手を取り合って 〜れっつ村おこし〜
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月12日〜07月19日
リプレイ公開日:2008年07月22日
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●オープニング
その日、ミリィ・レイナは修道院を訪れていた。
目的は、村と修道院を繋ぐ道の整備をしている村人たちのお手伝いと、花畑となる予定の大地に種を撒く事。また、修道院で養蜂されているミツバチの巣箱から採取された蜂蜜の受け取り。
そして――――現在調査中の『謎の遺跡』について、何か進展があったかを聞く為だ。
先日、パン職人カール・ハマンの弟であるアルノー・ハマンの捜索を冒険者達に依頼した際に偶然見つかった遺跡は、村長をはじめ全員の村人にとって未知の存在だった。
そして、そこに何があるのか、何の為に作られたのか――――その謎は、未だ何も明かされていない。そこで、修道院にある文献や古文書をしらみつぶしに探しているのだが、今のところ成果は上がっていないようだ。
「では、そう伝えておきますので」
蜂蜜の入った壷を受け取り、ミリィは深々とお辞儀した。
そして、現在整備中の道を通り、村へ戻る。
この道の整備計画は非常に綿密だ。
どこにどんな花を咲かせるとよく育つのか、その為にはどれだけ水や肥料を与えればいいのか、最終的にはどのような景観になるのかを計算し、その上で計画書として数枚の羊皮紙にまとめてある。これも、冒険者達が進んで作ってくれたものだ。
『恋の花咲く小経』と命名されたこの道は、いずれ村の名所のひとつとして、デートコースに利用される予定だ。
ミリィは心中で感謝しつつ、まだ未完成のその道を踏みしめ、村へと戻った。
村では現在、パン作りが以前にも増して活発になっている。
カールの蜂蜜パンを筆頭に、チーズ乗せ焼きパン、豆パンなどは、既に商品として成り立つレベルの味に達しており、近日中に本格的な移動販売を始める予定だ。
その際には、パリに遠征して軽い催しを行なう計画を練っている。歌や踊りでパリの人々を集め、大々的に宣伝を行なうというものだ。既に許可は得ており、数日後には実行に移せる状態だ。
「ミリィも一緒に来なよ。ダンス楽しいよ?」
「ええ、考えておきますね」
ダンスの練習に余念のない友人の女性ハンナ・カルテッリエリと少し会話し、ミリィは家路についた。
「では、やはり提携の方向で‥‥」
翌日、早朝。ミリィの耳に、村の重役の数人によって行われている話し合いが聞こえて来る。
現在、この村には様々な計画があった。
遺跡の調査もその一つだし、『恋の花咲く小経』の整備もそうだ。パンの製造および販売も、滞りなく行われている。更に、夏の終わりには祭りなども計画中だ。全てが順調と言っても過言ではない。
しかしながら、問題が一つ。資本が不足しているのだ。
農具、パンの材料、楽器、人材――――これから行なう本格的な村おこしの為の資本が何もかも足りない。元々、何もないところから始めようと言うのだから、仕方がない問題でもある。
そこで、案の一つとして出されたのが、リヴァーレとの提携だ。安定した資本のある隣村リヴァーレから分けて貰い、利益の一部を還元する。これが最も現実的な方法だ。
ただ、それを実現するには、二つの関門がる。
一つは、村おこしによる利益が確実に出ると言う客観的な算段が必要と言う事。でなければ、リヴァーレが材料や農具を出資しようと言う気にはとてもなれないだろう。これに関しては、現在ある少ない資本を使って、小規模のパン販売を行い、そこで結果を出せば、それが証明となるだろう。ある程度村の宣伝を行ない、村そのものの価値を高める事も必要だ。これは、それほど難しい事ではない。流行中の変り種のパンより更に変り種なのだから、確実に売れるだろう。
問題はもう一つ。
「ダメだ! 私ぁ、絶対認めんぞ!」
村長ヨーゼフ・レイナの意固地な反対だ。
今は村おこしを最優先すべきなのだが、どうしてもリヴァーレとは、と言うよりもその村長のパウル・オストワルトと組みたくないと言って聞かないのだ。
一月ほど前に行なわれた村対抗戦で少し軟化したかに思われたが、何か深い理由があるのか、ただのライバル心なのか、決して首を縦に振らなかった。
結局、その日も進展がないまま終わりそうな様相を呈している中、村長宅に小さな訪問者が現れた。
「あら、アルノー。いらっしゃい。どうしたの?」
出迎えたミリィに、先日一騒動起こしたアルノーが爛々と瞳を輝かせて訴える。
「僕、リヴァーレに行って、仲良くしようって言って来ようか?」
その言葉に、ミリィは何となく感じるものがあった。それは、例の勝負の際、彼の視線の行き先を追った時に見つけた、小さな小さな芽。微笑ましくなり、思わず顔が緩む。
「だって、そうしたいんでしょ? おにいちゃんもそう言ってたよ」
「んー、そうね。私はそうした方が良いと思うけど」
「その方がいいよ」
それは、紛れもなく本心だ。けれど、アルノーの目はミリィの視線を交わし、少し伏せがちだ。別の理由もあると言う事だろう。
ただ、一度騒動を起こしているアルノーの外出は、簡単には許して貰えないだろう。
それに、幾らこの辺りが安全とは言え、子供一人で行かせる距離でもない。ミリィにも仕事があるし、今のこの村には暇な大人はそうそういない。
そこで、ミリィは――――
「また、頼んでみよっか?」
過去に二度ほどお世話になっている冒険者ギルドの事を思いついたのだった。
現在の村のデータ
・村力
100(±0)
・人口
男117人、女85人、計202人。世帯数70。
・民族
人間100%
・年齢分布
20歳以下10%、20〜40歳41%、40〜60歳39%、60歳〜10%
・位置
パリから半日ほど歩いた所
・面積
15平方km
・地目別面積
山林75%、原野20%、宅地3%、畑2%
・家畜
ヤギ、ニワトリ、ウサギ、ウシなどの基本的な動物が少数。
・作物
農作物はライ麦を中心に、小麦、西洋ナシ、リンゴ、豆類、キノコ、タマネギ、レタスなどが作られている。量は少なめ。
・産業
豆やチーズ、洋ナシ、リンゴなどを乗せたパンや、蜂蜜をかけたパンを製作、販売中。試作段階ながら、既に近隣で話題になっている。祭りの日には、形状と中身の組み合わせでメッセージを表すメッセージパンを販売する予定。
・催事
現在、森林で採集できる昆虫を用いた『昆虫レース』、革を材料にして作った楕円型のボールを用いた遊びが試験的に行われている。時節柄に合わせたお祭りも計画中。
・備考
村長の孫娘は美人
海には面していない
モンスターは今のところ出現していない
森林の奥に扉の閉まった謎の遺跡がある(遺跡までは村から徒歩1時間)
村と修道院を結ぶカップルロード『恋の花咲く小経』を整備中
●リプレイ本文
村の森林、奥深くにひっそりと佇む、怪しげな遺跡。
村長の家や共同かまどのある作業場よりも大きくはあるが、城を思わせるような巨大な建造物ではない。石造りの壁は所々が傷んでおり、風化の痕が伺える。加えて、上部から扉を囲むように、大樹の幹によって侵食されている。完成からかなりの年月を経過している事は明らかだった。
『異端の気配なし リヴィールマジック反応あり 扉の真下の石畳に文字(?)のような記号あり 後はお願いします』
先行して調査していたシャクリローゼ・ライラの報告通り魔力を帯びてるらしく、陰守森写歩朗(eb7208)のスクロールによるウォールホールも効果を成さなかった。
「かなり古いですね‥‥」
ジャン・シュヴァリエ(eb8302)は慎重に外壁や幹、枝を調査しながら、その歴史背景に想いを馳せていた。その隣で、ラテリカ・ラートベル(ea1641)が瞑目し、耳を研ぎ澄ませている。万が一、何者かが潜んでいる事を考慮して。
「物音しないです。封印、されてる可能性あるですけど」
今のところ手掛かりは、扉の前の足場に記された、文字なのかどうかもわからない、極めて小さく刻まれた幾つかの記号。ラテリカの知る伝承の中にも、それを重なるものはない。或いは、この地域独自の文字と言う可能性もある。
三人は陽が暮れる頃、遺跡の全体図と留意点、そして例の記号を書き留め、その場を後にした。
●手を取り合って
日が暮れる頃、円旭(eb4683)が村長宅を訪れる。そこには既にジェイミー・アリエスタ(ea2839)とエラテリス・エトリゾーレ(ec4441)の姿もあった。
「一応下見をしておきました。問題はないと思いますけど、明日はしっかり送り届けます」
「お願いします」
旭の報告に安堵するミリィの傍で、エラテリスが占術用品一式を使用して占いを行っている。その様子を、アルノーは興味深げに眺めながら結果を待っていた。
「出たよ〜。彼の地へ赴く者、常に相手を思いやり、素直な気持ちを伝えるべし、だって☆」
「おもいやり?」
「う〜ん、例えば‥‥」
エラテリスが周りを見渡す。すると、部屋の奥の方にいるジェイミーと、明らかにその女性に恐れ慄いている村長ヨーゼフの姿があった。
「子供じゃないんだから、素直に質問に答えなさい!」
どうやら、リヴァーレとの提携を拒む理由を詰問しているらしい。邪笑を浮かべ、愛用の鞭を軽くしならせている。
「えっと、ああ言う事をしない事‥‥かな?」
苦笑気味に答えるエラテリスの横を、ミリィが通り抜ける。そして、ジェイミーとヨーゼフの間にその身を挟んだ。
「あの、すいません」
そして、笑みを絶やさないジェイミーを正面から見据え、毅然と言い放つ――――
「もっと詰問して貰って良いですか?」
「み、ミリィ!?」
「冗談よ。でも、理由くらい良い加減話してくれても良いでしょ?」
狼狽していたヨーゼフだったが、次の瞬間には複雑な顔を浮かべ、すごすごと自室へと戻っていった。
「‥‥もう」
それを、幾つかの溜息が見送った。
翌日――――遺跡周辺。
「んー、見れば見るほど歴史を感じますね」
ジャンは今日も遺跡の調査に精を出している。
入り口の記号に関しては、既に他の冒険者や村人に伝えてある。今のところ、それ解読できる人間はいないようだった。
暫くここを調べたら、今度は修道院を訪れよう――――そう思っていた矢先、茂みの方からジェイミーが顔を出した。
「あら、ジャンさま。熱心でらっしゃいますのね」
「遺跡はロマンですから。えっと、ジェイミーさんは何を?」
「狩りの下見ですわ。資本と自衛能力の増加の為に指南して差し上げようと思いまして」
動物のいそうな場所を見繕い、そこで村人に狩りをさせると言う事だ。
現在この村には、自衛団のような組織はない。平和だからだ。しかし今後発展して行けば、それが永続するとも限らない。その時の為の準備でもあった。
そんな先を見据えたジェイミーの前を、甲殻類と思しき昆虫が羽ばたいて行く。一瞬鞭をしならせようと手に力を込めたジェイミーだったが、思い止まった。
「さすがに、昆虫は狩っても仕方ないですわね」
「えっと‥‥狩るのはともかく、捕まえるのにはそれなりに意味がありますよ」
青空へと舞い上がるその茶色い体を、ジャンはじっと眺めていた。
「もしかしたら、この昆虫達が村の財政を救うかもしれませんから」
「興味ありますわね」
商売の匂いを感じたのか、ジェイミーは興味深げに口の端を吊り上げた。
その頃――――村では。
「ふーっ。良い汗かいたよ☆」
移動販売へ向けて客寄せの練習をしていた村人に混じって、エラテリスも踊りを踊っていた。
「あなた、筋がいいのね。ミリィよりずっと上手よ」
そんなエラテリスに、ミリィの友人ハンナが微笑みながら近づいて行く。活発な印象のある彼女は、エラテリスの踊りを評価したようだ。
「良かったら客寄せに混ざらない?」
「いいよ。ボクでよかったら喜んで☆」
「ありがと。それじゃこれ、お近づきのしるし。そのピアスもいいけど、こっちの方が可愛らしくて似合うよ」
そう断言し、ハンナは自分のしていたチェリーピアスをエラテリスに渡す。エラテリスはそれを満面の笑みで受け取った。
夕暮れ時。
リヴァーレの村長宅の庭では、二人の子供が地面に絵を書いて遊んでいる。村長の妹の孫娘ルイーゼとアルノーだ。
事前にジェイミーが下調べを行い、アルノーが密かに会いたがっていた女の子がリヴァーレ村長パウル・オストワルトの親戚である事を伝えてくれていたので、話は早かった。
もっとも『一緒にあそぼ』の一言をアルノーに言わせるまでに一時間ほど費やしたのだが……
「‥‥儂とあれがまだ幼かった頃、よく互いの村に通い合い、遊んだものだ」
その様子を庭に面した廊下に腰掛けながら、森写歩朗、旭、ラテリカの三人はパウルの話をじっと聞いていた。
パウルの話によると、元々依頼主の村とリヴァーレの村の間には、長い間交流があったと言う。
ヨーゼフやパウルらが生まれる前から、互いの村は助け合い、共存してきたのだ。
その証として、お互いの村の宝物を交換し合い、共存の象徴とし、決して別の道を歩まぬよう飾っていたと言う伝説まで残っているとの事だ。
「が、今となっては、それも昔話だがな」
今からおよそ60年ほど前。リヴァーレの村長宅に飾ってあった『宝物』が忽然と姿を消した。
そして――――その時、偶々遊びに来ていたヨーゼフが、大人達に疑われたのだ。
結局宝物は見つからず、盗んだ証拠もないと言うのに、彼は猜疑の目で見られ続けたのだと言う。もっとも、彼自身にではなく、彼の住む村の大人達がやらせた、と言う見方だったが、結局は同じ事だった。
「奴にしてみれば、今更この村と、そして儂と馴れ合うなど、もっての他なのだろう」
共存の象徴を失った事で、お互いの村は次第に疎遠となって行った。
既に60年も前の、古い古い昔話。知る人間も殆どいない程、月日は流れ、道は分かれたままだ。
「しかしそれは、果たして正しい道でしょうか?」
「そです。一緒に歩む道は、他の道よりずっと、ピカピカ思います」
黙って話を聞いていた森写歩朗とラテリカがそう提言する。旭も続いた。
「交流によってお互いに高め合う事は、色々な意味で両者の利益となると思います」
黙ってそれらの言葉を聞いていたパウルは、しばし目を細める。
――――たった一つの事件で引き裂かれた、村同士の絆。
しかし、今を生きる村人達の中に、その軋轢はない。
何より、それは目の前の不器用な子供達が証明しているではないか。
「‥‥少し待っておれ」
決心したかのように、パウルは腰を上げる。暫くし、大きな袋を持ってて戻って来ると、それをアルノーに渡した。彼の身体では支えるのがやっとの袋の中には、香草や干し花が入っていた。
「土産だ。持って行くが良い。皆にも渡してくれ」
村の匂いは、村の象徴。
それを送ると言う事は――――友好の証。
「ありがとう、おじいちゃん」
「うむ。また来なさい。ルイーゼも喜んでおる」
「‥‥別に」
茜色に染まる空を背に、ルイーゼはぷいっ、とそっぽを向いていた。
●パリ遠征
それから二日後。
「着きましたわね、パリ」
移動販売の日を迎え、冒険者一行とミリィ、ハンナら村人達はパリの商店街近くの広場へと赴いていた。
なお、カールは前日まで徹夜でパン作りを行っていたので不参加。弟のアルノーも少し歩き過ぎたのでお休みだ。
「準備できたよ☆」
「ラテリカもだいじょぶです」
そんな居残り組の分まで働こうと、エラテリスとラテリカがそれぞれの用意を終え、パンを売る馬車の前に立つ。
ジェイミーの知り合いであるアレクシア・インフィニティと森写歩朗の連れの陰守清十郎が事前に告知と場所取りをしてくれていたので、準備は円滑に進んだ。人も大分集まっており、数多くの住人が遠巻きに眺めながら様子を伺ってる。
「では、ボクは見張りを行いますので、ここで。皆さん頑張って下さい」
「僕も商人ギルドでちょっとする事があるから、暫く空けます。すぐ戻りますので」
旭とジャンが離れて行く中、森写歩朗は屋台となる馬車の前で辺津鏡を見ながら、身だしなみを整えていた。
「まさか自分の案が商品として出されるとは。いささか緊張してきましたよ」
リヴァーレから戻って直ぐにパン作りの手伝いを行った際、スウィルの杯を使い、酒を甘味として使ったパンを提案したところ、それが見事にはまり、即採用となったのだ。
「あ、ラテリカちゃん。ちょっとこれ使ってみてくれない?」
感慨深げにパンを眺める森写歩朗の後ろを、ハンナが慌しく通り過ぎる。
「フェアリー・ベル、ですか?」
「何でも演奏技術が高い人が使うと効果増大なんだって。村人の中にそこまでの人いないから。お願い」
ラテリカはコクリと頷き、手にしていたホーリー・ハンドベルの代わりにそれを使う事にした。
そして――――準備完了。
「さあー、寄ってらっしゃい見てらっしゃい☆ 珍しいパン売ってるよ☆」
チェリーピアスを身に着けたエラテリスが、掛け声と共にダンスを披露する。余り沢山の人前で踊った経験のない村人達は最初戸惑っていたが、エラテリスの明るさに引っ張られ、徐々に活気を見せる。
実はエラテリスも多少の緊張はあったのだが、それ以上に責任感が勝っていた。
斯くして、村おこしの鍵を握る移動販売が幕を開けた――――
「はい、ではお願いします」
一方、ジャンは挨拶回りを兼ね、人材募集の張り紙をギルドに申請していた。
二日前、ミリィ達とハーブティーを飲んでいる際に提案した『新たな人材』の確保の為だ。
現在の村人だけではどうしてもやれる事には限界がある。
が、そこに職人や芸術家、医師などが加われば、飛躍的に出来る事は増える。
空き家も土地もあるとの事なので、暫定的な移住の募集を行いに来たと言うわけだ。
更に、はじめて来た人達が現在の状況をわかりやすいようにと、居残り組が村おこしの進展状況と村の地図を記した『村おこし絵図』を作成している。
「ジャンさん」
その立案者である旭が、ちょうどギルドを出たジャンとばったり会った。
「あ、見張りご苦労様です。どうです?」
「それが、少々不穏な人物が」
旭の言葉に、ジャンの顔が引き締まる。
「わかりました。すぐ皆さんの所に戻りましょう」
一方――――移動販売中の広場。
ベルの音に合わせ歌い終えたラテリカに拍手喝采が湧き上がる中、観衆の中の一人にラテリカとジェイミーの視線が注がれる。
「黒フードの人、いるですね」
「あれが噂の、ですのね。クレームならわたくしが対応しますわ」
「不審な動きしたら、ポプリに追わせるです」
以前、試験的に行っていた移動販売の際、村人に対しクレームを付けて来る者がいた。
当初はリヴァーレの住民が変り種のパン販売への威嚇の意味で行っていたと思われたが、その可能性はかなり低くなっている。今のところ、目的、実行犯共に不明と言う状態だ。
その調査の際に目撃された不審な人物と重なる、黒いローブを身にまとった何者かが――――突然、屋台へと近づいて来る。
ジェイミーとラテリカの顔にそれぞれ緊張が走る。その様子を見ていた森写歩朗が、懐に仕舞っている短刀を握ったその時――――
「これは、どう言うパンなのですか?」
「え? ああ、これは‥‥」
その黒ローブの人物は、売り子をしているミリィに、やや遠めの距離から話しかけた。
様子に不審な点は一切ない。しかし冒険者達は警戒を緩めず、その一挙手一投足をじっと観察する。
パンの販売は予想以上の売れ行きで、若年層はチーズ乗せ焼きパンや蜂蜜パンを、高年層は酒パンや豆パンをこぞって買い求め、用意したパンの大半がパリの街へと散らばっている。そんな賑わいの中、ごく数名の間でのみ、糸のような緊張感が繋がっていた。
その糸を手繰り寄せるように、ジャンと旭が戻ってくる。人込みの中、二人の目には森写歩朗が自然な動作でミリィの隣に移動している姿が映った。それを確認し、黒ローブの背後を取る。挟み撃ちの様相だ。
そんな中、黒ローブがミリィに近付く。
緊張感が頂点に達したその時――――
「では、これとこれとこれ、後これを下さい」
「ありがとうございます」
黒ローブに身を包んだ人物は、普通に注文し、普通にパンを受け取り、そのまま帰って行った。
結局、ただのお客だったのだろうか。いずれにせよ、何事もなく終わった事で、尾行の必要性もなく、冒険者達はそれぞれ安堵の表情を浮かべていた。
「これで最後です。ありがとうございました」
ミリィの言葉と同時に、フェアリー・ベルの音がパリの空に高らかに響き渡る。
初めての移動販売は、完売と言う最高の結果で幕を閉じた。
●エピローグ
会合を終え、村長宅に戻ったヨーゼフは、テーブルに置いてある干し花を詰めた香り袋を手に取った。
かつて――――この村は花で彩られていた。
薫り豊かな村だった。
いつからだろうか。
何もない、根無し草のような村になってしまったのは。
ヨーゼフは自覚していた。
それは、自分の所為なのだと。
自分のわだかまりを、事情も知らない村人達に押し付けた結果、そうなってしまったのだと。
リヴァーレの連中は信用できない――――
恐らく、向こうもそう思っていた事だろう。
しかし、時は過ぎた。
根無し草だった村は、徐々にだが芽吹いている。
刻が来たのだろうか。
手を取り合って、笑える刻が。
ヨーゼフは、香り袋を顔の前に持ち上げ、深呼吸をするかのように、息を大きく吸い込んだ。
そこには――――少年の頃に見た、一面の花畑が確かに見えた。