へなちょこ令嬢とワケあり令嬢
|
■ショートシナリオ&プロモート
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月09日〜07月14日
リプレイ公開日:2008年07月18日
|
●オープニング
ドール家は、パリから半日ほど歩いた先の、ややパッとしない地方でのんびりと構えている新興貴族だ。
現在の主人シュテフェン・ドールの父親トーマス・ドールが、とある没落貴族から領地を格安で買い取ったのが四十年ほど前の事で、シュテフェンにその地位が継承された今も、まだ周辺の貴族からは余り相手にされていない。
「随分と小さなお屋敷ですわねおーっほっほっほ!」
そんなドール家の屋敷に、突然けたたましい笑い声が響き渡った。この屋敷の令嬢であるアンネマリー・ドールはその声に怯え、部屋の隅で頭を抱えしゃがみ込む。
「な、なんだ今のおーっほっほっほって‥‥鳴き声か? アンネを食らいに来た怪物の鳴き声か?」
涙で目が波線になるアンネマリーを尻目に、ユーリは嘆息交じりに部屋を出る。頭をかきながら一階の正面玄関に降りると、その視界にドール家のものより二ランクほど上質なメイド服を着こなしている数人の女性が飛び込んできた。
そして、その中心でやたらゴージャスなドレスを身にまとっている、腰まで伸びた金髪が特徴的な女性を確認し、その名を呟く。
「‥‥エルネスティーネ様」
エルネスティーネ・シュヴァルツェンベック。この辺りに屋敷を構える貴族の中では、最も力の大きいとされているシュヴァルツェンベック家の令嬢の名だ。
ユーリは狼狽ているドール家の使用人を手で制し、淡々とエルネスティーネの前まで歩み、身をかがめて跪いた。
「お久しぶりです。本日は如何なされましたか」
その姿に、エルネスティーネは不穏な笑みを浮かべ、ドール家の男従者を見下ろす。
「先日、この家のお嬢様が社交界デビューなさったと聞いて、挨拶がてら立ち寄って差し上げたの。呼んで来て下さる?」
通常、挨拶回りは弱小貴族の方が出向いて行うものだ。弱小貴族の箱入り令嬢に対し、より権力の強い貴族の令嬢がわざわざ挨拶に訪れると言うのは、異例と言えるだろう。当然、それを無視できる筈はない。ないのだが――――面倒ごとが嫌いなユーリはその常識を無視することにした。
「生憎、アンネマリー様は体調が優れません。申し訳ありませんが‥‥」
「では、部屋に赴くとしましょうか。案内なさい。貴方達はここで待っていなさいな」
そんなユーリの思惑を無視し、エルネスティーネは自身の使用人を一瞥した後、その細い御御足を前進させる。ユーリは仕方なくその後を追った。
「おーっほっほっほ! 狭い階段ですわねーっ!」
そして、そのユーリから促され、二階へ上がった瞬間――――
「‥‥はぁ」
心の底から脱力仕切った溜息を吐いていた。
「相変わらず、家の人間の前では高飛車お嬢か」
実は、二人は知り合いだった。ユーリが追い払おうとしたのも、気心が知れた関係だからだ。とは言え、それを知るのはこの家ではシュテフェンとローゼマリーしかいないのだが。
「仕方ないじゃない。お父様がそう言う趣味なんだから。お母様は地だから良いけど、何で娘の私までこんな時代錯誤な‥‥うう」
先程とはまるで違う口調で愚痴るエルネスティーネに、ユーリは特に言葉を掛けるでもなく、黙々と仕事をこなした。
そして、アンネマリーの部屋の前で立ち止まる。
「ここだ。で、実際何しに来たんだ?」
「言ったでしょ。挨拶よ。年齢の近い貴族仲間って少ないのよ。お友達になりたいな、と思って」
「あー、多分それ無理だ。怯えてるから」
「え?」
軽く事情を説明する。怪物疑惑をもたれている事に一瞬顔を引きつらせたエルネスティーネだったが、何かを思いついたのか、今度はニッと微笑んで見せた。表情豊かなその顔に、ユーリはちょっとだけ昔を思い出し、心中でこっそり嘆息する。
「それじゃ、ちょっと待ってて。強い味方連れてくるから」
そう言い放ち、エルネスティーネは一階へ戻って行く。
「あの子達を連れてらっしゃい! おーっほっほっほ!」
その笑い声に怯える気配を扉の向こうに感じつつ、ユーリは今度は外部にその嘆息を漏らした。
「失礼します。アンネマリー様‥‥」
戻って来たエルネスティーネをつれ、ノックし、部屋に入る。そのユーリの目には、予想通り部屋の隅で怯えたままのアンネマリーの姿があった。
「く、来るな。アンネは食べてもまずいと思うんだ。きっとそうなんだ」
ガタガタ震える年下の令嬢に、エルネスティーネは思わず苦笑する。
「えっと、アンネマリーちゃん? 私、エルネスティーネって言うの。気軽にエルネって呼んでくれると嬉しいな」
しかし、無言で首をブンブン横に振る。怪物と対峙するような目で。
「あの、お近づきのしるしにこの子達も連れてきたの」
それでも、エルネスティーネは気にする素振りをこめかみの血管以外には見せず、朗らかに微笑みながら屈む。その足元には、先程彼女が連れてきた3匹の子犬がいた。
「ほら、可愛いでしょ?」
「おお」
子供を釣る場合、お菓子と動物と意外性は何よりの餌になる。アンネマリーは恐怖心を放り投げ、爛々とした瞳を子犬に向けた。
「名前とかあるのか?」
「ええ。この子はフランソワーズホワイトヘッド。この子はトロカデロ・デ・モンテカルロ。あと、この子はクリティカルマルガリータ」
「ヘンな名前だな。犬が可哀想だぞ」
ぴしっ、と言う何かが割れる音を、ユーリは聞いた。そして同時に頭を抱える。
「ふ、ふふ‥‥」
貧血でも起こしたかのように、エルネスティーネはゆらゆらと揺れた。彼女にとって、自分が付けた名前を否定される事は、耐え難い屈辱のようだ。
「い、いいでしょう。アンネマリーちゃん、貴女だったらどう言う名前を付けるのか、参考までに教えてくださる?」
「良いだろう。今や各界が注目するこのアンネが、お前達に新しい名前をくれてやるぞ。ありがたく受け取れ!」
無論、そんな注目はどこにもない。つい最近社交界デビューを果たし、アンネマリーは調子に乗っていた。
「お前は‥‥ヨーダだ! そしてお前はポチョムキン! 最後のお前は‥‥エイドリアンだ!」
指をさされ名付けられた犬は、三匹とも険しい顔で威嚇を始める。
「何故だーっ!? アンネの付けた名前の何が不服なのだーっ!」
アンネマリーは名付けオンチだった!
「くぅっ、何故だ、アンネのセンスは100年先を行っているのか、そうなのか」
「ゼロが一個少ないと思うぞ」
「そんな事ないもん! 大体、アンネの方があいつなんかよりずっとセンスあるもん!」
「ほーっ」
エルネスティーネの目に炎が宿る。
その瞬間、ユーリは察した。
くだらない時間の始まりだ、と。
「では、勝負しましょう」
「勝負?」
「お互いに何人か見繕って、その人達に交互にニックネームを付けるの。そのニックネームがよりハイセンスな方が勝ち。どう?」
「えー、ヤだ」
にべもない否定に、エルネスティーネは前のめりに倒れた。
「受けてやれよ。泣いてるだろ」
「だって、何かめんどくさそうだし‥‥」
「く、屈辱よっ」
しかし、不屈の魂で立ち上がる。
「数人の特徴ある従者を連れて数日後にまた来ます! 貴女も用意しておきなさい!」
泣きながら、エルネスティーネは走り去っていった。しかしその数分後、下の階からお嬢笑いが聞こえてくる。
「‥‥色々ややこしい奴だ」
「と言うか、あいつ何者なんだ?」
その問いに、ユーリは答えなかった。
ちなみに、この珍妙な事態の中、母ローゼマリーはと言うと‥‥
「くー」
寝ていた。
●リプレイ本文
「ユーリ・フルトヴェングラーだ。ドール家の従者をやっている。挨拶が遅れて申し訳なかった」
依頼を受けてくれた冒険者達を応接室に案内したユーリは、一礼の後に依頼内容の説明を始めた。
見知った顔、そうでない顔がそれぞれの思惑の中でユーリに視線を注ぐ中、その背後の扉が開く。ドール家の長女、アンネマリー・ドールの登場だ。
「では、アンネマリー様。挨拶を」
「うむ」
社交界デビューからおよそ一月。アンネマリーの表情に以前のような怯えはない。
「さあ良く聞けお前たち! この由緒正しきドール家の長女アンネマリー・どわわわわっ」
が、ある一点に視線を注いだ刹那、慌てて扉の方まで後退った。
「おいっ、すごい怪我人がいるぞ! あいつか、あの怪物『おーっほっほっほ』に襲われたのかっ」
「何の話だ?」
アンネマリーをはじめ、この場全ての者の目が一人の男に向く。頭、肩、その多数箇所に包帯を巻いているロックハート・トキワ(ea2389)だった。
「と言うか、良くそんな状態で仕事する気になれるな」
「この仕事をやっていれば珍しくもない。そんな訳で、ロックハートだ。宜しく」
平然と言ってのける新顔に、アンネマリーは冒険者の恐ろしさを学んだ。
その傍らで、やはり新顔の少女アニエス・グラン・クリュ(eb2949)がゆっくり席を立ち、微笑む。
「クリュ家のアニエスです。お噂はかねがね伺っております。お友達になって頂ければ嬉しいです」
「まともだ。何かすごい新鮮だ‥‥」
「まるで私達がまともではないように聞こえますぞ」
ケイ・ロードライト(ea2499)、エイジ・シドリ(eb1875)、リディエール・アンティロープ(eb5977)の三人が不満げな視線を投げ掛ける中、ユーリは二度も付き合ってくれるその面々に感謝しつつ、一つ手を叩いた。
「では、早速本題に入ろう」
●名とは
ペットを交えて話をしたいと言う冒険者の意向に基づき、一行は屋敷の前庭に固まっていた。
「名前、と言うのは唯の呼称ではありません。全ての言葉に意味があるのと同じで、名前にも意味があります」
リディエールの熱心な説明を聞きつつ、ユーリの視線はアンネマリーへと向かう。意外な事に、真面目に聞いていた。
「名前を付けると言う行為は、そのものに意味を与える事です。それはつまり、相手の未来を想うと言う事になります」
「つまり、自分がどう想っているのか、相手がどう想われているのかを表現する、と言う事ですね」
「ふむふむ」
アニエスの補足にも、真剣に頷いている。
「かと言って、懲り過ぎるもどうかと思うがな。ちなみに俺は直感でこいつ等を名付けた」
ロックハートの肩に留まる鷹と、その上で鼻息を荒げている馬が心なしか顔をしかめていた。
「参考までに聞くぞ」
「この速そうなのが疾風丸。このウマがウマ‥‥こらお前ら、主人をそんな目で見るなっ」
それでも疾風丸とウマの間には微妙な温度差があった。どっちがより不服かは言うまでもないだろう。
「とまあ、こう言う一例もあると言う事でだ」
実は名前すら付いていない自分の馬の涙目を背後に感じつつ、エイジが唱える。
「これから暫く、アンネマリー・ドールには鍛錬をして貰う」
「鍛錬? 修行か?」
「そう言うノリですな。例えば、これを御覧下さい」
少し目を輝かせるアンネマリーに、ケイがハンカチーフに包んだ二つの食べ物を差し出す。一方は、星型に切り分けた卵料理、もう一方はチーズを乗せて焼いたパンだ。
「どう名付けますかな?」
「んー、『虫食い卵』と『ドロドロパン』?」
瞬間、暖かな日差しとか、木々のざわめきとか、虫の鳴き声とか、そう言うのが全部消え失せた。
「‥‥先が思いやられますな」
「と言うか、絶望的では」
どんより曇り出した空を眺めつつ、ケイとリディエールが嘆く。
「アンヌさん、名前は愛情と親しみを持って付けてあげないと、付けられる方も可愛そうですよ?」
「今頃この星のオムレットとカリカリパンを作ったシェフも嘆いている事でしょう」
「むー」
アニエスとケイの言葉に、アンネマリーは熟考を始めた。教育係が決定した瞬間だ。その様子を眺めていた他の三人は、それぞれの表情を浮かべつつ腰を上げる。
「では、私達は別のお仕事と致しましょうか」
「俺は名付け用の動植物を木彫りで作るとしよう」
「対戦相手とやら拝んでおきたい。リディ、付き合ってくれ」
そんなリディエール、エイジ、ロックハートの三人に、ユーリは少し待つよう言い残し、一旦屋敷に戻る。そして幾つかのアイテムを持って来た。
「植物を作るならこれを使ってくれ。あと、お前達にはこれを」
「‥‥何でしょうか、これは」
「一応、クレーム防止だ。弱小貴族だから念には念をな」
大理石の植木鉢を受け取ったエイジの両脇で、ロックハートとリディエールは同時に眉間に皺を寄せた。
そして――――夜。
「お帰りなさい」
「どうでしたかな?」
アニエスとケイが迎える中、寝泊り用に提供された一室に、怪しいマスカレードで目の周辺を覆った二人が戻ってくる。
「冒頭の怪物の正体がわかった」
「あと、勝機あり、と言う事もですか‥‥」
どこか満足げなロックハートの隣で、リディエールは嘆何故か息交じりに俯いていた。その様子に、一人長椅子に座っていたエイジが反応を示す。
「どうした、リディエール・アンティロープ。気分が優れないようだが」
「触れてやるな。別に世の中全てを曝け出す必要はない。例えお嬢‥‥」
「そちらはどうでした?」
リディエールの微笑みによって、話はポッキリ折れた。エイジは特に追求する事なく、テーブルの上に置かれている木彫りの植物に視線を移す。
「俺の作った薔薇には『ぐるぐるゲイザー』と言う名が付いた」
「傑作だったのですけどね」
ノルマン王国博物誌を眺めながら、アニエスが苦笑いを浮かべる。ケイの少しやつれた表情からも、今後への不安が見て取れた。
「とにかく、全精力を傾けて頑張りましょう」
リディエールの言葉に、各々の心情のままの息が吐かれた。
●特訓
二日目以降は、それぞれが効果的だと思う方法で、アンネマリーを鍛える事となった。
その1――――オドス。
「『魔王殺し』のこの俺にどんな渾名を付けるんだ?」
「もし妙な名前を付けたらどうなるか‥‥わかりますよね?」
屋敷全体が凍てつきそうな笑みを浮かべ、ロックハートとリディエールが睨みを利かせる。一方は本当に手元の花瓶を凍て付かせていた。
「ふぎゃーっ! ふぎゃーっ!」
精神の脆いアンネマリーはプレッシャーに負け、猫と化して逃げ去った!
「没‥‥と」
ユーリの用意していた羊皮紙に、二本の線が引かれた。
その2――――オダテル。
「アンヌさんは字が読めるのですよね? 立派です。それでは、この本など参考にしてみましょうか」
「アンネ、本読むといーってなってふわーってなってぐーってなるぞ?」
アニエスが見守る中、6分でいびきをかいてしまった!
「これも没‥‥と」
その3――――ゴホウビ。
「会心の命名ができたら、好物をやろう(経費で)。何が良い?」
「好物か? 食べ物とかは特にないな。それ以外だと、刺激だな。バハムートとリヴァイアサンが揉めてるとことか見たいぞ」
「そんな場面は誰も見た事ないと思うが‥‥」
エイジが小さく嘆息する。
貴族のアンネマリーは殆どの欲求が普段から満たされていた!
「没‥‥」
その4――――テッケン。
「だから、身体的特徴ばかり安易に口にするなと言ってるだろが!」
「うわーっ!」
「ま、まあまあ、その辺に」
ケイ達の制止も空しく、ユーリの拳によってアンネマリーの頭に煙が上った。
そして、早くも最終日前夜。
「‥‥想像以上に、由々しき事態になりましたね」
すっかり勉強部屋と化した応接室の前で、リディエールが力なく呟く。
時に厳しく、時に柔らかに接してセンスの向上を図ったものの、中々身にはなっていない様子だ。
「こうなったら、なるようになれで良いんじゃないか? 向こうも相当なセンスだった事だしな」
笑いをかみ殺す事なく、ロックハートがエルネスティーネ家訪問時の事を指摘する。
実はその際、リディエールはエルネスティーネから挨拶代わりの渾名を付けられていた。
それを聞いた瞬間、二人は勝利の可能性大とみなし、特に脅す事もせず帰ってきたのだった。
「にしても、熱心だな。飽きっぽいんじゃなかったのか?」
もう大分深い時間になったのだが、応接室では未だにアニエス、ケイ、エイジによってアンネマリーの特訓は続いている。
ぬいぐるみや木彫りの動物、料理人が作った料理などに、名を紡いでいた。
「もう少し物事を深く考え、人の話に耳を傾けられるようになれば良いのでしょうけど」
「そう簡単にはいかないだろう」
リディエールの言葉に、部屋を出てきたエイジがポツリと呟く。そして、そのまま廊下を歩いて行った。
「エイジさん。どちらに?」
「保身の為にちょっとな‥‥あいつらには悪いが」
「?」
それ以上は語らず、エイジは少しずつ足音を小さくして行った。
そして夜は更けて行く――――
●決戦‥‥?
当日。予告通り、エルネスティーネ・シュヴァルツェンベックは数名の使用人と5名の冒険者らしき面々を従え、ドール家を訪れた。
「おーっほっほっほ! この日をどれだけ待ち望んだ事か! さあ、勝負ですわっ!」
そんな中、受けてたつアンネマリーはと言うと――――
「くー」
応接室で寝ていた。
「起きなさーいっ!」
「んあ‥‥」
完全に寝ぼけ眼の中、勝負が始まる。
「では早速『名付け選手権』を開催しますわ!」
勝負方法は至って単純。
応接室に入ってきた冒険者10名に、それぞれが相応しいと思ったニックネームをつけると言うものだ。
半分は既知の相手で、半分は全く知らない相手。
つまり、見知った相手への名付けと、完全なる第一印象での名付けと言う、二通りのセンスが試される競技となっている。
人の上に立つ者、あらゆる状況下での名付けを要求されるもの。
これは、どちらがより偉人に相応しいかと言う試練なのだ!
「‥‥そんな事はないと思うが、取り敢えず最初、入ってくれ」
審査員の一人であるユーリが呼ぶと、一番手の冒険者が応接室の扉をノックした。
尚、審査員はドール家の人間二名、シュヴァルツェンベック家の人間二名、そしてゲストとして招かれた『第3回パリ名付け王選手権』優勝者のエマナ・ルーケーツの計五名で審査される。
入室したのは、青いサーコートに身を包んだ『魔王殺し』ロックハート・トキワだった。
挑発的な笑みを浮かべるロックハートに、二人はそれぞれの信念の元に名を付ける。
「『ル・クール・デュ・スコルピヨン』ですわっ!」
「『こわれもの』だっ!」
アンネマリーには負傷中と言う印象が強かったらしい。
ロックハートが嘆息交じりに引き上げて行く中、審査が行なわれる。結果、エルネスティーネ4票、アンネマリー1票となった。
「失礼します」
次に入って来たのは、リディエール・アンティロープ。たおやかに笑みを浮かべるウィザードだ。
彼が入室した瞬間、エルネスティーネの目が恐怖に慄いた。先日の来訪時に色々あったらしい。
「パ、パスですわ‥‥」
という訳で、アンネマリーの不戦勝となった。
尚、アンネマリーは『水も滴るイイお――――』と叫んだ時点でユーリに鉄拳制裁を食らった為、全容は明かされなかった。
次――――アニエス・グラン・クリュ。
「あら、わたくしと同い年ですのね」
エルネスティーネが嬉しげに呟く中、アニエスはアンネマリーに向けて一つ微笑みかける。
これまでの四日間、唯一の同性として、真摯に特訓に付き合ってくれた彼女。
アンネマリーは彼女に最も信頼を寄せていた。
一つ上の彼女は、自分よりずっとしっかりしていた。
だから――――
「ちっこい女性騎士ですわっ!」
「ちっこいグラン・スールだっ!」
何故かちっこいが被ったが‥‥結果、4対1でアンネマリーが取り返した。
そして、次に出てきたのは――――二頭の馬。
「意味がわからないわよっ!」
思わず地で怒鳴るエルネスティーネに、ユーリが解説する。
何でも、エイジ・シドリは自分ではなく自分の飼い馬に名前を付けて欲しいとの事だった。
無論、動物に名前を付けるのも人間としての使命。勝負は続行される。
その結果――――
「タンサンドールとヴェイヤンチーフですわっ!」
「ラルムとクリウーだっ!」
余り特徴がない事が幸いしたのか、微妙に無難なところに落ち着いた。結果も3対2と拮抗しつつ、アンネマリー勝利。
そして、五人目は――――
「お待たせしました」
一部の狂いなく整えられた髪と左右にはねた髭がチャームポイントのキャメロットの騎士、ケイ・ロードライトだ。
その姿に、アンネマリーは常々思っていた事があった。
「カイゼルマンですわっ!」
隣から聞こえるそんな声を無視し、考える。
誰かに似ている。ずっとそれが引っかかっていた。
そう、それは――――
「‥‥パパ?」
思わずこぼれたその声に、応接室の全員が凍りついた。
そして、両家の使用人がコソコソと何か話し出す。
「まさか‥‥隠し子‥‥」
「‥‥でも‥‥ローゼマリー様に限って‥‥」
「私は‥‥身に覚えが‥‥」
何故か母ローゼマリーも混じっていた。
「ち、違いますぞーーーっ!」
残念ながら、そのまま広まってしまった。
で、このインパクトの前には残りの五人など印象に残る筈もなく。結果――――前半で稼いだアンネマリーの勝ちとなった。
「まさか‥‥この私が敗れるなんて」
「こう言っちゃなんだが、割と妥当」
「そんな筈ないわよっ!」
ユーリに対したまに見せる地に対し、彼女の使用人達は余り反応がない。既に周知の事実のようだ。
「お、覚えてらっしゃい、アンネマリー・ドール! 次こそは私が勝つっ!」
そう遠吠えを残し、ドール家を後にする。使用人や彼女の雇った冒険者も慌てて後を追っていた。
その様子を呆然と眺めていたアンネマリーに、アニエスがそっと耳打ちする。
「きっと、お友達になりたいのですよ」
それが本当かどうかはわからないが。
取り敢えず、アンネマリー・ドールは少しだけ名前をつけるセンスが向上し、生涯のライバルとなる人物を得た。
「貴女のセンス素晴らしいネ! 是非私のライバルになって欲しいネ!」
その名は――――エマナ・ルーケーツ。