依頼遂行者vs依頼破壊者

■ショートシナリオ&プロモート


担当:UMA

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月27日〜07月02日

リプレイ公開日:2008年07月05日

●オープニング

 冒険者の社会的意義は、決して一つには留まらない。そして、その多くは貢献と呼べるだけの内容を有している。
 その中でも特に貢献度が高いのは、一般人の依頼に対して真摯に対応し、解決へと導く冒険者だ。彼らの存在が一人の人生、一つの街や村を危機的状況から救った例は数知れない。

 だが、そんな冒険者に対し、快く思っていない勢力も存在する。
 直接悪事を暴かれ、叩かれた者だけでなく、その結果間接的に損害を被ったり、甘い蜜の量が減ったと言う者も入れれば、それはかなりの数になるだろう。
 そして、このリアン街にも、そう言った逆恨みを抱いている人間は数多くいたりする。
 この街の郊外にある小さな倉庫をねぐらにしているディートリヒ・ロッシジャーニもまた、その中の一人だった。
 彼は貧民街の出身で、その日の食事にあり付ける保障のない環境の中で日々を過ごしていた。そんな彼が生き延びる為に身に付けたのは――――多分に漏れず、スリのスキルだった。十歳の頃には、気付かれる事なく腰に下げた皮袋を掠め取るだけの技術を身に付けていた彼は、専ら裕福と思しき人間を狙い、スリを行ってきた。
 まじめに働くと言う選択肢は彼にはない。身内もいない、他に技術もない、そして年端も行かない彼を受け入れる人間が、周りにはいなかったのだ。
 必然的に彼の生計は、スリによって立てられる事になった。それでも、決して低所得者と思しき者を標的とはしなかった。彼なりの拘りであり、意地だった。
 そんな幼少期を過ごした彼に転機が訪れたのは、十五の頃。とある冒険者が、スリ撲滅の依頼を受け、彼はその冒険者に捕縛されてしまったのだ。
 彼は忘れていない。その時に冒険者から浴びせられた言葉を。

「虫に刺されて痛い思いをしている者がいる。駆除しに来た」

 ――――彼は理解した。
 冒険者や富豪にとって、自分は虫と同列なのだと。
 首筋に留まって、ごく少量の血を吸い、微かな傷と腫れを伴わせるだけの存在なのだと。
 その日から。
 ディートリヒ・ロッシジャーニの人生は、運命への反抗へと転化した。



「邪魔する」
 パリのギルドを、一人のエルフが訪れる。ギルド内にで談笑していた冒険者グレオールは、知り合いである彼女を視界に収めると、話をそこで切り、彼女へ近づいて行った。
「よお、リーネ。どうだった? 貴族様の護衛は。お前らなら楽勝だったろ」
 エルナ・リーネ――――既に幾度となく修羅場を掻い潜って来た女性冒険者で、腰に帯剣されたシルバーレイピアを武器に、何百人もの悪党に地を這わせて来た猛者である。
 そんなエルナが、無表情のまま静かに頭を横に振った。
「残念だが、依頼は失敗だ。今日はその報告に来た」
「‥‥何?」
 グレオールが眉をひそめ、訝しがる。彼の記憶が確かならば、エルナが依頼をしくじった事はこれまで一度もなかった。しかし、彼女の口から具体的な説明が行われる度、それが事実である事を実感する。
 今回、エルナが受けた依頼は『貴族の護衛』と言う、比較的ありふれたものだった。その貴族が領主に上納金を払いに向かい、帰るまでを護衛すると言うだけの内容で、それ程大きな恨みを買っている人物でもなかった事から、難易度としてはかなり易しい部類だとグレオールは踏んでいたのだ。
 しかし、結果的にその当ては外れた事になる。依頼主こそ無事だったものの、上納金は奪われ、彼女以外の全員が襲撃者に傷を負わされてしまったらしい。
「そこまで手強い奴に襲われたのか?」
「いや」
 無表情で否定し、二の句を繋ぐ。
「依頼を請け負った者の中に『D』の一員がいた」
「!」
 エルナが口にした『D』とは――――いわゆる『壊し屋』の徒党の名称だった。
 その中の一人がとある依頼を受け、その依頼をわざと失敗に導き、他の冒険者やギルドの名誉を著しく傷つける。その目的とするところははっきりしていないが、既に何件かの依頼が彼らによって潰されていた。
「おいおい、まさか‥‥」
「残念ながら事実だ。そいつの陽動と工作によって、我々は壊滅的ダメージを受けたのだからな」
 数人の手練が護衛している状況で、壊滅的とも言える失敗が起こる事は滅多にありえない。しかし、その中の一人が虚実の情報で混乱を起こしたり、宿に泊まった際にこっそり冒険者の武器をすりかえるなどの行為を行っていた場合、話は変わってくる。全く想定していない事態だからだ。
「‥‥この依頼を薦めたのは俺だ。済まない。後で他の連中にも謝りに行く」
「貴殿に非はない。それに、そんな事をすれば逆に彼らの誇りに触る。止めておいた方がいい」
 エルナは表情無きまま瞑目し、微かに首を振った。一見勤めて冷静に見えるその動作だったが、その心中たるや、決して穏やかではない。
「が、自分とて、このままで終わらせるつもりはない。今回の件を引き起こした奴はもうこの町にはいないだろうが、別の『D』を捕らえ、隠れ家を吐かせる」
「出来るのか? 連中、かなり狡猾らしいぞ」
「知っている。つい先日それを痛感したばかりだ」
 初めて組む冒険者に対しては、彼女なりに最低限の警戒はしていたつもりだった。しかし、その警戒網に引っかかるものは何一つなかった。その事実もまた、彼女の誇りを傷付けた。
「『D』は金持ちの依頼しか潰さないそうだ。知り合いの商人に頼んで、一つ依頼を出して貰う」
「まさか、誘い出すってのか?」
「乗ってくるかどうかはわからない。が、これが一番可能性が高い」
 エルナの言葉に、グレオールは思わず顔をしかめた。確かに可能性は高い。しかし、同時にリスクも大きい。それでも、実行する事になんら躊躇いはない――――それほど、エルナは憤っていた。
「他の冒険者は知り合いで固めるか?」
「いや。自分の交流関係を奴らが把握している恐れもある。そうなると乗っては来るまい。今まで自分と組んだ事のない冒険者を集って貰う」
「リスクがでけぇな」
「構いはしない」
 エルナはそれまで変える事のなかったその表情に、微かな変化を見せた。
「これ以上の横暴は、絶対に許さん」


 それから一ヵ月後――――
 エルナの願った通り、彼女の知り合いの商人によって、一つの依頼がギルドに出された。
 それは、『この街の外れにある未踏の洞窟を調査して欲しい』というものだった。
 もしどこかへ通じているのなら、交通ルートの一つとして使う事ができるかもしれないし、何か面白い物が眠っているかもしれない。
 それは、彼女からのお願いとは別に、商人本人の願いでもあった。
 よって、依頼としては至極全うなもの。彼女と商人の結びつきさえ公になっていなければ、それが誘き出す為の罠だと気づかれる事はない。
 後は、依頼者の中の誰が『D』の一員かを早急に見極め、捕縛するのみ。
 酒場では、既にエルナ以外の依頼を請け負った冒険者達が話し合いを行っている。その中の一人が、席を離れた。それを見定め、彼女はおもむろに話しかける。探りを入れる為に。
「ちょっと良いか? 共に一つの目的に挑む者として、名を知っておきたい」
「‥‥ディアッラだ」
 鬱陶しげながら、男は名を唱えた。無論、本当の名前である保障はどこにもないが。
「ありがとう。自分はエルナ・リーネと言う。少し話をさせて貰えないだろうか? なに、唯の世間話だ。先日――――」
 誇りと証明。
 冒険者エルナ・リーネの生存競争が今、静かに幕を開けた。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3916 ヒューゴ・メリクリウス(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●エルナの誤算
「着いたようだ」
 エルナの視線の先に、岩壁を大きく掘り抜いたような空洞が広がっている。
 その入り口を前に、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)、ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)、尾上彬(eb8664)、そしてエルナとディアッラはそれぞれの思いのままに佇んでいた。そして、レティシアの頭上に乗っているシフールのパール・エスタナトレーヒ(eb5314)が、興味深げに入り口を眺めている。
「基本的には、全員で固まって移動する。まず洞窟内で野営できそうな場所を探し、そこを拠点に調査を行なう事にしよう」
 エルナの言葉に全員が頷いた所で、早速調査開始。隊列は話し合いの結果、先頭にレンジャーのヒューゴと、敏捷性に富んだエルナが付き、後衛に援護や支援を得意とするレティシアと、殿を守る為に戦闘力に優れた彬を配置し、その真ん中に、自分の能力を余り語りたがらないディアッラが位置する事に決まった。そして、パールのペットのトルシエがレティシアの傍を歩かせ、警戒網を強化する事にした。
「天然の洞窟‥‥と言う事で良いのかしらね」
 壁面をランタンの明かりで照らしながら、レティシアが目を細めて呟く。尚、光源は前衛のエルナと後衛のレティシアがそれぞれ受け持っていた。
「恐らくは。人工物も、手を加えた跡も見当たりませんし」
 エルナの照らすランタンを光源に、ヒューゴも注意深く目を向け、頷く。もし人工の洞窟であれば、入り口付近に手を加えた形跡が残っているケースが多い。だが、この洞窟には壁を補強する木柱やつるはしなどはなかった。
「ドーマンにゃ地下迷宮があるが‥‥」
 ここにも似たような存在がある事を想像し、彬が微笑む。その上空では、かざされたランタンの光を頼りに、パールが天井を調査していた。
「異常なーし」
 入り口付近の天井はどうやら彬の倍くらいの高さらしく、人工物らしきものは見当たらなかった。
 結局、入り口付近には目ぼしい物は何もなく、一行は先に進む事にした。

 一日目の調査を終え、見張りのしやすいL字路で野営をする一行の中に、内心焦っている人間が二人いた。
 その中の一人が、エルナだ。
 誤算だらけの一日だった。
 まず、最初の移動時間をフルに使って、『D』の一員を特定するつもりだった。そして、洞窟は他の冒険者に任せ、自分は『D』の情報を得る為に尋問を行なうと言う予定でいた。そうすれば、他の冒険者に危害が及ぶ事もなく、円満に事が運ぶと判断したからだ。しかし、実際にはパール以外全員が高速で移動できる靴を持っていた為、調査不十分のまま到着してしまった。
 ただ、それはあくまでも理想が叶わなかっただけに過ぎない。そう上手く行くとも思っていなかったので、想定内と言えば想定内だ。
 問題は――――
「ほら、もっと飲め。何、気にするな。俺の奢りだ」 
 持参していた調理器具セットのおたまに注がれる、どぶろくと言うお酒だ。
 一番警戒心の薄かった彬に声をかけ、話を聞こうとしたら、何故か酒を酌み交わす事になってしまったのだ。
 だが、これも策の一つかもしれない。エルナは慎重に、今回の依頼を受けた動機について聞く事にした。
「洞窟には、縁がなかったんでな」
 少し照れながらのその答えは、エルナにとって大きな判断材料となった。彼が『D』ならば、このような答えは言わない。もっと『らしい』理由を提示するだろう。
「とは言え、受けた以上は誇りを持って依頼を果たすのみだ」
 純粋な好奇心と冒険者としての誇り。加えて、酒が深くなったところで身の上話を始めた際に出てきた『権力嫌い』の一声。
 彼が『D』と言う組織の一員ではないと判断したところで、エルナは眠りについた。  
 
 二日目。
 調査は順調に進んでいた。
 天然洞窟とは言え、罠がある可能性を考慮し、慎重に調べる。行き止まりの壁や、特徴的な地形に関してはヒューゴがクレバスセンサーのスクロールを使用し、隙間や隠し扉を探した。天井は、エルナの持参した小さなたいまつを使い、パールがくまなくチェックしていた。
 ディアッラは壁や地面を触診しつつ、常に辺りの気配に気を配っていた。時折ランタンで照らされる彼の顔は、常に切羽詰った表情だった。
「随分張り詰めてるな。そうだ、今日はあんたも飲むかい?」
「‥‥結構だ」
 彬の誘いを断るディアッラの様子を、他の冒険者達が横目でそっと確認する中、調査は続く。
 小高い丘のようになっている道は、ヒューゴとパールが先に上ってロープを固定し、残りの面々がそれを使い登って行った。
 罠や隠し部屋は発見されず、秘宝のような代物こそ見つからなかったものの、エルナの用意した羊皮紙には着実に洞窟の実態が描かれていった。

 そして――――夜。
「‥‥受けた動機?」
 男グループがテント内で寝静まる中、エルナにそれを問われたレティシアとパールは、共に顔を見合わせ、その真意を思慮していた。
「特に、そちらのお嬢さんは三時間前には到着して待っていた。かなりやる気があるようだが」
 指摘されたレティシアは、特に隠す素振りも見せず、コクリと頷いて見せた。
「洞窟、嫌いじゃないから」
 何気に、この依頼を一番楽しんでいるのは彼女だった。
「ボクは似たような環境でドラゴン討伐に行った事もあるし、しっかりこなせそうだと思ったからですよー」
 一方、パールは昨年とある遺跡で体験した激戦を思い出し、少し得意げに微笑んでいる。冒険者にとって、ドラゴンとの死闘は紛れもなく輝かしい勲章なのだ。
「ドラゴンたぁ、随分スケールの大きい話してるな」
 その声に、エルナの顔が露骨に歪んだ。今の彼女にとって、声の主――――彬は天敵に等しいようだ。
 結局話はそこで終わり、ヒューゴも交え、小さな宴会が行なわれた。

 同時刻――――
「‥‥」
 足音を立てず、女性陣の荷物を置いた一角へ移動する気配が一つ。
 その者は内心、焦っていた。
 自身が決して優れた技術や秀でた能力を有していない事を知っているからだ。
 何より、既に一度社会から『失格』の烙印を押されている。
 この底辺の仕事を失敗したら、彼に生きる術はなくなると言っても良い。少なくとも本人はそう自覚していた。
 実行する事に迷いはない。
 数少ない特徴である夜目が利く事を買われて雇用されたこの仕事を実行するのみだった。
 だが、彼は気がつかない。
 その足元で、既に警鐘が鳴っている事を。
 
●冒険者とは
「昨日、調査中に露骨に品定めされましたよ。素直に自己紹介しておきました」
 翌日――――夕刻。
 エルナが時間確認の為に洞窟の外へ、ディアッラがエルナの指示で野営の準備をしている間、冒険者一行はエルナに関する話題に終始していた。
「ボク達も動機とか聞かれたね」
「俺も色々聞かれた気がするな。酒飲みながらだからうろ覚えだが‥‥壊し屋がどうこうとか」
 彬の声に、三人の視線が集まる。
「ん? 俺変な事言ったか?」
「詳しく聞かせて」
 レティシャの要求に、彬は多少戸惑いつつも、記憶のままに伝えた。
「‥‥で、俺が『仮に、俺がその一員だと言ったら?』っつったら、不敵に笑ってやがった」
「僕も聞きましたね、それ」
 同じ話をヒューゴにもしたと言う。わざわざ個々に話す話題としては、少々物騒だった。
「あと、興味深い事が一つ判明しまして」
 ヒューゴの話に、一同が顔をしかめる。
「リヴィールエネミーに反応が?」
 暗闇の中に獰猛な獣などがいないか確認する為に使ったところ、範囲内にいたディアッラが青白く光ったらしい。
「まあ、杞憂と言う可能性もありますが‥‥」
 壊し屋の話をし、尚且つそれぞれに探りを入れるエルナ。
 ヒューゴに対し何らかの敵対心を持っている謎多き男、ディアッラ。
 そこから、導き出される仮説は――――
「その壊し屋とやらを彼女が追っていて、それがあの男‥‥?」
 レティシアのその言葉は、全員が頭に浮かべたものと一致していた。だが、確証はない。
「暫く見張ってみましょうか?」
「その必要はない」
 パールの提案を遮るその声に、一同皆険しい顔付きで振り向く。そこには――――
「くくく‥‥随分勘の良い連中だな」
 それまで存在感が希薄だった男――――ディアッラがいた。
「やはり貴方は、壊し屋とやらの一味なのですか?」
「まあな。お前らには気の毒だが、もうこの依頼は壊れたも当然さ」
 レティシアのかざしたランタンの光が、不敵な笑みを色濃くする。
「お前らが昨日酒なんぞ呑み交わしてる間、全員の保存食に特製の毒を盛った。死にはしないが、当分動けなくなるだろうな。くくく」
 壊し屋『D』の存在は、まだ一部の冒険者にしか知られていない。その手口の代表とも言えるそれを得意げに語り、ディアッラは入り口の方に身体を向けた。
「さて、俺はそろそろおさらばするぜ。この洞窟も明日には入り口を埋められるからな」
 仕事の完遂を確信するその顔が、暗闇に消える――――
「生憎、今日は食ってねーぞ。保存食」
 寸前、彬の声に凍りつく。
「僕もですね。少し考え事をしていたので」
「ずっと調査に没頭してたから、右に同じ」
「昨日の宴会で少し食べすぎたので、今日は控えてました」
 ヒューゴ、レティシア、パールも同様に申告した。
 無論、これは偶然ではない。
 レティシアと彬は昨日の酒盛りの時、鳴子の微かな音を聞いていた。ヒューゴとパールは、闇の中をこっそり歩く何者かの姿を僅かに捕らえていた。
 ただ単に小用の可能性もあるその動きに対し、極端な反応をする事を全員控えてはいたが、その場にいなかった唯一の人間を警戒してはいた。もっとも、示し合わせた訳ではないし、毒を盛られた事を確信していた訳でもない。長い間培ってきた経験と直感が働いたのだ。
「く、くそっ、なんてこった」
「事を成す前に悦に浸り真相を明かす。小物だな」
 あからさまに狼狽するディアッラの首筋に、細い刃があてがわれる。瞬間、膨大な殺気が糸を伝うように、ディアッラを襲った。
「どうせ、何事も聞かせられていないのだろうが‥‥まあ良い。時間をかけて情報を搾り出すとしよう」
「ひ‥‥」
 まるで魔法で束縛されたかのように、ディアッラは全身を硬直させ、そのまま膝をついた。その様子を黙ってみていたレティシアは、少し顔をしかめて一歩踏み出す。
「‥‥隠れていたの?」
「興味深い話が聞けると思ってな。お陰で十二分に遅れを取り戻せた。礼を言う」
 エルナも、ディアッラを最も疑っていた。だからこそ、そのディアッラと自分が抜けた時、他の面々がシロだと確信できる行動や言動を確認できると読んでいた。警戒心の強いディアッラ一人を観察するより、この方が勝算は高いと踏んでいたのだ。
「さて、君達には事情を説明しておこう」
 ロープでディアッラを束縛した後、エルナはこれまでの経緯を全て説明した。
 壊し屋『D』の存在。自分の被害。そして決意。
 真相を知り、徐々に表情を柔らかくして行く一行の中で、逆にレティシアだけは無表情の中に不満を募らせていた。そして、その要因たるディアッラに近付き、顔を覗く。
「何故壊し屋に加担したの?」
 その問いに、ディアッラは俯いたまま力なく呟く。
「‥‥お前らにはわからんさ。落ちぶれた冒険者の処世術など」
 それ以上は何も言わなかった。
 信頼を失った冒険者が、生計を立てる為に犯罪に加担する――――ありふれた話かもしれない。
 しかし、レティシアは決してそれを無視しなかった。
「どのような理由があろうと、依頼を壊すなんて行為、私は絶対に許さない」
「同感ですね」
「冒険者を名乗るなら尚更な」
 同調するヒューゴと彬の間を、パールが飛来して行く。
「冒険者たるもの、依頼を達成する努力を止めてはなりませんよ」
 そして、俯くディアッラの眼前で聖印を掲げ、クレリックである事を示した。言葉を清める為に。
「ディアッラさんには、ディアッラさんの生き方があるでしょう。それを形成する理由もあるでしょう。でも、ボク達冒険者は、一人じゃないんです。皆、冒険者の数だけ責任を背負ってるんですよ?」
 冒険者と呼ばれる者は、例え一度も依頼をこなした事がなくても、国中にその名を轟かす冒険者と同じ『冒険者』として認識される。その責任は連鎖し、例え名すら知らない他の冒険者であっても、その足を引っ張る事もあるし、逆もある。
 ただ一人の例外もなく、唯一つの呼称で繋がる事の重さ――――それは、経験豊かな彼らだからこそ知り得る事だ。
「‥‥だ、そうだ」
 エルナもまた、それを知るからこそ、『D』への敵対心を隠さずにいる。殺気だけで畏縮させるほどに。
「さて。これから――――」
 洞窟を封鎖される前に対策を講じようと唱えたその時――――何かが地面を叩いた。
「ん? 今の音は何だ?」
 彬のその声を聞く前から、レティシアはサウンドワードを使用していた。
『天井の岩石の欠片が落ちた音で、ほぼ真上からだよ』
 その反応に、急速に緊張感が膨らむ。
 もし、これが壊し屋一味の仕業なら――――
「こんなところで生き埋めはごめんですよー!」
 すぐにパールが確認へと飛び立つ。すると、天井には―――ー
「あ‥‥」
 小さな隙間と、そこから漏れる光が見える。
 それは、何者かの仕業ではなく、自然の所業だった。
「暗闇に差し込む微かな光‥‥か」
 果たして、その光景がエルナの現在を暗示しているのか。
 それがわかるのは、もう少し先になりそうだ。