おたんじょうび、おめでと

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月20日〜07月25日

リプレイ公開日:2008年07月29日

●オープニング

 ティアナ・プレヴィンは動物が大好きだった。
 パリに構える彼女の家は裕福とは程遠く、生活は至って質素だったが、ティアナの笑顔が絶える事はなかった。
 その家には、彼女の大好きな大好きな動物がいたからだ。
 名前はラメイ。ふさふさした毛を持つ愛らしい猫だった。
 そのラメイは、何故か様々な種類の動物から好かれるらしく、家の前を通りすがる野良犬や、大空を飛び交う鳥、冒険者が連れている馬、果ては妖精まで彼女の家の庭を訪れ、ラメイとじゃれ合って行くという光景が毎日のように見られた。
 ティアナにとって、そんな毎日は天国だった。
 ラメイを膝の上に乗せて、その毛並みを小さな指で梳くのが幸せだった。
 犬とじゃれ合うラメイを眺めるのが楽しかった。
 鳥と餌を取り合うラメイをなだめるのが微笑ましかった。
 冒険者に撫でられるラメイを見つめるのが誇らしかった。
 そんなラメイが――――

 彼女の前からいなくなった。

 ちょうどその日で7年を数えた人生の中で、ティアナは初めて失望を知った。
 ラメイのいない日々は、彼女にとって空虚以外の何物でもなく。
 それまで華やかではなくとも、慎ましやかな幸せに満ちていたプレヴィン家は、一匹の動物がいなくなった事で、別の家のようにひっそり静まり返ってしまった。
 
 それから、1年。

 ティアナの顔に、笑顔は戻った。
 彼女の傷付いた心を癒したのは、近所の子供達だった。
 それまでは余り親しくなかった彼らだったが、あのプレヴィン家に動物が集わなくなった事を不思議に思い、その中の一人がティアナの両親に尋ねてみたところ、その不幸を知ったのだ。
 子供は純粋だ。だからこそ、一つの事で結束するのは得意技。その話はすぐに伝わり、皆でラメイを探す事になった。
 それを知ったティアナは戸惑いを見せていたが、それも最初だけ。すぐに心を通わせるのも、子供ならではの得意技だ。
 結果的にラメイは見つからなかったが、ティアナは別の絆を見つける事が出来た。
 めでたし、めでたし。


「‥‥でも、やっぱり少しさみしそうだよ」
 ティアナの友達の一人、エリク・カシュニッツが呟くと、広場で遊び疲れて座り込んでいた他の2人も、ついさっき家に帰って行ったティアナの顔を思い出し、頷いた。
「けどさ、しかたないじゃん。この辺りにはあんまペット飼ってる家ないしさ」
「ここらの野良の子達は、中々懐いてくれませんしね‥‥」
 腕白なルッツとおしとやかなニーナのバルハウス兄妹が困った顔で応えると、エリクもまた困った顔になった。子供の感情は直ぐ伝染する。
「ティアナ、たしか来週たんじょうびだよね。何かしてやれないかな」
 エリクが細い腕を伸ばして、真摯に訴える。彼がこれまで見て来た笑顔を、もっと心からのものにしたい、ただそれだけの思いで。
「そうですね‥‥おたんじょうびかいを開くなんてどうですか?」
「いいな! そうしようぜ!」
 妹の意見に笑顔で肯定したルッツだったが、直ぐにその顔が曇る。
「けどさ、それだけじゃ、いつもとあんま変わらないんじゃないか?」
「おうたをうたうとか、おくりものをわたすとか、いつもとちがう事をいろいろやります」
「おくりもの‥‥」
 少しむくれたニーナの言葉を、エリクは反芻した。
「ねえ、ルッツ、ニーナ。『ぼうけんしゃ』って知ってる?」
 その問いに、ルッツは横に、ニーナは縦に首を振った。
「お父さんから聞いたんだけど、『ぼうけんしゃ』って人たちにおかねをあげると、なんでもしてくれるんだって」
「なんでも?」
 訝しげなルッツの目に、エリクは少し不安な顔を見せたが、心持ち強めに首肯した。
「うん。だから、おかねをあげて、ラメイをさがしてもらおうよ」
「えー、無理だろ。もう一年たつんだぞ」
「やってみなきゃわかんないよ」
 少しムキになったエリクを、ニーナが優しくたしなめる。
「それは少し、げんじつてきではないと思います」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「ぼうけんしゃさんに、ペットをお借りする、と言うのはどうでしょうか」
 ニーナはエリクよりもちょっとだけ、冒険者の事を良く知っていた。
 彼らの多くがペットを飼っていて、共に冒険している事も。
「そして、たくさんの動物といっしょに、ティアナのおたんじょうびをおいわいしましょう」
「うん、いいね」
「よし、それで行こうぜ!」
 三人は何度も頷き合って、これからどうすべきか、陽が落ちるまで話し合った。

「おたんじょうび、おめでと」

 その一言を、心からの笑顔に添えたい。
 それだけを願って。

●今回の参加者

 eb3050 ミュウ・クィール(26歳・♀・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ec0222 セルシウス・エルダー(23歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec2494 マアヤ・エンリケ(26歳・♀・ウィザード・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●Bon anniversaire
「おたんじょうび、おめでとーっ!」
 良く晴れた青空の下、ルッツとニーナの高らかな声が響き渡る。
 パリのとある広場の一角で待っていた一行に、エリクから連れられてやって来たティアナは、ただただ驚きの表情のまま目を丸くしていた。
 それも無理もない話で、その会場となる一角には、花や葉っぱ、スカーフなどを使って作られた飾り付けがなされてある。
 更には、知らない大人達が数名、笑顔で迎えてくれている。
 そしてなにより――――その周りには、かつてティアナの家の庭に広がっていた光景がある。
 動物達に囲まれた景色。
 それは、ティアナにとって、余りに眩しいものだった。
「あの、えっと、あのっ」
 この現状を把握し切れていないティアナが目を泳がせる中、ルッツがティアナを手招きして、その動物達の中でも取り分け目立つ一頭を指差した。
「なあ、このペガサスに触らせて貰えよ! この兄ちゃん、これに乗ってやって来たんだぞ! すっげーよな!」
 まだ状況がしっかり把握できていない様子のティアナだったが、恐る恐るその飼い主に目を向ける。 
「触れても良いが、優しくな」
「はいっ」
 ペガサスの飼い主のセルシウス・エルダー(ec0222)が優しく微笑むと、ティアナはペガサスの羽にそっと手を乗せた。
「はじめまして、ティアナちゃん。私達はあなたの誕生日をお祝いしにきたのですよ」
 ティアナが落ち着いたところで、最年長の国乃木めい(ec0669)が優しく状況を説明し始めた。
 エリク達が、ティアナの事を心配している事。
 誕生会を開いてあげようと計画した事。
 その誕生会に、ペットを飼っている冒険者を呼ぼうと思いついた事。
 そして、みんなで一生懸命、誕生会の準備をした事。
「みんな‥‥ありが‥‥」
 三人の子供達が少し誇らしげに、とても照れ臭そうにしている中、ティアナは手で顔を覆って、溢れるものを抑えていた。
 その光景に、ミュウ・クィール(eb3050)は貰い泣きし、めいも目を細めて何度も頷いていた。
「それじゃぁ〜、さっそく遊ぶ〜?」
 マアヤ・エンリケ(ec2494)の間延びしつつもどこか楽しげなその声に、子供達は一斉に頷いた。

 心優しき子供達の依頼に応えるべく、冒険者達はそれぞれのペットをつれて来ていた。
 ミュウのペットは、ウォーホースの『くろ』と柴犬の『ぽち』。
 共にミュウにとても懐いており、良く言う事を聞く動物達だ。
 くろは主にテントなどの荷物運びを担っており、この場では大人しくしている。その傍らには、めいの愛馬『天光(てんこう)』も並んでいた。
「わん! わん!」
 ぽちは子供達と一緒に駆け回り、時折前足を上げて踊りを踊るようにして楽しんでいる。
「きゃはははっ★ 次こっちぃ★」
 飼い主であるミュウもそれに混じって、笑顔を絶やさず広場を走り回っていた。
 そのぽちと一緒に、もう一匹の柴犬が駆け回っている。めいのペットのシロだ。
 この二匹は兄弟と言う事のようで、久々の再会が嬉しいのか、共に子供達と駆けながらも、時折寝転がって、首元を甘噛みするなどしてじゃれ合っている。
 その光景が余りに可愛らしく、ニーナはぼーっとそれを眺めていた。
「わーっ! わーっ! 高ーい!」
 その真上を、セルシウスとティアナを乗せたペガサス『エーリュシオン』が舞う。
 このエーリュシオン、やや気難しい部分もあるのだが、子供達を目の前にし、その様な素振りはまるで見せない。
 聡明なペガサスなだけに、自分が大人になるべきだと判断しているのかもしれない。
 そして、セルシウスのもう一匹のペットであるボルゾイのルーティスは、ぽちとシロが一休みしている間も、エリクとルッツを引き連れるかのようにして、駆けっこに興じていた。
 こちらも狩猟犬と言う事で頭が良く、また飼い主への忠誠心も強い。セルシウスの意図を良く汲み、己の役割を理解しているようだ。
「い〜な〜、空中散歩っていうの〜あれ〜? 次あたしも乗りた〜い」
「のりた〜い」 
 そして、マアヤがつれて来たのは火のエレメンタラーフェアリー『メンディエタ』と、陽のエレメンタラーフェアリー『グアルディオラ』。
 グアルディオラはそれほど動き回りたがらない性質のようで、飼い主の顔の横で天馬を眺め、その言葉尻を真似している。
 一方のメンディエタは活発に動き回るのが好きなようで、ぽちとシロがじゃれている傍でくるくる回り、場を和ませていた。
 動物に囲まれた至福の一時。
 ティアナの脳裏には、少しずつ、一年前の記憶が蘇っていた。

●Cadeau
 空中散歩を終えたエーリュシオンが地上に降り立つ。先に下りたセルシウスが、その後ろに乗っていたティアナに向かって手を差し出した。
「さ、手を」
「はい」
 少し照れ臭げに、ティアナはその手を取り、エーリュシオンの背から降りる。その様子を、エリクとルッツは指笛を吹いて冷やかした。
「では、お食事にしましょうか」
 そんな様子を微笑ましげに見ていためいが、子供達に優しく語りかける。
「はーい、あたし用意しまーす★」
 弾けるような笑顔と共にミュウがそう唱え手を上げると、子供達も真似て挙手した。それを見ていた妖精達も、何となく手を上げる。連鎖していくかのように、犬が鳴き、馬が嘶く。
 その光景に、ティアナは人知れず目を滲ませていた。
 だが、直ぐにその波は引いていく。
 辛さや悲しさとは少し違う、彼女には少し難しい感覚。
 それに、少しずつ慣れてきた証拠でもあった。
「いっぱい作りましたから、たんと召し上がってくださいね」
 鮭の華国風ソテーを中心とした、めい自慢の家庭料理の数々が、木製のランチボックスの中から取り寄せられて行く。
「この鮭さんとかおまんじゅうとか甘酒は、あたしが用意したんだよ★」
 家庭料理とは言え、メインディッシュからデザートまで、子供達が普段あまり食べるような物ではなく、ルッツなどは爛々とした瞳でそれを眺めていた。
「いっただっきまーす!」
 食欲旺盛な子供達は、あっという間に用意された食べ物を消化していく。
 その食べっぷりに、めいは思わず目を細めていた。
 その傍ら、マアヤの視線は羽を休めている天馬に一点集中している。そして、その目を隣にいたセルシウスに向けた。
「これ食べ終わったら乗りたいんだけど〜」
「それは構わないが、後片付けはしてくれよ」
「あ、それはこの子達やるし〜」
「やらない〜」
「やらない〜」
 子供達に混じって食事に勤しんでいた妖精達の即答に、笑いの輪が生まれた。

 食事が済んで暫くすると、ティアナ以外の子供達から落ち着きがなくなってきた。
 そして――――
「ティアナ、ちょっと見てて」
 意を決したようにエリクが立ち上がる。それに続き、ルッツとニーナも顔を紅潮させつつ立ち上がった。 
「これから、みんなで練習したダンスをやります」
「き、緊張するな」
 誕生会の催しとして、三人はミュウから振り付けを教わっていた。
 難しい踊りはできないので、基本的な動きだけなのだが、それでも四日間の練習では心許ない。
 まして、全員が一度に練習していてはティアナと遊べなくなると言う事で、揃って練習したのは朝夕のみ。ミュウの顔にも、少し緊張が走る。
「どきどき‥‥」
 そんな中、ダンスが始まる。
 が、やはり動きがぎこちない。振り付けもバラバラだ。
 それでも、ティアナの目にはそんな細部の事など入っていないようで、ひたすら魅入っている。
 それが伝わったのか――――徐々に動きがよくなって来た。
「わん! わん!」
 それにつられ、ぽちが子供達に混じって踊るように走り回る。
 そして、それを合図に他のペット達も一緒になって踊りだした。
「わ、面白いじゃん〜。あたしも混じろ〜」
「あたしも★」
 冒険者二名も追加し、踊りは壮大な光景へと変貌して行く。
 ティアナにとっては、懐かしさと寂しさが入り混じる光景。
 それでも、ティアナは笑った。
 それを見ていためいは、一つの確信を得る。
「では、私からもプレゼントを」
 踊り終わった小さなダンサー達に拍手するティアナに、めいは声をかけた。
 そして、ラメイを模した掌サイズの小さな縫ぐるみを手渡す。
 当初は春の香り袋を中に収める予定だったが、香りに誘われたシロやぽちが咥えて持って行ってしまうので、それは控える事にした。
「ラメイちゃんの代わりになる訳ではありませんが‥‥」
「あ、ありがとうございます。大事に‥‥します」
 これまでのティアナだったら、ラメイの存在を意識させる物は受け取れなかったかもしれない。
 それは、彼女に辛い別れを思い出させてしまうから。
 しかし、ティアナは笑顔でそれを受け取った。
 これまでの一年、そして、今日。
 沢山の絆が、彼女を強くしていた。
 決して決別ではない、過去との付き合い方を覚えていた。
「では、俺からも。一つレディに近づいたお祝いだ」
 今日初めて会った少女のその健気さを感じたセルシウスは、ティアナを一人の女性と認めるプレゼントを手渡した。
 風精の指輪だ。
 大き過ぎて指に入らないので、紐を通し、首飾りにしてあるそれを、ティアナの頭からそっと通してやる。
「え、えっと、その」
「似合うじゃないか。この指輪も良い主を見つけたようだ」
 俯きつつ、ティアナはその指輪を食い入るように見つめていた。
「ティアナ、照れてます」
「ひゅーひゅーっ」
「も、もーっ」
 風もない、穏やかな午後。
 笑い声と動物達の鳴き声は何時までも絶える事なく広場を賑わしていた。

●En signe d'adieu
 そして、夕刻――――
「あの、ありがとうございました。ほうしゅうです」
 眠っているぽちとシロを守るようにして座るルーティスが眺める中、エリクは背伸びをするかのように、集めたお金を差し出していた。
「はい、ども〜」
「ありがと★」
 それを受け取るマアヤとミュウ。
「あの笑顔以上の報酬は必要ない。取っておけ」
「私も、喜んで欲しくて押し掛けただけですから。お気持ちだけ」
 そして、受け取らずに頭を撫でてやるセルシウスとめい。
 快く受け取るのも、優しさ。
 受け取らないのもまた、優しさ。
 そして、報酬を必死で集めた事も無論、優しさ。
 ここには、そんな慈愛と絆が満ち溢れている。

 それはきっと――――

 ティアナは、そんな光景を眺めながら、静かに呟く。
「‥‥ありがと、ラメイ」
 決して満面ではなくとも。
 心からの、笑顔で。