郵便屋さんが森に手紙を落とした夏の日の事
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■ショートシナリオ
担当:UMA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月28日〜09月02日
リプレイ公開日:2008年09月05日
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●オープニング
シフール飛脚と言う職業がある事は、冒険者、一般人を問わず、大抵の人にとって常識である。
離れた場所に住む親類や友人に手紙を出したい場合、彼らに依頼する事で、非常に早く届けてくれるのだ。
よって、田舎に親を残しているなどと言った人達は、シフール飛脚を利用する機会も多い。
そんな飛脚の一人、ワンダ・ミドガルズオルムは、その中でも特に優秀だと評判のシフールだった。
「では行ってきまーすっ」
名前の所為で何かと誤解されがちだが、非常に性格もよく、人当たりの良い少女だ。
ただ、彼女にはひとつ大きな特徴がある。
それは――――二つの性格の持ち主である、と言う点だ。
普段は、気立ての良い少女。
しかし、ひとたび羽根を広げて大空を羽ばたいた瞬間、その性格は一変する。
「うふふふふ! 風が、風が私を呼んでる! きゃっほー!」
彼女の飛脚としての評価が高いのは、丁寧な対応と、迅速な配達にある。
それは、両方の性格が良い方に作用しているからだ。
ある意味、彼女にとっては天職と言えるお仕事だった。
しかし、そんなワンダでも、ごく稀にミスをする。
なにしろ、暑い。
暑いと頭がボーっとなる。
「ぼーっ‥‥」
ある意味トランス状態であっても、それは逃れられない現実。飛びながら、頭の中は真っ白になっていた。
んで、そのまま木の枝に激突って流れだ。
「あべしっ」
顔面から枝に突っ込んだワンダは謎の悲鳴を残し、斜め前方に急降下。もし地面に叩き付けられるようなら大惨事は免れない中、必死で軌道を変え、川に飛び込んだ。
「ううう‥‥ズブズブ」
どうにか身体は無事。とは言え、羽根も体もびしょ濡れだ。多少流れが強い川だったが、どうにか自力での脱出に成功し、ほとりに身を投げるようにして、安堵に身を委ねた。
「!」
しかし次の瞬間、そんな場合ではない事に気付く。
鞄の中に入れていた手紙が無事かどうか確認しなければならない。
びしょ濡れの鞄の中は――――やはりびしょ濡れだった。
が、中には何も入っていない。落下中に全て落としてしまったらしい。
今日の配達量は比較的少なく、全部で12通しかなかったが、数はまったく関係ない。
問題は、預かった手紙を台無しにしてしまった事にある。
ワンダは絶望した。自分の不甲斐なさに絶望した!
とは言え、絶望してても仕方がない。
ワンダは自分が落下した軌道を思い出し、そこから手紙を落っことした可能性の高い箇所を導き出す。
それは、川の向こうにある森の中だ。
そして、現在地から見えるその森の前には、古い立て看板が立ってあった。
『この先 不良トレントとやさぐれアースソウルの溜まり場』
意味不明だった。
トレントとは、温厚な性格の森を守護する知性を持った樹木だ。
一方、アースソウルも普段は人に危害を加える事のない、穏便な精霊である。
普通なら、手紙を探すくらいで危害を加えてくる事はない。
しかし、ワンダは知っていた。
この森にいるトレントとアースソウルは、他の生物の身勝手な森林伐採に怒り、森に入る者全てを攻撃対象としている事を。
看板に記されてある『不良』『やさぐれ』と言う表現は、ある意味逆恨みのようなものだ。
そして同時に、彼らと別の生物との決して改善できない確執を意味する。
話し合いで説得するのは難しいかもしれない。
「ど、どうしよう‥‥」
ワンダ・ミドガルズオルムは、人生最大のピンチを迎えていた。
そこで、ふと思いつく。
誰かが危機的状況に陥った時、味方になってくれる者がいる。
ワンダは全力でパリへと戻り、冒険者ギルドの扉をくぐった。
●リプレイ本文
●異文化コミュニケーション
「‥‥」
金色の淡い光に包まれ、集中している齋部玲瓏(ec4507)の眼前に、森の木々が鬱蒼と茂っている。
エックスレイビジョンで『植物』を指定し、視界を遮る木や草を透明化して、手紙のある場所を探ろうと試みているのだ。
しかし、効果は現れない。エックスレイビジョンは、『植物』と言う広義的な指定では行えないようだ。
視力の良い玲瓏は、障害物さえなければ数十メートル先の手紙も容易に見つける事が可能。その視界には、木に引っかかっていたり、土の上に落ちている手紙がはっきりと映っていた。
『どうやら無理のようです‥‥申し訳ありません』
その言葉と同時に、玲瓏を包む光が消失した。
尚、彼女とレイニー・ホジスン(ec5431)はゲルマン語を会得していないので、どちらの使用する言語も解しているヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)が通訳を務めていた。
『やっぱり、地道に探すしかないみたいだね』
「かったりぃが、ワンダちゃんのためだ。やるしかねぇ」
レイニーとジン・キリサメ(ec5490)がヴィーヴィルを介して会話を行い、頷き合う。一方、そのヴィーヴィルは思案顔で森の方を見つめていた。
「では、残る問題は、例のトレントとアースソウルですね。言葉が通じないようですし‥‥」
通常であれば、これらのモンスターは温厚な性格の為、手紙探しの障害となる事はない。
しかし、この森の連中は、その辺のトレントやアースソウルとは訳が違う。
「そうなんですよー‥‥聞いた話だと、森林浴に入ったシフール仲間のエッちゃんが襲われて怪我したって」
ワンダの小さな顔に、怯えの顔が見える。それを見たレイニーは安心を与えるため、軽く自分の胸を叩いた。
『大丈夫だよ。トレントは元々温厚だし、パントマイムで和ませれば多少は落ち着いてくれるよ』
レイニーの案をヴィーヴィルから伝え聞いた玲瓏も、それに同調する。
「基本的に戦闘は回避した方が良さそうですね。刺激を与えない為にも、伐採を連想させる武器は控えた方が良いでしょう」
ヴィーヴィルが三人それぞれに同様の意味の言葉を唱えると、全員が頷き、それぞれ獲物を取り替えた。
レイニーは十手、玲瓏は木刀、ヴィーヴィルは突き専門のレイピア、ジンは棍棒をそれぞれ手に取る。
「では、まとめますね」
唯一全員とコミュニケーションの取れるヴィーヴィルがまとめ役を買って出た。
基本、戦闘は回避。どうしようもなくなった場合は防御しながら逃げを打つ。彼ら以外のモンスターには武器で対抗。第一の目的はあくまでも手紙回収だ。
ワンダは危険なので回収には未参加。外で冒険者達の帰りを待ち、受け取り次第その手紙を届けに全力で飛んで行く。
手紙は、配達が遅れたからといって変質する事はないが、シフール便の信用にかかわる。
迅速である事が、この依頼には必要なのだ。
「皆で手分けして回収した方がいいな。めんどくせぇが」
それを考慮し、ジンが呟く。それをヴィーヴィルが玲瓏とレイニーに伝えた。
「では、それで行きましょう」
ヴィーヴィルの言葉に、全員が頷いた。
●森
「森の精よ、暫く貴方がたの住居へと入りますが、我々は危害を加えるものではありません。積もる恨みはあろうと思いますが、通して頂けませぬか!」
森に入って直ぐ、ヴィーヴィルが騎士の物言いで懇願の意を唱える。
トレントは勿論、人類の言語を介する事はない。比較的知能の発達したモンスターであるアースソウルでも、聞いているとは限らない。
それは、唱えた本人であるヴィーヴィルも知っていた。
それでも、通じるものがあれば――――そんな希望を含んでのものだ。
しかし、成果はない。森には変わらず侵入者に対しての殺気が満ちている。
ヴィーヴィルは覚悟を決め、森の奥へと足を運んだ。
所々、切り倒されている木々のある、その森へ。
一方、玲瓏は早くも手紙の回収に成功していた。
エックスレイビジョンは『植物』と指定すると上手く行かなかったが、個の木や岩であれば透視が可能となる。
例えば、巨大な樹木をターゲットにし、その木を指定する事で、一本の木を透視する事は可能だ。
もし枝や葉に引っかかっていれば、その透視で見つける事が可能だ。
確認した木には印をつけて、地道に一本一本探していく。
魔力には限度があるので全ては無理だが、手紙が引っかかりそうなのは大きな木なので、それを優先的に探していく事にした。
迅速に収集する上で、彼女の行動は生命線となっている。
『‥‥?』
そんな玲瓏が、ふと背後に気配を感じ、振り向く。
そこには――――殺気立つ森の中にふさわしくない姿をした、一人の子供がいた。
その瞬間、玲瓏にはとあるモンスターの知識が浮かんでくる。
アースソウルだ。
アースソウルは人間の子供のような姿をしているのが一般的だ。
実際、このアースソウルも子供ではある。
しかし――――ものすっごく目つきが悪かった。
『う‥‥』
明らかにかわいくないその少年に、玲瓏が一瞬怯む。
期待していたような容貌ではなかったからと言うのも少しあるが、何より感じたのは、その子供が発する敵意。
まるで怨念の塊のようなアースソウルの視線に、思わず目を背けたくなっていた。
『私は、私たちは敵ではありません。どうか気をお鎮めになって下さい』
それでも、眼前の少年を見据えて懇願する。刺激させないよう、動かずに。
その目つきに変化はない。
そして――――
『!』
まるで親に泣き付く子供のように、少年は――――アースソウルは玲瓏に向かって飛びついて来た。
玲瓏は身軽な方ではあるが、回避術には長けていない。
加えて、急に訪れたその危機に、体が硬直している。
避けられないかも――――そう思った刹那、玲瓏の体は別の動力によって強引にその場から移動した。
手紙を目前に、レイニーはその動きを止めていた。
手紙の落ちている地点の直ぐ傍に、大きな樹木がある。が、ただの樹木ではない。
まるで怨念がそのまま木に乗り移ったかのような、憤怒の表情に見えなくもない模様が見えた。
レイニーにとって、トレントは決して簡単な相手ではない。
本気で攻撃されれば、回避に全力を注いでも、ある程度の負傷は覚悟しなければならない。
だが、怪我をして移動が困難となれば、他の3人への負担が増すし、何より手紙の回収が遅れる。
意を決し、レイニーは武器を置いた。
『大道芸やるから機嫌なおしてくれよ〜』
そして、道化を演じる。
先に宣言していた通り、パントマイムやジャグリングを見せ、怒りを静めようという作戦を実行したのだ。
だが、それを見たトレントは、明らかに怒りを増幅させていた。
彼らは、伐採を想起させる道具は一切持ってきていない。
しかし、トレントにそこまでの認識力はない。
通常は温厚なトレントだが、この森のトレントは違う。
彼らにとって、侵入はそれだけで罪。
対峙は、それだけで敵意となる。
加えて、目の前で色々と動かれたならば、それは攻撃の意とみなすのだ。
『わっ!』
トレントの枝がレイニーの足元を叩く。
これ以上は困難と判断し、レイニーは一旦茂みへの逃避を試みようとした。
しかし――――ここで思いがけない幸運が訪れる。
1mほどある鳥が、トレントの遥か上空を舞ったのだ。
その鷲は、森の住民ではなかった。
トレントが上に目を奪われた隙に、レイニーは素早く手紙を回収し、その場を離れる。
『手紙は‥‥破けてないし、文字も消えてない。よし、大丈夫』
ほっと一息。しかし次の瞬間、再び歩を進める。
木に引っかかっている手紙もあると考えた場合、検索エリアはかなり広い。
神聖騎士にとって、困っている者を救うのは最高のモチベーション。
レイニーは躊躇なく足を前に進めた。
そして、その頃ジンは――――最も近くの手紙を回収し終え、別の手紙を探し回っていた。
今回集まったメンバーで最も体力のある彼は、生来の面倒臭がりな性格故にあまり行動範囲を広げてはいなかったものの、出来る範囲でしっかりと森の中を徘徊していた。
そして幸運にも、モンスターに出会う事無く、岩場の陰に挟まるように落ちていた手紙を発見する事に成功した。
「ん?」
その手紙を手にしたジンの目に、ぼんやりと子供の姿が映る。そして、その子供の目の前に、二人の女性が立っていた。
●不良とやさぐれ
ヴィーヴィルの額に汗がにじむ。
彼女にとって、アースソウルはそれほど脅威となる敵ではない。
今回はアースソウルへの攻撃を一切行わないよう決めているが、それも問題ではない。
問題なのは、自分の意思の伝達方法だった。
例え、自分達にその意思はないと言う武器のチョイスをしていても、アースソウルらにとっては『敵の味方』以上のものとはなり得ないし、例外視する理由もない。
侵入者は敵――――そんな意思を持っているかのように、敵意を露わにする。
子供の姿をした精霊の目つきの悪さに、その意思が見て取れた。
『言葉が通じないと言うのは、大変な事です』
どう対処しようか悩んでいるヴィーヴィルに対し、玲瓏は微笑みながら話し掛ける。先ほど自分の危機を救った恩人に。
『アースソウルは聡明な精霊と聞いています。例え言語が通じなくとも、意思の疎通は可能でしょう。その上で、彼らは私達を敵だとみなしているのかも知れません』
ただ手紙を回収しているだけ――――アースソウルにならば、その彼らの行動は理解できる筈。
それでも敵意を剥き出しにすると言う事は、そういう事なのだろう。
そんなアースソウルの傍にある樹木が、突然動き出す。どうやらトレントだったらしい。
2対2の局面。
打倒する事は出来なくもない。が――――
「それでも、わたしは訴えます」
ヴィーヴィルは一歩前に出た。そして同時に、レイピアを大地に落とす。
敵意のない事の証明だが、それをトレントは理解できない。
ただ、自分達へ近づいて来た異分子を排除すべく、攻撃を仕掛ける。
そのトレントに、所々傷がある事に、ヴィーヴィルは気付いた。
ここに来るまでに、切り倒された木々を何本も見てきている。
彼らの憤りは必然。
それなら、その攻撃を受けるのも、神聖騎士としての役目なのかもしれない――――
「わーっ!!」
しかし、トレントの枝はヴィーヴィルを捉える前に、ピタリと止まった。
突然上空から角度をつけて降ってきた『丸腰』のワンダが、トレントの顔と思しき部分に直撃したのだ。
手紙を届けた帰りだったらしい。
「うう、良い気分で飛んでたのにいきなりイーグルいるんだもんなあ」
ワンダの『体当たり』に、ヴィーヴィルと玲瓏は目を白黒させている。
攻撃の意思はないと言うこれまでの行動が、無意味になりかねなかったからだ。
が、直接被害を受けたトレントは動かない。反撃はおろか、反応すらない。
まさか倒してしまったのでは‥‥と思ったのも束の間、トレントはゆっくりとヴィーヴィルの眼前まで延びた枝を、自分の元に引き寄せた。
その様子をじっと見ていたアースソウルも、ただボーっと立ったまま。
一体何が起きているのか、その場にいる誰もがわからなかった。
「えーと、取り敢えず、離れましょっか」
「‥‥そうですね」
ワンダの言葉にヴィーヴィルが頷き、少し遅れて玲瓏も頷く。
森の中に立ち込めていた敵意が消えた訳ではない。
しかし、その後手紙を探す冒険者達を排除しようと言う動きはなくなり、回収は円滑に行われた。
●エピローグ
数日後。
手紙を回収し終え、森を出た冒険者達は、破損箇所のない事を確認し、ワンダに最後の一枚を手渡した。
「ありがとー! おかげで助かりました!」
心からの安堵の表情を浮かべ、手紙を受け取る代わりに報酬を支払う。
これで、今回の依頼は全て終了した。
『良かったね』
「あくせく働いた甲斐があったな」
レイニーとジンがそれを受け取る中、ヴィーヴィルは森の方をじっと眺めていた。
「どうしたのー?」
好奇心旺盛なワンダが、つーっとヴィーヴィルの顔の前に飛んで行く。
「どうして彼らは攻撃を止めたのでしょう」
その目の中には、この場にはいない精霊たちが映っているのだろう。そんなヴィーヴィルに玲瓏が近付く。
『ワンダさんが目の前に現れた事で、全員敵意がない事を確認できたから‥‥かもしれません』
玲瓏の言葉に、ヴィーヴィルはその意見になるほど、と頷いていた。
それは、トレントやアースソウルに好意的な視点から来る、都合の良い解釈なのかもしれない。
実際は、ワンダの突撃に怯えて、その後の攻撃を止めただけかも知れない。
それでも――――
「んー? あれ何だろ」
意見交換をする面々を他所に、ワンダが朗らかな声を発する。その指差す方向に、全員の視線が注がれた。
そこは、森の入り口。
小さな子供が座っている。
子供は、冒険者たちを一瞥し、直ぐに森へと入っていった。
その子供がいた場所に、皆で向かう。
「これって‥‥」
真っ先に着いたワンダが真上から見下ろしたそこには、計10個の木の実が、少し変わった配置で置かれていた。