精一杯の愛を込めて 〜れっつ村おこし〜

■イベントシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月16日〜12月16日

リプレイ公開日:2009年12月23日

●オープニング

 突然の飛躍より、一歩先の未来。
 恋花の郷が下したその決断は、今年の村の聖夜祭の方向性を決定付けた。
 沢山の観光客を呼び込むより、これまで足を運んでくれた人達に精一杯の愛を込めて、おもてなしをする。
 村おこしをはじめて、自分達がしてきた事を振り返る――――そんなお祭りにしようと、村人達は話し合いの中で決めた。
 それに賛同出来ない者も少なからずいたが、最終的にはこの方向で纏まり、それぞれの家庭、それぞれの施設で冬のお祭りを祝う事となった。
 開催時期は、パリなど大都市と少し時期をずらし、年が明けた後を予定している。
 行く年を偲ぶより、来る年を祝おうと言う、村人達の意思だった。
 そして、もう一つ。
「年が明けたら、アンジュちゃんが帰ってくるような、そんな気がするんだよね」
 ダンスユニット『フルール・ド・アムール』のリーダー、ハンナ・カルテッリエリがそう呟くと、その家の食卓でコクコク羊乳を飲んでいた少女達――――ルイーゼとアンネマリーは不思議そうにハンナの方に視線を送った。
「だから、今回の聖夜祭のテーマは『おかえり、アンジュ』! 皆それで一致団結したんだよ」
「ほえー」
「‥‥」
 アンネマリーは感心したように、ルイーゼも興味深げに話を聞いている。
「と言う訳で、これから皆で聖夜祭の準備! 私達も冒険者の皆さんの紹介で、ルッテって街の興行に参加させて貰うからダンスの練習しないと」
「おおっ、すごいなー。よし、私達も何かしよう! 何をしよう?」
「‥‥お絵描き」
 アンネマリーの他力本願な意気込みによって、子供達は聖夜祭に向けてお絵描き隊を結成する事となった。
 その他、それぞれの場所で祭りに向けての準備を始めている。
 煌びやかに。
 そして、明るく楽しく。
 いつ帰って来ても良いように。
 あの鳴き声を、いつでも歓迎出来るように――――
  


◆現在の村のデータ
 
 ●村力
  954
 (現在の村の総合判定値。隣の村の『リヴァーレ』を1000とする)
 ●村おこし進行状況
 ・「おかえり、アンジュ」を合言葉に、聖夜祭の準備を進行中
 ・ダンスユニット『フルール・ド・アムール』パリでの興行決定! 猛練習中
 ・宿屋『シエル・デ・ラ・ヌア』で祭用の飾り付けの手伝いを募集中
 ・酒場『スィランス』で祭用の赤白ワインの名前募集中
 ・飲食店『アンタンデュ』で祭用の料理を募集中
 ・恋花牧場で祭中に開催予定の動物レースを計画中
 ・修道院で鼓笛隊が聖歌の練習中
 ・村学の子供達がお絵描き隊を結成! 練習中
 ・パン職人学校で聖夜祭用パンを検討中


 ●人口
  男219人、女163人、計382人。世帯数140。
 ●位置
  パリから50km南
 ●面積
  15平方km
 ●地目別面積
  山林75%、原野12%、牧場8%、宅地3%、畑2%。海には面していない

●今回の参加者

ラテリカ・ラートベル(ea1641)/ ミカエル・テルセーロ(ea1674)/ アーシャ・イクティノス(eb6702)/ 陰守 森写歩朗(eb7208)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302)/ エレイン・アンフィニー(ec4252)/ エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)/ レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988

●リプレイ本文

「こう言う企画考えてきたんだけど、どうかな☆」
 ボタン雪の舞う恋花の郷で、村長宅を訪れたエラテリス・エトリゾーレは挨拶もそこそこに、村の聖夜祭に関して一つの案を提唱した。
 それは、スタンプを使った企画。
 まず、予め観光客や村人達に提供する専用の木板を用意する。
 次に、村の各施設や観光名所にスタンプ台を設置し、紐で台と結んだスタンプと、インク及びインク皿をそこに置いておく。
 観光客達には、村の入り口か本部となる村役場で木板を渡しておき、その場所を訪れた者達には、その施設の者が木板の所定の位置にスタンプを押す。
 全ての施設を回ってスタンプを集め切り、最後に村役場で押すと、景品が提供されると言うものだ。
「これなら、全部のお店にも回って貰えるよ☆」
「良し、採用!」
 村長ヨーゼフの即決により、聖夜祭にはスタンプラリーが行われる事になった。
 それに伴い、説明・解説を記した看板を村の数箇所に設置。
 スタンプ及びスタンプ台、木板の制作も行う事になる。
 ついでに各施設の解説や豆知識を記した看板も作る事になった。
「了解した。では早速今日から取り掛かろう」
「宜しくだよ☆」
 エラテリスはぴゅーっと村を走り、大工フレイ・クーランドにそれらの制作を依頼。受理された。
「あ、エラテリスさん。こんにちは」
「シュヴァリエさん☆ こんにちはだよ☆」
 そこに、ジャン・シュヴァリエが通りかかる。
 エラテリスは満面の笑みで、スタンプラリーについてジャンに説明した。
「へぇ、面白そうですね! 僕も協力出来る事あるかな?」
「クーランドさんにお願いした看板とかスタンプ台を作って貰えると助かるよ☆」
「それじゃ、アリス亭に置くのは僕が作ろっか」
 ジャンはこの恋花の郷で『アリス亭』と言うお店を営んでいる。
 馬車屋であると同時に、軽食を出したりお土産を売っていたりするお店で、かなり多様な事もあって多くの人が訪れている。
 同時に、結構複雑なお店なので、解説の看板設置はお店にとっても都合が良かった。
「お願いするよ☆ あと、景品も決めないと☆」
「皆さん、お久し振りです」
 そこに、陰守森写歩朗が合流する。
 森写歩朗にとって、およそ4ヶ月ぶりとなる恋花の郷。
 当時からまた発展したこの村を歩き回りながら、その空気を堪能していた。
「森写歩朗さん、暫く。元気してましたか?」
「ええ。ここに来ると、パンを食べたくなりますね」
 そして、芳しい香りに目を細める。
 変わっている所。
 変わらない所。
 どれも眩しかった。
「陰守さん、こんにちはだよ☆」
 エラテリスは森写歩朗にも説明し、景品について意見を伺った。
 余り豪華過ぎず、ある程度量を確保出来る物――――
「それなら、土産物や馬車の割引券など如何でしょう? 勿論、オーナーさんの許可が必要ですが」
 森写歩朗はジャンを見つめながら提唱した。
「はい、大丈夫です。寧ろ大歓迎です!」
 観光客が割引券を手にすれば、利用する機会も増える。
 良い宣伝にもなるし、馬車の利用が増えれば村に訪れる者も増える。
 土産物に関しても同様だ。
 名産品を購入して貰えば、それも大きな発展の一歩となるだろう。
 一時の利益率の低下など、問題にならない。
「決まりだね☆ それじゃ、村長さんに伝えてくるよ☆」
 再びぴゅーっと走り去ったエラテリスの行動力に、ジャンと森写歩朗は思わず笑みを零した。


「――――と言う訳で、お祭りの日には色んな所でスタンプを押して貰おうね」
「はーい!」
 村校に足を運んだジャンは、早速その企画を子供達に伝えた。
「おぉ‥‥楽しそうですね」
 その話を右隣で聞いていたミカエル・テルセーロも、思わず口元を緩める。
 半月ほど前に見せた、沈んだ姿はもうない。
 ミカエル自身、今回この地を訪れるにあたり、気持ちの整理を付けていた。
「私にも協力出来る事がありましたら、何でも仰って下さいね。ジャン君」
 左隣で柔らかく微笑むエレイン・アンフィニーが首を傾けてそう進言すると、ジャンは鼻の頭を掻きながら苦笑する。
「あ、うん。後でお願いする」
「せんせー! おえかきまだー?」
 そんなジャン達に、子供達がせがむ。
 彼等が独自で結成したお絵描き隊。
 聖夜祭に向けて『おかえり』をテーマに色々な絵を描き、それを当日何処かへ展示すると言う話が、既にミカエルから提案されていた。
「でも私、全然絵心無くて‥‥教えられないんです」
 常任教師マリーが、恥ずかしそうに俯く。
 ちなみに、お手本と称して書かれたらしい『村長の絵』が教卓の裏に仕舞われていたが、ジャンもミカエルもエレインも見て見ぬ振りをせざるを得ない出来だった。
 具体的に言うと、牧場で飼われている馬と羊を溶かしたような絵だった。
「任せて下さい! 僕達がしっかり教えますから」
 ジャンが胸を叩く。
 それを見た子供達から「お〜」と言う歓声が上がった。
「それじゃ、まず質問をするね。皆の『おかえり』って、どんなのかな?」
 ミカエルの問いに、子供達は今度は「ん〜」と言う声を挙げ、全員で上を向く。
 何故上を向いているのかは良くわからないが、その方角に何となく想像した物を浮かべているのだろう。
「おかえり‥‥私はいつもお母様に言って貰ってる」
 先陣を切ったアンネマリーの言葉に、アルノーら他の子供も頷いていた。
「‥‥私は、おじいちゃん」
 ルイーゼは伯祖父の事を口にする。
 一方、新入りのプラムだけは、何も言わなかった。
「‥‥」
 その様子に、4人の教師は顔を見合わせる。
 暫し沈黙の後、ジャンが口を開いた。
「プラム、君にはない? 『おかえり』」
 慎重に、決して壊さないように。
「‥‥わかんない。おうちかえっても、だれもいないから」
「そっか‥‥」
 ジャンは一瞬目を伏せ、でも直ぐに笑顔を作る。
「それじゃ、僕達が君に言うよ。今日からここが、君の『おかえり』の場所だ」
「‥‥プラム君、それじゃダメでしょうか?」
 エレインが心配そうに問う。
 プラムは、一旦周囲の子供を見渡し――――大きく頷いた。
 彼にとって、既にここは大切な場所なのだろう。
 教師達は全員安堵の表情を浮かべ、微笑を向けた。
 代表して、ミカエルが開口する。
「皆、それぞれの『おかえり』があるね。それは、とてもあったかいんだ。胸に手を当てて想像してごらん」
 おかえり――――そう言われると、その胸がじわっと暖かくなる。
 子供達は感覚的に、それを理解した。
「それを、そのまま絵にしてみよう。皆の、その心を」
「はーい!」
 とは言え、恐らくまだわかっていない。
 それでも楽しそうに、それぞれの机に並んだ薄い木の板と睨めっこしていた。
 

 子供達が聖夜祭に向けて準備を始めているその頃。
「ここは少し抑えて、優しく、お馬さんの走る時のよに歌うと良い思うのですよ」
 修道院で聖歌の練習をしている鼓笛隊の面々も、ラテリカ・ラートベルの指導の下、着々と練習を積んでいた。
 元々、村の音楽好きで構成されていたこの鼓笛隊も、ラテリカが顧問となってからは、結構本格的な演奏や歌唱をするようになり、村の行事には欠かせない集団となって来ている。
 この聖歌も、村長ヨーゼフが正式に依頼したもの。
 仕事ではないが、それなりに責任を持って練習する必要があった。
「ラテリカちゃん、ここは‥‥」
「そこはですね、囁くよに。えと、『つばさやすめ♪ しずかにまち♪』こんな風でしょか」
 ラテリカは自分の歌や演奏を彼等に教える際、わかり易いように歌ってみせる事が多い。
 ただ、まだ自分自身修行中の身と言う意識がある事や、性格的な事もあり、指導すると言うのは些か抵抗がある。
 その為、聞かれた事に答えると言う形で協力していた。
 それでも、純粋な性格の者ばかりなので吸収が早く、上達は顕著。
 ラテリカが大満足する中、練習は滞りなく進んだ。
「お茶入りましたですよー」
 そして、一旦休憩。
 鼓笛隊は修道院の暖炉のある部屋に移動し、そこにラテリカがマロウやリコリスのお茶を届ける。
 うがい薬や咳止め等に使われるこれらのお茶は、鼓笛隊の喉を労わってのものだった。
「暖かや〜」
 若い者から初老の男まで、皆がぽ〜っと茶をすする。
 世界平和の平均をこの局地のみで相当に引き上げるくらいの緩々さだ。
 その雰囲気を全身で味わいながら、ラテリカは終始笑っていた。
「ところで、お祭りの時着る衣装はお決めになられましたでしょか?」
「衣装? これでは駄目だろうか」
 鼓笛隊リーダー、ジョルジュは普段着で、と言うつもりだったらしい。
 その方が村の催しと言う感じが出て、それはそれで良いのだが――――
「ラテリカ、お祭りの主題に合った御衣裳、考えて来ましたです」
 そこまで告げ、ラテリカは一息吐く。
「皆さん、アンジュちゃんになるですよ!」
 そして、眉尻を上げつつ力説した。
「‥‥え?」
 鼓笛隊の面々は、何が何やらわからずキョトンとしていた。


 一迅の風が柵を撫でる。
 冬の恋花牧場は一面の雪に覆われ、その雪で全身を擦るように馬達がゴロゴロと転がっている。
 レリアンナ・エトリゾーレの連れて来た驢馬のポテンスは、その様子を首を傾けながら見ていた。
 その他、牧場にはラテリカの驢馬ヴェルテや森写歩朗の愛馬の黒耀、ジャンの愛馬ロルカもいる。
 ユニコーンやペガサスは森の中で待機中だ。
「以前、こちらも縁の深いルッテと言う街で、ペット達と共に街の中を走る催しが行われましたわ」
 そんな牧場では、レリアンナが従業員達に牧場レースに際しての注意点等を説明していた。
 一度、ルッテでそう言ったレースを開催するよう進言した事もあるレリアンナは、レースの形態やスタートゲートに関する造詣を有している。
 その助言を、リズ・フレイユは真剣に聞いていた。
 しかし、何処か心此処に在らず。
 レリアンナの説明が終わると、小さく溜息など吐いていた。
「フレイユ様、どうなされました?」
「え、えああ? ううん、何でも‥‥」
 あからさまに動揺していたが、それ以上の発言はなかったので、レリアンナは追求を控え、ポテンスに跨り学校へと向かった。
 その途中、宿屋『シエル・デ・ラ・ヌア』に差し掛かると、その入り口の前では、アーシャ・エルダーが鼻歌交じりに飾り付けを行っている。
 ベゾムに跨り、ふわふわ浮きながら扉の上部に羽根付きのリースを飾っていた。
 そんなアーシャに、レリアンナは相談を持ちかける。
「それは恋愛絡みで間違いないです」
「あら? イクティノス様‥‥こほん、エルダー様もそう思われますかしら?」
「ふふふ。今の私は恋愛マスターですから」
 新婚のアーシャは断言しつつ、地上へと舞い降りた。
「となりますと、少々お姉さまには難しい問題ですわね。フレイユ様の相談役をお願いしているのですが」
 余りそう言った話に縁のないエラテリスを思い浮かべ、レリアンナは白い息を吐く。
 尤も、斯く言う彼女自身――――なのだが。
「ですが、その問題を解決するのに相応しい方は、私達じゃない気もします」
 女の勘。
 アーシャは温和に微笑みながら、頭に積もった雪を払った。


「くしょん!」
 酒場『スィランス』を訪れていたミカエルのくしゃみが、室内の空気を小さく揺らす。
「ミカエルさん、風邪でしょうか?」
「あ、いえ。違うと思います」
 鼻頭を少し赤くしつつ、エレインの問いにミカエルは首を振った。
 学校での勤めを終えた2人がこの場を訪れたのは、募集されていたワインの名前の提案をする為。
 既に村人からも幾つか案が寄せられているようだ。
「‥‥」
 無口なマスター、ミルトンはそのリストをカウンターに座る2人の前にスッと差し出した。
『情熱の夕日、無垢の雪(byミリィ)』
『まっかっか、まっしろけ(byアルノー)』
『やんちゃサラマンダー、にっこりスノーマン(byハンナ)』
 その他、まともな意見もあれば、酷いセンスのものもある。
「あら‥‥」
 その中から、エレインはパン職人カールの案を見つけた。
 記載されていたのは白ワインのみ。
『フラウ』
 それは、エレインの連れているユニコーンの名前だった。
「‥‥」
 エレインは沈黙のまま、暫しその文字を見つめていた。
 この村に留まるに辺り、エレインは一つ大きな宿題を抱えている。
 それはとても大事なこと。
 その答えを出す日は――――近い。
「皆、それぞれに特徴があって良いですね‥‥面白い」
 ミカエルはそんなエレインの隣で、じっくりとリストを眺めている。
 そんな2人に、マスターはそっと羽ペンを差し出した。
 それぞれの案を書いてくれ、と言う事らしい。
「遅くなりましたわ」
 そこにレリアンナも合流。
 ミカエルは『夢蕾』、エレインは『シャルール(温もり)、アヴニール(未来)』、レリアンナは『夢想う恋、雪中の花』と記し、マスターへリストを返した。
「‥‥」
 マスターは親指を立て、今度はそれぞれにお酒を差し出す。
「もしかして、プレゼントでしょうか?」
 エレインの言葉に、マスターはコクリと頷いた。
 決定した名前のワインは、聖夜祭の時に出すらしい。
「楽しみですわね」
 レリアンナの自信ありげな表情に、ミカエルは微笑みながら頷いた。


「自信がない?」
 聖夜祭まではまだ多少の時間がある最中、自身のパン工房である『カールのパン屋』内で、カールは森写歩朗に不安を零していた。
 尤も、パンに関してはとても順調。
 森写歩朗の提案した『ミニパン』は、サイズを小さくする事で子供達やシフールにも食べやすいパンとなり、更なる人気を博す事だろう。
 加えて、それらのパンにもしっかり同じようなトッピングを拵える事で、美術的価値も付随。
 新たな名物となりそうだ。
 問題は、パンではなく――――ワインの名前の事だった。
「はい。実はその‥‥もしその名前が選ばれたら、それを渡して告白しようかと思ってて」
 生地を練りながら、溜息一つ。
「でも、何の捻りもなかったし‥‥はぁ、選ばれないだろうなあ‥‥」
 先ほどの溜息を新しい溜息が押す。
 とは言え、そんな状態でも生地はしっかり練っていた。
「余り気に病んでも仕方ありませんよ。もう提出してしまった以上、後は成るようにしか成りませんし」
 その隣で、森写歩朗はミニパンの為に生地を小さく整形していた。
 その手捌きはプロも顔負け。
 カールはそんな森写歩朗の技術に驚きつつ、俯く。
「ですね。すいません、なんか愚痴みたいな事言っちゃって」
「いえいえ。誰でも不安を口にしたい時はあります。自分でよければ、何時でも聞きますよ」
「うう、ありがとうございます」
 ぐいっ、ぐいっと生地を押しながら、カールはへなへなと笑っていた。


 同時刻。
 村の広場では、ダンスユニット『フルール・ド・アムール』の面々がへなへなと倒れ込んでいる。
「うう‥‥死ぬ‥‥」
「はうう‥‥も‥‥だめ‥‥」
 朝からぶっ通しで練習していた為、全員がこの寒い中身体から湯気を出していた。
「まだまだ! ホラ早く立って! こんなんじゃ、パリの貴婦人の笑い者だよっ!」
 そんな中、一人リーダーのハンナ・カルテッリエリは手を叩いて起立を促している。
 同じ運動量をこなしても、まだまだ余裕。
 ハンナの運動神経と体力は非常に高く、それが彼女をリーダーに至らしめた要因だった。
「あ、あの、カルテッリエリさん‥‥そろそろ休憩にした方が良いんじゃないかな?」
 その隣で、エラテリスはオロオロしながら鬼のハンナを諌めている。
 スタンプラリーの解説や地図を描いた看板を持って来たついでに、途中から一緒になって踊っていたのだ。
 しかし、直ぐにその難易度の高さに驚く。
『フルール・ド・アムール』の上達振りには目を見張るものがあった。
 特にハンナは、その動き一つ一つのキレが数段増している。
 パリのトップダンサーになりかねない勢いだ。
 それだけに、要求するレベルが高くなってきているのだろう。
「うーん。それじゃ休憩にしよっか」
 エラテリスの助言を聞き入れ、ハンナは後頭部を掻きながら告げる。
「やたっ! ランチターイム!」
「何食べる?」
「私フルーツ食べたーい」
 すると、数秒までへばっていたダンサー達は何事もなかったかのように立ち上がり、ニコニコ笑顔で話し始める。
「くっ、なんて現金な村娘達」
「あ、あはは☆」
 ハンナのしかめっ面に、エラテリスは笑うしかなかった。
「でも、カルテッリエリさん凄いね☆ もうボクよりずっと上手だよ☆」
「むっふっふ。エラぴー、私の全力がこんなものだと思わないでね。まだまだ余力あるぜ」
「え、ええ、エラぴー?」
「私にはもうダンスしかないの。ダンスで生きると決めたの!」
 きゅらーんと目を輝かせ、ハンナは星一つ見えない青々とした空を指差す。
「私は誓う! パリであの一番星のように輝いて、男の人にモテるようになるってね! もう女の子から告白されたり追い掛け回されたり、そんなの嫌!」
「そんな〜。ハンナお姉様〜」
「あーっ! 引っ付くなっ!」
 ダンサーの一人がだーっと涙を流してハンナに擦り寄る様を、エラテリスは冷や汗交じりに眺めていた。
「皆さん、こんにちはなのですよー」
 そんな修羅場(?)の最中、広場にラテリカが入って来る。
 その傍らには、お絵描き隊の子供達とアーシャもいた。
「これから、この子達とアンジュの雪像を作るのです。エラテリスさんもご一緒しませんか?」
「えええっと、お呼ばれしたいけど、これから看板の材料を運ばないと☆」
「はわ‥‥残念です」
 ラテリカとアーシャに見送られ、エラテリスはスタタと広場を後にする。
「それじゃ、代わりに私達がお手伝いしましょう」
 その様子を見ていたハンナが申し出る。
「え! リーダー、ご飯は!?」
「まだ早ーい! あんたらはまずその甘ったれた精神面をどうにかなさい!」
 ブーイングが飛び交う中、ハンナはギロリと睨みを利かせ、黒っぽい夫人を演じていた。
「ダンスの道はとても険し、なのですね‥‥」
「どうなんでしょう。楽しそうにも見えますが」
 その様子をラテリカはハラハラしながら、アーシャは苦笑しながら見つめていた。


 その後、広場ではアンジュの雪像が作られて行った。
 子供達は、雪玉をコロコロ転がしてどんどん大きくしている。
「てりゃー!」
 アーシャはその数倍の大きさの雪玉を凄い勢いで転がしていた。
 一方、ラテリカと『フルール・ド・アムール』はアンジュ像の周りを飾る花を制作。
 用意した食紅や天然成分で作られた絵の具を使い、木で象った花を色とりどりに塗り、それを寝かす。
 さっきまで雪玉を作っていた子供達も、そちらの方に興味を抱き、どんどん群がって行った。

 おえかきしましょラン、ラン、ラン♪
 雪の上からシュッ、シュッ、シュッ♪

 ウサギさんの赤い目も♪
 白鳥さんのくちばしも♪
 きれいにぬりぬり ぬりぬりしましょ♪

 みんなでおててギュッ、ギュッ、ギュッ♪
 アンジュといっしょにラン、ラン、ラン♪
 
 ラテリカと子供達は、歌いながら色を重ねていく。
 雪自体にも色を付け、広場は幻想的な空間へと様変わりして行った。
「出来ました!」
 そんな中、アーシャが満足げに仁王立ちし頷くその眼前に、巨大なアンジュ像が完成。
 羽根を畳み、丸まっている姿を模したその雪像は、実にアーシャの倍くらいの大きさになっていた。
 それでも造形はきちんと整えられ、表情は(⌒ω⌒)。
 アンジュの特徴をしっかり掴んでいる。
「アンジュちゃん‥‥お空から見てくれるでしょか」
「きっと見てくれますよ。あの子の居場所はここなのですから」
 特にアンジュを可愛がっていた2人。
 その視線は、どこか真っ白な猫に似ている上空の雲に向けられていた。


 徐々に日が傾き始める中、レリアンナは飲食店『アンタンデュ』を訪れていた。
 スタンプラリーに使用する木材を提供しようとした所、それはもう十分あるから、それより食紅を貰って来て欲しいと頼まれたのだ。
「ごめんくださいませ‥‥あら、繁盛しておりますわね」
 まだ夕食には早い時間なのだが、テーブルには鼓笛隊の面々が陣取っており、活気に満ちていた。
 ラテリカも同席しており、仕立て屋と思しき女性もいる。
 どうやら、衣装に関して話し合っているようだ。
「‥‥はい、了解。はは、アンジュも喜ぶわねー」
 仕立て屋はラテリカの説明を受けながら、終始穏やかに笑っていた。
「ジョルジュさんの天使猫姿か‥‥シュールだけど面白そうよねー」
「きっとお似合い思うですよ」
「そうかい? ラテリカちゃんにそう言われると、そんな気になってくるな」
 顔を緩ませるジョルジュに、仕立て屋の女性が大声で笑う。
 とても良い雰囲気だった。
「レリアンナさん。どうされました?」
 その光景を暫し眺めていたレリアンナに、森写歩朗が話し掛ける。
 客席ではなく、厨房の入り口から。
「あら? お手伝いをなさっておられるのかしら?」
「ええ。聖夜祭用のメニューを創作がてら、腕を振るわせて貰っています」
 その手には、鍋用の野菜を盛った皿が持たれていた。
 各野菜を花のように切り、まるでフラワータワーのように仕上げている。
「まあ、素敵ですわね」
 レリアンナは感心を露わにしつつ、暫し思案顔を作る。
「あの、陰守様。同じような手法で、動物の形を模した物を作る事は‥‥こほん、いえ、何でもありませんわ」
「可能ですよ。それも聖夜祭メニューに加えておきましょう」
 にっこり笑う森写歩朗に、レリアンナは口元に手を当てつつお辞儀した。


「いらっしゃいませ。珍しいですね、ミリィさんがここに来るなんて」
 羽猫ショップ『アンジェリカ』の店頭を訪れたミリィ・レイナを、店番をしていたアーシャが迎える。
 そんなミリィの後ろには、2人の子供がいた。
 学校に通うアルノーとルイーゼだ。
「あら。可愛いカップルさん達も一緒でしたか」
「この子達にお人形かペンダントを買ってあげる事になりまして。どっちが良いでしょうか?」
 ミリィの穏やかな笑み付の問いに、アーシャは暫し考え――――
「両方がベストです」
 本気でそう答えた。
 実際、商品を前に子供達はとても真剣に悩んでいる。
 中々どちらかに決められそうもない。
「2人ともアンジュの事が心配なんですね」
 そう呟き、アーシャは懐からある物を取り出し、子供に見せた。
「これは、ある方から貰ったアンジュの羽です。私の大切なお守りなんですよ。こんなに皆から愛されているのですから、きっと帰って――――」
「あの、それは‥‥」
 ミリィの指摘に、アーシャは自身の取り出した『ある物』を改めて見る。
 それは羽ではなく四葉のクローバーだった!
「――――来ると信じて、新商品の販売も予定しています。近日発売です」
 アーシャは強引に話題を変え、彩りを加えた羊皮紙を取り出し、見せる。
 そこには『羽の生えた猫のマグカップ』と書かれているカップの絵が描かれていた。
 取っ手には、羽を伸ばしたアンジュの姿も。
「底にはハートのレリーフを施しています。恋人とペアで持っていると、素敵なのです」
「‥‥」
 その説明に、ルイーゼが身を乗り出すようにして聞き入っていた。
「これがいいの?」
 アルノーの問いに、ルイーゼはコクリと頷く。
「それじゃ、新製品が出てからまた来よっか。アーシャさん、ありがとうございました」
 お客が去る。何も買わず。
「はう〜、接客失敗〜」
 アーシャはだーっと涙を流し、店の奥に引っ込んで行った。

 
 その所為と言う訳でもないが――――夕刻を前に、降雪量が急に増加し、恋花牧場では外に出していた動物達を早めにそれぞれの小舎へと収容していた。
「あ、待って!」
 そんな中、リズの目の前で一頭の馬が突然逃げ出す。
 雪が目に入ったのかもしれない。少し興奮気味に柵を乗り越え、そのまま駆けて行く。
「危ないってば! 待ってよーっ!」
 リズは全力でその馬を追いかけ、白い息を乱しながら、雪上を這うように走る。
 しかし、馬の脚に敵う筈もなく、見失い――――
「‥‥あ‥‥」
 その途中、視界に予想外の人物を捉えた。
 想い人。
 生まれて初めて告白した相手。
「や、リズ」
 そのミカエルは、真正面からリズを見つめ、小さく微笑んでいる。
 以前とは違う眼差しに、リズは更なる不安を宿した。
 今度は――――リズが視線を外す。
「あの‥‥この前は突然あんな事言って‥‥」
 狼狽するリズのそんな言葉を、ミカエルは首を横に振り、遮る。
 ミカエルにとって、リズの告白は決して足枷ではなかった。
 数多の逡巡や後ろめたさで、虚ろになっていた目の前の自分。
 それが、おぼろげながらも、見えるようになったのだから。
 否定的な言葉は聞きたくなかった。
「こう言うのは卑怯かもしれないけど、少し時間が欲しいんだ。今、僕は走り続けている最中で、自分の事を上手く考えられない」 
 ミカエルは胸に手を当てて、想いを注げた。
「全て、走り抜けたら‥‥きちんと」
「わ‥‥かりました」
 リズは驚きを隠せずにいた。
 ミカエルの真面目さは知っているものの、そこまでしっかり考えて貰っているとは想像していなかった。
 それだけでも、幸せだった。
「あ! 馬! すいません、コロが逃げちゃったんです!」
「え?」
 そこでようやく思い出す。
 ちなみにコロと言うのは逃げた馬の名前だ。
「どっちの方角に?」
「多分‥‥あっちの方」
 自信のない声で指差すリズに、ミカエルは苦笑しつつ。
「僕も探すよ。牧場のレースの事でお話があったんだけど、見つけてからにしよう」
「はい!」
 2人で一緒に駆け出した。


 日が暮れ始め、子供達もとっくに下校した中、ジャンとエレインはまだ学校に残っていた。
「ごめんね。今日中は無理ってわかってるけど、少しでも進めておきたくて」
 ジャンの眼前には、椅子に座るエレインの姿がある。
 ジャンの希望で、モデルをしているのだ。
「それは大丈夫ですわ。ただ‥‥やっぱり慣れませんね」
 エレインが苦笑しながら、小さく息を吐く。
 何時間も動かずにいるというのは、かなり辛いのだ。
 外は雪。
 学校の教卓の上には、午前中に作った星やベルなどの飾りが置かれており、小さいながらも聖夜祭の雰囲気が徐々に濃くなってきていた。
 また、生徒達の机には、それぞれ今日書いた絵が置かれている。
 この日書いたのは、『おかえり』と言う言葉から想起して貰ったもの。
 やはり母親の絵が一番多く、それぞれ独創的な絵が描かれている。
「凄いよね、子供は。筆に迷いがないって、僕達には絶対真似出来ないよ」
 ジャンはそう呟きつつ、自分の描いているエレインの絵を、子供達の絵と比べてみる。
 無論、上手さでは比較にならない。
 けれどきっと、見る人の心を打つのは、子供達の絵なのだろう。
 そう思うと、ジャンの心は揺れる。
 これまでの人生、沢山の事があって、沢山の事を覚えてきた。
 純粋なつもりでも、その想いの何処かに、この絵のような『上手く描きたい』と言う欲があるのと同じような不純物が混じっているのではないかと。
 それならば、より純粋な想いに勝てないんじゃないかと。
 子供が大好きな目の前の女性は、きっと――――
「エレイン。もしかしたら‥‥この絵はエレインの心に響かない物になるかも」
 そんな弱気な声が、思わず出てしまった。
「そんな事はないと思いますわ。私、ジャン君の絵が大好きですから」
 エレインは透明な笑顔でそう答える。
 ジャンは、少しはにかみながら、小声で『ありがとう』と囁いた。
「‥‥ジャン君」
 そんなジャンに、エレインは静かに告げる。
「もう少しだけ、待っていて貰って良いでしょうか?」
 それは――――2ヶ月前のジャンの告白の返事。
 いつも穏やかに見えるエレインだが、ずっとその事で悩んでいた。
 そして、今もまだ。
「あ、うん。勿論。何時までだって待つよ」
 ジャンのその言葉に、エレインは俯き、そのまま沈黙した。
 絵の中の彼女とは対称的に――――


 雪は直ぐに落ち着き、柔らかく、舞うように振り続ける。
「お手伝いの御礼、皆さんも頂いたんですね」
「うふふー。ラテリカ、角笛頂きましたです」
「わたくしも、このような可愛らし‥‥こほん、いえ、淑女の身嗜みには少々持て余す品を頂きましたわ」
 宿屋『シエル・デ・ラ・ヌア』の前を通りかかる森写歩朗、ラテリカ、レリアンナの3人は、今日の事を朗らかに語り合っていた。
「あ、皆お疲れだよ☆」
 そこに、エラテリスが看板を抱えてどーっと走って来る。
「お姉さまこそ、御苦労様ですわ。一日中走り回っていたようですわね」
「走ると暖まって気持ち良いよ☆」
 そう答え、エラテリスは看板を宿屋の前に置いた。
 そこには、宿屋に関する幾つかの豆知識が書かれている。
 こう言った看板が、今日一日で村のあちこちにかなり設置された。
「お姉さま、学校のお子様方が描いた絵を私達の家に展示しても宜しいかしら?」
「うん、良いよ☆」
「では、その旨をテルセーロ様とシュヴァリエ様とアンフィニー様にお伝えになって下さるかしら?」
「わわ、わかったよ☆」
 そして、またもドドドッと走り出す。
「元気の良い事ですわね」
 そんな2人の奇妙な関係を表した一部始終に、ラテリカと森写歩朗は頬に汗を滲ませ、苦笑していた。

 もう直ぐ訪れる、聖夜祭。

 この恋花の郷に積まれてきた沢山の想いがキラキラ光るその日に。
 
 きっと、何かが起こる。

 そんな予感を灯火にして、また今日も村は眠りに付く。

 雪舞う夜空の星を見上げながら、冒険者達もまた。

「きゃーっ! エラテリスさんがコロに轢かれたーっ!?」

 静かに、その日を待つ――――






「はー、死ぬかと思った☆」
 
 満面の笑みで。