施療院全員の下した結論だった。
翌日。
幸い、この日もリタの病状は比較的安定していた。
既に昨晩、月読草にはラテリカがスリープを読み込ませている。
最後の手段。
それを行使する為、冒険者達は再び『とまりぎの部屋』に集まっていた。
「こうして皆に集まって貰う事は、これが最後になると思う」
そんな中、突然ポツリと、ヘンゼルが呟く。
「ヘンゼル先生?」
リディエールが驚きの声を上げると同時に、ヘンゼルは宙を舞った。
「僕達は、この施療院でシフール達を治し続ける。君達は‥‥」
そして、告げる。
「‥‥冒険者の君達には、その冒険の中で、エリクシール、或いはそれと同等の効果を持つ薬を見つけて欲しい」
それは、一筋の光。
冒険者にしか頼めない、最後の希望だ。
だから、願う。
「ルディ。君もだ」
「え?」
突然その指先を向けられ、ルディは狼狽する。
「で、でも施療院は‥‥それにリーナだって」
「私は大丈夫だよ。お兄ちゃんがいなくても、ちゃんと毎日訓練するから」
リーナが笑顔でルディの背中を押した。
彼女の為に作った施療院。
それはもう、果たされた夢。
「わかったよ。僕は‥‥僕達が、リタを治す」
それなら、次は一人の少女の為に。
ルディは仲間を見渡し、そう言い切った。
「うん。ありがとう。ありが‥‥とう」
ヘンゼルは、震える声で礼を告げる。
エリクシールと言う希望を提唱してくれた、めいとユリゼに。
施療院の安全を願い奔走してくれた、エルディンとジャンに。
リタを励まそうと尽力してくれた、レリアンナに。
最善の方法を見つけてくれた、リディエールとラテリカに。
その思い全てが、嬉しかったのだ。
「先生。リタちゃんを眠らせる、良いですか?」
「うん。頼む」
目頭を押さえながら、ヘンゼルが頷く。
ラテリカは、目を真っ赤にしながら、リタのベッドの傍に向かった。
「リタちゃん‥‥」
最初は、中々近付かせてくれなかった、人見知りの子供シフール。
その子が木の実をプレゼントしてくれた事。
皆、覚えていた。
「リタさん。貴女にはこんな素敵な人達がついています。必ず治りますからね」
その傍らで、めいがまず声を掛ける。
そして、他の冒険者達に配慮して、直ぐにベッドの傍を離れた。
「リタ様。わたくし達、ずっと覚えていますわ。貴女と共にここで過ごした日々を」
「リタ、必ず僕達が治す方法を見つけるから。待ってて!」
レリアンナとジャンも呼びかける。
「リタ殿。また私達と一緒に聖なる夜を迎えましょう。その日を楽しみにしています」
「エルフの私には、残された時間がたっぷりあります。必ず治してみせます」
エルディンとリディエールも、それぞれに暫しの別れの言葉を掛けた。
最後に、ラテリカが煎じた月読草をリタに与える。
「今日まで良く頑張ったですね。でもリタちゃん。楽しいことだって、夢を見ることだって、これからです」
そして、その小さな掌を、そっと指で包んだ。
「‥‥全部、これからです」
ラテリカの涙が、頬を伝い、その指に落ちる。
それは、目を細めたリタに一言残す力をくれた。
「‥‥おうた‥‥ありがと‥‥」
雫が、流れる。
沢山の笑顔に囲まれ。
未来へと夢を託して――――
リタは、眠った。
こうして。
シフール施療院の物語は、一つの区切りを迎えました。
けれど、それは終わりではありません。
リーナが飛べるようになる、その日まで。
リタが目覚める、その日まで。
それから後もずっと。
施療院は、その扉を開き続けるでしょう。
そして。
「はい。では、その薬を探しに行って来ます」
ルディともう一人の少女の物語も、また――――
――――to be continued.