へなちょこ令嬢と深窓の令嬢

■ショートシナリオ


担当:UMA

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月06日

リプレイ公開日:2008年09月10日

●オープニング

 或いは――――それは夢だったのかもしれない。
 真夏の夜に見る、蜃気楼のようにおぼろげで儚い幻想の一片。
 現実感を携えない常闇の中に浮かんだ、一人の少女。
 深窓から無表情で見下ろすその顔に生気はなくて。
 まるで、夜の理を司るような瞳に光はなくて。
 ただ静かに、見下ろしていた。


 ”un jour de pluie”


 その日、パリから60kmほど離れた、ドール家のある地方では、ずっと雨が降っていた。
 新興貴族であるドール家の主人であるシュテフェン・ドールは、例え雨の日であっても大忙し。日中、屋敷の中にいる事はまずない。
 そんなシュテフェンは彼独特の哲学から、雨の日の貴族の過ごし方を自身の娘とその従者に伝えていた。
 それは、雨の日こそ出歩くべきである――――と言う事だ。
 通常、貴族のような身分でなくとも、雨の日に外に好んで出歩こうと言う者は少ない。
 だからこそ、その光景を目に焼き付け、人生の悟性とせよ――――
「‥‥なんて言うから、わざわざ出歩いたと言うのに!」
 通常、貴族は雨の日に屋根つきの馬車で移動を行う。だが、ドール家長女アンネマリー・ドールは、父の教えそのままに雨避けの外套を羽織って近隣の街を歩いていた。
「何にも面白くないぞっ! これなら部屋でゴロゴロしてた方がずっと良かったぞーっ!」
「煩い」
 雨中の街で喚くアンネマリーを、その従者ユーリ・フルトヴェングラーが左手で張る。ちなみに右手は、彼女の頭上で雨を弾くよう自分の外套の裾を掲げていた。
「あうう‥‥びんた痛い」
「ここは屋敷じゃないんだ。醜態を晒すのは家の恥になると何度言ったらわかる」
「ふん。今やアンネは社交界デビューを果たし名付け王の称号を得た上流令嬢なんだ。恥なんか晒さな――――いぎゃっ!?」
 何もないところでコケそうになる。しかしユーリが嘆息しつつ左手で転倒寸前のアンネマリーの前髪を鷲掴みし、事なきを得た。
「得るかっ! アンネの髪今ぶちぶちって言ったぞ!?」
「たかが数本の髪と顔面から水溜りにダイブとどっちが良かったんだ?」
「うー‥‥納得いかない」
 涙目でおでこのあたりを撫でつつ、アンネマリーは歩行を再開した。
 この辺りは余り人口が多くないのだが、街としてはそれなりに栄えている。
 それは、地方で最も権力を有しているシュヴァルツェンベック家の力添えが大きいらしい。
 ただ、幾ら街が栄えていても、雨の日の午後に活気に満ちていると言う事はない。
 アンネマリーとユーリ以外に出歩いている人間は殆どおらず、何処か寂寞感を漂わせた街並みに、アンネマリーは違和感を覚えていた。
 生まれてからずっと、アンネマリーは一人きりになった事がない。
 勿論、物理的な意味で一人になる事はある。
 しかし、それはあくまでも一時的な事であって、彼女にはいつだって見守っている存在が傍にあった。
 雨の街は、その感覚を何処か希薄にする。
 アンネマリーは、余り感じる事のないその違和感に翻弄されるかのように、歩を進めた。
「‥‥アンネマリー様?」
 誰もが、不安を覚えると早足になる。
 目的地がなくとも、到達点など存在しなくとも。
 まるで日が沈む事を恐れて走る子供のように、アンネマリーはその足を不器用に進めた。
 身を挺して雨を避けてくれる従者を置き去りにして。

 或いは――――それは必然だったのかもしれない。
 
 少しずつ日が暮れ、暗雲が光の粒を取り除いて行く中、アンネマリーはまるで吸い寄せられるように、郊外の屋敷に辿り着いた。
 そこは、ドール家よりは小さいものの、十分に豪邸と言える大きさの家だった。
 アンネマリーの背丈より少し高い塀に囲まれたその屋敷は、二階建ての建造物で、その建物の傍には大きな木が植えられている。その木の幹が伸びる先にある、二階の一室に備えられた一つの窓に、アンネマリーは視線を向けた。
「どうしたと言うんだ? そんなびしょ濡れで‥‥」
 少々慌てた様子で、ユーリもその場に着く。そして、アンネマリーの視線に気付き、それをなぞるようにして窓の方を見た。
 そこには――――少女の姿があった。
 その姿に、ユーリは一瞬肌を泡立てる。
 明確な理由は不明。ただ、まるでそこにいる事に不自然さを覚えるかのような違和感が、警戒にも似た感情を抱かせたのだ。
「あの娘は‥‥」
 アンネマリーが何か言いかけたその時――――
 少女は、二人の視界から姿を消した。


 ”un jour de soleil”


 すっかり雨も止み、晴天となった翌日。
 アンネマリーは自室の隅で一日中ガクガク震えていた。
「ゆ、ゆーれいか? あれが噂のゆーれいなのか?」
「どうだろうな。単に屈んだだけかもしれんし」
「でも、なんかフッって消えたぞ。うう、こんなとある日に末代まで祟られるなんて‥‥」
 既に呪われた運命を背負うところまで思考が飛躍しているアンネマリーを、ユーリは嘆息交じりに眺めていた。
 優雅にワインを飲みつつ。
「ユーリは怖くないのか? ゆーれいかもしれないんだぞ? 今もここにいて『取り憑いたっちー』とか言ってケラケラ笑ってるのかもしれないんだぞ?」
「それ怖いか?」
「凄く怖いだろうが!」
「何が怖いの?」
 いきなり会話に割り込んで来た侵入者に対し、アンネマリーは令嬢にあるまじき悲鳴を上げて卒倒した。
 その余りと言えばあんまりな反応に、侵入者であるエルネスティーネ・シュヴァルツェンベックは狼狽していた。
 ちなみに彼女、一月ほど前に家に知り合いになって以降、割と頻繁にドール家を訪れているシュヴァルツェンベック家の令嬢だ。
「結構暇なんだな、お前」
「そ、そう言う事言ってる場合じゃないでしょ! アンネちゃーん! しっかりしてー!」
 割と直ぐ起きた。
「吃驚した‥‥ゆーれいがひょっこり出てきたと思ったぞ」
「幽霊?」
「実はな」
 ユーリ、説明開始――――終了。
「‥‥そんな噂、聞いた事もないよ? 私あの辺り良く知ってるけど」
「だそうだ。良かったな、呪われなくて」
「いーや! 絶対ゆーれいなんだ! きっと一人ぼっちのままで未練がましく居残ってる性質の悪いゆーれいなんだっ!」
 何故かアンネマリーは頑なだった。
「いわゆる『乙女の勘』、ってヤツ?」
「そーだ! おいユーリ、これは私の乙女としての資質に関わる問題だから、徹底的に調べてもらうぞっ!」
「また頼るのか?」
 と、言う訳で。
 募る。冒険者達――――

●今回の参加者

 ea2499 ケイ・ロードライト(37歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7168 ラッシュ・アルバラート(32歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb7804 ジャネット・モーガン(27歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec4988 レリアンナ・エトリゾーレ(21歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 パリの冒険者酒場『シャンゼリゼ』は、常に数多の冒険者が行き来する、憩いと刺激の世界。
 当然、貴族の屋敷、社交の場とは全く異質な空間だ。
 しかし、それらの領域で日々を過ごすドール家従者ユーリ・フルトヴェングラーには、むしろこの酒場の方が居心地が良かった。
「本当に、幽霊芝居を打って良いのですな?」
 ユーリをこの場に呼び出したケイ・ロードライト(ea2499)が、若干神妙な面持ちで問い質す。
 それは当然の事だ。
 アンネマリーやユーリが幽霊を見たと言う屋敷は、一般人の住居である可能性が高い。
 そこに冒険者が立ち入ると言うのは、決して好ましい事ではないのだ。
「その通り。良くそこを指摘してくれた」
 ユーリは自分の目の前の紅く揺れるグラスを手に取り、そっと口づけた。
 鼻腔をくすぐるその芳香は、普段飲む物ほど豊潤ではないが、舌に残る柔らかさがこちらが上。
 安物のワインを好むユーリにとって、中々好みの味だった。
「お代わりは要りますかな?」
「いや、良い。それにこれも私が支払う。自分のワインは自分の金で飲む主義なんだ」
 そう宣言し、ユーリはゆっくりとグラスを置いた。
「冒険者だけではない。貴族であれ、一般人の家においそれと押しかけるべきではない。それを知ろうともしない連中が多いがな」
「‥‥では?」
「それを教えるのが、本当の目的だ」

●後乗せサクサク
 ドール家の屋敷には、応接室の他に、商談用の部屋が別個に構えられている。
 普段はドール家の主シュテフェン・ドール以外立ち入る事はないが、特に使用を禁じている訳でもない為、ここで話し合いを行う事となった。
「アンネマリー嬢は来ないのか? 是非挨拶しておきたいんだが」
「まずはその前に話し合いだ」
 少々危険な香りを醸し出すラッシュ・アルバラート(eb7168)を諌めつつ、ユーリは椅子に腰掛け、冒険者達を一瞥した。
「この度は妙な事に付き合わせて済まないな。成功した暁には追加報酬を出すから、最後まで付き合ってくれ」
「妙? 確かに幽霊退治と言うのは妙と言えば妙ですけれど‥‥」
 レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)の言葉に、ユーリの表情が凍る。
「‥‥そう言う依頼を出した覚えはないんだが」
 改めて説明――――
「も、勿論わかっていますわ。ちょっとした冗話ですわよ? け、決して読み間違えた訳ではありませんわ」
 育ちの良さを思わせるクレリックの発言を、ユーリは真顔で受け止める。
「ありがとう。凄く和んだ」
「嘘臭過ぎますぞ」
 ケイの指摘を無視し、ユーリは右手で口元を隠す。
「取り敢えず、例の屋敷に赴いてみようと思う。調査してみない事には話が進まないしな」
「移動するのなら、我が愛馬コルベットがお供して差し上げてよ」
 冒険者と言うより令嬢の立場に近そうなジャネット・モーガン(eb7804)が、胸に指を当てて唱える。明らかに自分のとこの令嬢より貴族っぽい女性が2名いる事に、ユーリは軽い頭痛を覚えていた。
「それでは、エルネスティーネ嬢にも同道して貰いましょう。民間の家であれば、彼女がいた方が話が進めやすそうですし」
「全面的に賛成だ」
 全く顔を知らない筈のラッシュだったが、エルネスティーネと言う名前に感じるところがあったのか、女性なら誰でも良いのか、本能的な反射で同意を提唱していた。
「おーい、ユーリ! どこにいるー! ここか? あ‥‥」
「ん、お嬢様の登場か」
 そして、アンネマリーの声にいち早く反応。立ち上がり、部屋の前で初見の人間がいる事に怯えるアンネマリーの前に向かう。ユーリはそれを黙ってみていた。
「初めましてお嬢様。我が名はラッシュ。今後ともよろしく」
 小柄な自分より更に小さな令嬢の前に跪き、ラッシュはアンネマリーの手を取ろうとした。
 そして、その甲に口付けを――――
「何すんだこの色おやじがーっ!」
 した。ただし、甲と言うより勢いの付いた拳にだが。
「ぐふっ‥‥中々良いパンチだ。そのはねっ返りもまた女の魅」
「やかましいっ!」
 言い終わる前に肘が飛ぶ。が、貧弱なアンネマリーの攻撃など全く効かず、ラッシュは穏やかに笑いながら全て受け切っていた。
「成程。あの手の男にはああ言う反応をするのか」
「止めなくて宜しいのですかな?」
「何事も勉強だ」
 ケイの言葉を軽く流しつつ、ユーリは袖に仕込んでいるローズ・ダガーをいつ出そうか悩んでいた。

●そして、二日後
 ――――夜。
 下調べを終えた冒険者達は、それぞれに今回の依頼で成すべき事を整理しつつ、アンネマリー、ユーリと共に幽霊の出たと言う屋敷の前に立っていた。
 この屋敷に、人はいなかった。
 二階建ての建物の中のあらゆる部屋を探したものの、どの部屋にも人の生活している痕跡はなかった。
 念の為、周りの町民に話を聞いたり、エルネスティーネに調べて貰ったりしたものの、ここ数ヶ月、この屋敷に人がいた形跡はないと言う。
「元々は、高級家具を扱ってる富豪が住んでいたんだけど、別の国に越したみたいね」
 エルネスティーネの情報の通り、人の行き来があると言う痕跡もなく、庭は荒れ放題で、屋敷内も埃だらけだった。
 空き家であるならば、最悪デビルなどのモンスターが根城にしている可能性も否定できない。それを危惧し、調査にそれなりの期間を使ったのだ。
 結果として、危険物の類は何も出てこなかったし、ユーリ達が見た少女に遭遇する事もなかった。
『大方、近所の子供が遊んでいたんだろう』
 結局ユーリのその言葉が結論となり、予定通り貴族の戯れである『幽霊劇』を執り行う事となった。
「ふっふっふ‥‥ランタンの光の美しき事よ! これならゆーれいなんて軽くクレリックだな!」
 腰に手を当て仁王立ちするアンネマリーを、クレリックのレリアンナが半眼で見つめる。
「クレリックと言うのは職業名であって、浄化の意ではありませんわよ?」
「む、そうなのか。何か『そんなお前をクレリック!』って凄く語呂良いから、てっきりそうかと思ってたぞ」
 年齢が近い事もあり、アンネマリーはレリアンナにそれ程人見知りを発動させていなかった。
「そんな事では高貴なる者としての示しが付かなくてよ、アンネマリー。神聖にして至高の存在たるこの私を見習いなさい」
「む、どう言う事だ」
 そして、どこか共感を覚えるジャネットに対しても、やはりそれ程人見知りは発動しなかった。
「人の上に立つ者として、令嬢は怜悧でなくてはならぬ、と言う事ですな」
「違うわ」
 ケイのフォローを断絶し、ジャネットが力説する。
「貴き者は、自己の発言を容易に折破されてはならないのよ。例えそれが陽炎のように仄かな可能性であろうと、責任を持って現実としなければ」
「それはつまり、浄化した暁には『そんなお前をクレリック!』と言う決め台詞を当たり前のように皆が言う世の中にしろ、と言う事か?」
「それが正しい在り方と言うものよ」
 微妙に歪んだ帝王学を伝授したジャネットと、伝授されたアンネマリーが、期待の眼をレリアンナに向ける。
「‥‥言いませんわよ?」
 現実は斯くも厳しきものであった。
「それは兎も角。そろそろ屋敷に入りませんか?」
「いつまでも此処にいると目立つしな。俺は構わないが」
 ケイとラッシュの進言に従い、全員で屋敷内に赴く事にした。

 現在、面々は屋敷の一階にいる。
 ドール家と比較すると、建物の広さは2ランク程劣るが、十分広いと呼べる空間。
 赤絨毯や剥製のような華やかな物はないが、靴入れと思しき棚はかなり豪華だ。
 扉の前方にある二つの階段も、立派な造りをしている。
 幽霊を見たと言うのは、その階段を上った先にある二階の部屋。
 一同は早速その二階へと向かった。
 ――――さて。
 既に下調べの段階で、幽霊も住民もいないと言う結論に至っているこの状況。
 当然、このままアンネマリーに屋敷内を闊歩させても仕方がない。
 乙女の感性と言うのは、常に自己中心的である。
 それはすなわち、自信に繋がる。
 もし現実との相違があれば、それは脆くも崩れる。
 ぶっちゃけ、崩れても良いだろ、と言うツッコミはこの際なしの方向で。
 乙女のインスピレーションと言うのは、保護されてしかるべきなのである。
 ‥‥と言う訳で、二階に差し掛かったところで『幽霊劇』開始。
 シナリオは、既にアンネマリーを除いた全員が把握している。
 まず、手筈通りにジャネットとレリアンナが姿を消す。
「む、あのプチ高飛車とプチクレリックはどこ行った‥‥あうっ」
「人の身体的特徴を指摘するなと何度言わせる」
 ゴス、と言う擬音と共に、アンネマリーの体がユーリの拳によって縮む。
「あうう‥‥」
「可愛そうに。アンネマリー、泣きたかったらいつでも俺の胸に飛び込んで来な」
「うるさいっ、お前は帰れこの色ボケおやじ!」
「猛り狂うその顔も中々悪くないな」
「〜〜〜〜!」
 声にならない声と涙目でアンネマリーが歯軋りする様を、ケイは少々心配そうに眺めていた。
 既に数度の縁を持つまだ垢抜けない令嬢が、妙な影響を受けてしまわないかと言う不安もある。 
 しかしそれ以上に、この幽霊劇への不安も同様にあった。
 例え戯れであろうと、名誉を重んじるケイにとって、依頼である以上失敗する訳にはいかない。
 それだけに、抽象的な今回の依頼と今後の展開に対しての不安は拭えずにいた。
「ところで、エルネ嬢は来ないのですかな?」
 とは言いつつも、余り深刻さを表面に出すタイプでもなく、廊下を歩きながら飄々とした面持ちでユーリに問いかける。
「ああ、あいつなら‥‥」
 そのユーリの言葉を、物音が掻き消す。
「うわっ!?」
 何やら椅子が倒れたかのようなその大きな音に、アンネマリーは飛び上がって慄いた。
「ななななんだ。今のは何事? 風か? 風の悪戯なのか?」
「いえ、これは恐らく幽霊の仕業ですぞ」
「ゆーれい!?」
 自分が調べに来た筈の対象に異様にビビる、12歳のご令嬢。
「怖いなら帰るか?」
「ばばばばかな事をゆうな。面白くなって来たじゃないかああああーーーっ!」
 再び物音。アンネマリーが思わず逃げ出そうとする所を、ラッシュが獣の目で追いかける。
「大丈夫、この俺が付いている。幽霊を確かめるチャンスだろ?」
「そんなの知るかうわーーーん!」
 ラッシュの静止も聞かず、屋敷を出ようと踵を返す。
 しかし――――
「のわっ!?」
 廊下に先程まではなかった家具が道を塞いでいる。
 更に、それを照らす光がゆーらゆーらと揺れていた。
「かかか怪奇現象だ! ゆーれいはいたぞ! やっぱり私の言う事は正しかったんだうーん」
 自身の乙女の資質を確信したアンネマリーは、あっさり失神した。
「‥‥早いですわね」
「折角色々と用意して差し上げたのが水の泡だわ」
 家具の後ろに隠れていたレリアンナとジャネットが出てくる。実にあっと言う間に依頼は達成された。
「大丈夫か?」
 アンネマリーを抱え上げようとするラッシュの手を、ユーリが制す。
「この方に無闇に触れられるのはここまでだ。後は私がする」
 そう言い放ち、ユーリはアンネを背負って全員を一瞥した。
「協力感謝する。依頼は果たされた。追加報酬を出すから、屋敷まで付いて来てくれ」
 そして、踵を返そうとしたその時――――
「きゃあああああああっ!?」
 この二階の奥の部屋から、金切り声の悲鳴が聞こえて来た。
「まさか‥‥今のは」
 察しの良いケイの発言にユーリが頷くと同時に、全員で声のした部屋へ向かう。
 そこは、アンネマリーとユーリが幽霊を見たその部屋。
 シナリオでは、最後にアンネマリーを導く予定の場所だった。
 そして、実はそこには――――
「エルネスティーネ!」
 その令嬢がいる筈だった。
 冒険者にも秘密にしていたその事実。
 大団円かに思われた最後、彼女にアンネマリーを脅してもらい、幽霊の存在に恐怖心を抱かせ、好奇心だけで民家を遊び場のような使い方をしてはいけないと諭す予定だったのだ。
 しかし、ユーリのそんなシナリオは、別の因子によって妨害された。
 それは――――
「‥‥本当にいたのか」
 紛れもない『幽霊』だった。

●えぴろーぐ
 かつてこの家には、家具を売って大儲けしている富豪の家族が住んでいた。
 しかし、とある事情でこの場を離れる事となった。
 その原因は――――娘の死。
 事故死だった。
 自室の天井を拭こうと家具を積み上げ、そこに乗って天井を拭いている最中にバランスを崩し、頭から落ちてしまったのだ。
 富豪の屋敷ゆえに、通常の家より遥かに天井が高い事。
 そして、通常の家より家具が遙かに多い事。
 豊かさの象徴が、そのまま死因となってしまった。
 その現実に耐えられず、娘の埋葬を終えた両親は逃げ出すように家を出た。
 地位と名誉を築いた家具が、娘の命を奪ったと言う現実を受け入れられなかったのかもしれない。その後の彼等の消息は不明との事だ。
「で、結局その娘は昇天できず、たまに近所の子供に憑依して自分の部屋で天井を拭いている‥‥と言う事らしい」
 アンネマリーは、自室で寝込んでいた。
 撫でられたり口付けされそうになったりと言った冒険者達との騒がしい別れを済ませた後、熱を出したのだ。
 元々ひ弱な小娘なので、そう珍しい事ではない。
「私達が見たのは、その憑依した姿だったのだろう」
「ふっ、やっぱりアンネの推理は正しかったんだ」
「たまたまだ。それに、もしかしたらあの幽霊、今はお前に取り付いているかもしれないぞ?」
「え゛」
 アンネマリーは慌てて自分の背中を見ようとベッドの上で首を捻る。
 何故背中を見ようとするのかはわからないが。
「冗談だ。これに懲りたら、今後余計な事に首を突っ込むなよ」
「むー」
 本来行うべき教育は行えなかったものの、アンネマリーの自信を喪失させる事なく、一定の自重を植え付ける事はできた。
 最も、乙女の資質が本当に彼女にあるのかどうかは、数年は経たないと判断はできないが‥‥
「こんにちは」
 部屋のドアをノックする音と共に、挨拶の声がした。
 ユーリが入室を許可すると、後頭部にバッテンに包帯を巻いたエルネスティーネが入ってくる。
「お見舞いに来てくれたのか?」
「ええと、それもあるけど‥‥ちょっと案内させられたと言うか」
 そんな彼女は、若干顔を引きつらせ、自分の後ろにいるもう一人の訪問者を紹介した。
「彼女、例の幽霊」
『リーゼロッテと申します』
 一瞬の間の後――――
「そんなお前をクレリーーーーーック!!!」
 アンネマリーの雷鳴のような台詞が屋敷中に響き渡った。