リアン街の大商人

■ショートシナリオ&プロモート


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月17日〜06月22日

リプレイ公開日:2008年06月25日

●オープニング

 パリの近隣に、交通の中継点として賑わう一つの街がある。
 常に活気に満ち溢れていて、宝石職人や葡萄酒商人、香辛料商人と言った職業が幅を利かせており、盛んに交易が行われている街だ。
 東西南北、ノルマン全土の到る所から人が集まるこの街は、リアン街――――そう呼ばれている。
 そんなリアン街を数多くの商人が根城にしているのだが、最近になって、若い商人達が勢力を伸ばしていると言う。
「よう、クラウス。相変わらずしみったれた店だな」
 その代表格と言われている宝石商『キーファー商会』の代表ヘルマン・キーファーが、靴職人のクラウス・ハーロウの目の前に現れたのは、まだ日の光が差し込んで間もない時間の事だった。
 現在、リアン街で今一番勢いのある宝石商人と言われているヘルマンと、しがない靴職人のクラウス。一見何の接点もないように思える彼らだが、実は幼馴染だった。共に同じ地で生まれ育ち、共にまだ二十代の若い男性だが、現在の境遇、その格好には雲泥の差がある。
「何しに来た、ヘルマン」
 しかし、そのような差など意にも介さず、クラウスは作業を継続したまま旧知の男にそう尋ねた。それに対し、ヘルマンは笑みを更に濃くし、決して多くはない商品の一つを手に取り、眺める。
「なーに、ちょっくら挨拶に来ただけさ。近い内にこの場所に店を構えるんでな」
「‥‥何?」
 そして、それを自分の足元に置いた。最高級の革で作られた、自身の靴の隣に。
「その折には、このみすぼらしい店を畳んで貰わなきゃならない。そのお願いにこうしてオレ自ら推参したと言う訳だ」
「‥‥」
 クラウスは動かない。声も出さない。その様子に、ヘルマンは一瞬笑みをなくす。しかし直に口元を緩めた。
「余りの事に声も出ないか。無理もない。ここ二年でオレとお前にはこれだけの差が開いた。オレは巨万の富を手に入れ、お前はしがない靴屋のまま。これが現実だ」
 そうまくし立てた後、ヘルマンは足元の商品をおもむろに踏みにじる。大した傷がついた訳ではないが、売り物にはならなくなった。それを確認し、今度は指を派手に鳴らす。その合図を受け、護衛の一人がクラウスに数枚の金貨を手渡そうと差し出した。
「泣いてお願いしたら、これから構える店を一つ任せてもいいぞ? どうだ、クラウス。いい加減こんな店止めて、オレの下に来い」
「お前は変わったな。ヘルマン」
 クラウスは眼前の金貨に一瞥もくれず、作業を継続しながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「昔から商才があり、要領も良く、社交性にも長けていた。だが‥‥今のお前には、昔の輝きはない。その髭もまるで似合っていないしな」
「フン、負け惜しみもここまで来ると笑えねぇよ」
 多少自覚はあったのか――――ヘルマンの顔から笑みが消えた。そして、改めて店をぐるっと見渡す。
「良いよな、この店は。こんな質素な靴ばかりじゃ盗賊に押し入られる心配もない」
 皮肉のみで構成された台詞にも、クラウスは何一つ動じない。職人特有の眉間の皺もそのままに、視線のみヘルマンに移す。
「盗賊、か。最近は妙な盗賊がこの街を騒がせているらしいが、お前の店は狙われた事はないのか?」
「ねぇよ。オレの店は厳重な警備体制を敷いているからな。次に狙われるは恐らく、ギザールの野郎のとこさ」
 ギザールと言うのは、現在キーファー商会に次いで勢いのある新鋭の宝石商だ。いやらしい笑みでその名を出し、ヘルマンは少々荒っぽく踵を返す。護衛は金貨を床に置き、それに続いた。
「早々に店を畳む準備をしておけ。直にこの土地はオレの物になる。くくく‥‥」
 店外からけたたましい笑い声が聞こえる中、クラウスはひっそりと嘆息を漏らした。
 キーファー商会は、ここ二年で急激に業績を伸ばした。その最大の要因は、中々この辺りでは手に入らない宝石を数多く仕入れ、それを貴族に進呈したからと言われている。貴族の寵愛を受けた事で、キーファー商会は瞬く間に大手の仲間入りを果たした。
 しかし、実際のところ、キーファー商会には黒い噂が絶えない。
 嘘かまことか、裏で何者かと手を組み、盗品を譲り受けている、或いは窃盗を依頼しているなどと言う話すら出ている。
 幼い頃の彼を知るクラウスは確信していた。ヘルマンが悪に手を染めてしまった事を。
 彼は後ろめたい事があると、いつも虚勢を張る。ここ二年、ヘルマンは常に虚勢を張っていた。思わず目を覆いたくなるほどに。何より、似合いもしない髭を蓄えているのも、若い自分が他の海千山千の商人達に嘗められないよう、外見を取り繕う為――――クラウスはそう分析していた。
「もう傍観している訳にも行かない‥‥か」
 かつて共に夢を語った間柄。
 いずれは目を覚ますと信じていたが、そうは言っていられない。
 この靴屋は、彼にとって城も同然だ。どれだけ揶揄されても、繁盛していなくても、城は城。そして、城を守るのは城主の役目だ。
 クラウスはなけなしの生活費を握り、その重い腰を上げた。

●今回の参加者

 eb3916 ヒューゴ・メリクリウス(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb4683 円 旭(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb7758 リン・シュトラウス(31歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ナノック・リバーシブル(eb3979)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ 九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文

●それぞれの『戦い』
 今回の依頼は、情報戦だ。
 それだけに、どれだけ幅広く、そして信憑性の高い情報が集められるかが、依頼達成の鍵となる。
 既に広まっている噂を把握するのは容易だった。ただ、信憑性に関しては噂の域を出ないのが実情だ。クラウスとて、昔からの癖や、直感に近い分析の元に確信を持っているとは言え、それはあくまでも本人の中でのみだ。他人にとって、それは推測以外の何物でもない。だからこそ、彼は依頼を出したのだ。
「‥‥成程」
 街の情報屋数人から話を聞き終えた円旭(eb4683)は、思案に身を委ねていた。
 それなりの報酬を支払った代わりに得た情報は、中々に興味深いものだった。
 キーファー商会が急激に業績を伸ばしたのは、約二年ほど前。それと時を同じくして、盗賊の動きが活発になったと言う。ただ、これ自体は既に出回っている噂であって、クラウスからも既に聞いており、大した情報とは言えない。
 だが、その盗賊の中に大盗賊カルラが含まれていると言う情報は、大きな収穫だった。
 大盗賊カルラ――――現在、様々な意味でこのリアン街を騒がせている、良質で珍しい宝石しか盗まない盗賊だ。毎回予告状を官憲に送りつけるなど、その奇抜な行動が、一般市民の間で妙に受けていたりする。
 そんな予告状を出されるようになったのは、割と最近の事。少なくとも二年前にはそのような事実はなかった。よって、世間の噂では、カルラが活動し始めたのはつい最近のように思われている。が、情報屋によれば、実際はそうではないと言う事だった。もし予告状と言うスタイルそのものが、キーファー商会と結び付いた時期を煙に巻く為のものだとしたら――――
「となると、マークすべきは‥‥」
 円は、一人の盗賊にターゲットを絞り、新たな情報を模索する事にした。

 キーファー商会の商品の流通は、闇に閉ざされている。
 ただ、それは圧倒的な権力によって情報を遮断していると言う訳ではない。単純に、現時点でキーファー商会への糾弾に価値を見出す者は、このリアン街にはこれまではいなかったと言う事だ。
 仮に宝石を盗まれた被害者であっても、現在最も勢いのあるキーファー商会を敵に回してしまうと言うのはリスクが大きい。まして、彼らの繋がりを証明できたとしても、既に売りに出されている宝石が手元に戻る可能性は低い。成果が上がらない以上、二の足を踏むのは仕方のない事だ。
 が、それも先日までの話。少なくとも、今は数人が彼らの悪事を暴く為に動いている。
「ありがとうございました」
 その中の一人、乱雪華(eb5818)は丁寧に礼を良い、宝石商人に背を向けた。これで、リアン街の約半分の宝石商人に話を聞いた事になる。
 彼女の目的は、各宝石商人の流通を探り、まとめる事だ。
 と言うのも、その流通を確定できていれば、キーファー商会が仮に盗品を売り物としている場合、その情報と照合する事で、それが盗品であると言う証拠になり得るからだ。
 例えば、先ほど話を聞いた商人が独自で仕入れている宝石をキーファー商会が本人との取引以外で仕入れていた場合、盗難品である可能性はかなり高い。
 よって、キーファー商会との取引についても調べる必要があった。
「あと半分‥‥頑張りましょう」
 自分自身への激励を込め、乱は静かに呟いた。

 依頼を受けて二日目の午後。
 陽光がリアン街を優しく照らす中、その光を遮るようにそびえているヘルマンの屋敷の中に、リン・シュトラウス(eb7758)はいた。
「‥‥そして、海賊達の秘宝は再び眠りにつき、黄昏の世界へと溶けていきました」
 銀の弦が微細な振動を止めた瞬間、屋敷内に喝采が響き渡る。その瞬間、リンは心中で安堵の息を漏らした。
 彼女が謳った英雄譚は、紫色の巨大貝を手に入れる為に大海原で海賊どもと勇ましくも戦った冒険者達の記録だ。その中に彼女自身がいた事も、屋敷の人間の関心を誘った。ちなみに、その際の海賊が有していた財宝に関しては、未だ発見されていない事にしている。更に関心を誘う為だ。
「その時、持ち帰る事が出来た宝の一部がこれです」
 夜闇の指輪を見せながら微笑む彼女に、屋敷の人間はぜひヘルマンに会ってサーガを謳うよう進言し、リンはそれを快諾した。
 斯くして、リンはヘルマンの客人として屋敷に滞在する事となった。
 その目的は、勿論名声だけの為ではない。
 屋敷内の構造をチェックする為だ。
 そして彼女にはもう一つ、独自の目的があった。
 それは――――ヘルマンの生い立ちについて尋ね、彼がこうなってしまった要因を探る事だ。
 クラウスの話では、出発点は共に同じだったと言う。しかし、いつしか彼は変わってしまった。
 現時点では、誰が見ても成功者と讃えるだろう。しかし、もしクラウスの言うとおり、犯罪に手を染めているとしたら――――
『奴は、哀れな男です』
 リンは昨日、クラウスにヘルマンの人となりを聞いた。その時の第一声がそれだった。
 そして、彼女もまた、そう思うのだった。
 
●侵入
 最終日前夜――――
 ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)は、円と共にヘルマンの屋敷の塀をじっと眺め、その高さを再確認していた。
 これまでに円と乱、そしてリンが集めた情報を統括した結果、ヘルマンと盗賊カルラが結託している可能性は極めて高いと言う結論に達した。
 ただ、カルラが強大な戦闘力を有している可能性もあるので、接触の瞬間を抑えるのは危険だ。よって、別の方法を取る必要がある。
 昨日から今日にかけて、リアン街はカルラが『ヘルメスの涙』と言う宝石を盗んだと言う話題で持ちきりだ。
 
 ――――もしその『ヘルメスの涙』が屋敷に保管されていたら?

 乱の調査によれば、『ヘルメスの涙』を扱っていた商人は他にこの街にはいない。よって、ヘルマンの調達ルートは必然的に、カルラの盗んだ『ヘルメスの涙』と言う事になる。それを屋敷内で発見し、クラウスに報告すれば、依頼は成功だ。
 その重要な役割を、ヒューゴは担っていた。
 彼自身、ここ数日間、この屋敷の偵察を行っていた。自分にその役割が回ってくる事を見越していたのだ。
 もしヘルマンが盗賊と結託しているならば、盗賊は確実に盗んだ直後にその戦利品を持って交渉相手の元を訪れる。盗賊の心理を知る彼ならではの分析だった。
「外部では乱さんが大道芸で、内部ではリンさんが演奏で、それぞれ警備の気を引いています。侵入中に見つかったら、僕が囮になりますので」
 やや緊張気味に捲し立てる円の肩に、ヒューゴが手を乗せる。
「大丈夫ですよ。彼らはどうやら、それほど警戒心を持ってはいません」
 ここ数日の偵察で感じた、率直な感想だった。
 盗賊と結託していると仮定した場合、ヘルマンは狙われる心配がない。よって、警備に対してもそれほど力を入れていない可能性はかなり高い。
「肩を借りますね」
「はい」
 侵入開始。2mほどある壁を乗り越え、二人とも敷地内へ入った。
 屋敷の入り口には、二人の警備が立っている。さすがに正面から乗り込むのは難しい。しかし、昨日集結した際、リンが最も簡単な屋敷への入り方を教えてくれていた。それは――――厨房からの侵入。厨房には外部と内部を結ぶ扉があるが、当然そこには見張りなどいない。鍵開けのスキルさえあれば、問題なく侵入可能だ。
「では、僕はここで退路を確保しておきます」
「了解。いざとなったら、疾走の術で逃げてください。僕は大丈夫ですから」
 緩い警備に後れを取るつもりはない。その自信は円にも伝染し、お互い軽く頷き合って、それぞれの役割へとステージを移した。

 ヒューゴの判断は迅速だった。
 屋敷内の照明が、数m先の目標物を認識するのにさほど苦労しない明度だと判断するや否や、インビジブルと忍び足のスキルを複合し、その姿と足音を消した。
 そして、そのまま目標地点へ向かう。
 屋敷に滞在しているリンから聞いた話では、ヘルマンは宝石を売りに出すまでは二階の自分の部屋に保管すると言う事だった。
(就寝前に眺める為‥‥でしょうね)
 そう分析しつつ、二階の様子を探る。外の乱や一階にいると思われるリンが上手く引き付けてくれているらしく、人の気配は皆無だった。ヒューゴはそれでも直感を最大限働かせ、細心の注意を払いつつ、左側から順に部屋を探って行く。
 そして――――明らかにこの屋敷の主の部屋と思しき、豪華なベッドや絵画のある空間に行き着いた。
 ここからは、時間との勝負だ。
 乱やリンとて、長時間全ての人間を引き付けておく事は難しい。後は、二階に人が現れる前に、盗品と言う確固たる証拠、悪くとも状況証拠のはっきりした宝石を見つける事ができるかどうかだ。無論『ヘルメスの涙』が見つかれば、それが一番確実だ。
 ヒューゴは入室して直ぐ目に入った、各辺50cm程度の木製の金庫に着目した。
 装飾性を重視したその金庫は、開けるのは決して難しい代物ではない。鍵開けの技術に関しては達人の域にあるヒューゴは、ものの数分でその金庫を開けてみせた。
 中身は――――それを確認した瞬間の彼の微笑が全てを物語っていた。

●エピローグ
『大商人へルマンが、大盗賊カルラと結託していた』
 そんな話がリアン街を震撼させて、数日が経過した。
 ヘルマンは官憲によって逮捕され、キーファー商会は僅か数日の内に落陽となった。
 冒険者に委ねられたクラウスの決断が、その現実を生んだ。
 商売を営む人間にとって、盗品を扱うという行為は決して許されない。
 一つの商品が盗まれれば、それを取り戻すのにはその何倍もの商品を売らなければならない。
 商人にとって、盗賊は絶対に許してはならない敵なのだ。
 その盗賊と手を組んだヘルマンは、もはや商人ではなかった。
 クラウスは、ヘルマンに商人でいて欲しかった。
 かつて共に同じ道を夢見た者として。
 買い手の付かない数多の物言わぬ靴を眺めながら、それでも、彼は想う。
 本当に正しかったのだろうか、と。
 その逡巡は、永遠に消える事無く、リアン街の片隅で燻り続ける。
 この街を形成する灯の一つとして――――