いつまでも 〜シフール施療院〜

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月30日〜01月04日

リプレイ公開日:2010年01月07日

●オープニング

「私がお兄ちゃんの後を継ぐ!」
 シフール専用施療院『フルール・ド・シフール』の朝餉の時間。
 スタッフ全員で食卓の中央を囲む中、飛べないシフール、リーナ・セバスチャンはそう高々と宣言した。
「え‥‥?」
 ルディは狼狽と言うより、訳がわからないと言う表情でその言葉を聞いていた。
 無理もない話。
 何しろ、つい先日までは歩く事すらままならなかった少女が、いきなり過酷な労働に従事しようと言うのだ。
「勿論、最初っからお兄ちゃんみたいに出来って思ってる訳じゃないの。でも、少しずつでも力になれたら、って思って」
「良いんじゃない? 体力も既に随分回復したし、更なる訓練にもなる」
 そんなリーナの決意を、シフール医師のヘンゼル・アインシュタインも賛同する。
「でも‥‥」
「大丈夫だよ。リーナは強い子だから」
「そうねー。ルディお兄ちゃんより、よっぽどしっかりしてるしね」
 ヘンゼルとワンダに太鼓判を押され、リーナは鼻息荒く力こぶを作っていた。
「大丈夫かな‥‥」
 その細腕に、ルディは心配を隠せない。
 そもそも、何故いきなりそんな事を言い出すのか――――
「と言う訳で、この施療院はもう大丈夫。お兄ちゃんは安心して、リタちゃんの為に薬を探しに行って」
 ――――結局、その一言の為の決意表明だった。
 病弱の妹に背中を押され、ぐじぐじ悩むようでは、兄が廃る。
「わかったよ。それじゃ、行ってくる」
 とある日の朝。
 太陽のような笑顔に囲まれ、ルディは再び冒険者へと戻った。


 シフール施療院の一室『とまりぎの部屋』には現在、一人のシフールが眠っている。
 リタと言う名の少女だ。
 まだ年端も行かない彼女は、不治の病に侵されている。
 何時その鼓動を止めてもおかしくない、そんな状況の中――――長らくこの施療院を支えてきてくれた冒険者達の決断と、月読草と言う特殊な効果を持つ薬草により、リタは現在、恒久的な眠りについている。
 眠っている間は、病気の進行は極端に遅くなる。
 その間に、ルディはこのリタの病気を治す方法を模索する為、今日のこの日、旅立つのだ。
「リタ、行ってくるよ。偶に顔を見に来るから、ちゃんと良い子にして眠っててね」
 そんなリタの頭を優しく撫で、ルディは窓枠に足をかける。
「それじゃ、頼んだよ」
「お兄ちゃん、しっかりね」
「鳥さんに食べられないようにねー!」
 そして、その部屋に一緒に来ていたヘンゼル、リーナ、ワンダに見送られ――――ルディは新たな冒険に出た。



  Chapitre 11. 〜いつまでも〜



 と、施療院を飛び出したまでは良かったが――――何処へ向かえば良いのかわからず、ルディはノルマンの空を彷徨っていた。
 何しろ、手掛かりが少ない。
 シフール飛脚と懇意にしているルディは、噂話は良く耳にするが、その殆どは根拠の無い物。
 その中にすら、エリクシールの存在に言及したものはなかった。
 バードギルドも同様。
 こうなると、話を持ってきてくれた薬草師や僧侶が依頼で探索したと言う、エリクシールを製造していたと思われる修道院が真っ先に思い浮かぶ。
 だが、既に数人の冒険者が探し回った後。
 そこに具体的な手掛かりが残っている可能性は極めて少ない。
 と言うのも――――彼等が調査し、報告書としてギルドに提出された事で、嫌でも他の冒険者の目に触れるからだ。
 どんな怪我や病気でも治る、伝説の薬。
 それが放置されたままでいる筈もない。
 これはヘンゼルの言なのだが、ルディも納得していた。
 もっと別の情報が欲しいところだ。
 伝説の薬エリクシールを探すとなると、それは所謂『秘宝探し』のカテゴリーに入る。
 秘宝探しとなると、レンジャー、それもトレジャーハンターの生業だ。
 そういった者達の集う場所を探すのが良いのかも知れない。
 或いは、調査を生業としたフィールドワーカー。
「フィールドワーカーか‥‥」
 下にパリの街並みを臨む所まで飛んで来たルディは、小さく独り言を呟いた。
 その職業から思い浮かべるのは、一人の少女。
 今から一年と少し前まで、ずっと一緒にいた人間の女の子だ。
 今は、フィールドワーカーとなり、遠くの国で修行に励んでいる。
 彼女と袂を別ったのは、それぞれの目標が出来たから。
 ただ、その目標が見つかるまでは、冒険者になろうと言う共通の夢を追っていた。
 当時のルディは、そもそも冒険者がどんなものなのかもわかっていなかったが――――
「‥‥?」
 突如、パリの街に影が差す。
 陽光が雲で隠れたのかと思い、ルディは首を捻った。
 そこには――――黒い巨大な塊があった。
 良く見ると、羽根が生えていた。
 巨大な――――鳥だった!
「わ‥‥わあああああああああああっ!?」
 ワンダの言葉がそれを呼び寄せたのか。
 ルディは己の身体の六倍以上あるその鳥から逃れる為、全力で降下した。
 しかし、鳥も追ってくる。
 背中に感じる威圧感たるや、尋常でないものがあった。
 追いつかれれば、一瞬で人生が終わる。
 街まで辿り着けば、狭い路地に逃げ込める――――が、その前にルディの眼前に巨大鳥の顔が広がった!

 終わり。

(リタ‥‥リーナ‥‥ゴメン)
 最期にそう心中で懺悔し、ルディは目を瞑った。
「ルディ、どうして逃げるんでしょうか。私が嫌いになったんでしょうか」
 その声を聞くまでは。
「‥‥へ?」
 目を開けると同時に、飛び込んで来たのはやはり鳥の顔。
 良く見ると、白鷲だった。
 精悍な顔立ちだが、獰猛さも持ち合わせている。
 そんな白鷲が、何故思い出の中の少女の声で――――
「せっかく、久し振りに会えたのに」
 少し拗ねたその声の主は、鳥の背中にいた。
 ララ・ティファート。
 彼女から貰った手紙は、今も大事に取ってある。
『きっとまた、巡り会う時が来ます』
 その中の一文が――――この日、実現した。


「‥‥え!?」
 ホワイトイーグルの背に乗ったルディは、ララの言葉に思わず耳を疑う。
 ララがパリに訪れた理由は、とある薬を探す為だった。
 その薬とは――――
「生命力と引き換えに、万病を癒すと言う薬です」
 ララの言葉に、ルディは耳を疑った。
 前半部こそ違うが、ルディの探しているエリクシールと極めて性質が近い。
「その薬の手掛かりが、私が以前調査をした街にあるようなので」
「調査に?」
 ララはコクリと頷く。
「マルゼルブ街と言う所の地下にあるそうです」
 ララの顔が引き締まる。
 そこには、以前の頼りない少女はいなかった。
「ララ、僕も協力するよ。実は僕も、そう言う薬を探してたんだ」
「そうですか。偶然ですね」
 特に感動も無く。
 この辺りは余り変わっていなかった。
「で、もし見つけたら‥‥分けて欲しいんだけど」
「わかりました。では、早速行きましょう」
「わ、待って! 調査するなら、協力を‥‥わーっ!」
 白鷲が舞う。
 一年と少し前、懸命に地上を這っていた二人が、大空へと。


 優しい世界を、目指して。

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec4988 レリアンナ・エトリゾーレ(21歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)

●サポート参加者

エラテリス・エトリゾーレ(ec4441

●リプレイ本文

 優雅に舞う白鷲の姿が、陽光に溶け込むように、小さくなっていく。
 それを見送ったルディは、小さな白の息を吐き、くるりと振り返った。
「それじゃ、行こう。マルゼルブ街に」
 新たな旅立ちの為の第一歩。
 これまでと同じ仲間達に囲まれ、ルディはそれを空中で踏み出した。
 シフールの誇りと共に。



 ‐いつまでも‐



「みんな、頑張ってね☆」
 大きく手を振って見送るエラテリス・エトリゾーレに手を振り返し、レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)、ラテリカ・ラートベル(ea1641)、エルディン・アトワイト(ec0290)の三人はルディと共に目的の街を目指す。
 ルディがシフール施療院を作りたい、と冒険者ギルドに駆け込んだのは、今から一年数ヶ月前の事。
 それから今に到るまで、冒険者達は数多の難題に立ち向かってきた。
 そして、シフール施療院が完成した今、その難題は更にその度合いを増して来ている。
「ルディさんは、ララさんと一緒じゃなくて良かったですか?」
 ふかふかの赤い鬣を揺らす愛馬アランを操りながら、ラテリカは目の前を飛ぶルディに訪ねてみた。
 ラテリカが初めてルディとララに出会ったのは、シフール施療院の話が立ち上がる少し前。
 当時、冒険者を目指していた二人が恋花の郷と言う村まで行くという冒険を敢行した際、それをこっそり護衛したのが始まりだった。
 以降、交流は続いている。
 それだけに、二人の仲の良さはよく把握しており、その問い掛けに繋がったのだ。
「うん。こっちの方が僕に出来る事が多いと思うし」
「ほう‥‥立派な心掛けですね」
 持ち馬と共に併行するエルディンが、感心するように唸る。
 エルディンも、施療院の依頼が出される少しだけ以前に、ララとルディの二人と面識があった。
 二人の人生が分かれるその場に立会い、パリの街を案内していたりする。
 その時連れていた馬達も、いまや立派に成長していたが――――目の前のシフールも負けず劣らず育っていた事に、思わず目を細めていた。
「お姉さまの記憶が確かなら、もう直ぐ道が二手に‥‥あら、ちゃんと分かれていましたわ」
 驢馬ポテンスの背の上で揺れながらレリアンナは意外そうに呟く。
 レリアンナは施療院建設の話に関心を抱き、以降定期的にルディの元に集っている。
 その間、クレリックとして常に命の重さと向き合い、人を治す事、癒す事とはどう言う事かを諭し、自身も学んでいた。
 レリアンナもまた、ルディと共に成長してきた冒険者だ。
「ララさん達、今頃もうセナールの森に着いたでしょか」
「白鷲の飛行能力は高いですからね。そう言えばラテリカ殿は白鷲のお知り合いがいたのではなかったですか?」
「おられますですよー。とっても立派な方で、ラテリカも何度かお話させて頂きましたです」
 ラテリカとエルディンがレリアンナに従い右の道に馬を誘導している、その頃――――


「うはー。防寒具着てても寒いね、上空は」
 ララの傍らで、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)は身を竦めながら苦笑していた。
 ジャンは施療院依頼に参加して以降、ララのフィールドワークにも協力した事もあり、双方共に交流がある。
 その為、ルディと会う度にララの事も思い出していたが、ルディが寂しくなると思い、敢えて彼女の名前を口に出す事はなかった。
 しかし今後は、その必要もなくなる――――そう思うと、嬉しさが込み上げて来る。
 ただ、寒いものは寒い。
「ララさんは大丈夫ですか?」
 一方、リディエール・アンティロープ(eb5977)は初対面のララを気遣い、しきりに声を掛けていた。
 ルディと出会い、シフール施療院の建設に携わって来た中で、リディエールは自身の薬草師としての能力を存分に発揮する一方、その限界、壁と言ったものに幾度となく心を痛めてきた。
 それでも、この施療院メンバーの中で最も医療に詳しい事から、多くの責任を背負い、それがリディエール自身の成長にも繋がっていた。
「それにしても、僥倖とはこの事ですよね。まさかこんなに早く手掛かりが見つかるなんて」
 ジャンの言葉に、リディエールは数度頷く。
「生命力と引き換えに‥‥と言う点に引っ掛かりを覚えますが、それでも一筋の光である事に違いはありません。それに、問題があればそれを取り除けば良いですし‥‥ね」
 月読草がそうであったように――――リディエールは決意を胸に、そう付け加えた。
 ジャンはそんな薬草師の青年を心強く思いつつ、口元を引き締める。
「実は、ララさんがマルゼルブ街の事を調べるって話があった時、ちょっと気になってたんですよね。その後、余り調査が進まなかったって話も聞いて、心に引っかかりを残したままになってたんです」
 そして、右手の拳で左の掌を軽く叩く。
「今回の件で、色んな事をすっきりさせたいですね」
 ジャンは少し前、およそ医師と呼ぶに値しない人間を目の当たりにした。
 あのような者が堂々と権力を行使し、医師会を制御している事に、大きな怒りを覚えていた。
 過去の遣り残し。
 今の感情。 
 そして、未来へ繋いだ命の救済。
 それを全て、一度に満たす事は難しいだろう。 
 でも、その足掛かりを作りたいと言う思いは強かった。
「そうですね。時間はまだありますけど、早いに越した事は‥‥」
 ジャンの意気込みに同調するリディエールの声が、徐々に音量を失っていく。
 その視線は、ララに向けられていた。
「‥‥ララさん?」
 先程から声を発しないララに、再び呼びかける。
「ララ? え、あれ?」
 ジャンも異常に気付き、白鷲の背をバタバタと移動してララに触れる。
 ララは、寒さの余り凍っていた。
「えーっ!? ララ、しっかり!」
 ジャンが悲鳴を挙げる中――――白鷲はグイーンと降下し、セナールの森の中にその姿を消した。
 

 その日の夕方。
 マルゼルブ街に到着した四人は、早速各々の方法で調査を始めていた。
「レイモンド、行きますわよ」
 まず、レリアンナは愛犬レイモンドと共に、動物の調査を始めた。
 もし地下があるとすれば、動物はそこに出入りしている可能性が高い。
 例えばネズミや野良猫、或いはコウモリ等。
 ただ、ある程度寒冷な気候の土地に住むネズミは、冬眠している事が多い。
 その為、レリアンナは猫に絞って調査を行った。
 動物と同じ思考を持つ為(?)獣耳ヘアバンドを着用。
 それに合わせ、普段余りしない可愛らしい格好に身を包むのも、全ては調査の為。
 決して、ラテリカのような格好を一度してみたかった、などと言う訳ではない――――と、心の中の何かに言い訳しつつ、レイモンドと共に猫を探す。
「わふっ」
 しかし、中々見つからず、レイモンドは雪に覆われた路地で転がり始めた。
 猫は寒さに弱い。
 中々今の時期、表に出てこないのかもしれない。
(仕方ありませんわ。根気強く探して行くしか‥‥)
 レリアンナはそれでも、諦めず探す。
 リタの命を救う為。
 エラテリスの心残りを晴らす為。
 寒空の下、その小さい身体を震わせながら、街中を歩き回っていた。


 一方その頃、ラテリカは食料品店やレストラン等を当たっていた。
『地下街』と呼ばれている以上、何者かが住んでいる可能性が高い。
 となれば、食料を欲する筈。
 地下にはそれらはないだろうし、あっても限度がある。
 ならば、その何者かが地上へ足を運び、食料を調達しているかもしれないのだ。
「悪いね、力になれなくて」
「そんな事ありませんです。お寒い中ありがとございましたですよー」
 ラテリカは齢40ほどの女性店員にペコリと頭を下げ、食料品店に背を向けた。
 怪しまれないよう、流しのバードらしく振舞って幾つかのお店を回ってみたが、中々手掛かりは掴めない。
(リタちゃん‥‥)
 ラテリカは先日眠りに付いた小さなシフールを想い、空を仰ぐ。
 そして、暫し白片の群れを顔に受け、彼女の事を思い返していた。
 シフールの為の施療院を作りたい――――そんなルディの声に応え、土地や建物を探しながら、シフールの医師を探した。
 そこで紹介されたのが、ヘンゼルと言う医師。
 彼は、一人の子供シフールと共に、セナールの森で静かに暮らしていた。
 それが、リタだった。
 人見知りの激しい女の子。
 パリに招待した時には、ラテリカの料理を遠慮がちに食べていた。
 パンや花を贈った際、ルディを介してお礼の言葉を受け取った。
 一緒に歌を歌った。
 木の実を貰った。
 そんな思い出が、一つ一つ白い欠片となって、降り注ぐ。
「‥‥んっ!」
 ペチペチと顔を叩き、気合注入。
 眠りに付かせたリタのが自分なら、目覚めさせるのも――――改めて決意し、ラテリカは情報収集を再開した。


 夜。
 マルゼルブ街の宿、二階に部屋を取ったレリアンナとラテリカが窓から身を乗り出す中、住民に迷惑を掛けないようゆっくりと路上に降り立つ。
 その姿を見て、ラテリカは自身の知るあのホワイトイーグルだと悟った。
『えと、あの‥‥マックスさんのお友達のエクレールさん、でしょか?』
『久しいな、ノルマン随一の歌姫よ』
 宿を出てきたラテリカが恐縮しながら白鷲とテレパシーで会話する中、その背に乗っていたジャン、リディエール、そしてララが降りて来る。
「良かったよ‥‥凍傷にならないで」
「すいません。私がもう少し気にかけていれば」
「私こそ、凍ってしまってすいませんでした」
 妙な会話をしているその面々に、レリアンナは首を傾げながら、首尾を訪ねる。
 それに対し――――ジャンは拳を握り、笑顔を見せた。
「あら、上々のようですわね」
「うん、大事なヒントを貰ったよ。あれ? エルディンさんは中?」
「いえ。まだ戻って来られておりませんわ」
 レリアンナは首を横に降り、心配そうに眉尻を下げる。
「そっか。何もないと良いけど‥‥」
 不安げに呟くジャンが、夜空を見上げる。
 星のない暗闇は、何を暗示するのか――――


「フフ‥‥珍しいのね。こんな治安の悪い場所の寂れた酒場に興味があるなんて」
 ひっそりと静まり返った場末の酒場。
 カウンター越しに覗くマスターの顔は、何処か疲れた顔の女性エルフ。
 うなじの辺りで金色の髪を結っている。
 年齢は、エルディンより少し若いくらいか。
 疲労感を漂わせている事を除けば、十分美人の部類に入るだろう。
「そんな事はありませんよ」
 エルディンは目の前の酒杯をその指でなぞり、小さく微笑む。
「何でも、この街の地下に遺跡があると聞きましてね、ロマンティックじゃありませんか」
「ロマン‥‥ね。そんなもの、この街にはないんじゃない?」
 女性マスターは苦笑しながら棚のワインを整理する。
「ありますよ。例えば、この出会いも立派なロマンです。美しい女性との邂逅に、乾杯」
「‥‥おかしな人」
 マスターは呆れ気味に苦笑しつつ、自分の分を注ぎ、杯同士の口付けを交わす。
「この酒場みたいな客も少ない場所じゃ、貴方の期待している大した情報は‥‥」
「エドガー。そう呼んで下さい」
「‥‥エドガーさんの期待している情報は入って来ないのよ」
 自嘲気味に、マスターが呟く。
 しかしそれはあくまでも一般論。
 寧ろ、裏側の情報はこう言った場所の方が入ってくる。
 そして、聖職者であるにも拘らす、エルディンはそれを知っていた。
 だから急かさず、余裕を持って酒杯を軽く回す。
「ゆっくり思い出してみて下さい。夜はまだ長いのですから」
 暗澹。
 ふと、昔の自分を思い出し――――ほんの一瞬だけ顔をしかめる。
 それでも直ぐに戻し、エルディンは御代りの催促の為、杯を差し出した。


 翌日――――朝帰りしたエルディンも合流し、昨日入手した情報をまとめる事になった。
 まず現地組のレリアンナ。
 動物を追いかけて街を歩き回った結果、人懐っこい猫を一匹発見。
 汚れた体を引きずるように、付いてきていた。
「可愛いです」
 ララはその猫をずっと抱いていた。
 次にラテリカ。
 値段の割にかなり味わい深いメニューを出す穴場のレストランを発見した。
「美味しそうです」
 ララはそのメニューとずっと睨めっこしていた。
 更にはエルディン。
 一晩かけて女性マスターの悩みを聞いてあげた結果、酒代も全部無料にして貰っていた。 
「はっはっは。中々帰して貰えませんでした」
 高らかに笑うエルディンに、冒険者全員ジト目を向ける。
「何もなかったですよ? これでも聖職者の端くれですから」
「本当かなあ‥‥」
 疑惑の眼差しで見つめるルディは、然したる収穫なし。
 流石に初日で手掛かりが掴めるほど甘くはない。ただララはとても満足そうだった。
 一方、セナールの森に行ったジャンとリディエールは、確かな収穫を得て来た。
「ララディさんから頂いた助言によると、水に関係のある場所が入り口と繋がっているそうです」
「水ですか。この街には下水道はありましたっけ?」
 リディエールの発言を受け、エルディンはララに視線を向ける。
「水路があると言う話は聞きましたが、正確には‥‥すいません」
「ああ、良いですよ。今日にでも調べられる事です」
 落ち込むララの頭を、エルディンがそっと撫でる。
「ラテリカが歩いた所には、下水道の入り口のよな物は見当たりませんでしたですね
「わたくしも、見かけませんでしたわ」
 ラテリカとレリアンナの言葉に、冒険者は思案顔を作る。
「‥‥となると、井戸が入り口になっている、とか?」
「可能性はありますね。ただ、もし在るとしたら、何故街の人はそれを隠すのでしょう」
 ジャンとリディエールが顔を見合わせ、共に首を捻る。
「そう言えば‥‥」
 その時、エルディンは何かを思い出した。
 昨晩。
 女性マスターの話の中に出て来た言葉。
「どうやら、治安の悪い地域がこの街にはあるようです。それと関係があるかもしれません」
「地下に悪い人達の溜まり場があるとか?」
 ルディの問い掛けに、エルディンは頷く。
「いずれに致しましても、本日は水路や井戸等を中心に調査する、と言う事で宜しいのかしら?」
「そうですね。私は井戸を中心に当たってみます。手分けして探しましょう」
 レリアンナはリディエールの言葉に頷き、外出の準備を始める。
 一方、ジャンはその傍らで、ララの報告書をじっと眺めていた。
「禁断の果実、フォリアドゥか‥‥」
 そして、報告書を畳み、そのまま宿を後にした。
 

 そして――――二日後の午後。
「どうやら、ここのようですね」
 街の東側、治安の悪い『盗賊通り』と言う路地にあった井戸に、リディエールとジャンは集結していた。
 この付近は、余り治安が良くない。
 そして、夕方になると人通りが少なくなる。
 これらの情報を入手した後、冒険者達は『盗賊通り』の井戸や水路の調査を念入りに行った結果――――どうも、夜間になるとこの井戸の周りに不審な動きがある、と言う情報を得たのだ。
 何でも、その時間帯に井戸に足を運ぶ者が毎晩、数名ほどいるらしい。
 夜間に井戸を利用する事は滅多にない。
 水を得る以外の理由がない限り。
「でも、空井戸ではないんですよね」
 リディエールは井戸の中を覗きながら、訝しげに観察する。
 もし地下に通じているとすれば、その中の水は大きな障壁となる。
「そう言えば、ララディさんから最初に貰ったヒントに‥‥」
 その隣で、ジャンが呟く。 
 ララディのヒントは『街が別の顔を見せる時、その扉は開かれん』。
 それはどう言う事か――――
「夜になるまで待って見ましょう。何か起こるかも」
 その言葉に、リディエールも同調し、頷いた。
 そして――――夕日が沈み、周囲が暗がりに包まれたその時。
「!」
 二人は同時に、その異変に気付いた。
 井戸の水が徐々に――――下がって行く。
 そして、その下が地下街への入り口であると言う確信が、二人の間に生まれた。
 

「‥‥成程。この井戸は水路の途中にあるのですね。扉が開けばその水路の水位まで水が下がる、と」
 リディエールとジャンに話を聞いた他の冒険者達は、直ぐに井戸の調査を始めた。
 エルディンのホーリーライトを全員が受け取り、光源を確保した所で水の下がった井戸を降り、その壁面や底を調べる。
 冬なので水温は非常に低く、ララはまた凍りそうになっていたが、今回はリディエールのフレイムエリベイションなどでどうにか正気を保っていた。
 井戸の底部の壁面は扉になっており、現在はそれが開いている。
 その奥には、地下水路が広がっていた。
 下水道特有の鼻の曲がりそうな臭いが、冒険者達の精神を汚染する。
 そんな中、日頃から動物の臭いに慣れているレリアンナは割と平然としていた。
「地下水路なのでしょか」
「そうかも。でも、それだけじゃないみたい」
 ラテリカの傍で、ジャンがブレスセンサーを唱えている。
 500mの範囲に、反応は――――多数あった。
「不衛生ではありますが、このままでは埒がありません。先に進んで見ましょう」
 リディエールの言葉に皆頷き、地下の奥へと進む。
 水路幅は井戸の直径と同じで、1m半程度。
 その両側に、それと同じくらいの幅の路がある。
 そこを通りながら、冒険者達は壁面や足元などをくまなく調べていく。
「天井はそんなに高くないね」
 ルディの声が、地下内に響く。
 その様子に、怯えは見られない。
「ブレスセンサーの感じだと、もう少し先に誰かいると思う。ルディとララは僕達の後ろに」
「了解」
「わかりました」
 ジャンの言葉に従い、二人は後方へ下がった。
 そして――――
「誰か来ます」
 エルディンの低く抑えた声が示す通り、ゆっくりと何者かが近付いて来る。
 ホーリーライトが映すその姿は――――貧相な体の男のものだった。

 
 マルゼルブ街は、然程大きな規模ではないが、それなりに衛生環境の整った街だった。
 治安も行き届いており、観光客にとっては訪れやすい場所と言われている。
 しかし、それは表向き。
 実際には、負の要因を東地区の一角に押し込めたに過ぎない。
『盗賊通り』とは、盗賊が出没しやすい通りなのではなく、『盗賊のような輩』を押し込めておく為の区域へ通じる道と言うものだった。
 だが、東地区へと追いやられるのは、手癖の悪い者やゴロツキばかりではない。
 ハーフエルフ、精霊信仰の者など、異端と呼ばれる者達もまた、その地域へと押しやられた。
 斯くして、東地区の一角には一種の独立区域とも言うべき地域が生まれたのだが、そこでも更に住民同士に格差は生まれる。
 その結果――――
「我々は、地下へ潜らざるを得なかったのです」
 冒険者達は、先導する痩せ細った男の話をやり切れない心境で聞いていた。
 地下街と言うのは、あながち間違いではなかった。
 この地下水路は、もう一つのマルゼルブ街と言っても過言ではないのだから。
「こちらです」
 男の案内で、ある程度開けた場所へ辿り着く。
 周囲を汚水の流れに囲まれたそこには、幾つものテントが立ち並んでいた。
 例外なく、ボロボロ。
 男が声を掛けると、そこから何人もの住人が出てきた。
 子供もいれば老人もいる。
 ハーフエルフもいれば、シフールもいる。
 皆、それぞれの理由でここに潜らざるを得なくなったのだ。
「あ‥‥」
 ルディの視界に入ったシフールは、膝に負った怪我をそのまま放置していた。
「ねえ。僕、治療しても良いかな」
 おずおずと、ルディはそのシフールに訪ねる。
「ラテリカ達、怪しい者じゃありませんです。えと、宜しかったら治療‥‥させて頂きたい、です」
「私は薬草師です。決して悪いようにはしません」
 ラテリカとリディエールがフォローを入れ、顔色を伺う。
 だが、やはり警戒しているのか、返事はない。
「我等の中には、体調を良くする為と偽り、妙な薬草を飲まされた者もいるんです」
 男は声を震わせ、告げた。
 その言葉に、ジャンは以前対峙した医師会の長を思い出し、唇を噛む。
 身元不明の者。
 異端者。
 そう言った者達は、薬草の効果を実証する為の格好の実験体と言う事なのだろう。 
「ならば、身分や職業で保証‥‥とは行きませんか」
「困りましたね‥‥」
 エルディンとリディエールは共に嘆息する。
 彼等を癒し、見返りに『万病を癒す薬』の情報を訪ねる――――そんな考えは、冒険者の頭にはない。
 長らく施療院、そしてルディに関わって来た事。
 或いは元来からの性格。
 職業柄。
 教え。
 そう言った事が、『弱っている者を助ける』と言う概念を、冒険者達に植え付けていた。
「‥‥」
 全員が、思案顔で沈黙する。
 その時。
「あ! あんた、あの時の‥‥」
 突如、テントの中にいた何者かが声を挙げる。
 その視線は、ラテリカに向けられていた。
「はわ!」
 ラテリカも思わず驚く。
 その人物は、ラテリカが歩き回った際に訪ねた食料品店の女性店員だった。
 彼女の名前はコゼット。
 何でも、街の目を盗み、食材をこの地下に届けているらしい。
 一方、そのやり取りの最中、テント前に並ぶ少女の一人がララの前に歩いて行く。
「ココ?」
 少女の視線は、ララの抱いている猫に向けられている。
 猫は子供の呼びかけに、ニャーと鳴いて応えた。
「ココちゃんと仰るのですか。ここが貴方のお家なのですね」
 ララがその少女に、抱いていた猫を渡す。
 少女はココを抱きしめ、ララに小さく頭を下げた。
「あんたら、この人達は信用しても良いんじゃない? この子もとても丁寧に挨拶してくれたしね」
 ラテリカの頭を撫でながら、コゼットは笑う。
 意外な所から信頼を得る事が出来、ラテリカとレリアンナは顔を見合わせ、安堵の微笑を浮かべた。


 この地下に住む者達の体調は、やはり相当悪かった。
 特に栄養失調が著しく、髪の毛が色あせていたり、目が虚ろだったり、唇が乾き切っていたりしている。
「用意出来る食材は偏ってるからね‥‥」
 傍らで嘆息する女性店員に一つ頷き、リディエールは健康診断を続けた。
 そして、全員を診終わった後、全員を集めて処方の方法を話し合う。
「それじゃ、僕はジャパンのお雑煮を作ろうかな。鮭もあるし」
「ラテリカもお手伝いしますですよ」
 ジャンとラテリカは餅入りの鮭スープの作成に着手。
「大丈夫です。直ぐに治りますよ」
 エルディンはリカバーで怪我の治療を施行。
「この症状には‥‥アグリモニーかビューグラスが良いですね」
「あ、それなら持ってるよ」
 リディエールとルディは薬草の処方。
「この軟膏を塗れば、大分収まりますわ」
「染みますか? 大丈夫ですか?」
 レリアンナとララはテント内で飼われている動物の治療。
 更に、清潔な毛布や布などを提供し、環境の改善を図る。
 ラテリカは掃除や洗濯を積極的に行い、エルディンやリディエールが生み出した綺麗な水でテント内の洗浄を行った。
 これで、環境が全て整う訳ではない。
 また時間が経てば、汚染されていくだろう。
 それでも――――久々に身も心も清められ、地下の住民は皆笑顔で冒険者達と一緒に掃除をしていた。


 そして――――地上では朝日の輝き始め、鳥や木々、そして建物の影が街を染め始めた頃。
「まさか、ノルマンの食材店にお餅や鮭があるなんて思わなかったですよ」
「月道が開放されて以降、偶にそう言うのを売りに来る業者がいてねえ」
 すっかり綺麗になったテント内では、ジャンが中心となって作った餅入りの鮭スープが振舞われていた。
 地下にいた者の数が多く、予想以上に食材が必要となったが、コゼットの店にあった物で十分埋め合わせが出来た。
 大人も子供も、揃って木の器に流し込まれたスープを食べる。
 皆、大量の清潔なお湯で身体を洗い、とても爽快な表情を浮かべていた。
 その中には、かつて街で盗賊まがいの事をした者や、山賊のような事をして糊口を凌いでいた者も居る。
 だが、差別され、淘汰され、堕ちる所まで堕ちた彼等に、反発心などは微塵もない。
 笑顔でスープを平らげ、羊乳を飲んでいる。
 子供達は、レリアンナに貰った靴下で足を包み、大喜び。
 そして、料理もあっと言う間に全てなくなってしまった。
 出来れば、もっと色んな美味しい物を提供したいところだが――――
「これは流石に食べられないし‥‥」
 ジャンは苦笑しながら、フォリアドゥを眺める。
 残念ながら、この仕入先を知る事はできなかった。
 とは言え、既に地下は見つけたので、特に問題はない。
 だが――――
「‥‥?」
 ジャンは自分に、と言うよりその果実に向けられた視線に気付き、その方を見る。
 視線の主は、かなり年老いた男性だった。
「少年。その果実、ワシに見せてくれんか」
「え? あ、はい」
 ジャンがそれを渡すと、老人は食い入るようにその果実を眺める。
 このマルゼルブ街で売っているとは言え、普通は表に出ない物。
 珍しがっていても不思議ではない。
 ただ、老人は好奇心と言うより、どこか懐かしそうにそれを見ていた。
「ありがとう。まさかこの実を生きている内に見られるとはな」
 老人は、ジャンにフォリアドゥを返しながら、冒険者達にその果実が自然に実っていた子供時代を語った。
 遥か昔。
 禁断の果実と呼ばれるそれは、ほんのちょっとの果汁を口に含む事で滋養に良いとされる、薬のような果物だった。
 しかしある時を境に――――フォリアドゥの鳴る木は住民の周囲から殆ど姿を消した。
「異常気象の影響、でしょうか?」
 リディエールの言葉に、老人は首を横に振る。
「精霊様のお力じゃよ」
 老人は精霊信仰のようだった。
 フォリアドゥを使い、何かを作る為――――老人はそう断言し、冒険者達を地下の奥へと案内した。
 そして。
「ここじゃ」
 汚水の鼻を劈く臭いに囲まれた地下の奥の壁に、その『証拠』はあった。
 それは壁画だった。
 果実、草、水滴、花弁、そして星の形をした何か。
 精霊と思しき存在が、その五つを一つの壷に収めている絵だ。
 その下には、文字のような物が記されている。
「精霊碑文だ」
 それに気付いたジャンが、その解読を始める。
 精霊碑文は、精霊の使用する文字と言う事は殆どなく、人間が精霊に呼びかける為の文。
 ならば、書いたのは人間なのだが――――
「精霊様に導かれし、奇跡の‥‥薬!」
「それですっ」
「それだ!」
 ララとルディが同時に叫ぶ。
 この壁画こそが、二人の、そして冒険者達の探していた手掛かりだった。


 地下の住民に別れを告げ、冒険者達は星空の下、一日振りに地上へ出る。
 ジャンは彼等に地上に出るよう提案したが――――
『我々はこの街を出る事はできない。どれだけ上の住民に煙たがられようと、ここに愛着もあるのだ』
 しかし、そのままでは子供の成長にも問題がある。
 エルディンは顔を隠して観光客相手に行う幾つかの仕事を提案し、自足の可能性を促した。
 彼等は、社会が抱える差別問題の被害者。
 シフール施療院を建設した理由の一つに、シフールへの医療行為の杜撰さがあった。
 ならば、彼等の生活環境の改善を願うのは、当然の事。
 願わくば――――彼等が地上で何不自由なく暮らせる世界に。
 そんな想いを胸に、冒険者達は井戸に背を向けた。
 その時。
 微かに、井戸から歌声が漏れ聞こえてきた。
 それは、ラテリカが地下の子供達に歌った、リタの事を歌った歌。
 懸命に病と闘い、今は静かにシフール施療院で眠る、小さな小さなシフールの歌。
 まるで目覚めを祈るように、願うように、大きな声で子供達は歌っていた。
「‥‥がんばりましょね、皆さん」
「そうですわね。先は長いかもしれませんが、必ず‥‥」
 ラテリカとレリアンナが。
「手掛かりは得ました。五つの材料、そして壷」
「生命力と引き換えに‥‥そう言う薬を記した文献がないか、もう少し調べてみましょう」
 エルディンとリディエールも。
「ララ。これからも宜しくね。一緒にリタを治す薬、作って行こう」
「はい。私も頑張ります」
 ジャンとララも。
 そして――――
「僕だけじゃ何も出来ないけど、今は皆がいてくれる。シフール施療院だって作れたんだ。だから‥‥」
 ルディも、決意を胸に抱いて月を仰ぎ見る。
 大きな月。
「君の事も必ず治すから、待っててね、リタ!」
 そこへ向けて、ルディは吼えた。
 すると――――
「‥‥え?」
 突如、ルディの提げている鞄から、小さな音がする。
 何かが転がったような音。
 ルディは慌てて鞄を開けるが、そこには変わった者はない。
 リタから貰った茶色い木の実があるだけ。
「気の所為‥‥だったのかな」
 まるで控えめな返事のように聞こえた、その音。
 それは、その場にいる全員が、違う形で聞いていた。
 きっと――――






 小さな目 小さな手 小さな夢
 眠り続ける 安らかな寝顔で 羽休めて

 木漏れ日と 鳥の声 風の匂い
 待ち侘びている 君を描き続け その笑顔が
 誰にも忘れられないよに
 
 想い託して 想い託され 優しく糸を紡ぐよに
 くるくる回って

 一緒に編み続けよう 幸せ色のタピスリー
 青空にその身体が 舞う日まで
 僕たち 私たちは 探し続けようと誓う
 ずっと いつまでも その日を信じて






 ――――シフール施療院『フルール・ド・シフール』の朝は早い。
「リーナ、始めるよ」
「はーい」
 いつも通り、ワンダがリーナを起こし、空を飛ぶ練習を始めに外に出る。
 でもその前に、一つ。
「や、おはよう」
 寝起きのヘンゼルは、目を擦りながら『とまりぎの部屋』の前で待っている。
 毎日の習慣。
 リタが大好きだった歌を、皆で歌って聞かせる為に。
「お兄ちゃん、元気にしてるかな」
「大丈夫だよ。ララちゃんとまた一緒に冒険出来るんだから」
 そんな談笑を包み込むように、とまりぎの部屋の扉が閉まる。
 

 小さな目。
 小さな手。
 小さな夢。
 眠り続けるリタを、施療院は守り続ける。
 冒険者達が薬を持ってやって来る、その日まで。




 いつまでも。