●リプレイ本文
恋花の郷に響き渡る、鼓笛隊の小気味良い楽器の音。
周囲を一面の雪に覆われた恋花牧場の飼育小屋の前で、『動物預かり所』の式典は佳境を迎え、鼓笛隊の演奏で締め括る。
演奏には、アリスティド・メシアンとその弟子ラテリカ・ラートベルも加わり、終始楽しい音が繋がれて行った。
そして――――万来の拍手。
式典の設営を手伝ったレリアンナ・エトリゾーレとエラテリス・エトリゾーレをはじめ、式典を見守った皆が拍手を送る。
照れ臭そうにそれを受ける鼓笛隊リーダー、ジョルジュに対し、アリスティドはリュートを持つ手と反対の手を伸ばし、握手を求めた。
「ありがとうございます。弟子共々、素晴らしい体験をさせて頂きました」
そんな、普段とは違う師匠の言葉遣いと笑顔に、ラテリカは思わず胸が詰まる。
拍手は、いつまでも鳴り響いていた。
− CurtainCall Party −
この日、『アリス亭』ではパーティ&お披露目会の為の装飾を承っている。
「きゃーっ! ルネさん綺麗ー♪」
その中で、リュシエンナ・シュストは親友であり兄の婚約者であるルネ・クラインに覚えたての化粧を施していた。
髪の毛をヘアピンでまとめ、その上からヴェールを被せる。
既に身にまとっているドレスと合わせ、その姿は貴族令嬢のようだ。
いつもルネにべったりの愛猫キルシェも、心なしか誇らしげだ。
「これなら兄様も惚れ直すんじゃないかな?」
「そう、かな‥‥ふふっ」
少し戸惑いつつも、ルネは辺津鏡に映る自身の姿――――と言うより、その自分を見つめる恋人の姿を思い浮かべ、照れ笑いを浮かべていた。
恐らく、結婚後もこの姿のままなのだろう。
その確かな愛を感じ、リュシエンナは後ろからルネを抱きしめる。
「ルネさん、大好き」
兄を愛してくれたその女性に、心からの感謝を添えて。
一方、羽猫ショップ『アンジェリカ』は新商品のマグカップが絶好調。
「いらっしゃいませ。アンジェリカへようこそ」
「土産物を探しているんだが‥‥」
そんなアンジェリカを、ラルフェン・シュストは単身で訪れた。
「年頃の女性に見合う物を、2つ」
「畏まりました。では、こちらの新商品等如何でしょう」
店員の案内に従い、ラルフェンは満足感と共に店を出た。
入れ違いで、別の客が訪れる。
「新製品があると伺ったのですが」
リディエール・アンティロープ、そしてララ・ティファートとルディ・セバスチャンの3人だ。
これまでに数度、この恋花の郷を訪ねているリディエールだが、今回は特別な意味を持っていた。
伴侶を得、穏やかな気持ちで訪れ、改めて感じる平和の素晴らしさに、自然と顔は綻ぶ。
「リディエールさん、最近女の人と間違えられなくなったよね」
購入品を仕舞うリディエールに、ルディはふわふわ浮かびながら話し掛ける。
「そう言えば‥‥そうですね。少しは男性らしくなったのでしょうか」
リディエールはそうさせてくれた女性の顔を思い浮かべ、目を細める。
そして、3人は談笑を交えながら牧場へ向かった。
その頃、広場では。
「クマさん、くらえーっ」
「( ・(ェ)・)ノ」
ククノチの愛熊イワンケが子供達の雪合戦に参加していた。
それをククノチはレオ・シュタイネルと共に、優しい眼差しで見守っている。
「クックック。この村に来るのは5ヶ月振りか」
そこに、アイドル射撃主クッポーが登場。
視察の為に訪れていた。
「お、クッポー。丁度良かった。報告したい事があるんだ」
「ほう。聞こう」
「俺達、結婚する」
そのレオの言葉に、まるごとわんこに身を包んだククノチがそっと笑顔を添える。
「互いの故郷に挨拶に行って‥‥春頃かな。ま、そう言うこった」
「ククク、偕老同穴の契りとなろう」
「ありがとう‥‥クッポー殿も相棒殿と仲良く」
お辞儀するククノチに、クッポーは不遜なようで異様に愛嬌のある顔で笑ってみせた。
「クッポーさーん!」
そこに、ジルベール・ダリエが走って来る。
子供達と雪ダルマを作って遊んでいた最中、その存在を確認したのだ。
「久し振りや‥‥って、俺の事覚えてる訳ないかー」
「ククク。久しいな、竜巻のジル」
「おーっ! って、そっちで覚えられてたんかい!」
ビシッ、と手の甲で宙を叩く。
「でもまた会えて嬉しいわー。俺、クッポーさんのファンやねん。サイン貰えるかー?」
断る筈もなく、ジルベールの弓にはクッポー直筆のサインが寄せられた。
そして、暫し歓談の後――――
「クッポーさん発見!」
頭に羽根の生えた猫アンジュを乗せたアーシャ・エルダーが猛スピードで駆けて来て、そのまま拉致。
「あ、羽猫ショップ『アンジェリカ』宜しくお願いします!」
宣伝を叫び、クッポーを担いで走り去る。
一瞬の出来事に、3人とも暫し呆然としていた。
一方、ジルベールの伴侶ラヴィサフィアはふりふりエプロンを着用しつつ、パン教室で講師のリンダにパンの美味しい作り方を習っていた。
「‥‥このくらいでどうでしょうか?」
「上等上等。それじゃ、焼きに入ろうか」
ある意味、花嫁修業だ。
「どきどき‥‥」
一方、既にパン窯に生地を入れ、仕上がりを待っているルネ・クラインは緊張の面持ちで焼き上がるのを待っていた。
「大丈夫ですわ。きっと上手に出来ていますわ♪」
「そうだと良いけど‥‥ラルフェン、お菓子には厳しい人だから」
「きっと愛で補えますわっ!」
ラヴィサフィアの言葉に、ルネはクスリと微笑む。
2人は暫し、お互いのパートナーの話に花を咲かせていた。
「君達は、確か‥‥」
展示会場を訪れたジャン・シュヴァリエとエレイン・アンフィニーを、中にいた男性が意外そうに迎える。
ミリィの父親、ロタン。
つい最近、この村に戻って来たロタンは、今はこの展示会場の管理を勤めていた。
「ロタンさん。ただいま」
「またお会い出来て嬉しいですわ♪」
2人の言葉に、ロタンは何処か照れ臭そうに後頭部を掻く。
そして、二言三言雑談した後、席を立った。
「あれ? お邪魔でしたか?」
「逆だ。俺はそこまで野暮じゃない」
背中越しに手を振り、ロタンは出て行く。
「‥‥だって」
「気を使わせてしまいましたわね」
苦笑し合い、共に視線を絵に向けた。
エレインはその絵を1つ1つ確認し、メモを取る。
ジャンが覗き込むと、そこには数多の褒め言葉と、絵から読み取れる子供達の精神面や感情について記されていた。
「エレイン‥‥凄い」
真剣な恋人の横顔を覗き込みつつ、ジャンもまた、静かに感化されていた。
もう直ぐパーティーが始まる恋花牧場には、既に数多くの冒険者が集っていた。
そんな中、つい今しがた村に着いたフィーネ・オレアリスは、連れて来た2人に視線を向け、話し掛ける。
「間に合いましたね。もう直ぐ始まるみたいです」
「はい‥‥良かったです」
その2人とは、パリのとある屋敷に住む、かつて『死の魔女』と呼ばれた少女ルファーと、かつてルファーを憎んでいた未亡人ロッテアーヌ。
2人の仲を心配し、フィーネはルファー達をこの村のパーティーに誘ったのだ。
「‥‥」
物言わぬロッテアーヌに、ルファーは不安そうな瞳を向けている。
「おや、意外な所でお会いしましたね」
そんな中、3人に気付いたフォックス・ブリッドは気さくな表情でルファーに話し掛けた。
「お久し振りです。フォックスさん」
「覚えていてくれて光栄ですよ、お嬢さん。どうです? その後は」
「はい。無事暮らしています」
ルファーの言葉を受け、フォックスはロッテアーヌに視線を送る。
すると、ルファーに目線を向けていた彼女は、慌ててそれを逸らした。
それを確認し、2人の冒険者は同時に苦笑する。
存外、事は深刻ではないようだ。
「実は、ガイド的な物を作ろうと思っていまして。パーティーが終わったら村を一通り回る予定です。一緒にどうですか?」
「良いと思います。ルファーさん、ロッテアーヌさん、どうします?」
ルファーは直ぐに快諾。
そして。
「‥‥では、ご一緒させて貰います」
ロッテアーヌはようやく笑顔を見せ、そう応えた。
それと同時に、パーティー開始を告げる声が牧場の上空に鳴り響いた。
柵に囲まれた牧場内はこの時期、常に雪化粧をしている。
しかし本日、その一角だけは雪掻きされ、そこがそのままお披露目会の舞台となっていた。
「それじゃ、早速だけどペットお披露目会を開催するよ。エントリー1番‥‥アニエス・グラン・クリュさん!」
司会を務めるライル・フォレストの紹介を受け、まずアニエスがボーダーコリーのマルコとペテロを連れ、舞台となる雪の無い地帯に足を運ぶ。
「御紹介に預かりましたアニエスです。こちらがマルコ。穏やかで鷹揚とした性格の子です。こちらはペテロ。思慮深く、とても優しい子です」
頭を撫でながら紹介。
それぞれ目を細め、とても嬉しそうにしている。
「戦が激化するにつれ、連れ出す機会は減りましたが‥‥この瞳を覗き込む度、幾度となく救われました」
アニエスの言葉に、同調の首肯を禁じえない者も多い。
「ですので、この『大丈夫。わかっていますよ』な感じが嬉しく‥‥同時に申し訳なくて。この機会に、少しでも一緒にいれたらと、そう思ってます」
そして、礼儀正しく一礼。
参加者や見物客は惜しみない拍手を送る。
そこに混じり、母セレスト・グラン・クリュも手を叩いていた。
しかし、その顔に笑みはなく。
「ありがとうございました! 次は2番、レリアンナ・エトリゾーレさんの登場!」
紹介を受けると同時に、レリアンナは驢馬ポテンスに跨り、愛犬レイモンドと共に舞台へ足を付けた。
「こちらがポテンス。そしてこちらがこの度、芸をさせて頂くレイモンドですわ。本日は華麗な跳躍をお目にかけて頂ければ、と」
言うが早いか、レリアンナは杖をレイモンドの顔に近付け、数度回す。
「わうっ!」
レイモンドはそれを受け、ポテンスに向けて走り出した。
そして、ジャンプ!
歓声が上がる中、レイモンドはポテンスの背に前足を掛け、そのままの勢いで飛び越えた。
「良くやりましたわ」
戻ってくるレイモンドを、レリアンナが愛しげに撫でる。
湧き上がる拍手。
レリアンナの友達アンネマリー・ドールも大きく手を叩いていた。
「見事な跳躍に、もう一度拍手を! 次は3番、リディエール・アンティロープさん、どうぞこちらに!」
ライルが促す――――が、リディエールは笑顔のままその場を動かない。
代わりに、傍らにいるケット・シーのシャルトリューがどこかおどけた風に歩き出した。
そして、そのまま舞台まで赴き、踊りを披露。
背中を軸にしてクルクル回り、声援を誘う。
最後に片手を地面について、一回転。
「(`=ω=)」
自慢げな顔でじっと周囲を見つめる。
「ブラボー!」
暫しの静寂の後、シャルトリューの演舞を称える大きな歓声と指笛が響き渡った。
「軽やかな踊りに今一度盛大な拍手を! さあ4番、室川太一郎さん、どうぞ!」
紹介されるのとほぼ同時に、太一郎はソリを頭上に乗せ、ハスキーの紗枝と共に走り出す。
「4番、室川太一郎。紗枝にソリを引いて貰い、走って貰います。ソリに乗りたい方がおりましたら、どうぞ御挙手下さい」
「はい!」
間髪入れず、見学していたアンネマリーが手を挙げる。
「ルファーさん、乗ってみては如何ですか?」
フィーネに促され、ルファーも挙手。
「では。紗枝‥‥走れ!」
柵から出ないよう、落とさないようと言う太一郎の言いつけを聞き入れ、紗枝は走り出す。
舞台となる区域以外は雪で覆われており、その上をソリは今にも浮きそうなくらいの速度で滑走していた。
「ひーいーやー!」
ヘタレなアンネマリーの悲鳴が牧場に響き渡る中、太一郎はもう一体のペットである雪玉の降雪を足元に置き、テレパシーリングを嵌める。
「ではその間、この不思議な雪玉に積年の疑問を聞いてみたいと思います」
「確かに、何を考えているか中々掴めない存在だからな」
見物している来生十四郎も隣にいる雪小僧の涼太を横目に、思わず身を乗り出す。
「降雪。好きな食べ物は?」
『ころっこー』
会話が成立しなかった!
言語を使用しない相手でも意思の疎通が図れるテレパシーだが、会話を成り立たせるにはそれなりの知能が必要のようだ。
「きーいーやー!」
その間にも、紗枝は柵内をぐるぐる回り続けている。
そして、5周回った時点で、太一郎の元へ戻ってきた。
目をクルクルさせるアンネマリーとは対照的に、ルファーは顔を紅潮させ一礼し、滅多に見せない笑顔でフィーネとフォックスの元へ戻って行った。
ラテリカにとって、この恋花の郷は最早故郷に等しい場所となっていた。
この日、師匠であるアリスティドを招いたのは、その場所をどうしても見て欲しかったからだ。
その心境を把握していたアリスティドは、右手をラテリカと、左手を月人のミモザと繋ぎ、普段より表情を和らげて歩いていた。
もう直ぐ訪れるパリとの別れを惜しむように、ゆっくりと。
「はわ! アンジュちゃんですよ!」
そんな弟子の言葉に、アリスティドは視線を上空へと上げる。
天使の羽を持つ猫。
ラテリカの呼び掛けにすいーっと滑空してくるその実物は、ペンダントより更に愛らしい。
「やあ、君がアンジュか。先日帰って来たばかりなんだってね。おかえり」
ラテリカが抱くアンジュの頭を撫でると、羽猫はその羽をパタパタと動かし、喜びを露にしていた。
それを見て笑うアリスティドの裾を、ミモザがくいっくいっと引っ張る。
自分も撫でたいようだ。
「強くしないようにね」
ミモザはコクリと頷き、アンジュの頭に手を置く。
その姿は、幼少の頃のラテリカのようで。
アリスティドは眉尻を下げ、クスクスと笑っていた。
お披露目会の進行が続く中、パーティーの方も同時進行中。
冬の野外ではあるが、幸い天候に恵まれ、テーブルに並ぶ料理はいずれも芳しい香りを漂わせている。
ルネやラヴィサフィアが作ったパンや、リュシエンナのお手製煮込みスープも大好評。
その料理に舌鼓を打ちながら、冒険者達はそれぞれ親睦を深め合っていた。
そんな中。
「飛び入りです!」
等間隔の地響きと共に、アーシャの声が上の方から聞こえて来る。
ウォータードラゴン、モウロの背上で、アーシャは眉尻を上げて笑っていた。
尚、その足元ではクッポーが震えながら丸くなっている。
怯えているらしい。
「クッポーさん、皆見てますよ」
「クックック。このクッポーを見上げられる事、幸運の極みと思うが良い」
足をガクガクさせつつも、クッポーは弓を構えるポーズで聴衆の目を引いていた。
ちなみに、アーシャに借りた『まるごとたいがー』を着用している。
「流石アイドル。立派なのです」
ウンウンと頷くアーシャの遥か下、見物客の中にいるジルベールも、その様子に目尻を下げていた。
「とっても愛らしい方ですわ♪」
「そやろ? そやろ? ラヴィならわかってくれる思たわー」
そして、妻に紹介出来た事にとても満足げだ。
その後、クッポーが弓矢による演舞を披露。
恙無く終了し――――
「では、失礼しました」
アーシャはドラゴンの足元にいた『妙な塊』のダイフクにクッポーを乗せ、退去した。
ずーん、ずーんと言う足音が暫く村中に響き渡る。
「えー、次は‥‥ジルベール・ダリエさん、どうぞ!」
「よっしゃ! いっちょ頑張って来るな」
名を呼ばれ、ジルベールが気合を入れる。
お披露目する動物は、愛馬のネイトではなく、月人のニケでもなく、ラヴィサフィアのユニコーン、タリアだった。
実はこのタリア、ジルベールがラヴィサフィアとイチャイチャしようとすると角先を向けて突進したりする、結構なヤキモチ焼き。
その事をラヴィサフィアは心配していた。
「今日こそはこのタリアと仲良くなってみせたい思うねん。見守ってくれな」
「へえ‥‥兄様とキルシェみたいな関係なんだ」
もきゅもきゅとパンを頬張るリュシエンナの横を、不機嫌オーラ満載のタリアが通り過ぎて行く。
そして、舞台で対面。
「はいよー!」
レンジャーならではの身のこなしで、ジルベールがタリアの背に乗る。
しかし、案の定直ぐに暴れ馬状態。
「タリア、意地悪しちゃダメですわ!」
そんなラヴィサフィアの言葉に、タリアはぴたりと動きを止める。
「ええんや、ラヴィ。好きにさせたってくれ」
「でも‥‥」
「ほら、どした? もう終いか?」
再開。
暴れるタリアを、ジルベールは――――どこか楽しげな顔で諌めていた。
その後も、お披露目会は着々と進行。
ラヴィサフィアは反対にジルベールのニケを紹介し、喝采を浴びていた。
そして、次は――――
「リュシエンナ・シュストさん!」
「はい!」
明るい声で返事し、共に舞台へ歩んだのは、ボーダーコリーのラードルフ。
リュシエンナは一昨年の夏、家を飛び出しパリへやって来た。
その時、迎え入れたのが、このラードルフ。
寂しさを紛らわす為の存在は、共に歩み続ける中で、かけがえのない家族になっていた。
「兄様が結婚したら、この子を故郷に連れて行こうかな、って思うの」
感慨深げに、その頭を撫でる。
ラードルフは円らな瞳をリュシエンナに向けたまま、頭を下げてグリグリとその胸に埋めた。
「あはっ。ありがと」
そんな光景に、自然と――――拍手があがった。
演舞の後も見学していたレリアンナも、思わず手を叩く。
「このような素晴らしい御紹介を見逃すなど、全くお姉さまは‥‥あら?」
そんなレリアンナの視界に、次の参加者が映った。
まるごとユニコーンを着込み、怪しいマスカレードで目を覆った奇妙な出で立ち。
明らかに、見覚えのある体型。
白い息が、落ちる。
「私はあるかな仮面☆! クッポー少年よまた会ったな! 今日の君の運勢は‥‥正義! 望みが叶うと出た!」
「ククク。正義とは共鳴するもの。当然の縁だ」
役目を追え、柵の前で見物していたクッポーの頭にタロットカードが舞う。
そして、あるかな仮面☆はライトを使い、煌びやかに踊り始めた。
「見よ! 光の芸術を!」
「いいぞー!」
子供達は大喜び。
ある意味、一番盛り上がった。
そして、終了後――――
「‥‥お姉さま。こうなるに到った過程を全て説明願いますわ」
「な、何の事かな私はあるかな仮面☆だよお嬢さんそうそう店を回らないと」
棒読み口調で釈明するあるかな仮面☆は、いつものようにぴゅーっと走り去った。
そして、いよいよ残り1組。
「手前勝手だけど、俺も最後に参加させて貰うね。さあ、おいで」
その1組とは、司会を務めていたライルと、その妖精ジェシー・ナリスだ。
「年末、色々あって来てくれた子なんだけど、この子の名前は天国にいる友人2人から貰ったんだ。そのお陰なのかな、一番の仲良しになってくれた」
ライルの紹介を受け、ジェシー・ナリスは小さい身体で宙を舞い、クルリと縦に1回転してみせる。
「何となく、見守ってくれてる気がして‥‥頑張らなきゃ、って思わせてくれるんだよね」
はにかみながら。
そんなライルの言葉に、十四郎と太一郎が同時に手を叩く。
少しずつ増えていくその音は、やがて大きな拍手の渦となり――――そのままお披露目会の締め括りとなった。
お披露目会が終わった後も、パーティーは楽しく続く。
それぞれのペットを紹介し合ったり、改めて自身のペットと親睦を深めたり。
普段動物と触れ合う機会の少ない者は、それぞれの動物達を撫でて回ったりしていた。
「独り、母の教えを伝える日々を送って来ましたが‥‥動物達を連れてと言うのも、悪くなさそうですね」
レイシオン・ラグナートは同じクレリックであるレリアンナのレイモンドを撫でながら、暫し目を細める。
「ボーダーコリーは忠実な犬ですので、お連れするのであればお勧め致しますわ」
「ありがとうございます。検討させて頂きすね」
レイシオンが微笑むのと同時に、柵の外から少女の高い声が響き渡る。
アンネマリーがレリアンナを呼んでいた。
レイモンドを操る所作を教えて欲しい、と懇願しているようだ。
「では、失礼致しますわ」
「はい。貴女に聖なる母の祝福があらん事を」
心温かく穏やかに。
そんな祝福の輪は、人も動物も問わず、こうして繋がって行く。
「お疲れさん!」
そして、酒場『スィランス』にもその輪が一つ。
大役を果たしたライルと、その友人である太一郎と十四郎は3人でテーブルを囲み、それぞれを労っていた。
テーブルには、酒場ならではのお酒にあう料理や、アリス亭で購入したチーズが置いてある。
「十四郎はこれからどうするつもり?」
チーズに手を伸ばしつつライルが問うと、十四郎は顎に手を当て、暫し考えた後――――何かを思いついたような表情を作った。
「確かパン職人学校があった筈。思い出作りと友人への土産替わりに習っておこうか」
「十四郎らしいね。室川さんは?」
「風変わりなお土産を売っているお店があると聞きましたので、そちらへ行こうかと」
太一郎の方は即答。
「ああ、あの羽猫の店か。俺も学校の後に寄るとしよう。実物にも会いたいものだな」
赤ワインでじっくり煮込んだ鶏肉を味わいながら、十四郎はまだ見ぬ村のアイドルに思いを馳せていた。
「それじゃ、また夜にでも落ち合おうか」
司会役を務めたライルが、この場も進行役を果たし――――仲間同士の団欒は楽しく過ぎていった。
一方で、家族の団欒を楽しむ者達もいる。
恋の花咲く小路を歩くアニエスとセレストは、恋人同士が歩くその場所で、束の間の休息を楽しんでいた。
とは言え、楽しい事ばかりではない。
アニエスはブランシュ騎士団、ラルフ・ヴェルナー黒分隊長との婚姻を控え、その不安を口にする。
前ばかりを見ていたこれまでとは違い、自身を顧みる中に生まれる――――家族と言う存在。
父親の事。
祖父母の事。
アニエスは母セレストから、殆ど何も聞かされていない。
それもまた、不安の一つ。
「お父様の事は、どの位覚えてて?」
その問いは同時に、打ち明けると言う合図でもあった。
復興戦争で左足を亡くした夫への看護と、その夫の両親との『苦闘』に追われた日々。
セレストは、本来最も近くにいなくてはならない娘を、最も遠くに追いやった。
見せたくなかったから。
それでも、アニエスは言う。
「私の中の父様は、いつも笑顔でしたよ」
事実、アニエスの記憶の中の父は、そして祖父母は、いつも笑っていた。
それが例え、仮面であっても。
「そう‥‥」
セレストは歩を止める。
目の前に、修道院が見える。
蜜月の時間は終わりだ。
「その資格はないけど‥‥貴女の巣立ちを見守らせて頂戴ね。『あの娘を頼む』。それがあの人の遺言だから」
そして、約束。
それを果たすのが、セレストの最後の望みだった。
「え? 遺言はそれだけではなかった筈です」
悲壮感すら見えるセレストに、アニエスは笑顔で言い放った。
『君との人生は楽しかった。ありがとう』。私、そう聞いてますよ?」
それが真実か否かは、どうでも良い事だった。
抱き寄せる娘の暖かさだけを、セレストは感じていたかった。
冬の肌寒い時期、湖へ近付く者は余りいない。
それでも、ジャンとエレインがピュール湖を訪れたのには理由があった。
初めてジャンが告白した場所。
恋人同士になった今、改めてその場所へ2人で訪れたかった。
ジャンはシルバーコートをエレインの肩に掛け、その畔に腰掛ける。
エレインもそれに倣い、ジャンの隣に腰を下ろし、その肩に身を寄せた。
「この方が暖かいですわ」
「うん‥‥」
肩を抱き、ジャンはエレインの耳元に口を寄せる。
「離れてる時間がもどかしくて仕方なかったよ」
「私も、ですわ」
紅潮させながら、エレインは擦り寄るように頷く。
「だから、その時間をもっと減らそうと思うんだ」
「え? それは‥‥」
「うん」
一つ頷き、ジャンはエレインの口を塞ぐ。
もう言葉は要らなかった。
その頃、広場では。
「出来ました! 最高傑作です!」
アーシャが絵を完成させていた。
「早速店に飾りましょう」
たいがークッポーの頭にアンジュがちょこんと乗っているその絵を抱え、走る。
一方、クッポーは長時間の不動の末に全身が痺れ、ポテンと倒れた。
「みう?」
その様子を暫し不思議そうに眺めていたアンジュだったが、やがてふわりと飛び発つ。
行き先は――――修道院。
途中、アンジュの目に2人の姿が映る。
ジルベールとラヴィサフィア。
恋の花咲く小道を手を繋いで進む2人の傍を、ニケを乗せたユニコーンのタリアが優雅に歩いている。
ジルベールの頭には大きな瘤が出来ていたが、その見返りは大きかったようだ。
「もう、ジルベールさま、無理してはいけませんわ」
「こうでもせんと、タリアは認めてくれへん思たからなー」
苦笑しつつ、問う。
「ラヴィ。楽しかったか?」
そして、ラヴィサフィアの首肯を確認し、ジルベールは満足げに予め用意していた台詞を使った。
「子供できたら、また遊びに来よな」
その言葉に、ラヴィサフィアは少し驚いたような顔をして――――
「はい♪」
にっこりと、満面の笑顔を見せた。
修道院に着いたアンジュの目に、灰猫が映る。
その猫――――キルシェは明らかに不機嫌だった。
その視線の先には、ドレスに身を包んだルネに見惚れているラルフェンの姿がある。
どうも、その姿が面白くないらしい。
一方、ルネとラルフェンは良い雰囲気。
見詰め合い、頬を撫で、指輪へ口付け――――まるで結婚式のように、愛を確かめ合っている。
キルシェの怒りはいよいよ頂点へ。
頭ラルフェンのの上へ乗り、髪の毛を乱雑に引っ掻き回し始めた。
ただ、アンジュにはそれが、じゃれ合っているようにも見えた。
『俺は、独りでは生きられない』
オーラテレパスで語られる、ラルフェンの偽りなき本音。
ラルフェンにとって、この世界は冷たい灰色に覆われた、限りなく闇に近いものだった。
けれど。
その灰色は、1人の女性によって、あっと言う間に白く染まった。
そして、気付く。
濁っていたのは、世界ではなく自分だったのだと。
『彼女がいなければ、俺はまた‥‥生きる実感を、温度を失くす』
頭の上にいるキルシェへ、伝える。
ルネへの想い。
そして、己の弱さ。
灰猫はずっと、沈黙を守っていた。
「キルシェったら、またそんな‥‥」
ラルフェンの言葉が聞こえないルネは、いつもの喧嘩と思い、諌めようとする。
しかし。
「‥‥え?」
キルシェは、自発的にラルフェンの頭を降り、その足に身体をすり寄せ始めた。
それは、氷解の証。
「キルシェ‥‥ありがとう♪」
その愛猫をルネは担ぎ上げ、おでこにキスする。
キルシェは、誰よりルネの幸せを望んでいた。
結局、今目の前にある笑顔こそが、一番の勝因だったのだろう――――
ラルフェンはそう思い、静かに微笑んでいた。
斜陽の輝きの中、人気のなくなった広場で、わんこを脱いだククノチは舞う。
守り刀の描く軌跡は、いと美しく。
時に優雅に、時に疾走感溢れるその動きは、いと瑞々しく。
「‥‥」
レオはククノチの作ったチーズ料理を食しながら、その舞に見蕩れていた。
「ふう‥‥」
舞を終え、ククノチはレオの隣に座る。
寄り添うように。
「ありがとう。俺の為の舞、で良いんだよな?」
口元を隠しながら、ククノチはコクリ、と頷いた。
蝦夷の巫女であるククノチは、即ち蝦夷の神と共にある。
その身は神のものである。
そんな彼女との結婚は――――蝦夷の神から巫女を奪う事に他ならない。
それでも、レオはその道を選んだ。
誰より愛しく、守りたい。
その一心で。
「‥‥良いよな?」
蝦夷の神の遣い。
そう言われる熊キムンカムイに、レオは訊ねた。
イワンケは何も言わない。
ただ、そこにいた。
ずっとククノチの傍にいた、これまでと同じように。
日が暮れる。
楽しい1日は終わり、また次の朝を迎える準備が始まる。
けれど、そんな中で――――ラテリカはこの日をずっと繋ぎ留めたくて、アリスティドの手を離さずにいた。
「どして、終わりはやって来るでしょか」
呟く言葉に、力はない。
ラテリカはずっと、『おかえり』も『ただいま』もこの師と交わしてきた。
もう直ぐ、それが出来なくなる。
それが悲しくて、手を離せずにいた。
「‥‥ラテリカはお嫁さんになって、大好きな人といつも一緒で。なのに、寂しい、て言ったら‥‥いけない、ですよね」
「一度くらい、言ってくれよ」
アリスティドは柔らかく微笑む。
本心を聞かせて欲しい――――そんな師の言葉に、ラテリカの瞳は揺れた。
「寂しい‥‥ほんとはいっぱい、いっぱい寂しい!」
繋いだ手を離し、縋るように抱き付く。
でも、それは一瞬で。
力は直ぐに抜け、代わりに静々と寄り掛かった。
「でも‥‥おししょさまが幸せなら。我慢、するです」
「‥‥ありがとう」
アリスティドはその頭をぽんぽん、と撫でてくれる。
ラテリカはこれまで、沢山の事を教わって来た。
その道標が、もう直ぐなくなってしまう。
怖く、悲しく。
何より寂しかった。
「大丈夫」
そんなラテリカの想いを見透かすように、アリスティドは優しい声を掛ける。
「これからは、この郷から、そしてこれから出会う沢山の人々から、沢山の事を教えて貰うんだよ」
アリスティドはこの日、この村の音楽に触れた。
そして確信した。
ラテリカは1人ではない、と。
「さ、帰ろう。暗くなってしまわない内に」
「はい」
アリスティドはもう一度、手を差し出す。
ラテリカはもう一度、手を取る。
何度でも。
例え、離れ離れになっても。
何度でも。
一緒に、ね。