【ウォールブレイク】何よりも厚い壁
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月21日〜06月26日
リプレイ公開日:2008年06月28日
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●オープニング
パリの近隣の街に、マックス・クロイツァーと言う人間の男がいる。
年齢は24。石工で生計を営んでいる。
彼には、現在付き合って5年になる彼女がいる。名前はマルレーネ。とても器量が良く、明るくて愛想の良い、この街の人気者だ。
そんなマックスには、現在大きな悩みがある。
それは――――どうやって彼女にプロポーズするか、と言う事だ。
マルレーネは人生の伴侶としてこの上ない女性だと確信している彼にとって、5年間と言う月日は、準備期間としてはむしろ長過ぎたくらいだと感じていた。
ただ、その為には一つ大きな障害がある。
石工としてはまだ駆け出しの彼には、婚約指輪を送る経済的な余裕がない、と言う事だ。男として、それは余りに不甲斐ない事だった。
「その話は本当か!? ペーター!」
そんなマックスに、自宅を訪れた親友の口から願ってもいない情報が伝えられた。
「はい。間違いありません。と言うか、親友の言葉を疑うとは何事ですか?」
ペーターはにっこり微笑みながら、鋼鉄の鎚を持つ右手を振りかぶった。鍛冶屋の彼にとって槌は商売道具なのだが、時に武器と化す事もある。
「待て待て待て! 疑ってなどいない! 何かこう、たまに言いたくなるだろ。本当か!? って」
「まあ、わからないでもないですが」
表情を一切変えないまま、手を落ろす。それを若干怯えた目で確認したマックスは、安堵とも感嘆とも取れない溜息を漏らした。
「掘ると宝石が出てくる壁‥‥まさか実在するとはな」
そして、おもむろに家に置いてある採掘道具を収集する。
「何をしているんですか?」
「決まってる。これは千載一遇の好機だ。掘って掘って宝石祭りだ!」
スコップを担ぎつつ力説する。しかし、ペーターはそれを冷めた目で見つめていた。
「無駄ですよ」
「何だと? 何が無駄だと言うのだ」
「だって貴方、ノルマン一運のない男じゃないですか」
ビシッ、と指をさされ指摘されたマックスの顔が、全ての毛穴を開放する。後ろの方で雷が鳴っていた。
「きっと、マルレーネさんと知り合った時点で全ての運を使い果たしてしまったんでしょうね。人生の」
「わかっている!」
口惜しげに叫び、担いだスコップを下ろした。
「確かに俺はここ数年異常に運が悪い。この一年だけで職場を9回変わり、住む所も4回変わった。女装癖のある上司に女装を強要されたり、どこぞの冒険者が盗賊を退治する為に放ったファイヤーボムで家が燃えたり」
「何が凄いって、それらの例が一番マシだったと言うところですよね」
「だが、これがマルレーネとの出会いに必要な副作用なのだとしたら、俺は全てに耐えてみせるさ」
マックスは瞑目し、微笑を携えている。格好をつけているようだ。
「ですが、籍を入れたらマルレーネさんにも伝染する可能性が」
「そんなあああああっ!」
しかしそれも一瞬、短髪を掻き毟って狼狽を露わにしていた。
「いえ、冗談ですからいちいち本気にしないでくれますか? 軽くイラッとするんで」
「‥‥たまに思うが、お前本当に俺の親友か? むしろ嫌いなんじゃないのか」
「今日の気分は親友です」
投げやりだった。
「まあ、不幸は伝染病じゃありませんから、いちいち気にする必要はありませんよ。もし貴方の不幸が神様の嫉妬によるものだとしたら、結婚する事でより一層酷い目に合うのは貴方だけですし」
「‥‥やっぱり嫌いだろ、俺の事」
ペーターは微笑んだまま、はいともいいえとも言わなかった。
「それは兎も角。確かに俺が掘りに行っても、まともな成果は望めそうに無い」
「僕は手伝いませんよ。忙しいんで」
「ちっ、薄情者め」
「何ですって?」
再び槌が天にかざされる。振り下ろされたそれをマックスは辛うじてスコップで防いだ。そのまま鍔迫り合いのような形で睨み合う。
「何で、お前は、そう表情と真逆で、攻撃的なんだっ」
「僕は、身内の悪口は何とも思いませんが、自分への悪口は、絶対に、許しませんっ」
最低の男だった。
「どうです? 自分で掘るのが不安なら、冒険者を雇うとか」
結った髪を若干震わせながらのペーターの提案に、マックスのスコップを持つ手から力が抜ける。それと同時に、槌も後ろへと引かれた。
「だが、俺には金が無い」
「中には格安でも引き受けてくれる方もいるようですし。それに、宝石が何個も出てきたら、それを成功報酬にすれば良いじゃないですか」
「なるほど。よし、それで行こう」
単純なマックスは決断するや否や、なけなしの金を袋に入れ、何故かスコップを持ったまま全力疾走で駆け出して行った。それと入れ違いで、マルレーネがマックス宅を訪れる。
「どうしたの? あの人。血相変えて走って行ったけど」
「さあ?」
ペーターは肩を竦め、若干苦笑交じりの微笑みでかぶりを振る。そして、彼女に聞こえない声でポツリと呟いた。
「うまく行くと、良いですけど」
●リプレイ本文
●下がって、下がって
「じゃあ行きますよ〜‥‥どっかーん!」
アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)の掛け声と共に、壁面の一部が派手に陥没した。それと同時にマックスが賞賛の声を上げる。
「いや、魂消たな。今度正式に採石の手伝いを申し込みたいくらいだ」
「その前に申し込む相手がいるでしょ?」
そんなマックスに、リン・シュトラウス(eb7760)が流し目で近付いてくる。
「う、ま、まあな‥‥」
「その辺りの事はウカさんから聞いておいた方が良いんじゃないでしょうか」
名指しされた妻帯者のウィルシス・ブラックウェル(eb9726)は、朗らかな微笑を携えて目を細めた。
「凄く幸せですよ。マックスさんも無事結ばれると良いですね」
その希望の言葉に、マックスは武者震いを覚える。決意が更に固まったらしい。
「奥様、美しい方でしたものね〜」
「お似合いなのです」
カメリア・リード(ec2307)とエフェリア・シドリ(ec1862)は、夫の見送りに来ていたアルフィエーラ・L・ブラックウェルの話で盛り上がっている。
「すいません、遅れましたわ」
そんな中、街で買い物をしていたジェイミー・アリエスタ(ea2839)と、タケシ・ダイワ(eb0607)も合流。
「自分用のスコップは余裕があるので、もし必要なら御配りします」
タケシの申し出に感謝を述べるエフェリアとカメリアの傍らで、リンが不敵な笑みを携え、壁と向き合っていた。
「ムーンアローでダイヤを指定すれば、ダイヤのある場所に月矢が飛ぶと思いません?」
皆の猜疑の目を他所に、リンは月矢を放つ――――!
「痛ーっ!?」
が、矢が直撃したのは本人だった。
※対象物が複数ある場合、こうなります。
「うーん‥‥(ぱたっ)」
リン・シュトラウス――――ダイヤ指定月矢が自らを射抜くと言う、ちょっとアレな負傷で一時離脱。
その様子を見ていたレティシア・シャンテヒルト(ea6215)は、壁の脆い部分を指定して放とうとしていた月矢をそっとキャンセルした。
「やっぱり地道に掘った方が良いみたいですね。それじゃ二発目行っきま〜す」
「では、こちらのろぼも。許可は得ているので大丈夫です」
バーストアタックとストーンゴーレムの拳が次々と壁を砕いていく。
「‥‥これは地道、なのでしょうか?」
カメリアが冷や汗を流す程の破壊活動が繰り広げられる傍ら、何処までも続くその壁をエフェリアはじーっと見つめていた。
「何をやっている?」
それに気付いたマックスが聞くと、表情を変えないまま首を動かす。
「壁にテレパシーなのです」
「む、それは興味津々だな。何かわかったか?」
エフェリアは首を左右に振った。リシーブメモリーも効果なしとの事だ。
「そうか‥‥石と話せると言うなら、是非話してみたかったのだが」
「お話、聞きたいのです」
「俺にか? 大した話は出来ないが‥‥」
そんなこんなで、一日目の採掘は終了した。
夕刻――――最寄の河川。
天馬ミューゼルの蹴り上げた魚が水飛沫と共に舞う。その魚が月矢や稲妻に射抜かれ、陸地にぱたぱたと落ちていく。
「こんなところでしょうか」
「多少焦げてる魚もあるけど‥‥ん、大丈夫」
食料の調達を終えたカメリアとレティシアが野営地に戻る頃には、既にスープの匂いが漂っていた。
「もうすぐ栄養価の高い食事が出来上がりますので」
「期待してます〜」
療養中(タケシのリカバーで既にほぼ回復済)のリンを元気付けているウィルシスに、マックスが血相を変えて近付いて来る。
「すまん。鮭はなしで」
「え、何故ですか? 美味しいですよ。鮭と野菜のスープ」
「鮭の身はな‥‥巨大熊とか血を連想するんだ」
かつて彼の身に何があったのか――――ウィルシスは詮索せず、微笑みのままに頷いた。
そして、夕食完成。
亀や犬や馬や猫や妖精やゴーレムも交え、賑やかな夕食兼お茶会が始まった。
鳥肉と温野菜のバター焼と野菜のスープをメインに、ワイン、桜餅など、各々が持ち込んだ食料を出し合って、和気藹々と進む。
「これ美味しいですね〜」
「これは、『れっつ村おこし』を合言葉に村おこしをしている村の試作品で‥‥」
頬を緩ませるアーシャに、レティシアは熱心に説明していた。
なお、マルレーネを呼ぶと言う意見もあったが、マックスたっての希望で却下された。
「‥‥誤解されたら適わん」
その様子に復調したリンの目が怪しく光る。
「あらー、早くもうちの妻は‥‥と言うニュアンスが感じられますね♪」
「そ、そんな事はない。まだ指輪も用意出来ていないと言うのに」
肘で突っつかれて照れていたマックスだったが、次第にその顔が曇る。
「果たして、どんな宝石が結婚指輪にふさわしいものなのか」
それは、ずっと彼が思い悩んでいた事だった。
「それについては、私達も色々話し合いました。結果、二通りの意見が」
「聞こう」
マックスは身を乗り出し、カメリアの説明を待った。
「一つは、誕生石や彼女のイメージカラーなど、マルレーネ様に合わせた宝石を送ると言うものです」
「そしてもう一つは」
レティシアがずいっと身を乗り出して来た。
「貴方が自ら掘り当てた石」
「いや、それは無理だ」
反射的に、マックスはそう答えていた。それを忌避する為にこの依頼を出したのだから。
しかし――――
「己を着飾っては、真実の愛は掴めないかと」
「大切なのは、指輪とか宝石ではなく、お互いの気持ちです」
男性陣の真剣な言葉に、マックスは心を傾ける。彼とて、それが一番なのはわかっていたからだ。しかしそこには、何よりも厚い壁がある。
「考える時間はまだありますから。今日はもう休みましょう」
後片付けをするウィルシスの言葉で、お茶会はお開きとなった。
既に空は闇と光点をまとっている。しかし、女性陣の目に眠気は微塵もない。特にリンとアーシャは目を爛々と輝かせていた。
「私達はこれから恋のお話で盛り上がりますので〜」
と言う訳で、それぞれの夜は更けて行く。
マリッジブルーになった女性のお話や、それぞれの恋愛感、理想のタイプ、欲しい宝石、女装(?)など、朝まで話題が尽きる頃はなかったそうな。
●その後――――
それぞれの行動は徐々に分担されていった。
発掘道具を多く持ち込んだ者は主に発掘を、そうでない者はフォローや自由行動に終始。
「は〜、ハンマー壊れちゃいました〜」
夕刻になると、アーシャとジェイミーがヘロヘロになって戻ってくる。それをレティシアがエプロン装備で迎え、マッサージを施していた。
「ああ、最高ですわ‥‥」
月矢での狩り、そして慈愛。二人にはレティシアがどこぞの女神のように見えたと言う。
その傍らで、鉱物に造詣のあるカメリアやタケシが、採掘された鉱物の鑑定を念入りに行っていた。
食事は主にウィルシスとリンが担当。採掘で疲れた心と体が癒されるよう、ハーブのお茶などを買出しして、お茶会の段取りを組んでいる。
そんな光景を、エフェリアは先日購入した羊皮紙に黙々と描画していた。
そんなこんなで――――最終日。
発掘作業も大方終わり、折れたスコップの山が次々と荷台に載せられて行く。
「凄い量だな」
マックスが近づくと、ジェイミーはあからさまに顔を曇らせた。
「マックス様、失礼ですが近寄らないで頂けません? 折角掘り当てたダイヤが呪いの宝石になりかねませんので」
「やっぱり俺の不幸は感染るのかあああっ!」
頭を抱えてのた打ち回るマックスを、ジェイミーは邪笑を携えて見下ろしていた。
「それはともかく。結論は?」
しくしく泣いていたマックスだったが、レティシアにそう問われた瞬間、真顔に戻る。
「‥‥色々考えたが、自分で掘り当てた物をマルレーネに渡したい。折角掘ってくれた皆には悪いが」
その回答を受け、レティシアは満足げに一つ頷いた。そして、自身のテントに彼を連れて行く。そこには――――
「スコップ50本。これで男になってみなさい」
「か、かたじけない」
「本当は100本予定してたんだけど、一日で使い切るのは無理だから」
いつの間に用意したんだ、と言う野暮な突っ込みはなく、素直にマックスは感動していた。
「これを身に付けて下さい。私達の持っている幸運アイテムです」
「おお‥‥」
タケシが代表して、黒勾玉や聖なるウィンプルなどを手渡す。
斯くして、舞台は整った。
既にアーシャのバーストアタックなどで破壊されてる分、掘り易い状況にある。
加えて、レティシアとリンがメロディを唱え、勇気を奮い立たせてくれる。
マックスは意を決して、スコップを振り上げた。
壁を削る無機質な音が、辺り一面に響き渡る。
そして、日も暮れ始めた中。
「何か出てきたぞ!」
50本目のスコップが、確かな成果と共に折れた。
果たして、それは――――
「‥‥人面岩?」
それも、禍々しい笑みで舌なめずりしているような表情だった。
「さすがノルマン最凶の悪運の持ち主。ここまで盛り上げてコレとは」
「なんでだああああっ」
突然にゅっと現れたペーターに止めを刺され、マックスは膝から崩れた。
仕方なく、誰かが掘り当てた宝石を提供すると言う話し合いが始まった――――その時。
一行の前に、髪を肩まで伸ばした美しい女性が現れた。
「マ、マルレーネ?」
マックスのその声に、冒険者一同目を丸くする。
「話はペーターから聞いたわ。私に黙って綺麗な女の人達と仲良くしてるんだって?」
「違っ‥‥!」
慌てるマックスに、マルレーネは柔らかに微笑む。
「冗談だってば。ふふっ、いかにも貴方らしい発掘品じゃない」
そして、先程発掘された人面岩を手に取り、不幸の象徴とも言えるそれをじっと見つめていた。
「ちゃんと、守ってくれるんでしょう?」
「え?」
それでも尚、マルレーネはそう望む。一同、それぞれの微笑でその様子を眺めていた。
食事が終わった時の挨拶をするような目で。
「も、勿論だ! どんな不幸からも君を守ってみせる!」
「なら、善し」
口笛と喝采が鳴り響く。それは、二人が結ばれた事の証明だった。
美しい夕陽が、その光景を包み込む。冒険者が提供したその瞬間は、まるで宝石のように輝いていた。
そんな恍然とした場面を避けるように、ペーターはこっそり抜け出し、壁を背に歩を進める。
「愛の前では、宝石も不幸も形無し、ですか」
そっと、そんな事を呟きながら。
「皆さんはどう思います?」
答えは、それぞれの胸の中に――――