冒険者たる者、斯くあるべし

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月15日〜01月20日

リプレイ公開日:2010年01月22日

●オープニング

 冒険者たる者、斯くあるべし――――


 そんな拘りが聞かれなくなって久しい今日この頃。
 実際、モラルや哲学などが軽視される風潮と言うのは、今に始まった事ではない。
 依頼人の希望を叶えさえすればそれで良い、と言う考えは決して間違ってはいないのだが、同時にそれは個性の埋没を生んでいる。
 実際、近年のモンスターとの戦いの歴史を紐解くと、何とも味気ない闘いが多い。
 超強力な魔法で一網打尽。
 圧倒的な威力の武器で一斉淘汰。
 そう言った記録ばかりが目に付く。
 無論、その魔法や武器を操る為に血の滲むような努力をしている冒険者達は賞賛されて然るべきだが、その一方で、冒険者には所謂『ヒーロー像』が求められているのも事実。
 騎士のように規律を重んじる必要がある存在では中々出来ない事を平然としてのける、強くてカッコ良い冒険者。
 聖母のように優しく暖かく美しい姿をしていながら、戦場へ平気な顔で足を踏み入れる、凛然とした冒険者。
 無骨で素っ気無い態度を見せながら、有事の時にはそっぽを向きながら手を差し伸べる、慈愛に満ちた冒険者。
 子供達はそんな彼等を見て、憧れを抱き、自分も強く――――そう向上心を募らせていくものだ。
 しかし、それが逆の方向に作用してしまう事もある。
 パリの街並みを歩いていたアーシャ・エルダー(eb6702)は、そんな場面を目撃してしまった。
 現場となったのは、パリにある広場。
 先日、突然現れた巨大なモミの木が生えている、ギルドの直ぐ傍にある空き地だ。
 その木の下で愛を誓うと、生涯幸せになれると言う伝説がある事から、夜はデートスポットとして多くのカップル候補が訪れると言う。
 しかし昼間は、子供達の遊び場としてパリっ子達を楽しませている。
 この日もまた、近所の子供と思しき男の子2人と女の子1人が、冒険者ごっこと思しき遊びに興じている。
 一見、微笑ましい光景に思われるその遊びだが――――実際には違っていた。
「おりゃー! うりゃー! てりゃー!」
 男の子の1人が、もう1人の男の子を大きな棒で叩き続けている。
 体格差は明らかで、やられている方の男の子は手に持つ棒も細く、既に戦意喪失状態。
「いいですわよー!」
 女の子はそんな状況を更に焚き付けていた。
「止めなさい!」
 アーシャは見るに耐えかね、その遊びを止める。
 しかし、身体の大きな男の子は悪びれる様子もなく、アーシャに食って掛かる。
「なんでだよー! じゃまするなよ!」
「弱い者いじめはいけません。そんなに大きな武器まで使って‥‥」
 アーシャは努めて冷静に諭そうと、穏やかな語調で話す。
 だが――――
「だって、ぼうけんしゃのひとたちだって、すごいぶきでよわいやつらをやっつけてるじゃん!」
「そうですわ! これはせいぎなのですわ!」
 その反発に、アーシャは大きな衝撃を受けた。
 勿論、子供達の言い分が正しい訳でもないし、まして弱い者いじめと冒険者の戦いを混同するなど言語道断。
 けれど、アーシャは反論出来ず、呆然と立ち竦んでいた――――


 数日後。
「あら、どうされました? イクティ‥‥こほん、エルダー様」
 冒険者ギルドで頭を抱えるアーシャに、レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)が声を掛ける。
「レリアンナさん。由々しき事態です」
 そこで、アーシャは先日の件についてレリアンナに話す。
 現在の冒険者の闘い方が、子供達に余り良い影響を与えていない事。
 そもそも、最近の冒険者は皆、武器や魔法に頼り過ぎている事。
 懸念は尽きない。
「そう言えば、私も先日似たような事を思いましたわ」
 レリアンナも、自身の経験を語る。
 やはり数日前の事。
 このギルドで親戚と話をしている最中、隣の席の冒険者達が依頼達成の打ち上げを開いていたようで、その声が漏れ聞こえてきたのだ。
『いやー、凄かったッスね。ガーリンさんのハイメガトルネード! 一発でホブゴブリン全滅ですよ』
『何、どうと言う事はない。君達も精進なさい』
 ガーリンとやらの言葉に、周囲の冒険者達は一斉に返事し、彼のグラスに酒を注いでいた。
 確かに、それは依頼主の観点からすれば、とても心強い事なのだろう。
 敵の強さに全くそぐわない強力な魔法で、確実に脅威を退けてくれるのだから。
 だが、そのしわ寄せは未来に向けられる。
 これでは、若いまだ未熟な冒険者が育たない。
 同じようなケースとして、そう言った冒険者が強力な武器に頼って闘うと言うケースも挙げられる。
「時代の流れかもしれませんけれど、余り良い傾向ではありませんわね」
「同感なのです」
 アーシャは嘆息しながら、椅子の背もたれに寄り掛かり、天井を仰ぐ。
 もう直ぐ――――アーシャはこのパリを発つ。
 先日結婚して姓を変えたばかり。
 その姓の家があるイスパニア領へ旅立つ日は近い。
 だが、このままでは気持ち良くパリを出る事は出来ない。
「レリアンナさん、ここは一つ私達でお手本となってみませんか?」
「お手本‥‥と言いますと?」
 レリアンナが首を傾げる中、アーシャはギルドの依頼一覧を凝視し始めた。
「これです!」
 そして、その中の一つの依頼に絞り、叫ぶ。
「この依頼を、可能な限り武器や魔法やアイテムに頼らず、達成してみせましょう!」
 それは、デビル退治の依頼だった。
 

 冒険者たる者、斯くあるべし――――それを示す闘いが、今始まる。






●依頼主:パリの宿屋『ユニック』の主人、ラノン・バルハウス
●依頼主の居住地:冒険者ギルドの目と鼻の先
●依頼内容:リリスの討伐
 パリ市内に夜現れるリリスを退治してください。
 リリスはグリマルキン、グレムリンを率い、街を荒らしまわっているみたいです。
 このままではパリの観光客が減ってしまいます。
 夜に安心して外出する事も出来ません。
 どうかお願いします。

●今回の参加者

 eb0270 美淵 雷(34歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1245 七槻 錬太(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec4988 レリアンナ・エトリゾーレ(21歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ロックハート・トキワ(ea2389)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ エルディン・アトワイト(ec0290

●リプレイ本文

 デビル退治。
 それは、冒険者にとって当初の目標であり、永遠の宿命でもある。
 それが何時からか――――冒険者にとっての力の誇示になってしまったのは、由々しき傾向。
 強力な武器や魔法の氾濫も、それに拍車をかけたと言える。
「つまらない時代になって来たもんだな。色々履き違えてる奴が多過ぎるし」
「だからこそ、私達が変える必要があるのですよ」
 初日、深夜。
 ロックハート・トキワの嘆息交じりの呟きに、アーシャ・エルダー(eb6702)(旧姓・イクティノス)は苦笑しつつ断言した。
 現在、冒険者達は夜の見回りの為に二手に分かれている。
 こちらは南側の巡回だ。
「でも、こうしてデビル討伐なんてしていると、地獄の密偵との闘いを思い出すわね。覚えてる? アーシャさん」
「勿論です。もう2年も前になりますか」
 アーシャの隣で耳を澄ましながら歩くポーラ・モンテクッコリ(eb6508)は、その言葉に一つ頷いて見せた。
 初心に立ち返ると言う意味で、皆の装備は全て最低ランクのもの。
 レミエラも、軽量化以外の効果を発揮させる事はしない。
 その為、全員冒険者になりたての頃の記憶が蘇っていた。
「シフール飛脚の皆様からの情報によりますと、この辺りに黒猫がいた、との事ですが‥‥」
 ロックハートの隣を歩いていたレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)が、愛犬レイモンドと共に夜目を凝らす。
 しかし、狭い路地裏にランタンの光を掲げても、そこには生き物はいなかった。
「グリマルキンは実際の黒猫の情報も混じってるから、探すのは面倒そうです」
「なら、先にグレムリンを探そうかね。こいつが唯一襲撃箇所に規則性があるんだよな?」
 アーシャとロックハートの言葉に、ポーラが頷く。
 教会で調査した、デビル被害の場所と日時。
 その周期がはっきりしているのが、グレムリンだった。


「グレムリンはビールに目がないんですよ。だから酒場の被害が殆どです」
 一方、北側を見回り中の一行は、エルディン・アトワイトの解説を全員歩きながら聞いていた。
 その中でも警戒は怠らず、エルディンは魔法で、七槻錬太(ec1245)は目と愛犬さつきの察知能力で、明王院浄炎は耳で異変を待ち構えている。
「となると、厄介なのはリリス、ですね。目撃情報が妙に少ないのも気になります」
 エルディンの隣で、リディエール・アンティロープ(eb5977)は情報をまとめ書きした羊皮紙を眺めながら歩く。
 既に昼間、一同はそれぞれの方法でデビルの目撃情報や被害の状況などを確認していた。
 姿を消すと言うグレムリンだが、被害が酒場に集中している事から、こちらは情報が多い。
 黒猫の姿をしているグリマルキンは、本物かどうかは不明だが、こちらも目撃している人が多い。
 その中で、リリスだけは極端に情報が少なかった。
「妖魔つっても、そうぽんぽん湧いて出てくる訳じゃあるまい。寧ろ自然かもしれない」
「確かにそうですね」
 美淵雷(eb0270)の言葉に、リディエールが頷く。
 実際、貴志や冒険者が多く住むパリには、悪魔側にもリスクは大きいのだろう。
「俺が立ち寄った酒場は大抵、酒樽がぶっ壊されてたみてぇだけどな。グレムリンだかなんだか知らねぇが、タダ酒は良くねぇ」
 一方、昼間は主に酒場で情報収集していた錬太は呆れ気味に呟く。
 その息には情報の代償として、かなりの酒臭がしていたが、その足取りはしっかりしていた。
「見つける事も重要だが、問題は見つけた後‥‥だな。特に今回の依頼は」
「正にその通り。次世代を担う子等。まだ未熟な若き冒険者。彼等にその模範を見せる事こそが我等の使命」
 フレイルを軽く振りながらの雷の言葉に、浄炎が大きく頷く。
「其れ故、この周囲の子等を中心に、今回の趣旨を伝えておいた。報告書に目を通す子も多い事だろう。明日以降の皆の健闘を祈る」
「私も祈っていますよ。次世代を担う者達の模範となる活躍を」
 浄炎とエルディンの激励に、皆真剣な表情で頷いた。


 翌日以降は、昼夜逆転の生活が始まる。
 既に集めた情報を元に、更なる情報を集めつつ、見回りを続行。
 そして、3日目の夜――――
「サイクル通りなら、ここに今日また現れる筈です」
 一行は、パリのとある酒場に絞り、その出現を待っていた。
 既にマスターにも話は通してある。
「これも用意出来たし‥‥とっとと現れやがれ」
 中で物陰に隠れて待つ錬太が、そう呟いた刹那――――酒樽の破壊される音が店内に響き渡った。
「デティクトアンデット、反応あり。奥の倉庫よ」
「了解しました」
 ポーラの言葉に頷き、リディエールが予め用意していた呼子笛を鳴らす。
 客は一目散に外へ逃げ出し、全員出た事を確認した後に雷が入り口で仁王立ちした。
 既にアーシャと錬太は酒場の奥へと向かっている。
 しかし、2人の視界には――――壊れた複数の酒樽のみしか映らない。
「姿を消しています!」
「よっしゃ!」
 アーシャの言葉を合図に、錬太は担いでいた袋をナイフで破り、中身を撒いた。
 白い煙が一気に立ち込める。
 それは、小麦粉だった。
 倉庫内が真っ白になる中、一箇所だけ人の子供くらいの大きさの不自然な立体像が浮かび上がる。
「いました!」
 アーシャはそれを確認し、ミドルボウを構える。
 が――――
「あれ?」
 一瞬、矢を射る際に生じた違和感。
 それによって、ホーリーアローはグレムリンを掠めるに留まり、あえなく折れてしまった。
「任せとけ! って、ありゃ?」
 錬太も、衝撃波を放つが――――それも芯を外し、致命傷には至らない。
 共に、普段の得物と違う事が微かな失敗を呼び込んでしまった格好だ。
 その違和感に若干の戸惑いを覚えた2人の隙を付き、グレムリンは逃亡を図る。
「すいません! そっち行きました!」
 アーシャの叫びがホールへと伝わる中、グレムリンは一目散に雷の立つ出口へ飛行しながら突っ込む。
 小麦粉を被っている為、姿は露見していた。
「雷さん、食い止めて下さい!」
 リディエールが吼える。
 折角付着させた小麦粉を流してしまう恐れがあるので、安易にウォーターボムは使えない。
 ポーラも攻撃手段は持たないので、雷が最後の砦だ。
「相わかった!」
 雷はラージフレイルを構える一方、盾でグレムリンの特攻を迎える。
 素早い相手に、いきなり仕掛ける事はしない。
 まずは堰き止める事を第一に考えた。
「――――ッ!」
 声にならない叫びをあげ、グレムリンが盾に爪を立てる。
 その爪が盾を破る事はなかったが――――同時にグレムリンが黒い霞に包まれ、魔法の詠唱を始めた。
「させるか!」
 雷が瞬時にフレイルを振り下ろす。
 鉄の棒がグレムリンの右耳と右の翼を巻き込むようにして、その腕を殴打した。
「――――!」
 再び絶叫。
 潰れるように倒れ伏せた。
 しかし、そのまま雷の足元を這うように、離脱を試みる。
 だが――――
「お待ちしていましたわ」
 酒場の直ぐ前では、銀の礫を括り付けた杖を振りかぶったレリアンナが待ち構えていた。
 空気を裂く、懇親のフルスイング。
 衝撃で銀の礫が外れて宙に舞う中、満身創痍のグレムリンはその肉体を霧散させた。


 一夜明け――――予め雷とリディエールが話を通していた事もあり、自警団の事情徴収はすんなり終わって、デビル退治の一報は冒険者ギルドに伝わった。
 尤も、まだ二体残っている。
 加えて、明らかな反省点もあった。
「普段使わねぇ武器がここまで扱い難いたぁな」
「少々甘く見ていました。知らず知らずの内に、現装備にあぐらをかいていたのかもしれません」
「ああ。前衛と射手が揃ってこのままじゃ、また打ち漏らしかねない」
 錬太、アーシャ、雷の三人は、それぞれに睡眠時間を削り、武器と自身のフィーリングを合わせる作業を行う。
 戦闘に慣れてくる程、普段と違う事に違和感を感じるもの。
 それを払拭しなければならなかった。
「グリマルキンの居場所がわかりました」
 宿の中庭で訓練中の三人に、リディエール、ポーラ、レリアンナの三人が合流したのは、日が暮れかけた夕刻。
 リディエールの連れて来たケット・シーのシャルトリューが、猫達から不審な黒猫の情報を得たらしい。
 居場所は一定ではないが、出没場所が多いのは二ヶ所。
 エチゴヤの近くと、停車場の辺りとの事だ。
「シャルトリューさん、お手柄です。では早速二手に分かれて行きましょう」
「違和感の件は大丈夫ですか?」
 リディエールの問いに、三人は同時に力強く頷いた。


 この季節は肌寒い停車場の夜間。
 セーヌ川の雄大な流れも、夜に見ると何処か暗澹とした圧迫感を醸し出している。
 その川を巨大倉庫の屋根の上から、リリスは複雑な思いで見つめていた。
 かつてエンジェルだった頃の記憶か、明るい日差しが反射するセーヌの輝きが、自然と目尻を下げた。
 だが。
 いつからか、この黒い川の方に惹かれていた。
 堕天使。
 気が付けば、リリスとなって数多の悪戯に手を染めていた。
 群れを成す者達への、ある種の復讐。
 自分の存在を思い知らせる為。
 リリスは、その翼を広げた――――


「そちらへ行きましたわ!」
 レリアンナの号叫が、深夜のパリの住宅街に響く。
 黒猫の姿をした悪魔は――――エチゴヤ近隣にいた。
 錬太の愛犬さつき、レリアンナの愛犬レイモンドが、路地に潜むその存在を露にしてくれたのだ。
 直ぐに黒豹へと変身したグリマルキンは宙を舞い、空からブラックホーリーを唱えてくる。
 クレリックのレリアンナには脅威のない魔法だが、錬太は念の為に身を翻してかわした。
 しかし、直ぐに次の魔法が襲ってくる。
「精神攻撃です! フレイムエリベイションで対抗します!」
 リディエールは疾走しながら詠唱し、二人に接触して精神汚染を消去させた。
『ほう‥‥少しは骨のある連中のようだ』
 グリマルキンのかすれた声が、闇夜に響く。
『だが、その貧相な装備‥‥どう言う事だ? そこまで低次元の連中とは思えんが』
「こっちにも色々事情があんだよ。くっちゃべってねぇで、とっとと掛かって来やがれ」
 シルバーナイフを構え、錬太が吼える。
 しかし、グリマルキンは挑発に乗らず、上空で再び詠唱を始めた。
「どうやら、ある程度の知恵はあるみたいですね」
 リディエールは呟きながら手をかざし、空中の水分を集めた。
 最低ランクのウォーターボムでも、十分届く距離。
 昔は――――その距離にとかく敏感になっていた。
 その頃を思い出しながら、リディエールは水球を放った。
『無駄だ』
 しかし、グリマルキンはその水球に耐え、詠唱を終える。
 刹那――――その手が黒い闇で包まれた。
 ダークネスだ。
「うわっ、何も見えねぇ!」
 錬太の叫びと同時に、グリマルキンが全速降下を試みる。
「解除しますわ!」
 レリアンナがニュートラルマジックを唱えると同時に――――リディエールはもう一度水球を放つ。
 今度は、精密に。
『ぬっ!』
 水球はグリマルキンの眉間を捉え、その突進を大幅に減速させた。
「っし! 行くぞ!」
 それでも降下を続けるグリマルキンに、視界の回復した錬太はソニックブームを発動させた。
『ギ‥‥!』
 その衝撃波が直撃する直前、素早くもう一発放つ。
『?』の形状で直撃した衝撃波に、グリマルキンは吐血しつつ、眼前まで近付いた錬太に一噛み加えた。
 その勢いのままもつれ合い、両者同時に倒れ込む。
「錬太さん!」
「錬太様!」
 リディエールとレリアンナが叫ぶ中、立ち上がったのは――――
「‥‥へっ」
 肩から流血した錬太だった。


『なんなの!? アンタ等‥‥』
 息も絶え絶えに、リリスが停車場の倉庫の壁に背を付ける。
 その羽は、既にアーシャの放った矢によって何ヶ所も穴が開いていた。
 リリスにとって、計算外だったのは――――その装備と中身のギャップ。
 人並の考察と洞察が出来るリリスは、雷、アーシャ、ポーラの装備を確認し、いずれも弱小冒険者であると判断した。
 しかし、いざ襲撃してみると、いずれも自分と同等、あるいはそれ以上の実力者。
 繰り出す炎は雷の巨大壁のような体に全て防がれ、辺りは煙と荷台の燃えカスばかりが散見されている。
 アーシャの放つ矢は空気抵抗で折れそうな程に速く、鋭い。
 一旦身を隠しても、ポーラによってあっさり看破される。
 雷を魅了しようにも、その雷を壁にするように背後からアーシャが射て来る為、範囲内に近付く事すら困難だ。
 リリスは、覚悟を決めた。
 既に宙を舞う事は出来ない。
 魔法力も底を尽き掛けている。
 残された手段は、魅了のみ。
 その為には、3m以内に近付かなくてはならない。
『‥‥目にモノ見せてやる!』
 リリスが身を屈め、滑走する。
「止めです!」
 アーシャの射る矢が、その胸に刺さり――――灰と化す。
「!」
 その直ぐ後ろから、今しがた沈んだ筈のリリスが現れた!
 残り少ない魔法力でリリスが行使したのは、アッシュエージェンシー。
 自身の炎で生み出した灰を使い、分身を作り出したのだ。
『きゃっはー、引っかかった! ザマミロ! ジャイアント! 魅了してやるぞ!』
 リリスの身体が、雷の目の前まで辿り着く。
 会心の笑み。
 その笑顔に――――文字通り、影が差す。
 月の光が消えたその瞬間、リリスは気付いた。
 目の前の雷の背後にいた筈のアーシャがいない事に。
 そして、視線を上げた瞬間。
「聖なる裁きを受けなさ〜い! 天誅!!」

 スパーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

 雷の広い背中を発射台にして舞ったアーシャの、全体重を乗せたハリセンの一撃。
 リリスは脳天に受けたそのショックに耐えられず、そのまま卒倒した。


『ひーん、すいませーん』
 戦い済んで、日が暮れて。
 唯一生け捕りする格好となったリリスは、宿屋ユニックの一室で一晩中わんわん泣いていた。
 何でも、エンジェル時代に落ち毀れてしまい、そのまま心を闇に染めてしまったらしい。
「同情の余地はあるけれど、関係ない人に迷惑をかけて良い理由にはならないわよ?」
『うー、反省してます』
 一晩かけてのポーラの説教により、割と素直になった様子。
「どうする? もしこの街にデビルに関する何かがあるって言うなら、吐かせるって手もあるが」
 雷はパリにデビルを引き付ける何かがあると想定し、その後処理の事も考慮していた。
 グッと握った拳に、リリスは怯えながら首をブンブン振る。
『教えます! だから、許してー!』
 だーっと涙を流すリリスに、アーシャは思わず頭を抱え、嘆息した。
「退治出来たのは良いですが、親玉がこれだと、この戦いが今後の模範となるのは難しいかもしれません」


 そんな嘆きとは対照的に。
 限られた条件内で知恵を出し合い闘った冒険者達の功績は、多くの子供達や冒険者の目に触れ、関心と憧憬の的となった。
 その読者の中の一人が、後にパリを救う英雄となるのだが――――

 それはまた、別の話。